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無名人インタビュー:南の国に移住したあまり落ちこまずあまり喜ばず真ん中っていう感じにフラットでいたい元助産師の人

インタビュー中に鳥の鳴き声が聞こえたインタビューでした。鳥の鳴き声が聞こえるインタビューはドミニカ共和国インタビュー以来です。ドミニカ共和国は中米です。今回の方は国名は伏せたいということでしたので聞いておりません。
だいたい1割くらいの方が海外在住の日本人の方でしょうかこの無名人インタビュー参加者の皆様は。人間の何が違うかというと、何も変わらないというか、まあただ一般論で言うとある文化から違う文化に行くと、もともと所属していた文化の特徴がよくわかるというのがありますね。あるんです。海外から見たほうが日本がよく見えると。
とはいえ。まあ。今回のインタビューでそういう比較文化論やるわけではなくて。そうなんんです。今回インタビューに参加いただいた方から、そんなに激しい感情の上がり下がりは欲しくないんです、という意見を聞いて、そうか、そういう意見もあるのだよな、と思いました。確かに、そんなに激しい感情の揺れ動きなんて、要らないのかもしれないな、なんて思いました。
どうぞ、今回のインタビューもお楽しみくださいませ!


今回ご参加いただいたのは J M Chieko さんです!

現在:オンライン相談サービス

qbc:どのようなインタビューにしていきましょうか? 

Chieko:私のことを全く知らない人に、私のことを引き出してもらいたいっていうイメージで、応募させていただいたんです。

qbc:ありがとうございます。そうしましたら、今、何をされている方でしょうか? 

Chieko:日本には住んでないんですけど、日本の企業の会計補助的な事務職を、フルタイムでしてます。現地採用です。こちらの人とメインで働く感じです。

qbc:お仕事をされていて、その他、何をされているのでしょうか?

Chieko:あとは主婦ですね。夫と、子どもが3人います。

qbc:趣味などは? 

Chieko:趣味と言えるようなものは特にないんですけど。最近は、とにかく毎日noteを更新するっていうのを目標に。私の書いたものは、インタビューされる前に読んだりされたんですか? 

qbc:基本的に、あんまり読まないようにしてます。

Chieko:もともと文字を書く練習をしようっていうところから、noteを始めたんですけど。それをとにかく毎日書いてるうちに、やってみたかったこと、やりたいことが、何となく形になってきて。
その準備を進めてまして、明日、それをいよいよ始動しようと思ってるところです。

qbc:始動させるというのは?

Chieko:私、もともと日本で助産師をしてたんですね。資格もありますし、あとは子どもを3人産み育て、20年海外で暮らしてっていう経験から、オンラインの相談室を開こうと準備してて。それを、いよいよ明日、一般向けに始めようとしてるところです。
お客さんが来てくださるかどうかは、また別の話で。まずは始めてみようと思ってます。

qbc:どうして相談室を始めようと思われたのですか?

Chieko:私が提供できるサービスは何だろうっていうのが、ここ数ヶ月のテーマで。なぜ、そのサービスを提供したいかっていうと、そもそもの理由が、今住んでいる国の経済が非常に不安定で、私がいただいてるお給料は、日系企業と言えどもこの国のお金で。安定した通貨の収入も得たいっていうのが始まりで。
そこからスタートして、何ができるか。これだったら、私が人の役に立てるかもしれない、私もそれをやりたいってなったのが、オンラインの相談室です。

qbc:なるほど。オンラインでサービスを始めたい、というのはわかるのですが、そもそもnoteをやればいいとか、サービスをやればいいとか、そういう細々したすべきことを知るきっかけはなんだったのでしょうか?

Chieko:コロナ禍になって、日本に限らず世界的にオンラインで何かをするっていうのが増えましたよね。去年、急に、私もそういうことに参加してみようと。
きっかけは覚えてないんですけど。それでオンラインゼミに参加することになって、そこで刺激をもらって。こんな生き方をしている人がいるとか、こんな考え方をする人がいるっていう。その人たちに紹介してもらった別のものを勉強して、なるほどっていう感じで。
noteを始める前に、1ヶ月ぐらいアメブロをやってみたんですよ。1ヶ月やってみて、なんか違うって。それでアメブロは全て消して、何か他にないかなと思ったときに、どなたかのnoteを読んで、このスタイル、私、いけるかもって思ったんです。

qbc:サービス自体は、どうやって始められたのでしょうか?

