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無名人インタビュー:今が幸せだなって思えば幸せだし自分は自分の人生を生きるしかないと思っているけど母の影響から抜けだしきれずにいる人

親の影響ってオバケみたいなものでさ、いくつになってもふとした時にあらわれでるものなのよ。ない? そういうの。私? 私もちろんあるよ。私の母親、もう70過ぎてるけど。私40過ぎてるし、でもいまだに思いだすよ。
あの西東京市生まれの母親、ことあるごとに「ありおりはべりいまそかり」って古語のラ行変格活用を言ってたんだよね。「ありおりはべりいまそかり」「ありおりはべりいまそかり」って。私、子どものころだったからぜんぜん意味不明で、でも妙に語呂がよくて。なんとなく耳に残っていて、母に聞いたら女子高の時に流行っていたとか行っていて、母親は中野の宝仙高校に通っていた人で、まあこんな固有名詞どうでもいいんだけど。
きっと母も20代でまだ若かったし私なんてほんと子どもの子供の子どもだったからわけわからん脳みそだったろうし。そんな中、でも、母の言う「ありおりはべりいまそかり」は強烈に覚えてたんだな。今でも覚えてる。今もだぜ。今も。いや。待て。ほんとうは「ありおりはべりいまそかり」と言うタイミングが、それを口にするべき決まった機会があったはずなんだけど、それは忘れてしまったな。例えばだよ。例えばだ。誰かが家のソファにいるときとかに「ソファにありおりはべりいまそかり」って使うとか。そういうの。なぜ? 忘れた。忘れちまった。忘れ去ってしまった!
まあ、とにかく。それで学校で古典やったときに(古典って中学でやるの? 高校でやるの?)。先生の口から「ありおりはべりいまそかり」という言葉を聞いて、その瞬間、胃の壁を内側から下から上へ指でなぞられたられたような気がした。てか胃の内壁ってさわられたことあるのかよ。あ。あるか。胃カメラで。胃カメラ検査のときになんかしらのチェックで胃壁とか腸壁さわるな。管の中をさ。
なるほどそうか。確かに。あの、カメラで見ると確かにさわっているんだけど、この目で胃カメラの映像を見てるからさわってるってことはわかってるんだけど胃にはその感覚が分かる神経がないから、脳内で触感をフェイク再生してしまっているような感覚。本当は感覚なんてないのに。脳が錯覚して。まるで。胃の内側をさわられているという感覚を妄想および捏造してしまう。感覚。これこそオバケ感覚。ないのにある! って思っちゃう感覚。
そう。それに。だいたい子どものころに胃カメラなんてやったことないんだから胃の内壁を指でなぞられた感覚なんて経験値の中にないでしょ。これどういう風の吹きまわし?>ウソつかないでよ。
脱線を修正する。元に戻す。つまり、私は今まで母親からしか聞いていなかった「ありおりはべりいまそかり」という言葉を学校・教室・義務教育空間の中で聞いて、私はちょっとびっくりしたんだなあ。ああ。これは。そっか。ぞっとするわ。母の言っていた言葉はほんとうに実在していたんだな、と。オバケはほんとうにいたんだなと。
で、その千枚通しのようにするどく深い感銘を胸にヨタヨタ帰宅して、私は母に言ったんだ。「ありおりはべりいまそかり」と。いや。まあ。待てよと。そんなこと言ってない。そもそも、あれ? 「ありおりはべりいまそかり」なんてこと私の母は常日ごろ口にしていたっけ? これはこのインタビューのまえがきを書くための私の脳のディープフェイクなのでは? まあよい。知るか。まあ待て。待とう。母に聞いてみればわかること。たまには、母にLINEでもしなさい/する口実/そうだするに越したことはない。
「ありおりはべりいまそかり」というオバケが私の脳にふらあっとのしかかってきて。目の前を濃い霧のように覆う。私はこの文章の締めくくりに迷い迷って迷子の気持ちで母に「ありおりはべりいまそかり」ってお母さん言ってたよねってLINEする。


今回ご参加いただいたのは meefooh さんです!

プロローグ:普通の人の話を「ただ聞く」こと

qbc:どのようなインタビューにしていきましょうか。

meefooh:たまたま、さっきまで見てた録画で『東京の生活史』っていう本の紹介があって。社会学者の岸政彦​​さんっていう方の本なのですが。
私、その方の本が好きなのでTwitterをフォローしてて。本はまだ買ってないんですけど、ちょっとこれ「無名人インタビュー」に近いなと思いました。

qbc:なるほど。

meefooh:東京って以外に何も接点がないいろんな人の話を「ただ聞く」っていう内容の本なんですけど。
私もまだ全部見てないですけど、一番ダメな質問は「あなたにとって東京とは」とか、「結論としては」みたいなことは言っちゃダメだって。ただひたすら聞くみたいなことを言ってて、やっぱりすごく面白いなって思って。
今、それにちょっと似てるなって思って喋ってみたんですけど。

