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どんどん新しいとこに行っちゃう社長の人

月日ははくたいのかかくにして行きかう年もまた旅人なり。そっす、旅人です。
人生は旅なんです。そっす、宇宙船地球号なんです。ばんばんばん!
そう。私のお父さんは旅行会社で働いていました。そのかいあって、私の子供の頃、当時できたばかりのデイズに―ランドにたくさん行けたんです、チケットをもらえて。
世にいう好景気。私たちは明るい未来を想像していました。そうです。
違う! こんなんじゃない! 今日私が書きたかったマエガキは、こんなんなんなんじゃない!
と、いうことで、みなさんは何人の社長に会ってきましたか? 私、テレビ通販の仕事をしていたので、毎日のように小さな会社の社長さんから商品のプレゼンを受けていたんですよね。社長さん! まあ社長さんも人それぞれですよね。まあでも、パワー感じる人多いですかねえ。
この無名人インタビューは実は20代社長さんの出演は多いんですね。若いから! ね、みんな。記念すべき初めての社長のインタビューのときは、ちょっと炎上しました。初めてのプチ炎上、燃えました。今はクローズになってますその記事。うん。
今日の無名人インタビューもお楽しみください!!!(主催:qbc)

今回ご参加いただいたのは 長谷川林太郎 さんです!

現在:人に影響を受けやすいタイプなので、あんまり自分らしい自分ってのがいる気はしてなくて、相手がいたときにその相手に対する自分がこう出てくるというか。

イワナ:林太郎さんは今何をされてる方ですか?

林太郎:僕ちょうどいま、フルマラソンしてて。
いま、多摩川を走ってるんですよ。和泉多摩川駅から川崎まで行くと21キロぐらいあるので。今日は往復しようかなと思っております。

イワナ:いまっていうのはこの瞬間っていうことではなくって、近況ですね。

林太郎:そうですよね。(笑)僕は、大学を出て学生起業してITの会社をやって、ちょうど1年たとうとしてます。

イワナ:今っておいくつですか?

林太郎:25です。

イワナ:1年たってどうですか?

林太郎:1年たってそうですね。なんだろう、最初はあんまり計画とか立てずに始めたので、じつは2個目の会社ではあるんですけど、前の会社は友達が社長で僕は2番手だったんですけど、いまの会社は自分が社長なので、1年とりあえずやってみるといろいろみえてくるかなと思ってたので。とりあえず1年できてよかったなと思ってます。

イワナ:大学で起業しようと思ったのってどうしてなんですか。

林太郎:そうですね、いろいろインターンとか就職説明会とか行ってみたんですけど、そこで働くイメージがあんまりわかんなくて。迷って、1年ぐらい休学して迷ったんですけど結局わかんなくて。
就職じゃないなって思ったときに、僕の祖母がじつは旦那さん早くに死んだんですけど、女手一つで。下宿ってわかります? 下宿をずっと経営してたんですよ。ほぼ1人で。
僕そのおばあちゃんの話を思い出して、自分のロールモデルがもしかしたらおばあちゃんみたいなのかなと思ったときに、もしかしたら大企業とかに勤めたくないのかもなと思って
そういう気づきがあって、だからちょっと挑戦してみようかなと思いました。

イワナ:就活をしてたときは、どういう企業っていうのは絞ってたんですか?

林太郎:迷いまくってて、自分は工学部でプログラミングができたのでプログラミングインターンとかも行ってたんですけど、凄腕のプログラマーばっかいるとこに行ったので、そういうところも2ヶ月ぐらいいると、性格とかが合わないなと思って。違うなってなって。
実はそれまでコンピューターが好きだったので、一社しか見てないですけど、僕にとっては、その職場が合わないってのが悲しくて
でもやっぱプログラマーの人って、こういう性格の人多いよなって思ったときに、プログラミング極めたり、情報技術極めていくだけだと多分、息苦しいなと思ったんですよね。

その後いろいろ迷ったんですけど、外資系のマーケティングに強い会社、例えばP&Gとかそういうところを受けてみようと思ったんですけど、ぜんぜん適性がなくて、ネットで受けた性格テストで5分後に落ちるとか、向いてないって。それでどうしようかなとおもって。