Chieko:無料の予約サイトで作りました。
さきほどお話したオンラインゼミ仲間に、モニターになってくれないかってお願いして。快く引き受けてくれたメンバーたちがモニターをして、感想を全部聞いて、直せるところは直してっていう、今はそういう段階です。

qbc:なるほど。やってみた感覚というのは、どうでした? 

Chieko:こんなことを言ったらおこがましいですけど、すごく手応えがあって。すごく楽しかったっていうか。

qbc:おお。どんなふうに楽しかったんでしょうか?

Chieko:みんなが、すごく心を開いてくれたっていうんですかね。リアルな友達には言えないけれど、私になら言えるという感じで、すごく喋ってくれたんです.。
やっぱりnoteを続けるだけあって、私は喋るよりも文字で伝えることの方が、たぶん合ってると思うんですよ。なので、相談室の仕組みも、初めは文字でやりとりをして、ある程度人間関係を作ってからお話をするっていう手段にしたんです。
なので、ある程度文字でやりとりして仲良くなったところで、じゃあオンライン面談でってなったら、結構みなさん、友達に言えないようなことを、いっぱいお話してくれて。その感覚が、すごくうれしくて楽しくて。こういうことがしたかった、みたいな気持ちになりました。

qbc:相手が話して、Chiekoさんは何をされるんですか? 

Chieko:何ていうんでしょう。結局私にできることって。アドバイスなんておこがましいこと、できないじゃないですか。目標は、喋り終わった後に心を軽くしてもらって、また頑張ろうってなるぐらいしか。
問題解決なんて、普通はそんなに簡単にできないですよね。なので、話を聞いて、相手のいいところを引き出すみたいな。そんな感じですね。それで相談室って名乗るのは、良くないかもしれないんですけど。

qbc:実際に話を聞き終わった人たちの感想というのは、どんな感じでした? 

Chieko:すっきりしたという感じで。楽しかったと言ってもらえましたね。
助産師であって、助産師になるには看護師にならなくてはいけないので。医学的なというか、健康上の相談とかをしてもらえたら、それはもう前のめりになって、こんなんだからこんな科、病院を受診した方がいいよとか。そういう感じの具体的なアドバイスは、私が前のめりで行く感じでした。

過去:南の国に移住する

qbc:過去のことをお聞きします。子どものころはどういうお子さんだったんでしょうか? 

Chieko:小学校3年生までは、すっごい地味で目立たない子どもだったんですよ。
4年生で転校して、何があったかわかんないですけど、急に勉強ができる目立つ明るい子になって。

qbc:もっと小さいころはどうでしたか? おとなしいか明るいかでいうと。

Chieko:暗かったです。とにかく、そんなに明るい子どもではなかったです。
友達がいなかったですね。あと、親の教育方針か何かわからないんですけど、1年保育だったんですよ。他の子たちは3年とか行きますよね。いきなり1年保育で保育所へ放り込まれて、友達がいないみたいな。

qbc:遊ぶときって、何をしてました? 

Chieko:一人遊び。近所の子とも遊んでましたけど。たぶん、小さいときから誰かに何かを習って遊びとかを身につけていくタイプではなくて、全部自分で。
あやとりにしても、誰にも習わずに、一人あやとりを見よう見まねで完成させたみたいなタイプの子どもでしたね。

qbc:なるほど。お友達ができたんかったけど、引っ越して環境が変わったら明るくなれて。

Chieko:引っ越した先の学校が、ちょっとだけ前の学校よりも勉強が遅れてたんですよね。それで、いきなり勉強ができる人が来た、みたいなのを周りに勝手に作られて。
4年生のときに、それで調子に乗って明るくなったというか、目立つ、活発な子になったっていう感じがありますね。

qbc:性格が変わったのではなくて、周りからの扱われ方が変わったと。

Chieko:そうですね。小学校4・5・6年生と中学校3年間は、そのままの勢いで。
全校集会とかで、ステージに立って喋るような子どもでしたね。
小学校は、児童副会長まで上り詰めました。中学校も、中3のときに何かしらの委員長みたいなのをして、毎回全校集会で喋るみたいな。
でも、高校に入ったら、また地味な人に戻りました。

qbc:なんでですか? 

