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noranekopochi
我慢を覚えることと我慢のしすぎは違う
今回も、すごく自分の気持ちを納得させてくれる記事だったので、ご紹介します。
常識的なことを覚えるための「我慢」は、子どもが成長するうえで大切なことです。
でも、その年齢相応ではない必要以上の我慢をさせたり、理不尽な我慢をさせすぎたりするのは、やはり心を歪ませるんだと思いました。
私は、幼い頃や学生時代は、本当に「良い子」だったと思います。親からの愛情は条件つきだったので、親から認めてもらうためには、「親を困らせない、世間から評価される、手のかからない」子どもでいる必要がありました。
でも、親の都合で自分を理解されずに否定され続け、体調を崩すと、それまでの人生が報われない気持ちになりました。
それきっかけで、私は「自分の気持ち」を優先するようにしています。そこから、溢れるほどの怒りが湧いています。考え方も歪んで、偏ってしまったなと自覚もしています。
常識的な感覚を身につけるための我慢と、理不尽な我慢は全く別物です。毒親は、後者を子どもにさせていると思います。
子ども時代に我慢しすぎた自覚があるなら、その事実を受け止め、理不尽な我慢を投影しなくても済む環境で過ごすことが大切だと実感しました。
みなさんは、どう思われますか?
