全ての事業主が志事に没入できる世界を創る人
むかしむかし、ある村に、業心(ぎょうしん)という若者が住んでいました。業心には大きな夢がありました。「すべての商人が、心の底から志事に没入できる世界を作りたい」という願いでした。
村では多くの商人たちが、
雑事に追われ、
細々とした心配事に疲れ、
本当にやりたい志事に集中できずにいました。
業心は、まず村に「心の工房」を作りました。
そこでは商人たちが、
本当にやりたい志事に向き合え、
情熱を注げる環境を整え、
創造的な時間を過ごせるようにしました。
ある商人は言いました。
「こんなにも志事に没頭できるとは」
別の商人は語りました。
「やっと本当の自分の志事ができる」
後に業心はこう語りました。
「人は誰でも、心の底から打ち込める何かを持っている。その情熱を解き放つ世界を創ることが、私の夢なのです」
そして「没入の時は、魂の輝き」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年2月12日13時06分に書く無名人インタビュー1009回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 遊橋大地 さんです!
年齢:30代前半
性別:男
職業:経営者、フリーランスITコンサルタント
X:https://x.com/kanata_group/
Instagram:https://www.instagram.com/kanata_group?igsh=MWNtdXBlNzA3N2J1&utm_source=qr
現在:極論、弊社が全フリーランスを扱えば孫もくそもなくなるってのが一つあるので。
ポンプ:
今何をされてる方ですか。
遊橋大地:
大きく二つでして、一つは個人事業主としてITコンサルをやってます。メーカーさんに常駐していてリモートなんですけど出向してる形になっていて。
そのメーカーさんの中のネットワーク、Wi-Fiだとか有線LANだとか、そういったネットワークのセキュリティ性を向上するというプロジェクトのマネジメントをやっていると。
もう一つは株式会社KANATAという法人の経営をしてます。
こちらでは今私が申し上げたようなITコンサルティングであったりだとか、キャリアコンサルティング、あるいは主に事業主の方をお客様にしているので財務面・税務面のコンサルティングというのをやってると。
プラス、私が先ほど申し上げたようなITコンサルタントとして活動してきた中でSES業界と呼ばれる、ITの人材と案件をマッチングするような業界の中で私が活動してきて課題に感じていることを解決したくて。
痒い所に手が届くようなサービスを提供しながら、そのマッチング事業をKANATAでもやっている形になります。
ポンプ:
ありがとうございます言葉の確認なんですけれども、SESで合ってますか。
遊橋大地:
はい、SESであってまして、正式にはシステムエンジニアリングサービスなんですけど。
先ほど申し上げたようにコンサルとかもあるんで、システムエンジニア特化っていうより、人材と案件をマッチングさせる事というふうに大きく括って大丈夫です。
人材紹介みたいなイメージですね。
ポンプ:
その案件に対する人はどこから選ばれるんですかね。
遊橋大地:
いろいろありまして。
代表的なのは個人的な繋がりだとか。
私元々NECにいたんですけれども、そういったところで出会った方々であったりだとか、そういった方々から紹介いただいたり、あるいは交流会みたいなところに行ったりだとか。
あとはパートナー企業さんが何社かいらっしゃってそのパートナー企業さんの社員さんを紹介していただき、弊社で持っている案件を紹介して、そのパートナー企業さんが社員さんと弊社の案件をマッチングするみたいな流れとか。
そんなようなのがメインですかね。
ポンプ:
逆に案件はどういうふうに調達されるんですか。
遊橋大地:
案件も私が元々NECにいた関係とか、あとコンサルファームにいたので、そっから引っ張ってきた案件だとか。
先ほどの商流が逆になるようなイメージで、パートナー企業さんからご紹介いただいた案件を取り扱うイメージですね。
ポンプ:
冒頭におっしゃられていた解決したいことっていうのはどういったことですか。
遊橋大地:
このSES業界の構造に対する課題感で。
施工管理だとイメージしやすいと思うんですけど、多重下請け構造・・・建物を建てるってなるとなんか長谷工かどっかが受注して、その下の会社に委託して、その下の会社がさらにその下の下の下の下の下のその下のって繰り返していくうちに、あんまり言葉良くないですけど鳶職の方みたいなところにたどり着く、みたいのがあると思うんですけど。
