日光東照宮のすぐ近くにある大衆演劇の芝居小屋「日光紅葉座(にっこうもみじざ)」の社長の人
日光東照宮。それは私qbcにとって思い出の地なんです。
昔付き合っていた彼女が、日光東照宮の修復をしている金箔職人だったのですね。
なので日光東照宮は二ケタ回数行ってるんです、私。
鬼怒川も多いほうじゃないかな。
寒いところですかね、比較的にね。でも、東照宮、いいところです。家康公ですね。宇都宮にふたらさん彼女とは別れてしまいましたが。風のうわさによると(Xで見た)、都内で金継ぎのワークショップをしたりしなかったりしているそうです!
と! いうことで大衆演劇ですねー!! 私、実は見たことないので見てみたいなと思いました。やってないことなんで、いくらでもありますね、ほんとう。
話していない人もたくさんたくさんいますし。
人間は、何を、どこまで知ることができるんでしょうね。
私、思うんですよね。演劇みたいな、人物の典型みたいなものが物語を繰り広げる見世物がないと、人間って、自分が何やらわからなくなってしまうんじゃないのかな、って。生きている人間なんて多様で多彩で乱雑な生き物ですから。だから、演劇という非日常の中で描き出されたキャラクターという公約数的人格を通してでしか、自分というものが捉えられないんじゃないのかな、と。
うむ。無名人インタビューgo!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは 松本早奈英 さんです!
現在:大衆演劇の劇場をやってます。
尾崎:今、何をしている人でしょうか?
松本:今仕事は二つしていて。一つは会社員としてシステムエンジニアの仕事をしているんですけれども。もう一つは会社を経営していて、日光東照宮の近くで、和のパフォーマンスをする劇場を運営してます。
尾崎:システムエンジニアは、何年くらいされているんですか。
松本:20年以上ですね。
尾崎:されてみていかがですか。
松本:システムエンジニアって結構、専門の領域を持ってて、深掘りしていくようなキャリアのイメージもあったりすると思うんですけど。私、何でも屋さん的な感じで携わってきていて。会社を興したときに、割とそういう経験って役に立ったなって思ってます。
尾崎:会社を立ち上げたのは、何年前ですか。
松本:会社を立ち上げたのは2021年だから、2年前か。
尾崎:和のパフォーマンスは、どういったものになるんですか。
松本:あんまり知られてないんですけど大衆演劇っていうジャンルがあるんですよ。大衆演劇の劇場をやってます。
尾崎:活動は、いかがですか。
松本:大衆演劇を観光地から知らない人たちに向けて広めていきたいなって思ってたんですけど、やっぱり知らない和のパフォーマンスに、ひょいって飛び込んで来られる人ってなかなかいなくて。
今、旅行会社さんだったりとか、そういうところにアプローチして、ツアーに入れてもらおうかなっていう動きをとってます。
尾崎:松本さんは、大衆演劇を見るのがお好きなんですかね。
松本:いや、コロナ禍に大衆演劇を知ったんですよ。要は、公演ができなくなっちゃって、ライブ配信の世界に飛び込んできた役者さんたちを見て、大衆演劇を初めて知ったんですね。
なので、好きかって言われると、割と客観的に見てる感じです。嫌いじゃないけど、なんかめちゃくちゃ好きでもないみたいな。
尾崎:どうして、大衆演劇を広めたいって思ったんですかね。
松本:コロナ禍でも時期によっては大衆演劇って公演はしてたんです。1800円とか映画みたいな値段で、3時間とか4時間の公演をするんですよ。大の大人が(劇団さんによっては大人だけじゃないですけど)5人も6人もいっぱい出てきて、体削って踊ったりお芝居をしたり、あれだけの公演をしてて、そんな値段なんだってびっくりして。
そういうところから、ライブ配信を通していろんな役者さんの意見を聞いてると、やってる人達が旅役者さんだと言うことを知りまして。
だから、トラックで舞台道具や生活道具を持ち歩いてるわけですけど、毎月公演地から公演地にトラックで移動するだけでも何十万とかってかかっちゃう。コロナで公演もできないって言ったら、トラック代も出ない。公演をやればやるほど赤字になるような状況にあった訳ですね。
ならトラックで移動しないで、場所を固定して、どこかでできればいいじゃんみたいな考え方って、やっぱり考え始める役者さんたちもいたんですよね。いく人かの役者さんが劇場を作り始めた中で、日光で、観光地で観光客をめがけてやるっていうのもありなんじゃない? っていうアイディアがうまれました。
