職場でアンパンマンって言われる人
むかしむかし、ある町の商家に、助太郎(すけたろう)という若い番頭がいました。助太郎は、誰かが困っているのを見ると、自分の仕事の手を止めてでも、すぐに助けに行ってしまう人でした。
同僚たちは助太郎のことを、笑いながら「うちのアンパンマンだ」と呼んでいました。
「助太郎さん、また誰かを助けに行くの?」
「今日もアンパンマンモードだね」
「困ったときの助太郎さん頼みだよ」
最初、助太郎はその呼び方に少し照れくさい思いがありました。時には、自分の仕事が後回しになることを心配することもありました。
ある日、商家の主人が助太郎を呼び、こう言いました。
「人は一人では商売はできぬもの。互いに助け合い、支え合うことで、この店は成り立っているのじゃ。お前の働きぶりは、この店の要なのだよ」
その言葉をきっかけに、助太郎は自分の役割を理解し始めました。
新人が帳簿の付け方に悩んでいれば教え、
荷物運びで困っている同僚がいれば手伝い、
取引先との話がこじれそうになれば間に入り、
客の無理な要求には丁寧に対応する。
そんな助太郎の周りには、自然と人が集まってきました。困ったことがあると、みんなが「助太郎さんに聞いてみよう」と言うようになりました。
次第に、店全体の雰囲気が変わっていきました。助太郎に助けられた人たちが、今度は他の人を助けるようになったのです。
ある日、新入りの小僧が助太郎に聞きました。
「どうしてそんなに人を助けられるんですか?」
助太郎は微笑んで答えました。
「商売は人と人との繋がり。誰かの役に立てることは、私の喜びなんだ。それに、私だって困ったときは、みんなに助けてもらっているしね」
後に助太郎は、町一番の商家の番頭として知られるようになり、こう語ったそうです。
「職場で誰かの力になれることは、幸せなこと。それが自分の持ち場であり、誇りなのです」
そして「情けは人の為ならず、店の為にもなる」ということわざが、この町から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年11月4日9時40分に書く無名人インタビュー937回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは したくや さんです!
年齢:30代後半
性別:おとこ
職業:転職診断士
現在:仕事中、会社だと、こどもみたいだと言われますね。
qbc:
今何をしてる人でしょうか?
したくや:
私は今はホテルを運営している会社の人事で仕事をしております。
qbc:
はい。それ以外は何をされてますかね。
したくや:
それ以外だと、最近、ちょっとタレントプレナーっていう研修に参加をしていて、そこでマーケティングの勉強をしながら、自分のサービスを作るっていう活動をしていて、そのサービスとして転職診断士っていうのを新しいサービスとして考えながら活動しようとしてます。
qbc:
転職診断士っていうのは?
したくや:
転職診断士っていうのは、働いていて、自分の会社は好きだけど、ちょっとこのままこの会社で働いていていいかどうか迷ったりとか、逆に転職しようかなと思うんだけど、本当に転職していいのかなって迷ったりする人たちのために、転職のタイミングとして適切かどうかっていうのを診断する。その診断によって転職をした方がいい、しない方がいいっていうのを提案をしてあげて、次の行動ステップを考えてあげるっていうようなサービスをしようとしています。
qbc:
いつごろスタートみたいなものが出来上がってらっしゃる?