qbc:たぶん、近い興味でやっていることだと思いますよ。

meefooh:生活史っていうジャンルというか、社会学のジャンルというかね、私は岸さんのやってることが面白くて、ちょいちょいそういうのを読んでいます。
普通の人の話を特にテーマとか結論を決めずに「ただ聞く」っていうのは、面白いなって。それをたくさん聞くことによって浮かび上がってくる捉え方って、すごく面白いなと思って。
人間面白いよな、みたいな気持ちで来ています。

qbc:そうですね。記録を残さない人の記録を残すという興味・関心というのがあるんですよ。
私がやりたいことは、このインタビュー活動を通して、他人にもっと興味を持つということを、世の中に浸透させていきたいんですよね。
私自身は、他人っていうのは敵だと思っているんですが。

meefooh:意外な。

qbc:生き物は基本的に自分以外は敵だと感じてると思いますよ。で、その状態から仲良しになるためにいろいろなものを人類は発明したと。宗教もそうだし、文化もそうだし。
そういう観点から他人というものをとらえ直して、他人への接近方法を模索する、というのが1つのテーマですね。

meefooh:うーん。

qbc:ちょっと語ってしまいました。

meefooh:いや全然。面白いですよ。

現在:母の病院を手伝う・友達の話を「ただ聞く」

qbc:現在のことからお伺いしていきます。meefoohさんは、今、何をされている方でしょうか? 

meefooh:私は東京で子どもたちと夫と暮らしてます。
母がクリニックをやってて、そこの手伝いで、経理・労務・その他全般、総務的なことをやってます。ちっちゃいクリニックなんですけど。

qbc:お仕事以外の部分はどのような感じでしょうか?

meefooh:今、忙しくて。子どもが小学生と保育園の男の子3人で。
仕事は、コロナやなんやらでクリニックが忙しくて。

qbc:なるほど。

meefooh:母が、もう70代なんですけど、頑張り屋さんで正義感も強く。年齢的には仕事もだんだん縮小していく方向だと思うんですけど、患者さんに求められると「やらなくちゃ」ってなる人なので。
みんなが「無理じゃね?」ってなっているところに、私が母とみんなの間を取り持つみたいなことをやってて。
そこはそこで、いろいろ悩みがある部分ではあるんですけども。

qbc:はいはいはいはい。

meefooh:親なので、難しいですよね。たぶん、ただの上司だったら辞めれば切れる関係ですけど。
このやろうみたいな気持ちもあるし、大事な気持ちもあるし。なので、難しいなっていう。
実際、お世話になってるところもあって。私が母を頼っているんですけど、母は私を含め孫たちのことを養わなきゃいけないっていうのがちらついて、責任感で動いているようなところがあるので。
私は、ちょっとそれはしんどいというか、重荷に感じているところもあって、病院からフェードアウトも考えてるんですけど。もうそんなに長くできないと思うんで。私も、違うことをしたいなという気持ちもあるんです。

qbc:何年ぐらいお手伝いをしているんですか? 

meefooh:もう16年とか17年になるんですかね。

qbc:義理ではなくて、自分のお母さんですか? 

meefooh:実の母です。開業したのもそれぐらい前で。
それまでは母は勤めてたんですけど、開業したら来てほしいって言われて。私は就職3年目ぐらいでやめて、そこからずっといるんです。
母は私に対してはずっと母親のスタンスなので、あなたは子どもっていう目線で話をするんです。
だけど、母も私を頼ってるところもあるし。それで難しいなっていうのがすごくあって。だから、私は離れて、自分でやれることを探したいっていう気持ちが今はあって。

