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楽しむことには勇気がいる。人

むかしむかし、ある静かな村に、楽勇(らくゆう)という若者が住んでいました。楽勇は、「楽しむことには勇気がいる」といつも言っていました。
村人たちは最初、楽勇の言葉を理解できませんでした。「楽しむのに、何の勇気がいるというのだ」と首をかしげていたのです。
その村では、みんなが控えめに、慎重に生きることを良しとしていました。笑い声を上げることも、思い切り遊ぶことも、はしゃぐことも、何となく恥ずかしいこととされていたのです。
ある日、村に大きな災いが訪れました。長い雨で作物が育たず、人々は暗い気持ちで過ごしていました。
そんなとき、楽勇が立ち上がりました。「みなさん、今こそ楽しむ勇気を持ちましょう」
楽勇は、雨の中で踊り始めました。村人たちは最初、呆れた目で見ていました。
しかし、楽勇は続けました。「雨に濡れるのを恐れずに踊る勇気、人の目を気にせず歌う勇気、悲しいときこそ笑顔になる勇気、これらすべてが大切なんです」
少しずつ、子どもたちが楽勇の周りに集まってきました。子どもたちも雨の中で踊り始め、水たまりで遊び始めました。
大人たちも、徐々に加わっていきました。誰かが「こんな時期に...」と言いかけると、楽勇は答えました。「だからこそ、楽しむ勇気が必要なんです」
やがて、村全体が笑顔で満ちあふれました。人々は気づいたのです。楽しむためには、本当に勇気がいるのだと。
周りの目を気にせず自分を表現する勇気。
失敗を恐れずに新しいことに挑戦する勇気。
辛いときでも希望を持つ勇気。
そして何より、心から楽しむことを許す勇気。
不思議なことに、村人たちが楽しむ勇気を持ち始めると、村の空気が変わっていきました。人々は協力し合うようになり、困難も乗り越えられるようになっていったのです。
後に楽勇はこう語りました。「楽しむことは、時として戦いなのです。自分の中の恐れや、周りの目、そして状況と戦う。でも、その勇気を持てば、人生はもっと豊かになるのです」
そして「楽しむ心に福来たる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年10月25日21時10分に書く無名人インタビュー928回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは Amati さんです!

年齢:40代前半
性別:女性
職業:インタビューする側の人


現在:歳を取れば取るほど毎日がバリバリに楽しくなっていくなって思ってまして。

qbc:
今何をしている人でしょうか?

Amati:
半分会社員・半分フリーランスです。会社員はスタートアップ企業の立ち上げ、フリーランスではインタビューライターをしています。

qbc:
会社員やライターとしての分野は?

Amati:
会社員としては、ロボットを社会に導入するお手伝いです

qbc:
医療分野とか特定の分野に限られるロボットなんですか。

Amati:
ここ数年で一気に広がった「サービスロボット」ってやつです。レストランなんかで、ねこのロボットが料理配送してるの、ご覧になったことあります?

qbc:
はい。

Amati:
あんなふうに人の近くでエンジニアも隣につけずに働いてるロボットって、すごいブレイクスルーなんですよ。
うちの会社は、某大手メーカーのロボット事業部にいた者が立ち上げたもので、ロボットがちゃんと社会で役立つために何が必要なのかを伝えて導入を支援する事業なのですが、会社の事業を拡大するフェーズに入るにあたって、手伝いを頼まれまして。
というのも、その代表というのが中学からの幼馴染で、スタートアップってすごく人材が来ないんです。なので、彼女のミッションをずっと昔から聞いてた私が、手伝う機会をもらった形になります。その前に勤めていたメディアの会社をやめて、そっちに転職しました。

qbc:
インタビューの方は何か分野決まってるんすか。

Amati:
インタビューの方も、技術系が多いです。もともと理工系の出身だし、技術系の案件は単価もいいので。いわゆるコラムやエンタメ系もありますが、主軸は技術系。

qbc:
技術系ってどんな技術?