したくや:
一応、モニターは始めていて。ちょうど昨日初めての第1号のモニターしてもらってたので、どんどん今後広がっていけば、そのサービスをやっていきつつ、やりたいこととしてはそのサービスを通じてもっとコミュニティを作っていってとか。いろんな人、同じような悩みを抱えた人たちのコミュニティを作っていきながらみんながチャレンジしていけるような活動をするっていうのをやっていきたいな、なんていうふうに思っています。
qbc:
チャレンジっていうのは、転職についてのチャレンジという意味ですか。
したくや:
私は元々やりたいのはどっちかっていうと、本当に何でも良くて、チャレンジするということであれば、どんな挑戦でもいいと思ってるんですけど。
サービスを始めていく上に当たっても、転職っていうタイミングが一番皆さん引っかかりやすかったのでっていうのと。私自身人事の仕事、10年以上人事の仕事をしているのでできることでもあったので、ってところで転職っていうワードを使いながらサービスを始めていこうとしているんですけど。実際のところは別に転職だけじゃなくて、全然、むしろ転職なんかしなくてもよくて、今の自分の会社でもっとこんなふうに働くためには、もっとこんなことしていこうよとかっていうのもいいし、別に仕事だけじゃなくても
したくや:
何かこうやってみたり新しいことをしてみたりとか。新しいことじゃなくても、前からできなかったんだけどこんなことしてみたいなということに挑戦するっていうのを、仕組みというか、なかなか一人だとそれってできないことが多いので、みんなで励まし合いながらできるような仕組みだったりとか、コミュニティっていうのを作っていけたらいいなというふうに考えています。
qbc:
なるほど。昨日、初めてやられてみていかがでしたか。
したくや:
めちゃくちゃ楽しかったですね。実際タレントプレナーっていう、セミナーの参加者の人が別のコミュニティで、そういう転職に迷ってる人がいたので、その後ご紹介してもらって、昨日やったんですけど。
本当に初めて全然知らない人に対してやったんですが、やっぱり、もう話を聞くのもまた好きだし、世代も近い人で転職するかどうか迷ってる悩みもすごくわかるし、私の経験も生かしながら提案をして、やっぱその転職タイミングかどうかっていう診断もしっかりできたので、達成感もあるし、楽しかったなっていう感覚なので。これはちょっとどんどんやっていきたいなというふうに思ってるところです。
qbc:
そのサービスの始まりから終わりまでってどんな感じをイメージされているのでしょうか。
したくや:
転職診断のサービスですかね。始まりはですね、事前に転職タイミング診断っていうのを作ったので、その診断の質問、例えば今の職場の満足度は10点満点で何点ですか、とか仕事やりがいを10点満点何点ですか、とかっていうようなものを先にちょっと埋めといてもらって。
それをベースにしながら、今の仕事どんなことされていらっしゃいますかとか、逆にその今の仕事でいやなところはどうなのですかとか、今後チャレンジしてみたいなことはどんなことですか、みたいな、過去現在未来をまさに聞いて。その上で、最終的に100点満点で転職が何点かを採点してあげた上で、次はこんなステップでやっていくといいんじゃないですかっていう提案した上で、その結果に対して、最後、ずれてるとこないかとか逆にいい漏れたことないか、みたいなことを擦り合わせをして最終的にはこんな事をしていきましょうって言って終わって終了すると。
大体60分ぐらいのサービスイメージになってます。
qbc:
いわゆる転職が決まって、までは追いかけない?
したくや:
そうですね、私あれなんすよ、自分自身転職したことないので。転職診断士っていうのに転職したことないんですよ。どっちかというと企業人事なので、転職食い止めてきた側なので、そっちの方が得意は得意なんですけど、一方で、転職勧めることもあって、この会社にいながらも、やっぱりその人にとっては、多分転職進めた方がいいな、となると。
最後、転職するとこをかけるのは多分転職エージェントさん、世の中いっぱいいるんで。そっちにもおまかせするとして。どちらか、その、転職エージェントを使ってるんだけど、本当に良かったんだっけみたいな人に対しての、型押しなのかむしろ食いとめなのかっていうところをやはり転職タイミング診断というものを通じてやってあげるってところは、この転職診断サービスのあれですね。価値の発するところかなと思っています。
qbc:
ポジショニングマップみたいなのだと企業でもないし、エージェントでもないみたいな。
したくや:
そうですそうです。ちょうどだから企業人事でもなくて、エージェントでもない第三者っていうポジショニングで。やっててもやっぱりここのライバルはあまりいないな〜というか、自分が今調べてる感じだとあんまりいないなと思ってるのでいいかなと思うんですけど。
ただここだけだとあんまり儲からないので、ちょっとこの先どうサービスをさらに繋げていくかっていうのはまだ課題として持ってますっていう感じですかね。
qbc:
それでコミュニティっていうのはちょっとあれでした?