qbc:なるほど。

meefooh:私自身のやりたいこととしては、人の話を聞くというか、私も悩み相談とか聞くのが好きなんですよね。人の話を自分ごとのように聞いてしまうところがあり。
人の話の内容がずーっと頭の中に残っちゃうんですよ。話が終わった後も1人で考えてて。この人のためにはこうした方がいいんじゃないか、これを言うべきか言わざるべきか、みたいにぐるぐるするので。もうちょっと、聴くテクニックを身につけたいなっていうのを思って。
適度な距離感っていうか。私は共感、同化が激しすぎるので、それだと話にならないんですよ。共感は必要なんですけど、同化はしちゃいけないんで、そのテクニックをもうちょっと磨きたいなっていうのと。
今、友人で1人、いろいろ大変だった子がいて。仕事がなくて1人暮らしをしている人がいるんですけれど。その子のこともいろいろ気になるんですけど、踏み込み方が難しいというか。
私は​​社会的弱者の人の力になりたいって昔から思っていたんですよね。
たぶん、私はこれまでの人生、それほどしんどい思いはしてなくて。自分なりのしんどさはあるんですけど。だから、本当につらい人にどこまで寄り添えるのかなっていうのを、自問自答するところもあり。でも、ちゃんと寄り添い続けていくためには、自分の立ち位置は守らなきゃいけないっていうのもあるので。一緒に潰れちゃう方もいるじゃないですか、それは良くないと思って。やっぱり引っ張りすぎちゃうと、その人のことばかり考えて、私の中でその人のことが大きすぎると、結局、その人が自立するのを妨げることになるので。いつも、それのバランスというか兼ね合いというか。ちょっと踏み込みすぎたなと思うと、ちょっと離れて。冷却期間を置いて、またちょっと喋ったりして、とかやってるんですけど。
人のことって、ある程度よく見えるじゃないですか。ああした方がいいのになとか、こうしたらいいんだろなとか思うんですけど。でも、それをしたら、どこからがお節介で、どこまでが助けになるのか。でも、全くアクションをしないと、たぶん変わらないだろうなとも思うので。
そこは、いつもその友人との関係で悩むところではありますね。
相手がね、ズバズバ言えるタイプの人ではないんですよ。私は結構バーっと喋っちゃうので。バーっと喋って遠慮されちゃうので、しまったと思って。これは、向こうはもう閉じちゃうと思って、セーブしてみたりとかしてるんですけど。
私は、相談は占いみたいなのにちょっと近いと思っていて。仕事として、そういう技術を手に入れたいなって思ってるんです。
私は話を聞くと、わかった! これで解決みたいになっちゃって、それだとダメだなと思って相手の話を整理するように意識はしてるんですけど。
どのタイミングで小出しにしていくかとか。自分の頭を冷やすことになるんですよね。熱くならないというか。相手の気持ちに寄り添うやり方っていうのは、その友人といろいろやりとりしてて実践してたんですけど、やっぱり時間はどうしてもかかっちゃって。
他愛もない話をいっぱいLINEとかでチャットして、だんだん核心に迫れるみたいなところはあるんですけど。それ自体を私は嫌いじゃないし、好きなんですけど。いかんせん、子どももいて仕事もあってで、そればっかりやってると寝不足になるんで、これじゃダメだなと思って。
私もスピっぽい話とか、自己啓発的な話って好きだし、彼女も好きなんで「そうだね」って言ってくるんですけど。
本音はどっかで「でも、私には無理だ」って思ってるのを感じて。いろいろ病気もしてるし、今はまだ渦中で通院してたりするので、力が出ないっていうところもあると思うんです。でも、これでいいやと思ってないところもすごくわかるんで。どうしたものかなと思って。
結局、そういう話って突き詰めると、拗ねてるんだと思うんですよ。

qbc:拗ねる? 

meefooh:世の中の全部に対して。私はこんなに頑張ってるのに、わかってもらえないみたいな。誰でもそうですよね。「うまくいかない」って言って、でも、結局腹を決めて自分が動くしかないみたいなところがあると思うんですけど。

qbc:はい。

meefooh:彼女は、たぶんどこかで誰かに救ってほしいっていう気持ちがあるんだろうなと思って。私自身もそういう時期があったし、今でも拗ねるとそういう感じになるんですよね。疲れて、なんで誰もわかってくれないんだ、こんな大変なのに、みたいな。誰でも心にありますよね。でも、それをできるだけ俯瞰して見て、自分でやるしかないよなっていうふうに腹を決めて動いていくことで、現状って変わっていくと思うんですけど、なかなか。いつも結局堂々巡りというか、彼女との話がそこで止まってしまうんで。結局、自分の大変さをわかってよっていう話に終始してしまって、わかったって言ってほしいんだろうなとは思うんですけど。

qbc:相手が、自分から大変だっていう話をする? 

meefooh:自分からはあんまりしないんですよ。だけど、相手の話を引き出していくと、結局そこにぶち当たると。自分には頼れる人もいないし、病気もしてるし、大変な経験もして。まだ立ち直れないっていうところにいて、体力もないし体調もかなりアレだしっていうね。
もちろん、お医者さんにもお世話になってるんですけど、話を聞いてると、基本的にはお医者さんのこともあまり信用できてないのかなって。
それだと、なかなか難しいだろうなと思って。自分のことを話せる人もあんまりいないようで、だからいろいろ心配になって、ついつい声かけて「何してる?」って言っちゃうんですけど。

qbc:その方は、meefoohさんのお友達ですか? 

meefooh:友達です。

過去:家族ら全員発達障害

qbc:meefoohさんは、どんなお子さんでしたか?

meefooh:ぼんやりした子ですね。ほわほわしていて、私の子どもが、発達障害があるだろうと言われていて。私自身も大人になってから、やっぱり発達障害だとわかったんですけど。
なんかちょっと夢の世界に生きてるというか。次男を見てると、私もこんな感じだったなってわかるんですけど。私は私で、昔の記憶っていうのは、そのときに好きだった漫画だったりお話のことばっかりっていうか。そういうことが占めている感じがあって、短かった感じがあったんですけど。わりとそういった感じで、ふわふわした世界に生きている子だったなって思いますね。

qbc:ふわふわとは、具体的にどういう? 