Amati:
もともとの専攻は電気電子制御だったので、一応はメカトロニクスあたりが得意分野です。ただ商業的にはITとかAIの方がホットです。技術系をやる上で「ITは全然分からない」ってことはあり得ないので、それでIT・AI系が多いっちゃ多いです。

qbc:
それ以外の時間って何されてます?趣味とか。

Amati:
仕事の延長でロボットと遊んだりモノ作りしたり。でもメインはいわゆるオタク趣味で、小説を書いています。

qbc:
ジャンルは何?

Amati:
何ていうかな……子供にはとても見せられない感じの二次創作(笑)

qbc:
小説なんですか。

Amati:
言語化が楽しいし、文章のトレーニングにもなるので。取材ライターって短くて2000文字、どんなに長くても前後編で8000文字ぐらいじゃないですか。小説は構成をしっかり組んで、その中で人間がイキイキと動くような、長い文章を、5万~10万字くらい書くので。長文のトレーニングにもなるし、読む人をダレさせない文章を考えるのにも役立ちます。脳の、ふだん使う部分と別の箇所を使っている感じがして、いい刺激になります。
オタク趣味に全く縁がない人から「Amatiの文章は読みやすくてキレイだよね」って言ってもらえることが多いのは、趣味のおかげだろうなと思ってます。オタク趣味のことは言えないので「文章を書くのがずっと好きだった」でごまかしてます。でも同業の中に、似たようなタイプの人はいっぱいいそう。

qbc:
タイトルは言えない?

Amati:
言えないです(笑)

qbc:
インタビューライターと会社員と趣味。その他の時間って生活する食事とか入浴とか、それ以外でやってることあります?

Amati:
仕事と生活と子育てと趣味で概ね日常パンパンなんですが、その中も物を作るのは続けています。パテこねてフィギュア作ったり、人形を作ったり。物を作るクラフト趣味にはあちこち手出してます。昔はクルマのカスタムやガラス工芸なんかもやってました。とっ散らかってる。

qbc:
人形とかってどんなものを作るんですか。

Amati:
人形はですね、小さいものだとねんどろいど。パーツ作ったりボディーを入れ替えたり、服を作ったりするカスタム文化があります。大きいのだと、スーパードルフィー。これは身長60センチぐらいです。素体やジャンク扱いされている部品を引き取って、お肌のメンテとか、お顔を描いてあげるとかして、可愛くしてあげる。完成すると「今日も世界にキレイなものを一つ生み出したな」って、満足して完結する。
完成品を売ったりはしません。ほとんど手放さないですが、親しい人にあげてしまうこともあります。もとが高価なので、転売の商材にされることもあって、それはさすがに不本意なので。作家として活動したい人の邪魔もしたくはないですし。でも完成したらやっぱり持て余すこともあるので、引き取ってもらえる人……この辺りの話をちゃんとわかってもらえる、口の固い方にお譲りする。信用できる相手とのつながりだけで、情報や物を譲り合ってるような、そういう中にいます。

qbc:
年間で楽しみにしてるようなイベントって何なんですか。

Amati:
同人イベントは楽しみなんですけれども、滅多に行けないんですよ。家族にもここまでズブズブのオタクだっていうのは、一応は隠しているので。だから、もう1年に1回参加できるかできないか程度。

qbc:
日々どんな気持ちで過ごされてます?喜怒哀楽というか。

Amati:
日々ですね、めちゃくちゃ楽しいです。

qbc:
楽しい。

Amati:
歳を取れば取るほど毎日がバリバリに楽しくなっていくな~って思ってます。20代から30代になったときも何かから解放されたような喜びがあったんですが、40過ぎたらさらにすごく楽しいですね。歳を取るほど、毎日がどんどん楽しくなっていくんで、このまま50歳60歳になったらどれだけ楽しいんだろうって、本気で思ってます。今から戻りたい若い頃みたいなものも、本当に一切ないです。