周りにコンサルティングの会社を受けてる子たちがいたので、とりあえず受けてみたんですよ。2日で内定が出ますみたいな。いいなとおもって。
それで内定を頂けたんですけど、それで内定者懇親会みたいのに行ったんですよ。3月ぐらいかな。そこに入った人は、そこに入っただけで鼻高々で、なんかこう、レベルの低いところに来てしまったなって思ったんですね。
結構それは後で、僕も周りの人、僕の友達とかみてもそういうふうになっちゃう人がいて、内定者あるあるの心情だったって、あとで気づいたんですけど。

ただそのとき僕は違和感があって。自分が何をしたいのか、わからなくなったからそこで大学1年休学したんですよ。
内定いただいた会社にも、僕もう1年ぐらい大学生をやってみたいっていうか、いろんな自分の可能性を広げたいのでって言ったら、1年お待ちしますよって言ってくださって。
それでその1年、大学を休んだんですよね。すいませんなんか、いろいろ話しちゃって。

イワナ:いえ、ありがとうございます。休学するまでいろいろ迷ってたっていうのは、どういうことを実現したくて、何に迷ってたか教えてもらっていいですか?

林太郎:実現したいものとかなかったんですよ。
その頃の僕の価値基準で、やっぱり受験戦争の1番激しいところに行ったので、人と比べることでしか自分を評価できなかったんですよ。
そういう大学に行くと、やっぱみんなキラキラしたキャリアを歩んでいくわけですね、なんですけど、自分がだんだんそれに疲れてしまったんです。
もうなんか、高校生のときから人と比べて自分の価値をはかるみたいなテストひたすら受けてきたので、人と比べることにほとほと疲れたし、優秀な大学に行っちゃうと、みんな自分より全然優秀なので、それも大変なんですよ。
僕は、大学で競争は1回終わるのかなと思ったら、競争の先には競争しかなかったんですよね。で、なんかもうこのレールを降りようって思ったんですよ

イワナ:レールを降りようと思ったのは、就活をしながらっていうことですか?

林太郎:休学したときに、もう心はレールを降りたいなって思ってたんですね。ほぼ決まってたと思います。
だから、いわゆる大企業に入って勤めあげるとか、官僚になって日本のためにとか、そういうモチベーションが僕の中に全くないことに気づいたし、競争の中でずっと比較されながらやっていくのが僕に向いてないなと思ったんですよね。

イワナ:人と比べないで自分のやりたいことをやってる人って、おばあさまの他に誰かいらっしゃいましたか?

林太郎:僕の周りの家族とかはそんなに比べないですね。
おじさんも大学を中退してて、結局会社に入ってその後独立するんですけど、気づいたらユニークなオリジナル人になってたんで。
僕、中学校とか高校のときもあんまり人と同じなの嫌だなみたいに思ってたりしてたって、今考えると思います。

イワナ:憧れの人はいますか?

林太郎:僕の祖母って、頭ぼけてるわけじゃないですけど、同じ話を毎日できちゃうんですよ。しかも1時間の話の中でも2、3回同じ話をするんですね。僕は末っ子で生まれたので、男の子で、おばあちゃんめっちゃ僕のことかわいがってくれたんですよ。逆にもう家族、おばあちゃんの話、聞き飽きてるんで、僕ぐらいしかおばあちゃんの相手を真剣にしてる人いなかったんですよ。その繰り返し繰り返し聞くおばあちゃんの武勇伝みたいのを聞いてるうちに、僕は起業家マインドを知らずしらずのうちにたたき込まれたんですね

いかに1人で困難を切り抜くかとか、っていう話をされてきて。そもそもうちの祖母、秋田から札幌に来たんですよ。
札幌で冷蔵庫が売れるみたいなビジネスを旦那さんが始めてついていったら、札幌に冷蔵庫なんて、よく考えたらいらないんですよ。半年で倒産しちゃって。

しかも旦那さんは病弱だったんですよね。胃が弱くて入院していて、早死しちゃって。
それから祖母が、四畳半のとこに2人で住んで、ミシンをかけたり子供をベビーシッターじゃないですけど、子守りの仕事をしたりとかして、もうとにかく働いてたらしいんですね。
そうこうしてるうちに、ちゃんと貯金をしてたので、近くに空き家ができたみたいな話があって、そこを自分の秋田の父親に相談して、少しお金を借りて家を買って、そこの家を2つに分けて人を住まわせたのが、祖母の、下宿のはじまりなんですよね。

そういうチャレンジをその時代に女性がするって、とても珍しいから、めちゃくちゃ反対されたって話をよくするんですよ。慣れないことやるんじゃないとかね。いろいろ言われた。でも頑固な人なんで、やってみちゃったんですね。
そういう話がいくつもあって、それを僕は聞かされて育ったので。結構おばあちゃんの影響がでかいんですよね。

イワナ:林太郎さんの趣味ってなんですか?

