(ショートショート)推し活と串カツ、どっちにするの?
かつて、僕たちの幸せは「串カツ」の中にあった。
揚げたての衣を頬張り、ソースの二度漬け禁止を笑い合う。
そんな脂っこくて温かな日常が、ずっと続くのだと信じていた。
けれど、彼女があるボーイズグループにのめり込んでから、景色は一変した。
彼女のスケジュールは「推し」の遠征とイベントで埋まり、連絡すら途絶えがちになった。
推し活の資金を稼ぐために夜のバイトまで始めた彼女は、かつて大好きだった串カツの代金さえ「もったいない」と切り捨てるようになった。
耐えかねた僕は、震える指でLINEを送った。 『推し活と串カツ、どっちにするの?』
返信は、一秒も待たずに返ってきた。 『推し活に決まってるじゃん。比べないでよ』
世間では、推し活依存による自己破産や家庭崩壊がニュースになっている。
画面の向こうの煌びやかな世界に、僕とのささやかな現実はあっけなく敗北したのだ。
一人、夜の空を見上げる。
彼女が追いかけるステージの光は、僕たちの思い出が詰まった串カツ屋の赤提灯よりも、今の彼女にはずっと眩しく映っているらしい。
あれから五年が経った。
彼女の部屋を埋め尽くしていた煌びやかなグッズやポスターは、もうどこにもない。
残ったのは、自己破産という消えない記録と、空っぽになった彼女の心だけだった。
「どうして、あんなに意固地になっていたんだろう」
カウンセリングルームの待合室で、彼女は小さく呟いた。
全通(公演を全て鑑賞すること)、遠征、高額な投げ銭……。
画面の中の彼らに認められたいという渇望は、いつしか依存という病に変わっていた。
借金が膨らみ、生活が破綻したとき、彼女の周りから「推し仲間」は一人もいなくなった。
最後に残ったのは、あの日、串カツと天秤にかけられ、一度は見捨てられたはずの僕だった。
僕は彼女を責めなかった。
ただ、一緒にカウンセラーの元へ通い、家計簿の付け方を一から見直し、彼女が「現実の自分」を愛せるようになるまで隣に座り続けた。
推し活という名の嵐が過ぎ去った後の平穏は、驚くほど静かだった。
「ねえ、今日、あのお店に行かない?」
彼女が指差したのは、あの日以来一度も足を踏み入れていない、駅前の古い串カツ屋だった。
店内に入ると、揚げ油の懐かしい匂いが僕たちを包み込む。
黄金色に揚がった串カツを口にし、彼女は「美味しいね」と、今度は画面越しではなく、僕を見て笑った。
派手なステージの光はないけれど、目の前のソースの照りや、隣にいる僕の体温。そんな「普通」の積み重ねが、今の彼女を支える新しい柱になっている。
「また明日も、美味しいもの食べようね」
彼女のその言葉に、僕は深く頷いた。
二人で歩く夜道、遠くで輝く星よりも、足元を照らす街灯の明かりが、今の僕たちにはずっと温かく感じられた。
Fin。
※参考までに
※この小説はフィクションです。
推し活をしてる方や、お金を稼ぐために活動してる芸能人などを批判してはないです。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
