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自分に嘘つくのは本当にやめようって思う人

むかしむかし、ある村に、真心(まごころ)という若者が住んでいました。真心には、「自分に嘘をつくのは、本当にやめよう」という強い思いがありました。
村人たちは時々、自分に嘘をついて生きていました。
「これくらい我慢できる」と無理を重ね、
「これでいいんだ」と諦めを選び、
「大丈夫なはず」と不安を隠していました。
しかし真心は違いました。
疲れているときは「疲れた」と素直に認め、
やりたくないときは「やりたくない」と正直に向き合い、
不安なときは「不安だ」と自分に告げました。
ある日、村の長老が真心に尋ねました。
「なぜそんなに、自分に正直なのです?」
真心は答えました。
「自分に嘘をつくと、本当の自分を見失ってしまうから。それは、とても寂しいことだと思うんです」
後に真心はこう語りました。
「自分の気持ちに正直であることは、時に勇気がいります。でも、それが本当の強さなのかもしれません」
そして「己に嘘つく者は、己を失う」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年1月27日10時35分に書く無名人インタビュー999回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 廣村順 さんです!

年齢:不詳
性別:娘
職業:まちづくり実践者(父)の弟子



現在:今持っているものが得体の知れないものになるかもしれないという恐怖感。

ゆいぴ:
順さんは今、何をされている方でしょうか?

廣村順:
私は今ボランティア活動を実践してその仲間を増やそうとしている、というかボランティア活動を楽しいと思う人が増えるような活動をしています。

ゆいぴ:
ボランティアっていうのは具体的にはどのようなものですか?

廣村順:
私がやっているのは最近では地域ボランティアです。単発のものが多いんですけど。今は大阪の豊中市にある千里中央という千里ニュータウンの中心になっている所があるんです。周りの開発が進んでいる中でそこは発展したのがずいぶん前の話なので、今はどちらかというと新たに再生しなければいけないタイミングが来ていまして。それを市民の皆さんと一緒になってどう盛り上げていこうか、っていうようなことに少し取り組んでいるっていうとこですかね、私自身は。

ゆいぴ:
それは何のために、というか何を目的にされたものなんですか?

廣村順:
まず私の家が駅前に建っているんですけれども、そこが築50年と古いマンションになっていまして。建て替えをしなければいけない、建て替えをしなければいけないというか建て替えを見据えていかないといけないという状況になる中、約260戸をまとめていかないといけないのに、なんかまとまらない。10年間そういう話をしてもまとまらないという状況があるので、それをどういうふうに駅前の開発と我々の住んでいるマンションをうまく融合させるのか、新しいまちづくりにチャレンジしているっていうのを今、父と一緒にやっているって感じですね。

ゆいぴ:
それはいつからやられてるんですか?

廣村順:
大阪に戻ってきてからだから、2021年。そうですね、2021年からですかね。老朽化のマンションの場合、所有者が高齢化しているので管理組合の維持がなかなか難しいとか厳しい状況にありまして。管理組合の理事をやる人がまずいないっていうようなところもあり、2年間そういう管理組合の理事長という職務経験させていただきました。その中で集合住宅を所有して住むっていうのは本当は覚悟してもらわないといけないのに、一緒に共有資産を維持する上で覚悟を持っていただいた方がいいのにそういう方々が少ないという現状を感じたんです。もっと皆さんが、地域のためにできることに取り組める人が増えていく必要がすごくあるなと感じているので、それを自分が率先してやってくっていうのを今、実践しているって感じですかね。

ゆいぴ:
なるほど。

廣村順:
それを今、目の前の迫ってることをプロではないので、お金にできないからボランティアでやってますけど、これがうまく軌道に乗って成功事例ができれば、結果的に自分の業にすることもできるんじゃないかなと思っています。そういう長期的な視野を持ちながら取り組んでいるというところでしょうか。

ゆいぴ:
先ほど、ボランティアとはどのようなものか?って質問をしたんですけど。もうちょっと具体的にどんな活動をしてるとか、どんな取り組みをしてるとかって教えていただけますか?