私の想いに理解のある特定の劇団さんに長く乗っていただければ、そういう問題も解決すると思って作ってみましたっていう感じなんです。
尾崎:松本さんの生活の中で、システムエンジニアと大衆演劇の活動をする割合って、それぞれどのくらいなんですか。
松本:システムエンジニアの方がやっぱ本業なので、平日の昼間はシステムエンジニアしていて。それ以外の時間は、劇場の方をやってますね。7:3とまでは言わないですけど、6:4とか、それぐらいな感じで。
尾崎:実働は6:4くらい。考えてる時間というか、頭の中を占めている割合はどのくらいですか。
松本:逆転する感じですね。
尾崎:違う二つのことをされている松本さんは、それぞれでキャラクターが変わったりするんですか。
松本:すると思いますよ。システムエンジニアの仕事してるときは、上司もいて、部下もいて、組織の中で動いているんですけど。
劇場の方って、私の作った会社で、私が責任を持って動かなきゃいけないとか。スタッフもいるにはいるんですけど、アルバイトさんで、自分ごとにならない感じでふわふわ動いてる部分は、やっぱり怒ったりもしなきゃいけなくて。キャラは結構変わると思います。
尾崎:元々の松本さんの性格って、どういう感じなんですか。
松本:小さいときって、場面緘黙っていうような障害だったんです。今は少し知られてきてはいると思うんですけど。学校に行くと、何も喋れないような子だったんですよ。だから友達とも一言も喋れないような日が多かったりとかするぐらいで。
割と、高校生とか大学生になって環境が変わるごとに話ができるようになって。社会出て、最初の方も割とおとなしい性格はしてたんですけど、ここ20年ぐらいの間でだいぶ性格が変わったと思います。会社で揉まれたんだと思います。
尾崎:今のご自分を一言で表すとしたら、どんな性格ですか。
松本:自由な性格ですね。
尾崎:ご家族や親しい友人には、どういう性格だねとかって言われたことありますか。
松本:家族は「言うこと聞かない」って今は思ってるんだと思うんですけど。昔は、親も1人で旅行行っちゃダメとか、どこ行っちゃダメみたいな感じのこと言われてたんで、言うこと聞いてたから。今は言うこと聞かない子って思っていると思います。
友達の間でも、なかなかバシッて物を言うようなこともそんなないので、おとなしい、お酒好きな子みたいな感じで思われてたんだろうなって思ってて。割と会社の仕事中のキャラともまた変わりますね、それぞれで。
尾崎:友達がいる中で、どういうポジションになることが多いんですか。
松本:聞き役ですね。仕事とはまた全然変わっちゃう。
尾崎:お話を聞いて、いろんな松本さんのキャラクターがあると思ったんですけど、一番自分らしいなって思うのは、どのときですかね。
松本:自分を作ってないのは、1人でいるときですね。
尾崎:1人でいるときは、どんな様子なんですか。
松本:1人でいるのが大好きで、ネコとずっと寝てることが多いです。
尾崎:ネコがお好きなんですか。
松本:そうですね、ネコをずっと飼ってますね。
尾崎:ネコになりたい、みたいな感じですか。
松本:なりたいですね。
尾崎:ネコのどんなところがいいなって思いますか。
松本:もう本当、好き勝手してる所ですね。私の上にすぐ乗ってくるし、仕事も邪魔するし。
尾崎:最近楽しかったことって、何かありましたか。
松本:いろいろあるっちゃあるんですけど、劇場で役者さんの誕生日公演をしたときは楽しかったなと思ってて。
劇場を作ると、裏方の仕事って割とバタバタしてるし、お客さんの立場で公演を見られるわけじゃないし。でも、スタッフも多めに集めてお客さんをいっぱい入れて、公演が始まると自分も観客の1人みたいな感じで楽しめる時間だったなと思いました。
尾崎:どのポイントに楽しいなって思われたんですか。
松本:劇場の支配人をしているときの観劇って、やっぱり支配人の立場だし、お客さんより良い席に座るわけにもいかないし、楽しんでいただけているかなって後ろでずっと立って見てたりとかするんですよね。
お誕生日公演のときは、スタッフもきちんと仕事をこなしていたし、お客さんがいっぱい来てくださってとても喜んでくれていたので、久々に観劇してるなって思いました。
尾崎:その劇自体が、面白かった?
