自分がやりたいことにとことん向き合うっていうのを若いうちに経験してもらいたい人
むかしむかし、ある村に、導者(みちびきもの)という若者が住んでいました。導者には、まだ若い人々に「自分がやりたいことにとことん向き合ってほしい」という強い願いがありました。
村では、若者たちはいつも「べき」という言葉に縛られていました。
「こうあるべき」
「そうすべき」
「これが正しいはずだ」
導者は、そんな若者たちに語りかけました。
「本当は、何がしたいの?心の奥底で、どんな夢を見てるの?」
ある若者は「絵を描きたい」と打ち明け、
別の若者は「音楽がしたい」と語り、
また別の若者は「新しい道具を作りたい」と告げました。
導者は若者たちに小さな空き家を提供しました。
「ここを『夢工房』にしよう。ここでは、自分のやりたいことに、とことん向き合っていいんだ」
若者たちは最初、戸惑いました。
でも、少しずつ、自分の情熱に従い始めました。
夜遅くまで絵を描き、
朝まで音を奏で、
何日も道具と向き合い続ける若者たち。
時には失敗し、
時には挫折し、
それでも立ち上がっては、また挑戦を続けました。
後に導者はこう語りました。
「若いときにこそ、全力で自分と向き合ってほしい。それが、その後の人生の大きな財産になるんです」
そして「若き日の情熱は、生涯の光となる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年1月5日11時55分に書く無名人インタビュー985回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは あずや さんです!
年齢:40代後半
性別:男性
職業:大学教員
現在:前向きな気持ちっていうかね、自分から何かチャレンジしてくれるような学生を1人でも多く世の中に出し、送り出したいなっていう気持ちです。
qbc:
今何をしている人でしょうか?
あずや:
大阪の私立大学で、大学の教員として働いております。
qbc:
その他は何されてますかね。
あずや:
今は副業とかそういうのは持っていないです。
qbc:
この大学の教員ってどんなことされるんですか?
あずや:
私の場合は工学系の教員で、専門分野としては人間工学とかリスク工学っていう分野を持ちつつも、機械設計とか、あとは乗り物に関わる基礎的な科目の担当をやってます。
qbc:
大学教授とは違うんです?
あずや:
教授になる一歩手前ぐらいとかですね。今は准教授ですね。
qbc:
なるほど。いつ頃から現職になってらっしゃいますか。
あずや:
そうですね。現職はほぼ4年近く前ですね。2021年の4月から現職で働いてます。
その前が岩手県の高等教育機関で、それも4年働いていて。さらにその前が18年ほど自動車メーカーで商品開発に携わってました。
qbc:
なるほど。じゃあ民間で研究者をしつつっていう。
あずや:
そうですね。
qbc:
しつつっていうか、してた流れで現在の教える側になってという感じですかね。
あずや:
そうですね。
民間の研究と言いましても、いわゆる基礎研究をやってる人たちとは違ってて、本当に商品開発をやってる人たちと基礎研究の人たちの間にある先行開発という分野で長年やってました。
qbc:
なるほど。それが18年?
あずや:
18年いましたね。そのうち16年が人間工学という分野にいまして。最初の2年だけ、いわゆる技術企画部っていう部署ですね。例えて言うならモーターショーとかでPRするような技術の内容とか、いわゆる今後の技術戦略的な仕事になりますけど、当時新入社員なんでもうコマ遣い状態でしたね。
qbc:
今そのお仕事されてて、どんな気持ちでお仕事されてます?
