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面倒くさいは、分岐点を教えてくれる優しい感情

面倒くさい、って言葉は、
きっと、どこか嫌われ者だ。

できれば触れたくない。

聞いた途端、胸の奥で、
イスがひとつ後ろに下がるような感覚がある。

昔、お世話になっていた人に、
「そんな面倒くさがりだから、
いつまでも成長しないんだよ!」
と怒られたことがある。

完全に図星だった。
「自分でもわかってるよ~めんどくさいな~」と
一瞬思った当時の自分を吊るし上げたい。

それ以来、
私は「面倒くさい」という感情と、
わりと真面目に向き合ってきた。

そして、ひとつの答えにたどり着いた。

もしかして「面倒くさい」って、
分岐点なんじゃないか、と。

試しに、こんな問いを自分に投げてみる。

「今すぐやるのと、そのままにするの。
どっちが、あとで面倒くさいことになる?」

たとえば、
・既読スルーのまま一晩LINEを放置する
・苦手な人と向き合って話す
・忙しい中、新しいことに手を伸ばしてみる

その答えを眺めていると、ある共通点が見えてくる。

それはたいてい、
“他の人も避けて通りたい場所”
だということ。

右に行けば、いつも通りのぬるま湯。
左に行けば、まだ温度の分からない湯船。

「面倒くさい」は、
その分かれ道に立ったことを教えてくれる、
小さな案内板みたいなものなのかもしれない。

そこで一歩踏み出せば、
人と少し違う経験が手に入るかもしれない。

踏み出さなければ、
今までの自分のまま、静かに止まる。

……いや、それどころか。

面倒くさい沼は、案外底が深い。
一度座り込むと、腰が上がらなくなる。
他のことまで、どんどん面倒くさくなっていく。

だから私は、
「面倒くさい」が出てきたら、
それをトリガーにして、
とりあえず一歩、足を前に出す。

やって、失敗して、
「あ、ここズレてたな」と気づいて、
次にほんの少し修正する。

その繰り返しで、
面倒くさいことは、
確実に小さくなっていくのだ。

面倒くさい、は敵じゃない。
無理やり背中を押す言葉でもない。

新しい可能性を示してくれる、
小さな合言葉だ。

それを静かに教えてくれる、
案外やさしい感情ともいえる。

次に「面倒くさいな」と思ったら、
あなたは最初の3秒をどうするだろうか。

考えるのがめんどくさいなら、
そのまま一歩出ちゃう、は案外ありだと思う。

あなたの日常が
多幸感で包まれますように。

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紡ぎ屋 凪 / YUTA FUJIWARA 多幸感は、きっと分け合うほど静かに循環していくもの。 今日、あなたの中に小さな光や気づきが生まれたなら、 チップという形でそのぬくもりのバトンを繋いでもらえると嬉しいです🌈