qbc:
はい。

Amati:
もちろん大変なことは増えていますけれども、10年とか20年前に悩んでたことに、まず悩み飽きたんですよ。
いまさらこの歳にもなって育った環境のこと言うのも幼稚ですが、田舎の出身だったので、いわゆる「女の子にかけられる呪い」みたいなものはだいたい浴びてきました。
でも歳をとるにつれて、そういうのが1枚1枚剥がれ落ちていくんですよね。そういうものから解放されていく喜びと、解放されたときにこんなに世界って面白くなるんだ! っていうものがどんどん増えてるんですよ。
若い……っていうか幼い頃にもがいてた、どうすれば自分は生きるの許されるのか、みたいな……大げさに言うとそんな感覚がなくなった一方で、もがいている間に自分の中に溜まっていた能力は残る。なので、その力がある状態で呪いから解放されていくと、できることとか楽しめることがどんどん増えていくんですね。なので、すごく楽しいし、できることが増えるし。
オタクの趣味は同性どうしで繋がるので、上は50歳から下は高校生ぐらいのお嬢さんまで浅く広く知り合いがいます。高校生ぐらいのお嬢さんが悩んでることって、実際すごく分かるんですよ。私もかつてそうだったから。でも、こんな年上からなにか言われてもウザいじゃないですか。自分も昔そうだったし。
だから、あの頃こういう大人がいたら救われたかな、みたいなものをちょっと意識して振舞ってるところはあると思いますいっつも楽しそうで、元気に遊んでるなーって思われるようにしてるし。実際すごい楽しいですし。

qbc:
性格は周りの人からなんて言われたりします?

Amati:
気が強いってずっと言われてます。子供の頃から、思いやりがないとか可愛げがないとか気が利かないって言われ続けてきまして。実際気は利かないんですけれども、いやそれおかしいでしょっていう怒りが、小さな頃からずっとあったように思います
女の子への呪いっていうのは、そういう感情を根こそぎ折るものです。怒るとか反発するとか、そういう「自分の感情の動き」を自分に対して許せなくなるんですよ。でも私は、そういうものにずっと反発して、ずっと怒ってたと思います。
中年になってからは、そういう自分が、何か周囲に諦めを持って受け入れられるようになった気もします。社会からの期待値が減ったからかな。
同年代の男の人も、私みたいなのには攻撃してこないんですよ。言い返されそうだから。それで嫌な思いをすることも減ってる。これも日々が楽しくなった要因だと思います。

qbc:
身近な人、パートナー方も含めて家族、パートナー、親友、距離の近い人から言われる性格の一面ってあります?

Amati:
どうなんだろうな……配偶者は諦めをもって受け入れている気がします。「あなたはそういう人だからね」って感じ。
私がライターをやってるのもあって、この通りすごく言語化をしたくなるんですね。でも夫は言語化にあまり興味がないので、私の言っていることをそのままそのように受け取っていると思います。ネットのフォロワーさんにはかっこいいって言ってもらえるかな。でもまあ、ネガティブなことって言われないですからね。

過去:「女はどうせ嫁に行く」が受け入れがたく。結婚しなくても生きていける人になろうって思って。

qbc:
子供の頃ですね、幼稚園とか覚えている限りで結構ですけどどんな子供でした?

Amati:
多分、あんまりいい思い出がなくて、小さな頃のことはよく覚えてないです。ただ、幼稚園児のころ、将来なりたいものを書きなさい、みたいな課題で、特にないなあと思った末に「お金持ちになりたい」って書いたのは覚えてます。とにかくお金持ちになれば、やりたいことが見つかったときにできるだろうみたいな、そういう打算が4歳か5歳ぐらいの頃にはもうあったみたい
あー思い出した。小学1,2年生くらいのとき。先生に突然「生意気だ」って言われました。でも、家庭でも思いやりがないとか女らしくないとか、世間体が悪いって言われていたので、それなりに傷つきながらも、なるほどって受け入れたような記憶があります。

qbc:
どんな遊びをしてました?

Amati:
あまり思い出せないけど……本は読んでました。なかなか買ってもらえなかったので、小学校の図書室の本を借りて歩きながら読んで帰って、家に帰るまでに読み切っちゃったり。いわゆる今の歩きスマホに近いんですね。ずっと読んでたなあ。中学校・高校も読んでたし今も読んでます。本当に好きだったんだな。

qbc:
覚えてる本ってあります?