それがITの世界でも同じことが起きていて。
例えば元々私がいたNECから、NECのパートナー企業にその案件が落ちて落ちて、孫請けどころかひ孫請ひひひひひひ孫請け?みたいな。最終的に元々の受注単価よりめちゃくちゃ低い単価でフリーランスのエンジニアさんが働いてるのが頻発してるんですよね。
私が初めてITコンサルタントとして独立したときって、その元請の企業さんが、お客様からいただいてる金額、本当は知っちゃいけないんすけど私知ってて・・。
その金額と私自身に入ってきてる金額って100万円以上の差があったんですよね。
要は間に何社か入ってるその会社に100万円以上抜かれてたっていう話なんですよ。
こういったことが珍しくなくて、よくないよねっていうので、私はそこを変えたい。
例えば何社入るっていうのを規制したいのと、もう一つ、フリーランスになってしまうと社会的な信用面で弱かったりだとか、あと将来もらえる年金がすごく少ないだとか。
そこを、まずは私とご縁があった方々だけでもせめてもうちょっと待遇を良くしたい。
そしてその規模を拡大して、業界構造を改革したいと思っています。
具体的に申し上げると、例えば社会保険に入れるようにするだとか。
あと私の紹介というか、一応社会的には法人の役員になることができるんでそういうサービスを提供して弱いところをカバーしてあげる、みたいなのをやっています。
そこで社会的な信用面っていうのをだいぶ上げることができるってことですね。
ポンプ:
業界構造を解決するに当たって、結構ハードルがあるのかなっていうふうに感じるんですけどいかがですか。
遊橋大地:
かなり高いと思います。
横行しているので、それをできなくします、ってなったらもちろん困る人もいる。
なので、なんとなくやって達成するっていうのはまず無理だと思ってます。
ポンプ:
今どのぐらい出来てるんですか。
遊橋大地:
現時点では全くですね。
まずはこれをやろうと腹くくったのが2年弱前ぐらいで。
それで会社は2023年の3月に立ち上げてるんですけど、せっかく会社やるんだったら、何か社会的な意義を持ちたいと思って考えたのがそういったことだったんですが、2年ぐらい経ってみてまだまだ道半ばですね。
ポンプ:
最初の一歩目みたいなものはもう何か決まってたりするんですか。
遊橋大地:
想い描いてることはあって、極論、弊社が全フリーランスを扱えば孫もくそもなくなるってのが一つあるので。
もちろんシェアを拡大していきたいというのがあります。
そうなると独禁法とか気にしなきゃいけなくなりそうですけどそれはいったん置いといて(笑)
あとは、SESに派遣法を適用したいんですね。あるいは改正するとか。
または新しい規制を入れるとかでもいいんですが。
なぜかというとSESって特段免許がいらなくて。
変な話、法人持ってれば何でもいいんですよね。なので参入障壁がすごく低いんです。
なので個人事業主を集客する力もなくて、案件を引っ張ってくる力もないんだが、謎にSES企業としてブローカー的に商流に変な入り方をしている企業がいっぱいいて。
無法地帯になってるんですよね。
これがよくないと思ってるので派遣法の改正、ないしは新たな規制を入れる、みたいなことをしていきたいと思ってます。
そこへのロードマップに関しては、個人事業主を集めていく中である程度の大きさの母集団を作ってロビー活動的なものをしていきたいと思っています。
最近だとLUUPがロビー活動が良くも悪くもうまくいってる例だと思うんですけど。(交通)規制する/しない、みたいなとこで盛り上がってると思うんでつぶさに観察しながらどういった集団を形成して、どういった働きかけをしていくとそういった規制みたいなところを緩めたり、あるいはきつく締めたりっていうのができるのかなってのを今勉強してるっていうところですね。
あとはUberとかもそうで、タクシー業界が未だに強くて、Uberが全然日本に入ってこないところもやっぱり、タクシー業界が母集団として強いってのがあると思うんで。票田として機能するので。
そういったところを勉強しながら、どうやってこうかなっていうのを思案してるところですね。
ポンプ:
元々のITコンサルっていう分野から、今の話だと違う頭の使い方が必要なのかなっていう印象なんですけどいかがですか。
遊橋大地:
そうですね。
大きく括ると課題解決なので似てる部分はあるとは思うんですけど、やらなきゃいけないこととか、たどり着くまでのプロセスは全然違うと思って。
なので勉強しつつ、他の方の力も借りつつっていう感じですかね。
ポンプ:
お仕事をされてて大変なことだったり、やりがいがあったりとか、いろいろ感情が生まれてるとは思うんですけれどもいかがですか。