したくや:
そうですね。その後、多分伴走やっぱり転職しなくてもどっちかっていうと転職するのはエージェントがいいと思うので、逆にその今の会社で頑張るんだったら、伴走をしてあげるようなサービスを作るっていうのと、あとそんな人集めてコミュニティを作ってっていうのもいいかなとか、そんなふうに思っていますと。まずはコミュニティをつくって、そこからまたお金を生み出せる仕組みを作っていくところを考えていく感じですかね。
qbc:
人の話を聞くのが、楽しいとおっしゃったんですけど、人の話を聞く楽しいっていうのは何か。より細分化すると何が楽しいみたいなのってどうなんでしょう。
したくや:多分二つあって、一つは全然自分の知らないことが知れるというのが面白い楽しいっていう考えと、あとは共感するポイントがあるみたいな私わかるわかるみたいなものがあるっていうこの2軸が結構あるかなと。
したくや:
ただ私話を聞くの好きって言ったんですけど、あまり傾聴は得意じゃないっていう認識があって、興味のあることしか聞けないんですよね。いわゆるその人事界隈でも傾聴って結構トレンドですけど、ただただ聞くみたいなのはあんまり得意じゃなくて。
したくや:
自分が興味のあることとか面白いなって思うことは、めちゃくちゃしっかり聞けるんですけど、そうじゃないと飽きちゃうっていう、ところなので今この転職診断系の話は多分、今時点ではすごいいろんな話が面白いし共感できることもあるので、楽しいなっていう感覚があるって感じですかね。
qbc:
なるほど、ありがとうございます。ちょっとまた幅を広げてその、今のそのお仕事そしてサービス以外に何かされていることありますかね。
したくや:
あとは今やってること…。仕事とそれ以外だと、家族が今子供が2人いて、休みは元々土日なんかは習い事に子供を連れてったりとか、それで土日が過ぎていくような感じですかね。なので、それぐらいかな。何かやってるかな。大体もうそれだけで、今やってるそのサービスのところの活動と、本当にもうほぼほぼ仕事と土日は家庭、みたいなそんな生活をしてます。
qbc:
趣味は?
したくや:
趣味という趣味がなくて、本当に新しくこの活動をするまでは、食べるぐらいしか趣味がなくて。だから、あんまり好きなことないなと思ってたんですけど、やっぱりなんか今新しくサービス作ったみたいな話は、好きなんだなと、むしろこれが趣味みたいな感じですね。
qbc:
なるほど。サービスを作るってどこの部分がまた楽しいと?
したくや:
やっぱ、新しいことばっかりなのは楽しいですね。新しくサービスを作るっていうのも初めての体験だし、Twitter Xに全然触ってなかったんですけど、マーケティングの勉強をしてSNSマーケティングっていうのを勉強する中で、多分Xをちゃんと使おうと最近思って。朝は毎日Xを見て、ちょっとつぶやいたりとかしたりしてとか、本から学んで、それをインスタとかでも試しにとかっていうので。やっぱ新しいことをしながら、やっていくとそこで新しい気づきもあるし、ここは多分、今回すきを無名人インタビューさんに押してもらったので、このインタビューの話に繋がってるんですけど。noteも書いてみたりとか。
ていうのでなんか全然自分の知らない世界が広がっていく感覚ってやっぱり面白いなっていうのがあって。あとは、だれかと一緒にやることが、やっぱり好きなことかなと思ってます。
qbc:
性格は人からなんて言われますか。
したくや:
性格上、はい、そうですね、優しくておおらか。優しくておおらかでちょっと変な感じ、な人ですかね。
qbc:
変な部分については?
仕事中、会社だと、結構もうこどもみたいだと言われますね。落ち着きがないというか、結構こどもみたいで会議中も寝ちゃうし。
qbc:
うん。
したくや:
でもすごい行動力あるし。やっぱり人事も長いので、仕事そのものもできる。だからいろんな人が集まってきて、相談の列ができて、なんか売れっ子のアイドルみたいな感じで1日のスケジュールが埋まっているみたいな。多分そんな感じなので、なんか気軽に話せて優しい感じだけど、こどもっぽくてちょっと変な人だな、みたいな、そんな感じはありますかね。
qbc:
1社しか経験してないんですか。
したくや:
新卒からもう15年ずっと同じ会社で働いてます。最初はホテルの会社なので1年間現場で研修してて、そこから4年間はホテルの会社って言ってんですけど、学生寮とか社員寮とかもやってる会社で、法人営業4年間やってそっから人事に移ってから10年間、人事で今働いています。
qbc:
転職しようと思わなかったですか?