meefooh:お話が好きだったりして、現実を生きることよりも。
学校の行き帰りに本の続きを読みながら帰るような子だったんです。夢中になるとそればっかりになるみたいな感じでしたね。

qbc:何に夢中だったんですかね。

meefooh:漫画とか。そのときによっていろいろで、小学校のときは「りぼん」とか。だいたいずーっといつもいろんな漫画を読んでいる感じなんですけど。『ときめきトゥナイト​​』が最初ですかね。
「りぼん」系をひと通り読んで。私、5年生で東京に引っ越してきたんですけど。東京で「花とゆめ」っていう雑誌を教えてもらって。『ぼくの地球を守って』っていう漫画が。あれもすごい流行りましたね。
あとは、中学校ぐらいで『3×3EYES〈サザンアイズ〉』っていうのがあって。知ってます? 

qbc:知ってます。私も漫画は好きだったので。

meefooh:弟がいるので、もちろんジャンプ系も読んで。毎週、少年ジャンプを楽しみにしてた感じだったんで『ドラゴンボール』とか大好きでしたし。
漫画という漫画、読めるものは全部読むっていう感じでしたね。

qbc:なるほど。少女雑誌でいうと「花とゆめ」「りぼん」「ちゃお」とかあったと思うんですけど、何がお好きでした?

meefooh:最初は「りぼん」から入って。「花とゆめ」派と「りぼん」派があって、「りぼん」派はだいたい「なかよし」も読んでたと思うんですけど。
あと「少女コミック」もあったし、「おまじないコミック」もあったし、「ちゃお」もちらっと読んだかな。「花とゆめ」とか「LaLa​​」っていうのもあって、花とゆめコミックスで出てるんですけど。

qbc:どの出版社が好きですかと質問されたとすると?

meefooh:白泉社です。あと「ウィングス」も。

qbc:新書館の雑誌ですね。ガッチガチじゃないですか。

meefooh:ガチガチに。CLAMPとか。

qbc:私、meefoohさんと同い年で、地元も近いんですよね。雰囲気、めっちゃわかります。

meefooh:私は小ちゃいころに大分にいたんですけど、そのときは本屋がすごく遠くて。連れてってもらうのがすごい楽しみだったんですよね。
最初は活字が好きだったけど、途中から漫画に行っちゃって、漫画ばっかりになりましたけど。
こっちに来てから、引っ越した先の向かいが本屋だったんですよ。うれしくって、すごい立ち読みしまくってて。
絵を描くのもすごい好きで、オタクな感じでしたね。

qbc:なるほど。発達障害って、どんな状態なんですか?

meefooh:私ですか? うち、たぶん家族全員というか。私の父も母もそうだと思うんですけど。いわゆる空気を読めないみたいな感じです。
過集中で、みんな自分のことにワーってなっちゃう感じ。うちの父もすごい変わった人で、東大を出てるんですけど、ハマるとそればっかりの人なんですよ。
昔は、タバコもすごい吸ってたけど、ある日健康に目覚めてからは、きっぱりやめて、1日5万歩を目標に歩くようになって。「がんになったんじゃないか」って言われるぐらい激痩せして。うちの父親はそういう、極端な人なんです。手段が目的になってるような人なんですけど、人生楽しそうなんでいいんですけどね。
母も、父ほどではないんですけど。父も母も医者なんですよ。

qbc:何科ですか? 

meefooh:父が婦人科で、母が内科ですね。
お医者さんて、あんまり障害が目立たないっていうか。基本的に指示する立場じゃないですか。だから、世間的に発達障害でもそんなに困らないっていうのは、結構あると思うんですよね。
私はそういう家に育ってるんで、それがおかしいことだと思ってなくて。変わった両親に育てられて、それで別に何も問題なくやってこれて、それが問題だとは思ってないんです。

qbc:なるほど。

meefooh:結婚して、夫にちょっと病院に行ってほしいんだけどって言われて。
発達障害っていう言葉は知ってたんですけど、自分とは思ってなくて。言われて、そうかもしれんって思って。たぶんそうなんだ、だとしたら実家の家族全員そうなんだろうなって思ったんです。案の定そうでした、みたいな感じなんですけど。

qbc:何歳ぐらいのときに、病院へ行ったんですか? 

meefooh:結婚して、次男が生まれてからだから。6、7年前とかかな? 

