付き合った男の数だけ趣味のある人
むかしむかし、ある街に、凛々しい女性が住んでいました。彼女は数々の男性と出会い、別れを経験してきました。
一人目の恋人からは、茶道を学びました。その心得は今でも彼女の所作に優雅さを与えています。
二人目の恋人は音楽家で、彼から教わったピアノは今では彼女の心の支えとなっています。
三人目の恋人は写真家で、彼と過ごした日々で写真の撮り方を覚え、今では素敵な風景写真を撮ることができます。
四人目の恋人はパティシエで、彼のおかげでお菓子作りの腕前は村一番と言われるほどになりました。
「私の人生は、出会いと別れの連続だったけれど、その一つ一つが今の私を作っているの」と、彼女はよく語っていました。
村人たちは最初、彼女のことを噂していましたが、やがて彼女の多才な趣味に魅了され、教えを請うようになりました。
そして今では、彼女の家には趣味を学びたい人々が絶えず訪れ、彼女は自分の経験を活かして、多くの人々の人生を豊かにしているのだとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年06月22日23時16分に書く無名人インタビュー1104回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 寺崎美保子 さんです!
年齢:50代前半
性別:女性
職業:パズル作家

現在:多趣味ですよ。付き合った男の数だけ趣味があるので。
qbc:
じゃあ早速、最初の質問ですね。今何をしている人でしょうか?
寺崎美保子:
今は、てらこヘリテージ株式会社の社長をしています。今期で18期目になります。
qbc:
どんな事業内容の会社なんでしょうか。
寺崎美保子:
はい。いくつか事業を展開していますが、一番の収入の柱はクロスワードパズルを中心としたパズル制作です。
qbc:
クロスワードパズル。
寺崎美保子:
雑誌や新聞などに出ている縦の鍵・横の鍵問題と白黒のマスのセット。あれを会社設立前パズル作家として制作しています。
qbc:
クロスワードを作る仕事をされているということですか?
寺崎美保子:
そうです。
qbc:
作った作品をどこに納品するんですか?
寺崎美保子:
一番多いクライアントさんは出版社です。
qbc:
その他のクライアントはいるんですかね?
寺崎美保子:
例えば広告代理店とかですかね。
qbc:
はい、はい、なるほど。
寺崎美保子:
あとチラシや会報などの類。企業、例えば本屋で売ってる本は専門誌が多いので一冊まるっと作るんですけど、フリーペーパーや社内報などの紙面でもクロスワードだけを作ってます。
qbc:
クロスワードパズルを載せる需要ってどんなものなのでしょうか。
寺崎美保子:
そうですね…。とりあえずチラシとかにクロスワードパズルを載せた場合、すぐに捨てられないで解いてみようかなと思ってもらえる。そのため、チラシを見てもらえる可能性が非常に高くなります。
クロスワードを使うことで、プレゼントの応募フォームのワンクッションとして活用できます。例えば「クロスワードを解いていただいた方の中から抽選で」という形にすることで、お客様の反応を見ることができるんですね。あと各種データを取ることもできます。
qbc:
クロスワードパズル自体の魅力について、寺崎さんはどのように感じていらっしゃいますか。
寺崎美保子:
作る方ですか?それとも解く方ですか?
qbc:
両方について知りたいです。
寺崎美保子:
はい。まずクロスワードパズルを解いたことがある方は、多分一家に一人ぐらいいるんじゃないかなと思っているので、ざっと20,000,000人ぐらいはいるのかなと思ってます。で、作る方もそうなんですけれども、クロスワードパズルって景気に左右されないので、不景気だろうがバブルだろうが解いてくれる人がいっぱいいるっていうところに魅力がありますね。
qbc:
なんでクロスワードパズルを解く人たちがこんなにいるんですかね?
寺崎美保子:
なんでそういう人たちがいるのか……そこにパズルがあるから解きたいっていうのもあるし、教養とか雑学が試されるというところですかね。
三世代で見ると、子どもたちにとっては知識とか勉強に直結するんですよ。で、主婦とかサラリーマンは、パズルを作るという視点だと副業、もしくはお小遣い稼ぎになる。そしてシニアになった場合はボケ防止になるという目的があるので、世代によって目的はバラバラなんですけれども。
クロスワードパズルって雑誌とかだと、懸賞がついているものが多いんですよね。
そうすると家事の合間とか、空いた時間に解いてハガキを出したり、ネットで応募したりできる。運が良ければ自宅にものが届いたりするので、そういった楽しみがあったりするので、そういったところをみんな楽しんでるんじゃないかなと思いますけどね。
qbc:
どんな気持ちで作っているというか、クロスワードパズルに向き合う日々でどんな気持ちなんですか?
寺崎美保子:
どんな気持ちか?そうですね…解き手というよりも、私は作り手の方なんですけど、解き手の方が単に辞書を丸写しにするような問題はあんまり面白くないと思うので、誰でも知ってるような言葉を導くんですけど、そこに対してひねりを加えた聞き方、っていうか「鍵」なんですけど、そういった部分を考えるのが好きですね。
例えば、「塩」とかっていう答えになった時に、一般的だったらしょっぱいものとか海の味とか言いますけど、私はひねっていく時に、「撒くこともあれば盛ることもある」みたいな問いかけをします。
ちょっとした謎解き要素を考えるのが楽しいです。
qbc:
あー、なるほど。その制作するっていうのは、ワードが先に決まってるんですか?
寺崎美保子:
そうですね。最初に何を答えにするかっていうことが一つ。そしてもう一つはどういったテーマでこうなんていうか聞いていくかっていう。もちろんそのノンジャンルっていう言葉もあるんですけど、どういう人が解くかなっていうところによっても聞き方が変わります。
私がパズル作家デビューした時って24歳ぐらいの頃だったんですけど、その当時の読者、一番そのクロスワードを解くっていう層がだいたい30代前後の主婦だったんですね。ところが、パズルを作る方の平均年齢が50歳を超えているという話を編集部から聞いたので、やっぱり解く人と作る人の世代、年代が合わないっていうところで、結構世代間ギャップを感じました。
だから、やっぱり当時の主婦が「ハリマオ」とか「のらくろ」などと聞いてもあんまりピンとこないように、今、私、令和を生きてて、令和の言葉で作るっていうのは結構気を遣うことなのかなって。これが平成とか昭和とかになってくると、生まれてない人とかが解いたりすると「わかんない」って言われちゃうので、そこは気をつけますね。
qbc:
クロスワードパズル作家っていうのは、なんていうんですかね?世の中に多いものなんですか?