廣村順:
今だったら一番わかりやすいのはイベント運営参加ですかね。あとは挨拶運動っていうんでしょうか。すれ違った人には積極的に明るく挨拶をするとか、掃除をしてくださっている方には「いつも綺麗にしてくれてありがとう」っていう一言添えて言葉をかけるなど。今、一番ハマっているのは中学生に向けてボランティアの楽しさを伝えるボランティアで、ある財団のプログラムで認定講師として活動をしています。

ゆいぴ:
それは地元の中学生に、ですか?

廣村順:
オファーがあればどこでもなんですけど。私は大阪に住んでますが、山口のある自治体の公立中学校までお話しに行った経験が最近は嬉しかったです。

ゆいぴ:
その活動自体、順さんはどのような気持ちで普段されてるんですか?

廣村順:
楽しいかな。

ゆいぴ:
楽しい。

廣村順:
ただ地元の建て替えのことに関する活動は、楽しいというよりはなんかもう使命感ですね。

ゆいぴ:
どんなときに楽しいって感じるんですかね?

廣村順:
いい質問ですね。相手が喜んでくれているということが実感できたり、相手の笑顔が見れたり、相手のお役に立っていると感じたときが楽しいと思いますね。

ゆいぴ:
使命感っていうのはなんで感じ始めたんですか?使命感を感じ始めたきっかけってありますか?

廣村順:
それは父の背中を見ているからですかね。父が本業で、大きな建築物を建てるときに住民説明をして合意をとる仕事を長年していたんです。(素晴らしい建築だったとしても)やっぱり住民説明するというのはいろんな方がいらっしゃるので、時間がかかり根気のいる仕事だったということが今ならわかります。今は仕事ではなく、それを(地域のために)ボランティアでやっている父の姿を見て、父がずっと取り組んでいることを私もサポートしたいというふうに、うまくいくように力添えできればというところから一緒に伴走し始めたっていう感じです。

ゆいぴ:
そしたら、このボランティア自体を最初に始められたのはお父様ですか?

廣村順:
まちづくりについてはそうですね。私はどっちかって言ったら父の背中を追っかけて、今それ(まちづくり)をともに学んでいるって感じです。ただ、東京に私が勤務していたときに東京パラリンピックのボランティアをする経験がありまして、そのときにボランティアって会社員ほどやった方がいいなって思ったっていう実体験があるからこそ今も続けているっていうのはあります。

ゆいぴ:
ふうん。順さんは東京パラリンピックのボランティアをしてから、こういう地域ボランティア活動を始められた?

廣村順:
そう、そうですね。学生のときにちょっと子供のキャンプに付き添いするようなことはしたことありますが、それは単発というか1年間で終わって。そこからボランティア活動っていうのは全く興味がなかった人生を送ってきていましたね。

ゆいぴ:
地元に帰られてお父様と一緒にまちづくりのボランティアをするに至った理由って何ですか?

廣村順:
自分の資産を守るっていうことですね。分譲マンションなので建て替えとなると今住んでいるとこ出ていかなければいけないし、戻ってきたときにどんな住み方になるのだろうかとなったときに、自分たちが住みたいマンションになるのかとか。そういうところの不安っていうか。(今)ないものができることなので、建て替えって。普通、マンションは出来上がったものであったり、これからこういうものができますという図面があったりとかするものを買うと思うんですけど、今持っているものが得体の知れないものになるかもしれないという恐怖感。だからこそ、ちゃんとしたものにしていかなければいけない(地域への責任感や使命感)というか。

ゆいぴ:
うんうん。

廣村順:
私は元々建築士の資格を持っているので、建物がどのように街に影響するかっていうのは他の一般の方よりもわかっていると思うんですね。なので、そこから自分(たち)の納得のいく建て替えをするにはどうしたらいいのか、誰かだけが納得して誰かが不満を持つ建て替えではなく、みんながここはすごくいいよ、でもここはお互い様だからちょっと自分の希望通りではないかもしれないけど街のためには、妥協という言葉は使いたくないんですけど、受け入れる。という合意形成を取っていくってことがすごく大事なんだろうなと思うんです。でも、なかなかその合意形成をとるというプロセスに一般市民の方が全く慣れてないと感じています。