qbc:発達障害っていう言葉は、私たちが子どものころはなかったですからね。

meefooh:そうそうそうそう。
夫に言われて病院へ行って、診断されて。基本的にその診断は出たとして、「何か困ってますか?」って言われて「私っていうか、夫は困ってます」みたいな感じになって。「私は困らないけど、夫は困るみたいなんです」って。
私の感覚としては、夫が困らなければいいんじゃない? ぐらいの感覚だったんです。それで病院には行かなくなってたんですけど、必要性がないというか、先生にもないんじゃないって言われて。

qbc:社会生活が困難にならなければ障害じゃないですよね。

meefooh:そうなんです。でも、夫は困ってたみたいなんで。
最近、私に自覚が出てきたのか、気持ちの振れ幅が結構大きいことに気づいたんですよ。それが特別なことだと思ってなかったんですけど。さすがに子どももいて仕事もしてるとなると、余裕がなくて。
私、本当にカウンセリング必要かもしれんって、やっと最近気づいて。

qbc:あーなるほど。

meefooh:特にコロナになってから、仕事が忙しくなってきて。家庭もこどもがまだ手がかかって忙しいですし。前は仕事の時間に余裕を持たせてたんですよね。
仕事が忙しくなると、私は本当に余裕がなくてですね、仕事の合間にPTAのことをやったりしてたので。家だと常に3人いて、みんなお母さん子なので、けっこうべったりなんですよ。だから、しんどくなってきて。

qbc:はい。

meefooh:仕事も、母とやっているので半分家みたいなところもあって。母との関係性に悩んだりとか。認めてほしい気持ちと、母の仕事なんで、私は母を手伝ってるっていう感覚でやってるんですけど。
母はやりたいことがすごくはっきりあって、それを手伝うことが仕事という感じなんですけど。それだと、私が自己実現するところないなっていう感じになって。

qbc:なるほど。

meefooh:母は細かくて、任せてくれないタイプの人なんですよね。自分でやりたい人なんで。それもあって、身内の私だったらいろいろ言えるからみたいな感じで、他の人に任せたがらないんですけど。
それがちょっとしんどくて、自分の采配でやりたいっていう。別に今の仕事でなくてもいいので、もっと自分でいろいろやりたいなっていう気持ちがあって。

qbc:meefoohさん自身は、発達障害っていう観点から見たときに、旦那さん以外にも誰かを困らせたなというご経験はありますか?

meefooh:診断されて最初に「困ってません」って言ったのは、たぶん夫に対して申し訳ない気持ちになりたくないっていうのがあったんですよね。
「私が発達障害で申し訳ない」って認めたくなかったんだなって、今は思うんですよ。
これを問題にしてしまうと、私が悪かったんだってなっちゃうなって思って。私は、自分の生育環境だったり、変わってるから困らせているって思いたくなかったというか。
「それは違うんだよ」「いろんな家庭があるんだよ」っていうスタンスでいたかったんですよ。
夫だったり、夫の実家の考え方に対して、それはそういう考えもあるけど、うちはこういう考えだから、みたいな。それで自分の立ち位置を守ってる感じだったんですけど。

qbc:はい。

meefooh:それって、歩み寄ってないという意味ではこっちも一緒なんですよね。「私にはここまでしかできないから」って言うのは、相手からは冷たいと感じられるんだなって思って。それは、ちょっと悪かったなって思ってますね。
その加減が難しくて。悪かったと思いすぎちゃうと、私って…という気持ちになってしまうんで。でも、夫とも結構いろいろ話ができるんで、夫は夫でカサンドラ的なものを抱えているところがあって。

qbc:はいはい。

meefooh:カサンドラっていうと、私も過敏に反応してしまうところがあるんですけど。
カサンドラの漫画とかもあって、それを読んだりしたんですけど。最初はそれを読むにも抵抗があって。カサンドラ側から見たら、やっぱり発達障害の人が原因みたいな感じになるんだろうなと思って、ちょっと読みづらかったとこがあったんですけど。
その漫画はそうでもなかったというか、わりとフラットだったんで読めたんですけど。たぶん、お互いにドキドキしながら歩み寄ってる感じですね。
たぶん、夫も同じ考えというか。自分の立ち位置を守りたい気持ちもあったんだろうなって、今は思います。最初のころ、発覚前後あたりが、やっぱり夫婦の関係が良くなかったので。

qbc:繰り返しになっちゃうんですけど、旦那さん以外に困らせたりっていうのは、子どものころ含め、なかったんですか? 

meefooh:うちは親もそうだったんで、そういうもんだっていう感じがあったんですよね。人はみんな違うっていうか。
やっぱり、家庭じゃなくて外に出ていくときに、間合いの測り方みたいなのは難しいなってなってた気はしますね。
私はどっちかっていうと、人が好きな方だし、人とコミュニケーションを取るのが好きなんですよ。相手がモジモジしてたら、バンバン行ける方なんですよね。
母も外向きなタイプなんで、私もそれが理想像みたいになってて。ポジティブであらねば、ポジティブでいたいみたいな気持ちがあって。自分はそういう人だと思っていたんですけど、良く考えてみたら私、ネクラじゃんみたいな。大人になって気づいたっていうか。
だから、実は言語化できていなかったけど、うまく言いたいことが言えずモヤモヤしたことだったり。あとは、はっきり言いすぎて相手に引かれたりだとか。

qbc:カサンドラの漫画を読みたくなかった理由っていうのは、どういうことなんですか?