寺崎美保子:
どうですか?わからないです。私は結構いろんな交流会とか行くんですけど、例えば占い師さんとかエステティシャンという方には結構出会うんですけど、今までその「クロスワードパズル作家です」と言って交流会に来た人はほとんどいらっしゃらないです。まあ、一人か二人ぐらいクイズ作家っていう方には会えましたけどね。

qbc:
クイズ作家さんって、確かにそうですね。私も思い浮かんでいたんですけど。近いものなんですかね?
寺崎美保子:
まぁ近いと思います。
実際にクイズ作家さんと面識がない状態で、「このクイズ作家さんすごいな」と思って、お問い合わせフォームから問い合わせした時にちゃんと返事をくださって、お会いすることができたという意味では、まぁ近いと思います。
クリエイティブという面と、問題を作る過程に関しても、どういう調べ方をするとか、どう取材するとかというところは共通していますので、はい。
qbc:
あー、なるほど。クイズとパズル、どういうところが似ているんですかね?
寺崎美保子:
どういうところが似ているかというと、共通しているのは問題があって答えがある。
ただ、わかりづらいかもしれないんですけど、クイズとパズルって……クイズっていうのは、設問に対して素直に答えるというのがクイズなんですね。で、パズルっていうのは設問に対して、ひねりを加えた答えを出すっていうのがパズルなんです。
例えばキツネとタヌキは何類でしょう、という問題があったとします。これには答えが二つあります。クイズで答える場合は哺乳類、パズルで答える場合は、麺類。こんなようなイメージですね。分かりづらいかもしれないんですけれど。
qbc:
クロスワードパズルでの解き方、というような意味ですよね。
寺崎美保子:
そうですね。パズル問題は与えられた設問に対してとんちなどを使って正解を導くのに対し、クイズは問題文からストレートに正解を導き出すものですね。
qbc:
お仕事の関連で、似た職業の方と話すような機会はありますか?
寺崎美保子:
う~ん、どうかな。変わったところだとイエスノーで答えるような心理ゲームを、編集部から仕事で頼まれたことがあって。ロジックの組み方がパズルと近いでしょうって言われて無茶ぶりって思いましたけれど、作れたので今でも心理ゲームを作る仕事を受けることがあります。
qbc:
ありがとうございます。性格分析みたいなものですか?
寺崎美保子:
性格分析もそうですし、カテゴライズして型にはめていくわけですね。限られたフィールドがあって、そこの中に設問をはめていく作業は、パズル的な作業と近いですね。
qbc:
ゴールが決まっているという意味で、パズルに似ているということですか?
寺崎美保子:
そうですね。スタートがあってゴールがあるという意味では、白紙の状態から埋めていくというところと非常によく似ているのが、カテゴリー分析かなという気がしますけど。
qbc:
他に何かありますか?ゴールが決まっていて、その過程を設計する、デザインするという。
寺崎美保子:
そうですね、小説の執筆と似ているかもしれませんね。
qbc:
あ、ごめんなさい。寺崎さんがやられていることの中でっていう意味で。
寺崎美保子:
いや、どうでしょうか?基本的にはパズル作家になった理由っていうのもそもそもゲームが大好きだったからっていうところでこの分野に行くので。
ただゲームとパズルって何が違うかっていうと、ゲームって二人以上で遊ぶっていうのが割と主なんですよ。非電源系が主だと思うんですけど。
まあアプリゲームとかだと一人で遊ぶので一概には言えないんですけど、基本的にはパズルって一人で遊ぶもののイメージが強いですね。あんまり二人以上で遊んでるって聞いたことがない。まあこの問題わかんないからって聞き合うとかっていうのはあるかもですけれど、対戦するっていうことではないので、そこは違うのかなと思いながら。
ただ共通してるのはゲームにしてもパズルにしても遊びであるっていうことですかね。うちの会社のコンセプトがエデュテイメントというコンセプトなんですけど、これはエデュケーションという、学びの部分とエンターテイメントという遊びの部分ですかね。そういったものを追求する、遊びながら自然と学べるといいよねっていうところがコンセプトなので、あまり固いイメージではないと思います。
qbc:
クロスワードパズルに触れたのはいつからなんですかね?
寺崎美保子:
23歳か24歳ぐらいになってからか。私、大学を2回やめているんですけど、やめた時にたまたまSNSの走りのパソコン通信で知り合った女性に、ぶっちゃけネットワークビジネスに誘われたんですよ。なんか、この洗剤買って売ると、あなたにお金が入ってきますよみたいな話なんですけど。全く興味がなかったのでスルーしてたら、「こんな話もある」って言って出てきたのが、このパズルだったんですね。彼女は当時その、パズル作家養成講座という通信講座を3万6千円で受けてたのかな。添削もしてもらいつつ、パズルが作れるようになったという流れで、作ったパズルを見せてもらったのがきっかけでした。
qbc:
それはクロスワードパズルですか?
寺崎美保子:
当時はクロスワードに近いスケルトンパズルかシークワーズパズルだったかな?これもクロスワードと同じく言葉を使ったパズルですね。
これらは、言葉を使ったパズルの中でクロスワードよりは比較的作り方が簡単なパズルでした。
qbc:
何パズルっておっしゃいました?
寺崎美保子:
スケルトンパズルです。
qbc:
スケルトンパズルってどういうパズルですか?
寺崎美保子:
あとシークワーズパズルというものですね。
qbc:
どういうパズルですか?
寺崎美保子:
スケルトンパズルは、真っ白なマスの中にリストの言葉を入れていくパズルです。シークワーズパズルは、マス目に敷き詰められた文字から、リストの単語を探して消していくパズルですね。これは多分ビジュアルで見ないとイメージが湧かないかもしれないんですけど、気になるようでしたら、その言葉で検索していただくと良いと思います。
qbc:
その存在を知ったということですね。
寺崎美保子:
そうです。私もその通信講座の存在自体はいろんな雑誌広告で見てたので、知ってるよっていう感じではあったんですけど、彼女に聞いてみたんですよ。
で、それすごいね、そんな作れるんだったら仕事いっぱい依頼来てんじゃない?なんて話をしたら、そうでもなくて。彼女がその通信講座を受講してパズルが作れるようになりました。別料金で5000円払って認定書も発行してもらったんですけれども、最後にその事務局の担当の方から認定証と同時に「投稿でもして頑張ってください」っていうコメントだけあって。
じゃあ今何の仕事してるの?って聞いたら「百均でバイト」って言うんで、意味わかんないって話になって。私はちょうどその頃駆け出しのライターをしていたので、出版社に売り込みをしたんですよ。そしたら採用されたんです。で、よかったよかったって言っていたのも束の間、その後、パズルの専門性という点で、当時の編集部は競馬を扱っている編集部だったので、彼女はあまり競馬のこと詳しくなかったため、修正依頼があったんですね。直してるうちに「あれ、作り直した方が早くない?」って思って作り直したのが、パズル作家デビューのきっかけでした。
qbc:
何歳ぐらいのときのことでしたか。
寺崎美保子:
24歳の秋です。
qbc:
その時っていうのは、どんな気持ちだったんですか?
