無名人インタビュー:人生のための学校を作ったコーチングの人
コーチング、受けたことありますか!? 私、ないんですよ。でも、コーチの人へのインタビューは3名くらいしたことあります! 共通する特徴は、他人への関心が強い、他人の能力を引きだすことに興味がある、そしてあと、これが重要だと思うのですが、固定観念、既存の価値観から自由になることへの抵抗感がうすい、てところだと思ってます。
今回インタビューした田島さんはやさしいさわやかな印象ではありますが、田島さんにも過去にとらわれない発想力と行動力があるなと感じながらお話したしだいです。
それではコーチ田島さんのインタビューお楽しみください!
今回ご参加いただいたのは 田島旭 さんです!
1、8割の人が自分がどう生きたいかが分からない
qbc: どんなインタビューにしていきましょうか?
田島:自分のこれまでの話とかを深堀れたらなあとは思ってたんですけど、なんかピンとこないなと思って。
どういう角度でインタビューしてもらおうかなっていうので、直前に迷ったんですよね。
qbc:分かりました。じゃあ、今、何をされている方でしょうか?
田島:端的に言えば、人の教育に携わる仕事をしているんですね。ひとつはコーチングで一人一人に合った働き方とか生き方を、一緒に見つけていくっていうことを長年やっていて。
その他にもCompasea(コンパシー)っていう大人が人生について考え見つめ直せる学校っていうのを最近開校して。
ずっと一対一でやってきたものを、今度は人との対話とか繋がりの中で自分自身のことを理解していくっていう場をやっています。
田島:あとライフワークの活動として、たじカフェっていうコミュニティをやってまして。私カフェがすごい好きで、これまで600店舗ぐらい回ってるんですけど、そこで自分が好きなカフェでこの時間にいるから良かったらどうぞっていう、かなり敷居の低いオープンの場をかれこれ3年ぐらいやっているんです。この三つが今私がやっていることですね。
qbc:えーおもしろいー。
田島:今、コーチとして起業して5年経つんですけど、その前はビジネススクールを運営している会社にいたりとか、キャリアコンサルタントをやっていたりとか
qbc:会社員は、3、4年ぐらいですか?
田島:トータルで7年ぐらいいた感じですね。遠い昔のような感じがしますけどw
qbc:どんな経緯で独立されていったのですか?
田島:大学のときにある恩師に出会って、その人が、ずっーと「自分の生き方を考えなさい」って言う人だったんです。
それまで自分は生き方っていうものを全く考えてこなかったのに、この恩師と出会いゼミ活動を通して、自分の生き方を自然と考えていることにすごくびっくりしたんです。
でも3年生のときに先生が急性心筋梗塞で亡くなっちゃったんですよ。そこですごく大きな物をいただいてたんだなと思って、先生みたいに人の生き方にたずさわれる仕事っていいな、みたいに漠然と思ったんですよ。
qbc:はい
田島:あと、恩師とは違うフィールドに行きたいなと思ってたんですよ。それで思いついたのが人材業界で。一社目はもともと生徒で入ってて、自分自身が理想とする形の教育をやってるなーっていう感覚があったんですね。個別塾みたいな感じで。こんな一対一で人に関われるっていうのがすごく理想的だと思って、入社したんです。
qbc:なるほど。