あずや:
気持ち的には、一番はやっぱり学生たちですね。なんすかね、結構最近の学生たち見てると、私の頃とはやっぱり全然違う印象を持ってるので、前向きな気持ちっていうかね、自分から何かチャレンジしてくれるような学生を1人でも多く世の中に出し、送り出したいなっていう気持ちです。
qbc:
そんな気持ちっていうのは、なんていうのかな、喜怒哀楽で言うとどのへんと言うか。
あずや:
あ〜‥なかなかその軸で測ったことはなかったですね。
限りなく、何ですかね、どこも中間ぐらいかな。喜怒哀楽がもし四つの図で重なる部分があるとすれば、その中間から喜の方向と怒の方向の中間ぐらいになりますね。どちらかと言えば喜と怒の間ぐらい?どちらにも転びやすいというか。
qbc:
それは、喜ぶこともあれば、怒りを覚えることもあると。
あずや:
怒りですかね。怒りと言ってもその個人の怒りじゃなくて、どちらかというと今のそういう子供たちが成長してきた社会に対する怒りっていう方が大きいですね。
qbc:
ざっくり聞くっていうのはあれかもしれないすけど、ざっくり言うとそれはどんなことですかね。
あずや:
簡単に言えば学力低下ですね。本当に私達の頃だと小学校とか中学校、高校1年ぐらいの内容が、大学に入っても全然できないっていう感じの学生が結構います。
qbc:
例えば、具体的にこれができないんだよねっていうのを。
あずや:
いっぱいあるんですけれども、まず大きなことを言うと、式変形をどうすればいいかっていうことしか考えつかない。
例えば、答えで、なんかあの、そうですね、中学校の数学はy=ax+bみたいな式があってたとして、なぜそういう形にしなければならないかっていうと、yを知りたいからこういう式を使うんだろうなっていうふうに考えるわけですよね。
それが私がいる工学の分野だと、いろんな式を組み合わせて最終的に、例えば力を求めたいですって言ったら、力=こういう式ですっていう風に、式を直さなければならないんですね。学生達はそれが全然思いつかなし、言われればできるけど、言われないと全然イメージすらできないっていうか…ゴールの姿が思いつかないっていう子が非常に多いですね。それが一つの例ですね。
二つ目は、三角関数が全然理解してもらえない。
qbc:
工学、工学ですよね。
あずや:
工学です。工学でありながら三角関数の基礎、基本的な考え方すら理解できないと。
直角三角形の斜辺の何倍すればいいんだよっていうふうに。角度によって何倍って数字をイメージすらできないっていうか、もう数式を言葉として捉えてないんですよね、彼らはね。
qbc:
なるほど。
あずや:
数式っていわゆる言葉で話すことを形変えて第三の言語みたいに私は思っていますし、自分自身の高校時代にそれを悟ったんですね。私自身が高校時代の数Ⅰとかで赤点取ったことあって。そこから挽回する中でそれを悟ってからは数学のアレルギーが解消されたかなっていう感じですね。
qbc:
じゃあ喜びの方っていうのはどんなことですか。
あずや:
喜びってのはやっぱり‥喜びは親しみやすい教員として思われてる人もいたり、中にはね、ちょっとそれを悪用じゃないですけど、なんか楽して単位取ろうみたいなね、そういうふうな態度を取ってくる学生もいますけど、そこはちょっと軽くかわして。
何にしても学生たちが一歩でも何か成長してくれるっていうか。それを見届けられる、実感できる時が楽しい側の、喜び側ですね。
qbc:
シンプルにその人の良さという意味では、それは変わらずっていうところですかね。
自分の学生だった頃の。
あずや:
そこは変わらずですよね。やっぱり学力ってどうしても経験値、経験の多さっていうのが大事でして。今の子供たちってもういわゆるタイムパフォーマンス、要領の良さとコミュニケーション力だけがすごく頭にあって、っていう子たちが圧倒的に増えたなと思います。
qbc:
なるほどね。ありがとうございます。
趣味とか、お仕事以外のところってどんな感じでしょうかね。
あずや:
そうですね。今、正直言うとミニ四駆ですかね。
qbc:
あ!ミニ四駆、いつからやられてるんですか。
あずや:
ミニ四駆は小さい頃からブームが来るたびに2、3回手出してるんですけど、今、手出してるのは2022年の春からですね。それを仕事の研究のテーマの一つに織り込んでいます。ミニ四駆を研究の題材の一つにしてます。
qbc:
具体的に、何か例えば、私が詳しくないんですけど、空気の流れを、空気の抵抗をテーマにしてるとか、もうちょっと具体的に言うと。
あずや:
はい。ミニ四駆にマイクロコンピュータを載せたミニ四駆AIというジャンルですね。
それが一つあります。
qbc:
すいません、AIを入れて何をさせるんですか?
あずや:
コースの場所、今走っている場所とか、あとはそのコースの坂道の角度とかに応じて走り方を変えてあげないとコースアウトするっていう難しいコースを走らせるんですけれど、どういう走り方をすれば最もスムーズにかつ速く走れるかっていう学習をさせるんですね。
qbc:
はい。
あずや:
この学習のさせ方っていうところで、自分の手で作ることができる範囲の小さなAI、それを研究のテーマの一つとして取り組んでます。
qbc:
なるほど。それは当然AIによって出されたもので、モーターとかいろいろなものを制御するっていうことですか?
