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【海士町】自分のやりたいように生きるマインドと行動力を作ってくれた海士町に生まれて良かったと思う人

親ガチャって言うなら、生まれる場所も選んでないんだ、出生地ガチャっていうのもあるんじゃないかな?
って思うと私qbcの生まれた小平という場所はですね、まああ、東京のなかではマイナーだと思います。東京03なんていいますが、小平は03じゃないです。でも東京ですよ。
都内でもないです小平は。都下っていうんです。区じゃない東京はね。
約1,000人のインタビューがありました、この無名人インタビュー。でも小平出身は、一人だけ。一人だぞ。まじかって話。
まあでも、小平は子供を育てるにはいい場所なんて言ってて、特になんにもないけど、まあ新宿まで近いし、悪いところではない。そうね、悪いところではない。とりたててこれといって何もないけれども。
だから、別に帰りたいと思ったことはない。実家はまああるけど。帰ったら懐かしいよ、あー駅前変わってないなとか、そういうのあるよ。あの古びた町中華屋さん、まだあるな、とかさ。ある。でも、それだけで、別になんかこう、胸が締め付けられるなんてこともなくて。
そういう場所がこの地球上の中にあるだけでも、なんというか、ハッピーだよな! って思ってます。そうだよ。そうそう。
と思う2024年6月5日20時22に書く無名人インタビュー793回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは Erina さんです!

年齢:年齢不詳
性別:女性
職業:フリーランス
instagram:https://www.instagram.com/rei_bbj0318/


現在:どん底にいたときに絶対グランプリを取って、絶対島根中に自分の名前を出すって決めて、そこからですね、そこからはもう何か上がっていきました。

qbc:
今、何をしている人でしょうか?

Erina:
今はフリーランスで、海士町で業務委託を役場から受けて、分野としては健康とか福祉の分野で、お仕事、お手伝いできることをさせていただく予定です。

qbc:
具体的にはどんなことをされてるんですかね?

Erina:
実際5月に入ったばっかりなので、具体的にまだこういうことをしているっていうのが言えない段階なんですけれど。ただ私の希望としては、今まで自分が、自分のキャリアがウェディング業界とパーソナルトレーナーの仕事をメインでやってたこともあったので、ここで今までのキャリアを生かして何かできることって考えたときに、やっぱり何か健康に関することかなと思っていて。
野望を言うと、この街にジムを作りたいっていう思いでやってるんですけれども、ただ、何か絞り出して言うとそこなだけで。それを絶対絶対ってわけではないんですね、ジムを作るとかっていうのも。
Uターンで20年ぶりに戻ってきたので、暮らしの中で、些細なことでもなんでもいいので、地域の方々が元気にできることの何かをやっていきたいなっていう。はい、そんな気持ちです。すいません仕事内容じゃないかもしれない。

qbc:
戻ってきた理由って何ですかね?

Erina:
ちょうど戻ってくる前がオーストラリアに半年語学留学をしていて。その前までずっと一人暮らしっていうか実家を離れてもう、ずっと長かったんですけど、高校から出てるので。なのでその戻ってきた理由っていうのが、特にその海外に行って海外の留学が終わって、じゃあいざ日本に帰ったときに何をするかっていうので、もう行く前に、前住んでたところも引き払って畳んでるので。また新たにこっちに戻って一人暮らしをしなくてもいいかなって思って戻ってきました実家に。あとは単純に高齢になっている家族の傍にいたいなとも思ったので。

qbc:
決定はいつしたんですか、海士町に戻るって。

Erina:
決定はそうですね、あっちにいるときにもうそろそろ二、三ヶ月前とかになんですけど、ただ留学に行く前からもし留学延長しなくて帰るんだったら、もう海士町だなと思ってました。

qbc:
オーストラリアの前はどこに?

Erina:
オーストラリアの前。松江です。

qbc:
松江でウェディングとパーソナルコーチ?

Erina:
パーソナルトレーナーしてました。結構そうですね、松江の前は神戸に行って、神戸の前は名古屋。名古屋の前は長崎ですね。に住んでました。

qbc:
いろんなことはともかく今の気分ってどうですか?

Erina:
ここに住んでの気分ですか?

qbc:
戻ってきての。

Erina:
戻ってきて、そうですね。気分で言うと、なんか割とフラットな感じですかね。穏やかな感じですかね。はい。

qbc:
常に穏やかな人なんですか?