田島:そこを約一年半ぐらい勤めていたんですけど、フルコミッションと呼ばれる完全歩合制を取り入れてる会社で。成果が出たら給料は出るし、出なかったら給料が出ないっていう。あんま難しいことを考えず飛びこんだら半年くらいすごくうまくいったんですよね、でもその半年後ぐらいに会社でも大騒ぎするぐらいのクレームを起こしてしまって、一か月で退会者を8人ぐらい出したんですよ。
qbc:はい。
田島:そしたら上司の態度が180度変わって、結構傷つくような言葉とかぐさぐさ言われたんですよ。そうなってくるとこの上司に怒られないためにどうやって仕事するかみたいなことを考えてしまって。
「何で上司の顔色を見てお客さんを見ていないんだろう」っていうのが頭では分かりつつも、そこからずっと抜け出せなくて。そうなるとやっぱ成果が出ていかなくなって、社会人一年目で借金をしたりもして。
でもお客さんに対して一緒に頑張ろうって言ってたのに自分から去るのはどうなんだっていう・・、それだけが唯一の引っかかりで行くところまで行ってしまって。
最終的には、朝起きたら起きようと思っても、体が動かなくなるところまで行ってしまった。
qbc:なるほど。はいはいはい。
田島:「起きろ、動けっ!」ていう信号は出してるんですよ、脳から。でも体が全く言うこと聞かなくなって。そこで初めて危機感を覚えて、すぐに会社に連絡をして「無理です辞めます」みたいな。
qbc:体はちゃんと反応してくれるんですね。
田島:本当に逃げるように辞めたんです。で辞めたはいいものの、その会社にいる間に、大切なものをたくさん失ってたんですよね。仕事のやりがいというか目的もそうですし。365日中363日も働いてたので、友達とか家族と会えなくて孤独だし。
残ってるのは「大量の時間と借金だけ」みたいになって、3ヶ月ぐらい何もできなくて。
でも社会に戻らないとっていう一心でどうしようかなーと考えたときに、やっぱり人相手の仕事を諦められないという思いが残っていて。それでご縁があったのがキャリアコンサルタントの仕事だったんですよね。
で、二社目の会社に行ってまず最初に思ったのは固定給がもらえるってこんなに幸せなんだなみたいなw
qbc:なるほど。
田島:キャリアコンサルタントの仕事って結局は相手のこういう仕事をしたいからとかこういう条件で働きたいからっていう、紹介屋なんですよね。
そういうのも分かった上で入社して、5年で約3,000人の方々の相談を受けたんですけど、そのうちの八割ぐらいの人が、「そもそも自分がどう生きたいかが分からないんですよね」っていうことを漏らしてたんですよ。
qbc:えー、まじか。年齢層は?
田島:30代から40代です。40代前半が多かったですね。
qbc:なるほど。
田島:転職したい理由は人間関係が苦しいとかもっと年収を上げたいとかキャリアアップしたいとか様々だったんですけど、そもそもどうしてそう思ったんですかっていうことを聞いたときに「分かりません」っていう答えが自分が思ってる以上に多くて。
それにびっくりしたというか、衝撃を受けたんですよね。
qbc:なるほど。
田島:キャリアコンサルタントの役割は、仕事を紹介して内定を取るっていうことがミッションなんですが。目の前にいる人は、転職活動をがんばってるけど心にはぽっかり穴が空いてるみたいな。
qbc:生存としてのライフしかない。ただ生き延びてるだけか。
田島:生活するためとか家族のためとか。それも素晴らしいことだとは思うんですけど。
qbc:自分じゃないんだ。
田島:そうなんですよ。で、入社して4年目ぐらいだったかな、通勤中に事故にあって。
結構繁忙期っていうこともあって、あんま睡眠時間が取れないまま駅の階段を上っていたら、階段から下りてくる人の肩にぶつかって、そのまま踏ん張れずに落ちて、左足の親指の骨を複雑骨折したんです。