林太郎:趣味は、ここ最近コロナになってからですけど、ランニングしてて。
毎月100キロ目標に今走ってるんですね。で、2年半ぐらい頑張って走ってます

イワナ:ランニングしてるときって何か考えたりするんですか?

林太郎:ランニングしてるときは、そうですね。結構考えます。なんだろう。
ランニングしてるといろんなアイディアが湧いてきたり、仕事のアイディアもそうだし、この人とこの人仲良くなったらおもしろいことあるんじゃないかとか、友達こういうことで困ってたなとか、いろいろ忘れてたことがポンポン出てくるんですよね
結構そこで何かをスマホで「そういえば元気?」とか、そういう電話したりとか、仕事の連絡したりとかそういうこともけっこうあります。

イワナ:ランニングしたらどんな気持ちになりますか?

林太郎:ポジティブな気持ちにはなりますね。なんか落ち着くというか、嫌な気持ちではないです。

イワナ:ランニング始めたのコロナっていってましたけど、具体的にはどういうきっかけがあったんですか?

林太郎:ふと鏡見たら、思っていたより太ってて、あれ、こんな俺太ってたっけ? って。
確かにその半年で5、6キロ太っちゃったので、鏡を見て悲しくなったんですけど、母がそれまでマラソンを10年ぐらいやってて、久しぶりに母と走ると、母は僕を41歳で産んでるんで、全然年上なのにとにかく速くて。すげえなとおもって。ちょうどコロナで大学もオンラインで地元に帰っていたので、ちょっと走ろっかなっていう。

あと、その頃読んだ本で、ナイキの創業者の人の『SHOE DOG』を読んで。
それからインターン先の会社の人事の人に言われて印象に残ってるのが、林太郎くんは飽きっぽいんじゃないかって言われたんですよ。その人はそんな気にしてないと思うんですよ、でも僕の中では引っかかっていて
確かに迷ってたから。でも迷うことをちょっと否定されたような気持ちにもなって。
自分の中でも自信がなくなって、僕、ただ飽きてるだけなのかなって。少しコンスタントに続けられるなにかがほしいと思って、ランニングしようかなって。
そしたらそれまで継続できなかったランニングが、急に継続できるようになったんですよ。だから、何か飽きっぽいって言われて、悔しいって思いでやったんでしょうね。

イワナ:林太郎さんの性格なんですけど、人にはどういう人だねって言われますか?

林太郎:僕とにかくニコニコしてる、って言われますね。あとは結構人任せなところがあるので、それで怒られることはよくあります。
あと、ペラペラ人の話を喋っちゃうんですよ。だから「林ちゃんに言うと気づいたらみんなクラスの人知ってるから言わない」っていわれること、いつもありますね。

イワナ:それって何で喋っちゃうんですか?

林太郎:面白い話聞いたなと思ったときに、僕、つい喋っちゃうんですけど。
そうだ、これ言っちゃいけないんだって気づくのが、ちょっと遅いんですよね。2秒ぐらい。話しはじめたのに急にやめたら、みんな絶対「あれ?」ですもんね。
もっとひどいときは、話し終えた後に気づいたり。話し終えても気づいてないから怒られたりみたいな。

イワナ:自分ではどんな人だと思いますか?

林太郎:わかんないっすね。自分では自分のことよくわかんないっすね

イワナ:それはどういう意味でわからないですか?

林太郎:なんだろう、僕、そんな中身がないんですよね。
なんていうのかな、人に影響を受けやすいタイプなので、あんまり自分らしい自分ってのがいる気はしてなくて、相手がいたときにその相手に対する自分がこう出てくるというか。
自分っていう中心があるわけじゃないので、そういう意味ではわかんないすけど。それが僕の説明かもしれないっすね。
だからあんまりちゃんとした軸みたいのがないかも知れないです。すいません、わかんないっす。

過去:その経験はものすごい自信とあと人に対する信頼感みたいなものを、いまだに多分僕持ってるんすけど、なんか渡る世間に鬼はないみたいな、そういう価値観を僕の中に植え付けたんですよね。

イワナ:子供のときってどんな子でしたか?

