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(ショートショート)ネタがない アマノ文筆クラブ

 液晶画面の端で、カーソルが規則的なリズムを刻んでいる。

 まるで僕の焦燥しょうそうをあざ笑う鼓動のようだ。

 僕は作家だ。だが今、かつてないほどの窮地に立たされている。

 「ネタがない

 口に出すと、言葉が空虚に部屋の隅へと消えていった。

 編集者からは「とにかく奇をてらった、インパクトのある作品を」と注文されている。

 けれど、無理なものは無理なのだ。

 ひねり出そうとすればするほど、思考の泉は干上がり、ひび割れていく。

 現実逃避のように、僕は手元の資料で「ネタ」という言葉の語源をなぞってみた。

 

「ネタ(話の種、寿司の具など)」の語源は、寿司屋の隠語でシャリ(酢飯)に乗せる「種(たね)」が転じたものです。江戸時代に「たね」の音がひっくり返る「逆さ言葉(倒語)」として使われ始め、明治以降に「種」から「ネタ」へと呼び方が定着したとされています。

「ネタ」の語源と変遷

・由来: 寿司屋の言葉「寿司種(すしだね)」から。
・変化: 「たね」の順序が逆になり「ねた」と読まれるようになった。
・広がり: 寿司の具材から転じて、話の内容、秘密、隠し事、ニュースの題材など、広く「内容物」を指す隠語として使われるようになった。

つまり、「ネタがない」は「(寿司に乗せる)種がない」という言葉から、転じて「(話す・記事にする)材料や内容がない」という意味で使われるようになりました。

(AIによる概要)

 (なるほど、シャリの上に乗せる「種」が逆さまになったのが、僕を苦しめているこの言葉の正体か)

 ネタは、その辺に転がっていそうでいて、実はどこにもない。

 「奇をてらおう」とする下心が、僕の視界を曇らせているのは百も承知だ。

 気づけば、このマンネリの泥沼に足を取られて五年の月日が流れていた。

 「だったら、もういい」

 僕は自嘲気味に笑い、キーボードに指を置いた。

 「書けない」というこの無様な停滞、シャリだけが虚しく並んでいるようなこの現状を、そのまま物語にしてしまえばいい。

 意外と、そんな剥き出しの告白こそが、今の時代には「バズる」のかもしれない。

 一体誰が、どんな理屈で流行を仕掛けているのかは分からない。

 けれど、予測不能なこの世界で、僕は僕の「種」を、ありのままに投げ出してみることにした。


Fin。


※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。

知らないうちにバズってたのってありますね。
SNSをしていないので今何がバズってるのか分かりません。

そういう心境を作品にしてみました。


↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。