qbc:治りにくそうね。
田島:そうです。治りにくいし骨もくっつきにくい場所で。たとえば、足をタンスにぶつけるとかあるじゃないですか。あれやっただけでくっつけたものが折れる可能性があるって言われて。
なので、家しかいれなかった期間が3ヶ月ぐらいあって。
最初は読みたかった本とか時間があったらやりたかったことをやってたんですけど、3週間ぐらいで全部飽きちゃって。自分自身と強制的に向き合うことになったときに、そのときからセミナーに行ったりとか色んな学びをキャリアアップのためにやってたんですけど、いつしか知識を得ることが目的になって、それを仕事とかお客さんに活かそうっていう発想が消えてたなと思って。
qbc:うんうん。
田島:末期だなって思ったのが、休日を使ってお金を払ってセミナーとかに行っても、そういうことをしなくても営業成績が高い人たちはいっぱいいたんですよね。
そういう人を見たときに、「その人は仕事の成果を出してるけど人格的レベルは自分のほうが上だ」っていうことを自分にずっと言ってたんですよ、「精神的にはきっと俺の方が立派だ」みたいな。
qbc:はいはい。
田島:そういう自分に今までは蓋をしてきたんですけど。怪我をして時間ができたことで、その自分に気付いちゃったんですよね。おそらく何百万っていうお金を投資してきた割に、現実が思ったように変わっていないっていうことに対して、自分は言い訳をしてたんだなっていうことに。
qbc:そうですよね。
田島:あとは、親指ですね。親指が折れただけで自分一人じゃ自由に動き回れないし、松葉杖って相当疲れるし。
そこで、初めて健康がないと何もできねーんだなっていうことに気づいたんですよ。
qbc:はいはい。
田島:そうなったときに、『できないとか恥とかダサいとか言ってる場合じゃなくて、自分はもっと自分のやりたいことに素直になった方がいいんじゃねえか』って、28歳ぐらいのときに思ったんですよね。
ただ治療期間ですらも籍を置いてくれてた会社だったので、何も恩返しをしないまま出るのはちょっと嫌だなと思って。
だから無事に完治をして戻ったときに、一年間ぐらいがむしゃらでがんばったんです。
そしたら、成績的にいうと半分のちょい下ぐらいの40とか50ぐらいの立ち位置にいたのが、最終的に3位ぐらいになったんですよ。
qbc:すごい!
田島:ありがとうございます。そのとき、入社して5年が経とうとしていたんですよね。
で、年齢的に29歳っていう節目にこれからのことを考えた。
「転職するか」「この会社で上を目指すか」もしくは「起業するか」って。
そのときに、八割の人が自分がどう生きたいかが分からないって事実を思い出して『自分はもっと人の奥深いところに関わりたいな』って思って起業の道を選んだんですよね。
2、コーチング
田島:キャリアコンサルタントだったので、自分の経歴と年齢的な価値をなんとなく分かってたんですよ。なので、仮に一年間起業して成果が出ませんでした、もう無理ですってなっても、30歳なのでまだまだ社会には戻れるっていう確信もあって。
qbc:そうですね、むしろプラスですね。
田島:だから踏みたせたっていうのが大きいですね。それで起業しました。
qbc:コーチングで?
田島:そうだ。実は最初に起業したときって、コーチングじゃなくってフォトグラファーだったんですよ。写真家です。
副業で会社員のときから一年ぐらいやってて。
qbc:それは、どこかのエージェントに所属してですか?