あずや:
そうですね。モーターを制御するっていうのが答えなんですけれども、ただそのモーターをどう制御するかっていう答えを出すまでの、いわゆるセンサーの部分をどう工夫すればいいかとかですね。あとやたらにセンサーを多くしても、かえってマシンが重くなってしまって、そもそも速く走れないっていう顛末になってしまうといけないんで、そこをいわゆる走りの性能と、AIとしての性能とを両立させるための研究も合わせてやっています。
2024年の夏に論文を世の中に送り出したばかりですね。
qbc:
なるほど。それは学会に?
あずや:
そうですね。学会誌に、いわゆる査読論文って我々は呼んでるんですけど、いわゆる何人かレフェリーがいて、複数人のレフェリーで載せてもいいか駄目かみたいな。最終的に多数決で決まるんですけどね。それで久しぶりに載せていただいたっていうところですね。
qbc:
おめでとうございます。
あずや:
ありがとうございます。
qbc:
性格は人からなんて言われたりします?
あずや:
性格ですね。あまり人からどう言われるかっていうのは気にしたことはないんですけれども、どうでしょうね。人当たりがいいんだか悪いんだか。悪くはないと思っているんですけど、かといって自分自身が人格者とか自分で口にするのはとても嫌なので、変わり者とも思われてるんでしょう、きっと。うん。
qbc:
そうですね。なんか自分自身ではどう思ってる?って言われたらなんて答えます?
あずや:
正直言うと短気です。短気ですね。
qbc:
短気?なるほど
あずや:
短気だと思います。時間きっちりにできないとイライラしやすい。
qbc:
はい。何か具体的なエピソードあります?そういう
あずや:
いつも授業のたびに遅刻する学生が結構多いんですね。
qbc:
はいはい。
あずや:
遅刻する学生に対してイライラしやすかったりします。はい(笑)
qbc:
ええ。結構頻繁にあるんではないのかと。
あずや:
頻繁にあるから困ってるんです。
qbc:
イライラしない授業っていうのあります?
あずや:
正直言うと、お昼休みの最初ぐらいかな、お昼休みの直後の授業だと、遅刻少ないんで、まだ抑えられるんですけれど、一番イラつきやすいのは朝一番です。朝一番の授業が一番遅刻者多いです。
qbc:
あ〜朝、なるほどね。
ありがとうございます。距離の近い人、家族だったりパートナーだったり、親友だったり、そういう身近な人から言われる性格の一面っていうのはございますか。
あずや:
あまり言われたことないんですよね、正直言うと。
ただ、お金の管理がきっちりしてるとは妻には言われます。
qbc:
なるほど。
好きな食べ物は何ですか。
あずや:
食べ物、大好きなので言うと、シチューですかね。シチューライスです。
qbc:
あ、ご飯にかける?
あずや:
かけますね。逆にちょっとシチューでご飯にかけるのって結構賛否わかれると思うんですけれども、私の生まれ育ったところだと、かけるのは普通に母がやってたんで、当たり前のものだと思ってたんですね。
qbc:
はいはい。
あずや:
カレーライスの延長線上っていう感じですね。
qbc:
地域性があるっていうことです?
あずや:
可能性あると思いますね。断言できませんが。
qbc:
なるほどね。味って何かご飯にかけるような味になってるとかそういうのって。
あずや:
いや、特別変わった味付けはしてないですよ。普通にシチューです。私が自分で今単身赴任してるんですけど、自分で作るときっていうのはやっぱり野菜だけにしたりとかですね。野菜シチューカレーにはしてますね。たまにたんぱく質もちょっとたまに入れますけれども、常に何か肉が多いとかっていう偏りはないようには心がけてます。
qbc:
なるほど。ありがとうございます。
過去:逆にチャレンジしなかったら絶対一生後悔するか、その前に私は過労死してしまうだろうなっていう危機感の方が強かったので、なんの迷いもなかったですね。
qbc:
過去ですね、過去について聞いてきたんですけれども、子供のころはどんなお子さんでした?
あずや:
一言で言うといじめられっ子でした。
qbc:
幼稚園の頃とか、それぐらいちっちゃい頃ってどんなでした?
あずや:
やっぱりいじめられっ子でしたね。保育園でもいつもなんか泣かされて、そんな感じで。
qbc:
なるほど
あずや:
やっぱりきっと周りからは変わった反応する、受け答えをする人間だということで、狙われやすかったんでしょうかね。今も多分そう変わってないんじゃないかなとは思ってます。
qbc:
なるほど。なんか遊びはどんな遊びが。
あずや:
私の頃はやっぱりファミリーコンピュータが出た頃なんで、あとはたまたま父親が買ってくれたパソコンが1台ありまして、それで遊んだり、コンピュータが当たり前の生活を送ってました。
qbc:
うん。うん。
あずや:
中学になると周りからゲームの攻略を頼まれることが結構ありまして。
qbc:
はい、ゲームの攻略?