高度成長期で今までマンションいっぱい建ってきましたけども、老朽化していくマンションがこれからあふれ出てくる中でどう対応しなければいけないのか、長期修繕または建替えしなければいけない一定の選択を迫られるタイミングが日本社会に絶対来ると思っています。そのときに私達のここの事例が、少しでも皆さんの希望になったり、道しるべになるような、そういう実績ができるといいかなという思いはあります。

ゆいぴ:
地域ボランティア以外のお仕事だったり活動っていうのは、普段どんなことをされてるんですか?

廣村順:
仕事は今、今年に行われる大規模イベントのボランティア事業で事務局員をやっています。ですから、2万人規模のボランティアをまとめる側の仕事でしているので、ボランティアを管理するってどんだけ大変なのかっていうのも実感しているってとこですね。

ゆいぴ:
それはまたなんでそのお仕事をされているんです?

廣村順:
私の勤めている会社は2万人規模のグループ内の小さな会社なんですけども、別のグループ会社がその事業を受託していたのです。東京パラリンピックはボランティアという立場で参加させていただきましたけども、私は大阪人ですから、国際的なイベントに事業側として参加したいと思って。グループ内の人事制度で公募制のものがあったので、そこに手を挙げました。それには採用されなかったんですが通常の転勤という形で(夢が叶い、今は運よくボランティア活動の)内側の仕事をさせていただいているというところです。

ゆいぴ:
どんなところが大変ですか?

廣村順:
ボランティアにはいろんな人がいるのは知ってたんですけど、私が知ってたボランティアはすごく前向きなボランティアが多かったなと。

ゆいぴ:
はいはい。

廣村順:
今は行政の方のご苦労がすごくわかるんです。(ボランティア活動は自主的な活動なので)バイトの方になら、お給料払うからちゃんとやってくださいねって言えると思うんです。一方でボランティアの場合はご厚意で参加していただいているので、どのように楽しく、皆さんにその思いを成し遂げてもらえるかっていう計画は容易ではないです。ボランティアの立場ではやる気のある方々に触れてきていたので、(事務局員になって社会には)本当に多様な方がいるんだなっていうことを実感しています。

一つの目標に向かって人を導いたりとか、まとめ上げるというか、そういうのっていうのは本当にすごく大変なことだとわかりました。だからある意味そういうことをやってくださっている人に対して感謝する気持ちがすごく湧いてくるようになりました。今の状況が当たり前じゃないっていうことを感じることが増えたかもしれないですね。例えばですよ、宅急便が時間通りに届くとか。これも当たり前じゃないよねっていうかね。みんな苦労してそういうふうにちゃんと約束を守ろうとしてくれているんだとか。一つ一つ何かを誰かがやってくれることって尊いなって感じます。ある意味そういう縛りがない気軽さ(できると人ができることをできるときにする活動)がボランティアなんですけども。

そうですね、自分の当たり前が世間にとって当たり前じゃないことが沢山あるとか、感じることが増えました。本当にいろんな背景っていうんですかね、例えば、普段配慮を必要としている方が、今回はボランティア活動で活躍したいと期待を寄せて参加されていたり、(ボランティアに)応募された方々の思いも様々だし、っていうようなことを知るいい機会にはなっているなって思っています。自分の知っている世界って狭いなっていうか。今回はね、国際的なイベントなので対象人数がもう何万人なので、余計にそういうことを瞬時に知れるというのが貴重な経験です。多くの地域のボランティア活動は数十人の団体を取りまとめるっていう話だと思うので、こういう経験はなかなかできないことをさせてもらっているなっていうのはすごく感じています。ボランティア事務局の中でも、この事業は特殊な環境だとは思います。

過去:そのときに私は建物は無理だって思ったんですね。なぜなら建物って50年とか100年とか残るんですよね、街に。そんな責任のある仕事を私にはできないって。

ゆいぴ:
順さんはどんな子供でしたか?

