(ショートショート)媚びると重苦(じゅうく) アマノ文筆クラブ
夜の底に沈むような静かな部屋で、僕はかつての自分を思い出していた。
今でこそ「人に媚びる」ことを遠ざけているが、かつての僕は、それを処世術という名の武器にして戦っていたのだ。
若かった頃、僕は媚びることに全力を注いでいた。
相手の顔色を読み、望まれる言葉を並べ、その場を円滑に回す。
それが仕事の成果に繋がり、人脈という名の果実をもたらすことが、何よりの快感だった。
「自分は世渡りが上手い」
そんな自負さえ、当時は僕の生きがいになっていた。
転機は、ある接待帰りの夜に訪れた。
疲労困憊して帰宅した僕は、思考を止めたまま、ぼんやりとテレビをつけた。
そこに映っていたのは、ある芸能人の姿。
画面の中の彼は、心にもない美辞麗句を並べ、頬が引き攣るほどの「貼りついた笑顔」を浮かべて、必死に周囲を立てていた。
その姿を見た瞬間、ひどく冷めた、けれど強烈な羞恥心が僕を襲った。
(今の僕は、きっとあんな風に、無様に映っているんだろうな)
鏡を見ずともわかった。
僕の顔も今、同じように醜く歪んでいる。
その瞬間に悟ったのだ。
「媚びると重苦になる」のだと。
「重苦」――それは、精神をすり減らし、魂に耐えがたい負荷をかける。他人の機嫌を取るたびに、僕は自分自身の重みに耐えられなくなっていた。自分を削ってまで手に入れる「評価」に、一体何の価値があるというのか。
それ以来、僕は媚びることをきっぱりと辞めた。
自分に自信を持てるようになると、不思議なことに他人の思惑がどうでもよくなっていく。
媚びることが必ずしも悪だとは思わない。
世の中には使い分けが必要な場面もあるだろう。
けれど、僕はもう、あの無機質な笑顔には戻りたくない。
「自分を生きるのは、自分だけだから」
背筋を伸ばし、自分に誇りを持って生きていこう。
窓の外、夜が明ける気配を感じながら、僕は深く、自分を肯定するための息を吸い込んだ。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
特定の芸能人を批判した作品ではございません。
自分の、兄弟が芸能界を目指して活動してたので今の芸能界を見てると複雑なのですね。
芸能人も人間なのでいい面も悪い面もあると思っています。
このような思いで作品にしました。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