Erina:
いえ。いえって言うのもあれですけど。何かその人生のそれぞれのステージによって多分、違ったと思います。今もう30後半になりつつあるんですけど、20代のときとかは、なんかもうちょっとこう、こうしたいとか、気持ちがすごい強いときがあって。
頑固さ、気の強さが前に出ている時期はありました。例えば、なんで自分の意見が通らないんだろうとか、分かってくれないんだろうみたいな部分です。今も頑固だとは思うんですけれど、ただ昔と比べてその自分の感情に対処するのが前よりかは、うまくなってるっていうところで、穏やかかなと思ってます。セルフコントロールができるようになりました。
あとは、やっぱり海士町になんでずっといなかったかで、ずっと他人軸で生きてたっていうのが一つ今まで自分の中の人生で大きくって。人の目だったり人の評価はずっと気にして生きてきたので、そういう意味でやっぱりすごい変えづらかったんですけど、戻ってくる段階で結構自分軸に、ようやく自分の人生に舵を切れてきたので、そういう意味で穏やかに生きれてるなって今感じます。

qbc:
過去イチっていう感じですか、それとも初めて味わうような穏やかさ?

Erina:
そうですね、割と初めてかもしれないですね。はい。

qbc:
その整いはいつ手に入れたっていうか、何か具体的なきっかけあります?

Erina:
具体的なきっかけ。

qbc:
自分軸を手に入れたきっかけ。

Erina:
そうですね。いろいろあります、本当に。本当にいろいろあって。
でも、ちょうど離婚したときですね。子供がほしかったんですけど、授かりにくい体質で、けど、周りからのプレッシャーを感じて焦っていました。当時は流産、不妊、離婚、鬱とか、割と人生のどん底を経験したときでしたね。私の魂のレベルも低かった時期だからだとも思います。自分を責めるのがクセになっていて、自分はなんて価値がないんだろうまで考えがいっていました。
もう本気で自分死のうって思ったときもあったんですよ。来年じゃあ死のうかな、みたいな。今考えたら本当に馬鹿馬鹿しいですけど、でもそれぐらい。

qbc:
それいつのタイミング?

Erina:
7年、6年前ぐらいですかね。はい。です。
そこでもう本当に何て言うんでしょう、何かこの世に爪痕を残してからっていう気持ちになって。ちょうどそのとき、松江で一人暮らししてたんですけど、離婚になってからブライダルのもう一回、結婚したときはブライダルやってなかったんですよね。やっぱりハードな職場だったんで。事務の仕事をしてたんですけど。離婚してからまたブライダルでやらない?って言ってくださった会社があって、そこに入ってもう一回自分で立て直そうって思って。

その当時は、本当に朝起きるたびに死にたいと思ったんですけど。鬱でしたね。離婚して、子供も産めなくて、家族を悲しませた自分になんの生きている価値があるんだろうって。何て言うんでしょう。でも、ここで死んだら拾ってくれたここの会社に迷惑かかると思って。なんかそれだけで生きてたんですよね。その当時はもう友達のグループLINE全部退会してもう会社と自分の家の往復しか本当にしてない状況だったんです。その拾ってくれた会社に迷惑をかけないようにしようっていう思いだけで生きていました。

その会社が飲食店兼ブライダルをやってる会社だったんですね。ホールスタッフとして自分もサービスをしながら、プランナーもやらないといけない会社だったんですけどとてもハードに感じていました。飲食業とブライダルを兼務している状況。その当時は30歳ぐらいで体力の衰えをすごい感じて、このままじゃなんか全然役に立たないと思って、そこから筋トレ始めたんですよ。

筋トレ始めた理由も、そのときちょっとお酒に手を出してたんですよね。寝れなくて。精神が不安定で。でも何かどんどんお酒飲まないと寝れないし、飲むたびに朝最悪な気分で余計死にたいって思っちゃうし。逆にお酒で死んでしまうと思って、何か別の方法を考えなきゃって思って筋トレに走って。
そこからやっぱり調べるじゃないですか、どうしたらこういう体になれるのかみたいな。そこで、体力づくりで始めた筋トレから腹筋割りたいって気持ちに変わって、そこでベストボディジャパンっていう団体のコンテスト見つけて。ご存知ですか、そういうコンテスト系の何か(笑)

qbc:
いや、インスタを一応見ました。

Erina:
ありがとうございます。それで、じゃあもう私には失うものは本当に何もないから、30歳だけども、このビキニを着てステージに出て、今まで割ったことない腹筋を割って出てやるって思ったんです。
絶対グランプリを取って、絶対島根中に自分の名前を出すって決めて、そこからですね、そっからはもう何かガーって上がっていきました。子供を授かれない自分の体や女性として価値がないなんて思っていましたが、せっかく両親やご先祖様からいただいた体。精一杯磨き上げて、生きている価値を証明したいとそのとき思ったんです。だからそこでタイトルをとることは両親やご先祖様への恩返しにもなると思っていました。それしかないって苦しみ、恨み、憎しみ、悲しさすべての負のエネルギーをそこに持っていけたのだと思います。すいません話が長くなったんですけど。

qbc:
今の話で言うと、なんで筋トレに行けたんですか?