あずや:
ゲームですね。ファミリーコンピュータのゲームで攻略して、攻略してるところを見せてくれみたいな、そんな感じの。
qbc:
例えばどんなタイトルなんすか?
あずや:
シューティングゲームが多かったですね。コナミさんのグラディウスとか、グラディウスⅡ、沙羅曼蛇とか。あとはロールプレイングになりますけどウィザードリィっていう。当時アスキーさんから出てたウィザードリィですね。
qbc:
中学生の頃ウィザードリィやってたんですか。
あずや:
そうですね、ちょうどその頃ですね。
qbc:
ファミコン版のってことですよね。
あずや:
ファミコン版ですね。パソコン版が先に出て、パソコン版の攻略本は実は持っていたんですけれども、ファミコン版とマップを比較しながら、ここが同じで、ここが違ってみたいなそんなことも楽しんでやってました。
qbc:
高校はどんな感じだったんですかね。
あずや:
高校は地元(北東北)の進学校って言われるところの理数科に入りまして。そこで普通科と理数科を合わせて320人ぐらいいたんですけど、最初のテストで294番目っていう記録を出してしまい、それがきっかけで勉強やる気なくしたっていう時期が1年以上ありまして。で、数Ⅰも赤点取るしで。数少なく良かったのが化学と音楽ぐらいでしたね。
qbc:
そのやる気なかった期間って何してたんですかね。
あずや:
やる気なかった期間はもう部活動が合唱部だったんですけど、もう毎日、土日も含めて練習漬けでもうとにかく部活動が精いっぱいって感じですかね。
qbc:
はいはい。
あずや:
あとローカル線で通学してたので、駅で列車の発車時刻になるまでゲームセンターでちょっと遊んでたりとかですね。そんなちょっと悪い子になってました。
qbc:
ゲームセンターのゲームって何をされるんですか?
あずや:
当時ですと、「ストリートファイターⅡ」が出る前後ぐらいの時期でして。
ツインビーの次の「出たな!!ツインビー」っていう作品とか。あとはそれこそ「ストリートファイターⅡ」が出て、あと「餓狼伝説」っていうゲームです。あれの初代と、あと2作目「餓狼伝説2」が出たくらいの時期まで、私がゲームセンターで遊んでた時期だったんですね。そんな感じで1日ワンコインって決めて、できるだけ長い時間、列車の時間まで時間潰せるようなゲームをやってましたね。
qbc:
なるほど。1ゲーム100円?50円?
あずや:
50円のところに行ってました。
qbc:
なるほど。
ご両親からどのように育てられました?
あずや:
父親が自営業でして、大工だったんですね。
qbc:
はいはいはい。
あずや:
ヘビースモーカーで酒飲みで、酔っ払うと手が出る父親だったんですよ。
母親はまあ優しかったですね。基本的には。
結局父と母は僕が20歳のときに離婚してしまうんですけどね。そんな親の事で育てられたんじゃ、自分もこうなるよなって、今では思います。
qbc:
こうなるというのは?
あずや:
まぁ正直変わり者、変わり者的な感じの人間です。
qbc:
なるほど。そんなに変わってるんですか?
あずや:
自分ではそう思ってます。例えば会議とかで意見を出す人って多数の人が同じ意見を出す場合と、それと違う意見を出す少数の人間っていうのがいたりするわけです。
qbc:
うん。うん。
あずや:
で、僕が自分で思って発言するのはその少数側の意見を言うことが多くて、そういう、なんすかね、人と違ってるなっていうのはそういうところで実感してます。
qbc:
違うって言うのは、何ていうか、なんで違っちゃうんすかね。
あずや:
なんででしょうね。あまり、自分が深くそこまで追求したことないから何とも言えないんですけど、ただ思い当たるとすれば、私は思いついたことをそのまま言うタイプの人間ですので、見方っていうんすかね、ものの捉え方、見方とかそういうのが変わってる、人とは違う見方をしてるんじゃないかなと。
qbc:
なるほど。
そうですね。高校の方にちょっとまた戻って、勉強のやる気をなくして、その後どうなってくんすかね。
あずや:
はい、高校の2年の夏かな。たまたま教室に置いてあった進学情報誌を読んでたわけです。進路を考えなければならない時期で進学情報誌を見てて、その中のコラムに行きたい大学の研究内容の紹介があったんですね。それが当時としては珍しかったコンピュータで音楽を演奏したり制御したりとか、音楽音響という分野の研究室だったんですね。
それで、場所も東京にあるし、北東北から脱出するっていう意味でも、ちょうどいいところだなと思って、もうその大学1本で、そこに行くために必死になって勉強をやり直したっていう感じですね。
qbc:
大学生活自体はどうだったんですか。
あずや:
実は最初の学部生の4年間は夜間主コースだったんですね。平日の夜と土曜日丸一日昼間で、4年間で卒業できるっていう、そういうカリキュラムでした。
そうなると昼間アルバイトというかパートで働いて、夕方から大学行って授業を受けて、夜9時に全ての授業が終わった後にみんなでゲームセンター行って、仲間たち同士で遊べるとか、そういう日々を送ってました。
qbc:
そうですね。大学のときで変わったこと、大学から変わったことって何かあります?