meefooh:発達障害の人が悪いって書かれているだろうなって思って。カサンドラっていうのは、簡単に言うと、発達障害の人の相手をするのがしんどいっていうことです。
それは読んだら落ち込むっていうか、自分がこんなんですいませんって受け止めちゃうんじゃないのかなって、すごい思ったんですよね。
だから、そのときは頭の中でははっきり言語化できてなかったし、モヤっとして、読みたい、興味はあるけど、あんまり何気なく読みたくはないなっていう、なんだか逃げたくなる本だよなって思ってましたよね。

qbc:そうすると、人に迷惑をかけていたら嫌だなっていう気持ちがあるってことですね?

meefooh:そうですね。

qbc:何か、理想像みたいなものはあるんですかね? meefoohさんの中で、こういう人間であるべきみたいな。

meefooh:長女なので、引っ張っていかなきゃみたいな気持ちがあると思うんです。
母の影響が多分にあるんですけど、明るくポジティブでいなければ愛されないみたいな。
あと、長女だったので、うちは年子の弟がいて、母も医者だったのでめちゃくちゃ忙しくて。
「お姉ちゃん、よろしくね」って言われてきたので。だから、ちゃんと頑張ってお世話しなきゃ愛されないみたいな。たぶん、どっかにあるんだと思うんですよ。自分が先に立って誰かをお世話したり、役に立たなければいけないみたいな、たぶんどっかにあるんで。
それどころか、ポンコツなのを知られてはいけないみたいな気持ちがあるんでしょうね。

qbc:そういう理想とする人間像があるから、それに反したものは嫌だなっていう気持ちがあるんですかね。

meefooh:自分は昔、結構メソメソしてたんです。でも母はあんまり相手にしてくれなくて。メソメソへの対応は、母はあんまりわからないんですよね。
だから、そういうメソメソした自分は受け入れてもらえないんだって、たぶん思ったんでしょうね。
父がマイペースだったので、母は忙しくてすごく大変だったんですよ。父は人の話を聞いていられないタイプです。愛情はあるんですけど、一方通行っていうか。
その父への愚痴を言える友達が、私だったんですよ、ちっちゃいときから、母の友達みたいに話を聞いてて。「お父さん、最悪だよね」ってそういう話を聞いてた。そうやって対等に扱ってもらえるのがうれしかったんですけど。大人になって気づいたのは、全然対等じゃなかったっていうか。逆に私が友達のように相談や愚痴を言っても、母は相手をしてくれないんですよ。だから、腑に落ちないなって。

qbc:お父さんはご存命なんでしょうか? 

meefooh:元気です。定年退職後に、嘱託になってまだ働いてます。パワフルでしょ? 

qbc:すごいですね。

未来:もしも母が亡くなっていたら

qbc:未来についてお伺いしていこうと思います。今、どういう風な未来をイメージされていますかね? 

meefooh:とりあえず、現状に満足してなくはないっていうか。子どもが欲しかったので。今が幸せだなって思えば、そうだと思うんですよ。
それでも、ここで終わりたくないっていう気持ちもありますね。
とりあえず、母のところから抜けて、自立したいっていうのはすごいあります。

qbc:なるほど。

meefooh:自分が主体になって仕事をしていきたいっていう。仕事じゃなくてもいいんですけど、お金は欲しいんで仕事かなっていう感じですけど。
人に関わっていきたい気持ちはすごくあって。人は好きだし、社会を良くしたいっていう気持ちはすごくありますね。

qbc:それは、どこからやってきた気持ちなんですかね。

meefooh:世の中、基本的にみんな平等であってほしい。わかんないですけど、誰かがわりをくってるっていうのが、すごく嫌なんですよ。
だから、いわゆる社会的弱者の人たちを何とかしたくて。政治に興味を持ったり、ボランティアみたいな活動にも興味が。子どもがいるので結局、動いてないんですけど。
子どもが生まれてから、社会の理不尽さだったり、こういう未来は子どもに残したくないなって感じるようになりました。やっぱり、自分が死んで終わりじゃないんだなっていう気持ちになったんで。

qbc:はい。

meefooh:子どもにとっていい未来っていうのは、どんな人にもいい未来じゃないですか。子どもがどんな立場になっても、ちゃんと幸せになれる未来だなって思ったので。
そうするためには、社会的弱者の人たちが何とかなるようにしていかなきゃいけないなって思って。
今思ってるのは、半径5メートルぐらいから考えようっていうか。自分が出会った人に対して、全部幸せにしていくっていうことをしたいなって思ってて。
昔は、ちょっと嘆きみたいなのはあったんですけど。特にTwitterとかで政治ネタをよく読んでたときに、偏りもあったと思うんですけど、なんかこう、嘆くしかないみたいな。「あれこれ考えてやっても、結局」みたいなところがあったりして。
それはもう、そこに思いを置いてもしょうがないなっていうか。マクロで何とかすることを私にはできない。私が考えても、選挙に出馬でもすればできるかもしれないけど、そこまでする気はないんで。だったら、そういうのはいったん置いておいて、できることをやっていこうと思って。

qbc:はい。

meefooh:昔、本を読んで、児童相談所のことだったりとか、風俗で働いてる人たちのことを調べたりしたんですけど。
さっきの友人の話も、そこからつながってるとこはあると思うんですけど。そういう、今しんどいけど、狭間でうまくいかない人に、何とかアプローチしたいっていう気持ちがあって。その後押しの方法が何だろうなって探してたところがあって。
人の話を聞くことが、全然苦にならないので、そういうことができるのかなってちょっと思っているんですよね。

qbc:なるほど。今、何かが1つ手に入るとしたら、meefoohさんは何を手に入れたいですか? 