林太郎:どんな子だったんでしょうね。僕13、14はなれた姉が2人いて、おじいちゃん2人とも死んでて、おばあちゃん2人とも元気だったんですよ。母親もいて、女性が5人で男性が1人の家に産まれて。
女性に育てられた感もあるし、入った保育園にも女の子が14人いて男が3人しかいなかったんですよ。だから僕は6歳ぐらいまでとにかく何か女性とか女の子にあやされてきたなって思ってました。
それが僕もやっぱり価値観に影響してる気はします。

イワナ:その頃って、遊ぶのも女性が多かったですか?

林太郎:そうですね。

イワナ:どんな遊びをされてたんですか?

林太郎:何してたかな、何かごっこ遊びが、おままごとっぽいのが多いですね。とか、あと、猿ごっことかですね。
何か役割ありましたね。メインの役割にはなんないんですけど。おままごとの道具になるみたいな。

イワナ:林太郎さん自身は遊んでたときの気持ちは覚えてますか?

林太郎:それでも楽しかったですよ。楽しい記憶しかないっすね。そうだな、人見知りとか、もしかしたらしなかったかもしんないっすね。
だからもう遊んでくれる人、嬉しい楽しいみたいな。家に近い年の人もいなかったからっていうのもあるかもしれない。

イワナ:小学生の頃は覚えてますか?

林太郎:小学生の頃は、実は楽しかったけど、そんな楽しくないってのもあって。まずは男の子と女の子が半々ぐらいいる環境にはじめて行って。
価値基準がスポーツとかなんですけど、僕、足走るのも遅くて、球技も全然できなかったから、悲しい気持ちになってました。
運動会とかが嫌で、特にかけっこが嫌で嫌でしょうがなかったですね。緊張しちゃうんです。
手と足が一緒に出てるってお父さんに言われました。そりゃ駄目だなって今思います。(笑)
手と足が一緒に出てたらそりゃ勝てないと。それぐらい多分緊張してたんだな。

イワナ:スポーツ以外だったらどうでしたか?

林太郎:勉強も特段できるわけではなかったので、なんだろうな。
小学校のときはマサキ君っていう親友がいて、マサキ君と遊ぶのがとにかく楽しくて。マサキ君のお兄ちゃんがいっぱいゲーム持ってたので、2人でいつも土曜日は1日中、ゲームやったり、公園で遊んだり。
だから、僕いまだにマサキくん家の電話番号をいえる。朝10時にはマサキ君に電話して。

イワナ:マサキ君と遊ぶのが楽しかったのって、なぜだと思いますか?

林太郎:マサキ君、めっちゃ肯定してくれるというか。僕の思いついたクソみたいなアイデアでも、とりあえず付きあってくれるんですよ。
それが嬉しかったのかな。僕も、マサキ君のよくわかんない提案を一緒にやってたし、お互いにいろんなルールを2人で考えて遊んでましたね。

イワナ:中学生の頃はどうでしたか?

林太郎:中学生のときは、中学受験をしたんですよ。
でも別にめっちゃしたかったっていうと、そうじゃなくて、ただ塾に5、6年のとき通ってたので、してみようかって。

で、たまたま受かっちゃったんで。そうするとマサキ君とかが行くような地元の中学じゃない、1時間ぐらい行くのにかかる学校に行くんですけど。
やっぱりそのとき誰も友達がいないから、とにかく心細かったですね、最初。それは覚えてます。
なんですけど、後ろに座ってたノモ君って子が、いまだに東京に出てきても、よく会う友達なんです。ノモ君はひょうきんな子で。すぐコショコショとかしてくるから。仲良くなって。

僕にとっては転校とかもしたことなかったから、不安だったんですけど、全く誰もいない環境でもやっていけるもんだなっていう、自信になったんですよね。
その経験はものすごい自信と、あと人に対する信頼感みたいなものを、いまだに多分僕持ってるんすけど、渡る世間に鬼はないみたいな、そういう価値観を僕の中に植え付けたんですよね。

イワナ:中学時代、一言で表すとどうでしたか?

