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海士町に来て、伸びたし、考え方が変わったし。人

むかしむかし、都会の喧騒の中で息苦しさを感じていた若者がいました。その名を変化(へんか)といいました。変化は大学を卒業したばかりで、周りの友人たちがみな同じような道を歩んでいくのを見て、何か違う生き方があるのではないかと模索していました。
ある日、変化は海士町(あまちょう)という島の存在を知りました。隠岐の島の小さな町で、海に囲まれ、自然豊かな場所だと聞いたのです。何かに導かれるように、変化はほとんど準備もせずに海士町へと旅立ちました。
島に到着した変化を迎えたのは、予想以上の美しい自然と、温かな島の人々でした。最初は都会から来た「よそ者」として距離を感じることもありましたが、変化は島での生活に溶け込もうと努力しました。
変化は島の漁師について海に出て漁を手伝い、山では島の長老から山菜の採り方を教わりました。夜は島の居酒屋で地元の人々の話に耳を傾け、島の歴史や課題を学びました。
「こんな小さな島で何ができるのだろう」と最初は思っていた変化でしたが、日々を過ごすうちに、その考えは変わっていきました。海士町では若者たちが地域活性化のためにさまざまな挑戦をしていたのです。島の資源を活かした新しい特産品を開発したり、島外から人を呼び込む観光プロジェクトを立ち上げたり、島の子どもたちに新しい教育を提供したり。
ある日、長老が変化に尋ねました。「島に来て何か変わったかね?」
変化は海を見つめながら答えました。「私は海士町に来て、伸びました。考え方も変わりました。都会では見えなかったものが見えるようになりました。成功とは何か、幸せとは何か、本当に必要なものは何か。この島は小さいけれど、可能性は無限大だということも知りました」
変化は島で自分のプロジェクトを立ち上げることにしました。島の伝統工芸と現代デザインを融合させた新しい商品を作り、島の魅力を外の世界に伝える仕事です。最初は困難もありましたが、島の人々の支援を受けながら、少しずつ形になっていきました。
数年後、島を訪れた旅人が変化に尋ねました。「なぜこんな小さな島に残るのですか?」
変化は笑顔で答えました。「この島に来る前の私は、成長するには大きな場所、多くの機会が必要だと思っていました。でも海士町で学んだのは、自分の可能性を広げるのに必要なのは、場所の大きさではなく、心の広さだということです。私はここで伸び、考え方が変わり、本当の自分を見つけたのです」
そして「島は小さくとも、夢は大きく育つ」ということわざが、海士町から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年4月2日19時38分に書く無名人インタビュー1046回目のまえがきでした!!!!!

【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 田中ひろみ さんです!

年齢:~10代
性別:男
職業:もうすぐ大学生



現在:お前に聞いとけばどうにかなるとかって言われるんです

ナカザワ:
田中さんは今何をしてる方ですか?

田中ひろみ:
島前高校を3月1日に卒業して、4月に大学に行くので、ちょうど狭間をさまよってる人です。

ナカザワ:
今はどこにいらっしゃるんですか?

田中ひろみ:
今は実家に戻ってて。新潟の実家にいます。

ナカザワ:
春からはどんなところに行くとか何をするとか決まっているんですか?

田中ひろみ:
春から大学で、今度は大分に行きます。

ナカザワ:
なるほど。3月1日に卒業してから、今って毎日何をされてるんですか?

田中ひろみ:
友達と卒業旅行に行ったり、あとは旅行に行くためのお金を稼いだり。大学、寮生活なんですけど、その必要物品を買ったりしてますね。

ナカザワ:
最近楽しかったことはありますか?

田中ひろみ:
12月に高校の寮を出てきたので、3月1日の卒業式で高校の友達に会うのはちょうど2ヶ月ぶりだったんですよね。久しぶりに友達と会って、喋って。
あと、仲良かった友達と卒業旅行に北海道まで行ってきたんですけど、それは直近で楽しかったことですかね。

ナカザワ:
北海道のどこに行ったんですか?

田中ひろみ:
札幌とか小樽とかしかいかなかったんですけど、市内をウロウロしてました。

ナカザワ:
どうして札幌に行こうと思ったんですか?

