(ショートショート)エビフライと、誕生日の朝
「はい、忘れ物」
玄関を飛び出そうとした僕の背中に、お母さんの声が追いついてきた。
差し出されたのは、包みから温もりが伝わってくるお弁当箱だ。
「今日はあんたが好きなエビフライを入れといたからね。気をつけて行きなさい」
「ありがとう」
お弁当を受け取り、僕は自転車に跨る。
ペダルを漕ぎ出すと、冷たい風が頬を刺した。
ふと、隣の家の庭に目をやると、小さな三輪車がポツンと置き去りにされているのが見えた。
(三輪車か、懐かしいな)
かつて自分が無邪気にそれを乗り回し、泥だらけになって笑っていた遠い記憶が、胸の奥で小さく跳ねる。
見上げれば、家の軒下には立派なつららが下がっていた。
暦の上では立春を過ぎたとはいえ、その鋭い輝きはまだ春が遠いことを告げている。
ハンドルを握る指先が悴んでいくけれど、カバンの中の重みが、不思議と僕の背中を温めていた。
そこで、僕はふと気づく。
「そうか、今日は僕の誕生日だった」
自分のことなのに、すっかり忘れていた。
わざわざ好物のエビフライを入れてくれたのは、そういうことだったのか。
そう思うと、冷たい朝の景色がほんの少しだけ色鮮やかに見え始めた。
早く、お昼にならないかな。
僕は冬の終わりの澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、いつもより少しだけ強くペダルを漕いだ。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場人物は、存在しません。
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ありがとうございました。