Erina:
なぜ筋トレに行けたか。元々動くのは好きだったんですよ。スポーツが。ちょうどお酒に走ってて、しんどいなってなってたのと、あとは体力がないから何か体力つけなきゃって思ってたタイミングで。そのときに職場の人で、近くの県立のプールにあのジムがあって、1回330円で行けるよみたいな話を聞いて、あ安いしいいなみたいに思って、。
ちょっと行ってみよっかなって。ちょっとそこでランニングとかしたら、運動することによる、気持ちの前向きになる変化。すごい自分の中で気持ち良くって。そっから何かちょっと前向きになってきたんですよね。お酒を飲んでの気持ちよさよりも、運動したときの気持ちよさの方がすごく自分が何か、合っていたというか。はい。

qbc:
お酒に逃げてたのって、期間的にどれぐらいの感じなんですか?覚えていらっしゃいます?

Erina:
でもそんな長くないです。1ヶ月なかったと思いますね。

qbc:
1ヶ月?

Erina:
はい。ですね。

qbc:
はい。なるほど、ありがとうございます。ちょっと私、インスタグラムの印象が強かったんで、ベストボディジャパンってどういう経緯だったんだろうみたいなことはちょっと思ってたんですけれども。まあ、良い方向に行って良かったですね。おめでとうございます。

Erina:
ありがとうございます。

qbc:
すごいパワーですね。性格は人からなんて言われます?

Erina:
えっーと真面目。穏やか。優しい。しっかりしてる。

qbc:
ご自身では?

Erina:
でも人から言われる印象も、付き合いの深さによるんですけど、大体第一印象とか、ちょっとだけ話した方からそんな感じですね。深く付き合ってる人からは全然そんな印象じゃないですね。

qbc:
身近な人、家族、パートナー、親友とか、そういう身近な人からなんて言われます?

Erina:
身近な人からは頑固。そうですね、行動力がある、でも抜けてるとか。甘え下手とかですかね。

qbc:
自分自身ではどんな性格だと思います?

Erina:
自分自身でもそんな感じですね。頑固だし、甘え下手だし。でも結構思ったことはすぐ行動するタイプですね。

qbc:
趣味とかはどんな趣味なんですか?

Erina:
趣味はそれこそ本当なんか、体に良いことで、ピラティスとか体を動かすとか。あと自然が好きなので、自然の中に行くとか、あとは塗り絵とかですね。もし海士町にもジムがあったら、時間があったら多分そこに行ってますね。

過去:今度はもう全部手放してみようと思ったんですよ。今まで築き上げたものを全部手放そうって。

qbc:
ちょっと過去について聞いていきましょうか。子どもの頃はどんな子どもでした?

Erina:
子どもの頃は、そうですね優等生になり、いい子ぶってました。

qbc:
学校でってことですか?

Erina:
うんですね。気が強くて負けず嫌いで、何でも一番になりたいって思ってる子でしたね。

qbc:
本当ちっちゃい頃、小学校上がる前とかってどんな感じでした?

Erina:
結構活発でしたね。外で遊ぶのが好きなタイプでした。

qbc:
海士町の子たちって、どんな遊びしてたんですか?ちっちゃい頃。

Erina:
でも普通に泥遊びとか、その辺は一緒で。でもなんか、なんていうんでしょうね。でも、普通に何て言うんでしょう。セミの抜け殻拾いとか、栗拾いとか、ああいうのも行ったり、外でみんなでかくれんぼとか鬼ごっことか。
そんな遊びですかね。一部やっぱゲーム好きな子はゲームしてましたけど、私はゲームとかは好きじゃなかったんで。そっか、小学校以下だとそうですね、やっぱ外で遊ぶことばかりですね。外の自然とかかな。はい。

qbc:
小学生、小中ってどんな感じだったんですかね?

Erina:
小中が特に自分の承認欲求が強い期間で、そうですね。今思い起こすと、割とそうだ。ちっちゃいときと小学校ぐらいは絵を描いたりするのも好きで、描いてたんですけど。
小中は誰かに認められたいっていう気持ちが強かったので、成績とか、例えばあと生徒会とか、部活のキャプテンになるとか、何かとそういうのを目指して、なんでもできる優等生になろうとしてましたね。

qbc:
何の影響でなろうとしてたんですかね?

Erina:
きっと人より優れた何かを得ることで評価や安心感が欲しかったんです。
私長女なんですけど、長女ってちょっと厳しく育てられたりするタイプが多いじゃないですか。で甘えられない。下2人弟なんで甘えれないみたいな感じで。頼られたら自分でなんとかしなきゃっていう性質もあったのもあります。
あと多分この島だからこそもあると思うんですけど、結局、評判がすごい回る島じゃないですか。だから、私が何かで賞を取るとか、何かで一番を取るってやっぱ家族が褒められる。どこどこの誰々はすごいねっていうその世間体。
言葉を選ばずに話すと、誰かより優れてる何かがあれば、自慢になる。家族の評判を気にして。っていうのが強かったです。自分がそれが好きでやってたかっていうとそうじゃなくて、一番を取ることで自分の価値を得ようとしてたんですよね。本来そんなことしなくても人は価値ある存在ですけど、そのときの私はそれに気付かず自己肯定感が低かったんですよね、ずっと。

qbc:
その分析は、いつ生まれた分析?