あずや:
やっぱり人間関係が全部リセットされたことにあります。
qbc:
はいはいはい。
あずや:
高校までは北東北だったんで、正直言うと自分の性格に合わない人たちばっかりだったりとか、どうしても北東北の人間の悪い面の一つがやっぱり陰湿な面も持ってるっていうふうに私思ってまして。そういう人間たちから解放されて、あとは自分自身も、やっぱり‥何か変わったんでしょうね、きっと。コミュニケーション取るとか。同じ趣味を持った人間たちが集まる大学だったんで。ゲームとかアニメとか漫画とかそういうのが好きなメンバーが集まりやすい大学だったんで。それでもう人間としての生きがいが、いきなりなんかものすごく沈んだところから一気に変わった世界に入ったなっていう印象を持ってます。
qbc:
なるほど。大学の後はどういう。
あずや:
大学院に行ってますね。
qbc:
大学院に。はい。
あずや:
大学では情報工学っていう分野をやってました。卒業研究として先ほどお話しました音楽音響の研究室に無事に入れて、それからプラス2年、大学の博士前期課程まではその研究室で音楽音響の研究をやっていました。
qbc:
ええ。院自体は何か、生活っていうのは。
あずや:
院生の頃は、昼間主体の授業になりますので、授業の単位は1年生のときに全部取り終えて、2年生になると、もう午後3時に研究室に現れて、深夜までずっと、研究も遊びも全部ごちゃまぜにして研究室にずっといて、朝の5時に牛丼食って下宿に帰って寝るみたいな、そんな生活でした。
qbc:
今振り返ってどうです?
あずや:
最高の2年間だったなと。大学院は人生最高の2年間だったと思ってます。
qbc:
その後はどうするんですか。
あずや:
その後、1999年の4月から自動車メーカーに就職します。きっかけはその音楽音響っていう分野と、あと自分がモータースポーツも含めて自動車が大好きだったもので、自動車メーカーに入りました。
大学は東京にあって、そこから神奈川の自動車メーカーに入ったんですけれども、志望していた仕事が車の中の音響の研究をやりたいということを、入社直後の面接で言ったんですね。そしたら全く畑違いの、高度道路交通システム…ITSって呼んでますけど、その分野に放り込まれまして。それで技術企画の部署で2年間コマ遣いのように働いてたというところですね。
qbc:
どういう気持ちだったんですか。
あずや:
もう辛かったですね…辛いの一言に尽きるのかな。
あとは、会社がちょうど経営がどん底の時に入社したんで、何年先で首切られるかわからないし、会社倒産するとかそういう可能性も。危機感をずっと持ちながら生きてたんで。社長が日本人から外国人に変わったりとかですね。世間をお騒がせしたあの外国人社長とかですね。はい。
qbc:
そのときちょうどイベント、外に出る部署にいらっしゃった?
あずや:
そうですね。モーターショーがちょうど99年にあったのと、あと2000年に商業車…営業で使う車だけをまとめたモーターショーが翌年あって、それで説明員として駆り出されたりしてました。
qbc:
うん。なるほど。その後の転職っていうのが?転職っていうかその後会社員が長いのか。
あずや:
その後は長いですね。ただ2000年…入社2年目のとき、当時の私の先輩で大学の先輩でもOBでもあったわけなんですけれども、その方から、「早いうちに自動車開発の現場を経験した方がいいよ」って言われたんですね。
で、それでちょうどたまたま社長が入れ替わって社内の雰囲気っていうか制度もいろいろ変わったんですけれども、社内の公募制度っていうのができたわけです。
qbc:
はい。
あずや:
それでたまたま人間工学の実験をするところで、ちょっと具体的な実験設備名は避けますけれども、その実験設備の専属エンジニア1人募集かかって、私が手あげまして。
大学院のときにやっていた研究の一部で脳の脳波っていうのを測ってたんですね。脳波を測ってた研究をやってたっていう実績が、多分響いたと思うんですけど、それで異動になったと。2001年の4月に人間工学実験という部署に異動となりました。
qbc:
はい。なるほど。で、ずっと。
あずや:
そうですね。
qbc:
じゃあやりたいことはできなかったってことです?
