【コレクション】Greg Gilbert(1990-91Topps#255)


1990-91 Topps #255:ニューヨーク2球団で頂点に立った鉄壁の職人、グレッグ・ギルバートを振り返る

黒地に赤とオレンジのネオンラインが走る、あの懐かしいデザイン。「1990-91 Topps」のホッケーシリーズから、シカゴ・ブラックホークス時代 のグレッグ・ギルバート(Greg Gilbert)です。 

熱狂的なホッケーファンやヴィンテージカードコレクターなら、この独特な「Blackhawks」のフォントと赤ジャージのコントラストを見ただけで、一気に90年代初頭へタイムスリップしてしまうのではないでしょうか。

今回は、このカードの主であるギルバートの「ただ者ではない」現役時代と、カードの魅力について語ります。

1. 写真のカードについて:1990-91 Topps #255

このカードが発行された1990年前後は、トレーディングカード界がいわゆる「ジャンクワックス時代(大量生産期)」に突入する直前の、どこか温かみのあるレトロ感が残る時代でした。

チームカラーの映えるデザイン: 黒いボーダーにチームカラーのインクが映えるスタイリッシュな仕様。ブラックホークスの伝統的な「インディアンヘッド」のロゴが、赤いジャージの中央にドンと構えているのが最高にクールです。

激戦のポーズ: スティックを構えて氷上を滑るギルバートの姿。派手なスコアラーではない彼らしい、堅実でどこか泥臭いディフェンスへの意識が垣間見えるようなグラフィックです。

2. グレッグ・ギルバートという「究極の職人FW」

カードの見た目もさることながら、グレッグ・ギルバートという選手そのものが、NHLの歴史において非常にユニークな存在です。

彼は1980年代初頭、あの伝説的なニューヨーク・アイランダースの4連覇黄金期の後半(1982年・1983年)に若手としてスタンレー・カップを掲げました。

その後、シカゴ・ブラックホークスを経てニューヨーク・レンジャーズへ移籍。なんと1994年、レンジャーズが54年ぶりの大復活優勝を遂げた歴史的シーズンにも、ベテランの守備型FW(フォワード)として大きく貢献したのです。

実は彼、「ニューヨークのライバル2球団(アイランダースとレンジャーズ)の両方でスタンレー・カップを勝ち取った、プロホッケー史上唯一の選手」という、とんでもないギネス級の歴史を持っています。

派手な100ポイント・スコアラーではありませんでしたが、監督からすれば「ここ一番のピンチで最もリンクに送り出したい」、そんな頼れる仕事人でした。

3. シカゴ時代(1989-1993)の価値

このカードが示すシカゴ・ブラックホークス時代、チームにはジェレミー・ローニック やクリス・チェリオス、エド・ベルフォアといった、後に殿堂入りする超スター選手たちが揃っていました。 [2, 3] 

その中でギルバートは、若いスターたちがのびのびと攻撃できるように後ろを支える「バランサー」として、3シーズン以上にわたりシカゴのファンに愛されました。スター揃いのチームを裏で支えた彼のようなシャドーヒーローのカードこそ、大人のコレクター心をくすぐるものです。

コレクターの皆様へ

皆様のバインダーやストレージボックスにも、こうした「1990-91 Topps」のホッケーカード は眠っていませんか?

現在の市場価値としては数十セント〜数ドルのコモンカード(一般的なカード)かもしれませんが、そこに刻まれた選手のバックストーリーを知ると、1枚のカードが100ドル以上の価値がある宝物のように見えてくるから不思議です。