Erina:
それこそ離婚したタイミングですね。そのときに自分をすごいなんか見つめ直す、なんでうまくいかなかったんだろうとか、過去から振り返って分析してみて、ちゃんと自分と向き合おうと思ったんですよね。
そしたら、そういえばみたいな。それって自分やりたかったんだろうかみたいな。本当に自分がやりたかったことって何だろうっていうのと、すごい苦しんでたのって何でだろうっていう。そこからですね。

qbc:
離婚からベストボディまでの期間ってどれぐらいだったんですか?

Erina:
でも1年ぐらいですかね、別居して、もうすぐ自分も一人暮らし始めて、その会社に入って半年ぐらいでちょっと筋トレも始めたので、1年経ってないぐらいですかね。

qbc:
自分と向き合うってどういう方法で向き合ってたんですか?

Erina:
カウンセリングも受けましたし。カウンセリングも受けて、とにかく何か意図して自分と向き合う環境をつくる。カウンセリングしたら自分と向き合えると思ってたのも一つあるんですけど、一番大きかったのは周りを気にせずやろうって突き進んでいったベストボディジャパンのコンテスト出場。そこを突き詰めれたことで、自分と向き合えたというか。
でもここも一つ後で気づいたんですけど結局ベストボディ出場も、何かタイトルを取るとかで一つの承認欲求を満たすものだったなって気づいて。結局本当に最近までは、割と他人軸に振り回されて生きてましたね。留学する前までは。

qbc:
ベストボディジャパンってどこまで行ったんですか?チャンピオンシップのレポートって言うか、結果か。

Erina:
結果は、そのエントリーしたモデル部門で日本一のグランプリをいただくことができました。

qbc:
ええ。良い他人軸だと思いますけどね。
また、過去を戻ってですね、高校生のときどうでしたか?

Erina:
高校生のときは進学校に行ったんですよ、島を出てそのときに。

qbc:
そっから出るんだ。

Erina:
そうなんです。勉強がすごい大変だったのと、そのときは獣医になりたくて、勉強しなきゃって。勉強してたんですけど結局足りなくって、自分の頭が。
理系のクラスだったんですけど、男子がいっぱい多いクラスで、あんまり何か、何て言うんですか楽しい思い出がなかったので高校のときは。寮生活は楽しかったですけどね。何ですかね。高校がどうだったかっていうと、全然青春ではない、ちょっと苦しい期間でした。

qbc:
高校のときってどこで暮らしてたんですか?ひとり暮らし?寮?

Erina:
寮でした。

qbc:
高校後は?どちらの方に?

Erina:
長崎の大学、国立の大学に通って。長崎に住みました。

qbc:
何を勉強されたんですか?

Erina:
環境科学ですね。なんかざっくり、もう結局、何がやりたいかも分からなかったんですよね。何になりたいかっていうのが。やっぱ他人軸で途中まで生きてたら、何かタイトルを取るっていうのが目的になってると、本当は自分が何をやりたいかってのが分からなくて、じゃとりあえず国立みたいな選び方だったんです。
とりあえず何となくでも、何かそういう動物とかに関われるような、そういう学部。何となくで選んでましたね。あとは浪人とかも絶対駄目だったので、もう自分のそのときの学力で行けるところ。安くて、浪人しなくて行けて、世間体的にもいいような国立。そんな基準で選んでいました。ほんとに行きたかったら浪人したり塾に通うなりできたんでしょうけど、弟もいましたし、家庭に負担かけれなかったのと、私自身そこまで自分がやりたいことの覚悟ができてなかったんです。

qbc:
大学生活自体はどうだったんですか?

Erina:
すごい楽しかったです。

qbc:
どんなところが?

Erina:
自由に自分の好きなことをできることが。特にファッションとかメイクとか、そこから見た目を気にするようになって。高校のときできなかった化粧とか、いろんな洋服買えるとか、そういうのにすごい楽しくなっちゃって。何ですか、大学デビューってやつですかね。ああいうの。表面的な部分だけ磨いて中身のない人間でした。
そこもまたずっと承認欲求が強いままで生きてましたね、大学生時代も。すごい楽しかったんですけど、もう本当に遊んでばっかり。人生計画をしない過ごし方をしてしまいました。

qbc:
生まれ育った風景っていうのはどんなところだったんですか?

Erina:
漁村ですね。何にも。目の前が海で、本当に漁村。田んぼ、山、海みたいな感じです。

qbc:
当時、出る前は島に対してどんな気持ちだった?好き?嫌い?

Erina:
好き嫌い。

qbc:
高校を出るまで、海士町のことをどういう風に思ってたかってことですね。

Erina:
あー。やっぱり外の世界に対してすごい好奇心が強くて。テレビでは世界中が全然違うじゃないですか、見る景色が。日本の中でも、この島で見る景色と、そこじゃないとこの景色がすごい全然違うから、とにかく早くここを出たいみたいな。
出て、世界を見てみたいみたいな気持ちが強かったですね。だから本当にこの島のありがたさとかには全然気づかずに過ごしてました。

qbc:
ご両親からはどのように育てられたと思っておりますか?