遊橋大地:
大変は大変で。
ただ、目的を持って何かをしたいタイプではあるので、この仕事って何に繋がってるんだろうみたいなふわっとした仕事をしてると辞めたくなるので。
やりがいはありますね。未来に期待ができる状態で楽しいです。
ポンプ:
お仕事以外ってどんなことをされてますか。
遊橋大地:
仕事以外は最近はもっぱら育児で。今2歳の息子がいるんですけど。
本当に親バカでかわいくて仕方がないので、とにかく息子と一緒にいますね。
ポンプ:
どんなふうに過ごしてらっしゃるんですか。
遊橋大地:
住んでるところがいわゆる湾岸エリアなので、船見に行ったり海見たり、広い公園があるのでそこ行ったりとか。
あとはのんびりYouTube一緒に見たりとかも。
そういった時間が癒されますね。
ポンプ:
それ以外で習慣的にされてることってあったりしますか。
遊橋大地:
あんまりないかもしれない・・・元々生粋のインドアで友達も多くないので、暇さえあれば仕事してるか、息子と居るか。
ここんところそんな感じですね。
ポンプ:
お休みの日っていうのは決まってるんですか。
遊橋大地:
土日が休みなんですけど、何か物事を考えたり、何かこれ面白そうだなと思って何かちょっと書き起こして資料にしてみたりとかっていうのは、24365でやってる感じですかね。
ポンプ:
勉強はどういうふうにされてるんですか。
遊橋大地:
本とかも読むんですが、最近はAIで分析とか。自分でやってると時間足りないので、AIで資料まとめてとか。
先ほどの派遣法も1から自分で理解するの大変なんで、まとめをAIにも投げてっていうような形で理解と勉強を進めてるっていう感じですかね。
ポンプ:
この無名人インタビューってどういう背景で受けようと思ったんですか。
遊橋大地:
noteにイイねを戴いたっていうのがまずきっかけで。
今後、会社のブランディングをしていく上で、元々は嫌だったんですが私自身も前に出ていこうかなと思ってまして。
その中の一環としてブランディングの観点で、私自身と会社のPRになればいいかなと思って決めました。
ポンプ:
今会社って何人ぐらいいらっしゃるんですか。
遊橋大地:
8名ですね。
過去:納得できないと絶対に聞かない子だったらしくて。
ポンプ:
どんなお子さんでしたか。
遊橋大地:
昔は頑固な子だったみたいで。
幼稚園の入園式のときに、いっぱいいる園児の中で私だけ唯一、母親の膝の上で入園式に出たらしくて。
要は納得できないと絶対に聞かない子だったらしくて。
なんでママから離れなきゃいけないんだと。絶対離れずにママの膝の上で入園式を受けてたと。
で登園したときに、記憶あるんですが。
園の門で子供とバイバイしてお父さんお母さん帰るのが本来のルールらしいんですが、聞かなくて父が教室まで来てバイバイしてくれたみたいなんです。
教室に入らずに渡り廊下に座り込んでパパが帰ってくるまで待ってるんだって、頑として動かなかったらしいんですよね。
そういう面倒くさい子だったみたいですね。
ポンプ:
今のお話はご自身でも覚えていることなんですね。
遊橋大地:
先ほどの父親の話は覚えてまして。
パパが帰ってくるまでここにいる、みたいに言った記憶はないんですが、父親が帰っていく後ろ姿は画として覚えていて、すごい嫌だったんだろうなと思うんですけど、なんか納得いかなかったのか、その強い感情と画が結びついてるんだろうなってのは想像できます。
ポンプ:
他に強く印象的に覚えてることはあったりしますか。
遊橋大地:
これも幼稚園の3歳か4歳ぐらいのときで、年少さんクラスの先生に怒られてるのは覚えてますね。
私、背ある方なんですけど、当時から大きかったみたいで、詳細な経緯わからないんですけど喧嘩して。
「大ちゃんは大きくて力強いんだから駄目でしょ」的なことを真剣に叱られてるところを覚えてます。
ポンプ:
そのとき、どういう気持ちになってたか覚えてたりしますか。
遊橋大地:
あんまり覚えてないんですけど・・・真剣に大人に怒られるっていうのが、父母以外でおそらく初めてだと思うのでびっくりとか、驚きとかっていうような感情があったんですかね。
ポンプ:
なるほど周りの子たちとの関係性で覚えてることとかありますか。
遊橋大地:
これもあんまり覚えてないんですけど、バレンタインで、テレビのプロデューサーのお子さんが私と同級生だったかなんかで、女の子からチョコレートをもらって、よりによってそれを落としちゃったのをテレビ放映されたのは覚えてて。その子と遊んだ記憶は少しありますね。
あんまり他の子との関わりみたいなのは記憶にないです。
ポンプ:
記憶がたくさん残ってくるようになったのっていつぐらいからですかね。
