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無名人インタビュー:無宗教の人は、祈ったりできないし、何を支えに希望を持つんだろうか? と考えることがある人

あなたは神を信じますか?
ということで、冒頭、全然、宗教の話にふれるなんて微塵も思ってなかったのですが、今回、自然と人と宗教みたいな展開のインタビューになりましたとさ。
私は宗教が必要か必要じゃないかと問われれば、あったほうが面白いんじゃない、と考えているほうなので(この面白いと思うことこそ私の宗教なんかもしれんけど)、実際に宗教と生活が密接だった方のお話お伺いできて、その自分の考えを確かめる良い機会にもなりましたとさ(ダメ! インタビューを自分の私見を確かめる機会にしまくっちゃあ!)
それから、世代間のお話、抑圧された女性のお話、といろんな方向に展開していった回だなあと思った次第です。
人が生活するうえで、支えにしたり、楽しみにしたりする、遠目に見ればささやかだけど一人の人間にとってはとてもとても大きい出来事の数々について、お伺いできたかなと思ってます。
どうぞ。日常という川のせせらぎをお楽しみにくださいませ。

今回ご参加いただいたのは 栗 さんです!

現在:文字起こしが楽しすぎてやめられない

qbc:今、何をされている方でしょうか? 

栗:仕事的には、文字起こしです。在宅でできる仕事なので。

qbc:仕事以外の趣味はいかがですか?

栗:英語のスピーチの会に入って、それも全部オンラインになっちゃってるんですけど、月2回ぐらい。
あとはnoteを始めました。それで、こちらのインタビューを見つけて、面白そうだなと思って。

qbc:なるほど。お仕事と趣味、どっちが大切ですか?

栗:文字起こしの仕事は、内容が面白くって続けてしまってるっていうか。もっと時給が高いものをやりたいって思うんですけどなかなか止められないんです。10年ぐらいやっていますね。
要は、裁判とか、揉め事の音声をもらって文字を打つっていうだけなんですけど。内容があまりにも、ドラマのようで面白いなって思って。

qbc:どんな内容のものが多いですか? 守秘義務に触れない範囲で。

栗:交通事故の揉め事とか、セクハラとかパワハラとか、離婚とか。世の中はこんなことがあるんだなって、自分が知らない世界を知れたのが面白かったですね。
夫が転勤族なもので、どこへ行ってもできる、家でできる仕事を探して応募しただけなんですが。

qbc:ドラマを見るよりも楽しいですか? 

栗:そうですね。だって、ドラマ見るだけだとお金もらえないから。(笑)
それから、裁判とかだと、弁護士の腕もだんだんわかってくるんですよ。この人、すごい下手だなとか。裁判長、やっぱりさすがだな、そこを聞いてきたかとか。

qbc:なるほど。英語のスピーチっていうのは、どんな集まりなのでしょうか?

栗:アメリカ発祥のスピーチに特化したNPOの団体みたいなのがあって、そこに参加しています。地域のクラブに入って、先生とかはいなくて、みんなで運営する感じです。
今、関西にいるんですけど、引っ越してきたときに、地元で何か英語を学べるものを探していて、見に行ったときにすごく面白かったんで入りました。
昔から英語が好きだったんですよ。

qbc:表現したりとか書いたものを残すというのは、noteが初めてですか? 

栗:そうですね、以前、英語でエッセイを書くっていう先生のところで書いたこともあるんですが、英語で書くっていうのは難しすぎて。
ちゃんとやるのは、noteが初めてです。その前は、ブログとかちょこっとやったこともあったんですけど。それも続かなくて。

qbc:なぜ続かなかったんでしょうか? 

栗:そのときは傾聴のボランティアに入ってて、そのことを書いたりしてたんですね。だけどネタが無くなってきちゃって。

qbc:なるほど。今、お子さんは?

栗:2人。成人して社会人です。

qbc:この「無名人インタビュー」に期待することとか、そういうのがあったりしますか?

栗:逆に、始められたのはどういうきっかけだったのかなと思って。

qbc:単純に、人の話って絶対に面白いってのを証明するためですね。noteで始めて、この2月でちょうど満2年になります。
栗さんは、noteでやりたいことっていうのは、どんな感じのことですか? 