松本:久しぶりにお客さんしてるなと思いました。
尾崎:ちなみに、お誕生日公演っていうのは、どなたのお誕生日なんですか。
松本:今乗っている劇団の若い座長さんの誕生日でしたね。よその劇団さんからも役者さんたちがゲストに来てくださったりして、お客さんもいっぱい来てくださった感じです。
尾崎:ショックだったり、悲しかったことってありましたか。
松本:劇場作ったのって、実は去年なんですけど。今年のお正月に、泥棒がうちの売り上げを金庫から盗んで逃げるって事件があって。
4ヶ月休業して、刑事事件にもなったり。あと、犯人がまだ逃げて、誹謗中傷とか嫌がらせ繰り返したりしてるのを民事訴訟してたりとか、まだまだ色々と続いてるんですけど。それはもうショックでしかなかったですね。
でも4ヶ月休んでる間に、いろんな方に助けていただいて、別の劇団さんを呼んで4月29日から開業して、半年続けられてるので良かったかなって思いますけど。
まだその訴訟とか、損害賠償とかが終わるまでは全然ショックは続くと思います。
尾崎:松本さんの原動力が気になったんですけど、原動力になっているものって何なんですか。
松本:負けず嫌いは絶対あるんです。あと悟りを開いてスイッチ、パチって切り替えてる感じはあります。ここでやめるの嫌だなって思ったら、もうやるしかないしな、ってなっちゃうんですよね。
尾崎:負けず嫌いっていうのは、自分に負けたくないってことですか。
松本:それもあるし、泥棒にお金盗まれてやめるとか、本当にしたくないと思って。それもあります。割と自分を追い込んでたりもしますよ。
『令和の虎』っていうYouTubeチャンネルがあるんですけど、それに出て資金調達とかしたんです。いっぱいいろんな社長さんの視聴者の方に見られてる中で、ああしたい、こうしたいって言っちゃってるんで、やることやって成功しなきゃと思っています。
尾崎:おとなしいっていう一面もあって、その反面、自由な性格っておっしゃってたように、チャレンジングな部分があって不思議だなって思ったんですけど、ご自分ではどんなふうに捉えてらっしゃるんですか。
松本:おとなしい自分は演じてるんです。何か言われるんだろうなとか、いろいろ邪魔されるんだろうなと思ったら、聞き役に徹しちゃうところが、家族の前ではありますね。
友達の前でも聞き役になってたりする部分はあって。それも演じてるなと思います。旅行とか行くときは絶対1人で行きますし。1人の時間は、自分のやりたいように楽しんでます。
尾崎:ご自分を動物に例えたら、何になりますか。
松本:ネコですかね。本当は、もう自分でやりたいようにやりたいだけなんですよね。
尾崎:ご自分がやりたいようにやりつつ、松本さんの周りに人がいるイメージができるんですけど。
松本:それも割と会社員の生活からきてる部分があって。事業をやるってなると、周りの協力は必要だし、自分とこだけでやってもしょうがない部分もあって。
誰をどう動かしたらいいかとか、どこの組織を動かしたらこの人が動くんだろう、みたいな考え方から、割と計算して付き合ってる部分とかもあるんですよね。自分が嫌になるときもあるんですけど。でもそれは、成功に向かって必要なことだとは思ってて。
「令和の虎」にもご出演されています!!!