あずや:
仕事自体はやっぱりもう毎日が、普通に働いててもそうそう経験できないことだらけの16年だったんで、車内音響の研究には就けませんでしたが、大変貴重な16年だったと思ってます。
唯一の不満があるとすれば人事かな。
qbc:
人事。はい。
あずや:
人事ですね。二つ大きな問題がありまして。
qbc:
はい。
あずや:
一つは外国人社長になった途端に人事制度が成果主義の人事制度に変わりまして。
qbc:
はいはい
あずや:
これに併せて仕事のランク別役職別の給料が頭打ち、上限額が決まっちゃったんですね。
年功序列じゃなくて、非管理職はもう何歳であろうとも上限いくらっていう金額も設定されちゃったんですね。それで、昇進すると最初の1、2年は給与が上がりやすいけれどもすぐ頭打ちになるみたいな、そういう感じになってます。
qbc:
なるほど、なるほど。
あずや:
それがまず一つの不満で、家族、ちょうど16年の間に家族ができて家も買ってっていう状況だったんで、収入がこれ以上増えずに、40の頃にあと20年同じ給料でずっと働くのかって思うと絶望しかなかったんですね。
qbc:
うん。うん。
あずや:
で、あともう一つは私の後輩2人が同じタイミングで私を追い抜いて、管理職の手前の課長補佐に上がったことですね。その時点でもう私が昇進する可能性がゼロになったわけです。
qbc:
うん。うん。
あずや:
で、毎年2回ある査定面談のときに、そのときの課長から、「もうあと20年同じ給料のまま働くことになるよ」って言われたんですね。それで大学院の博士後期課程に行って、大学の教員になる道を選ぶと。もうそれが引き金になったわけです。
元々は50歳になったらそういう大学で働きたいと思っていたんですけれども、当時39歳で転職をしたのが42歳、そして今は49歳という感じなんで、予定より10年以上前倒しで大学院で博士後期課程行って、学位をいただいたという感じですね。
qbc:
今振り返ってその選択ってどう思ってます?
あずや:
当たりだと思ってます。やっぱりそれがあってこその今の自分なので。かねてから、博士っていう学位は取りたかったので、それは当たりだったなと思ってます。
qbc:
続けて近い質問になっちゃうんですけど、自分の人生の転換点ってとこにあったと思います?
あずや:
やっぱ転換点は後輩に人事で追い抜かれた瞬間かなと思ってます。
qbc:
そちらですね。どんな気持ちになりました?
あずや:
正直、もう自分の限界が見えたなという気分でした。
qbc:
なるほど。ちなみにそれはおいくつのときだったんですか?
あずや:
39ですね。
qbc:
ただそのタイミングでキャリアを変えるっていうのは、それはそれでチャレンジだと思うんですけれども、そのあたりはいかがですかね。
あずや:
逆にチャレンジしなかったら絶対一生後悔するか、その前に私は過労死してしまうだろうなっていう危機感の方が強かったので、なんの迷いもなかったですね。
qbc:
はい。ありがとうございます。
未来:自分の好きな研究を周りから誰からも干渉されずに、毎日実験室篭って、好きな音楽聴きながら、コンピュータでモデル作ったり、プログラム書いたり、実際電子工作もして動かしてとか、論文書いたりとか、そういうのがずっとできてたら、もうそれで幸せかなとは思ってます。
qbc:
最後未来のパートなんですけど、5年10年30年、最後自分が死んでしまう、死ぬっていうところまでイメージして、どんな未来を思い描いてますかね。
あずや:
実は、来春に教授に昇進します。
qbc:
おめでとうございます。
あずや:
ありがとうございます。そして同時に、今いる学部学科から情報系の学部学科に移ることになりまして、情報系なのでコンピュータを応用して、自分の好きな研究テーマが色々できる分野に動くので、残った命はそこで最後まで燃やし続けるだろうなと。定年は68歳なんで、68までは頑張って生きたいなと思ってます。
qbc:
プロジェクトとして具体的にやりたいことってあったりするんですか。
あずや:
今やりたいのは、ギャンブル等依存症に関わる研究ですね。
qbc:
それはOKなんですか?分野として。
あずや:
