エイトマン》アトム、子どもは大人に憧れた
エイトマンは幼い頃の私の憧れ
そして、ストーリーを理解すると
実は更に素敵な大人ヒーローだった
手塚治虫を「漫画の神様」と呼ぶことに異論はない。
但し、私は個人的に彼の絵が好きじゃない。そして、漫画において「絵」の好悪は決定的だ。特に読者が子どもであれば、なおさら。
何故なら、子どもはストーリーで漫画を読んでいない。絵で読み進む。
そして、私はどうしても「鉄腕アトム」が好きになれなかった。あのいかにも「子ども相手」という絵のタッチが。
子どもだから、子どもっぽい絵柄が好きというのは違うような気がする。もちろん、アトムやお茶の水博士みたいな絵が好きな子もいるだろうが、私は桑田次郎の描く「エイトマン*」の方が好きだった。
テレビアニメ「エイトマン」を観ていたのは、祖母と2人でいる時間だった。祖母は、裁縫をしながら、エイトマンに夢中になっている私を見ていた。
アトムの丸みがありながら、どこか鉄板のような身体に対し、エイトマンはあくまで鋭角でスマート。「鋼鉄の胸」の持ち主ながら、動きは人間と同じくしなやかである。
(原作は「8マン」だがアニメがTBSで放映されたので、フジテレビと勘違いされないよう「エイトマン」という表記になった。ここでは私が最初に知ったのがアニメだったので「エイトマン」と表記する)
アニメならば声も大事である。子ども声のアトムに対して、大人のエイトマンの方が圧倒的に渋い。
エイトマンの方が大人で、スタイルは人間と同じ、そして大人の雰囲気があり、なんだか難しい問題に取り組み、強敵を倒す。
子ども向けという配慮はあまりない。アトムのように空を飛ばない。でも「速く走る」。
アトムが子どもの顔をした友達なら、エイトマンは頼れる大人だ。
アトムは存在しないが、エイトマンは自由自在に変身して隣にいるかも知れないと思わせる。
お茶の水博士と谷博士なら、谷博士の方がインテリジェンスがあるように感じる。
これら全て、私の個人的な意見だが、男子には共感されるのではないか。
ストーリーより絵柄であり、子ども扱いより、大人に憧れるのが子どもなのだ。
残念ながら、鉄腕アトムのストーリーを理解できる年齢になってから、鉄腕アトムを見ようと思わなかった。そのため、両者のストーリーの比較も出来ない。
鉄腕アトムを再放送するからと、喜んで観たいと思う60代以上の男性がどれくらいいるだろう?
観るとしても、それは「昔、あんなアニメをやっていたよ」という懐かしさからであって、一話か二話見たらお腹いっぱいではないか。
エイトマンならどうか?当時、エイトマンを見ていた世代なら、「こんな最先端の科学をアニメにしていたのか!」と、寧ろ子ども時代以上に画面に齧り付き、何話も連続で観るだろう。実際、私はAmazonで何話も深夜まで連続観した。大満足だった。大人買いならぬ、大人観である。
誰が鉄腕アトムを「日本のアニメの金字塔的作品」と言ったのか?少なくとも、当時、手塚治虫が観てほしいと思っていた子どもたちではなくて、初の国産連続テレビアニメであるから、などという大人の事情が多分に含まれた評価だと思う。
エイトマンも、様々な「大人の事情」で、なかなか手の届かない作品となってしまったが、空は飛べなくても、速く走ることなら頑張ってみようとエイトマンの格好を真似して走った少年たちは、やはりエイトマンに軍配を上げるだろう。そうであってほしいし、そうであるに違いない。
ストーリーを比較出来ないのに、エイトマンの中での好きなストーリーを挙げるのは不公平かも知れないが、あまりに素晴らしいので、敢えて書く。但し、これらストーリーを理解したのは、ずっと後であって、幼い私は、絵柄と声、速く走る人間らしいスーパーロボットのエイトマンだけにでも惹かれていたのである。
エイトマンは、普段は「東(あずま)探偵事務所長」であり、事務所には秘書のサチコがいる。彼女は東探偵に惹かれているが、もちろん彼がロボットのエイトマンであることは知らない。
漫画とアニメではストーリーに違いがあるのだが、第40話でサチコがエイトマンの正体を知ってしまうストーリーが、最も衝撃的だ。
アニメでは、サチコが谷博士に依頼してその記憶を消してしまうのだ。コレが究極の愛でなくてなんだろう。
もう一つ挙げるなら、漫画で超人類との闘いがある。超人類といっても、ずば抜けた頭脳を持つ9歳の子どもである。
水爆が超人類の基地に向けて発射された。いかに超人類の基地が強固でも水爆には敵わない。それは超人類も知っている。そこにエイトマンが現れる。
エイトマンは水爆で東京が壊滅してしまう、超人類の君たちなら、どうやって東京を水爆から救えるか教えてほしいと頼む。
超人類は笑う。水爆を撃ち落とせるのは、エイトマンの光線兵器レーザーなのだ。それをエイトマンが知らぬはずはないと。いざとなったらエイトマンが必ずレーザーを使うから、自分たちは、それを待っていればいいと高を括っていた。
だが、エイトマンはひたすら超人類に教えを乞う。
焦り出す超人類。
あと数秒で水爆が基地を直撃する。
「水爆を撃ち落とせるのは、エイトマンの光線兵器レーザーだ。助けてくれ、エイトマン!」
「よし!」
と言ってエイトマンはレーザーを放ち、水爆は無力化される。
基地の入口で膝をガタガタと震わせる超人類。
「ありがとう、エイトマン。本当に怖かった」
もちろん、エイトマンはレーザーで水爆を無力化出来ることは知っていた。しかし、どうしても超人類も他の人間と同じ、恐怖の気持ちを持っていることを認めさせたかったのだ。
超人類に人間の心を教えたのがエイトマンというロボットであった。
エイトマンはロボットながら、大人の心を持ち合わせ、大人のサチコに深く深く愛されながら、ロボットであるが故にサチコの愛に応えられないと悩む。
因みに、私が惹かれたのは桑田次郎の描くエイトマンの絵柄だったが、後に原作は平井和正 であることを知った。素晴らしい原作と絵柄のコラボである。
私をはじめ、エイトマンファンは空飛ぶロボットの友達を求めたのではない。速く走る強く優しい大人に憧れたのだ。
そう、オープニングでエイトマンは、走ってサチコを救い、そして劇中では危機に陥った宿敵のデーモン博士まで救う。子どもの私にはストーリーは分からなかったが、敵味方に関係なく、人を助ける姿に惹かれたのは間違いない。
エイトマンは、私の中では永遠の強く優しいスーパーヒーローなのだ。
子どもの頃は、優しくてカッコよく強いから好きなのだと思っていた。
でも、それだけではなかった。
きっと私は幼い頃から、人間の心を持ちながら、サチコの愛に応えられない、深い悲しみを抱えながらも人を助ける姿に、惹かれていたのだ。