田中ひろみ:
特になくて。最初は宮古島に行きたいって言ってたんですけど、3月に海入るバカなんていないよっていう話をしてやめて。福岡の友達がスキーしたことないって言うから、スキーでもしに行くって言ったんですけど、雪道運転するのが嫌だったので消去法で北海道になりました。

ナカザワ:
旅行で一番覚えてることはありますか?

田中ひろみ:
なんだろうな。レンタカー屋を探したんですよ。
ちょうど免許を1ヶ月前に取っていて。元々北海道で運転する気がなかったので初心者マークを持って行かなかったんですけど、車に乗らないとこれは周れないっていう話をして初心者マークを貸してくれるレンタカー屋を1時間以上かけて探したのがいい思い出です。

ナカザワ:
どういう気持ちですか、その思い出に対して。

田中ひろみ:
もうちょっとよく準備すればよかったなと思いますけど。特に乗る気もなかったんでドタドタと決まった割にはよく探したんじゃないかと思って。

ナカザワ:
なるほど。4月以降の大学生活については、ご自身としてはどんな気持ちで今いますか?

田中ひろみ:
なんか、結構楽しみ半分、おっかない半分みたいな感じで。自分で行きたいと思って決めた大学なんで、楽しみなこともあるんですけど、履修登録とかいろいろうまいことできるのかな、なんて思いながら過ごしてるんですけど。楽しみの方が若干勝ってます。

ナカザワ:
ちなみに高校生のときも含めてでいいんですけど、学校生活の他に何かやってることはありましたか?趣味の部分でも大丈夫なんですけど。

田中ひろみ:
プロジェクトを2個ほどやってまして。高1の秋に、学校の授業で太陽光パネルのことを勉強してたんですよ。うちの高校がどうやったら電力で自立できるのっていう授業があって。
で、たまたまその一番最初の講義を一緒に座って聞いてたやつと、これって、現実でできるんじゃねみたいな話をしだして、立ち上げたのが1個あって。

ナカザワ:
うんうん。

田中ひろみ:
自分たちで学校の電力を再エネ化してみよう!、っていうプロジェクトを立ち上げたんですよ。いろいろ紆余曲折あったんですけど、この3月の末に着工して、4月上旬には島前高校に電力を届けられるので、3年ちょいかかって、やっと実現できたんですよね。

ナカザワ:
太陽光パネルを設置しようってプロジェクトってことですか?

田中ひろみ:
そうですそうです。

ナカザワ:
実際のそのプロジェクトを動かす中で、どういうことをやったんですか?

田中ひろみ:
もちろん自分たちの力だけじゃ到底できることではなくて、めちゃくちゃお金もかかるし、会社をつくるならまたそれなりにお金もかかっちゃうし、どうしようかなと思ってたんですけど、そのときにたまたま海士町で再エネの事業をやってるベンチャーの社長さんがいて。その人が「よかったらうちの事業部でやらない?」って言ってくれたのがきっかけで。
その会社の高校生事業部として、あまてらすプロジェクトっていうんですけど。

基本的な施工会社とのやり取りは全部その代表がやってくれてたんですけど、自分たちで施工費を集めるクラウドファンディングをやりました。ガバメントクラウドファンディングっていう行政と連携したクラファンにしようって言って記事を書いたり、クラファンのページ作ったり。俺は毎月あまてらすの出来事をnoteに書き続けたりっていうことをしてましたね。

ナカザワ:
なるほど、設置するだけじゃなくて、その電力供給までをやらなきゃいけないと会社にしたりとか、そういうのが必要なんですね。ちょっとすいませんあんまり詳しくなくて。

田中ひろみ:
うん。その捉え方で合ってます。

ナカザワ:
なるほど。うまくいくと、というか回っていくようになると、太陽光の電池で高校の電力が賄えるようになるみたいな、そんなイメージですか?