Erina:
両親からは愛されてもいたし、期待もされてたかなみたいな。ちゃんと生きる、ちゃんとってじゃあどういうちゃんとなのかっていうと例えば、私の中では誰かからすごいって言われるような人。って思い込んでましたねそのときは。
そうだから、両親からはすごい何て言うんでしょうね、でも割とやりたいことやっていいよって応援はしてくれる両親で。でもその自分のやりたいことは、なるべく自分の力でっていうのはあったので。
例えばそうですね、中学校小学校のときにもうそのときから海外にも興味があって、ホームステイしたかったんですけど、もちろん家庭の事情もあって、お金がすぐ出せないからそういうやりたいことは全部自分でお金を稼いでから、やりなさいっていうようなタイプだったんで、割と自立心を育ててもらったかなって思いますね。大学のときもトリプルワークしたり、奨学金いただいたり、歯科矯正も社会人になってから自分でしました。そういう自立心は本当に生きる上で助けになっていて、大事な部分だと思うので、そこを育てていただいたのは感謝しています。大学まで行かせてもらったことはほんとにありがたかったです。

qbc:
大学卒業後は?

Erina:
卒業後は、公務員になったんですよ。

qbc:
どこで?

Erina:
長崎の方です。でも、その大学の延長、大学のときに見た、この社会の中、若いときのキラキラ感。キラキラ感っていうのは、きらびやかな世界に憧れて、ブライダルがどうしても入りたいってなって、結局公務員辞めてブライダルに入ったんですよね。みんなにもったいないって言われましたけど、全然後悔はなかったです。ブライダルの会社に転職して、そこからもうずっと結婚まではずっとブライダルの会社にいました。仕事の青春はすべてそこでした。それもほんとに素晴らしい会社で楽しかったですし、仕事での大切なことをたくさん教わりました。死ぬときに、このときの選択は正しかったって思えると思います。

qbc:
それは場所は?

Erina:
場所は名古屋と神戸です。転勤で初めは名古屋の配属になって、そのあと神戸の配属になったので。それから、松江に行って。

qbc:
で、ベストボディジャパンですね。

Erina:
はい。

qbc:
筋トレ始めてベストボディ目指すぞってなって、日本一位になるんですよね?

Erina:
そうですね、始めて2年目のときに。

qbc:
どんな気持ちになりました?

Erina:
なんかもうそのときは、それしか考えてなかったので。そのときは、もうそのために生きてて。
どういう気持ちか。グランプリを取ることは目指してたんですけど、地方とかでぐらいの目標で。まさか日本一位を取ろうとは思ってなくて。でも、最終ステージには残りたいぐらいの気持ちだったんですよ。
でもなんか、そのとき日本一にしていただいたとき、あーきっと神様が、あなたはまだやれることがあるよ、ちゃんと生きなさいって教えるためにそうさせたのかなみたいな。本当にだから実力とか、そういうのじゃなくて、そういう何かタイミングを、運をくださったんだなって思いました。単純に。まだ人の役に立つように生きなさいって。
その後全然成績残せなかったんです。その翌年とか、2年後とかにも出場したんですけど全然駄目で。なんで、そうですね。ほんとにそのグランプリはまぐれです。そのときはそんな感じでしたね。でもベストボディジャパンでグランプリとって、自分の名前をこの島根に出すみたいな思いは実現したので達成感でいっぱいでした。実現できて生きる力みたいなのを天からいただいた気持ちとそこでたくさんの素敵な人に出逢って生きる意味やエネルギーもいただいたので、プラスの感情であふれていました。周りに生かしていただいていると感じました。

qbc:
そのときはブライダルをされてたんですね。

Erina:
そうですね、ただ、途中でその会社辞めて、ちょうどコロナになったときで。もう全然仕事がないというか、ブライダルももちろんなくなっちゃいましたし。またそこで考えて、そこからトレーナーには転身したんです。
その当時は、今度はその会社員勤めで自分1人だけ生きていけるだけのお金を稼ぐことに対して、いいのかみたいな。もっと決まったお給料で自分だけ生きるんじゃなくて、もうちょっとこう、もっと稼いで自分の家族、何かができるぐらいまでの経済力が欲しいと思って。

それでそのときに、ちょうどその筋トレしてたときに出会ったパーソナルトレーナーの方が、もう1店舗出そうと考えているのでどうですかって言われて。でフランチャイズ契約そこでじゃやりますって言って。そのフランチャイズのオーナーになると同時にトレーナーにもなりました。ブライダルをしていた会社は辞めました。
ただ、そこはフリーランスの契約にしたんですね。だから完全に個人事業主になってトレーナーの仕事の合間にブライダルの仕事で受けれるものは受けるとか、をしてました。

qbc:
そこからオーストラリア?

