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【無名人インタビュー】noteに小説投稿している元放送作家

今回ご参加いただいたのは武広しんじさんです!

インタビューは2020年9月上旬に実施しました。

▷イントロ

悪魔がきたりて笛を吹くと。
その昔、私が仕事で年に2回ほどテレビ局に仕事で訪問していたころ、私はぜんぜんテレビを見ていなくて、ちょっとテレビ局に行くと不思議な感じだった。テレビ局のエレベーターとかで明らかになんか有名っぽいパワーを放った人と一緒になったりするのだけど、誰だか分からないし、そもそも別に普通の人かもしれないし、なんちうか「世間では有名かもしれないけど私にとってはぜんぜん知らない人」と一緒にいるというのは不思議な感じがした。
でも、誰かにとって誰かは有名だし、無名だし、そういうハザマの中で人間は生きているのだ。うう。
ということで元放送作家武広さん回です!!

1、音楽事務所マネージャー

qbc:どういうインタビューにしましょうか?

武広:私、放送作家をやってたんですね。

qbc:おお。

武広:フリーランスでやってたんですけれども、お恥ずかしい話ですが収入が安定しなくなって、今の会社に入ったんです。
その時に普通に転職サイトから応募して、いわゆる就職活動をやって、いっぱい会社を受けたんです。
けど面接行く度に「放送作家って何するんですか」と聞かれるわけじゃないですか。15とか20ぐらい面接やってるわけですが、その度に毎回同じ話するのが飽きちゃってですね。

qbc:はい。

武広:そういうモチベーションで行くとやっぱりうまくいかない。
そうした時に一応放送作家の端くれでもあるんで、面接官をちょっと楽しませないなと思って。
なんで放送作家になったかなんで辞めたのかを面白く話せる方法として、それをネタにした雑談の台本を作ったんですよ。

qbc:あ、もうできてるんですね。なるほど。

武広:そんなガチガチじゃないですけども、こんな感じで、こんなしゃべり方でみたいな。
やりだしたら「面白かったです」と言ってもらえて、面接落ちても「よしウケた!」みたいな。笑
今日のライブはいいライブできたな、みたいな。
まずその話からしようと思って。

qbc:ぜひ! お伺いしたいです。

武広:なんで放送作家になったのかっていうと、交通事故が起きたみたいなものなんです。
放送作家になる前、僕は音楽系の事務所に勤めていて、作曲家とかアレンジャーとかミュージシャンのマネージャーの立場でした。
なかなか音楽の世界って伝わりづらいと思うんで、もう少しわかりやすく具体例挙げると、例えばAKB48とか嵐とか、ああいったアイドル人のたちってCD出してめっちゃ売れるけど、自分たちで曲作らないじゃないですか。

qbc:はい。

武広:そういう人たちのために作詞作曲編曲をしたり、いわゆるカラオケを作る人たちをマネジメントしていました。
レコード会社やアーティストの事務所から、こういう曲を作りたいんでってお仕事いただいたりとか、コンペもあるのでそういったところに出していったりとか。

qbc:なるほど。

武広:担当していた作曲家の中に、CHEMISTRYとかRUI名義の柴咲コウさんに楽曲提供をして、リピート発注されるようになった人がいるんです。
僕今45なんですけど、当時まだ30過ぎくらいで、「この調子でどんどん頑張ってこーぜ」みたいな感じだったんですが、その作曲家から思いがけないカミングアウトというか、リクエストをもらって。
「俺は久石譲になりたいんだよ。Jポップの世界で名をあげるんじゃなくて、俺は映画音楽でやっていきたいんだよ」って言われたんです。初めて聞きました。
僕がいた事務所のクライアントって、Jポップス業界の方しかいなかったんですよね。映画音楽のお仕事っていうのをやっていない。コネクションが全くない訳ですよ。

qbc:おお。

武広:ちょっとびっくりして。
彼がやりたいことは応援したい気持ちもあるけど、どうしようって困る訳ですよね。
そこで三つの選択肢が出てくるんです。
映画音楽、劇伴をやって行きたいって言うのであれば、劇伴とか映画音楽に強い事務所に移りなさいと背中を押してあげるっていうのが選択肢の一つ。
二つ目は、本意ではないけど、Jポップで結果出てきてるから、映画音楽を諦めてもらって、それこそ小室さんや小林武史を目指してがんばろうぜみたいな感じで説得をするのが二つ目。