Amati:
小さい頃ですごく覚えているのが『エルマーの冒険』っていう児童書でして。すごく好きだったんですけど、買ってもらえなかったんですよね。幼稚園のときは、すごく気に入った絵本があって、『おしいれのぼうけん』。冒険ものが好きだったんだな
多分これ、ボーイズラブ的な萌えの原体験があります。バディものなんですよね。2人の男の子が押入れに閉じ込められて、押入れの壁が洞窟になって、その中に誘い込まれて、冒険をしていく。2人が手を取り合って負けないぞってお互い励まし合ってるところとかに、今思うと5歳の時点でだいぶ心を掴まれていたなって思います。
でも当時はそれを表現する言葉を知りませんから、ものすごく強烈にそれが印象に残って何度も借りて何度も読んでいて。

qbc:
中学校はどんな子だったんですか。

Amati:
部活で音楽に出会いました。音楽だと大抵吹奏楽なんですけれども私が行った中学校には珍しいことにオーケストラがありまして、そこでバイオリンを始めました。最初にお話したスタートアップの代表とも、そこで出会ったんです。私がコンサートミストレスで彼女が部長。彼女はその頃からすごく頭が良かったんで、県内トップの高校に行って、私は工業系に行っちゃいましたが。

qbc:
高校生の頃は?

Amati:
高専ってご存知ですか、工業高等専門学校。最近は呪術廻戦の方が有名になっちゃってますが、工業系の高校と大学の2年までを勉強する5年制の学校があって、そこに行きました。
これ、当時の私にとってはすごく理にかなった判断でして。当時、祖母に「女は嫁に行くから学歴は必要ない」と言われて、一度は高校進学も反対されているんです。
さすがに高校は許されたんですが。そのあたりから子供心に「この家にいちゃまずい」って思ってたのと、女はどうせ嫁に行く、が到底受け入れがたくって。
祖父母と同居していたので、自分の母親の扱いを見て「嫁に行った女は家庭の奴隷にされるもの」と思っていたので、結婚しなくても生きていけるようになろうって。そのために、なるべく早い段階で専門技術を手に入れたいと思ったんです

でも、地元の工業高校って、正直あまり成績が良くないヤンキーが高卒で工場に入るために行く場所って感じで。高専だったら偏差値も高いし、短大卒業までの資格は得られるし、大学受験しなくても良さそうだし。高専に入って20歳で卒業して技術系であれば結婚しなくても食って生きていけるだろ! って、中学2年くらいのときには決めていました。

qbc:
高専生活はいかがでした?

Amati:
すごい楽しかったですね。高専って学費が安いので、家がそんなに裕福じゃない、かつ県内随一の進学校とかに行けるでもない、ちょっと勉強が得意なオタクみたいな子が多くて、すごく楽しかったですね。5年間遊び回りました。遊びすぎて留年しそうになったり、いろいろあったな。容赦なく留年する学校なんですよ、あそこ。

qbc:
その後、大学の3年か4年に接続していく感じなんですか。

Amati:
私は就職するつもりでいたのですが、進路の選択をミスりまして……新卒カードを無駄にして、黒歴史を経て、無職の期間があります。

qbc:
どれぐらい?

Amati:
3ヶ月ぐらいかな。当時は「このまま本格的な引きこもりになって、20年後ぐらいに犯罪を犯すんだ……」みたいに思っていましたが、2ヶ月目ぐらいから引きこもるのに飽きたんですよ。
これは自分の中でも驚きでした。引きこもるにも才能がいるのか、私は引きこもることもできないのかって。それで、バイトから社会復帰を始めて、派遣社員、そして正社員。

qbc:
派遣社員で、何系の?