林太郎:「忙しい」ですね。やっぱり通学に2時間かかるし、僕の行った中学校って中高一貫校とかじゃなかったので、高校はまた受けなきゃいけないので、受験勉強のための塾に行かなきゃいけないんですよ。だからまず朝何時だろう、7時半ぐらいに起きないと間に合わないんですね。
7時半に家を出て学校に着くのが8時半。学校終わるのが4時とかで、塾に行って、5時から9時ぐらい、たまに10時ぐらいまで勉強をして、家帰ってくるのが10時半とかだったんで。
今考えるととんでもないブラック企業みたいな。

イワナ:高校はどのように決めましたか?

林太郎:高校は2つ人気の高校があったんですけど、1つは私服で、1つは制服だったんですけど、その私服の方が優秀だったんですけど。
制服のほうが距離が近かったので、そちらに。遠いことへの疲れがもう。電車で15分で行ける方が、電車で40分ぐらいかかるところより良いなあと思って。

イワナ:高校の頃は何をしてましたか?

林太郎:高校の頃は、放送局があって。
校内放送とかやったりもするんすけど、NHKの大会に出るっていうのがあって。それで番組を作ってやったりとか、アナウンスしたりとか、それをよくやってましたね。
ただ僕はそこでも、落ちこぼれで、滑舌もそんな良くなかったってのもあるんですけど、僕びっくりしたのは、原稿用紙をアナウンスの大会に出したら、普通、講評ってそのアナウンスがどうとか書いてるのに、僕は字が汚くて読めません、みたいなことしか書いてないんです。(笑)
アナウンス以前の問題だったみたいで。あんまり活躍はしてませんでした。でも一応、放送局の局長みたいなのやって、なんか旗振り役みたいなのだけはしてました。実力はないけど

イワナ:どうして続けられたと思いますか?

林太郎:確かにそうなんすよね。才能ないってわかってたんですけど、なんでだろう。でもやっぱり放送局アナウンスをやりたい人って女性が多いので、女性が多かったっていうのも、女性の先輩が多かったから居心地が良かったのかもしんないすね。
あとはなんだろう。なんだろうな。あと結構離れたOBの方とかが2泊3日でキャンプとか連れてってくれるんすよ。現役の高校生を。
そういうイベントも楽しかったので、大会うまくいかなくても楽しいことあるから良いか、みたいな感じだったかな

イワナ:大学はどうやって決めましたか?

林太郎:僕、北海道の札幌に住んでたので、北海道大学が歩いて10分くらいの近所なんですよ。ちっちゃい頃からとにかく北海道大学の中で、銀杏を拾ったりとかまつぼっくり拾ったりとか、とにかく行きまくったので、本来なら僕の高校って1番北海道大学に行く人が多い高校なんですけど、もう高校に入る前から僕、北大に飽きてたんですよね。(笑)

北海道大学のキャンパスを知り尽くしちゃってたんですよ。
で、もう行きたくないって思っちゃったんだと思う。もう知ってるもんって。おじさんが北大を中退してて、おじさんは室蘭から札幌に出てきたんですけど、僕が高1のときに、北海道にずっといたってどうしようもないみたいなことを言っていて。おじさんはそのとき、東京にいたので。
「林太郎、このまま北海道にいたら全部自転車で行けるような場所ばっかりじゃねえか、そんなんじゃ絶対に視野が広がらないぞ」みたいな。
僕も小学校から中学校へ行ったときに、飛び出す楽しさを知ってるから。ああもうやめようやめよう、ってみんなが行く場所に行くなんて、僕大嫌いなんですよ。みんなが行くようなところにだけは、行きたくないんですよ

だからもう目指すかって思って、東大を目指すことにしたんですよ。
東大さえ目指しておけば、滑り止めでどこか北大以外のとこに行けるじゃないですか。目指そうと思って試験を受けたし、テストを受けたら、そもそも僕、北大に入れるレベルですらなかったんですよね。そもそも北大なんて行かないと思ったけど、北大なんて行けない、だったんですけど。

でも、そっからいろいろ勉強して、東大に入れなくて、1年浪人して、東大に入れたんですよね。そんな感じでしたね。だから絶対に北大には行きたくないって思いで勉強しました。

イワナ:飽きやすい性格っておっしゃってたんですけど、浪人の1年って結構しんどいイメージがあるんですけど、勉強に飽きはしなかったですか?