qbc:はい。

武広:三つ目が、うちの事務所を辞めずに映画もできたらいいよね。
どれにする? って2人で話した結果、初めは3で行ってみようっていうことになったんです。
で、ネットで映画制作会社をとにかく調べて電話なりメールして、会ってくれるところに行くと。
うちにこんな作曲家がいるんです。どうかちょっと御社の作品でご一緒できませんか? っていう営業を、仕事の合間合間でやるようになったんです。
でもそんなんでは簡単にお仕事なんてもらえないですし。

qbc:そうですね。

武広:僕の営業の仕方がダメなんですよね。空回っちゃって。
「彼はすごいんですよ。こんなヒット曲出して、こんないい曲書くんですよ」で会いに行っても、全然盛り上がんないんですよね。
一社、二社行ってこれはまずいなと思って。何がいけないのかっていうのを考えた時に、やはりお会いするのが制作会社、要は映画のプロデューサーさんになるわけなんで、音楽の話は盛り上がらないんですよ。
映画が好きでそのお仕事してんだから、映画の話をしなくちゃいけないと。

qbc:あー、そっかそっか。

武広:しかしですね、僕は映画が嫌いじゃないですけども、映画のプロの方と同じ目線で渡り合えるほど映画に詳しい訳でもない。
あれも観てないの? これも観てないの? これも知らないの? はまずいなーって思う訳ですよ。
じゃあそれを避けながら同じ目線で話せることってなんだろう? と考えた時に、要はそのプロデューサーさんが「知らない映画の話」ができればいいなと思ったんですよね。

qbc:うんうん。

武広:そこで思いついたのが、「まだ世の中にない映画の話」をしちゃえばいいんだって。要するに、映画の企画と一緒に持っていこうと。
本当に素人もいいとこですけど、原稿用紙1枚か2枚で映画の企画書を書いて「こういう映画どうですか。そこにうちの作曲家どうですか。絶対ヒット間違いないですよ」という話し方に変えたんですよ。
そうすると映画の企画の話なんで、全然リアクションが違う。映画の新企画を四六時中考えてる人たですから。
それで何社目かな、わりと大手の芸能事務所の社長秘書に会えたんですね。自分の事務所の女優を主役にして、制作委員会を通してがっつりヒットさせることに力を入れていた事務所でした。
そこでも「こんな映画どうですか」と話したんですよ。そこで初めてですね、「これは面白いですね」「うん、なんか少し見えますね」ってなって。

qbc:おおおー。

武広:「ただうちの事務所が映画に出資する条件が、原作がヒットしていることなんです」と。
原作ってこのペラ2枚しかないよ、どうしようって。で、ダメかって思ったらその秘書さんが「なので原作化するところまでは私の権限でなんとかやってみます。ただそれがヒットしないと、社長の映画化ゴーサインは出ません。私にライターを雇って書籍化まではやらせてください」とおっしゃっていただけたんですよ。
それだけでもだいぶ前進だったんで「この企画書はお預けするんでぜひよろしくお願いします」と。

qbc:はいはいはい。

武広:そっからですね。3ヶ月、半年と時間が経つ中で、よくある話ですが、どういう状況か聞いてみようとしもてすぐには会えない。
やっと会えたら、すごい暗い顔でミーティングルーム入ってきて、開口一番「申し訳ございません。このお話はなかったことで」と。
よくあることだからしょうがないなという気持ちも半分あるんですけども、ただ半分は納得行かないんですよ。「書籍化まではあなたの範疇でできるって言ったじゃないですか。書籍化もしていないのにNGって、それはおかしくないですか」と食い下がったんです。
でも「すみません、社長のGOが出ません、申し訳ない」の一点張りで、これはしゃーなしだなと思って、けどそっから1、2週間してですね、想像以上に僕が悔しくて悔しくてしょうがなかったんですよね。
可能性あるもん捨てたくないし、悔しいなっていうのがすごいあって、思ってた以上に残ってたんですね。
なんとかできないかなって考えた時に、自分で原作を作っちゃえばいいなと思ったんですよ。書籍化されたら、その本を持ってそこの事務所行けばいいし。そこが駄目でも別の映画制作会社に行けばいい。
ただ、僕も本のことなんて全く知らないんで、ライター雇うにも会社の事業ではないしどうすりゃいいんだと思った時に、交通事故ですよね。
しょうがない僕が書こうってなるわけなんですよ。

qbc:なるほど! 事故だ!