廣村順:
絵を描くのが好きな子供でしたね。ていうか描くことしか知らなかったのかな。お金がそんなに潤沢にあった家ではなかったので、ペンと紙を与えられていました。それに何か自由に描いていたっていう感じでしょうか。ふすまに絵を描いても母は怒らず見守ってくれた環境で絵を描くのが好きな子供だった。

ゆいぴ:
それは何歳ぐらいから描いていたかって覚えてます?

廣村順:
いつだろう。いやあ、でも普通に幼稚園でね、描きましょうっていうのから描いて、それがなんか絵画展とかで選ばれて展示されてとかそんな感じだったと思いますけどね。あと小学校1年生のときは休憩時間にテレビのコメディアンの真似をして、クラスの子を笑わせていた時期があったっていう。だから今ボランティアをやるのもね、誰かを喜ばせたいとか、そういうところは根本的に私の性格の中にはあるのかなっていうのは振り返ったことあります。

ゆいぴ:
今ちょっと小学校のお話が出たので。小学生のときはどんな生活をしていましたか?

廣村順:
3年生のときに転校をしてから、自分らしくはなくなったかもしれないですね。

ゆいぴ:
ふうん。

廣村順:
たぶん1年生から3年生のときは、のびのび過ごしていた気がしますけど。(転校して)出来上がったコミュニティの中に後から入っていくっていうのが、自分の中で知らず知らず勝手に壁を作っていたんだろうなと思います。私は小中高とかっていうのは、大学もそうですね、友人たちとの付き合いは続いていないので。なんだろうな、そのときそのときは仲良くしていたんだろうけど。小学校のときは、とにかく水泳ができなかったのをできるようになったりとか習い事とか行って、周りに追い付いたりするので必死だったかもしれないですね。

ゆいぴ:
強烈に記憶に残っていることとか思い出とか、今ふと思いつくことってありますか?

廣村順:
小学校のときですか。英語を習っていたけど、英語を喋りたいと思って習いに行っていたんじゃなかったなって感じかな。なぜかというと、電車の中で外国人のプロ野球選手がいて、周りのおじさんたちに喋りかけてごらんよって言われたときに全く英語が出てこなかったんですね。学んでいたのに何も喋れないって何なんだろうっていうか、何のために学んでいたんだろうっていう違和感があったかな。社会人になってから海外はかなり行きましたけど、今振り返れば、当時は学ぶって何かを全くわからずに過ごしていたんだろうなと思いますね。

ゆいぴ:
中学校はどうでした?

廣村順:
中学校のときは、絵を描くのは好きでしたけど私より絵が上手い人がいっぱいいてすごいなっていうのと。自分は絵に才能がないんだろうなって思った、そんな感じかな。なんか楽しくなかったような気がします。

ゆいぴ:
それは絵を描くことが楽しくなかったってことですか?

廣村順:
なんか人の目や評価とかを気にしだしたんでしょうね。子供のときはただ単に好きで描いていただけなのに、大きくなるにつれて人と比較されて、それが評価されてっていうところに自信をなくしていくというか。そういう感じだったんですよね。あとアニメにね、一時ハマりましたね。中学校1年のときかな、マクロスっていうアニメがあったんですけど。でも途中から「オタク」っていう言葉が出てきだして、(マクロスを)好きだって言うのが恥ずかしくなって封印しましたね。

ゆいぴ:
そういうことを共有する友人や共有する場みたいなものはどうでした?ありました?

廣村順:
絵が上手い子がいたのでね、一緒に描いてた気はするけど。その子の方が上手いなあって。そうね、もしかしたら、自信なくしてた時期かもしれませんね。

ゆいぴ:
高校はどうでした?

