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(ショートショート)旅

 暦の上では秋だというのに、病室の窓から見える空は、まだ真夏のような青色をしていた。

 じっとりと蒸し暑い空気が世界を覆っている。

 真中 陽葵まなか ひまり、十四歳。
原因不明の難病で入院して、もう何年になるだろう。

 窓の外の景色を見ても、以前のように「外に出たい」という気持ちは、いつからか湧かなくなっていた。

 ただ、時間が過ぎるのを待つだけの毎日。

 昨夜、消灯時間後にこっそり見ていたテレビ番組で、オーロラの特集をしていた。

 画面いっぱいに広がる緑色の光のカーテン。

 その現実とは思えない美しさが、何も感じなくなっていた陽葵ひまりの心に、小さなさざ波を立てた。

 (きれい……)

 その時、ふと思いつく。

 (そうだ。Geminiに、仮想旅行のプランを立ててもらおう)

 灰色だった心にぱっと色が灯るのを感じながら、陽葵ひまりは枕元のタブレットを手に取った。

 『オーロラが見たい』 そう入力すると、AIは即座に、そして優しく応答してくれた。

 『AIがお薦めする仮想オーロラ旅行プラン:フィンランド・ラップランド編へ、ようこそ』

 陽葵ひまりはそっと目を閉じ、ヘッドフォンから流れるAIのナビゲートに耳を澄ませる。

 自分の体はベッドの上でも、心はもう、白銀の世界へと旅立っていた。

AIが手配した特別なオーロラ観測ツアーのバスに乗り込み、街の明かりから離れた場所へ向かいます。バスの窓からは、満月に照らされた白銀の森が広がっています。

AIが現在の空の状態を分析しています。


「イヴァロ周辺の空は、オーロラ観測に最適な状態です。雲はほとんどなく、空気も澄んでいます。このまま順調に進めば、数分後には観測スポットに到着します。」


バスが止まり、外に出ると、あたりは静寂に包まれています。空を見上げると、無数の星々が瞬いています。



AIが静かに語りかけます。

「空のあのあたりを見てください。淡い緑色の光が見えませんか?」

目を凝らすと、地平線近くに、薄い緑色の光の帯がゆらゆらと揺れているのが見えます。それはまるで、空に描かれた絵のようです。

「これはオーロラです。今はまだ始まりですが、これから徐々に色と動きを増していきます。」

この瞬間から、あなたの目の前で、オーロラの神秘的なショーが始まります。

 AIと旅行(オーロラを見に行きました)


 AIが生成してくれた画像は、陽葵ひまりがテレビで見たものよりも、もっとずっと綺麗だった。

 胸がいっぱいになり、いつまでもその緑色の光を眺めていると、不意に背後から優しい声がした。

 「あら、オーロラ。きれいね。陽葵ひまりちゃん、見たいの?」

 いつの間に入ってきていたのか、担当の看護師が、陽葵ひまりのタブレットをにこにこと覗き込んでいた。

 「うん。でも、無理だよね、私には」 

 長い入院生活で染み付いてしまった諦めの言葉が、思わず口からこぼれる。

 すると、看護師は陽葵ひまりの頭を優しく撫でた。

 「無理じゃないわよ。その前に、この病気を治さないとね」

 そして、まっすぐに陽葵ひまりの目を見て、力強く言った。

 「治る。陽葵ひまりちゃんが、治ると信じるの。だから、約束。この病気がよくなったら、一緒に本物のオーロラ、見に行こうね」

 看護師が去った後も、陽葵ひまりの胸には、交わしたばかりの約束の温かさが残っていた。

 タブレットに映るオーロラの光が、先ほどの看護師の笑顔と重なる。

 それはもう、ただの綺麗な画像ではなかった。

 未来への、確かな希望の光だった。

 陽葵ひまりはその光に、そっと祈りを捧げる。

 「オーロラさん、待っていてね。看護師さんと、必ず会いに行くから。だから、見ていて。つらい治療も、私、もう逃げないから」

 固く閉ざされていた少女の心は、こうして再び、未来へ向かってゆっくりと開き始めた。


おしまい。


↑こちらの企画に参加しました。