2、放送作家

武広:それから時間を見つけたらパチパチパチパチ一生懸命書き出したんですよ。
ただ仕事しながらなんで、しかも初めてなんで、進まないわけです。
当時お付き合いしていた女性も全然相手にできなくて。結構僕もストレスを溜めるようになっちゃったんですよね。
そこで2回目の事故が起きるんですよ。会社辞めますと。俺はこれを書きたいんでと。
当然収入がなくなるんで頑張ってアルバイトをしながら書くことだけに全精力を注いで。
ですが2、3年ぐらい経ってやっぱり気付くんですよね、小説書いて飯食うとか絶対無理だわみたいな。笑。
店頭に並んでる本とか読むとやべーちょー面白れーんだけどこんなの書けねーよみたいな。気付くんですよね、そうなると会社辞めちゃったし俺どうすりゃいいんだろうって。
そういう心境になってくると何も書けないんですよ、何も浮かばないというか。自分の中で自分にどんどんダメ出ししちゃって一歩も前に進めない。
で、そうなった時に何をするかと言うと現実逃避なんですよね。

qbc:うん

武広:喫茶店行ってMac開いてYouTubeをずーっと見てるみたいな。しょうもない時間を過ごすようになるんですよね。

qbc:贅沢なリラックスですね。笑。

武広:もともとお笑い好きなんで、やたら漫才を見てたんですよね。やっぱり笑えるから、ちょっとでも明るい気持ちになれるんで。笑

qbc:まさに現実逃避。

武広:ただ今までとちょっと違うのは、僕も素人ながら文章を書く身となった上で漫才を見て、2、3分の尺の中で、これだけ仕掛けを上手に作って笑いを取る。
感動させるより笑わせる方が圧倒的に難しいと僕は思ってるんで。
これはすごいなって思うわけですよね、改めて。どうなってんだと思って、ちょっと漫才を書き起こしてみて漫才研究みたいなことをするようになったりして。
小説と違っていいなと思うのが、漫才は短いんですよ。一個小説を書くのに三ヶ月ぐらいかかってるんですよ。書くのは一か月ちょっとで終わるのかもしれないんですけど、そこから推敲してとかとんでもなく長くかかる。こんなに時間かかってんのに一円にもなんねーのかみたいな。ちょっとやな気持ちになってきちゃって。
漫才っていうのは2、3分だから、例えばA4が2枚分ぐらいでも完結できるんで。
これなら書けるかなーって思って。遊び半分で自分も漫才を書いていたんですね。
これなら割と楽しく書けるので、これいいなあと。時間つぶしとか一人遊びみたいな感じで。YouTube見ては漫才書いて。そういう漫才とかコントの台本みたいなものがフォルダに結構な量溜まってきて。
溜まってくると小説と違って芸人さんがこれやってんの見たいなって気持ちがすごい湧いてくるんですよね。

qbc:おお!

武広:でも僕が芸人になるっていうのは無理だし、なりたいとも思わなかったし、芸人さんの友達がいるわけでもないから、どうしようって。
そうなった時に初めて、あれ、これって放送作家ってお仕事なんじゃないかな? ということに気付くんですよね。その場で放送作家のなり方ってググったら、自分ちのすぐ近くに大手事務所の放送作家養成所みたいのが出てきたんで、すぐ申し込みました。
一年間通って40万円ぐらいだったけど、もうそんな事全く気にせず。入ります! 入ります! 入ります! みたいな感じで通いだしたんですよ。
それが放送作家になるきっかけです。

qbc:交通事故以来、流れるような展開ですね。

武広:養成所を出たらすぐお仕事がばんばん来るわけじゃないんですけれども、ある放送作家の事務所の人に紹介してもらって、ちょっとずつお仕事をもらえるようになって。
やっと放送作家と恥ずかしくなく言えるようになった、と思ったところだったんですけれども、僕が養成所通った時に35、6だったんで、僕と同じ年ぐらいの作家さんはキャリア15年とか20年近くで、そこと同じ土俵で戦うのがきつくて。みんな強敵だな、すげーなー、みたいな。テレビの世界自体もあんまり僕、まだよく知らないみたいなのもあったし。