Chieko:結局、小・中っていろんな子がいるじゃないですか。高校に入ると、ほぼ同じ偏差値の人間だけですよね。そこから勉強の出来次第でまた大きな差が出てくるみたいな。私はそれで、気持ち的に落ちこぼれたんです。
それで、高校の記憶は全部消したぐらい、全然覚えてないですね。楽しくなかったんで。

qbc:もともとの性格は、暗いと明るいで言うと、どっちなんでしょうか?

Chieko:たぶん、私は根暗ですね。落ちこむと、這い上がれないくらい非常に落ちこむ。
でも、人と違うことをしたいっていうところもあって。それで外国へ来ちゃったのもあるんですね。

qbc:なるほど。助産師になろうとしたのは?

Chieko:進学校へ入ったので、進路志望とか聞かれるじゃないですか。高1のころとかは、文学部へ行けば小説家になれるみたいなことを思ってたんですよね。そのころから書くのは好きだったので。
けど、文系科目は得意じゃないし、小説家になんかなれるわけがないっていう現実に気づき、だったら理系へ行こうと。
理系で、私の偏差値で行けるところってなったら、看護かな。手っ取り早く稼げるなって打算的に思って。それで、看護へ行こうと進路を決めたんですよ。

qbc:はいはい。

Chieko:私は短大へ行ったんですけど、看護短大っていうのは3年なんですね。普通はそこで就職するわけですが、まだ学生でいたかったんです。大学4年間いたみたいな感じで、まだ学生でいるにはどうしたらいいか。そこで、進学して助産婦学校へ行くって。病気の人を看護するより、赤ちゃんが生まれるとか、私はそっちのお手伝いをやりたいなというのもありまして。
そこで、今までの人生で一番勉強したのがそのとき、助産婦学校へ何とか合格してやろうと思って。それで助産婦学校へ行って、助産師になりました。

qbc:なるほど。で、結婚されてから南の国へ行かれる、という流れでしょうか?

Chieko:日本で夫と、知り合いからの紹介で出会って、夫がもう国に帰るって、ずっと言ってたんですね。で帰ったので、私が追いかけてこっちで結婚したっていう感じです。

qbc:なるほど。おいくつぐらいのときに行ったんですか? 

Chieko:28歳のときに、こっちへ来ました。6年助産師として働いて、それを辞めて追いかけてきました。

qbc:助産師自体のお仕事はどうでした? 

Chieko:助産師の仕事っていうのは、本当に素晴らしい仕事だと今でも思うんですけど。病院勤めとなるとやっぱり女の人が多いじゃないですか。そこでの人間関係にほとほと疲れ果ててしまって。
もう無理、もう逃げたいっていうタイミングでもあったんですね。移住を決めたのは。

qbc:今月、10人ぐらいインタビューしてるんですけど、他にも2人看護師経験者さんがいて、みなさん人間関係に疲れたって言ってますね。大変だって。

Chieko:(笑)本当に仕事内容は素晴らしいんですよ。
最近は男性の看護師さんも増えて、前よりマシになってるとは思うんですけど。やっぱり20年前は。

qbc:で、そういう状況の中、お相手の方が地元へ帰るという話になり。
どんな気持ちで南の国へ行かれたんですかね? 

Chieko:いきなり来て住めるかどうかわからなかったんで、1回休暇を取って1週間ぐらい遊びにいったんです。
そしたらもう、来た瞬間、私、住めるなって思っちゃって。若かったんだなって思うんですけど。外国に来た感じが、あんまりしなかったんですよ。
これは住めるなって思ったんで、次にこっちへ来るときには親を連れて、両家顔合わせしてオッケーで、5月だったんですけど、移住してきて6月に結婚してみたいな。

qbc:すごい。住めるなっていうのは、どういうことですか? 