Amati:
電機メーカーです。アルバイトもパソコン屋さんで、どっちかっていうとオタク多めで。そこから電機メーカーに入り、3年間派遣やった後に転職先を探しました。それで、小さい会社の技術系の部署に正社員でねじ込みました。そこから結婚して子供ができて。

qbc:
結婚はいつのタイミングですか。

Amati:
派遣先の現場で出会って、結婚するにあたって、正社員職を見つけて転職しています。27歳か28歳だったかな。

qbc:
フリーランスのタイミングは何歳?

Amati:
32歳ですね。子供ができた女はすごく会社にいて欲しくない感じの会社だったので、これじゃやっていけないなと思って。
小さな子供のいる女が転職して条件の良い仕事が見つかるわけなかったので、開業するしかなかったんです。ライターになったのは、言ったもん勝ちで名乗れる仕事だったからです。そうしたら意外にお仕事をいただけるようになって。そのまま10年間続いてます。

qbc:
この間でなんか苦しいとかめちゃくちゃ楽しいとか、雑な聞き方ですけど、引きこもりから上がってきた、引きこもりをやめたあとから今までこういうことが実はあったんですよねみたいなのは?

Amati:
大体の環境で、自分が一番頭が悪かったことかな。自分の周りにいる人が、みんな私より頭がいいから、話すこと全てが勉強になる。今の会社でも、日本語しか喋れないのは私だけだし、その前の会社でも、大学に行ってないのは私ぐらいだったんじゃないかな。そういう人たちと一緒に仕事してると、学べるものが多いです。
東京のちょっといい会社で働いてる人たちですから、概ね皆さん育ちがいいし、いろんな遊びを知ってるし職を変えても友達でいられる。そういう人たちと出会うことがどんどん増えて、楽しい。

qbc:
ご両親からどのように育てられたと思っていますか。

Amati:
両親は、私のことを持て余していたと思います。父は、祖父が立ち上げた家族経営の二代目経営者で、数人の従業員さんと事業を回していました。私が長子で弟が2人いて、3人いれば誰かは家を継ぐだろうと思ってたみたい。でも、子供だって親の事業に未来があるかないかぐらい見てますから、誰も継がないんですよね。だから親は残念だろうなとは思います。
私が何で稼いでるかも、うちの両親は理解してないんじゃないかな。

qbc:
生まれ育ったところの風景ってどんな感じの?

Amati:
関東の限界集落ですね。私はとにかく合わないです。地元が好きな人たちは今でも残ってますけど、私は何の思い入れもないので全然戻りたくないです。もう正直関わりたくないんですよね。でも逃げられるものじゃないですからね、実家の問題って。どうしようかな、これから。

qbc:
自分の人生を振り返っていただいて、変換点を大きいのを1個だけ置くとしたら、どこだと思います?

Amati:
一番の転換点は結婚ですね。ずっと結婚するつもりはなかったけれど、彼氏はいたんですよ。当時の彼氏……今は夫になっている人の実家で、ご両親がご飯食べた後に、お母さんとお父さんがダラダラテレビを見ながら楽しそうに話してるのにびっくりしました。あれは衝撃でした。母親が奴隷になっていない家を初めて見た瞬間でした

qbc:
旦那さんはどこの人ですか。

Amati:
地元自体は近かったので、地域性というよりもそこの家庭の個性だったんだと思います。お父さんも料理するし、お母さんも座ってるし。洗い物も一緒にしてたり、何より夫婦が仲良く並んで話して笑ってるところなんて私は見たことなかったので、すごいショックでした。
この話を彼氏(今の夫)に話したら当初は全然ピンときてなかったんですが、彼もうちの実家に行くようになってから「言ってること分かった、あれじゃ結婚とかちょっと考えられないね」って、ぽろっと言ったことがありました。
あれは特大の転換点ですね、人のことをもっと信じていいんだって思ったきっかけかもしれないです。

未来:正しい言語で自分の感情を正直に受け止めて嘘をつかずに表現していく。

qbc:
5年10年、最終的に自分が死ぬっていうところまで考えた上で未来はどう思いますか。

Amati:
めっちゃ楽しみです。多分死ぬ直前まで楽しいんじゃないかなって思ってます。頭が動いている限りは、どんな状態になっても楽しめるんじゃないかって。世界がどんなふうになっても自分は楽しめるんじゃないかって気がします。ただ、私が死んだ後を生きる子供のために、ちょっとでもましな世界を作りたいな、と思ってはいます。

qbc:
もしも、今やってることでこれをやらなくていいよっていうふうになったら、ただその分で得られるお金とかっていうのは別のところでもらえるとしたら、何を辞めます?