qbc:そっか。なるほどね。

武広:それでも何とかギリやっていけてるみたいな感じだったんですけれども、やはり今度は時代の流れですよね。
今テレビってどんどん見る人が少なくなってるんですよね。
AbemaとかAmazonプライムとかNetflixとか、そういうサービスも出てきて。

qbc:10年前とか、BPO(放送倫理・番組向上機構)が出てきて、コンプライアンスが厳しくなってきたりもしましたしね。

武広:僕なんかはテレビ一本だとしんどいんで、ネットで記事を書いたり、要はライターとしてのアルバイトも色々やりながらなんとか成立させていました。
でも肝心のテレビの方はちょっと斜陽でやばいなと。先輩が「辞めて地元帰るわ」とか。明らかに予算がないからギャラが安くなってきちゃっていて。かといって人気番組はもうガツンと大御所が詰まっちゃってるんで。
じゃあどこに行こうかって。Abemaとかネット方向に行こうとすると、似たようなことやってんだけどテレビ業界とは違う。プロデューサーの人たちがテレビ畑じゃない。しかも自分より年下だったりする。
僕は別に年下でも全然気にしないんですけど、プロデューサーからするとやっぱり年上のおじさんの作家さんがくると、扱いづらいだろうなって。

qbc:年齢問題ね。これは相手が気にすることだからね。

武広:僕、ー回誘われたんですよね。Abemaでこんな番組やるんでって。まだ渋谷に大きなビルが建つ前だったんで、あそこで入っておけばもしかしたらなんか繋がったのかもしれないんですけど。
僕自身も多分2、3年は悩んだんじゃないかなあ。放送作家は辞めなきゃいけないのかな、でも辞めて何するみたいな。でも最終的には、僕が一番収入のライフラインにしていた仕事を振ってくれていた制作会社さんが、テレビ制作部門をたたむことになって、金銭面で大打撃を受けたんですね。
なんとなく分かってたんですけれども、そこから死ぬほど企画書を書きまくった結果、もう駄目だなと思い、就職活動をしてみました。
ごめんなさい、長くなったんですけれども。一番初めは、振り返ると「久石譲になりたいんだよ」っていう。

qbc:笑。それは何年前になるんですか? 20代の頃?

武広:「久石譲になりたいんだよ」って言われたのは12,3年前? 30になったばっかりぐらい。であれがもう初めの軽い追突事故で、それから事故が玉突き的に起こって。

qbc:でも一人だった訳ではないですよね? マネジメントしていた人は。

武広:一人ではないですけどね。

qbc:「久石譲になりたい」と言った、たった一人の方向転換のために。なるほどね。

武広:初めは小さな事故だったのが、玉突きで大きくなって、今こうやって就職して、ようやく自分で自分に起こした交通事故の時効を迎えたのかなと。ようやく社会復帰したのかなと。

qbc:なるほどー。

武広:そんな感じです。以上です。

qbc:ありがとうございます。面白いお話でした。

3、CDショップ店員

qbc:放送作家になるまでの道のりで、気になったことがあって。企画書が通らなかったことに対してすごい執着されたじゃないですか。それは何故だったのですか?

武広:多分理由は二つあって、一つはテレビと似てるんですけど、やっぱ当時音楽の世界もなかなかCDが売れない、しりすぼんで行くんだろうなーっと思ったこと。
もう一つは、一応音楽ライターみたいなことはちょっとやってたんですよ。だから文章を書くことに対しての抵抗もないですし、一般レベルの人からすれば上手だねって褒められることもありました。大学も日大の芸術学部だったので。

qbc:えーウソ。私、武蔵大学でした。

武広:あーご近所。江古田駅を挟んで、

qbc:そうそう、駅のあっち側とこっち側。

武広:僕、大学出てすぐの頃って、今もうそんな面影全然ないんですけども、クラブDJに夢中になってたんです。CDショップでバイトしながらDJやってるみたいな生活でした。

qbc:なるほど。

武広:CDショップの手書きのおすすめコメントがあるじゃないですか。あれを僕、新譜の入荷する火曜日は、ひたすら毎週書き続けていたんですよ。
そうしたら、広告の業界誌に、街で見かけた名文大賞みたいなコーナーがあって、そこのコーナーに僕が書いたコメントが掲載されたんですね。
UnderworldっていうアーティストのCDに書いたキャプションで、これ面白いから載せたいんだってオーダーが会社に入って。そしたら僕よりも「よくやった!」って会社が喜んじゃって。

qbc:すごい!!