田中ひろみ:
そうですそうです。そんな感じで。普通に売電してるだけじゃ面白くないので、発起人としてもう1個仕掛けていて。売れた利益を学校に戻そうと思っているんです。
もちろんパネルの修理費だったり、クラファンだけじゃ足りなくて銀行から借り入れをしてるので、それの返済とかに充てる分を除いて、あまてらす基金として積み上げていくんですよ。1年間かけてたまったお金は高校生たちにどう使いたいかを決めてもらおうと思って。
俺らとしては別に本当に何に充ててもらってもいいんですよ。部費が足りないから部費を上げてほしいとか、文化祭に有名人を呼びたいっていう人たちもいたので、それを呼ぶ当てにしてもいいなと思ってるし、体育祭の最終日に花火を上げてもいいなと思ってるし。

ナカザワ:
なるほど。

田中ひろみ:
なので1年に1回、発起人二人が島に戻って、今年これだけ積み立ったけど、このお金で来年どうするっていうのを高校生たちに決めてもらうんです。そんなことをしてたから時間がかかったんですけど。

ナカザワ:
基金を作ったりとか。

田中ひろみ:
そうですね。

ナカザワ:
今後田中さん自身はこれにどういうふうに関わっていくんですか?

田中ひろみ:
とりあえず設置されたことを見届けて、この太陽光パネルが生き続ける限りはその基金の積み立てができるので、1年に1回最低でも島に戻らなきゃいけない。
毎回行って、今年のお金をどうするかっていうのを私は友達と相談しなくちゃいけないので、切っても切り離せないような環境を作っちゃったなって思ってるんですけど。

ナカザワ:
なるほど、通い続けなきゃいけないんですね。

田中ひろみ:
通いますね。うん。

ナカザワ:
さっきプロジェクトが二つっておっしゃってたんですけど、これともう一つあるんですか?

田中ひろみ:
そうなんですよね。全然違う分野なんですけど。
去年、うちの高校に新しい学科ができて、地域共創科っていう科なんですけど、1週間のうちの毎週木曜日に授業がなくて、一日ぶっ通しで自分のやってるプロジェクトに時間をかけていいよっていう結構特殊な学科があるんですよ。
その共創科のプロジェクトで、離島交通について考えていたんです。うちの島って、移動手段がほぼないんですよね。

ナカザワ:
うんうん。

田中ひろみ:
バスは1時間か2時間に1本きたらいい方で、自転車に乗るには坂が多すぎたり、かといってレンタカーを借りちゃうと自然が感じられない、みたいなことをお客さんの声として聞いてて。なので、そんな課題に寄り添えるモビリティがあればいいなと思っていろいろ探してたんですけど、たまたま見つけたのが都内でよく走ってるLuupでした。東京だと色々問題とかありますけど。うちの島なら大して車も来ないし事故も起こりにくいんじゃないかと考えて、観光協会と手を組んで、キックボードを4台島に導入したっていうプロジェクトなんです。

ナカザワ:
純粋な疑問なんですけど、自転車で厳しいところではLuupの方がいいんですか?

田中ひろみ:
電動キックボードだと乗ってるだけでいいんですよ。電気の力で走ってくれるんで。

ナカザワ:
こがなくていいってことですか?

田中ひろみ:
そう、こがなくていいんですよね。あれに立って、レバーを倒せば進むので、バランス感覚さえあれば乗れるっていう代物なんですよ。どこでも行けるっていうのが結構なメリットで、隣の島に行ったり。海士町の先っちょの方まで行っても帰ってこれるぐらいのバッテリーを持ってるので、島を回る分には申し分ない。それならいいんじゃないかと思って。

ナカザワ:
実際持ってきてみてどうでした?

田中ひろみ:
実際に導入して、業務委託みたいな感じで観光協会と今やってるんです。意外と好評で、お客さんが乗ってくれてるみたいなので良かったなと。去年の秋から2ヶ月半ぐらいで45回分乗ってくれてて。珍しいので島の中の人が興味本位で乗るみたいなこともあったらしくて、意外と好評だったみたいです。

ナカザワ:
そのプロジェクトは授業の一貫なんですか?

