(ショートショート)愛の水面下 (アマノ文筆クラブ)
「愛」という二文字は、僕の辞書には注釈のない空白として存在している。
幼少期、誰かに抱きしめられた記憶も、無償の慈しみを注がれた実感もない。
そんな乾いた土壌で育った僕にとって、世に溢れる「恋愛モノ」の作品は、理解不能な異国の言語で書かれた教典のようなものだ。
部屋の静寂に耐えかねて、何気なくテレビのスイッチを入れた。
青白い光が網膜を刺し、画面には仰々しいタイトルのロゴが躍っていた。
『愛の水面下~オフィスでの秘密の愛~』
一瞬、深夜帯のアダルトコンテンツかと思った。だが、それは今をときめく若手俳優と女優が主演を務める、大々的にプロモーションされた実写化ドラマだった。
原作はベストセラーの恋愛小説らしい。
「また、よくある『禁断の愛』か」
僕はリモコンを握ったまま、乾いた溜息をつく。
劇中、美男美女が潤んだ瞳で見つめ合い、障害を乗り越えて結ばれる。
そんな手垢のついた筋書きに、世間はいつまでたっても飽きることがない。
流行りの顔ぶれ、どこかで見たような演出、そして記号化された感情。
画面の中で、ライトに照らされた芸能人たちが、もっともらしい台詞を吐いている。
だが、その声も表情も、僕の心には一滴の波紋も広げない。
ただ、ぼんやりとした既視感が部屋の中に充満していくだけだ。
いつまで、この世界は変わらないのだろう。
同じような偶像たちが、同じような「愛」を演じ、それを「バカげている」と切り捨てられない人々が熱狂する。
そんな光景の繰り返しに、僕は底知れない虚無を感じていた。
僕は再びスイッチを切り、静寂を取り戻す。
画面が消えた後の真っ黒な液晶に映り込んだ自分の顔は、どの芸能人よりも冷めていて、そして誰よりも「愛」から遠い場所にいた。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
