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自分の中にある正解は、どうやったら取り出せるのか

たまに思うことがある。

頭の後ろに、
メンテナンス用のチャックが
ついていればいいのに、と。

それをジッと下ろして、
中身をのぞき込めたらどんなに楽だろう。

ネジが緩んでいる場所を締め直し、
こんがらがった配線を一本ずつほどいていく。

どこで思考が渋滞しているのか見えたなら、
あの得体の知れない疲れも、
正体がわかるのに。

私の好きな言葉がある。

「答えは、自分の中にある」

たしかに、その通りだと思う。

でも、その肝心の「中」が見えないから、
立ち往生してしまう。

「中にある」と言われても、
その“中”の場所を、私はまだ知らない。

それは、明かりのない暗い部屋で、
失くしものを探しているような感覚に近い。

そこにあるはずなのに、
手を伸ばしても指先は冷たい空気をなでるだけ。

もどかしさだけが、
埃のように静かに積もっていく。
掃除の仕方もわからないまま。

焦っている時ほど、
私たちは「正解に似た不正解」を掴みそうになる。

そんな時は、
ちゃんと考えた“つもり”になれるから厄介だ。

あの小さなザラつきを、
「気のせい」にしないほうがいいと思う。

私はこれまでに何度も、
あとから「違ったな」と
気付く答えを掴んできたから。

だから最近は、
自分の「違和感」に触れるようにしている。

胸の奥が、ザラっとしたか。

その「正解」を声に出したとき、
喉のあたりが、わずかに詰まったか。

あるいは、
背中をふっと押されるような軽やかさがあったか。

その微細な反応を、ただ静かに観察する。

欲しい答えは、
頑丈な金庫の奥に隠されているわけじゃない。

むしろ、探すのを一旦諦めて、
日常の何げない動作に戻った瞬間。

「あっ」

何の前触れもなく、向こうから現れることがある。

さっきまでどこに隠れていたのか不思議なくらい、
当たり前のような顔をして、そこにいる。

だから、あえて何もしない時間を持つ。

ぼーっとする。
歩く。
空を見上げる。

「だるまさんが転んだ」みたいに、
こちらが執着を手放している間に、
向こうから距離を縮めてくる。

無理に引きずり出す必要はない。

一番受け取りやすい形で、
それはたぶん、もう近くまで来ている。

あなたの日常が
多幸感で包まれますように。


🌿紡ぎ屋 凪の「自己紹介」を更新しました
これまでの歩みと、これからのことについて。
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紡ぎ屋 凪 / YUTA FUJIWARA 多幸感は、きっと分け合うほど静かに循環していくもの。 今日、あなたの中に小さな光や気づきが生まれたなら、 チップという形でそのぬくもりのバトンを繋いでもらえると嬉しいです🌈