栗:今はまだ始めたばっかりで、ひと月ちょっとなんですが。以前のブログでは、今はコロナで行けないんですけど、老人ホームへ行って、お話を聞くボランティアについて書いていました。そのとき、お年寄りの話を聞くのが面白すぎて。知らないことばっかり。戦争のときの話とか、すごい楽しかったんです。
2年ぐらいやってたのかな。それがコロナで行けなくなって、そういう年配の女性っていうか、自分より年上の人の話から学びたいっていうのが多くあって。
今、noteで、大人女子のnoteを探して、それを紹介するっていうのをやってるんですよ。

qbc:はいはいはい。

栗:その中から、自分が何か得たいっていう。人生の知恵じゃないけど、そういうnoteを始めてみたんですね。
その選ぶ基準が、その人にインタビューしてみたい、なんです。
だから、1個の記事じゃなくて、その人の全人格的な。後ろに何があるのかなっていう興味を知りたいなっていう感じですね。

qbc:なるほど。インタビュー自体はできたんでしょうかね? 

栗:まだしてないです。まだ12人ぐらいなんで、もっと溜まってきたら、そういうのも面白いな、やってみたら面白いかなって。だから、こういう「無名人インタビュー」を見て、あ、こういうことができるんだって、びっくりしたんですよ。
今はzoomがあるから、別に知らない人でも、向こうがオッケーって言ったらしてもらえるんだと思って。

qbc:紹介した方から「インタビューしてくれませんか」みたいな連絡は来ない?

栗:まだそれはないですね、まだ実績もないんで。「インタビューします」とかも書いてなくって、「選んだ基準はこれですよ」としか書いてないので。
でも、もっと溜まってきて、こういう人なんだなっていうことがわかってもらえたら、もし「こういうのをやりますけど、どうぞ」って言ったら、「じゃあ」って言ってくれる人がいたらやるかもしれないなって。

過去:顔面100針縫っても大学行く

qbc:お子さんのころって、どんなお子様でしたでしょうかね? 

栗:活発っていうか、運動とかが好きで。原始人って言われてたんですよ。運動もどっちかっていうと得意だったし、活発な方でしたね。
性格は、あんまり細かいことを気にしないっていうか。突撃タイプ・・・ですかね。
向こう見ずっていうか、あんまり考えないでやっちゃうっていう。

qbc:なるほど。

栗:それから、わりとまとめ役やったりとか。そういうのが好きでしたね。
悩みとかもなくて。。だから、何でもスムーズにやってたと思うんですね。でも、周りが困ってたんだと思うんですけど。

qbc:周りが?(笑) どういうところで? 

栗:(笑)今思えばですけど。遊ぶときも、こっちの都合で押しかけて行って引っ張りだしてみたいな。あんまり向こうの気持ちとか、そういう気を遣うっていうのができなかったですね。

qbc:なるほどー。今やられている文字起こしみたいな文系的なことと、子どものころの活発で体を動かすのが好きというのが、つながりにくいですね。
今も、外で運動する趣味でも良かったじゃないですか。例えば、登山とかアウトドア系。トレッキングしようとか。

栗:そう言われると、自分の中では、本を読むのが好きなのと外で活動するのは、矛盾してないんですよ。両面あったみたいな。
中学のときに先生が家庭訪問してきて、すごいびっくりされたりしました。「家の中ではそんなんなんだね」って言われて。本を読んだりとか、びっくりされたのを覚えてます。
二面性があるかもしれないですね。外でやるのも好きだし、1人で本を読んで、何か書いてみたいなのも好き。

qbc:どんな本を読むのが好きだったんですかね。

栗:推理小説とか。アガサ・クリスティとか。あと明智小五郎とか、あの辺も。

qbc:けっこうスタンダードなものが多かったんですかね。
運動は、どういう? 

栗:ソフトボールを小中高とやってたかな。

qbc:めっちゃやってるじゃないですか。

栗:めっちゃやってます。ポジションはセカンドかな。
まあそうですね。なんか、一見バラバラですね。

qbc:みんなでワイワイするっていう方が好きなんですかね。チームプレイみたいな。 

栗:両方好きですね。みんなでやるのも好きでしたし、家で1人で本を読んでても、別に苦にはならないっていう感じです。

qbc:就職、お仕事は? 

栗:大学出てからは、普通の事務をやって。その後5年ぐらいして、ちょっと自営業の手伝いみたいなのをやって。それから結婚して、パートとか。そんな感じですかね。

qbc:なるほどね。仕事は好きでしたか? 