林太郎:やっぱり悔しい思いはありましたけどね、めっちゃ。何か1年無駄にしちゃうなと思ったんですけど。でも友達がいっぱいできて、みんな結構優秀なんですよね、浪人してる人って。ギリギリで落ちてる人もいて。
みんなで勉強して、勉強が楽しくなってきて、いつも6人ぐらいで一緒にテスト解いては採点したりとか、高校生の延長線上みたいなのが、楽しかった
蓋開けてみたら、楽しかった。

イワナ:そのときのモチベーションってどんなことでした?

林太郎:やっぱもう北大には行きたくないっていうのと、あとなんだろう。

イワナ:大学に入るのは絶対条件だったんですか?

林太郎:大学に入るのは、小学校のとき、運動とかできなかったので、僕なにかで頑張らなきゃと思ってたんですよ。
その頃から勉強はちょっと頑張ってて、やっぱ勉強頑張るっていうのを頑張ってきたから、何か自分自身の証明じゃないですけどね、頑張ってきたぞっていうためにも大学に入るのは必要だなと思ってました。

イワナ:大学に受かったとき、どう感じましたか?

林太郎:普通の人が3年で入るところ、4年かけて入ってるんで喜びもひとしおではあったんですけど、めちゃくちゃ夢に描きすぎて、入学する前に今度ちょっと、飽きちゃったというか
クリスマスプレゼントとか待ちわびると、もらったときには「はいはいはいはい」って、そういう現象に僕、大学でおちいったので。あんまり真面目に勉強してないですね。

イワナ:大学時代は何に夢中になってましたか?

林太郎:僕楽しかったのは、それまで札幌にいたから、英語を喋る機会がなかったんですけど、東京に出てきて、たまたま友達が紹介してくれたインターンみたいな仕事が英語を使う仕事だったんですよ。

そこの社長さんがアメリカ人で、僕を指導してくれた人もフランス人で、僕は大学の刺激よりも、そっちの刺激の方が強くて
日本人より外国人の方が多いとこにいるっていう、それが楽しかったですね。
自分が一言も喋れなかった英語が、半年も頑張ってるとちょっとずつ言えるようになって、ミーティングにも少し参加できて、それが楽しかったですね。

イワナ:大学卒業されて、起業した会社自体は、どういうことをしている会社なんですか?

林太郎:企業さんのデジタル推進のお手伝いをしてます。今DX(ディーエックス)とかっていうんですけど、紙とかでやってることをデータに貯めて分析したりとか、あと紙で行ってる作業を自動化していくとかっていうニーズが高くて。そういうところのお手伝いをしてますね。

イワナ:なぜそういう会社を起業しようと思ったんですか?

林太郎:僕、3歳ぐらいから実はパソコン触ってて。
パソコンが好きだったので、大人に難しい技術を教えるみたいなことは、ちっちゃい頃からやってたんですよ。あと、教えるのが好きだったので、好きなパソコンと好きな教えることを一緒にやってる、って感じですね。

イワナ:仕事をしているときの気持ちってどうですか?

林太郎:まだまだわかんないことだらけなんですけど、でも僕は楽しくやれてますね。不安はいっぱいありますけどね。楽しく、内容は好きなことだし。

未来:みんなにこんなのがあるんだけどさ、みたいな。次の時代はこれなんだけど、まだわかんないかな、ってやってると思います。

イワナ:5年後、10年後、死ぬときとか想像してもらって、未来についてどういったイメージを持ってますか?

林太郎:あんまり考えてないな。考えてないんだなって自分で思いました。

イワナ:今、何かやりたいことってありますか?

林太郎:直近でやりたいことは、会社は大きくしてみたいとは思ったりしてますね。
あと、仕事って、楽しいことより面倒なこととかつらいことを代わってあげる方が儲かったりするんですけど、自分の興味を持ってることが仕事に繋がるのが、やっぱ1番楽しいので、自己実現じゃないですけど。
例えば僕、ちっちゃい頃からボードゲームが好きなので、それを使った教育とかを今ちょっと立ちあげてるんですけど、そういった自分の好きなものを使って仕事とかしてみたいですね。

イワナ:お客さんには、仕事を通してどういうことを実現してほしいって思いがありますか?

