【掌編小説】『雛菊の丘』
東の大陸にある半島。
その国はなだらかな丘陵地帯にある。
厳しい冬が終わり雪が融けて春になると、丘では辺り一面に雛菊が咲き零れ、訪れた旅人たちを愉しませていた。
昔あるとき、その小さな国に一人の娘がいた。
肌が白くて髪は黒くて肩まで長い。
その器量は人並みで、ごく普通の娘である。
彼女は両親を早くに亡くし、愛を知らずに、ただ逞しく育った。
だからか愛に飢えていた娘は身勝手な振る舞いばかりが悪目立ちしていた。
そうして周囲から孤立していく娘。それでも強がりばかりを繰り返す。
子どもも大人も、友人たちは皆離れていく。
教会で働いていた娘は、そのことについて神父に諭されてもいた。
だが、強情を張り、独りで無為な時間を過ごすことが多くなっていった。
一緒に育てられた幼馴染の青年がそのことだけを心配した。
当時、巷では流行り病が街に蔓延していた。
『宿痾』と呼ばれる、ひと度罹れば治る見込みのない病である。
教会は宿痾に罹った患者を数多く受け入れて、必死の看護をしていた。
だが、そんなときである。
娘が体調不良を訴えて診察を受けた。
医師の判断は、働いていた彼女がご多分に漏れず、躰を宿痾に蝕まれている、とのことだった。
その後、日に日に衰弱していく娘。
手の施しようがなかったのである。
そしてやがては人生という旅の終わり。
あはれ哀しきことであるかな。
彼女は帰らぬ人となった。
「――私は愚かだった。でもやっと見つけたの……」
最期に悔恨の言葉を遺して。
娘を慕っていた幼馴染は泣きじゃくり傍らで頷くだけだった。
嗚呼、振り返れば今際の際に娘が両手で大切に抱えるようにしていたもの。
それは『解放』だったかも知れない。
誰よりも独りで辛かったこと。
孤独。
彼女自身が病魔を患っていたこともあるだろう。
それでも宿痾に倒れていく患者たちに寄り添い、黙って看取っていたのも彼女であった。
その全てかも知れない。
だからこその『解放』
探してみるとよかろう。
その手の中にあった、たからものを。
誰もが手にしたい、そして娘が見つけたというそれはまた、ひとつの願いだったのか。
それとも愛だったのか。
彼女が最期に手にしたのは何だったのか。
答えを知る術は今はもうない。
風が冷たい初冬の早朝。
雲間から薄暗い部屋に差し込む光。
かくして息を引き取った彼女は何も語らず。
朝日は、大人になっていた眠る娘の白い頬を明るく照らした。
不思議なことにその頃には、まるで娘のいのちと引き換えであったかのように宿痾が収束に向かっていった。

神父と幼馴染は神と彼女に、この奇蹟を感謝した。
静謐を取り戻した街に教会の鐘が厳かに鳴り響く。
鎮魂の祈りと聖歌が始まった。