栗:専門職でもなかったんで難しいっていうこともなかったし、割といい人に恵まれて悩みはなかったですね。

qbc:なるほど。栗さんって、何で悩んだりするんですか? (笑) 言える範囲で。

栗:そうですよね(笑)。たぶん私、恵まれてたんだなって思いますね。
自分ではわからなかったんですけど、最近、昔からの友達の話を聞いたりすると、みんな昔からすごい悩んでたとか、家族とか自分の性格とか。
いろんなこと抱えてきて、今はそれがすごいこじらせてとかいう人もいるんですけど。
そういうのを聞いたら、えー? って。私、とりたてて何にも悩んでなかったわって思いましたね。

qbc:今、文字起こしで傍聴記録などでいろんな話を聞いて、どう思われていますか?

栗:そういうのを聞けば聞くほど、コンフリクトの大きさっていうか、世の中はあまりにもそういうものが満ち溢れているんだなと思って。
日常を平和に過ごせるってだけで、その1日だけでもどんなに幸せなことなのかっていうのを噛みしめてます。ありがたいことだと、感謝を忘れてはいけないと。

qbc:なるほど。

栗:夫に感謝したりとか。やっぱり仕事をしてくれてるから。
私、悩まなさすぎかもしれないなーと思って。今、聞いてたらちょっと。
うーん。何でしょうね。
他の人に経験がないだろうなっていうことがあったとすれば、私、20歳のときに交通事故に遭って。顔面からフロントガラスに突っ込んじゃったんですよ。

qbc:おおお。

栗:それで、顔を100針ぐらい縫ったんですよね。でも、そのとき。そこから引きこもっても不思議じゃないのに、全然平気で。大学とかも行って。今思ったら、ちょっとおかしいんじゃないかなって。よくあんなので、普通に外出してたなみたいな。

qbc:顔、包帯ぐるぐる巻きみたいな状態ですか? 

栗:包帯まではいかないんですけど。いろんなものを貼って、マスクしてサングラスしてみたいなので行ってたんですよ。よくそんなので行ってたなって。行かなくて良かったよなって、今さら思いますね。

qbc:痛みもあっただろうし、精神的ショックもあり、とにかく心身ともに疲弊してる状態だったんじゃないですか?

栗:平気じゃないけど。なんだろう、普通だったら疲弊すると思うんですけど。なんか、くそっ! って感じで行ってましたね。

qbc:これは大変なこととか辛いことっていう意識は、あった? 

栗:もちろんありました。いや、何でかっていうと、実は実家がある宗教をすごいやってて。それで、乗り越える的なものだったんですよ。
だから、それで自分も、そういう精神的な葛藤をそっちに向けることで、乗り越えるんだみたいな親だったんですね。だから私も疑問なく、よっしゃー! みたいな感じで。

qbc:今も宗教は続けられているんですか? 

栗:今は、私はやってないんですけど。親の方はずっとやってます。日本で一番有名な新興宗教といえば、です。

qbc:S会ですか。まあでも、私の知ってるS会の人はメンタル強いですよ。
前へ進む力が強いというか、信念に従って、折れないですね。

栗:そうですね。それは思います。うちの母、私が事故のときも、全然平気でしたからね。普通の母親なら、自分の娘が20歳でそんな目にあったらね、泣くような人がいてもおかしくないと思うんです。
でも、私の母は「大丈夫!」みたいな。

qbc:宗教に関しての話はメインではないので言及しないですが、信者さんの持つ強さはありますね。この人強いなって。不屈の闘志というか、へこたれなさ。

栗:そういうのは、一面的にはあると思いますね。

qbc:S会にずっといようとは思わなかったんですか? お子さんも自動的に入っちゃう宗教じゃないですか。

栗:一応、籍はあるけれども、私はやってないっていう感じですね。
ちゃんと抜けようと思うと、いろいろ大変なので。

qbc:なるほどー。S会の影響は育ってきた環境という意味で、大きかったですか?

栗:それは大きいと思います。一般の人からすれば、やっぱりすごい特殊だと思うから。そこで培われてきたものは、自分の根っこにありますね。
でも、逆に、何もない一般の人たちって、何か起きたときって、そういう精神的な支えってないじゃないですか。キリスト教の人の神だとか、そういうの無しでどうやって乗り越えるんだろうっていうのは、今になって思ったりしましたね。土台がないっていうか、これは絶対だって言えるものがなくて。お正月に神社に行くだけで乗り越えられるんだろうかって、今になって思いますね。

qbc:今、いろんな人の話を聞くお仕事をされているわけですが、そういう中で、人は何を支えに生きてるんだろうっていう部分に興味がありますか?