後編ですね。
過去:引かれた道を歩いていくよりは、自分で道を探して歩いてる方が楽しいんだろうなって思ってます。
尾崎:幼い頃、子供のときってどんな子でしたか。
松本:本当に一言も喋らないことが多くて、家だけで喋ってたんですよね。保育園のときから外で全然喋らないっていうのが続いてて。高校生になってから割と普通に喋るようになりました。
尾崎:喋るようになったきっかけってあったんですか。
松本:喋りたい気持ちは、やっぱりずっとちっちゃい頃からあって。でも喋るきっかけを最初に逃しちゃうと環境変わるまで喋りづらいんですよね。「『あ』って言って」みたいなことを言われたりして、喋ると周りがザワザワするみたいな。
小中学生ってあんまりメンバーは変わらないけど、高校生になるとだいぶ変わるんで、そこで普通に喋れる友達ができたっていうのがきっかけだと思います。
尾崎:そのご友人とは、何がきっかけで喋れるようになったんですか。
松本:大学生デビューっていう言葉がありますけど、本当に高校デビューというか、新しい環境で、新しい友達っていう、それだけで喋れたと思いますね。
尾崎:幼少期に、好きだったこととかってあります?
松本:ずっと絵を描いたりとか。美術部にも入ってたし、何か作るのは好きでしたね。クリエイティブなところが好きっていうのがあって。パソコンが好きになって、今の仕事に繋がってる部分もあると思います。
尾崎:どんな絵を描いていたんですか。
松本:漫画とかは全然描かなかったけど、何かあれば落書きをずっとしてる感じです。美術部の活動は、版画を作ったりとか、それなりの作品を作らなきゃな、みたいなところがありましたけど。
尾崎:クリエイティブは、どうして好きなんだと思いますか。
松本:自分の思いを形にできるところって、やっぱりいいなって思いますね。アウトプット
が思い通りのものが出せたら、やっぱり嬉しいと思うし。
尾崎:作品の傾向ってあります?
松本:普通のもの作るのやだなっていうのは、いっつもあって。普通に自画像を描きましょうって美術の時間に言われても、ペンとか絵の具で描くのもな、みたいな想いがあって。雑誌の切り抜きでコラージュしてみたりとか。割と作品に一手間かける子だった気がします。
尾崎:そういうアイディアって、どこから発想が出てくるんですか。
松本:当時見てたテレビとか、聞いてた曲とかも割と尖ってて。NHKの音楽番組で『インストルメンタル』っていう楽器を演奏する人たちのグループが出てるやつを見てたりとか。割と自分の思いを発信してる人の番組を見るのが好きだった気がします。
尾崎:見て感性を磨くみたいなイメージですかね。
松本:そうかも知れないですね。みんなこぞってB'zとか、BOØWYとか言ってた時代に、そういうの全然聞かなかったんです。
尾崎:あえて聞いてなかったってことですよね。
松本:いや、耳には入るし、歌おうと思えば多分カラオケでも歌えるんだけど、興味ないみたいな感じですね。
尾崎:高校を卒業されてからは、どういう進路でしたか。
松本:阪神大震災があった年だったので、関東か九州に進学した時代でした。私、四国で生まれたんですけど、私は東京の方に出てきました。工業系の大学に入ってデザイン系の勉強してたんですね。
デザイン系って言っても、また絵を描くデザインじゃなくて。人間工学っていう分類の勉強をしてた時期がありました。
尾崎:なぜ、人間工学を選ばれたんですか。
松本:座るっていうことをテーマに勉強して卒業したんですけど。座るって、結構いろいろあるなと思って。お風呂の椅子も、ソファーも座るだし、遊園地のジェットコースターとかも座るだしってなると深いぞと思ってました。
人間工学って座り心地だったりとか、椅子の安全性だったりとかっていうところに生かされてたりするんですけど。いろいろ座るっていう勉強も面白いなって思います。
尾崎:人間工学って、どういうものかもう少し教えてほしいなと思いました。
松本:例えば、ドクターグリップってボールペンあると思うんですけど。あれ、握りやすいじゃないですか。
尾崎:はい。
松本:あの裏には握りやすさって何だろうって研究してる人がいて。それが人間工学だったりするんです。
あとは、何かのアプリでも、触るときにボタンが配置されてたりとか、ボタンに文字が書かれていたりするんですけど、どういう配置にした、押しやすいんだろう、操作しやすいんだろうって考えてる人がいて。
そういうのを考えるのが、人間工学だったりするんですよね。使いやすさの研究ですかね、一言で言うと。
尾崎:それって劇場を作るときに生かされましたか。
