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1億総〇〇時代、私たちは多様性を逆走していないか

1億総〇〇時代。

最近よく目にするこの言葉は、
時代の進む針を、私たち自身が
巻き戻してはいないだろうか。

多様化の時代です

そう言われているのに、
1億人を一括りにラベリングするこの風潮が、
どこか時代に逆行しているように思えてしまう。

1億総発信者
1億総クリエイター
1億総副業

いつの間にか、私たちは
とても大きな主語で呼ばれるようになった。

その言葉は、前向きで、可能性に満ちていて、
一見すると未来を示しているようにも見える。

けれど同時に、一人ひとりの輪郭を、
ざっくり塗り潰している気もする。

Z世代、HSP、繊細さん、陽キャ、陰キャ。
名前をつけた瞬間、どこかわかった気になる。

もしかしたら、その方が楽なのかもしれない。

十人十色の個性を、いちいち見つめなくても、
世の中にある大きな言葉に、当てはめてしまえばいいから。

多様化って、本来は
分類を増やすことじゃなくて、
分類しきれないものを、そのまま認めて、
受け入れて、尊重することなんじゃないだろうか。

ただ——
余白があることは、
どこか不安を呼ぶことがある。

よくわからない他人。
よくわからない自分。

それらと向き合うのは、
正直、しんどいこともある。

だから私たちは、ラベルを貼って
一括りにする。

「〇〇な人」と呼ぶことで、
貼る側は、わかった気になって安心する。

そして、
そのラベルを向けられた側は、
いつの間にか、それに合うように、
自分を少しずつ調整していったりもする。

多様化が進むほど、皮肉にも、
一括りの誘惑は強くなるのかもしれない。

これは、社会が冷たくなったというより、
不安が増えた結果なのだと思う。

それでも私は思う。

多様性って、声高に叫ぶものじゃなくて、
「よくわからなさ」を、急いで処理しない
態度のことなんじゃないか。

名前をつける前に、少し立ち止まってみる。

分類する前に、その人の気配を感じてみる。

逆光の中でも、
一人ひとりの輪郭を、見ようとする。

信じたいと思った自分を、選び続ける。

完璧に理解し合えなくてもいい。
それでも、急いで答えを出さないこと。

そして、目の前の人に笑顔を向けること。

たぶんそれが、
時代の針を前に進める多様化なんだと思う。

あなたの日常が多幸感で包まれますように。

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紡ぎ屋 凪 / YUTA FUJIWARA 多幸感は、きっと分け合うほど静かに循環していくもの。 今日、あなたの中に小さな光や気づきが生まれたなら、 チップという形でそのぬくもりのバトンを繋いでもらえると嬉しいです🌈