栗:そうですね。やっぱり自分の体験からしか世界を見られないので。
例えば自分の命が、病気で余命1年と言われたときに、何を支えに希望を持つんだろうとか。祈ったりできないじゃないですか。無宗教の人にもできるんですかね。そういうものって何だろうって思うことはありますね。

qbc:なるほど。無宗教の人は、祈らないですね。

栗:そうですよね。どうやって自分を支えるんですか? 

qbc:私自身は、悩んだ時期は本を読んだりとか、自分で考えたりしていました。結局、宗教書に書かれていることを読んだりもするんですが、でも実際に集団でお祈りしたりとか、宗教行為じたいの経験はないですね。ああ、まあお葬式ではありますが、日常的ではなかったな。家に仏壇もなかったし。
自分でひたすら悩んで書いて、って感じでしたね。自分とは何者か、どう生きていけばいいのか。この苦しみはなんなんだ、みたいな。
私は小説を書くので、物語に封じこめていくような。そういう克服の仕方でしたかね。でも、人によっては「どうしたらいいでしょう」と他人を頼ったりとか。家族に頼ったりとか。

栗:ふーん。

qbc:栗さんが持っている「人の話を聞く」聞きたいっていうのは、今お話いただいたご自身の育った環境のちょっとした特殊さが関係していますかね?

栗:あるかもしれないですね。昔の自分はそうだったけど、今はそれはないから。
他の人はどうしてるのかなって思うところはあるかもしれない。
例えば、英語の会なんかでも外国籍の人がいて。みんなキリスト教なんですよ。その人たちは、何かって言ったらすぐ「神が」みたいなことを言うんですね。
だから、奥底に自分の戻る場所みたいなものがあるっていう感じがするんですよ。それがあるから、また表に戻ってきて前に出して。でも、自分が辛いときはそこへ行って、みたいなものを感じるので。あー、なるほどっていう。宗教を1つ持ってる人っていうのは、そういう道筋っていうのがあるのかなっていう感じはしました。

qbc:なるほど。
すこし話はズレますが、栗さんは、知的好奇心が満たされるのと、自己実現(自分がこうなりたいって思ったものになること)、どちらが興味関心が強いでしょうか?

栗:知的好奇心っていうのは大きいなと思いますね。何かを学んでいたいみたいなのは、強いと思います。
ワクワクするというか。自分の知らないこととか、やったことないことをしてみたいとか、ありますね。だから、noteでも今、やってみたみたいなカテゴリができたじゃないですか。あんなん見てたら、メッチャ楽しそうと思って。
私も、これをしてみようかな、やったことないことをしてみようかなとか。そういうほうに今は向いてますね。

未来:自分の経験を下の世代に伝える

qbc:未来についての質問です。今後、5年後、10年後、あるいは死ぬときに自分がこう思われたいとか、こうなっていきたいとか。そういう未来のイメージって、どのように考えられているでしょうか。

栗:自分の中では、すごく恵まれていて、わりとスムーズに生きて来た方だなと思うんですけど。
例えば、自分が女であることにすごく不利だなって思うところはあって。そういうところを我慢してる人が多いと思うんですよ。特に、年齢の高い女の人ほど我慢してきた歴史があるんじゃないかなと思って。
今、そういうのがだんだん言えるようになってきてるけど。そういうのをもっと出して、単に文句言うんじゃなくて、こういうふうにできるよっていうのをみんながいっぱい言って、それをこれからの人たちに「こういうふうになれるんだったら、大人になるのもいいな」っていうのをもっと感じてもらえたらいいのになって。そういう場が作りたいっていうか、つながれればいいなって思いますね。

qbc:場づくりみたいなことに興味があるんでしょうかね? 

栗:今、言っててポロッと出てきたって感じで。つながれればいいなっていう感じですかね。
私ぐらいより年齢が上のみんなが、もっと発言すればいいと思うんですよ。それが下の人にとっては役に立つ。「ああいう生き方ができるんだな」とか。みんな、あんまり言わないで、黙ってると思うんです。
なんででしょうね。言わないようにっていう、そういう。女は後ろに3歩下がってみたいな考えができてしまってるだろうし。

qbc:特に女性向けの場づくりということなんでしょうかね。

栗:それはありますね。今、急に出てきたけど。子どものときも、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に住んでたので、「おなごのくせに」ってすごい言われてたんですよ。
何かやったら、「静かに座っとけ!」みたいな。お兄ちゃんとかは言われないのに、なんで私だけ言われるんだっていうのが、ずっとありましたね。
黙ったりしないで、もっと言えばいいよっていうのはありますね。

qbc:なるほど。

栗:当時は、私ばっかり損してるって思ってたんですけど、もっと大変な人は大変なんですよね。親からすごい虐待されたとか、そういう人も。
そしたら、男も女も関係なくて生きるのが必死だろうし。だから、そういうことが言えるのは、まだ恵まれてたんだなって思います。
ともあれ、もっと自由に話せる場を作って、もっといろいろな意見とつながれるといいなって思います。

qbc:栗さん自身は、年齢が上の方からお話を聞いたときに、どういったことが得られたんでしょうか?