分野としてはもちろんOKです。それをどう具体的にやるかっていうと、人間の行動から、ギャンブル等依存症の症状が進んでるか、依存症になりかけてるのか、既にもう依存症が高いのかとかっていうのを、遊技しているときの行動から、推定してあげたいと。
qbc:
はい。
あずや:
そこでコンピュータを使ったり、機械設計の技術ノウハウを使ったりとかですね。あとは、リスク工学っていう、いわゆる人間のリスクに対する受容性の変化だとか、意思決定だとか…そういう部分も組み合わせて、ギャンブル等依存症に係るいわゆるパチンコやパチスロが日本には多いですけど、そういうところを題材に、多分日本でもそう言う観点で研究してる方って多くないと思ってるので、そういうところで切り開いていけるかなとは思ってますね。
qbc:
なんでまた急に。今までの分野から、インタビュー文脈から感じられなかったテーマだったんですけれども。
あずや:
おっしゃる通りですね。じゃあそこの穴埋め的な話をさせてください。
まず今の職場に移ったときに、私がずっとやってた自動車の人間工学分野の研究をやってた別の教員が既にいたわけです。
そうなると私が全く同じ研究というのはできなくなっちゃうんですね。だから、自分の研究テーマを新たに模索する必要があります。
qbc:
はい。
あずや:
自分が新たに模索する中で出てきたのが、ミニ四駆AIっていう、最初にご紹介させていただいたミニ四駆にマイコンを付けたAIの研究であり、ギャンブル等依存症に関わる人間の行動から推定するっていうそういう研究です。そういうのがまず大きなところですね。
qbc:
何でそれが選ばれたんですかね?
あずや:
ギャンブル等依存症、パチンコ・パチスロは、僕が大学生の頃に自分自身がパチンコやパチスロを打ってたんで(笑)過去の自分への罪滅ぼしも兼ねてと思ってます。
qbc:
なるほど。
あずや:
あとは、教員となって単身赴任になる前までは、結婚して家族ができてからはパチンコ・パチスロをずっとやってないんですね。全然触れる機会もないし、ずっと別のことをやってたっていうのもあったり、家族の世話で精一杯だったんで。
qbc:
ぱっと聞いた感じシンプルに人文系のテーマのように感じるんですけれども、ご自身の興味範囲ってどんなものなんですかね。
あずや:
まず人文系というカテゴリーに近いかもしれないんですけど、心理学っていう分野がありますよね。脳波や心拍、筋電等、人間の生体信号を測ったりとかっていうのは心理学でもあり、それは人間工学っていう分野の一部分なんですね。
人間工学は人も扱うし、機械等の「モノ」も扱うので、人間がどう感じるかと、機械の性能の両方を見てますので、はっきり言えば何でも屋にならないとやっていけない分野です。
qbc:
うん。うん。
あずや:
だから私自身は、自分自身のことは何か一つの分野だけずっとやってる研究者ではなくて、本当に広く浅く、ごく一部だけ深くもやってるっていうタイプ。ある意味一つの分野にハマり続けてない、転々と渡り歩いた系の苦労人ですよね。
qbc:
なるほど。
もしも未来の質問っていうのをしていて、もしも自動車メーカーにいたままだったらどんな人生になっていたと思います?
あずや:
間違いなく過労死で50歳前後で亡くなってたか、精神的に病んで限界になって、自ら命を絶ってたかもしれないなと思ってます。
qbc:
はい。そうですね。あともしも予算とかいろいろな制約、リソース、人だったり、それが許される、思ったもの何でもいいよっていう状態でやるんであれば、どんな研究をしたいですかね。
あずや:
そうですね。一番やりたい研究をやろうとしてるっていうのが本音で、先ほどのパチンコ・パチスロの依存症の研究だけじゃなくて、エンターテイメント…ゲームとしてのパチンコ・パチスロの演出っていうんですかね、いわゆるゲーム性に関わる研究っていうのをやってみたいなというのはあります。
情報工学を応用して、なんなら自分自身でも作れるAIっていう小さいAIも駆使して、自分が経験した様々な分野を全部総動員して、楽しく遊べて且つ深刻な社会問題にならないように人間が自制出来るする社会を実現したいなと。
qbc:
なるほど。
あずや:
すごい無理難題を言ってるのは承知の上なんですけれども、理想としてはそういう社会の実現に貢献したいなと思ってます。
qbc:
一番やって楽しいこと、好きなことってなんなんですか?