田島:個人の発信とか、人のご縁とかでやってたんですよね。
qbc:なるほど。
田島:副業のときから、お客様の感想でもちろん写真は嬉しいんだけど、写真を撮ってるときに話したあの話がすごい良かったとか、自分の気持ちに気づいたみたいなひとがいっぱいいて。
今まで副業で月に2、3人ぐらいしか撮らなかった人間が、月に15、6人ぐらいを撮らせていただくことになったときに、お客さんと話が盛りあがりすぎてシャッターを切り忘れるとか、そういうことが起きはじめたんですね。
で、自分も人と話してるほうが楽しい。写真はすごい好きだけれども、写真の編集が辛いってなったときに、写真でお金をいただくっていうことがちょっとできなくなっちゃって、起業1ヶ月目で迷走したんですよ。
qbc:なるほど。
田島:で、そこからコーチングに行くわけでもなく、次にお家の片付けのコンサルタントをやってたんですよ。それは自分自身がテーマを持って部屋を整理することにハマっていたので、それが周りの人にも求められたら面白いんじゃないっていう風に、ある人から言われて。
基本的にはご家族とかご夫婦向けに一人一人に合った片付け方法をご提案してて。ただ片付けって、ご夫婦どちらかに断られたらお家に入れないんですよ。当たり前なんですけど。
qbc:はいはいはいはい。
田島:家ってある意味自分の裸を見られるみたいなもんだと思うので。そこを異性の人に見られるのがっていうので女性が懸念するっていうことが結構あったんですよ。
てなったときに、片付け自体のお仕事はすごく楽しいしすごくやりがいはあるんだけれど、経営的に厳しいなっていうことを思って。そのときにとある経営塾に入って。そこでコーチング向いてんじゃないっていう言葉を言われたんですよ。
qbc:なるほど。へぇー。
田島:まぁ名前自体は聞いたことがあったんですけど、スポーツ選手のコーチがやるイメージがあったので、選択肢に入ることは一切なくて。
でも「片付けをやってると思考の整理も上手くなるんですよね」っていう話とかをしてたら、確かにまとめるのとか整理するのがすごい上手いし、人の話をじっくり聞ける人だよねって言われて。
その人の奥の中にあるものをお手伝いしたいっていうところも、自分に合うんじゃないとも言われて。それがきっかけです。そこから今もコーチングをやってるって感じです。
qbc:実際コーチングはどうでした?
田島:ハマりましたね。コーチングって基本的に問いを投げて傾聴して、また問いを投げてみたいな繰り返しなので。
でもそこで何か教えなくても考えるきっかけを与えると、人は自分でおのずと答えを見つけてくんだなっていうことに気付いたのが、感動だったんですよ。
qbc:はいはいそうですね。
田島:あとはコーチングで人がどんどん生き生きしてく姿を見たときに、「あ、人は正解を知りたいんじゃなくて、納得したいんだな」って思ったんですよ。納得しないと動かないんだなって。
どんなに正論言おうが、どんなにその答えが大事なのかっていうことを丁寧に説明しても、その人自身が「あ、そうか」って思わない限り、逆に混乱するんだなって。
コーチングは、すごく大事なアプローチというか関わりあいだなっていうのが、やればやるほどどんどん腑に落ちていって。だから続いてるんでしょうね。
3、自分の輝く場所の見つけ方
qbc:大なり小なり、事件が起きやすい方ですよね。
田島:そうなんですよ。なんか起きますね。
qbc:子供の頃から、チャレンジするタイプの方だったんですかね。
田島:そうですね。自分が「あっ」って思ったものに対して、あんまり考えずにいきます。一度考えだすと考えすぎちゃうタイプなんですが。
qbc:なるほどねえ。では、未来について聞かせてください。この後どうして行きたいか、どんな風に過ごしていきたいというイメージがあれば、お聞かせください。
田島:実は、全部の活動が繋がってはいるんですけど。
qbc:人ですか?