廣村順:
青春をしたいと思ってソフトボール部に入りましたね。中学校は文系だったんですね。英語と美術部だったかな。でもそこでの記憶とかほとんどないかな。だから高校では体を動かしたいって思ったんですよね。で、ソフトボール部に入って。ただ、誰かの下で指示されたりするのがたぶん性格的に嫌なんでしょうね。キャプテンを名乗り出まして、させていただきました。

ゆいぴ:
どうでしたか?ソフトボール部は。

廣村順:
練習の後の回転焼きをみんなで食べるのが楽しみで(部活を)やっていましたね。

ゆいぴ:
へえ。

廣村順:
毎日のように通っていました。コロッケや回転焼きをみんなで食べたり。試合に勝つというのは全く意識なく、楽しく過ごす、しか考えてなかったですね。だから試合は勝てないチームだったと思います。それでお喋りしているのとかが当時は楽しかった。実は私キャッチャーだったんですけど、ピッチャーが私のグローブをめがけて投げてくれないんですよ。なのでキャッチャーとして、サインを出したりなどそんな戦略的なことできるわけなく。ピッチャーがコントロール不能になって落ち込んでいくのをいかに励ますかとかそんなことばっかりやっていました。

ゆいぴ:
そしたら、高校卒業した後はどういう人生を歩まれてますか?

廣村順:
本当は美術が好きだと思って、ものを作りたいっていう思いがあったから芸大目指そうと思ったけど。スケッチの塾に通うんですが絵を描くのが楽しくなくなって、でもものを作りたいっていう思いがあって。数学は得意だったので、そこで建築という道を選びました。建築を作れば、家具とかそういったものを作れるっていうのとか、そこに来たらみんな居心地がいい空間にいれて、そういう場所の提供ができるといいなって思ったので公共建築に興味を持って。その分野を多く手掛けている設計事務所に最終的には就職をしたっていう形ですね。

ゆいぴ:
途中で絵を描くのが楽しくなくなったっていうのは、何か理由があるんですか?

廣村順:
評価されるとか人と比較されるとか、自由じゃないっていうんですかね。人と比較されるテストだからね。デザインするには基礎的なデッサン力っていうのが必要だから、そういう能力を見られるんでしょうけど。なんか表現するって、その試験のための絵を描くっていうのはどうにも楽しくなかったし、それを乗り越えた先にどんな世界が待っているかっていうのが思い描けなかったんでしょうね。だから芸大に行ったところで就職を考えたときに安定的な仕事が獲れるとは思えなかったっていうところ。

元々スチュワーデスになりたいという、海外に行って飛び回りたいという夢があったんです。でも、身長が低いのでそれも諦めたって感じですね。ただ何かものを作るっていうことに関しては、父が建築関係で母も地方のゼネコンに行っていたので、やっぱそういう親の姿というか自然とそういうものを見聞きする環境にあったのでしょうね。で、自然と建築という選択肢にたどり着いたっていうのがあります。

ゆいぴ:
今はもう絵を描かれていない?

廣村順:
絵は描かないけど、時々、習字をします。最近は笑い文字っていうのを教わったので、葉書サイズのものに書いて、お店の1周年記念とかそういうお祝いがあるときに、ちょっとしたプレゼントとして差し上げることを最近しています。絵は描いてないです。ただ筆を持つっていう意味だったら習字をたまにしています。

ゆいぴ:
スケッチの塾に行って絵を描くことが楽しくなくなったっていう段階で、そこから絵を仕事にしないって思うのはわかるんですけど、もう全く絵を描きたくないってなっちゃった?

廣村順:
絵を描きたくないっていうか…、なんでしょうね。描きたくないっていうか、描きたいと思うものがなくなったのかもしれないですね。

ゆいぴ:
それ以降は出てこなかったんですかね?描きたいと思うものは。

廣村順:
グラフィックを扱うっていう意味では、例えば、ボランティアするときもイベント告知するときとかがあるので、Canvaとかのアプリで、自分の色彩的な感覚など知識を活かして表現するっていうようなことはします。あと(やりたかったこと)は「絵を描く」にこだわらず「ものを作る」だったのかなと思いますね。元々はプロダクトデザイナーになりたいと思っていたので。例えばお洋服とか自分で作っていたんですよ。大学の入学式は私が自分で作った服、スーツで行きました。

ゆいぴ:
へえ、すごい。

廣村順:
その当時、少女向けの洋服を作る雑誌とかもあったので、それを見様見真似で(母の)ミシンを使ってプリーツスカートを作ったりセーラーカラーの服作ったりとかっていうのをしていました。その出来上がったときの、完成したときの達成感は楽しかったなと思いますね。

ゆいぴ:
ものづくりのどの過程が自分にとって良いなと思うんですか?