武広:僕の名前が本社にもとどろいたみたいで。ロンドン研修に行っていいとか、そういう話になったりとかして。結局これは行けなくなったんですけど。
でも、そんな感じで文章書くことに関しては抵抗もなく、小説は挑戦したことなかったけどやらないと後悔しそうだな、と思って。
年齢的にもこんな無茶できるのもう最後だろうなって思ったのもありますね。予想以上にすごい悔しかったのもあるし。

qbc:なるほど。

武広:このもやもやをちゃんと成仏させないと、この先、あそこの事務所に映画の企画を持っていって褒められたんだぜ、て言うだけのダサいおじさんになりかねないなとかも思いましたし。
成仏させないとっていう想いもあったのかもしれないですよね、今思うと。


4、キングオブメディアの交代

qbc:Abemaとかディレクターって、web畑の人たちなんですか?

武広:がっつり映像編集のところはテレビ出身の人じゃないとできないと思うんですけど、プロデューサーは違うと思いますね。

qbc:純正テレビマンじゃなさそうなんですねやっぱり。

武広:多分そうなるんじゃないかな。
でも僕がお声かけもらった時ってweb番組の黎明期だったんですけど、やっぱりノウハウがないから映像会社、制作会社に頼ってくるわけですよ。こんな番組作りたいからお願いできませんかって。要はテレビ局と一緒ですよね。
テレビ局だって、制作会社に「日曜日の8時でバラエティやりたい」から作って下さいってオーダーが入るだけなんで、それと全く同じです。
ただテレビ局の人って、純粋にテレビが好きでテレビで育ってきた人が多いけど、たぶんネットの方は、テレビはそんな知らんけど、でも映像が好きみたいな人が多いんじゃないかな。

qbc:なるほど。

武広:先輩の作家さんがチーフ作家になっていた、Abemaの新番組立ち上げに、「お前も入んない?」みたいな感じで呼ばれたことがあるんですね。「ゲームの番組をやりたい」って。やっぱりそこが、テレビと違うなと思って。
Amebaは、地上波と違うんですよ。いろんな人に見てもらうという頭がそもそもない。
ゲームの話はだからちょっとやりたいけどなんか僕じゃない気がするみたいな話はしたんですよね。
でも、その番組に入るには僕ちょっとゲーム知らなすぎますみたいな。お金もそんなにいい訳じゃなかったから、トータルで考えるとなんか嫌な感じで終わっちゃいそうだから、断ったんですよね。
世代交代と言うとおこがましいかもしれないですけど、僕がこのままこの世界にしがみついていっても、あんまりいいものは生まないんじゃないかなって思いましたね。・

qbc:なるほど。いわゆる既存の、音楽、テレビ業界にいた方が、なぜ今noteなのでしょうか?

武広:それはこのインタビューに応募した理由にもなるんですけども、今後どうしていきたいっていう大きな野望は全くないんです。
noteを始めた理由も、先ほどお話ししたボツになった小説を載せるためですし。

qbc:なるほど! それがこの「昭和、渋谷で、恋をしたり」なんですねっ

恋をしたりしよう!

武広:そうです。ハードディスクの中にずっと置いておいてもどうにもならないので、保存場所を変えようかなーくらいの感じだったんですよ。
あと、最近ニュースでnoteがすごいユーザー増えてるというのを知って。
SNSとかアカウントを持ってますけど、あんまりやっていなかったので。テレビの仕事してる時は、オンエア終わると番組名でエゴサーチして、あの企画はこういう感想かーってリサーチはしてたんですけども。それも離れちゃったから全然SNSそんなに使ってなくて。
それで、noteっていうのが出てきた時に、勉強も兼ねて触ってみようかなと。
で、ネタは、ちょうど自分の過去の、誰にも届いてないWordファイルを日々コピぺしようかなと。

qbc:なるほど。その経緯の中で過去が引き合いに出されると思うと、面白いですね。

武広:どんなもんかなって。デジタルネイティブじゃない昭和50年生まれの僕が、こういうものを使いながら、ネットの世界でマーケティングであるとか、そういうことを少しでも知っていく。時代の流れにある程度乗らないといけない。
まだnote始めて2,3週間かな(インタビュー実施は2020/9上旬)、インタビュー応募は、自分のプロモーションも兼ねての意味もあります。

