(ショートショート)誠実な魂への勲章
そこは、音のない静寂に包まれた雲の上の待合室だった。
窓の外には、欲望や虚飾が渦巻く地上の街が、遠く小さく見えている。
ここに集まったのは、真面目に生きながらも報われず、あるいは理不尽な最期を遂げた生き物たちだ。
彼らは皆、胸の中に一通の消えない手紙を抱えていた。
それは、生前に伝えきれなかった感謝や、誰にも届かなかった叫びが、魂に直接刻まれたものだ。
地上の「汚い言葉」とは違い、一文字一文字が淡い光を放っている。
やがて、柔らかな翼の羽音と共に、案内人の天使が姿を現した。
天使は、魂たちが抱える手紙を愛おしそうに眺めると、一人ひとりの薬指にそっと木の指輪をはめていく。
「それは、あなたがたが泥だらけの地上で、最後まで『自分』を捨てずに歩き抜いた証です。どんな宝石よりも気高く、折れることのない勇気の象徴なんですよ」
魂たちが自分の手元を見ると、素朴な木の指輪は、彼らが流した涙を吸い込んで、温かな琥珀色に輝き始めた。
「さあ、行きましょう。もう、自分を卑下する必要はありません」
その言葉に導かれ、魂たちは地上の喧騒に背を向けた。
指先の木の温もりを感じながら、彼らは確信している。
この光の先で待っている「また明日」は、今までで一番輝かしいものになるということを。
2026年、冬。 街は新春の活気に満ちているが、清掃員のアルバイトをしている青年の心は、冷たい北風にさらされていた。
どれだけ丁寧にゴミを拾い、道を整えても、目の前で平然とポイ捨てをしていく人々がいる。
要領よく立ち回り、他人を蹴落として笑っている者たちが、SNSでは「成功者」として称賛されている。
「真面目にやるだけ、馬鹿を見るのかな……」
かじかんだ指先を見つめ、彼は小さく溜息をついた。孤独と不条理が、鉛のように体にのしかかる。
その時だった。
雲の隙間から一筋の柔らかな夕日が差し込み、彼の左手の薬指をかすめた。
「え?」
指輪などしていないはずなのに、そこには確かな「重み」と「温もり」があった。
ふと目を落とすと、一瞬だけ、素朴な木の指輪がはまっているような、琥珀色の淡い光が見えた気がした。
それは、かつてこの地上を誠実に、懸命に駆け抜けた誰かが、天国から送ってくれた「勲章」の残像だった。
その温もりは、凍えきっていた彼の心に直接語りかけてくるようだった。
『君の歩みは、間違っていないよ。誰も見ていなくても、私たちは空から、その誇り高い背中を見ているから』
光が消えた後も、指先には確かな熱が残っていた。
彼はゆっくりと顔を上げ、再びほうきを握り直す。
目に見える報酬も、華やかな称賛もない。
けれど、今の彼には「自分を捨てなかった」という静かな自信が満ちていた。
「よし。行こう」
彼は誰に言うでもなく呟き、再び歩き出す。
その足取りは、先ほどよりもずっと力強く、真っ直ぐに明日へと向かっていた。
Fin。
※この小説はフィクションです
登場人物は存在しません。
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ありがとうございました。