廣村順:
想像しているときが一番楽しいんじゃないですかね。例えば形は決まっていても、そこにどんな色を持ってこようかとかどんな柄を持ってこようかとか。そういうのを組み立てて考えるときは楽しいなと思いますね。服を選んだりするときも楽しいし。私は色が好きで結構派手な服を着るんですけど、組み合わせもトップスとボトムスで色のコントラストを楽しんだり、逆に同系色で全部全身合わせたりとか。あと基本真っ黒な服はあまり着ないので、明るい色を身につけて気分上げるとか。そういった色の組み合わせによって見え方が違うのもわかるので、ワンポイントにどんなものを持ってこようかとか。そういうものを考えるのが好きですね。

ゆいぴ:
じゃあ、設計事務所でお仕事をされてから今に至るまではどういった流れになりますか?

廣村順:
設計事務所に勤めましたけども、一生懸命やるっていう性格が仇になり、土日含め働き詰めで(休日に突然倒れ、その後)体を壊し、精神病棟で2ヶ月間入院したという経験があります。その後、5年間の投薬治療をして完治したんですけど。そのときに私は建物は無理だって思ったんですね。なぜなら建物って50年とか100年とか残るんですよね、街に。そんな責任のある仕事を私にはできない、私の能力では無理だって思ったので、内装の仕事に変わりました。

内装だと建物の中なので、街並みには影響しない。かつ耐用年数が比較的短いのでチャレンジができる。流行とかそういうものを取り入れることが容易にできるし。内装の方だったらもの作りをする上で、私のやりたいことを実現できるんじゃないかというところで、退院後復職しましたが、結局(店舗・オフィスの内装会社に)転職しました。もの作りは建物ではなくて内装に変わったっていうこと。あともう一つ大きかったのは、公共建物を建てるときに打ち合わせする人が実際に建物を使う人ではないっていうこと。内装は建物を使う人と(比較的)打ち合わせができるんですね。だからその人の思いを乗せやすい。っていうのは、私が内装の方が自分に合ってるな、自分のやりたいことに近いかなっていうところはあったとは思いますね。

ゆいぴ:
それは東京でされていたお仕事ですか?

廣村順:
大阪でずっとやっていました。今の会社に20年ぐらい、2002年に転職をして。その間にグループ内の出向とかでプロダクトデザインとかのチャレンジも1年間させてもらったりとかして、今は内装ももういいかなとちょっと思っていて(笑)。今ある空間をどのように使うかっていう、人の方に今、興味が移っているっていうのがある。建物が綺麗汚いとかっていうよりは、そこをいかに誰がうまく活用するのか。そこがすごく今の私の関心事になってきているかなと思いますね。だから、お金がなくてもできるっていうのかな。建築ってどうしてもね、工事しないといけないってなるとお金かかるんですけど、使い方っていうのは工夫次第で生かすも殺すも、そこに人が集まれば何かできるんじゃないかっていう可能性を感じているっていうところで。そこにボランティアの視点がまた入ってくるんですけど。

今、社会教育士っていう資格を目指しているんですが、そういう人が集うところを、人を集めて蘇らせる、息を吹き込むみたいな。そういったことを今後はどんどんしていきたいなっていうか、興味ごとはそっちに移ってきていますね。どんな建物を作ろうかというよりは、この空間をどういうふうにすれば人が集まり、喜ばれ、建物も生き生きするかとか。そんなことに興味が移っているって感じです。

未来:現役のまま、惜しまれて亡くなる。それが私の今目指したいところですね。

ゆいぴ:
未来についてもお伺いしたいのですが。この先のこと、何十年先から最後に自分が死ぬところまで想像してみたときに、未来に対してどんなイメージを持っていますか?