寺崎美保子:
どんな気持ち? ただ、当時採用された時はまだ……クロスワードパズルを作り直して載せてもらったのはいいんですけど、後でこれを見返すと、結構ルールに違反してて……なんていうか、駄作?これはとても商業誌に載せるレベルじゃないなっていうのは後で気づいて恥ずかしかったですね。(笑)
でもいろいろと研究したりとか……やっぱりすぐ仕事になるわけではなかったので、半年間くらいは他の人の作り方を見たりして、真似というか、なんとなくコツを覚えつつ、原稿料いらないから、フリーペーパーとかに無料で載せてくださいと。寺崎美保子が作ったってことがわかるようにクレジットを入れてください、その代わり作った雑誌、フリーペーパー50冊くださいってお願いして、それを周りの人に配って「私、これ作ったから解いて」なんて言って、そういうことを半年ぐらい続けてたら、仕事がボツボツ入ってきたっていう感じですね。
qbc:
パズルの方に傾いていったのはなぜですか?
寺崎美保子:
ライターをやっていた時に、ライティングの仕事はよっぽどコネクションと専門分野がないと、継続して仕事をもらえないんです。私はSNSの知識とかがあったので、編集者だったり仕事をくれる人とのつながりはあり、最初からある程度の仕事はいただいてたんですけど。ただ、やっぱり伸びしろがないなってすごく思ったんです。
ただ、ライターとパズル作家を比べると、ライターの方が圧倒的に人口が多いと感じたので、ニッチな隙間産業のパズル作家の方に行った方が、自分のフィールドを確立できるんじゃないかと思いました。
もちろん、ただのパズル作家だけだと絞れないので専門分野に特化したとかね。例えば競馬クロスワード作家とか……私は趣味が結構あったので、その趣味に合わせたパズルを作り続けました。それから、頭でエッチする官能パズル、エロスワードパズルみたいな感じで、アダルト紙向けに売り込んだりして、割と連載をもらえたというところがありますね。
qbc:
とはいえ、全然関係ないものだったら、傾かないと思うんですよ。
クロスワードパズルに入り込んだきっかけを掴めた、興味を持てた糸口って何だったんでしょう。
寺崎美保子:
やっぱりゲーム好きだったということと、中学生の時にファミコンが大好きでファミコン少女だったんですけど、サン電子というメーカーがあって、中学生の頃はサン電子のゲームで一生懸命遊んでいました。
なかでもディスクシステムでナゾラーランドという、クイズとパズル的な要素が強いゲームがあったんですよ。そのナゾラーランドを監修しているのが、当時世界文化社の、パズラーという雑誌を作っていたところで、そのパズラーがクロスワードパズルを手掛けてたんですね。
その時の記憶があって、中学生の時に知ってた分野が、大人になって今度は解き手・遊ぶ側から作り手に回ったというところでは、個人的にはやっぱりさっきも言った、ゲーム業界で頑張りたかったというバックボーンがあったので、これで私はゲームの世界に入り込めるんだな、制作側に入り込めるんだなという気持ちになりました。
qbc:
ゲーム自体の魅力っていうのは、何でしょうか?
寺崎美保子:
私は小中学生の頃って割とおとなしかったっていうか、引きこもりかどうかは置いといて、子どもの頃ってもう本当にゲームウォッチ、ファミコンブーム、ドラクエブーム、格闘技ゲームブームといった流行がありました。それが中学生ぐらいの頃で、高校生ぐらいになるとテーブルトークっていうサイコロを振ったりとか、モンスターメーカーっていうようなファンタジーの世界などに突っ込んでて、それに魅了されていくんですけど、ゲーム自体は楽しいんですけど、どちらかというと、どういった友達と遊んでいたかっていうことによって左右されますよね。多分どのゲームで遊びたいというよりは誰と遊びたかったかっていうところで、たまたま私の周りにゲームが好きな友達が多かったっていうところに、多分そのベースがあるんじゃないかなと思います。
qbc:
人と遊ぶためにゲームがある、というところでしょうか?
寺崎美保子:
そうだと思いますよ。だって一人で遊んでて面白くないじゃないですか。もちろん面白いとは思いますけど、飽きちゃいますよね。
例えば、小学校六年生ぐらいの時にドラクエ2が発売されてめちゃくちゃブームになったんですけど、当時クラスメイトで好きだった男の子がいて、その男の子が今どこどこまで行ったよって話をしているので、その会話の糸口というか、好きな男の子と一緒に話したいから、私もゲームを頑張ったっていう。そういった、ね……なんて言いますかね。懐かしい思い出もありますね。
qbc:
寺崎さん、他に趣味とかありますか?
寺崎美保子:
趣味はたくさんありますよ。付き合った男の数だけ趣味があるので。
qbc:
どんな趣味ですか?
寺崎美保子:
好きな男性が好きな趣味はだいたい私も網羅しています。今のパートナーがだいたい40年間競馬と向き合い続けてきたので、競馬にすごくどっぷりで。週末は競馬場によく行きますし、平日も彼とのデートで大井競馬場とか川崎競馬場などに行っています。
qbc:
その他の趣味を教えていただけますか。
寺崎美保子:
基本的に遊び全般ですけど、そうですね。割と最近ハマってるのはシーシャですね。タバコは吸ってないんですけど、アロマの香りとか結構好きで、一人で考え事する時にシーシャバーへは行きます。だいたい週5ぐらい行ってますかね。
それ以外の趣味は旅行とかですかね。クルーズに乗るのが大好きで、コロナ前は海外クルーズに数年レベルで多分10回以上乗ってます。このクロスワードパズルを教える仕事という形で、飛鳥クルーズに業務調整員として乗ったこともあります。
qbc:
クルーズが好きなんですね。
寺崎美保子:
クルーズが大好きです。笑
qbc:
その他の趣味は何がありますか。
寺崎美保子:
海外のカジノで勝負することが多いですね。あと私はポーカーをたしなんでいます…本も出しているぐらい。テキサスホールデムというゲームなんですけど、これは2006年ぐらいからもうかれこれ20年近くやっています。日本ではお金をかけることができないので、海外に行ってポーカーの大会に挑戦することもありますし。本を出している関係でポーカー大会の実況配信をしたりもしています。
qbc:
その他は?
