見出し画像

誰にも会いたくない日は、心を日なたに干す日

なんとなく、人と距離を置きたくなる瞬間って、
あってもいいと思う。

理由を聞かれてもうまく説明できない。

誰かを嫌いになったわけじゃないけれど、
胸の中が少しざらついていて、
触れたくないその感触が、言葉をそっと遠ざける。

この世界が丸ごと嫌になってしまったのだろうか。
そんな日も、あってもいいと思う。

自分の周りだけ、どこか空気がひんやりしているような、
あの、心もとなく淡い影が胸にかかる時間。
心の温度が、少しずつ静かに下がっていく。

世界と距離を置きたくなる時には、
たしかに“気配”がある。

例えば朝、鏡に映る自分の疲れた顔を見た日。
息を吸うと胸の奥がきゅっと縮んで、
「私、ちょっと“遠く”に行ってる?」と、小さく呟いてしまう。

あの人のことは好きなのに、
近づかれると、なぜか皮膚の表面がピリッとする日もある。

季節の変わり目に五感が敏感になるみたいに、
心にも“敏感期”があって、ほんの少しの会話でも、
意図しない反応をしてしまう時がある。

本当は、うすうす気づいている。
距離を置きたいのは、その人や世界じゃなくて、
“今の自分”なんだと。

キャパシティのコップが知らないうちに満杯になっていて、
誰かの優しさでさえ重く感じるときは、
自分をそっと避難させてみる。

だけど同時に、
距離を置く私の中には、ちゃんと“戻ってくる気持ち”もある。
それは、より自分らしさを纏って進化した私になって。

誰とも話さない静かな時間を過ごしていると、
胸のざらざらが少しずつ溶けて、
ふいに、凪のような柔らかな時間が訪れる。

そこでようやく気づく。

距離を置くことは、離れることじゃない。
“自分を整えるための呼吸”みたいなものだと。

近づいたり、離れたり。

その揺れの中で、
自分との関係はゆっくり深くなっていくのかもしれない。

もし今日、あなたが少しだけ何かから距離を置きたくなっても、
胸に罪悪感を抱く必要はない。

それは“逃げている”わけじゃなくて、
心を一度、日なたに干している時間だから。

そのあとでまた、
心の温度がゆっくり戻ったら、
あなたの足は、きっと自然と前へ向く。

あなたの日常が多幸感で包まれますように。

いいなと思ったら応援しよう!

紡ぎ屋 凪 / YUTA FUJIWARA 多幸感は、きっと分け合うほど静かに循環していくもの。 今日、あなたの中に小さな光や気づきが生まれたなら、 チップという形でそのぬくもりのバトンを繋いでもらえると嬉しいです🌈