Chieko:あのときの感情をうまく説明できないんですけど、海外旅行とかして、どの国へ行っても「あ、外国へ来た!」みたいなのってあるじゃないですか。「日本じゃない」って。
そういうのがなかったんです。初めに降り立ったときに、確かに街も景色も違うけど、感じる空気がしっくりきたというか。もっと、わー外国へ来た、みたいな感じになるのかと思ったら、全然そんなことはなかったんですね。それで、住めるなと思っちゃったんですよ。

qbc:その、住めるなっていう部分は、Chiekoさんだけが感じることなんですか? たぶん周りに他の日本人の方、いらっしゃると思うんですけど。そういう人たちも仰ってます? 

Chieko:いや、みんな「大変だー」って言う方が多いですね。私も実は大変です。すごい大変です。

qbc:あ、なるほど。最初だけ感じたんですね。それは、何なんですかね? 好きな人がいたから?

Chieko:何なんでしょうね。なんか、前世がこの国の人間だったんじゃないか、みたいな。あの感覚は、うまく説明できないですね。
でも、いざ住み始めたら本当に大変で、頭がおかしくなったりしてましたし。孤独に耐えるのに大変だったし、いろいろありましたけど。
今はもう、好きとか嫌いとかを通り越した感じですね。

qbc:実際の結婚生活っていうのは、どういうものでしたでしょうか?

Chieko:家に、いつも誰かがいるんですよ。義理の両親がいるのは当たり前としても、夫の従兄弟と長く同居したりとか。夫の祖母が来て、なかなか帰らないとか。半年単位で。
祖母は、お世話されに来るっていうんですかね。こっちがお世話しないといけない感じ。とにかく誰かがいて、家にいても自分の居場所がないみたいな感じは、ずっとありましたね。

qbc:そういった人たちって、遊びに来てるんですか? それとも仕事しに来てるんですか?

Chieko:住んでます。従兄弟に至っては、ここから仕事に行けばいいのに、ただひたすら家にいたんですよ。それとかも本当に辛くって、我慢の日々でしたね。

qbc:そういう事態に対して、どういう対応をしていったんですか? 

Chieko:この家族にとっては、それが当たり前じゃないですか。それに対して文句を言う私の方が悪くなるので、ひたすら耐えるっていう感じでしたね。時が過ぎるのを待つ。
今は、義理の両親もなくなって家族5人暮らしで。もう、今が最高です。本当に幸せっていうんですかね。

qbc日本でも、新婚でも両親と一緒に住むっていうのはあるじゃないですか。そういうのに近かったりするんですかね?

Chieko:そのへんは一緒だと思います。別に、親と住むのは当然のことというか。
姑は合わなかったですけど、舅の方はすごく私のことをかわいがってくれて、それにすごく救われて。

qbc:嫁姑問題は、文化が変わっても同じなんですね。

Chieko:ありますよ。同じです。

qbc:きっと、性別の方が勝つんですよね。(笑)

Chieko:でしょうかね。(笑)本当に、私はかわいくない嫁だったと思うんで、ちょっと申し訳なかったなと思うんですけど。悪い人じゃないんだけども、やっぱりどうしてもぶつかっちゃうというか、そんな感じでした。

未来:フラットな気持ち

qbc:未来についてお伺いしていきますね。どういうふうなイメージをお持ちでしょうか? 

Chieko:10年後のイメージは、私の中でほぼ固まっていて。
今も自然は多いですけど、この国ではどちらかというと都会エリアなんですね。夫は農業をしていまして、ちょっと離れたところに畑があるんですね。10年後にそちらでの暮らしをメインにしたいなと、私の中では思っていて。そのころには子どもの教育も終わってますし。
夫と2人で、田舎の方でのんびりと。ちょうど今の仕事も、ほぼ定年退職の年齢になるので。そのタイミングで向こうへ移りつつ、今始めたオンライン相談室的な事業を、うまく軌道に乗せてれば、今の仕事を辞めても収入は途絶えない。その状態で田舎で暮らすっていうのが、私の10年後のイメージです。

qbc:いいですね。

Chieko:ここ3年のうちに義理の父と母を見送ったんですけど、1年ほど前に義理の母が亡くなって火葬した時、私、そのときに初めて、ああ私もここで燃やされるんだなって思ったんですよ。それまで思ったこともなかったのに、具体的にイメージが湧いて。
だから、ここで死んでいくんだろうな、みたいな。

qbc:それまでは、日本で死のうと思っていたんですか?