寺崎美保子:
その他いっぱいありすぎてなぁ。(笑)あとね、自宅で私お酒飲めないんですけど、飲み会結構やってますね。宴会幹事が好きです。
qbc:
この際、思いつく限りを羅列してみてもらえます?
寺崎美保子:
人が集まっているなかで人と人をつないだりするのがすごく好きです。あと最近は仕事にしているのが占いとかですかね。心理チャートから派生して、占いはよく鑑定してます。
qbc:
占い。はいはい。
寺崎美保子:
人と人をつないだり人の夢を応援したりっていうのが好きで、YouTubeも最近やってはいるんですけど……。去年50歳になった記念にCDデビューしたんで、ミュージックビデオを公開したり、自分の持ち歌を歌ったり、ライブをやったりとか。あとお笑いですね。20代の時にお笑いにハマってて、一時期だけお笑い芸人やってた時期もあるんですけど、どちらかというと芸人よりもお笑いライブを主催する側ですかね。芸人さんやスタッフさんと交流したりということも結構好きです。
qbc:
その他は?
寺崎美保子:
その他ですか?テーマパークですかね。ディズニーランドとかユニバーサルスタジオジャパンとか、あとマニアックなテーマパーク巡りをするのが好きです。マニアックなところだと船橋アンデルセン公園や新潟のサントピアワールドとか、浦郡のラグナシアとか……テーマパークはめちゃくちゃ行ってるし、本も出してます。はい。
qbc:
その他、ありますか?
寺崎美保子:
本はあまり読まないんですけど、基本的にピッコマとかには月1万円ぐらい課金するヘビーな漫画ユーザーですね。
あとは食べ物が結構好きなので、グルメ的なものとかでよく美味しいもの食べに行ったりとかはします。しゃぶしゃぶがすごく好きで、木曽路とか温野菜みたいなチェーン店も行きますが、飛騨牛が食べたくて郡上八幡まで行ったり神戸牛が食べたくて三宮へ行ったりしています。
qbc:
他にありますか。思い当たるもの含め。
寺崎美保子:
思い当たる……話してれば出てくるかもしれないんですけど、今ぐらいでもかなり出した方だと思いますけど、少ないですか?
qbc:
多い、少ないの話ではなくて、寺崎さんという人間を表すときに、趣味を聞いているだけですね。
寺崎美保子:
なるほどね。
さっきも言った通り、付き合った男の数だけ趣味があるとは言ったものの、やっぱり今トレンドというか、今誰と一緒にいるかって結構大事で。
今の彼と一緒にいて一緒にできることが、どうしても記憶が上書き保存されている部分が非常にあるんですよ。
だからこんなことも過去にやってきたって話いっぱい出てくるんですけど、今パッとざっと挙げたところっていうのが割とここ最近のトレンドですね、ほぼ。
qbc:
最近というのは、どれくらいのスパンですか。
寺崎美保子:
だいたい2年前ぐらいですね。私、さっき人生経験がという話したと思いますけど、基本的にはバツ2で2回離婚しています。最初の旦那との間に今大学生になる息子がいるんですけど、息子も割とハイスペックというか、いい感じのオタクに育って、親子関係は非常にいいです。
今付き合っている彼というのが23年前に付き合っていた、結婚する前にお付き合いしていた元彼と復縁したパターンで、ここ2年ぐらいは今の彼と一緒にいます。
その彼と付き合うにあたって、2人目の旦那と離婚したんですけど、それがちょうど去年の3月ぐらいで、その離婚した相手というのは実は今も一緒に住んでまして。離婚届と一緒に、役所に養子縁組の書類を出して親子になったという経緯がありますね。
qbc:
あっ、その後のパートナーと?
寺崎美保子:
じゃなくて、元旦那と親子関係になった。で、今付き合ってる彼氏が別にいますという話ですね。
今お付き合いしている彼というのが、さっきも言ってた、競馬が本当に好きで、サラリーマンしながら競馬系ユーチューバーもしているんで、本当に今、多分人生の、ちょっと前まではポーカーがすごくトレンドだったんですけど、お店やるぐらい好きだったんですけどね。やめちゃったんで。はい、お店は4年半で辞めましたけど、今の彼と一緒にいて、割とその仕事の時に競馬が中心の趣味というか、競馬が中心の生活になったなっていう感触はあります。彼と一緒にいない時は、さっき言った一人時間をすごい大事にしてるので、シーシャに行くっていうことが多いかなっていうところですね。

qbc:
えっ、前のこのパートナーさんを養子にしたっていうのは、どういう理由だったんですか?
寺崎美保子:
現在のパートナーというか元旦那ね。2回目の結婚の時、私が起業してすごく、なんていうか、まともに従業員に給料が払えないなって思った時に、でも仕事は手伝ってほしかったので、あ、そうかって。もともとその旦那さんにした時も扶養に入れてしまえば給料払わなくていいなっていうところで、一緒に仕事手伝ってくれない?って話をしたっていう経緯があるんですけど。
でもそうやってすごくお世話になった今のパパですが、4、5年ぐらい前かな?私が占い師になろうと思ったきっかけは、たまたま一緒に占いをしてもらった時に手相を見てもらった時のことなの。占い師から突っ込んだ話をしていいですか?って言われて、あ、どうしたんですか?って言ったら、今のパパの手相を見て「5年先の未来が見えない」って言われて。
え?って言って半年後ぐらいに、彼の体重が100キロ超えてたのが70キロぐらいまで落ちてしまって、原因を調べたら悪性リンパ腫ステージ4という血液の癌にかかってたんです。それで体調を崩してしまったという関係で、やっぱりストレスもすごいかけてしまったし、自分の都合で彼の人生を振り回してしまったなっていうところがあって、夫婦ではないけれども家族であるということには違いないと思ったので、養子縁組という形を取って家族という形を継続してます。
qbc:
性格について、周りの人からどんなことを言われたりしますか?