meefooh:パッと思ったのはお金ですけど。母のところをやめられない理由の1つはそれだと思うんで。

qbc:いくらぐらいですか?

meefooh:食べていけるくらいの。

qbc:それは、家族がっていう意味ですか? 

meefooh:家族がですね。うち、夫も働いてますけども。難しいんですけど、いろいろ活動したい気持ちと、お金をもらえないと動けないっていうせめぎ合いがあって。
お金のことを考えずに、そういうことができたら結構楽だよねって思います。

qbc:じゃあ、仮に月10万円、なにもしなくてもあげるよって言われたら、働かずに済むんですかね? 10万円あれば、自分の好きなことをできますか?

meefooh:10万円じゃ足りないかな。足りない分は働けばいいんですかね。

qbc:働かなくて良い状態になるには、いくらほしいです? 

meefooh:月に30万円ぐらいかな。そしたら、心置きなく動けるなっていうのはあります。
お金もそうですけど、子どもを見てくれる人でもいいですよね。お金じゃなくて、24時間子どものことを見てくれる人がいれば、お金がなくてもいいかも。
今も、縛られてるのは子どもが小さいっていうのが結構あるので。オフの時間、仕事に行ってない時間、家にいなくちゃいけないじゃないですか。やっぱりそれが窮屈な感じはあります。

qbc:なるほど。5年後、10年後のイメージで、具体的なものはありますか?

meefooh:自分で稼げるようになりたいなとは思います。自分の仕事をしたいと思ってます。それが、まだ明確じゃないんですけど。
今、いろんなやり方があると思うんで。実際に周りにもそういうふうにやってる人もいるので、できなくないというか。と思うんですけど、いかんせん時間がなくて。

qbc:働く場所を変えちゃうっていうのは、今でもできるんじゃないですか? お母さんのところじゃなくて。それができない理由っていうのは、何かあるんですか?

meefooh:今、お給料を結構もらってると思うんですけど。

qbc:お金の問題ですね。

meefooh:お金の問題もあるし、それがないとしても、私にお金があったとしても、母を置いて行くのは心配っていう気持ちは、やっぱりありますね。
母は、私がいないと困るんだろうなって。ちょっと、共依存みたいになってるとこはあると思うんです。
年齢的に、例えばパソコンが苦手だったり。時代の流れでZOOMとかも増えてきてるんですよね。オンラインで何かするとか、パソコンでどうとか、そういうのはやっぱりすごく苦手なんですよ。
それをサポートするために私が呼ばれるので。例えば、今はコロナの発生人数とかもここにログインして入力してねみたいなのが、母は本当に苦手で。

qbc:はい。

meefooh:何時間もかけてやって、できなかったみたいなことを言ってるから。他の人に任せればいいんですけど、電子カルテ以外のパソコンが院長室にしかなくて、そこへ人を入れたくないらしく。プライベートの部屋でもあるので、私は娘だからいいけどっていうのがあって。
そう言われると、じゃあ私、手詰まりなんですけどってなるんです。
でも、もしお金があれば、そこは言えるので。そしたら親も考えるとは思うんですけどね。
母もごっちゃになってるんですよ。仕事がしたいのか、疲れててできないのか。私たちを母が養わなきゃいけないのか、そういうのがいろいろ混ざってるんで。使命感で動いているようなところがあるので。

qbc:なるほど。meefoohさんて、大きい決断ってされたことはありますか? 

meefooh:全部を捨てて海外へ行くとか、そういうことですか? 

qbc:そういうことでもいいですし、meefoohさんの中での「大きい決断」の基準を知りたかったんですよ。
この質問の意図は、現状が嫌なら、変えるか変えないか決めるだけですよね。例えば、お金をちょっと減らしてもいいから自分の時間が欲しいので、この部分の仕事をパートさん入れようよとか、そういうことで自分の時間を作ることはできるじゃないですか。
現実の中でやりくりするしかないですよね。単に、決断ができてないだけないのかなと。

meefooh:そうですね。まず、母が忙しすぎて2人でゆっくり話をする時間がないっていうのが、まずあるのと、あと、母が疲れているので、いきなり話してもたぶん感情的になるだろうなって思って、その話を避けがちなところはあります。

qbc:それでは、もしも子どもがいなかったらどうします? どういうふうな人生になっていたと思いますか?