Erina:
そうですね。フランチャイズの契約がちょうど3年だったので。自分なりにもう、そこでもやっぱり何かその、島根で一番のパーソナルトレーナーのお店にするっていうのも決めて自分なりの目標が達成できたタイミングでもありました。お客様の数だったり、売上やgoogleの評価があるじゃないですか、分かりやすい数字の目標をつくって目指していました。そこも絶対というよりかはたくさんの素敵なお客様のに出逢えたおかげで結果的にそうなっただけですが、3年間で自分なりにそれも達成できたので、契約も終わるし、そうゆうタイミングで自分の中で結構もうやり切ったかなと思って。あと筋トレしてから体力はあったんですけど、あったからこそ無理して体に異変も出てきたタイミングでした。働き過ぎ、動きすぎだったんだと思います。それで、

今度はもう全部手放してみようと思ったんですよ。今まで築き上げたものを全部手放そうと思って。そういう風に何かで一番を取るとか、何かで有名になるとか、何かでタイトルをとるとかを自分に課すこと、つけていた鎧を全部もうとっぱらって、本当に自分がまたわくわくすること何かなって、あと人生でやり残したこと何かなと思って、そういえばまだ留学してなかったと思って。そこで留学の選択をしました。

qbc:
いかがでした?

Erina:
すっごく良かったです。本当に行ってよかったと思いました。

qbc:
何が?海外旅行初めてってわけではなくて、ですよね?

Erina:
海外旅行はいろいろしたんです、ヨーロッパとか大学のときに。でもそこに住むというか、留学をするっていうのは初めてで。

qbc:
留学なんですね、なるほど。

Erina:
何か全てに感動しましたね。本当に自分来ちゃったっていう自分にも感動したし。全く誰も知り合いがいない土地で暮らすっていう選択をしたんですけど、エージェントさんは通したんですけど、知り合いとかがいるところじゃないとこだったんで。
自分の、自分の運試しをしようと思って。どんな人に会うんだろうみたいな。それって結構、そのご縁って運じゃないですか。海外だったら特に危ない目にも遭うし騙されるリスク、やっぱり日本よりも高くなるだろうし。例えばホームステイとかそれにしても、私はどんなご縁に繋がるんだろうみたいな、自分の運試しをしたくて。不安よりもわくわくしていました。

なんか想像以上にすごい素敵な人にたくさん会って、なんか、なんて言うんですかもう本当話し足りないんですけど。出会う人のスケールが違うし、考え方がやっぱ違うし。
すごい今まで他の人から感じたことない愛みたいなものを感じました。何か人としての愛。うん。日本とは違う、無償の愛を感じてすごく感動しましたね。

qbc:
何が一番変わりました?

Erina:
何が変わったか。でもなんかやっぱり誰かを見るフィルターっていうのが変わった気がします。そういう日本ではあまり感じなかった、他人からの無条件の愛みたいなのを感じたことで。ちょっと抽象的でわかりにくいんですけど。。
なんか、もっと人を信じていいとか、もっと頼っていいみたいな。きっと多分今までの私の人生って、自分にタイトルや肩書をつけて自分の承認欲求をつけようとしてたのって、何かそういうのがないと誰かから嫌われるとか、認められないみたいな、人から受け入れられない恐怖心の裏側があったからだと思うんです。なんて言うんでしょうね、何かを持ってることで優位に立とうとしてる裏側ってやっぱそういう恐れがあるからじゃないですか。

人を信じれない、この人ってもしかしたら私こう何なんだろう。ネガティブな感情持ってるんじゃないかとか。そういうフィルターを私はずっと日本で持ってたので、そのコンプレックスからそういうタイトルとか肩書の鎧を自分にすごいつけようとしてたんですけど、海外に行ってから変わりました。
例えば毎日ハグして元気?みたいなのとか、ハロー、ゴージャスって言ってもらえたり。ゴージャスって愛称を言われることに感動しました。ハイ、マイビューティとかゴージャスって日本じゃ言われない、当たり前ですが(笑)なんでしょう、マイ(私の)ってつくところがすごく距離が近く感じて、大切な人って思ってもらえてるって感じました。近所のマダムとか友達からそういう言葉を毎日かけてもらって、そういう毎日の感動体験。何もなくても大切に思ってもらえてるのを感じる体験。それがすごい自分の自己肯定感を上げることに繋がったと気づきました。

海外に行ったときの自分って何もない状態じゃないですか、別に地位とかタイトルとかない状態。日本人ってだけ。でもそのままで受け入れてくれる。しかもあちらから。その経験が、私の今までの人に対しての警戒心の強いフィルターを、誰かをそのまま受け入れて大丈夫、受け入れようみたいなフィルターにしてくれました。だから、こっちでもまず相手に対してのその恐怖心っていうのが、海士町に帰ったときになくなりました。