廣村順:
つい昨日一昨日ぐらいに理想の自分の死に方っていうのを自分で見つけまして。西田敏行さんに憧れを。現役のまま、惜しまれて亡くなる。それが私の今、目指したいところですね。あの人がいたから明るくなれたとか頑張れたとか。西田さんって、震災のことで福島の復興にご尽力されていたと思うんですけど、そういった何か光になる存在になるっていうか。地域の方の気持ちが沈んでいくときでも、「みんなで頑張っていこうよ!」みたいなことを言って、それがみんなの生きる力になっていくような、そういった生き方をしたいなとは今思っています。

ゆいぴ:
そういった生き方を目指す上で、今後やっていきたいことやチャレンジしたいことってありますか?

廣村順:
今取り組んでいる千里中央の(マンション建替含む)再構築です。(そこに関係する)みんなが輝ける、みんなが活躍できる場所を作るのにお役立ちできる人を目指しています。それを全国規模に広げていけるような人には最終的にはなりたいかなと。フィールドは今は千里中央ですけど、子供もいませんし独身なので、親がいなくなった後はどっかご縁のある地域に移り住むということももしかしたらあるかなと思いつつ。ただ地域でお役立ちするっていうのは、自分の得意を活かせることなので。その得意を今、しっかりと固めていく時期。人と比較されても見劣りしない自分の特技を磨いている途中って感じです。

ゆいぴ:
順さんが固めていこうと思ってる得意なことって何ですか?

廣村順:
今はそうですね、(まだ得意ではないけど)人のことを認めるっていうことを鍛えようとしていますね。みんな一生懸命なんですよね。(ボランティア活動って突き詰めていくと、)自分のやりたいことの人の集まりなんで意見ぶつかるんですよ。多くの方が自分が正しい、自分が最高って思いながら活動されているんだけども、みんなが最高であり、誰か1人が最高であってはいけないと私は思っているんですね。だから何か一つ成し遂げるためには、合意を取っていかないといけないってときにお互いが認め合える社会っていうのはすごく大事だと思っていて。自分の価値観と違いを感じる人がいるとどうしても排除したくなるっていうのが人間の性というか。そうじゃなくみんな一生懸命なんだよねっていうところを、皆さんがそれを感じられるような振る舞いというか、それを今すごく磨いているところですね。お互いに認め合えればすごくいい社会になると思うけど、みんな人を叩き合うというか、批判したりというか、自分だけが正義みたいな。そういう世の中になっている気がしています。

ゆいぴ:
はい。

廣村順:
それぞれに正義があるんですよね。でも今はどの正義がみんなにとって心地がいいのかとかを考えるとき、今じゃない、この先のことを見据えたら、今こういうふうな流れにしておいた方がいいんじゃないかとか。今現在で考えるよりもちょっと未来の、先にどうなっていたいかっていうところが判断基準になるんじゃないかとかと思います。そういうことを考えながら、言動を鍛えているところです。

ゆいぴ:
どうやって鍛えてるんですか?

廣村順:
実践して相手の反応見て、相手が喜んでいるか、受け入れているか受け入れてないかっていうのは日々繰り返しですよね。元々私は批判癖のある人間なので、あーまた出ちゃったよ、とかっていう日々振り返って。でも気づけた自分を褒めているっていうか。気づけたら修正できるので。気付けなかったら修正できないので。っていう繰り返しですかね。

ゆいぴ:
なるほど。じゃあやりたいことではなくて、どういう気持ちで未来を生きていきたいとか、どういう自分でありたいとか、そういう理想の姿ってありますか?