田中ひろみ:
そうなんです。
共創科プロジェクトとしてやってて、共創科は、1人1個マイプロジェクトを持ってるんですよ。私はたまたま離島のモビリティに目をつけたんですけど、他の子だったら、島なんで漁業が盛んなんですけど、定置網で上げてきた魚の中に、出荷できない魚たちがいて。その魚が勿体ないので頑張って島の中で売ろうとしてる奴もいたし、海外に行ってきて、日本の教育と海外の教育の良さっていうのかな、なんかそんなのを考えてる人もいたし、いろいろ見ました。自由にそれぞれ違うプロジェクトを持っていたので。

ナカザワ:
なるほどありがとうございます。
ちょっと話が変わるんですけど、田中さんはどういう性格だねって言われることが多いですか?

田中ひろみ:
何だろう。性格なのかどうかよくわからないんですけど、「どこにでもいるよね」っていうのはよく言われます。

ナカザワ:
いろんな場所にいるってことですか?

田中ひろみ:
場所なのか、なんなのか。何かを「誰に聞けばいいかな?田中に聞けばいいんじゃない?」っていわれることが結構多いですね。お前に聞いとけばどうにかなるとかって言われるんですけど。

ナカザワ:
例えば、誰に言われます?

田中ひろみ:
友達によく言われますよ。なんか、とりあえずこいつに聞いとこう、みたいな扱いでしたね。後輩とかにもよく聞かれてました。とりあえずあいつに聞いとけば、何かわかるんじゃね、みたいな感じでした。はたしてこれは性格と呼ぶのかわかんないんですけど、なんかよく聞かれる性格ではあります

ナカザワ:
そういうことを言われたりすることについては、ご自身ではどう思ってますか?

田中ひろみ:
聞いてくれるんだ、とは思います。俺じゃなくね?っていうのは何回か思いました。それは俺に聞いても答えは出ないぞっていうことを聞かれたりしたんで。でも、せっかく聞いてくれたなら、答えを出してあげようかなっていう思いはいつもあったんで。

ナカザワ:
なるほど。


過去:お膳立てのない状態で、自分で課題を見つけ出して、解決したいなっていう思いがどうしても捨てきれなくて。

ナカザワ:
これまでのことについてお聞きしたいんですけど、小さいころ、どんな子供時代でしたか?

田中ひろみ:
私の母が、あなたは何でもやってたよっていうのを聞くんですけど、何でもやってたっていうざっくりとしたことしか聞いてないので、どんなことだったのかはよくわかんないですけど、体を動かすのが好きだったらしいです。

ナカザワ:
ちなみに、生まれ育ったのはどういう場所でしたか?

田中ひろみ:
出身が新潟なんで、周りは山に囲まれてましたね。田んぼと畑と、ってとこですかね。自然はものすごく豊かだったと思います。

ナカザワ:
小学生くらいの時期のことで、印象に残ってることとか覚えてることってありますか?

田中ひろみ:
私、附属の小中に行ってたんですけど、うちの小学校は毎年クラスごとにその1年間の活動テーマみたいなのがあって。結構昔から探究活動をやっていたんですよね。
わかりやすいので言うと、小3のときに、朝市について1年間考えてて。朝市にどんなものが売ってるのかとか、どんな客層の人が来てるのかとか、自分たちが実際に出店するとしたら何が売れるのかとか考えながら、実際に出店して、っていうのをやってみたり。
あとは6年生のときに山奥の限界集落に1年間通い詰めたんですけど、おばあちゃんたちと関わったり、限界集落の魅力をどうやったら発信できるかみたいなことを考えたりしてました。

ナカザワ:
なるほど。中学生時代はどうでしたか?

田中ひろみ:
中学は生徒会に首を突っ込んでたので、体育祭の実行委員だったり、生徒会を支える裏集団みたいなのがあったんですけど、そこにいながら、縁の下の力持ち的なことしてましたね。。どっちかっていうと、役人チックな中学生を過ごしてました

ナカザワ:
どうして生徒会の活動をされてたんですか?

田中ひろみ:
なんか特に理由はなくて、同じ塾に行ってた仲間がいて、4人組ですごく仲良かったんです。ある日突然、急に1人が「生徒会やらない?」って言い出して。最初はやらないって言ったんですけど、やろうやろうよみたいな圧力に負けて、そこまで言うならやるよ、ってやった感じです。

ナカザワ:
やってみてどうでしたか?