寺崎美保子:
性格ですか。うーん。歩くパワースポットってよく言われてます。
qbc:
それは性格とは言えないですね。キャラクターになってしまいます。性格。信条面の部分で。
寺崎美保子:
なんだろう。自分の性格はよくわからないです。若い頃は割と癇癪持ちだったんですが、よく言われるのはお釈迦様みたいと言われますけどね。
qbc:
それはどういうことなんですか?お釈迦様みたいとは……。
寺崎美保子:
あんまり怒らないからじゃないですか。(笑)
qbc:
はい。はい。
寺崎美保子:
例えば、人と付き合うときにあまり人のせいにしない、人のせいにしてこなかったのは、経営者やってる時にその経営者の先輩から、何か失敗した時は全部自分のせいだと思えって言われたんですよ。それが責任者だからって。
だから、例えばどんなにひどいこと言われてても、例えばどんなにひどい仕打ちを受けたとしても、「相手の気持ちになって相手の立場になってものを考えなさい」っていうベースがあると、「私も相手の立場だったらそうなのかな」って思うと大体その、なんていうか怒り、あんまりそのトラブルというか揉めたりしないっていうところもありますよね。自然とそういう考え方が身についていました。
過去:だから、やっぱりこの10年をパッと振り返っていくと、ポーカーとパズル、この二大柱がずっと私の活動の支えになってきたかなっていうように思います。
qbc:
過去について聞いていきたいんですけども。子どもの頃はどんなお子さんでしたかね?
寺崎美保子:
ものすごく人の輪に入るのが得意ではない、苦手な、引っ込み思案なところがありましたね。多分本質的なところは明るかったんでしょうけど、割と周りが凍りつくようなことを言う。例えば幼少期は人の輪に入っていけず、ブランコを漕いで一人で物を考えていた。小学校、中学校ぐらいになると割といじめみたいなのがあったりとかするけど、いじめの原因は自分にあったんだなっていうのは振り返りはあるんですけど、例えば「一緒にご飯食べよう」、「お弁当食べよう」って言われても、私がなんていう答えを出してたかっていうと、私と一緒にご飯食べても美味しくないから断るっていうとんでもない中学生だったかなっていうのがあって、いつの間にか孤立してたっていうのが学校での私ですね。
ただ、さっきも言った通り、そのオタク趣味が高じて中学生ぐらいの頃からは学校に友達は全然いなかった、あ、いや、全くいないわけじゃないんですけど、外に友達はすごく作りました。とくにゲームが好きな人。ゲームの雑誌とかにですね、当時はまだ自宅の住所を載せたりとかする文化があったんですよ。それで文通相手を募集して、中学生ぐらいの時に学校にいる友達がいないからといって、外に友達を作り始めた結果、年間1000通ぐらいの手紙のやり取りをするぐらい外の友達が増え、それをサークルという形で例えば会報を発行したりとかっていう形ですね。ゲームが好きな人を集めて。今で言うオフ会をしたりとかして、中学生ぐらいの時にはもう100人以上のコミュニティを作ってました。そんなような中学生ですね。
で、高校生の時は、初めて彼氏ができたんですけど、最初の男があんまり良くなかったっていうところで、芋づる式に彼氏が変わっていくような高校生でした。で、高校2年生の時に、当時の副担任の先生にその彼の悩みを話してるうちにその先生と付き合い始めたっていう経緯があります。
で、それが高校生から大学生になった時に、アルバイトっていうかそのゲーム業界で働きたいからっていうところで、ゲームセンターでアルバイトをしていたところ、ゲームセンターのアルバイトの先輩が、競馬が好きで、今の彼氏とはまた違う人ですけど、競馬が好きで、「競馬場に行きたいな」と思った時に本当に競馬が楽しかった。で、その当時学校の先生だった彼に20歳の誕生日をどうやって過ごすのかって。「俺と競馬とどっちを取るのか」って言われて、「あ、競馬取ります」って言って別れたのが20歳ですね。
それからやっぱりゲーセンでバイトしてて、競馬にはまった中で、ただ競馬を見てるだけじゃ面白くないからといって、ラジオたんぱ、今のラジオ日経のレースアナウンサー養成講座に通い、競馬実況を勉強してアナウンサーの世界を知りました。喋りの仕事ですね。MCっていうのかな?選挙のウグイス嬢やパーティーの司会など、割とそういったことを請け負うようになったんですけど、途中でですね、やっぱそのエンターテイメントっていう分野、そういうものにすごく興味を持ったので、アルバイト求人誌でマジシャンの弟子のアルバイトの募集があったので、そこに応募してマジシャンの弟子になり、大学は「マジシャンの弟子になるからやめます」と言って中退をしたんですけど、22歳の時か、あれはまだ。
1回その大学を辞めた後に、マジシャンの道もあることがあってやめてしまったので、フリーター生活に転落しました。その当時付き合ってた彼が函館に住んでいて、私は横浜だったんですけど、一時期遠距離恋愛をしてたっていう関係で、またアルバイト求人誌で、北海道研修ありという、大して職種も見ないで見た、応募した仕事がたまたま北海道の千歳というところで仕事があったので、そこに行ったんですけど、それが北海道研修っていうだけが魅力的であって、別に帰ってきた時に全くそのなんていうか仕事燃え尽きてしまった関係があって、「その仕事もやりたくないな」って思ってたら、偶然知り合いから連絡があって仕事手伝ってほしいって言われた仕事がたまたま出版社の雑用の仕事だったんですけど、それがむちゃくちゃ面白すぎて、「作家になるんで会社を辞めさせてもらいます」って言って、その会社を去ったのがまだ23歳ぐらいかな?