海士町にずっと帰れなかったのも、そうやって何か離婚のことがあったり、今までのキャリアでずっと一貫してないキャリアを持った自分、人からすごいって思ってもらえる何かがない自分に自信がなかったんです。例えばどこかすごい大学に行ったとか、すごい官僚になったとか何かの専門とかそういうかっこいいキャリアを持ってない自分が帰ったときに、周りから何って言われるんだろうって不安があったんです。なので戻れなかったんですけど、でも海外に行ったときの経験から、そういうのがなくても、大丈夫って思えたました。

帰ったときに、恐る恐るみんなに挨拶したときに、よく帰ってきてくれたねって言ってくれる人がやっぱ多くて、それがすごく自分も嬉しくて、何だろう、恐れなくても大丈夫だったんだみたいな答え合わせができて、そういう意味で、そういうのもあってすごい今穏やかなんだなって思いました。

qbc:
人生に転換点をいくつ置いても大丈夫です。転換点を置くとしたらいつですかね?

Erina:
転換点。

qbc:
うん。ターニングポイント。

Erina:
ターニングポイント、2つですね。ひとつはどん底に落ちたとき。もう一つは留学で海外に住んだとき。ですね。

qbc:
それぞれ何か共通点あります?どん底に落ちたときと留学で。解放されたときっていうのかな?

Erina:
今冷静になってなって捉えられるんですけど。今思えばやっぱり結局留学する前も、何か鎧をつけたくてたまらなかった自分で、鎧をつけすぎて重くなっていたんです。
何でしょうね、他人軸で生きそうになったときに、そのときのタイミングで何か神様が、そうじゃないよって教えてくれてるタイミングが共通なんだと思います。自分の魂のステージアップだったりとか、そっちの道じゃないよとか、もうそろそろちょっとフェーズ変えてもいいんじゃない、みたいなときだなって思います。
だから気持ちを、こう、なんか急に全部リセットしたくなる、いろいろ重~い!って脱ぎ捨てたくなる、そういうタイミング。

未来:紛らわすものがないゆえに、自分の今までの人生とか、これからの人生と向き合わざるを得ない場所なんで。そう考えるとやっぱりちょっと胸がなんか、締め付けられる。

qbc:
未来についてお伺いしていきます。5年10年30年、最後自分が死ぬっていうところまで見据えて、未来ってどういうイメージで、今ありますかね?

Erina:
未来ですか。どういうイメージか。すごい穏やかですね、気持ち的には。私の死ぬときの理想が、何かに囲まれてとかじゃなくて、農作業をして、自分が好きな、畑とかで土をいじりながらぽっくり逝く。でそのまま土に帰るみたいな。なんかそういう、そういう死に方が理想ですね。
だからそうなるためにはやっぱり農作業が死ぬときまでできるような体でいたいし。そのときのイメージは自分1人なんですけど。人間結局最後1人なんで、どうやって自分が最後1人になったときに、どれだけやり残したことがない生き方をしてるかだと思うので。
いつも逆算して、死ぬとしたらどっち選択するの基準で今までの人生も選択して生きてきたので、なのでまぁ、一貫性があんまなかったりするんですけど。きっと自分の人生に割と満足して死んでるんじゃないか、死ぬんじゃないかなと思ってます。

qbc:
今のところはこのまま海士にいるつもりです?

Erina:
そうですね。ただ、自分の性格なので、いつどうなるかは分からないですが(笑)

qbc:
迷ったときとか、誰かに相談するタイプですか?

Erina:
いえ、あんまりしないですね。相談も、相談の種類による。いや、あんまりしないかもですね。

qbc:
なぜですかね?

Erina:
その人の意見に自分が傾いちゃったり、気持ちが揺らいだり、逆にその人の話を聞く方になったりもしますし、気を遣って、結局解決にならないことが多いので。

qbc:
やりたかったけどやれなかったことって何ですか?

Erina:
ワーホリですね。

qbc:
あ、年齢制限?

Erina:
年齢制限ですね。

qbc:
国内ワーホリとかもダメなのかな。でも海外がいい?

Erina:
海外。海外がやっぱりいいですよね。

qbc:
もしもの未来の質問というのをしていて。もしも自分が負けず嫌いじゃなかったら、言い方変えると一番末っ子だったら、どんな人生になってたと思います?

Erina:
多分、早く結婚して、もしかしたら海士にずっといたかもしれないですね。

qbc:
その人生っていうのは、今の自分から見てどう思います?