遊橋大地:
小学生とかですかね。
ポンプ:
そのときはどんな性格だったんですか。
遊橋大地:
小学校は割と明るくて、勉強もそこそこできて。
昼休みはみんなでサッカーして謳歌してる系の小学生だったと思います。
ポンプ:
先生との関係性はどんな感じでしょうか。
遊橋大地:
先生も別に普通に好きで。
ただ学校の先生好きだったな、みたいな記憶はあんまりないですね。
ポンプ:
女の子が気になりだしたのはいつぐらいからですかね。
遊橋大地:
記憶にあるのが小1か2で。
父母どっちだったか・・・好きな子いないの?みたいな。
たしか下の名前はあやちゃんだったと思うんですけど、その子だって言った記憶ありますね。
私の妹がなつきっていうんですけど、なっちゃんに似てるから好き、って答えた記憶がありますね。
下の名前があやふやなのは途中で隣の駅の小学校に引っ越しちゃったからなんですけど。
ポンプ:
次に気になった女の子は覚えてらっしゃいますか。
遊橋大地:
複数覚えてて。
かわいい子みんな好き、みたいな小学生だったと思います。
ポンプ:
何人ぐらいのクラスの小学校だったんですか。
遊橋大地:
30人弱の2クラスだったので、60人弱っていう感じでした。
ポンプ:
気になる子との掛け合いの思い出とか、なんかありますか。
遊橋大地:
特にこれ!というのはないですね。いつも一緒にいたので。
みんな仲良しグループみたいな感じだったんで、それが楽しかった記憶ありますね。
ポンプ:
男の子とはどんな遊び方をして過ごしたんですか。
遊橋大地:
仲良かった友達がいて、私もその子も小動物が好きで、一緒に捕まえたりとかしてましたね。
トカゲだとか、餌にするための虫とかそういうなんかちょっと食物連鎖の上にいる系の小動物ですかね。
虫捕り少年的な感じだったと思います。
その仲が良かった友達が、東大で博士まで行きましたね。生物で。
そいつが卒業文集に、将来の夢が虫博士だか昆虫博士だったか、書いたっていうのを覚えてますね。
ポンプ:
ご自身の文集は覚えてらっしゃいますか。
遊橋大地:
私のは覚えてないですね。
その友達の文集を覚えていたのは大人になってFacebookで東大の博士が修了して卒業するときに、
「将来の夢これだったんで、半ば達成しました」
みたいなフィードを見て。
確かにそうだったって思い出したんで・・・。
自分のは全く覚えてないですね。
ポンプ:
近くの人がちっちゃい頃宣言したことを有言実行するっていうのを間近で見るっていうのはどんな気持ちになるものなんですか。
遊橋大地:
すごい尊敬ですね。先ほど申し上げたように私も小学校のときはそこそこ勉強できて。
成績が"頑張りましょう"、"たいへん良い"とかそんな感じだったと思うんですけど。評価が。
全部一番いいやつだったこともあったぐらい勉強できたんですけど。
明らかに群を抜いてそいつができたんですよ。で筑駒行って東大行くみたいな。
東大行った後も勉強ばっかやってるわけじゃなくてマラソンとかもやってたんで。
勉強もマラソンも夢の実現も継続力勝負の世界じゃないですか。尊敬しますね。
ポンプ:
今でもお付き合いはあるんですか。
遊橋大地:
最近は縁遠くなってますけどちょくちょく連絡を取ってますね。
やっぱりすごい忙しかったみたいで。
私も会社立ち上げたりとか妻の出産で里帰りしたんで。
妻の実家が新潟なんですけど付いていったりしたんで最近会えてないですね。
でも頭の中には常にいますね。
ポンプ:
その方も含めて仲良かったグループっていうのはあったんですか。
遊橋大地:
ありましたね。
小学校が、家から1キロちょいあるんですよ。
結構遠くて。
私小平っていうとこ出身なんですけど、小平ってザ・ベッドタウンで、都市に出やすい都内の田舎っていうイメージなんで。
子供はたくさん周りにいたんですよね。
住んでるところが近い友達っていうのが三、四人いて。いつも一緒に登下校して。
走ったら10秒で着くようなところに住んでる友達と、今お話した東大行ったやつと。
よく一緒にいましたね。
ポンプ:
中学校あたりなんですけどご自身が変わった部分とか、何かありましたか。
遊橋大地:
小学校と比べると勉強が全然できなくなって。
英会話に小学校から通ってて、最初は英語できたんですけど勉強しなくなって。
英語の答案用紙に「遊橋君はいつになったら本気になるの?」って書かれていたの覚えてますね。
ポンプ:
やる気スイッチが入らない状態を自覚していたっていう感じなんすか。
遊橋大地:
どうだったっけなと思い出したんですけど・・・。
明確にやる気を失ったとかいう感じでもなく。
反抗期だったからかちょっとわかんないですけど、シンプルに勉強が難しくなったからなのか分からないですけど・・・。