Amati:
家事。家事を辞めます。

qbc:
あとは?

Amati:
んー、家事だけ。

qbc:
なるほどね。

Amati:
だって家事って生むものが何もないじゃないですか。ゼロに戻す仕事だからやりたくないです。

qbc:
お手伝いさんがいればいい?

Amati:
そうですね。今も家事代行を定期的にお願いしてますが、全部お金で解決できるんだったら家事は一切やりたくないです。

qbc:
なるほどね。

qbc:
自分の人生の中で、一番大切にしてることって何ですか。

Amati:
自分の心に嘘をつかないことです

qbc:
自分の心の向かう方向ってどんなことが多いですか。

Amati:
怒っていいよ、楽しんでいいよ、喜んでいいよ、不快だったら不快だなって思うことを、自分に許していいよ、って感じ。
抑圧が長くなって、怒ることとか不快に思うことを否定され続けると、自分の心がわかんなくなっちゃうんですよね。10年とか20年とか経ってから「あのときすごく嫌だったんだ」って気がつくようなことが時々あります。こんな呪いまだ残ってたんだってびっくりするくらい。でも、気づけたってことは超えられるってことだし。
楽しいと思ったことは楽しいって言っていいし、それはおかしいだろうと思ったことはそれはおかしいって言っていい。ただ、表現するにあたっての技術は必要だから、言語化は続けていきたいですけれども。正しい言語で、自分の感情を正直に受け止めて、嘘をつかずに表現していきたい。これがやっぱ最大かな。自分の心を大切にしてあげたいですよね。ときには誰かの利害とぶつかりますけど。

qbc:
なんというか、綺麗に自分のメンタルマインドみたいなのをレビューされると思ってるんですけども、それはいつ頃から?

Amati:
ずっと小さい頃からですね。5歳とかそのぐらいから、両親に話が通じないのは自分の伝え方が悪いせいだと思っていた気がします。今思えば抑圧の正体がわからなくって……それで、いろんなことを言語化して伝えようとしていた。

qbc:
中2の時もそうでしたもんね。

Amati:
そうそうそう。「母親って家庭の奴隷なんだな」って思った頃に、理解してもらうのを諦めたんだと思います、駄目だこれって。ずっとそうやってきたので、悲壮な話のつもりはないですが。

qbc:
おそらく同年代とか、女性全体の日本女性って言い方なのかわかんないすけど、周りに呪われてる人はいっぱいいると思うんですよ。なぜ自分は呪いを解けていけたと思ってます?

Amati:
おそらくなんですけど……私の母親が、根本的には私と同じマインドを持ってるタイプの人だったんだろうなって思ってます。ただ年代的に「結婚して家庭の奴隷になる」を諦めて、受け入れていた感じはありましたが。私が勉強したり、家から出たりすることを止めなかったのも母だったので。

qbc:
最後の質問ですね。最後に残したことはっていうので、遺言でも読者向けメッセージでも独り言みたいなつぶやきでもいいですけど最後に言い残したことがあればお伺いしています。

Amati:
楽しむことを諦めないで欲しい、って思います。
楽しむことには勇気がいると思うんですよ。楽しむことを自分に許す勇気。これは自分の中からしか出てこないんです。でも、その勇気を出せれば、世界がすごい楽しくなるよって。
世界中の女の子たちにいっぱい楽しんで欲しいなって思います。
でも、楽しむためには力も必要です。財力だったり、能力だったり、腕力だったりしますけど、全部が弱いと地獄だから。
マッチョイズムの話になっちゃうけど……楽しむ勇気と力を持つことを、諦めないで欲しいなって思います。

あとがき

良いインタビューだった。

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:komima】

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