林太郎:やっぱデジタルツールを、プログラミングできなくてもいいから、もうちょっと使えるようになってほしいってのはよく思います。
今、僕のクライアント先のパートさんが1分かかってるような仕事が、これ僕なら5秒ぐらいで終わるんだろうな、みたいなことはよくあるんですね。
そういうときはこういうふうにやるといいんですよ、みたいのは、もし僕が100人いたら、もう1万人とか100万人ぐらいにはそれを教えてあげたいですね。
そうしたらもうちょっと、日本の働く生産性とかあがるんだろうな、なんて思ったりしてます。

昔の話に戻るんですけど、小学校の頃とかは、算数とか、問題を早く書き終わると、ミニ先生って、友達に教えるんです。
シブちゃんっていう、たらこ唇で背の高い野球少年がいて、シブちゃんは算数がとにかく苦手で。
僕はシブちゃんにひたすら算数を教えるんですけど、シブちゃんは多分完全にはわかってないんですけど、めっちゃ喜んでくれるんですよ。林太郎すげえ〜みたいな。
結局シブちゃんの算数力が上がったかわかんないんですけど、僕の教える楽しさはめちゃくちゃあがって、シブちゃんが喜んでくれる、あれが僕にとって、教えるモチベーションなんだって手応えがあって
だからやっぱ教えることですね。生産性は1つのテーマなんですよね、いろんな企業さんが抱えてる。でも、僕の中心は、教えることかもしれないです。

イワナ:仕事をしていて、嬉しかった経験はありますか?

林太郎:デジタルツールに興味を持ってくれたり使いこなされるようになるのを見ると、嬉しいですね。
それまで全然そういうことを考えてなかった人から、新しい発想とかデジタルを使ってこういうことできませんか? みたいにお話を受けると、ワクワクしますね。そういう人の変化があると嬉しいですね。

イワナ:北海道大学の話で、もう北海道大学は知ってるから別のところに行こうって言っておりましたが、林太郎さんにとっての「知ってる」の定義ってどんなことなんですか?

林太郎:そうやっていわれると、そうですよね、僕の「知ってる」って、表面的な理解でも知った気になって次に行っちゃう、そういったところかもしれないです。
それ、難しい質問ですね。
僕は何をもって飽きて、何をもって知ってる、何をもって飽きちゃうんでしょうね。僕はそれをわかってないかも知れない。

イワナ:北海道大学でどんぐりを昔から拾ったりとか、林太郎さんの理想の北海道大学での過ごし方があって、それをもう自分はしちゃってるから、て意味なのかと思ったんですけど。

林太郎:確かに、見えちゃってる感は嫌なんでしょうね。未来が見えちゃったりしそうなときは、僕はそこからなるべく逃げたくなるんですね。予想がつくとかも嫌いなんですよね
ちょうど北大も、放課後に1コマだけ僕北大の授業を高校生の時にとってたんですよ。そういう連携授業みたいのがあって。それもあったのかなと思って。
こんなキャンパスなんだとか、こんなあれなんだみたいな。やっぱり全く知らないところで。自分の想像と自分の発見が同時に起こるというか、想像もしてなかったことがやっぱりポコポコ起きる、僕が知らない、予想もつかないみたいなのが、僕は好きなのかもしれません

イワナ:お客さんにプログラミングとかデジタルのノウハウを教えてあげて、お客さんもそういう発見をしてほしいって気持ちもあるんですか?

林太郎:どうだろうな。そこまで深く考えてはいないんですけどね。
でも、いや、あるんだと思います。僕はそれが学びだと思っていて、そういう知的好奇心じゃないですけど、学ぶ楽しさを知ってもらえるってのが、1番いろんなものが得意になるコツなのかなと思っていて。デジタルってのは、その1つかもしれないですけど。

僕、大学生のときに、英語の先生をですね、ある会社でやってたんですけど。
最初は20人ぐらい集まってくれるんだけど、だんだん人減ってくるんですよ。僕の教えるスキルも少ないのかもしれないけど、その中でもやっぱり学ぶこと自体に貪欲な方って、ついてくるんですよ。
そういう方って、デジタルツールだって使えるし、英語も頑張ってやるから、伸びてくるし。なんか最終的にはそこですね。だからおっしゃる通りだと思います。
イワナさんのおっしゃる通り、潜在的には、そこもして欲しい。

イワナ:もしもの未来の質問をします。もしも、この時代で、日本に住む全員がITツールに特化した人になったとしたら、今何をしたいですか。

林太郎:僕は、多分そうなったときに、もう絶対飽きてるんですよね。多分デジタルにも飽きてるし、AIにも飽きてます
で、次の新しい自分の未開の地にまた飛びこんでるので、日本にいないかもしれないし、日本の中で、次のあれを探しちゃうでしょうね。
それで、みんなにこんなのがあるんだけどさ、みたいな。次の時代はこれなんだけど、まだわかんないかな、ってやってると思います。

