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無灯火・ピアス

この道は、車が通らない。
普段からよく散歩する道だ。
 
大きな川と池に囲まれた一直線の道が気持ちがいい。
 
川に浮かぶカモたちや見知らぬ白い鳥を眺めながら歩く。
 
国道を走る車の音が、遠くにかすかに聞こえる。
時々、ジョギングをする人や自転車と出会うが
小鳥の声が聞こえるほど静かな道だ。
 
 
 
薄暗くなった夕方。
今日は散歩ではなく、スクーリングを終えての帰り道だ。
いつものようにこの川沿いの道を帰っていた。
 
対岸の家々にも、あかりがともりはじめた。
夕方になると、家が恋しくなる。
 
すっかり暗くなった。
少し急ぎ足になる。
 
 
突然、後ろから無灯火の自転車が、私のすぐ横を、ジャっと通り過ぎていった。
驚いた。
 
胸がドキドキした。
もし、私が何かに躓いて横に倒れていたら、後ろからきた自転車と衝突していたことだろう。
 
黒いアスファルトの硬い地面に、顔や頭がぶつかる。
想像しただけで怖くなる。
 
ベルも鳴らさず、猛スピードで背後からすり抜けて行った自転車に腹が立った。
 
もし、打ち所が悪かったら…。
 
こんな場所で、私の人生が終わるのか。
しかも、突然に。
 
私は
「ウー」
と言って、首を振って妄想を消した。
 
 

 
 
 
ある終末医療の病棟。
緩和治療だけで延命治療を希望しない患者たちの病棟である。
 
そこの患者たちの同意を得てあるアンケートを実施したという。
 
その質問にも驚いたが、患者たちの答えも考えさせられた。
 
質問
「人生で、いちばん貴重なものは何でしたか」
 
私なら何と答えるだろうか。
 
ほとんどの人が、それは
 
「大切な人と過ごした時間だ」
と、答えたという。
 
財産でも名誉でもなく、それは「時間」だという。
 
なるほど、臨終のベッドで
「もっと金儲けしておけばよかった」
と後悔する人はいないだろう。
 
人生で、いちばん貴重なものは時間。
では、それはどんな時間なのだろう。
 
さらに質問
「人生で、後悔していることは何ですか」
 
ほとんどの人が
「大切な人に気持ちを伝えられなかったこと」
だと答えたという。 
 
 


 
老いも若きも、年齢には関係なしに「終わり」は突然、無灯火でやってくることもある。
 
だから、今、伝えておこう。
 
「貴重な時間」をいっしょに過ごしてくれている人に気持ちを伝えておこう。
 
「とつぜん、なーに?」
と笑われても、今、伝えておこう。
 
伝えるべき相手は、人間だけとは限らない。
ポチやタマにも
頭を優しくなでながら、きちんと伝えておこう。
 
もしかしたら
「おはよう」「いってらっしゃい」「こんにちは」「こんばんは」「いただきます」「ごちそうさまでした」など、日常の挨拶も、じつは「一期一会」の考え方から来ているのかもしれない。
 
挨拶のたびに、これが、この人との最後かもしれないと思い出しなさいという「おまじない」か。
 
挨拶は、丁寧に生きたい、優しく生きたいという祈りの言葉だったのかもしれない。
  
 


 
家が近くなった。
すっかり暗くなり、まわりの家から夕飯のにおいが漂ってくる。
どこからか、カレーのにおいもしてきた。
人の暮らしのにおいだ。
 
 
それぞれの家で、いつもの位置で夕飯を食べ、風呂に入り、いつもの布団で寝る。
みんな、明日も今日と変わらず同じような一日が待っていると、何の疑いもなく暮らしている。
私もそうだ。
あの自転車に襲われるまでは。
 
 
家に着いた。
玄関の明かりがついている。
 
私は、玄関ノブに手を置きドアを開ける。
 
「ただいまー」
 
奥から、いつもの声が聞こえてくる。
 
「お帰りー」
 
玄関に旅行バッグを置き、靴をぬぐ。
おっ、あれは、うちのカレーだったのか。
 
 
 
 
 
 
 
(完)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第2話 ピアス
 

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