松本:今、劇場って椅子の高さを変えてるんです。床の高さは変わらないんですけど。前の方が低くて、後ろの方を高くして見やすくしたりとか。足の悪い人が多いから、この高さの座席はこれぐらい入れた方がいいかなとかっていうのは考えましたね。
尾崎:そういうのを考えているときの松本さんの気持ちとしては、どういう感じですか。
松本:私、興味がいろんな方向に向いて、いろんなことを調べるので、当時作ってるときは常に、ああしたらいいのかな、こうしたらいいのかなってずっと考えてた感じ。
尾崎:どうやって答えを導き出したんですか。
松本:劇場に関しては法律の縛りが多くってですね、使いやすさもそうなんだけど、法律をクリアしないと作れないしなっていうところで、法律読み込んで、調べ込んで。こういうふうにしたらいいんじゃないの、みたいな正解への道を探すのは楽しかったです。
尾崎:大衆演劇は、客観的に見ていてあんまり楽しめてないとおっしゃってたんですけど。クリエイティブなことを考えてる時間の方が楽しいんですか。
松本:公演見るのも楽しいです。でも客観的に見てる自分もいて、という楽しみ方をしているので。普通の大衆演劇ラブなお客さんと同じような楽しみ方はしてないんですよね。
この役者さんはこういう演出でこういう踊りをするんだなぁ、ってすごい客観的に見てるんですよ。普通は、が役者さん大好きで、出てきたらキャーってなる感じなんでしょうけど。もう全体を見ています。箱推しじゃないんですけど、全体見てる感じはありますね。
尾崎:これまで役者さんラブみたいな、熱中の仕方をされたことはあるんですか。
松本:ラブまでいかないんですけど、すごいなって思ってる役者さんがいます。彼が来るとどういう踊りをするのかなって、何を踊るにしても見たいなって思います。19歳なんですよね、まだ。
尾崎:どういうところがすごいんですか。
松本:出会ったとき14歳とか、15歳とか。コロナ禍の初めくらいだったから、たしか中学生だったんですよね。『田原坂』って民謡を踊るのに血のりを吐いて、戦争に負けてる若い武士を表現してました。巻物(手紙)を口にくわえて悔しい表情をしてたんです。
こんな表現が中学生にできるんだ!と思って。
そこからですね。初めて大衆演劇を見たのはそれなんですけど、そこから気になってる役者さんですね。多分芸術的にすごい感性を持ってると思うし、これからもっとかっこよくなると思います。
大衆演劇のお客さんは、ちっちゃいとき子役さんが育つのが楽しみって言うんですけど、その楽しみがちょっとわかります。あの時は中学生だったのに男前になったね、と思ったりします。
尾崎:松本さんは結構芸術、クリエイティブ要素に惹かれるんですね。
松本:そうですね。
尾崎:システムエンジニアになった経緯って、聞いてもいいですか。
松本:私、大学出た後は自動車メーカーで、車両開発してたんですよ。でも結婚を機に、住まいがオフィスから離れてしまって。転職するにしても自動車メーカーの仕事って、自動車メーカーの近くしかないしなと思ったんです。愛知県か神奈川県か広島県か…、みたいになってくるんです。
ITの仕事だったら場所を選ばないし、どこでもできると思って、そこでキャリアチェンジ始めたんですね。最初は派遣社員とか契約社員から始めて、そこからです。
尾崎:システムエンジニアの主なお仕事内容をお聞きしてもいいですか。
松本:ずっと長くやってきたのは、何だろうな。でもいろいろやってきたから。グループウェアっていう情報共有のプラットフォームの運用をしてきたり、社内のアプリケーション開発もしてきましたし。いろんなツールの導入や企画をしたり、運用したりっていうのを繰り返してる感じです。
私、勤める会社って、なぜか新聞沙汰になることが多くて。かつて勤めていた法人が業務停止命令を受けて解散したときもあったんですけど、そのあと清算法人っていう会社の清算をするところのITの業務もしたことがあります。
システムを片付けていくような仕事っていうのは、めちゃくちゃ楽しかったです。会社としては本当の終わりという状況だったんですけど、仕事がそのとき一番楽しかったです。
尾崎:片付けるのが楽しかったのは、なぜですか。
松本:だって普通は経験できない仕事なんですよ。一番最後は、システムに登録されてるユーザーを全部消して、サーバーを全部消してみたいな。
そんな仕事ってないから、面白いなと思って。
尾崎:新鮮で楽しかったっていうことですかね。
松本:新鮮でっていうよりは、なかなか経験できることじゃないな、誰もできないような経験って楽しいなって思って。
尾崎:誰も経験してない経験をするのが楽しいっていうのは、大衆演劇の活動と繋がってたりします?