イワナ:そこには林太郎さんの生き方が見える感じがしますね。

林太郎:なので、別のデジタルツールとかに、多分AIとかにこだわりがあるわけじゃないんでしょうね。
新しいものを持ってきてみんなに見せびらかしたいみたいなことでしょうね

イワナ:それでもしそういう世界になって、また林太郎さんの新しい世界を探しにいかな駄目やって思ったら、どういう行動を起こしますか?

林太郎:やっぱり僕の価値基準は、先の見えない方を選ぶっていうのがあって、こっちの方がよくわかんないなとか予想がつかないなっていう方を選んで、でも予想がつかないので、プランとかちっともないんですけど、予想がつかない方をあえてどんどん選び続けていくことで、先に進んでいくと思います

イワナ:ちなみに今気になってるものってあるんですか?

林太郎:本当にいろいろ興味をもっちゃうんですよね〜。
今まさに興味持ってるのは、noteとか。30日頑張って書いてみたんですけど、反省として、もっとストーリーを込めたいと思ったんですね。
今まで事実を淡々と述べることしかしてこなかったし、どっちかっていうと、ロジックを使うことを勉強してきたので、もっとこうストーリーテリングがもっと僕自身うまくできたら、何かもっと広められる価値があるんだろうなって今思って。そこが僕、今めっちゃワクワクしてます
今まで全く読まなかったんですよ、小説とか。そういったところを読むことで、どうやってストーリーを伝えていくのかを勉強したいなって、今思ってます。

イワナ:ノウハウを学ぶ時、どのようにして情報を得ることが多いですか?

林太郎:本を読んだり、ちょっとそういうイベントに出かけたり、体験したりですかね。特に体系だってはいないです。

イワナ:最後に言い残したことはありますか?

林太郎:なんだろう。僕は元気にやってます、みたいな。

イワナ:誰に向けてですか?

林太郎:やっぱ僕って、どんどん新しいとこに行っちゃうんで、置いてけぼりにしてきた人が多いんですよ、多分。
マサキ君だってそうだし、シブちゃんだってそうですし。当時はたくさん話したけど、もうそんな話せてない人って多分いっぱいいるんですよ。そういう人に、僕は今こんなところで元気にやってるよって伝えれたら、嬉しいですね。

イワナ:また会いたいなとか思いますか?

林太郎:会いたいなと思います。そのまま会いたいと言うか、何のしがらみもなく会いたいって感じ。ただただ人間として会いたいなって思います。大学とか張り切って入っちゃったので、大学以降で会う人は、僕は色眼鏡で見られてしまうんですけど、バックグラウンドなしで、ただこんにちはって言って。

あとがき

林太郎さん、ありがとうございました。個人のnoteにも書いていただいてましたが、フルマラソンしながらのインタビューは無名人インタビュー史上、やはり初でした。
インタビュー前、林太郎さんのことは、「学生起業した学歴の高い20代のひと」と認識していたと思います。
偏見、ですかね、学歴の高い人は、悩まないんだろうと。そう思っていました。
林太郎さんはご家族の影響を強く受けているんでしょうか、そんな方々と周りの友人に囲まれて、自然に傾いていく生き方もできるし、飛び出していく生き方も知っている方だと思います。(ご家族との関係性はもっと質問すればよかったな、と反省。)
環境と、ご自身の成功の経験が化学反応を起こして、未知の世界に足を踏み入れる、それを自分の中に留めることなく拡散していく。
自分がわからない、人から影響を受けやすいっておっしゃっていた半面、自分で曲げられない部分はしっかり確立されていて、インタビュー中、点と点がつながった感覚がありました。
あと、お話を聞いている中で、必ず記憶と「誰か」が結びついていて、素敵だなと感じました。
1時間といえど、インタビュー前と後ではやっぱり私の中での皆さんの印象が大きく変わっています。知らない人から、知っている(部分もある)人へ。
興味本位で聞いてしまう質問もなかなか拭えなくて、質問と対話することの難しさを日々痛感しますが、やっぱりインタビューは楽しいです。

インタビュー担当:イワナ

編集協力:生きにくい釘

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