Chieko:日本で死のうとも思ってなかったです。死っていうものを考えなかったです。

qbc:なるほど。

Chieko:今、49歳なんですけど、半分は過ぎたじゃないですか。100歳まで生きたら半分までいかないですけども。
妹が、数年前にがんで亡くなったんですね。そのぐらいから、死っていうものが遠いものじゃなくなったっていうのがあって。で、義母を見送ったときに、私はここで死ぬっていうイメージがすごくできたっていうんですか。何年後かわからないですけど。

qbc:日本には、定期的に帰ってらっしゃったんですか?

Chieko:それがですね、私、2005年から帰ってないんですよ。お金もなくて、帰れてないんです。
2005年に長女を日本で出産して。1人目はこっちで産んだんですけど、2人目はどうしても日本で産んでみたくて。無理を言って、夫に頼んで帰らせてもらって。産んで戻ってきてからは、もうずっとこっちです。
今年ぐらいには、そろそろ家族で帰りたいねって言ってたところにコロナ禍で、またさらに難しくなって。
おまけに経済の状況が悪化して、航空運賃が値上りしたんです。家族5人で帰ろうと思ったら、やっぱりちょっと難しいので、無理かなって。

qbc:本当、クラウドファンディングしないと帰れないとか、そういうレベルですね。

Chieko:私を日本に帰すクラウドファンディング。(笑)

qbc:未来についてですが、物質的な部分はイメージを教えてもいただきましたが、気持ちの面ではどうでしょうか?

Chieko:フラットでいたいですね。あまり落ちこまず、あまり喜ばず、真ん中っていう感じですか。沈みたくないんです。

qbc:めっちゃうれしいとか楽しいとかっていうのも、なくていい? 

Chieko:なくていいですね。
面白おかしいことは、日々欲しいですけど。何ていうんでしょう。例えば、私、旅行に行きたいっていう欲求があんまりないんですよ。つい最近も聞かれたんですけど、「この国で、今までいった中で、一番お勧めのところはどこですか? どこへ旅行したらいいですか?」って質問を受けて。すっごく考えて「一番好きな場所って家かも」みたいな感じなんですね。
なので、それで言うと穏やかな気持ちがあれば十分ですね。

qbc:それは、過去に何かがあったからですか? 

Chieko:いろいろ大変なことがあって、乗り越えて来たっていうのも、やはりありますね。基本的に、私は幸せな人だと思うんですね。自分を不幸だなんて思ったこと、一度もなくて。本当に、私は人にも恵まれてて、なんで私の周りにはこんなにいい人ばっかりいるんだろうって。どこへ行っても、本当にいい人ばっかりなんですよ。
だけど、すっごく楽しくてたまらなかったとかっていうことは、特になく。でも、本当に辛いなーみたいなことは、いっぱいあった。だからこそ、フラットなものを求めているのかもしれないですね。

qbc:いつごろからそういう生活がいいなっていうイメージになったんですかね? 

Chieko:生活っていうか、心持ち、そういう精神状態がいいなって思うようになったのは、ここ数ヶ月ですかね。
今のオンラインのお仕事をやろうかなって思った時期と、ほぼ同じくらいの時期だと思うんですけど。相手のことをコントロールしないようにしよう、みたいな。相手を怒らせないようにしよう、とか。そういう発想がすごく多かったんで。相手を怒らせないことで、平穏な状況を作ろうみたいな。仕事にせよ、何にせよ。
そうじゃなくって、怒りたい人には怒らせたらいいんです、人の問題と自分の問題は切り分けたらいいんだっていう感じに、考え方を変えようとしてるところで。

qbc:どういうきっかけで、そういうふうな考え方に至ったんですか? 