田中ひろみ:
めちゃくちゃ大変だったんですけど、やってよかったっていうか、行事が終わるごとにみんなが楽しかったって言ってたので、嬉しいなと思って。仲間のそんな一言を原動力に頑張ってましたね。

ナカザワ:
小中一貫に通って、島前高校に行こうっていうのはどういうきっかけだったんですか?

田中ひろみ:
中学校も小学校からの流れで、探究学習が盛んだったんですよ。言っちゃえば9年間の探究キャリアがあるわけじゃないですか。

ナカザワ:
たしかに、そうですね。

田中ひろみ:
でも、地元の高校に行こうって思うと進学校なんですよね。うちの地域の有名な進学校で、そこはどちらかというと探究よりも、勉強してください、っていう感じなんですよ。それがもったいないなっていうのを思っちゃって。9年間いろんなことやってきて、もうちょっと現実的なことを自力でやってみたいなっていう思いがどうしても捨てきれなくて。

ナカザワ:
現実的なことっていうのはどういうものですか?

田中ひろみ:
それまでやってきた探究って、先生たちとか学校にお膳立てをされてきたものだったんですよ。

ナカザワ:
なるほど(笑)

田中ひろみ:
それが自分の経験なんで、実際助かってはいたんですけど。でも、お膳立てのない状態で、自分で課題を見つけ出して、解決したいなっていう思いがどうしても捨てきれなくて。

で、探してたんですけど、検索の仕方が悪いのが全然出てこなくて、半ば諦めながら、とりあえず高校入試を受けなきゃと思ってたんで、先生に聞いたら、県外にあるにはあるんだけど、そこに行くんだったら君は引っ越すしかないよって言われちゃって。それは困りますよ、っていってたときにたまたま進路指導の先生が持ってきてくれたのが、地域みらい留学のパンフレットだったんです。これなら引っ越さなくても新潟県から出ていけるから、これを使って好きなところに行きなさいって言ってくれて。そこからみらい留学を使って学校探しをしたって感じですね。

ナカザワ:
地域みらい留学っていうのは、ちょっと一応どういう制度か、ざっくり教えていただいてもいいですか?

田中ひろみ:
文部科学省がやってるプログラムの一つで、私が行った離島の高校とか、山間部の学校とかが、その制度に登録して全国区で生徒を募集するっていうプログラムです。
このプログラムを使えば県内の高校だけじゃなくて、全国の自分の行きたい高校に行けるよっていう。

ナカザワ:
なるほど。その数ある選択肢の中から、島前高校を選んだってことですか?

田中ひろみ:
そうですね。

ナカザワ:
何か決め手はあったんですか?

田中ひろみ:
一番古株だっていうのは大きいですね(笑)あと、島なのでそう簡単に帰ってこれないだろうっていうその地理的な要因ですよね。

ナカザワ:
帰ってこれない方がよかったんですか?

田中ひろみ:
帰れちゃうと、なんか、逃げ出しそうだなと思ってて。島ならそう簡単に自分で放棄しないだろうと思って、それもあって島前を選びましたけど、一番大きいのはやっぱり、古株だったっていうことと、自分が3年間でここなら何かできそうって思った直感を信じました。

ナカザワ:
探究学習ネイティブで育った中で、現実的なものをやりたいとか、お膳立てされてるなみたいなのを今の時点での田中さんはおっしゃってますけど、どのぐらいでそういうことを感じたんですか?

田中ひろみ:
島前高校に入ってから思うようになりましたね。

ナカザワ:
当時はそんなに強く意識をしてなかった。

田中ひろみ:
全然、思ってもいませんでした。けど島前高校に行って、自分たちで地域に出てってその地域の課題を探しておいでって言われた瞬間に、今まではお膳立てされてたんだ、って悟りました。

ナカザワ:
もちろん、高校生と中学生と小学生それぞれできることは違うとは思うんですけど、高校の探究学習は何が違いましたか?