qbc:ほんと、毎日書くって厳しいですよね。日記以外は無理かもって思います。コンテンツ的なものは、本業ある人間には時間的にきつい。

武広:変なプライドがあって、出す以上は面白いと思ってもらいたい欲が強いですね。放送作家の端くれだったので。
そこをクリアするものを毎日っていうのは無理なんで、この小説のUPが全部終わったら毎日更新はもう止めますね。その前に止めるかもしれませんが。週に2、3回ぐらいでいいんじゃないかなとか。週1でもいいかなみたいな。

qbc:私、10年前にSNSの会社にいたんですよ。その時って放送(テレビ)と通信(ネット)の融合だって言ってたんですよね。でも通信側は全然見向きもしてくれなくて。
けど、今やそれが逆転。むしろアプリのCMをテレビでやるようになってる。びっくりします。

武広:結局、人なんですよね。

qbc:人?

武広:僕の世代ですと、キングオブメディアがテレビだった。それが今もう変わったじゃないですか。
そうすると優秀な学生がテレビ局じゃなくて、グーグル行きたいとかヤフー行きたいとか、人の流れが変わってしまう。優秀な人がどれだけいるかでその分野の力が変わってくるので、テレビが今以上にまた盛り返すってことは、僕の生きてる間には100%ないです。

qbc:なるほど。

武広:この間、元NHKの知り合いとLINEしててびっくりしたのが、ニューヨークタイムズの新聞に、テレビ欄もう載せてないらしいんですね。アメリカは国土が広いんで、全員がケーブルテレビを見てるみたいな感じで日本との違いはありますが。でもテレビ欄もうないんだみたいな。
日本も遅かれ早かれそうなるなと。だから抜けて良かったなんて言い方はするつもりはないですが。やっぱりテレビが好きだからそんなこと言うつもりはないけれども、そこで食える人っていうのは圧倒的に減っていくんだろうなというのは感じます。

qbc:webでも、番組自体はテレビでやってた時の再現が多いですけどね。テレビの技術。メディアが違うだけでノウハウはテレビのそれ。

武広:頭の使い的には基本は同じはずなので、まず自分を実験台にしてwebマーケティング的なことをnoteの中で勉強しようと思っています。
なのでこんな自分のインタビューなんて、恥ずかしいことにも挑戦できるんですよ。笑

qbc:なるほどね。新しいものに対する拒否反応があるのかなと思ったりもしたのですが。

武広:今、Googleがなかったら仕事できないみたいな状況になりつつある。便利な物は使うっしょみたいな。絶対そっちの方が良いと思うんで。
noteに関しては、無理なく負荷なく楽しめる感じでやってみようかなと思っています。
昨日、初めて小説にコメントがついて。やっぱりちょっと嬉しかったですよね。あ、伝わったみたいな。

qbc:リアクションは、ものすごく嬉しいですよね。

武広:そうですね。仕事と違って、クライアントの意向とかもないんで。そういった意味ではのびのびと色々試そうと思ってます。

qbc:コンテンツ制作に携わっていたプロの方が参戦してくるのは、非常に面白いなと思います。

武広:YouTubeもね、タレントさんがどんどん来てるし。タレントさんが出るYouTubeって、結構テレビの制作の人たちが携わってるし。画とか全然、クオリティが上がっていますね。

qbc:そうそう。しかもタレント側からしたらディレクションも自分できちゃうから面白いって言ってましたね。テレビだと、勝手にカットされちゃうのが当たり前だから。

武広:どっちの気持ちも分かるんですけどね。僕もディレクター側だったんで。でもやっぱYouTube僕も見ちゃいますもんね、今はもう。
時代の変化にはちゃんとついていかないと。

▷アウトロ

業界のお話、いかがだったでしょうか??!
私としては、放送(テレビ)と通信(通信)の世界の話ができて楽しかったな!
それにしても、人間の人生って、ひょんなことからいろいろ変わってしまうんだな、って思いました。ぜんぜん変わらない人もいれば、武広三の場合は、けっこうな方向転換のように思います。
私は転職3回くらいしたのかな。まあでも、いろいろやったほうがまあ、いろいろ面白うよな、なんって思います!
眠い!!!!!

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