なんかそういうのに取りかからない時期でしたね。なんでかちょっと覚えてないんすけど。
ポンプ:
また小学校みたいに勉強をやる時期が戻ってきたんですか。
遊橋大地:
高校とかも私超問題児だったんで、大学で急にですかね。
興味がある領域とか面白い先生と出会ったりで。
大学って自分が好きな授業を取れるってのがあったんだと思うんですよね。
三つ子の魂100までじゃないですけど本当に頑固なタイプだと思うんで。
好きなことはちゃんとやる。でもやる意味を感じられないのは絶対やらない、みたいな感じだったと思うんです。
ポンプ:
高校でどういった問題を抱えていたんですか。
遊橋大地:
中学のときサッカーで都大会のベスト4になってるんですけど、高校入ってサッカーやらなかったんですよね。なにかしら部活に入らなきゃいけないんですけど。その学校のルールで。
で、ハンドボール部でフットサルをやればいいやと思って。
実際によくハンドボールコートでフットサルやってたんですけど。
でも続くわけもなく夏明けぐらいには辞めてて。
勉強も全然やらなくて、数学で2点取ったの覚えてますね。
それこそ英語とかも赤点で、答案用紙で紙のかごみたいなのを作って、友達3,4人で赤点だったやつの点数のところを切り取って集めたら20枚以上集まったのを覚えてます。
成績も、1よりさらにヤバい1△と1×があったんですけど1△が三つか四つぐらいあった記憶があります。
結果、先生に、「このままだと君を上げられないよ」みたいな感じで親が呼び出しくらって。
高校1年生のクリスマスイブに父親と三者面談した記憶があります。
ポンプ:
小学校のときから比べると勉強に距離が生まれちゃったっていうところで、お父さんお母さんからどんなふうに見られてたと感じましたか。
遊橋大地:
ショックはショックだったんですかね。
先ほど、いつ本気になるの?と答案用紙に書かれたって話させて頂いたと思うんですけど、それを記憶してるのって母親がそれを根に持ってたんですよね。
なのでもっとちゃんと勉強して欲しかったんだと思うんですけど。
私もようやく子供を持ってごめんねってわかるんですけど。
小学校の頃は出来たのになんで?っていう。
そのギャップに苦しむというのはあったんじゃないかなってのは、想像しますね。
ごめん!って感じです。
ポンプ:
大学で興味をも示したものってどういう分野の勉強だったんですか。
遊橋大地:
最初は英語で2年3年ぐらいから国際政治の方にどんどん入っていきましたね。
ポンプ:
どんなところが興味深く感じたんですか。
遊橋大地:
元々はそんなに興味があったわけではなくて。
サッカーやってたりとか格闘技もやってたことがあって。
海外のサッカーだとか、格闘技とか観てたんですよね。
すいませんちょっと話それちゃっても大丈夫ですか。
ポンプ:
大丈夫です。
遊橋大地:
サッカーでチェルシーっていうチームがあるんですけど。
イングランドのサッカーのチームで、2012年にヨーロッパ世界一を決める大会で優勝したんです。クラブで初めてのことで。
で、優勝したときのインタビュー動画をテレビでやるってなって。J Sportsだったと思うんですけど。
それが見たくて録画して後から観ようと思って観たんですね。
そしたら字幕がなくて。
中心選手がスペイン人で訛った英語だったこともあって全然聞き取れなくて。
うわ・・と思ってそのときに英語を勉強しようと思ったのはすごい覚えてて。
それが大学1年生になるちょっと前ぐらいだったんです。
その英語スイッチが入ってるところに、今でも仲良くさせていただいている教授と出会って。
イタリア人なんですけど、3歳からイングランドで育ってる英語ネイティブの方で。
イタリア生まれのイングランド育ちでサッカー大好きで。
私は音楽も洋楽が好きだったんですけど、その当時50才くらいのイタリア人が今までで一番音楽の趣味が合う人なんですよ。
そこで意気投合みたいな感じになって。
その教授がメディア論専門だったんですね。
そこに付随して国際政治もやってたと。
でサッカー見てると人種差別の問題だとかに触れたりして、そこにも興味があったので、そういったところに寄っていったっていう流れですかね。
ポンプ:
今のお仕事にはどのように繋がっていくんですか。
遊橋大地:
大学と仕事とは全然リンクしてなくて。適当に就活して。
明確なビジョンがあってNECに入ったというよりは、何となくNECに入って。
元々は営業なんですけどそこからITコンサルに流れていったイメージですかね。
ポンプ:
教授の方とは今もご縁が続いているんですか。
遊橋大地:
そうですね。続いててずっと仲良くて。