田中ひろみ:
中学とかだと、1年生のときに商店街に行ったんですけど、うちの中学校の生徒が行きますんでよろしくお願いしますね、なんてことをあらかじめ言ってあったと思うんですよね。
でも、高校は全然そんなことなくて。急に行って、急に喋って急に情報を得るっていう、何だろう、今まで先生たちが当たり前にしてくれてたことを今度は自分がしなきゃいけないっていうのは一番大きい違いなんじゃないかと思うんですよね。

ナカザワ:
なるほど。実際島前高校に進学するっていう選択肢を取られていかがでしたか?

田中ひろみ:
間違ってなかったなと思ったし、俺はやっぱり地元の進学校じゃなかったんだなっていうのを卒業式で思いました。

ナカザワ:
卒業式で思ったんですか?

田中ひろみ:
いや、ずっと間違ってなかったなっていうのは思ってたんですけど、卒業証書をもらったときに結構強く思いました。本当にここに来てよかった。って

ナカザワ:
なるほど。ご自身の中で、人生に影響を与えてるなって思う選択とか、あるいは出会いとかはありますか?

田中ひろみ:
1個は地元の学校を離れて島前高校に行くっていう決断をしたとき。これは、結構大きかったなと思ってるし、学科選択のときに、共創科を選んだことも。あげるならこの二つかなってとこです。
他にもいろいろあったんですけど、一番大きいって言われたら、高校を選んだことと、共創科を選んだこと、この二つだと思います。

ナカザワ:
その選択に対して周りの方からの反応ってどうでしたか?

田中ひろみ:
最初、「島に行きたいんだ」って言ったら、両親は、いいじゃないか行っておいでよみたいな感じで、送り出してくれたんですけど。
中学の友達にお前どこ行くのって言われて、「俺島に行くよ」って言ったら、島?どこの?とかっていう反応は結構されましたよね。けど、友達にも言われましたけど、お前は地元にはいないよなって。あいつは消えるだろうなってみんな思ってたらしいです(笑)


未来:誰かに、別に周りの人間だけじゃなくていいんですけど、誰かに必要とされる人間でありたいなっていうのは思います。

ナカザワ:
今後、将来の話も聞いていきたいんですが、5年後とか10年後とかあるいは死ぬまでとかちょっと広い範囲でもいいんですけど、ご自身の将来についてどういうイメージをお持ちですか?

田中ひろみ:
あまてらすを作ったので、海士町には多分、あまてらすが潰れない限りは関わっていくんだろうなと思ってるし、大学に行く理由が経営学を学びたくて。こうやって地方や過疎地で地域創生を絡めた事業を日本中で起こしたいなっていう思いもあって。なんか、このまま、地方創生に特化した起業家みたいになるのかなっていう思いもあります。
よく友達には、仕事がなくなったら雇ってくれって言われてたので。周りから見たら経営者になってるんだろうなっていう目で見られてたっぽくて笑。
けど自分でも経営学を学びにいく以上経営者にはなりたいなと思ってるので、そんな夢を追っかけていけたらなって思ってます。

ナカザワ:
その夢を叶えるために、具体的にやりたいことはどんなことがありますか?

田中ひろみ:
これから大分に行くので、大分でまた地域課題を探して、何か事業を起こせればいいなとも思ってますし。逆に、島からも何か私がモビリティの事をやってるんだっていう話をしてたらちょっと力を貸してほしいなんて言われることもあったんで、島に残してきた宿題ももうちょっと片付けたいなって思ってます。

ナカザワ:
大分の大学にしたっていうのはどんな理由だったんですか?

田中ひろみ:
実は大分の大学は第一志望じゃなかったんですよ。第一志望校はご縁がなかったんですよね。なんですけど、いずれこのあまてらすを海外に出したいなと思ってて。そういう、発展途上っていうかまだ完全に開発しきってないそういう国に入れたいなっていう思いがあるので、そうなったときに経営力ももちろん必要だし、重要になってくるのが語学力だったんですよね。だから経営学を学びながら、語学を学べる学校ってないかなと思って調べてたら、ちょうどいいところがあったので、ここにするか、って。そこは浅はかっていうか、ぱっと決めちゃいました。

ナカザワ:
第1志望も第2志望もどっちもそういう感じなんですか?