でもみんな笑いましたよね。「そんな作家とかライターなんてなれっこないよ」なんて笑われたんですけど、でもやっぱり言ったことはちゃんと叶えていきたいっていう人生だったんで、24歳でライターデビューして、雑誌でライターの仕事をして25歳で共著を出し、26歳で著書を出したっていう意味では、そこまではトントン拍子だったのかなっていう風に思います。
で、親からそろそろ結婚しないのかって言われて、その当時やっぱり遠距離恋愛してた彼と破局してしまって、やっぱりそのショックでなかなかその結婚まで踏み切れなかったんですけど、いろんな男性と付き合ったり、別れた折を繰り返して気づいたらお腹に命が宿ってて、それがきっかけで結婚はしましたけど、でもやっぱりその三ヶ月、切迫早産で入院して、なかなかその一歩も外に出れないというか、実は三ヶ月間ベッドで寝たきりの生活を送ってると、やっぱり外に出たいよねっていうところがあり、出産した後は割と自分が働くからって言って、その当時の旦那さんに主夫してもらったっていう経緯があります。
それで息子は本当に実家とスープの冷めない距離みたいなところに住んでて、朝、借りていた事務所が六本木だったので日吉から六本木まで行き、朝息子を保育園に預けて六本木まで行き、夕方になると息子を保育園に迎えに行って、実家に息子を預けてもう一回六本木に行き、終電で帰ってくるっていう生活をしてたんですね。で、その中でたまたまそのさっき言ってたポーカー、テキサスホールデムポーカーと出会い、帰りもちょっと連日遅くなったっていう経緯があるんですけど、ある日家帰ったら家の電気が消えていて、暗くて、「あれ」と思って、電気をつけたら置き手紙がありまして、当時の旦那さんが「息子を連れて実家に帰らせていただきます」。それで離婚したのが2007年。
でその年にやっぱりそのなんか変わったことしたいなと思って「お笑い芸人やりたいな」と思ってお笑いコンビを組んでみたりとか、大道芸人やりたいからと言ってヘブンアーティストのコンテストに出て二次審査までは行ったっていうところまで頑張ってやってみましたけども、当時のお笑いコンビのマネージャーが北野武さんの付き人をされていた方だったんですけど、その人から、「寺ちゃん」(あたしは寺ちゃんと呼ばれていました)「寺ちゃん、君はね、お笑い以外の道で食べられる道があるからダメなんだよ」というふうに言われ、やっぱり芸人としてはあたし花が咲かないんだなぁと思ってその翌年に、今の会社を立ち上げたっていう経緯があります。これが2008年のことです。
qbc:
何歳ですか?
寺崎美保子:
2008年だから、どのぐらい?今から17年前?ってことは33か4かそんな感じですかね。
qbc:
それからはいかがですか。
寺崎美保子:
それからですか?それからは結構紆余曲折、だから赤赤赤黒赤赤って、赤字赤字赤字黒字赤字赤字って4期目で初めて黒字になったんですよ。あ、すごい頑張ったと思うんですけど。
ただ、やっぱりね、その次の年って売り上げ倍になったんですけど、赤字が850万ぐらい出ちゃって、私もう経営者向いてないんじゃないかなって言って、2012年か2013年ぐらいだから、5期目の時ですよね。
5年目の時に会社を、その、もう大きい会社にこう経営統合っていう形でね。官報に載せるぐらいのその組織にこうなんていうか、その、吸収されたというか、そういったことがあったんですけど、ただ、その様子もおかしいと。
大きい会社に行ったはずなのに、周りから聞こえてくる噂が良くないんですよ。「給料を払ってもらえなかった」とか。あれ?みたいな話があってよくよく調べたら、すごくその、どうも大きくしたのが見せかけで、「これはやばいぞ」って思って、その当時のその直属の上司に相談したら「もうこの会社潰れるから」って「組織ごと潰れる」って話になって。「これはやばい」と思って、今てらこヘリテージ株式会社って名前なんですけど、始めた当時は株式会社ゼロページって名前でやってたんですね。だけど、「これはやばい」と思って、いつかの仕事と会社をもう一回白紙撤回で返してもらって、また1からやり直したっていう経緯が2013年ですね。
で、その頃属してた組織が倒産したっていうのが割とニュースになって。ドレミファホールディングスっていうとこだったんですけど、ゆるキャラとかですね。こびとづかんなど手掛けてたところの親会社だったんですけど、それはニュースになるぐらい結構大きなことだった。
やっぱ紆余曲折いろいろあったんですけど、2013年ぐらいは。だから、その前は新宿のタワーマンションに住んでたんですけど、やっぱこれは、もう転落するなって思って、その、いろんなものを失った時に引っ越した先が浦安だったんですね。どうしてかっていうと海外とかには行けなくなるかもしれないけど、せめて自分の趣味を保ちたいっていうところで、ディズニーランドとシーの年間パスポートを所有して、新浦安のホテルエミオンの目の前に住んでたんですけど、ただバスに乗って、そうそう。カレーはどっちで食べる?シーで食べる、ランドで食べる?みたいな。そんな生活をしてたのが浦安時代。ところが2015年ぐらいに……。

qbc:
すいません、話の途中ですが時間がないのでこちらから質問させていただくんですけど。子どもの時に好きだった遊び。幼稚園とか。その頃って何が好きでした?
寺崎美保子:
やっぱり幼稚園の頃もゲームが好きでした。
qbc:
なんのゲーム?
寺崎美保子:
ゲームウォッチとかですかね。当時はパラシュートとか。あと親と一緒に遊んだトランプゲームとかも好きでしたね。
qbc:
ご両親からはどのように育てられたと思っていらっしゃいますか?
寺崎美保子:
お父さんもお母さんも教育者で学校の先生だった。お母さんはピアノの先生だったんで、おばあちゃんもそうなんですけど、子どもの時は勉強しなさい、というよりもピアノ弾かされたっていう、なんていうかそういう家庭だったんですね。
で、お父さんは大学教授で英米文学、英語を教えてたので、英語は私そんなに得意ではないんですけど、割と早い時期から英語を習わされてましたね。
親ではないですよ。不思議なのは、やっぱり親に習うとすごく反発してしまうので、習い事、ピアノにしても英語にしても別の先生に習ってたっていう記憶があります。
qbc:
そうでしたか。ではその2015年ぐらいの時期について、お話を5分ぐらいでまとめていただけると。
寺崎美保子:
2015年からニコニコ超会議で初めてポーカー実況アナウンサーとしてデビューします。それはジュニア大会で17歳以下の子どもたちだけが遊ぶ大会の実況でデビューしたんですけど、それがきっかけでこどもポーカーに目を向けるようになりました。
だからうちの息子が当時多分、小学校6年生ぐらいだったんですけど、今まではその妖怪ウォッチとかポケモンには興味あったけど、ポーカーには興味はなかった息子が今大学生の息子がですね、ポーカーのアミューズメント施設のポーカースポットでディーラーのアルバイトをするぐらい、そのポーカーにその……なんていうかね、関わるようになって親としては嬉しいかなっていう。
だから、やっぱりこの10年をパッと振り返っていくと、ポーカーとパズル、この二大柱がずっと私の活動の支えになってきたかなっていうふうに思います。
だから4年半続けた、ポーカーのお店「新橋葉ハサウェイ」はやめてしまいましたけど、1月に。でもやっぱさっき言った、その子どもポーカーに関しては今もすごく真面目にやっていて、「こどもポーカー推進委員会」という形で今社団法人にしようという形で準備してます。
で、年に2回ぐらい、東京タワーのREDというところで、子どもたちのポーカーの大会を主催してるんですけど、これを今後継続していきたいかなっていうふうに思っています。はい。
qbc:
このご自身の人生を振り返っていただき、人生の転換点ってありますかね?