meefooh:子どもがいなかったら、もうちょっと辞めやすいかもしれないですね。仕事をやめることにも、そんなに抵抗がないかな。何とかやっていけるから。
それはありますね。そしたら、もっと自由だと思うんですけど。

qbc:それではもうひとつ。もしも母親がすでに亡くなっていたら? 

meefooh:今、その質問を聞いたとき、すごい解放感がありました。
やっぱり、お金のことは大変なんだけど、腹が決まるみたいな感じはありますね。母に対して、かなり情に引っ張られてるっていうところはあります。
でも、冷静になって考えれば、感情的になるのは一時的なことだとも思うんですよ。母の性格的に男性性が強いタイプなので、助けてっていうのはあるけれども、助けてくれないんだったらしょうがない、じゃあやるわっていうのもあるんですよね。

qbc:はい。

meefooh:今、内情が全部見える、母の弱いところが全部見えるのが私だけになってるんで、その立場を抜けてしまうことに罪悪感みたいな気持ちがあるかな。

qbc:以前のインタビューで、母親が認知症になって気持ちがすごい楽になったという方がいらっしゃいましたよ。
私も父親が死んで気持ちが楽になったことがあります。人間関係って首輪とか足枷みたいなところがあるんだなと思っています。

meefooh:そういう話を聞いてると、本当に、自分が子どもに対してそうなりたくないなって思います。
でも、なんだかんだでなっちゃうんだろうなって思うんですけど。

qbc:子どもと言えど、その人の問題はその人にしか解決できないですから。考えても仕方ないですよ。解決できないから。冒頭の、お友達の話もそう思います。解決するのはお友達ですから。

meefooh:そう、本人なんですよ。自分は自分の人生を生きるしかないっていう。

qbc:とはいえ、自分1人で生きてるわけじゃないから、影響し合わないわけではない。けど、最後は自分で考えないと終わらないです。

meefooh:そうですよね。いろんな人にこの話を相談して。結局、辞めるしかないっていうところに来てて。私情の問題なんだなっていうのは、すごく思うんですけど。

qbc:決断の話をしたときに、評論してしまう人はダメなんですよ。評論とか分析は決断の材料であって、決断そのものではないんです。決断は、やるかやらないかでしかないです。

meefooh:今、本当にブーメランだと思って。私が友人に思っていることが、そのまま自分に返ってきました。(笑)
そういうことを子どもにしたくないから、自分で生ききらないとなって思いますね。

qbc:別に、そういう人生でも悪いわけではないですけどね。

meefooh:今、幸せじゃないとは思わないですよ。私、結構幸せなんですよ。動くことを怖がってる気持ちがあるんです。

qbc:もちろん。変わることは怖い。

meefooh:私がお母さんを好きっていう気持ちも、たぶんありますからね。だから、母から離れることを考えると、そこでちょっと悲しくなってしまうんですけど。

qbc:そうですね。それでは、最後に言い残した言葉があれば、お伺いします。

meefooh:聞いていただいて、なんか良かったです。

qbc:ありがとうございます。

meefooh:ありがとうございます。

あとがき

親の影響は強いですね。それとも子どもの脳が柔らかいといったほうがいいのでしょうか。インプリンティングって、刷り込みってありますけど、あーゆーもんと同じで子どもが生きぬくために必要なスキルなんですかね。親の言うことを聞くと言うか覚えてしまうというか洗脳されてしまうというか。呪縛というか。まあそれも人生かと。人生。人の生。
他人軸で生きると辛いよというのは最近よく目にするフレーズで、自分の機嫌を自分でとるとかね、こう、自分と他人の関係についての議論があいかわらず盛んだなあと思ってます。
けっきょく人間はドラマが大好きで、あの子は親の育て方が良かった悪かっただの、職場でチームであの人を仲間に引き入れるとロクなことが起きるだの起きないだの、そういう人間の見定めばっかりしてるのが人間です。分かる? 分かりますよね。
めんどいよねそういうの。私さ、無名人インタビューを企画したのにはさ、そういう他人に対する評価のああだこうだみたいなのから離れたところで、その人そのもの、その人自身を見てみたいと思ったから、てのがイッコあるんですよね。だから友達にはインタビューしないのよ。知り合いはなるべくしない。あくまで私というqbcという縁から外れた人から、話を聞きたいのよ。
自由にくつろげる場所で、ゆったりとしたソファに腰掛けながら、格別香りの良いお茶でもも飲みながら、冗談交じりに話をするっていうのが、この無名人インタビューなのよ/なのさ。次回もお楽しみにね。
コメントくれたらうれしいよ! 寄付もたまにはしてね! いやこれ、寄付。寄付ね。そろそろちゃんと目標額とか設置しないといかんかもな。ただただ寄付っていっても、いくらしたらいいのよねん、てなるよねもうほんとたしかにさ。確かに。また。次回に。

編集協力:有島緋ナ


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