松本:繋がってると思います。大衆演劇もすごいニッチですけど、絶対みんな見たら楽しいのになって思ってて。大衆演劇の小屋をやってる人なんか、そうそういないし、そもそもダブルワークでやってる人なんかいないよなって思ったりします。
観光地で観光客に向けてやってるのも、日本でうちだけだし。変わったことをやってるなって自分では思います。
尾崎:変わってることをやっていることは、自分ではどんなふうに見えますか。
松本:引かれた道を歩いていくよりは、自分で道を探して歩いてる方が楽しいんだろうなって思ってます。
尾崎:そう思うようになったのは、なぜですか。
松本:やっぱり会社員をしてて、管理職になったときに、裁量っていうのが与えられて。裁量を持ったときに自分で道を切り開いていくようなところも必要なんだなっていう場面も増えてきてら楽しいっていうか、性に合ってたのかなと思うんですよね。
会社員である以上は、何でもかんでも好き勝手自分でできないですけど、会社やっちゃえばできるようになったところは楽しんでると思います。
尾崎:道を切り開いていくのが楽しいけれども、組織には属していらっしゃる。
松本:そうですね。
尾崎:二面性があるとは思ったんですけど。
松本:会社でも、副業とか兼業申請をしたときは「普通は、ITの仕事で独立するのに珍しいですね」って言われました。
尾崎:しんどくなることはないんですかね。
松本:しんどいときはありますね。日光っていう場所で人を使うっていうのは、めちゃくちゃしんどいなって思っていて。「よそ者が来て何か始めた」って絶対最初言われるし。アルバイトの募集をかけてても、そういう人ってすごい多いんですよね。
偏見持たずに入ってくれる人がいたとしても、なかなか母数が少ない中で雇ったら、思った人材が採用できないっていうのは普通にあるし。苦労する面があるのは感じてます。
尾崎:そこは耐えているのか、乗り越えているのか、どんな感覚なんですかね。
松本:採れないんだったら自分がやるしかないみたいなところはあって。何だかんだ、自分でマルチに動いてる部分もまだまだ大きいんですけど、それを楽しんでいたりします。
未来:自分のやりたいようにやって、いつ死んでもいいようにしとこうって感じです。
尾崎:5年後10年後、あるいは死ぬまでを想像して、未来について、どういったイメージをお持ちですか。
松本:なんかもう、いつ死んでもいいような生き方してるんですよ、ずっと。私の年代って、ちっちゃいころノストラダムスがどうこう言って、世界が終わるとか言ってたんで、割と諦めを感じながら生きてた世代だとも思ってて。
大学を出る頃に、私は多分死ぬんだぐらいの感じで子供時代を過ごしてました。最期は何も後腐れなく、自分のやりたいようにやって、いつ死んでもいいようにしとこうって感じです。私、あんまり未来のことをそんな考えてないです。
うち、結婚してるんですけど子供はいなくて。なので、そんなに今の生活が続くのか、劇場をやめるのか、続けるのかも分かんない感じで生きてます。
尾崎:大衆演劇の活動は、目指してるゴールがあるんですかね。
松本:大衆演劇を知らない人に広めたいっていう思いがあります。体削って一生懸命生きてる役者さんたちがいて。大衆演劇の専門の劇場って全国に100くらいあるんですけど、そこを知ってる人しか大衆演劇を知らないみたいなのって、どうなのかなと思ってるんです。海外の方にも広まったらいいなって思ってます。
尾崎:大衆演劇を見た方に、どんなことを感じてほしいとかってあります?