あずや:
やっぱり研究ですね。研究してる、自分の好きな研究を周りから誰からも干渉されずに、毎日実験室篭って、好きな音楽聴きながら、コンピュータでモデル作ったり、プログラム書いたり、実際電子工作もして動かしてとか、論文書いたりとか、そういうのがずっとできてたら、もうそれで幸せかなとは思ってます。
qbc:
何をしてるときが一番楽しいって言えます?
あずや:
今はもう研究以外のことは何も考えられないです。仕事中毒なんです。家にいても暇さえあれば、これからやる授業の資料を再度自分で見返したりとか。研究で使うようなデータを家でも作れるようにしてあるので、それで作ってたりとか。
qbc:
なるほど。
研究するっていう言葉を聞かれると、研究するって一体何することなんですかね。
あずや:
一言で言えるようにしたいなと思ってるんですけど、そうですね…今までできなかったことをできるようにするって言えばいいんですかね。
qbc:
うん。
あずや:
今まで何かしらできないことがあったから世の中に出てこなかったものって、薬でも何でもあると思うんですけど、そういう新しいものを、世の中の社会のために貢献したいなと。新しいものや新しい理論を論文っていう形で一生の記録として残して、それを社会のために使ってもらうと。
qbc:
うん。うん。
あずや:
それが何よりかな。一番自分がやりたいことでもあり、一方で、仕事としてやらなければならないことでもあるかなと。
qbc:
遡って考えて、研究するっていうモチベーションは、子供時代からサーチして、どっかなんかに似た部分ってありますか?研究したいって今思う気持ちと、子供の頃から、例えばこういうこと好きだったなとか、そういった。
あずや:
子供の頃から好きだったのは、電子工作とかコンピュータをいじり続けてたっていうところですかね。パソコンとかファミリーコンピュータとか、そういうのをもうずっと、長年つうかもう人生のほとんど、40年以上はずっと何かしらコンピュータと触れ続けてるって感じなんで、それがなかったらもう今の人生はなかったなとは思ってます。
あと研究っていう意味では、高校2年ときの進学情報誌に載ってた音楽音響っていう分野の研究の話が一番インパクトあって、それで方向が思いっきり変わったというか決まったというか、それで実際に自分自身がそういう研究の分野に足を踏み入れてみると、もう天国だったなという気持ちですね。
qbc:
攻略と研究はどれぐらい似てますか。
あずや:
全く違いますね。
qbc:
あ、違う。
あずや:
違います。攻略は既になんか手本があるんですよね。
qbc:
はいはいはい。
あずや:
手本があって、それに基づいて淡々とやっていけばいいと。で、パターンが見つかれば、それを繰り返していけばいいと。それが攻略と私は思ってます。
研究って攻略と似てる部分もありますけど、違う部分も大きくて、違う部分は、答えがわかってないんですよね。何が答えかわかってないから、あらゆる手を尽くさなければならないと。あらゆる手を尽くして出てきた結果を全部並べて揃えて、そこに共通する一般的な「答え」を見つけ出すっていう、宝探しに近いようなもんですね。それが研究かなと私は思ってます。
qbc:
ありがとうございます。
最後の質問はですね、最後に言い残したことはで、遺言でもいいし、読者向けメッセージでも、インタビュー終わった独り言でもいいんで、最後に残したことがあればお伺いしております。
あずや:
そうですね。最後に言い残したこと。学生たち…これからの子供たちに言いたいことですね。偏差値だけで人生決めないで欲しいなと思ってます。結構私のような変わり者の先生が世の中圧倒的に多いので、自分がやりたいこと、自分がやりたいと思った分野とか、そういうのを探すっていうことですね、まずは。
自分の人生なんで、自分がやりたいことっていうのをとことん向き合うっていうのを若いうちに経験してもらいたいなと。
いつかは私の研究室に入りたいから私のところ大学に入学しましたっていう学生が来てくれるっていうのが人生の目標でもあるので、そういうちょっとした期待を込めつつ、これからの子供たちには、自ら自分の人生っていうのを受身じゃなくて、自分でこういうことをしてみたい、こういう人になりたいっていうことをぜひ見つけてほしいなと。そういう生きがいってモチベーション持った子供たちっていうのがすごく減ってると思ってますので、そういう子供たちがもっと増えてほしいというか、ほとんどの子供たちがそうなってほしいとは私は思います。
qbc:
ありがとうございます。
あずや:
ありがとうございます。
あとがき
人間工学!!!!!
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:夕星】
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