Chieko:それはもう、オンラインゼミの世界に入ってからですかね。
いろんな自分に合うものを探して、これがいいなっていうものを申し込んで、とかしていくうちに、そういう考え方になってきました。

qbc:なるほど。ということは、コントロールしようと思っていた時代の海外生活はめっちゃ大変でした? 

Chieko:苛立ってました。
そもそも、私が不安になったり怒ったりしたところで、解決しない問題ばかりじゃないですか。「だから、それに対して悩んだりするの、必要ないよ」みたいにアドバイスもらって、あ、そうだなって気づけたっていうのが大きいですね。
本当、わけわかんない上司とか。私ももう若くはないので、若い女の子に言うような態度を私に対しては取って来ないですけど。それでも「おや?」っていうことを、すごく言われたりするわけです。
それを、今までだったら自分のこととしてしまって、だらだらと落ち込んだりしてたんですけどね。もう、それはそれ、みたいに考えられるように、ちょっとずつなってきましたね。

qbc:このインタビューでは、もしもの質問というのをしてまして。
もしもChiekoさんが南の国に移住していなかったら、彼を追いかけてその国へ行かなかったら、どんな人生になっていたでしょうかね?

Chieko:たぶん、結婚してなかったと思います。まだ助産師として働いてたんじゃないかなと。

qbc:誰か違う人を見つけて、結婚してましたかね?

Chieko:そういうことが、一切想像できない。選ばなかった方の人生がどうだったんだろう、みたいなことを、私も考えないわけではないのですが。
選ばなかった方の人生は、結婚してない人生かなと。

qbc:じゃあ、今の旦那さんに強く惹かれた部分があるっていうことなんですかね? 

Chieko:そうですかね。

qbc:Chiekoさんは、自分のことをどんな人だっていうふうに思っておりますか?

Chieko:私は、自分で言うのも何なんですけど。男にはモテないですけど、同性にはすごく愛されるキャラ。自分で言うなよって感じですけどね。
こっちで出会った人も含めて、本当に素敵な人ばっかりで。最近出会った人も、オンライン上で出会った人も、とにかくみんな、すっごい尊敬できる人ばっかりっていうんですかね。
それぞれの人に、ここがいい、あそこがいいっていうところがあるんですけど。共通するのは何だろう。本当に頭のいい人が多いんです。そういう人に、なぜか大事にしてもらえるみたいな。
私が聞いたら、すぐに的確な答えをくれる人みたいな、そういう人が本当に多いです。

qbc:最後に、言い残したことがあればお伺いしております。

Chieko:こんなんで良かったんですか? 

qbc:大丈夫ですよ。では、ありがとうございました。

Chieko:ありがとうございました。

あとがき

けっこう繰り返すんですわ。そんなに高ぶった感情は要らないってところが。自分のことで思い返すと、そんなに感情について評価をしたことがないというか。私自身は明るい感情も暗い感情も、正の感情も負の感情も、すべて+1って数えちゃうんですよね。感情というものを経験した。これに良いも悪いもない。ただ積んだと。ただ感情を積み重ねたと。この蓄積が、今後どういった変化かを起こすきっかけになるかもしれない。
でも。まあ。今はまだよくわからん。ただ感情を重なっただけと。
私自身も、うつと診断されたことはあって、それは30くらいのときで、今はうつっぽさはなくなったんだけど、でも、まあ、うつが明けたなと思ったのは実は40近くになったくらいで、約10年は尾をひきずっていたのではないのかなと。まあメンタルへルスの自己評価なんて当てになるのかわからんけど(じゃ、じゃ、他人からの評価はアテになるの?)、とにかくまあ今はヘルシーだと思うよ。
感情は厄介者だと思い始めたのはいつごろからだろうか? いつだろう。わからん。ともかく感情というのもにとらわれ、遊ばれ、転がされ、まあ厄介だよね感情はさ、と。
なくてもいい。感情は。でもまあ、それじゃつまらないのじゃないか? つまらなくてもよくないか? これもまあ、わからないわかりませんと。
と、いうようなことを考えたインタビューでございましたよ、と。
皆様からの感想コメントをコメント欄でお待ちもうしあげております!

編集協力:有島緋ナ

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