したくや:
元々もっと早く起業しようと思ってたんですけどね。学生の頃、学生ベンチャーが流行った時だったので、企業さんからお金もらって就職支援団体なんか作って、活動してたんですけど、そのときのお客さんだった今の会社に新卒で私そのまま入社しちゃったので。就職支援サービスっていう学生さんと企業をマッチングするようなサービスやってたんですけど、そのときのお客さんだった今の会社の人事に口説かれちゃって。別に新卒だから最初は入ってくかって入って、何かやりたいこと見つかったら起業しようと思ってたんですよね。
ただ営業の頃はだいぶあったのでそのタイミングでちょっとアプリ開発とかして、こういう起業しようかななんて思ってたんですけどそれはうまくいかなくて。
そうこうしているうちに異動だって言われて、人事部に異動してからがめちゃくちゃ忙しくて。なんかもう全然転職するような余裕がないぐらいもうずっと働いてて。ただ一方で、結構面白くてですね、その人事の仕事も。なので意外と学びも多かったので結構それで没頭して人事の仕事をずっとやってて。
しばらくは転職は考えなかったんですけど、2、3年ぐらい前にちょっと一度は転職しようかなと思って考えて1社だけ受けたんですけど、その会社は落ちちゃって。
そのときにフィードバックもあったのが、きっとしたくやさん、今いる会社が好きだから、もうちょっとやってみてからでもいいんじゃないですかって言われて。じゃあもうちょっとやってみるかと思って。ちょうど人事の中でもちょっと業務が変わったので、いわゆる、今時の女性活躍とか、エンゲージメントとかっていうのはそういうトレンド系の企画業務をしていくようなこともあって、また新しい仕事に没頭して。
そこから今年になってぐらいからまた転職してもいいかなと思ってきた中で、タレントプレナーっていう、マーケティングが学べるような研修をメンバーが見つけてきてくれて、自分の自費で今研修を受けながら、サービス作って、みたいな感じでやっているので。
機会があれば、別にいつでも転職、転職というか僕はどちらかというと起業な感じですけど外出てってもいいなと思ってるんですけど、意外に今の会社も好きで居心地結構好きだった、今は居心地もあまり良くないですけど、好きなところがあるので、やってきたっていう感じかなってとこですかね。はい。
qbc:
割と会社の中で人事部っていうのは、会社によりけりだと思いますが、どんなポジションなんすかね。
したくや:
パワーはないっすね、今は、全然。今僕が知ってる人事10年間で一番パワーがないですね。もう途中はすごいパワーを持ってた時期もあって、うん。やっぱトップによって違うんですよね。トップが人事権すごい持ってた時期は、やっぱ人事強くて、かなりいろんな意見通ったんですけど、今は結構私が知る限り最弱で、全く意見が通らないっていう。上が、通す気がないぐらいの感じなので、非常にちょっと、今、苦しいですね。上通す気はないし、下の子たちが不満溜まるよな、みたいな。
でも別に、自分も含めて下の子たちに力があるわけでもないから、会社変えていけるほどのパワーを持ってるわけでもないみたいな局面なんで。ちょっと今はあまり組織の中で活動するのが結構苦しい時期だなという認識を持っています。
なので、外の活動を増やしているというところですかね。
qbc:
次に、今の時代がずっと続いてたんであれば、途中で転職した?
したくや:
かもしれない、してたと思います。多分。最初がもしこんな状態だったら多分やめたと思いますね。
結構スタートの方は強い弱いって言うとあれなんですけど、担当役員の声が強いと、言えばいろんな改革ができるんだなっていう、あの頃は思わなかったですけどね。こういうもんなんだろうなと思ってたんですけど。
いざ力がなくなるとはあの頃ってやっぱ恵まれてたなみたいな。いろんな制度を作っても、やっぱりすごい力を持って進めていけるっていう時代があったので。
やっぱ面白かったし、その分、大変だったんで、全然。仕事に追われて帰れないことばっかりだったんですけど、今は比較的仕事から帰れるんですけど、力がないからやっぱり苦しいですね。あんまりやりたいことがちゃんとやりきれないっていうところは苦しいな〜苦しい時期だなっていう考えがありますね。
qbc:
自身の性格は、どういうふうに思ってらっしゃいますか。
したくや:
私自身の性格は新しいことが好きだなという。好奇心の塊みたいな人なので。新しいことを好きっていうのと、逆に言うと、同じことを繰り返すと飽きちゃうんで。
qbc:
うん。
したくや:
逆に嫌いなことだけすごいわかってて、一時期人事のなかでも、給与計算やっていた時代があるんですけど、決められたことを、正しく正確に同じように繰り返すっていうのが一番嫌いだなっていう。それは全く何も面白くないし向いてもいない。っていうのがあったのでそれ以外だったら結構何でも好きっていう感じですかね。
比較的、そうですね好奇心が旺盛みたいな性格ですかね。結構負けず嫌いだし、やるからにはとことんやりきれないと、というのもありますかね。
したくや:
あと、結構わがままです。
わがままで、結構その周りに支えられてきてる感覚があります。
したくや:
結構甘やかされて育ってきている。今もずっと甘やかされて育ってる感覚はありますね。すごい周りに恵まれていい人に恵まれて生きてきたなという感じがします。
qbc:
うん。なるほど。何か身近な人を、家族パートナー、親友、距離の近い人から言われる性格はあります?