子供が生まれたときも連絡取ったりとか。大学の学園祭があると親友と一緒に行ったりとか。
結婚してからなかなか行けなくなっちゃいましたけど、大学卒業した後も家に泊まって、一緒にサッカーを酒飲みながら観たりしてくれる方です。
ポンプ:
好きな音楽で代表的なアーティストは誰ですか。
遊橋大地:
一番好きなアーティストは今年の10月に日本でも再結成ライブをやる、oasisですね。
綺麗なメロディと歪んだギターっていうのがもうど真ん中でして。結婚式でもたくさん流しました。
一番好きな曲はWhateverです。
未来:全ての事業主が志事に没入できる世界を創るっていうのがあって。
ポンプ:
会社を経営されてるっていうところもあってあのビジョンお持ちだと思うんですけれども。ご自身が終わるまでの間の中で、イメージされてることって何かあったりしますか。
遊橋大地:
会社のビジョンと一致してるんですけど。
全ての事業主が志事に没入できる世界を創るっていうのがあって。
先ほど申し上げた、業界に対する課題感・・・多重下請け構造だとかフリーランスの弱い立場をどうにかしたいっていうのがあって。
それをまず達成していくっていうのは未来として必ずあると。
ただこれ、何を以てそういった世界なのっていうと・・・基準ってないと思うので、それを作り続ける、挑み続ける形になると思うんで。
それをずっとやってるだろうなと思いますし、やりたいと思ってます。
やり尽くしたと思ったら、別の何かやってると思いますね。
常に何かしらやってたいとは思ってます。
ポンプ:
その別の何かは、パッと思い当たるものありますか。
遊橋大地:
コレと言ったモノ、Doはなくて。
会社のビジョンを追い続けて、多くの事業主の方々と出会うと。
で最終的に銀行みたいになりたくて。
要はエンジェル投資家みたいな話なんですけど。
個人事業主としての働き方を最大限サポートしていきつつ、やっぱりお金の問題が絶対出てくるはずで。
私自身も会社建てるときに資金が必要だったので、個人事業主の立場だとなかなかお金が引っ張ってこれないんで。
なので事業主のプールの中から「こういったことやってみたいんですよね」みたいな人が出てきたら、それを一緒に考える。
その資金は私が援助して一緒にやっていく、みたいな形でいろんな方のビジョンを、並走しながら叶えていくのが一番理想ですね。
ポンプ:
お仕事に関わらない部分では未来のイメージいかがですか。
遊橋大地:
ほんとだ、仕事の話ばっかりしてましたね(笑)
正直ないんですけど・・・
息子の成長は見届けたいのと、妻が2人目3人目も考えているので、家族との未来はすごく楽しみです。
これから生まれてくる子の将来も妻と見届けたいなと。
やりたいって言ったことをやらせてあげられるだけの体力は常に残しつつ、あまり口出さず見守っていきたいなと思ってますね。
ポンプ:
ちょっと話変わるんですが、遊橋大地さんにとって死ってどんなものですか。
遊橋大地:
あんまり考えたことないので今ちょっと考えてるんですけど・・・
それぞれの人によって死が持つ意味って違うと思うんですけど・・・最後の答え合わせというか・・・。
私の義理のお婆様が去年の5月に亡くなって。
すごい慕われてた方で私もすごく好きで。
先ほどちょっと申し上げた通り、妻の産休育休に付き添う形で向こうの実家にお世話になったので9ヶ月ぐらい一緒に住んでたんです。
回遊魚のようなお婆様で、具合が悪くなる直前まで仕事もしてて。
癌が見つかって。
見つかったときにはステージ4であっという間に亡くなっちゃったんですけど。
そのときに、如何に愛されてた方かっていうのが凄い伝わってきました。
で最後の答え合わせというか、人生通してやってきたことが他の方々にとってポジティブな影響を与えていたっていうのが色濃く出ていた気がして。
これ、でもそうじゃない人も正直いると思うんですよ。
そこはもう最後の答え合わせだと思いますね。
私としては死からズレちゃうんですけど・・・私自身が死んだとしても何か残したいですね。
私が達成したいと思っている「全ての事業主が志事に没入できる世界」ってのがもし作れたのであれば、死んだとしてもその世界は残り続けるわけで。
そういったものは残していきたいなと思いますね。そういう意義みたいなものは残しておきたいです。
ポンプ:
遊橋さんが意味を求める、そのルーツってどういったところにあると思いますか。
遊橋大地:
元々の性格はあると思うんですけど・・・貧乏性なんですよね多分ね。
やって還ってこないとやりたくないっていう・・・性分ということ以外にあるのかな・・・
ちょっと今ぱっと思いつかないですね。
ポンプ:
例えば会社の中において、意味のないことをやってる人がいると、やっぱり目についちゃうんですか。