田中ひろみ:
そうですね。第1志望は結構挑戦だったので、自分が島でやってきたことがどれだけ通用するかやってみようと思って受けたので、そうなるとちょっと違うかもしれないです。でも、受けようと思ったのは本当にぱっと決めたんで変わらないんですけど、本腰の入れ具合は別でしたね。

ナカザワ:
なるほど。地方の課題解決みたいな話とか、あとさっき海外みたいな話も出てきたんですけど、田中さんのその行動の、根本のエンジンになってるのってどういうものなんですか?

田中ひろみ:
島にいながら事業してたときに思ってたのは、例えば離島のモビリティだったら、誰かしらが使ってくれたら嬉しいなっていう思いもあったし、サービスを使って笑顔になってくれたら嬉しいなっていう思いですかね。
だからどっちかっていうと自分のためっていうよりは利用者目線っていうか、使ってくれる人のためっていう思いもあったし、自分がやることに対してニーズがあるんだったら、それを叶えてあげようとか。自分ができるんだったらこれぐらいの手助けはできるだろう、みたいなそんな思いで動いてたのかなって今思い返すと思いますね。

ナカザワ:
どういう人間でいたいとか、何かイメージありますか?

田中ひろみ:
誰かに求められるような人でありたいなっていうのを思っています。
それこそ高校の話じゃないですけど、これ誰に聞いたらいいと思う?あいつじゃない?って言ってもらえる人でありたいって思ってます。性格上、誰かに見捨てられたら俺は結構、落ち込む人間なので、誰かに、別に周りの人間だけじゃなくていいんですけど、誰かに必要とされる人間でありたいなっていうのは思います。

ナカザワ:
なるほど。
高校を選ぶときに、地域みらい留学っていう道じゃなくて例えばですけど、本当に引っ越しを頑張ってして探究できる県内の高校とか、そういうところに行ったりしてたら、どういう人生だったと思いますか?

田中ひろみ:
それはそれで、何いい人生って言ったらなんか他人ごとですけど、それはそれでも面白かったのかなとは思いますよね。
そこまでしてやりたいことなんだったら、地元の友達を置いてでも出てってもよかったのかなとか、そういう行きたい高校がもしあったなら、出ててもよかったのかなとは思いますけど。けど、やっぱ3年間切磋琢磨してた仲間とは一緒に卒業したかったので、やっぱ未来留学でよかったのかな。あのとき進路指導で渡されたパンフレットに救われました。

ナカザワ:
なるほど。海士町に関わった方に必ず聞いているんですが、田中さんにとって、海士町ってどういう場所ですか?

田中ひろみ:
自分の可能性を、教えてくれた場所です。あまてらすとかモビリティのこともそうですけど、高校生で君はここまでできるんだよっていうのも教えてくれたのも海士町ですし、こういうことをしたから、次はこういう進路がいいんじゃないっていうのも教えてくれたのは海士町だし。自分は高校生ながらここまでできるし、まだまだ全然できるんだっていうのを教えてくれたのは海士町なんで、そう考えると自分の可能性について教えてくれたのかなって。

ナカザワ:
なるほど。話をする中で出て頭の中に浮かんでた場面とか、人なのかものなのかってどんな感じの思い出だったりするんですか?

田中ひろみ:
あまてらすをやろうって言ってくれた仲間だったり、支えてくれた会社の人、一緒に事業をやってくれた観光協会の人とか、あとは、担任の先生とか。お世話になった、私のいた学校には魅力化コーディネーターっていう役職の人たちがいるんですけど、その魅力化スタッフの顔とかですかね。
あと結構今思ってるのは、卒業式の日の船でやってくれた紙テープが結構今、バーっと浮かんでて。

ナカザワ:
うんうん。

田中ひろみ:
3年生が出ていく船に、紙テープを船に括り付けて見送ってくれるんですよね。その風景が今出てきました。

ナカザワ:
そっか、卒業式の日にもう帰るってことなんですね。

田中ひろみ:
島に残った組もいましたけど、基本はあの船に乗って帰るんで、そのときに、じゃあねって言ってみんなで紙テープしながら、手を振ってくれたあの港の光景ですね。
過去2年必死になって手振ってたんですけど、いざ送られる側になったら結構一瞬だったんですよね。じゃあね、海士町と思いながら。なんか、ちょっと寂しかったですよね。

ナカザワ:
次はいつ戻るか決まってるんですか?