田島:そうです。それと、あともう一個が場なんですよ。『場作り』っていうのがすごいキーワードにあって。「偶然性が生まれる場作り」を追求したいなと思っていて。
たじカフェの話なんですが、たじカフェって、一応自分に余白を作るっていう漠然としたコンセプトを持っていて。
qbc:なるほど。
田島:ある意味カフェ会の一種だと思うんですけど、メリットをアピールするとかを一切やらないって決めてるんです。ビジネスにするつもりもなかったし、ビジネス交流会みたいにそこで人脈を増やそうみたいな感じの温度感で来る場にはしたくなくて。
来たいときにふらっと来れる場にしたいなーっていうところからはじめて、もう70回くらいになるんですけど。
qbc:すごい。
田島:やってくと、初対面同士なのになぜか同じテーマを持ってたりとか。突然キャンセルがあったりとか突然来たいっていう人がいたりとか、そういう流動性があるのに、最後にはひとつ、場の答えが出るんですよね。あ、今日のテーマはこれだったんだな、みたいな。
qbc:なるほどなるほど。
田島:あと、自分がすごいリードすることもやらないって決めてて。本当にその人たちが話したければ話せばいいし、話さないんだったら話さないみたいな。みんなで場を作ってく中で、すごく素になれたとか、ありそうでない場所だねって感じてもらえたりしたらいいんですね。
これって、ゴールを決めてないから起こる、偶然性のある場なんだなっていうことを感じたんですよ。
qbc:なるほどね。
田島:世の中、意図に溢れてると思うんですよね。何かを目指そうとか、何かを目標立てて達成しようとか。ここではこういうことを得ようとか。常日頃やってると思うんですよ、私も含めて。
でも先にゴールを決めてしまうと、到達できる確率は高くなるけど、「想像以上の何か」っていうのは生まれないなーっていうことを思ったんですよね。
qbc:なるほどね。
田島:でもこれって、すごくバランスが難しいと思うんですよ。意図しなければ何も生まれない可能性もあるし、だけど、意図しすぎてしまうと主催者がリードするだけの場所になって、お客さんの積極性が出てこなくなってしまう。
そういう絶妙な距離感の場を作れる人間になりたいなっていうのは、今年からずっと思っていて。それができるようになったら家庭とか職場とか色んな所に反映できるなと思うんです。そういう場を作れる人になりたいなっていうのは今ありますね。
qbc:それが学校、最初にお話されたCompaseaにつながるわけですか。
田島:そうです。これって、俺が社会人2年目くらいのときからできた夢なんですよ。寺子屋を作りたいって何となく言ってて。
それと、恩師のゼミ活動とか。そこ自体が生き方を考える場所だったので、こういう場所ってすげー大事だなっていうのは、当時から思っていて。
だから自分もそういう「場」みたいのができたらなっていうので、当時は寺子屋って言ってたんですよ。でも自分にできるのかな?とかうだうだ言ってて、去年それをやるっていう風に決めて仲間を募って開校したんです。
自分の中では10年越しの夢だったんですよ。でも思いが強すぎて、たじカフェでやってる偶然性がまだいまいち発揮できてないなーって。
きっとこの2、3年ぐらいは、ずっとこのバランスを突き詰めていくんだろうなって思ってますね。
qbc:いや素晴らしいですね。面白いです。
田島:周りの人からよくいろんなジャンルの人たちと繋がっていることに驚かれるんですよ。
qbc:はいはいはい。
田島:それって単純に面白いからっていうのもあるんですけど。やっぱ「ちがい」に触れると『新しい自分』に気づくんですよね。あ、この人こんなこと大切にしてるけど、俺はあんまそれ興味なかったな、みたいな。相手を見てざわざわするとか。この人それを持ってんだすごいとか。
そうやっていろんなジャンルとか年代の人と会って「ちがい」に触れていくとそういう感情が揺さぶられるんですよね。
そこで新しい自分を知ることが、楽しいんですよ。
qbc:はいはいはい。
田島:人に会うのが好きっていうのは、究極自分が好きなだけなのかなってよく思うことがあって。でもだからこそ違いのある人たちを、一つの場の中に入れられたらすごく面白いなーっていう思いがあって。今はすごい多様性な時代だと言われてる一方で、何かを排除しようとするし、現実的にはあんま多様性じゃねえなと思うことがあって。
qbc:はいはいはい。
田島:異物同士っていうものの境界線が少しでも曖昧になって、あそこの世界が意外と面白いのかも? みたいなのが、色んな人の間の中で生まれていくと、思いを一つにしなくてもいい世界になりそうだなと思って。