寺崎美保子:
まず20歳の時ですね。
qbc:
はい、はい。
寺崎美保子:
さっき言った「俺と競馬とどっち取る?」って言われて、学校の先生と別れて競馬の人生に行ったっていうのが、今の彼と合流するきっかけになったと思います。まず20歳。で、同時にその20歳の日ってお笑いライブにも行ってるんですよ。で、やっぱそのお笑いってその後から私の人生にも影響してた。お笑いライブに行ったきっかけとしても、大学生の時に学園祭実行委員をやっていて、ゲストに爆笑問題を呼んだっていう経緯があるんですけど、それのトリが爆笑問題だったっていうのがあるので、やっぱ20歳が一番のターニングポイントだったと思います。
qbc:
その他、思い当たる転換点ってあります?
寺崎美保子:
そうですね。ちょうど今から2年前ほどですね。会社の15周年パーティーがあったんですけど、それは上野の東天紅というところでやったんですけど、そこで今の彼氏と再会したっていうのもあります。
だから、やっぱり会社の15周年ってある意味区切りだなってすごく思って、この先はどうなるか分かりませんけど、ポーカー事業の方は縮小してしまったのでわからないんですけど、終活っていうと早いのか遅いのかわからないんですけど、50から60歳に向けて、なんていうかいい年の取り方したいなっていう準備をしてるっていうところでは、その15周年パーティーをやってよかったなって。120人ぐらい集まってくださったんですけれども、良かったなっていうふうには思ってます。
ただまだまだ現役で仕事はすると思うんですけれども、どちらかというと仕事、パズルを作るというよりは、パズルを作る人にそのパズルの作り方を教えるとか、仕事を息子とかに継承していくっていうところが今後の課題になるんじゃないかなって思ってますけど。はい。
未来:やっぱりなんだかんだ言って私人が好きなんですよ。だからそのゲームばっかり遊んでたいわけじゃなくて、その先にやっぱり人がいないと多分飽きちゃうのね。
qbc:
未来について聞いていきますね。
今出たところですけど、この後5年、10年、何10年なのかわからないですけども、最後、自分が死ぬ時っていうのをイメージしていただいて、どんな未来を今イメージされてますかね?
寺崎美保子:
そうですね。今はやっぱりそのうちの今のパートナー、彼も、趣味のその競馬を続けていながらもサラリーマンをしていますので、同じぐらいの年ですけど、60歳くらいまでは多分そんな生活が続くのかなって思いつつも、早期退社ができるのであれば、二人で競馬バーをやりたいっていうのが、その老後の楽しみとしてあります。
だから好きな競馬をね、語りながら、競馬好きと話しながら過ごしていく。そして、お店を閉めながら、世界中へ旅行、行きたいなっていう思いが割と最後の方にあるので……。なんていうんですかね。私にその戦える気力体力があるんだったら、もう1回そのポーカーの世界大会、そういったものにチャレンジしていくのが50代とか60代、70代ぐらいまでは、そんなことを考えて生きていくのかなと思ってます。はい。
qbc:
寺崎さんの興味の共通点、楽しいって思うものの共通点って何でしょうかね?
寺崎美保子:
楽しいのは前提にあるんですけど、関わった人が私の先の関わった人が笑顔になるっていうところが私の一番キーワードになりますね。
やっぱりその人に喜ばれること、楽しんでもらうことっていうのは、もうずっとそのエンターテイメントの分野、そのお笑いもそうですけど、続けていったところで、自分の中の柱にあるので、やっぱり人を喜ばせたりとか楽しませたりっていうところに、私のやっぱりその、なんていうか、ポリシーというか、生き方のあれがあるんじゃないかなと思います。
qbc:
それに初めて気付いた瞬間っていつ頃だったんですか?
寺崎美保子:
小学校の時に集会委員会っていうのをやっていて、その時に演劇だったりとか、音楽などを披露して、みんながワーッて笑ってくれたりとか拍手してくれたりとか……ま、そういったその舞台に立った時っていうんですかね。多分小学生くらいの時だったと思いますけど、それに気づきましたね。
qbc:
職業的に気がついた時っていうのはいつですか?
寺崎美保子:
割と早いうちから気がついていたと思います。
なので、アルバイトもゲームセンターと言いながらも、テーマパーク、ナムコ・ワンダーエッグやワンダーパークなどでバイトしてたんですけど、それもやっぱりアトラクターとして、お客様を楽しませたりとかですね、お客様と共に遊んだりとかっていうところがあって、やっぱりその「楽しかったよ」、「また来ますよ」なんて言われるのがすごく嬉しかったので、職業として、そのプロとして目覚めたのは、大学生の時ですかね。
qbc:
アトラクターって、お客さんとコミュニケーションを取りながらアトラクションの運営や案内をするスタッフのことですか?
寺崎美保子:
そうですね。スタッフですね。
ディズニーで言うキャスト、ユニバで言うそのクルーみたいなもので、接客っちゃ接客ですよね。テーマパーク遊園地みたいなところでやってく。テーマパークに憧れを抱いたっていうところは多分そこですね。
どうやったらその関わってるお客さんも楽しませるかとか、喜ばせるかっていうのはいつも例えば言葉とかセリフ1つ取っても工夫したりとか。いろいろしてました。
それでお笑いにも興味を持ったっていうのはありますね。やっぱりダイレクトに笑わせたいっていうところがあったので。
qbc:
ギャンブルとゲームっていうのは同じものですかね、違うものですかね?
寺崎美保子:
どうでしょう?ゲームとか……要はギャンブルっていいイメージないじゃないですか。お金の問題もありますし。
qbc:
破綻する人は確かにいますね。
寺崎美保子:
そうそう。だから、それをね、どう考えるかなんですよね。依存症になるかならないかっていうのは割り切れるかどうかなんですよ。ギャンブルにハマる人っていうのは負けを取り返そうとする。でも私は、例えば使う額は決めていて、例えば全部その使う額がなくなってしまったら、「よく遊んだ」っていう風に割り切るようにしてるんです。
負けを取り返そうとすると、破滅の道に行ってしまうので、だからそのギャンブルというよりは、そのポーカーは違うかもしれないですけど、例えば競馬でもパチンコでも「よく遊ばせてもらった」って言って割り切る形にしてますね。
qbc:
どっちかっていうとそのゲーム性として競馬とか、いわゆるお金をかけるものは通ずるものがあるのか……むしろ同じなのか?っていう質問です。
寺崎美保子:
同じだと思いますよ。楽しめれば。エンターテイメントっていう形で楽しめれば……だからこんな言葉もあるんですよ。ギャンブルもそうなんですけど、「負けて当然、勝って偶然」という教訓があるんですね。基本的にギャンブルって勝てるものじゃないっていうところがあって、たまに勝てたらラッキーだよねっていうふうに思うぐらいがいいんですよ。
qbc:
じゃあこれまでで最高のゲーム、とりあえず今一番楽しいゲームは何ですかね。
寺崎美保子:
競馬。
qbc:
人生の中のトップは?