栗:傾聴ボランティアをしたときは、80歳とか90歳くらいの人だったんで、今とは大分環境が違って、みなさんすごいご苦労されて耐え忍んで来られてる方ばっかりだったんで、それは尊敬しましたね。

qbc:栗さんは、自分よりも下の世代に伝えたことってありますか?

栗:下の世代とつながることが今はないから。話すとしたら、自分の子どもとかになっちゃうんですけど。

qbc:今、これから一番やりたいことで、具体的なことはどんなことですか? 

栗:今度ライター講座に行くんです。もっとちゃんと書けるようになりたいですね。

qbc:なるほど。
もしもの未来っていうのをお伺いしてるんですが、もしも、ご両親がS会じゃなかったら? どういった自分になっていたでしょうか? 

栗:それは、S会は想像できないくらいにがっしりとした土台ですね。今の私の育ってきた中で。
教え自体は自分の支えになったんですけども、それに付随する活動に疑問を持ったので、自分自身は活動していないんです。組織的な形とか、そっちの方に納得できなくて。
宗教行為自体は、みなさんそれぞれすごく支えになっていて、いいなと思うんです。

qbc:お祈りはしますか? 

栗:何かあったときはするっていう感じですかね。
本当に、何かあったときって、みなさんどうするんだろうっていうのは、すごく不思議な感覚です。

qbc:その疑問って、答えが見つかりましたか? この人は無宗教だけど、これが信念の支えになっているんだな、とか。

栗:わからないんですよね。そういう極限状態、例えば戦争が始まったとか、明日殺されるとか。そういうような極限まで行かないと、そういうものってわからないんじゃないかなって。
「あなた、半年で死にますよ」って言われたときにどうするんだっていう。そこまで行くかな。そういう深い話ってね、なかなかする機会がないから、ちょっとわからないですね。
そんな深刻な話をできる環境にないっていうか。S会の中では、そういう本当に赤裸々な話をみんなしてましたけど。一般の社会で、そういう話はできないじゃないですか。

qbc:うーん。

栗:だからもう、この人は本当にこれがあるんだなっていうのは、なかなか知れないっていうか。

qbc:私は、本来、人の話を聞く場所っていうのがもっと必要だと考えているんです。その考えもあって、この無名人インタビューの活動をしています。

栗:もっと気軽に吐露できる、キリスト教の懺悔室みたいなところが日本にあったらいいのになって思いますね。
私、YWCAのカウンセリングみたいな会に行ったことがあるんです。1時間いくらっていうお金払ってね。でもすごい良かったから、こういうのをもっと気軽に行けるところがあればいいなって思いますね。

qbc:ありがとうございます。それでは、最後に言い残したことがあれば、お伺いしております。

栗:いつかまた、私が自分のnoteでこういうインタビューを始めてもいいですか? 

qbc:あ、全然大丈夫ですよ。noteのインタビュータグってわりと盛んだと思いますし。
では、ありがとうございました。

栗:ありがとうございます。

あとがき

いやーいやーいやー、いかがでしたでしょうか! ほんと、一人の人間の生活のお話から、宗教、女性問題とさまざま展開したなあと。普通に生きていることが、思想や文化につながってるんだよなあ、としみじみ思いました。
あと宗教。つまり信念、すなわちコアビリーフ。心の芯に信じられる普遍/不変のものがあるっていう頑健さを感じるインタビューでもありました。人間という生き物のひとつの強みは、信じることです。我々は現実にないものを信じることができ、さらにそれでみんなで集団でパワーなんかを発揮してしまうことができる。靖国で会おうと言って、死に向かっていくことも、また可能な生き物です。
この信念、狂信や盲信とつねに隣り合わせではありますが、うまく使えばやっぱり強力な武器、社会を運航させていく中での重要なモジュールなんだなと思います。神はいるとかいないとかじゃなく、そもそも神という超人間的なものを信じることのできる能力を持った生き物=人間がどうやってうまくやってくかってところを、これからも考えていきたいと思っています(いったい、いつから、こんな考えを持っていたというのだ!)
次回もお楽しみに!
感想、ご意見は! コメント欄に!!

編集協力:有島緋ナ

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