田中ひろみ:
次はとりあえずパネルが設置されたら見においでよって言われてたんで、4月の終わりか、5月の頭くらいじゃないですか。

ナカザワ:
意外と近いですね。

田中ひろみ:
だから卒業式で、すぐ帰ってきてね、って言われてたんで、本当に帰らなきゃなっていう気持ちもあります。

ナカザワ:
なるほど。そうですね。また将来、さらに大学の後とかも含めてどうなるか。なんか楽しみですね。

田中ひろみ:
楽しみですよね。自分でも結構わくわくしてます。

ナカザワ:
話の感じだと何かをやるっていう具体的なことが決まってるわけではないんですかね?

田中ひろみ:
はい。全然なくて。求められたことをやろうっていう、なんかうまいこと形を合わせて、いければいいなっていうぐらいの考え方なんで、特にこれについてやりたいんだっていうものがあるわけではないです
けどなんか最低限として、経営学ぐらい武器を持っていた方がいいだろうと思って勉強しに行く、ぐらいのニュアンスでいるんで。求められたことをやれるような人に、結構なんか、のほほんとしたっていうか、なんか全然、がしっと決まらない夢なんですけど、そんなこと考えてます。

ナカザワ:
なるほど、ありがとうございます。最後に田中さんの方から言いそびれたことだったりとかあとはこれは記事になるので読んでる方に伝えたいことだったりとか、あるいは感想とかでもいいんですけど、最後に一言いただいてもよろしいですか。

田中ひろみ:
なんだろう。海士町っていう島に初めて降り立って、最初はすごく人の出入りが激しい島だなっていう印象を受けたんですよね。昨日までいたはずの人がいなくなってたり、急に新しい人が来て誰?みたいな人もいたし。すごい言い方を変えると風通しの良い島なんだなっていうのを思っていて。

自分も3年っていう短いのが長いのかよくわからない期間で島を出てはきたんですけど、海士町に行って良かったなっていうのはすごく思ったし、島前高校を選んでよかったなっていうのはすごく思ったし。

こうやって進路が多様化してるからこそ、海士町に来て、地域創生のリアルっていうのかな。そういうのに触れてみるとまた見方が変わったりするのかな、なんて思ってて、海士町に来て、伸びたし、考え方が変わったし。ここじゃないとできないことも経験したので、自分が困ったときに帰れる場所があるといいなっていうのは思いました。
あのとき島を選んでよかったなって思ってます。

ナカザワ:
ありがとうございます。


あとがき

現地インタビューではなかったのですが、結構近いタイミングで海士町にゆかりのある方にインタビューさせていただきました。
島前高校(卒業)生の参加者、何人目でしょうか。ありがたいことです。毎回、島前高校生の視野というのは普通の高校生の視野とは少し違っているなと感じます。

それは島外の方にとっては島を選ぶという選択だったり、そうでなくてもいろんな選択をしてきた大人たちと出会うことだったり、プロジェクトを自分でやるかどうかに関わらず、いろんな挑戦する人に出会えることだったり、原因はいろいろあるとは思いますが、希望を持てる若者に育ってるような気がします。

何かを自分の力で何とかする(英語のmanaggeの意味ですね)経験って本当に人生を考えるときに大きな影響を与えるんだなと。流行りの言葉で言うならば、結果的にはアントレプレナーシップ教育になっているのかもしれません。

未来に希望を持つことは、見方によっては難しくなっているのかもしれません。でも、どんな時代にもとんでもなく這い上がるのが難しい状況に置かれている人も、なんかうまく行っちゃう人も、どちらも存在しています。(と、私は思っています)
スタート地点の如何にかかわらず、未来は変えられるかもしれないと思っている人と、どうせ無理だと思っている人では、結果的に得られるものが大きく違うだろというのは、容易に想像がつきます。

私は少なくとも、私を見た人が、この世に希望を感じてもいいかなと思ってくれるような大人になりたいと改めて思いました。
【インタビュー・編集・あとがき:ナカザワ】

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