寺崎美保子:
人生で?もしあえて言うなら恋愛ですかね?
qbc:
じゃあ競馬と恋愛、とりあえずどっちにします?
寺崎美保子:
恋愛ですね。やっぱりその趣味っていうかその、やっぱりなんていうの一度しかない人生で、この人と出会ってこの人と一緒にいるっていうその時間の大切さ、同じ時間を共有できるっていう意味では、私の中では一番。
今のパートナー、つまり彼氏と過去に1度は別れたんですよ。元彼と23年ぶりに復縁したっていうところは奇跡でしかないと思ってるんで、やっぱり一番はそこかな。
あ、たまたまその彼との共通話題が競馬だったっていうだけで。やっぱり今の彼は私にとってこの先の人生を歩むなかで答え合わせをしてるみたいだから、毎日が新鮮です。
qbc:
おそらくその一般的な意味でゲームってただ楽しむものっていうふうになると思いますよ。でも寺崎さんのおっしゃる恋愛、ゲームって言った時に、恋愛が出てくるっていうのは多分違う意味合いを持ってると思うんですよ。どういう活動なんですかね?ゲームって。寺崎さんの中で。
寺崎美保子:
なんだろう。結局ゲームって手段でしかないので、やっぱりなんだかんだ言って私人が好きなんですよ。だからそのゲームばっかり遊んでたいわけじゃなくて、その先にやっぱり人がいないと多分飽きちゃうのね。
その人が好きっていうところ、人を喜ばせるとか楽しませるもそうなんだけど、人の幸せって私の幸せでもあるみたいなところがあるんで、自分さえ良ければいいっていう、そういう人生じゃないっていうことだけは言いたいですね。
qbc:
対人コミュニケーションというと、家族もそう、恋愛もそうだし、家族もそうだし人を集めてつなげるみたいなのも、コミュニケーションだと思うんですよ。コミュニケーションの中で言うと、トップは何ですか?
寺崎美保子:
コミュニケーションの中で言うとトップですか?やっぱり何だろう……さっきも言った、一度しかない人生だから振り返った時にいい人生だったよねって笑って言えるような相手と、やっぱり同じ時間を共有するっていうところじゃないですかね。
qbc:
もしもの未来についての質問。もしも許されるのならば、複数のパートナーがいた方がいいですか?
寺崎美保子:
ちょっと前まではポリアモリー主義だったんでそう考えたいんですけど、今は今の彼氏が一人いればいいです。他はいらないです。
qbc:
あ、それはぜひ……そのポリアモリー主義から、今の選択に至ったところを聞きたいですね。
寺崎美保子:
これはね、ちょっと言葉では表せないんで……なんていうか惚れた女の弱みとだけ言っといてください。
qbc:
ちょっと待って。(笑)
男性だったらうまくいったってことですか?
寺崎美保子:
やっぱ男性って子孫を残すためのものじゃないですか。でも、女性って受け入れられるのは1人だけなんですよ。基本的には。
もちろんネパールみたいに一妻多夫制みたいな国もあってそれは興味はありますけど。でも……なんていうか今のパートナーと一緒になってなかったら、この質問に対しては多分その一妻多夫制をすごくその、私はアピールしてたような気がします。
qbc:
なるほどね。
寺崎美保子:
ちょっと前までは旦那もいるけど、彼氏もいるからって言って、20歳年下と付き合ったぐらいですから。やっぱりね。
qbc:
その理屈は何だったんですか?その彼氏も夫もパートナーもいるから20歳年下と付き合うっていう理屈は?
寺崎美保子:
ああ、20歳年下と付き合ったのは、別に私が誰と付き合っても関係ないんじゃない?って言って。すべて隠し事をしないで全部オープンにしてた。周囲に旦那いるけど彼氏もいるよって。あるってだけですけど。今は人間関係を清算したっていう、今の彼に一本化したっていう形ですね。
qbc:
後悔っていうのはありますか?
寺崎美保子:
もちろん失敗したなとか、その困ることもあるんですけど、振り返ってみて、やっぱりこの選択肢があるから、今の自分があるって思えば後悔ではないですね。
qbc:
相手を苦しめたこともあると思うんですよ。
寺崎美保子:
それはそうですね。
qbc:
その後悔を、どう吸収していったんでしょうか。
寺崎美保子:
吸収したっていうか「申し訳ないな」って思いながらも、「幸せになってね」っていうふうに思うだけですかね。
結局縁ある人って別れても連絡取れたりとか、近況聞けたりとかするんですけど、やっぱり自分が拒絶された相手とか、多分私が傷つけただろうなって思う相手は、多分私の前に現れたりとかしないんですよ。絶対。噂も入ってこないですから、ほとんど。だから私の知らないところで、きっと幸せな人生を送ってるなって思うようにしてます。
qbc:
ありがとうございます。最後の質問が、最後に言い残したことは、っていうので、遺言でも、読者向けメッセージでも、そのまま独り言みたいになってもいいですけども、最後に言い残したことがあればお伺いしています。
寺崎美保子:
座右の銘があって、「言葉は力を持つ」っていうのが若い時からの支え、そして今の私の気持ちは「継続は力なり」です。
qbc:
ありがとうございます。
あとがき
中学生の時にクロスワードを作ったことがあるMeadow(メドウ)です!いや〜、難しかったな。ひとつワードを決めても、別のワードと交差する時に矛盾が起こらないか考えないといけなかったり。せっかく3個くらいワードが決まっても、その先で崩壊が起きたり。なんだかんだで正月に親戚に配ったら、優しいおばちゃんたちは解いてくれて、なんなら解いたものを郵送してくれた人もいたっけ。そういう意味では私のクロスワードは誰かを笑顔にしたかもしれないし、回り回って私を笑顔にしてくれてたんだな。
などということを思い返すインタビューでした!ご参加ありがとうございました!
【インタビュー:qbc】
【編集・あとがき:meadow】

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