(ショートショート)夜になると動き出す地蔵さま
街角にひっそりと佇む石の背中には、古くからある奇妙な噂が張り付いている。
「この界隈には、夜になると動き出す地蔵さまがいるらしい」
そんな人間の囁きなど露知らず、彼らは今夜も静かに、月が昇るのを待っていた。
陽が落ち、街灯が頼りなく灯り始める頃。
石造りの彼らは、凝り固まった肩を回すようにして、ゆっくりと動き出した。
「あの子、大丈夫だったかしらね」
一柱の地蔵が、昼間の光景を思い出して溜息をつく。
そこを通ったのは、真新しいランドセルを背負い、しゃくりあげて泣いていた小さな子供。
その頬を濡らす涙の重さを、地蔵さまたちは自分のことのように受け止めていた。
この場所に立ち続けて、何世紀もたつ。
彼らの瞳には、数えきれないほどの人間模様が映り込んできた。
愛し合う恋人の囁きに赤面し、行き場のない怒りを抱えた背中に涙する。
石の体であっても、その心はいつだって人間よりも人間らしく揺れ動いている。
「時代は随分と変わったけれど。ねえ、これは『進化』なのかしらね?」
隣に立つ地蔵が、手元の錫杖を小さく鳴らした。
かつてのような喧騒は消え、街は清潔で機能的になった。
けれど、行き交う人々の表情はどこか硬く、冷たい。
スマホという板を睨みつけ、無機質な歩調で通り過ぎる姿は、まるでプログラムされたロボットのようだ。
心まで金属のように無機質になってしまったのか。
それとも、傷つかないために心を閉ざしているだけなのか。
「退化してしまったのは、彼らの心の方かもしれないわ」
そんな感傷に浸っている間にも、夜は静かに更けていく。
地蔵さまたちは、再び定位置へと戻り、朝を待つために石の体へと溶け込んでいく。
明日もまた、この場所で、 彼らは動かぬ瞳を凝らし、変わりゆく街と、変われずにいる孤独な人間たちを見守り続けていく。

Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