廣村順:
自分に正直で、人に対して誠実で、あともう1個何だったかな。3つ掲げていたんだよな。あと何だったかな。忘れちゃった。自分に正直で、相手に誠実で、もう1個あとで調べて送ってもいいですか。すいません。どっかnoteに書いたんだよな、確かに書いたんだよな。そういう人でありたいっていう、そういう自分の中の、会社でいう企業理念のようなものが私の中の理念としてあれば生き方はぶれないなって思っていて。

自分に嘘つくのは本当にやめようって思っていますね。あと相手も大事に扱うってことも大事だと思うから誠実であるっていうこと。私の順っていう名前がね、素直に育ってほしいっていう思いが込められていると(親から)聞いているので。たぶん(名前の通りに)素直に生きていると思います、今は。ちょっと前まではそうではなかったと思いますけどね。人のせいにしたり、いろいろネガティブ思考な私がいましたけど、今は全部ポジティブ変換できる自分になってきているから。そういう意味では、自分に素直に生きていけているような気はしますね。

ゆいぴ:
もしもの質問なんですけど。絵を描いたり物を作ったり建築のお仕事をしたり、っていうクリエイティブなことに興味がなくて全然楽しさを感じられないような順さんであった場合、どんな人生を歩まれてると思いますか?

廣村順:
クリエイティブなことに興味を持ってない私?想像したことがないですね。でも、海外旅行によく行っていたんですね、一人旅で。だから、自分が何か作り出せてなくても新しいものを探しに、自分が作れなかったら世の中にあるそれを探しに行っているかもしれないですね。自分の周りにないものを、自分が作らないなら探しに行っているんじゃないでしょうか。誰かが作ったものを。

ゆいぴ:
それはどういう気持ちの基にですか?何を求めて探しに行くんですか?

廣村順:
自分に必要なものとかですかね。だって自分で解決できないわけでしょ、自分が作らないってなれば。自分に必要のないものはきっと探しに行かないから。で、きっと自分に必要なものは他の人にも必要だろうって思って、自分がいいなと思ったものは人に勧めているんじゃないでしょうか。

ゆいぴ:
最後に言い残したことってありますか?インタビューを受けてみた上での独り言でも、読者へのメッセージでも、インタビューの感想でもいいんですけど。何かあればお伺いします。

廣村順:
この私の話を聞いて面白いと思う人がいるんでしょうか?っていうとこかな。だってインタビュー集めている人たちって最終的には、読まれるものを書こうと思われているはずなんですよね。誰かに読んでもらいたいからいろんな面白い人のネタをアップしているっていう中で、この私の話が人の興味を引くんだろうかっていうふうにちょっと思いながら話をしていました。それが最後の言葉かなって。

私が思っている思想の話は自分でも発信しているけど、私がそれをどういうふうに行ってきたかっていうこと主に聞いてこられていたので。どういう人生を過ごしてきたのかとか。どういうふうなストーリーで、仕上がるのかっていうのが。きっと読まれるようにアレンジされるんだろうなと思うんですけど。私のこの人生のどのポイントが皆さんの興味を引くポイントになるんだろうっていうのがすごく興味深いなとは思っています。そこはですね、面白いんでしょうか?っていう感じですかね(笑)。

ゆいぴ:
はい、ありがとうございます。

廣村順が書いた記事7選
1、大切にしている理念に基づき行動すると幸動になる

2、上司の評価を手放した私が願いを叶えた話

3、子育てにお悩みの方へ!ボランティア活動で変わる、子どもたちの未来

4、初めて、ボランティア体験談を中学生250人の前で話をして感じたこと

5、この建替問題、モヤモヤするのです。そのまま進めていいんでしょうか?

6、老朽化マンション管理組合ダメダメな理事長の通常総会のご報告

7、ダメダメな理事長が2年間の理事会活動での目標達成

あとがき


インタビューを続けていると自分にはない思考に出会ったりとか、気づきがあったりとかするんですよね。今まで点でしかなかったものが、突然ピャッと線になる感覚。私は幼い頃から「ものづくり」にあまり興味がなかったんだなあ。つまりゼロイチは性に合わないらしい。だから自分が作れなかった世の中にある新しいものを探すため、いつまでも旅や学びを続けるんだと思う。想像できないからこそ行動する。きっとその連続が、私の人生なんだなあと思いました。


【インタビュー・編集・あとがき:ゆいぴ】

#無名人インタビュー #インタビュー #地域ボランティア #まちづくり


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