人は繋がってるけど、その中には繋がってない人もいたり、繋がりたい人とだけが繋がっててそこでまたわちゃわちゃやって広がってくみたいな。そういう違いを楽しめる世界になったら、変なモヤモヤ消えそうだな、みたいな。
そこを見てみたいんですよね。無理でしょって言われるほど、行きたくなる性分なので。
qbc:この無名人インタビューの思想と、すごく近いですね。
田島:大事だと思うんですよ。最初のときはエゴなのかなって思ってたりもしたんですけど。自分が自分がっていうのが悪いって言われたりもするけど、そうでもないんじゃないかなって。
qbc:まず、自分が良くならないとね。
田島:ほんとその通りで。でも、そこに苦しんでる人って多いなーって、仕事柄すごい感じていて。
qbc:そうだよね。家族のためとかね。
田島:そう言ってた方が、体裁がいいっていうのも正直あると思うんですが。
qbc:すごいなー。人生のこれまでがいろいろあって、今の考え方に到達したんですね。面白い。
田島:よくみんなにジェットコースターな生き方だねって言われてます。
でも、それが落ち着きがない人間みたいですごい嫌だったんですけど。2、3年前ぐらいにすごい腑に落ちたのが、自分は振れ幅を追求したくて、事件を起こして自分は何を選んでくのか探求したいんじゃないかなって。
qbc:なるほど。知的好奇心も強いですよね。
それでは、最後に言い残してしまったことはありませんか?
田島:自分の輝く場所って必ずあると思っています。
世の中って、うまくいった人の生き方とか、その業界とか職業のルールの中から自分の個性をどう発揮させるかっていうところを考えがちなんですよね。
でも「逆」だと思っているんです。
『自分の想いや個性からはじめて、そこに合う人や環境、働き方や生き方は何だろう?』っていうこの順番が、自分を輝かせるために大事だと思っていて。
そういう仕事を今やってるんですけど、これってお互いに根気がいるんですよね。人ってすぐに成果を求めたり、変化したいっていう気持ちがあるから。そうなるとこのやり方って合わないんですよね。
qbc:はいはい。
田島:だから今関わってくれてるクライアントさんを本当に尊敬していて。
目に見えない、しかもどこでどう繋がるかが分からないものに対して、向きあいつつ、自分のコンパスみたいなものを思いだしていくわけですよね。
そこから起業をしてなくても、会社とか学校で働いてる人が自分の存在感を出していくために、日々チャレンジをしている。一人の生き方として超かっこいいなーと思っていて。
人が輝く方法も、場所も人それぞれ。これまでにないのであれば、一緒に考えて創っていきたい。そんな途方もない道を探求したい。
その道を諦めないっていうのは、そこに頑固さがあるんだろうなと最近は思ってます。
qbc:なるほどー。なんか、人間ってほんといろんなことを経由して、ある考えに到達するんだなってことを目の当たりにできました。
田島:いやー楽しかった。
qbc:ありがとうございました。
田島:こちらこそありがとうございます。
あとがき
ゴールを決めずに何かを始めるって部分、無名人インタビューとコンセプト似てるな! 同じ考え方の人、いるんだな、と思いました。
そうなんですよ、目的目標を決めずに走るってことに恐怖感というか違和感を抱く方もいるんですが、まあ別にそんなのなくってもいいんですよ。結果的に、あれ何がしたいんだっけ? と思って気づいて、後づけで目的目標を作っても。まずはじめることが大事だし、そしてその途中で目的目標を設置したり修正することが大事。
無名人インタビューと似てると言えばこちらも。
アウトサイダーと芸能人の方が多いんですが、ありのままのその人を残そうってスタイルにすごく親近感を感じてます。
じっさい、その人のありのままを保存したいという気持ちはすごくあります。なので、記事の中に、「あー」とか「うー」といった言葉を、読みにくくなるのが分かった上で残している場合があります。
どうして人は、その人であったという傷跡を残せずに死んでしまうのでしょうね。いや、死んでしまったという事実もない。死んだことすら気づかれずに、ただ消えていくだけなのでしょう。
そういう記録が残っていても、かまいやしないだろう?
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
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