遊橋大地:
そうですやっぱりそこがすごく気になって。
ただの作業は仕事ではないと思ってるので、何のためだっけっていうのは必ず確認するようにしてますね。
ポンプ:
最後に言い残したこともしくは感想があればお伺いしようかなと思うんですけどもいかがですか。
遊橋大地:
感想としては自分を振り返る機会だと思ったんで、この機会をいただき改めてありがとうございます。
今回の趣旨と変わるんですけど・・・
私ゆとり世代ど真ん中なんですけど。
今年の9月に32歳になる、失われた30年とかいうものにすっぽりはまるような世代なんですけど。
私達の後ろの世代がさとり世代とか言われているじゃないですか。
ひろゆきさんみたいな人とかが、弱者っぽい人を相手に、「頑張るってコスパ悪いから頑張らない方がいいっすよ」みたいな空気感、そしてそれが流行る今の風潮・・・正直あんまり好きじゃなくて。
日本全体がそういった閉塞感というか空気感に、景気の悪さと共にどんどん行ってるような気がして。
それがもったいないと思ってますしそういった未来が、私の息子や孫に来て欲しくないなって思うんですよね。
明るい気持ちで未来を描いてほしいと思って。
そうした中で若い方向けのメッセージみたいな感じになっちゃうんですけど。
挑戦をして欲しくて。
当然私もたくさん失敗してて。
20代の頃から起業のお手伝いとかもしているので、いろいろ事業の立ち上げ経験してるんですね。
ありがたいことに株式会社KANATAは今のところうまくいってますが、20代の頃にやった挑戦って、資本主義的に言えば完全に負けてるんですよ。
事業の数で言うと50%50%ぐらいかな。
半々ぐらいで勝ち負けしてるんです。
若い方見てると、
”挑戦が選択肢の中にあるけどやらない人"
がすごく多いような気がして。
AかBかで迷った挙句結果、何もしないというCを取るみたいな。
それが嫌で。
挑戦してほしいのは別に、挑戦してうまくいったらいいから頑張れって、言ってるわけじゃなくて。
挑戦して失敗してもいいと思うんですよ。
挑戦すると、うまくいってもいかなくても、ありとあらゆるところからフィードバックを受けると思うんです。何かをすれば必ずそのフィードバックがあるはずで。
そのフィードバックを受けたら、前の自分より生産的な気づきがあって。
次に何か挑戦するときに勝率上がると思うんですよね。
ただ、だんだんだんだん年を重ねていくと、そういったチャレンジじみたことって、やっぱり現実的に難しくなってくると思うんですよ。
20代のときに私が成功と失敗を繰り返したことを今、子供がいる状況でできるかって言ったらやっぱ厳しいですから。
なので、死にはしないんで若いうちにとにかく挑戦しまくって、もう失敗してもいいんでやりまくってほしいなって・・・。
まだ私自身も31で若い気ではいるんですけど、最近の若い方を見て感じる違和感と、もっとこうあってほしいなっていうのを伝えたいなと。
ポンプ:
若い方のそういう傾向って、なぜ生まれていると思いますか。
遊橋大地:
やっぱり日本全体の景気の悪さってのはすごく感じますよね。
少子高齢化が進む中で、年齢の高い方々を支えなきゃいけない若者たち。
そっから税金年金を取って配分していくというふうにどうしても今社会構造としてなっていて。
しかも分かり難い形になっていて・・・分かり難くしてるんだと思うんですけど。
やっぱりそういうお金がなくて生活苦しくて目の前のことに精一杯で、挑戦になかなか行けないっていうのがあるのかなっていうのと。
あともう一つは社会が発達しすぎていていろんなことに答えが出過ぎてると思うんですよね。
調べれば何となく答えがわかる。AIが答えを導き出してくれる。
結果的にみんな中途半端に利口になって、リスクが目について結果、何もできないみたいな流れなのかなって。見てて思いますね。
ポンプ:
挑戦しなかった場合に最悪、どうなると思いますか。
遊橋大地:
それこそ死ぬときに答えが出ると思います。
記憶があやふやなんですけど、どこかの国で、アメリカだったかな?後期高齢者の方々にアンケートを取ったときに、「人生で後悔してることは何か?」ていう設問に対する最も多かった回答は「挑戦しなかったこと」ってのを見かけて。すごい覚えてて。
「やらない後悔よりやる後悔」みたいな、日本語でもよく言いますけど、そういったことなんだろうなって思ってますね。
若い方と会話する機会はそこまでないんですけど、挑戦するにあたってよく言うことで、
自信がないっていう方が多いと思うんです。
自信がないってのは私もよくわかるし、当たり前のことだと思っていて。
自信ってやってたらつくもので、やる前から自信があるのはちょっとやばいと思うんです。