松本:インバウンドって呼ばれる海外からの旅行者って、歌舞伎や能に興味がある人はいるんですけど、1時間2時間と見るのは飽きちゃうなと思う方も少なくはないそうです。
ゆっくりしたテンポでリズムもなく、淡々と進んでいく感じが飽きちゃうそうです。日本のエンタメって、それだけじゃないんだぞっていうのが伝わったらいいなと思っています。
正直、日本の伝統芸能って、大衆演劇以外にも、太神楽っていう昔、染之助・染太郎さんがやってたような演芸とか、落語とか、いろんなものがあります。そういうのを知ってもらえたらなって思ってて。最初のとっかかりが大衆演劇な感じですが、ゆくゆくはこの芝居小屋は色んな伝統芸能に触れられる場所にしたいです。
尾崎:日本の伝統的な……?
松本:伝統芸能ですね。日本でも正直、能とか歌舞伎は知ってるけど、他のってあんま知らないと思うんです。もっといろいろあるのになって思います。
ちっちゃい頃、BOØWYとかB'zとか、そんなんばっかりじゃないんだよ、みたいなところに刺さってた部分に通じてるかもしんないです。
尾崎:なるほど。
松本:役者さん達は舞台上では一生懸命だし、自分の体を削って演じて、それを人生にしようとしてるわけだし。それをやっぱりみんなに見てもらいたいなっていうのは思いますね。
尾崎:自分の体を削ってやっている方々は、松本さんの目からは、どんなふうに映ってるんですか。
松本:芸で食べてるって、やっぱりすごいことです。役者さんは、ちっちゃい頃からっていうか、生まれた頃から役者の家に生まれた方って結構いるんですよ。毎月転校して、修学旅行もいけないのが当たり前みたいな生活をされてて。すごい生き方だなって思うんですよね。
彼らから私を見ると、システムエンジニアの仕事って、会社に行かないで、リモートワークだなんて家でパソコンいじってるだけで給料をもらえていいなと思われてるかもしれません。違う境遇なので、すごいなっていつも見てます。
尾崎:松本さんのされていることは、おっしゃってたように誰もやらないというか、言葉は悪いかもしれないんですけど、やりたがらない分野だったりするのかなと思って。そこに、あえて挑戦しているっていう感覚で合ってますか。
松本:そうですね。
尾崎:あえて挑戦するのは、どうしてなんですか。
松本:敵はいないなとは思ってて。敵と思わないところが敵になったりしますけど。みんながやってるところに突っ込んでいくような起業の仕方っていうのは、私にはできないなって思ってるんですよね。
飲食店とか、そういうのを始める人ってすごいなって思いますし。私は誰もやってないところに行って、ちょっとずつ、色んな経験をかじってる人を頼りながら何とか形を作ってるところです。誰かに何かをこうだと決めつけられるところはないですね。
どう思われるかいろいろあると思いますけど、周りと一緒のところに飛び込んでいくっていうのが、私は多分一生できない人だと思います。
尾崎:自分が好きなものとか、いいって思ったものを、独り占めしたいって思う人もいると思うんですよ。でも松本さんは広めたいって思ってらっしゃる。
松本:知らない人だらけっていう時点でブルーオーシャンしかないなって思いました。大衆演劇は嫌われているわけでもないし、かと言って芝居小屋の外に出て人目に付くような動きをしてきた訳でもない。知らない人にも見てもらうっていうところを頑張れば、大衆演劇って変わるんじゃないかなって思ってたりします。
尾崎:それは使命感が強いのか、そうじゃなくて、わくわく感が強いのかって言ったら、どっちになります?