Erina:
うーん。選ばないかな。あんまり羨ましいと今は思ってないです。昔は羨ましいと思ってましたけど。

qbc:
どのタイミングではっきりこれが羨ましくないって言えます?何歳ごろっていうか。

Erina:
なんか35過ぎて、日本のやっぱ女性特有の、年齢制限。子どもを産む産まないとか、それも苦しい問題でぶち当たったんですけど。そういうのもぶち当たって海外に行って、それだけが人生で価値があることじゃないっていうのを自分の中で受け入れて、自分なりの自由に生きることとか、生きやすさを見つけてから、ね、それまでは本当にだから結婚して子どもを持つことがやっぱり一番幸せだろうな。何やかんや言ってやっぱ幸せだよなって思ってたので。
もちろん今それがないわけじゃないんですが、タイミングとかそういうご縁があったらもちろんしたいなと思うんですけど、何かとらわれなくなったのかな。そうやって自己肯定感が低かった昔よりも自己肯定感が今は高くなれるような経験を、海外でしたからかなって思ってますね。周りの環境の影響ってすごいなって思います。海外に行って、環境を変えることで見える世界が変わったのはすごくいい経験でした。
今まで固定観念に囚われて、苦しくて、自己承認欲求が強かったかもしれない。それによって満たすために何かをタイトルを取るとか、何かを達成するっていう経験もやっぱり無駄じゃなかったなって思います。
そして、今振り返っていろんな経験ができている自分の人生が楽しい。だから他人の人生をそこまで羨ましいと思わなくなりました。

qbc:
今の自分という人間の、最大に面白いところをアピールするとしたら、どんなところになると思います?

Erina:
波乱万丈?(笑) 波乱万丈なんですかね。なんて言うんでしょう。生き方で言うと、マイペースでマイノリティな生き方かなって思いますけど。どうなんでしょう。

qbc:
そうですね。そしたら、最後から二つ目の質問ですね。海士町は自分にとってどんな場所ですか?

Erina:
海士町は自分にとってどんな場所か。

qbc:
海士町とは自分にとって何か、っていう言い方でもいいですよ。自分にとって何か。

Erina:
自分にとって何か。自分にとって。何か。難しいですね。帰るたびにすごい考える場所なんですよね。1回自分の人生を、やっぱり何かここで過ごした記憶とかってやっぱ戻るとよみがえるじゃないですか。いろんな、何て言うかな、自分に向き合わざるを得ない場所なので。
自分にとって感情でいうとちょっと何か胸が締め付けられるような場所です。

qbc:
それは不快感ですか?どんな締め付け方ですか?

Erina:
不快感ではないんですけど。現実を突きつけられる場所といいますか。良い思い出もたくさんあるんで、それがやっぱ帰ったときに、例えば昔あった公園がボロボロっていうかなかったりとか。よく両親にここに連れてきてもらったなとか。もうそんなここまで上がる元気ないなとか、いないよな両親はとか、そういう良い思い出もたくさんあるあって、何かでも今は、何て言うんですかね。

老いとか、時が経ったときのその、そのタイムラグが何か胸をこう、切なくさせる場所、ですね。あと現実と向き合わざるを得ない場所というか。浦島太郎みたいな感覚ですかね(笑)
島から出るといろんな紛らわすものがたくさんあるんで、楽しいとか、ハッピーな気持ちだけで過ごせることも多い。けど、島には何もないからこそやっぱ何か記憶だけがたくさん散りばめられたりしてるんで。そこと何か対峙せざるを得ない。家族もいるし、それぞれの人生を知っているから楽しいだけでは過ごせない部分。そこが逆に強く生きさせてくれるんですけどね。
だから、そういう紛らわすものがないゆえに、自分の今までの人生とか、これからの人生と向き合わざるを得ない場所なので。そう考えるとやっぱりちょっと胸がなんか、締め付けられる。お墓参りに行ったり、隠岐神社にお参りに行ったときに、島の外でごまかしていた自分、紛らわしていた自分にはなれない瞬間があって。神様や仏様に見られていて、また覚悟を決められるような場所です。なんかこんな感じです。うまく言えずすみません。

qbc:
大丈夫です。ありがとうございます。
最後の質問ですね。最後に言い残した言葉っていうので、遺言でもいいし、読者向けメッセージでもいいし、インタビューの感想みたいなものですけど、最後に言い残したことがあればお伺いしております。

Erina:
最後に言い残したこと。そうですね。なんやかんや、自分のやりたいように生きれてる人生なので、すごくありがたいなって思いますね。
でも多分こういうこういうマインドとか、そういう行動力とか、そういうのを作ってくれたのはやっぱ海士町なので、うん。だからすごいさっきなんか締め付けられる場所でもあると言ったんですけど、でもここで生まれて本当に本当にそれは良かったなとも思ってます。

qbc:
ありがとうございます。

Erina:
はい、ありがとうございます。

あとがき

海士町インタビューも、だいたい、今、もう、20名くらいになってきてる?
すごいよね。2023年末のインタビューを皮切りに、実際に海士町に行ってインタビュー、そして今もこうして余韻のようにインタビューは続いている。
余韻? 余韻じゃないな。なんというか、これこそ、正統なその土地にまつわるインタビューなんだなと思う。
ウヒ!
面白い。最高ですよ!!!!!
このまま! ずっと! もっと! たくさんの人に! インタビューしたいです!!!!!

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:本州】

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