•カード裏面より

1990-91 Topps #255:裏面の「数字」が語る、アイランダース黄金期からの移籍劇と勝負強さ

カードコレクターの本当の楽しみは、実は「裏面」にあります。

ザラザラしたグレーの厚紙に青と緑のインクで印刷された、この無骨なスタッツ表。

ここには、ネット検索だけでは見えてこない、当時の生々しいトレード劇や選手の全盛期がすべて刻まれているのです。

今回は、この裏面の数字から読み解ける「3つの胸熱ポイント」をご紹介します。

## 1. 1989年3月7日:王朝の終わりと、シカゴへの電撃トレード

カード上部のプロフィール欄にある「ACQUIRED(獲得経緯)」に注目してください。

ACQUIRED: TRADE WITH N.Y. ISLANDERS, 3-7-89

彼は1989年3月7日、シーズン終盤のトレードデッドライン(移籍期限)直前にニューヨーク・アイランダースからシカゴ・ブラックホークスへトレードされました。

表の「88-89」の行を見ると、アイランダースで55試合に出場したあと、ブラックホークスではわずか「4試合」しか出場していません。

まさにシーズン最終盤に滑り込みでシカゴにやってきたことが、この「4」という数字から生々しく伝わってきます。

4連覇を経験したアイランダースの至宝が、シカゴの新たなピースになった歴史的瞬間です。

## 2. 83-84シーズンの「31ゴール」というキャリアハイ

ギルバートといえば「守備型FW」のイメージが強いですが、スタッツ表の「83-84」の行を見てみましょう。

* GP(出場試合): 79

* G(ゴール): 31

* A(アシスト): 35

* PTS(ポイント): 66

なんと、シーズン30ゴールの大台を突破しています。これは彼のキャリアで唯一の30ゴールオーバーであり、生涯最高成績(キャリアハイ)です。

アイランダースの4連覇が途切れたシーズン(決勝でエドモントン・オイラーズに敗北)ではありましたが、若きギルバートが攻守にわたってチームの主軸へと急成長していたことが、この突出した数字から分かります。

## 3. 1990年プレーオフの「19試合13ポイント」という勝負強さ

そして、このカードが発行される直前のシーズンである「89-90」。

シカゴでフルシーズンを戦い抜き、70試合で37ポイント(12ゴール、25アシスト)と手堅い貢献を見せました。

しかし、本当に注目すべきは下段の「NHL PLAYOFF RECORD」の箱です。

1990 PLAYOFFS:19試合 5ゴール 8アシスト 13ポイント

レギュラーシーズンでは2試合に1ポイントのペースだった彼が、負けたら終わりの1990年プレーオフでは、19試合で13ポイントと一気にギアを上げています。

ブラックホークスはこの年、カンファレンス決勝まで進出する大躍進を遂げましたが、その原動力はギルバートのような「プレーオフの勝ち方を知るベテラン」の勝負強さだったことが、この独立したスタッツ枠から証明されています。

もし手元に古いホッケーカードがあれば、ぜひ裏面をひっくり返してみてください。

「この年に何があったんだろう?」「このトレード日は…」と調べていくと、当時リーグを揺るがしたドラマが見えてきます。

ギルバートの通算500試合出場(NHL TOTALS: 499試合なのであと1試合!)を目前にした、1990年当時のブラックホークスの熱気が伝わってくる最高の裏面でした。

•グレッグ•ギルバートのエピソードやトリビアなど

グレッグ・ギルバートに関する、ファンやホッケーファンの間で語り継がれるエピソードやトリビアをいくつかご紹介します。

## 1. 唯一無二の「ニューヨーク・トリビア」

彼のキャリアで最も有名なトリビアは、「ニューヨークの2つのチーム(アイランダーズとレンジャーズ)の両方でスタンレー・カップを獲得した史上唯一の選手」 という点です。 

 激しいライバル関係: この2チームは同じニューヨークエリアを本拠地とし、「バトル・オブ・ニューヨーク」と呼ばれるほど凄まじい敵対関係にあります。

双方のファンから愛され、どちらの黄金期(アイランダーズの王朝時代と、レンジャーズ54年ぶりの奇跡の優勝)にも貢献した彼は、ニューヨークのホッケー史において非常に珍しく、リスペクトされている存在です。 

## 2. 伝説となった1994年レンジャーズ優勝パレードの裏話

1994年、ニューヨーク・レンジャーズが54年ぶりにスタンレー・カップを掲げた際、マンハッタンで行われた優勝パレードは街中が狂喜乱舞するお祭り騒ぎとなりました。

ギルバートはこのパレードの凄まじさを後年のインタビューで回想しています。 

* ビルを見上げると…: パレード中、ふと周囲の高層ビルを見上げると、14階や16階といった超高層ビルの窓枠やへり( ledge)に命綱なしで立ちながら、選手たちに手を振り、歓声を送っているファンが無数にいたそうです。「