松本:両方ありますね。劇場を作って箱を持った以上は、使命感って絶対ついて回ります。海外の方が初めての観劇をして「楽しかった」って言って帰っていくのはすごい嬉しいです。
尾崎:場面緘黙の時代があったっておっしゃってて。その頃って喋りたいけど喋れないから、松本さんの中で蓄積されていくような感じだったのかなと、私の中で推測してて。
松本:ありますね。場面緘黙っていうより、親が過干渉だったんですよ。1人暮らしした途端に、爆発したように自由な生活を始めて。大学卒業したら親からの仕送りもなしで、自分のお金で、自分で生活してるなという思いがあって。
どこか旅行に行くなとも言われないのがいいな、みたいなところで爆発しましたね。
尾崎:それは今の原動力とは繋がりますか。
松本:新しいことを始めて、新しいことを知るのは楽しいので、それは原動力になってますね。海外旅行に1人で行けなかったのが、今1人でホイホイ行くようになって、自分で調べていろいろ経験するのは楽しいなって思ったりしますね。
尾崎:もしコロナになってなくて、ライブ配信で大衆演劇を知らなかったら、どんな人生になっていると思いますか。
松本:やりたいことを見つけるまでは、サラリーマン続けてたと思います。今も続けてますけど。リスクのない生き方をしてたと思います。
尾崎:やりたいことは、どんなものになってたと思います?
松本:コロナの時代が来る前は、銀座のバーで飲むのも大好きで、バーテンダーさんの世界大会に付いていって応援するぐらい好きだったんですよ。
なので、バーテンディングはずっと応援してたと思うし、お酒の勉強もすごい好きだったので、ずっとしてたと思いますね。
フルリモートになっちゃって、銀座に行かなくなっちゃったところにやりたいことが出てきたから、そっちに走っちゃったと思うんですけど。コロナ禍が明けた今頃はまた飲みに行ってたと思います。
尾崎:バーテンダーって、やっぱり芸術っぽい感じがしますよね。
松本:クリエイティブの世界。決められた時間でカクテルのデコレーションを作ったり、フルーツカットを作ったりとか、カクテルなんかも、The創作だと思いますし。
それに味わいとか所作とかって言い始めたら、すごい職人の世界だなと思いますね。職人さんが好きなんだと思います。
尾崎:職人さんを応援したいっていうことですかね。
松本:そうですね。見ると感動しますね、やっぱり。
尾崎:職人さんを見るのが好きなのは、なぜなんですか。
松本:やっぱり肌で感じる部分って大きいと思ってて。バーテンダーさんも大衆演劇の役者さんも、手の届くような距離でパフォーマンスを見せてくれるんですよね。この人はこういうことをして生きてるんだなと思って。
やっぱりITの世界って、知識で生きてる部分って大きいんですけど、技で生きてる部分ってすごいなって思って。
尾崎:技がすごいって思うのは、どうしてですか。
松本:知識って覚えたら物にできるんですけど、技って何回も何回もやらないと物にできないんですよね。踊れって言われても、普通は踊れないし。やっぱり踊ってる人たちだから、踊れって言われたら踊れるんだなって思います。
尾崎:松本さんが芸を磨く立場になろうと思ったことはなかったんですか。
松本:図工とかはまだ好きですけど、体育は駄目なんで。体育会系の技とかに進む方向は全く考えたことないですね。
尾崎:最後に言い残したことはありますか。
松本:特にないかな。頑張って生きてますって感じです。結構クセが強い人間だって、自分でも思ってます。
尾崎:そんなご自分のことは好きですか。
松本:そうですね。私が好きなものは結局、クセがあるものになるんで。
あとがき
突然ですが、私、尾崎は「口下手」なんですよ。
言いたいことがうまく言えない。話そうと思っても、スローペースになって相手とリズムが合わない。しかも、否定されることが怖くて、自分の意見を言えなかったので、余計に口下手をこじらせました。
「口下手」を克服したいと思っているので、11月、12月は誰かと話す機会をたくさん作りました。
そこで気づいたのは「自分の考えが整理できていないとき、相手がわかるよう説明ができない」ということでした。
逆にいうと、あらかじめ自分の考えを紙に書いて整理しておけば、相手にわかるよう説明できることがわかったんです。(順序良く話せる練習をしておくのも大事)
「不器用だから、人の何倍も努力しないといけない」と言う人がたまにいますが、「ああ、私もそのタイプだな」と思いました。
たくさん考えて、たくさん書いて、たくさん話す。私の場合、そうやって訓練して、自分の意見や考えを正しく伝えることができるんだなぁ。
そんなことを考えました。
松本早奈英さん、ご参加くださりありがとうございました!
読者の皆さん、最後まで読んでくださりありがとうございます!
またお会いしましょうね。
【インタビュー・編集・あとがき:尾崎ゆき】
#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #大衆演劇 #日光
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