何を根拠にって。
根拠のない自信も大事だと思うんですけどね。
うまくいくから人って自信がつくわけじゃなくて、うまくいかなかったとしても要因がわかれば、やる前より自信がつくと思うんです。
なので挑戦しないと自信なんか一生つかないと思っていて。
結局時間だけ過ぎて、何もしなかった自分が出来上がってるみたいになっちゃうとすごいもったいないと思っていて。
自信がなくて不安なのはわかるんですが期待と不安はワンセットだと思うので、不安が大きければ大きいほど、裏を返せばもっとすごくなる自分に期待してると思うんで。
そこは信じてほしい。
大して結果を残してないんですけど私も。
そこはなんか信じてやってほしいなってのは思います、特に若いうちに。
ポンプ:
遊橋大地さんはなぜ挑戦できたと思いますか。
遊橋大地:
合理的に考えて、なりたくない姿を想像したのと、先ほど申し上げた期待と不安みたいな話で。
何もしなくても不安だったっていう。
元々NECに居たときに印象的なエピソードがあって。
私一応NEC時代2年目で営業2位になって頑張ってはいたんですよね。それは昇進満々だったから頑張っていきたいと思ってたからなんですけど。
そのとき密に連携をとっていた、若くして部長になってすごく仕事ができる方と仕事をしていて。
その方と2人で飲みに行ったときに、「俺って子供の寝顔しか見たことないんだよね」とポロッと言ったんです。
仕事めちゃくちゃやってきて、仕事では結果を残しているが、プライベートでは子供の寝顔しか見たことないというのが結構刺さって。
しかも、その道に私も突き進んでいるのはわかってたんで、きついなと思って。
その方に対してすごく尊敬もしているし、未だにすげえと思うんですけど、きついなと思った。
また、良くも悪くも先が見えてきて、悪くないものの、経済的にもすごく豊かなわけではないし、理想の人生とはやはり乖離があった。
ていうのと、当時はもう起業しようと思ってたんで。
自分で起業するのももちろん不安でしたけど、NECに居続けるのも不安だったんで、どっちにしろ不安だったらもうやっちゃった方が良くない?と半ば無理やり自分に納得させたことを覚えてますね。
ポンプ:
上司の方とのエピソードなんですけど、話してる時はどういう印象でしたか。
寝顔しか見たことないっていうことを反面教師っぽく受け取ったんですか。
遊橋大地:
あまりこうなるなよっていうメッセージというよりはぼやき、嘆きに近い感じです。哀愁漂う感じです。
それが生々しくて、これはきついなと思いました。
勝手にあとがき(遊橋)
先日はお時間をいただき、ありがとうございました。
私自身のことを振り返る良い機会となりました。
インタビューをしていただいた日から、死について考えていて、ふと思い出したことを少し。
インタビューでもお話しさせていただいた義理のおばあさま。
最後は自宅療養を選択されていたため、毎週のように新潟に妻と息子と帰ってはお見舞いをしていました。
その頃、とても元気だったおばあさまのどんどんやせ細っていく姿と、1歳半になり、日々できることも話せる言葉もどんどん増えていく息子の姿。
その大きすぎるギャップに、時に胸を強く胸を締め付けられ、時に救われたことを思い出します。
人は生まれ、育ち、そしてこの世から退場していく。
当たり前だけれども、日常ではなかなか意識しないその必然を、あの頃はいやというほど実感させられました。
そしてその中で、同じ時代に生き、出会い、縁を紡ぐことの尊さと奇跡を、おばあさまから教えてもらった気がします。
改めて、ポンプさんやこの無名人インタビューに関わられているすべての方々含め、お世話になっている皆様に感謝申し上げます。
そして、私が生涯を終えるとき、私の死を通して何を周りに伝えられるか。
そのことを意識しながら、懸命に生き、全ての事業主が志事に没入できる世界を残そうと思います。
ありがとうございました。
あとがき
さっそくoasisを聴き直しました。
高校生のときに薦められて、初めて聴いたときは、そりゃオススメするわな!と思いました。
これからもそんないい音楽とか曲に出会いたいです。
僕は子供の頃から死ぬという結末が頭から離れず、その結末を中心にして人生が進んでるのですが、遊橋大地さんの「答え合わせ」という回答が新鮮でした。
全て理解しているわけではないものの、不思議と納得感があります。
即興でお答え頂いたのですが、割とサラッと出てきたにもかかわらず奥深さがあってなぜかちょっと嬉しくなりました。
【インタビュー・編集・あとがき:ポンプ】
【編集:ポンプ】
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