(ショートショート)病室の銀ボタン
白いカーテンが微かに揺れる病室。
窓の外には、私が出席できなかった卒業式の青空が、皮肉なほど遠く広がっていた。
母は私の代わりに式へ向かい、私は一人、消毒液の匂いが染みついたベッドの上で、止まったような時間をやり過ごしていた。
不意に、枕元のスマホが震えた。
画面に表示されたのは、意外すぎる名前。
サッカー部のキャプテンで、学校中の女子の視線を集めていた彼からだった。
「もしもし?」
戸惑いながら出ると、受話器越しに少し照れくさそうな、けれど真っ直ぐな声が響いた。
「よかった、元気そうな声で。いいか、今から話すことは内緒だからな」
彼は一気に言葉を紡いだ。
女子たちがアイドルの話で盛り上がる教室の隅で、一人静かに本を読んでいた私のこと。
見た目は可愛いのに、どこか自分だけの世界を持っている不思議な私に、いつの間にか惹かれていたこと。
「お前の母親に、俺の第二ボタンを預けた。じゃあな」
一方的に告げられた衝撃で固まっていると、入れ替わるように母が病室に戻ってきた。
手に持っているのは、袋越しでも分かる、甘くて香ばしい匂いが漂うたい焼き。
「ほら、お土産。温かいうちに食べなさい」
二人で食べたたい焼きの熱は、冷え切っていた私の心にじんわりと広がっていった。
食べ終えたあと、母が「これ、預かったわよ」とテーブルに置いたのは、丸い筒状の卒業証書と、小さな手紙が添えられた銀色の第二ボタンだった。
あれは、現実だったんだ。
その夜、私は不思議な夢を見た。
場所は、夕暮れに染まった学校の駐輪場。
なぜか私はそこで、誰かを待っていた。
向こうから自転車を押してやってくる、サッカー部のジャージ姿の彼。
「お待たせ」
そう言って彼が笑った瞬間、目が覚めた。
意識が覚醒してもなお、心臓の鼓動が耳元でうるさく鳴っている。
「なんで待ち合わせが、駐輪場なの?」
夢の中の妙にリアルな空気感に首を傾げながら、私はサイドテーブルに置かれた銀色のボタンをそっと指でなぞった。
病室という切り離された世界にいながら、私の「中学校生活」は、今ようやく、本当の完結を迎えたような気がした。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