狂気とも言えるほどの熱狂で、彼らがどれだけこの優勝を待ち望んでいたか肌で感じた、忘れられない瞬間だ」と語っています。 

## 3. 名将「飴と鞭」の教えを監督業へ

ギルバートは現役時代、NHLの歴史に名を残す2人の名将の下でプレーしました。アイランダーズ時代のアル・アーバー(Al Arbour)と、レンジャーズ時代のマイク・キーナン(Mike Keenan)です。 

* この2人から「選手への接し方」を深く学んだと語っています。「全員を同じように扱うのではなく、ある選手には『背中を優しく叩いてあげる(褒める)』ことが必要で、別の選手には『お尻をひっぱたく(厳しく発破をかける)』ことが必要。

それを個別に判断して信頼関係を築く戦術を学んだ」と明かしており、後の彼のコーチングスタイルの基礎となりました。 

## 4. ロド・ギルバートとの「ギルバート違い」

ニューヨーク・レンジャーズの歴史には、もう一人「ミスター・レンジャーズ」と称される伝説の名選手ロド・ギルバート(Rod Gilbert)がいます。 

* ロドは生涯レンジャーズ一筋で大活躍したものの、悲願のスタンレー・カップには一度も届きませんでした。

一方で、後にやってきたグレッグ・ギルバートがサクッとレンジャーズでカップを獲得したため、オールドファンからは「ギルバートの姓を持つ男が、ついにレンジャーズにカップをもたらしてくれた」と(別人ではありますが)不思議な縁として語られることがあります。 

•グレッグ•ギルバートとは

**グレッグ・ギルバート(Greg Gilbert)**は、NHL(ナショナルホッケーリーグ)で15シーズンにわたりフォワード(レフトウィング)として活躍し、引退後は監督を務めたカナダ出身の元プロアイスホッケー選手です。 

ニューヨークの2つの異なるチーム(アイランダーズとレンジャーズ)でスタンレー・カップを掲げた、史上唯一の選手として知られています。 

## 選手としての経歴

1980年のNHLエントリードラフト4巡目(全体80位)でニューヨーク・アイランダーズに指名され、プロキャリアをスタートしました。アイランダーズの黄金期にデビューし、チームの王朝時代を支えました。 

* 所属チーム:

* ニューヨーク・アイランダーズ(1981–1989)

   * シカゴ・ブラックホークス(1989–1993)

   * ニューヨーク・レンジャーズ(1993–1994)

   * セントルイス・ブルース(1994–1996) [1] 

* スタンレー・カップ優勝(計3回):

* 1982年、1983年(ニューヨーク・アイランダーズ)

   * 1994年(ニューヨーク・レンジャーズ) [1] 

* 通算成績(レギュラーシーズン): 837試合出場、150ゴール、228アシスト、378ポイント [3, 8] 

## 指導者としての経歴

1996年の現役引退後はすぐに指導者への道へと進み、NHLだけでなく、AHL(アメリカン・ホッケー・リーグ)やジュニアリーグ(OHL、QMJHL)で長年監督を歴任しました。 

* カルガリー・フレームズ(NHL): 2001年から2003年までヘッドコーチ(監督)を務めました。 

* その他の主な指揮チーム:

* ウースター・アイスキャッツ(AHL)

   * トロント・マーリーズ(AHL)

   * ミシサガ・アイスドッグス / サギノー・スピリット(OHL)

   * セントジョン・シードッグス(QMJHL):2020-21シーズンに指揮 

指導者から退いた期間には、カナダのスポーツネットワーク(TSN)などでNHLのテレビ・ラジオアナリスト(解説者)としても活動していました。 

【naotoより】

NYアイランダースというとNYレンジャースと「もう一つのNYのチーム」というイメージだったんですが、スタンレーカップ4連覇が合ったんですね。

このNYアイランダース4連覇の後が、グレツキーやメシエのEDMの黄金時代なんですかね。

ギルバートは現役引退後も指導者として活躍していたんですね。

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