したくや:
なんて言われるんだろうな。でもこどもっぽいって言われるかな。こどもみたいだな。近い人ほどこどもみたい、って言われますね。遠いと、言われないです。仲が浅いと、どっちかっていうと仕事ができて、みたいなイメージで持ってもらえるんですけど、付き合いが長くなれば長くなるほどわがままでこどもっぽい。大人じゃない。叱られる感じ。
qbc:
好きな食べ物は?
したくや:
好きな食べ物はうどんです。うどんとポン酢。
qbc:
関東?関西?
したくや:
私、香川県出身なんですよ。
丸亀っていう丸亀製麺あるんで結構有名なりましたけど、まさに丸亀市出身で、18年間ずっと丸亀だったので、自分が好きなのは県民性なんですけど。あまりこれ言うと、香川県の人はそこまでめちゃくちゃ食べるわけでもないので、スタンダードされたら困るんでと言われちゃう。私、週7で食べてたのでうどんを。
qbc:
地元の人は、東京に来てしまったらうどんの欲望を充足することはできるんですか。
したくや:
でも全然大丈夫ですよ、冷凍で全く問題ないですね、正直、本当美味しいんで。ふにゃふにゃのうどんはきらいですけど、冷凍うどんは、ふにゃふにゃじゃないんで。
冷凍うどんは香川で作ってるので、
したくや:
テーブルマークっていう会社のうどんは元々加ト吉っていう香川の会社なので。ちゃんと香川の人が考えたうどんなので。
qbc:
出汁は?
だんだんもう慣れました、こっち来て。辛くても食べれば大丈夫です。麺がふにゃふにゃじゃなければ大丈夫。
過去:椎茸食べられなくて、放課後まで残されたことが多分一番苦しい。一人で、それと向き合っていったのが一番苦しかったかな。
qbc:
こどもの頃の、幼稚園に上がる前はどんなこどもでしたか。
したくや:
私も幼稚園の頃やんちゃだった記憶があったし、幼稚園すごぐ楽しかった記憶もあって。すごい覚えてるのが、小学生じゃなくて早く中学生になりたいと思ってた頃があって。
何か小学校って窮屈そうだって何かで思ったんでしょうね。なんかそういうのすごいつまらなそうだから、中学生が自由かどうかわかんないけど。
テレビの何かの影響で、早く中学生になりたいって思って。幼稚園ではタキシード仮面ごっこみたいなセーラームーンがちょっと流行っていて。タキシード仮面役をやって女の子たちを集めてジャングルジムでタキシード仮面ごっこやるとか。女の子たちを集めて何かいろんな遊びをしてました。そういう記憶はすごくある。
幼稚園だったけど自由な感じだったので、すごく遊んでたな楽しかったなっていう記憶はうっすらあります。
qbc:
小学校は?
したくや:
小学校は本当につまらなかったですね。やっぱり何かをさせたかのように、さっきと同じことを繰り返し、世界がもうすごく狭くて。別にいじめられたとか全くないので普通に友達と仲良かったし。
でも普通だったんですよね。僕は小学校のとき全然学力的にも普通。幼稚園のときはむしろなんか公文に行ってて、すごいテスト良かったんですけど、小学校行ったときからは普通?悪くもない、めちゃくちゃ良くもない、ちょっといいぐらいの感じだったので。小学校4年生ぐらいまでは本当に全然つまらなかったなっていう記憶しかなくて。一人っ子だったのもあって家の近所もちょうど学年が1個ずつ違ったので微妙に集まらなくてみんなうん。
したくや:
はじめはちょっと集まってましたけど、だんだん集まらなくなっていくので、基本ずっとゲームを。プレステとかが出た時代で。4歳ぐらいのときにファミコンを親戚のおっちゃんからもらったので。スペランカーとか、4歳児に絶対できないようなやつを一生懸命やって。全然できねえって。小学生のときもスーファミ買ってもらって、MOTHER2とか。プレステだとテーマパークとかコンビニとか、なんかなんかひたすら何かシミュレーションゲームを作っていく系のゲームをやってたな〜と。当時ネットがなかったのでパソコンもなくて、うちには。
なので、本当に家の中で引きこもってゲームをして、外の繋がりがない状態でゲームするか、あとはちょっと漫画好きだったので、ブックオフとかで漫画いっぱい買ってもらって、漫画読んだりとかっていう生活をしてたんですけれども。なんか一人が多かったのでつまらなかったなっていう印象があります。
したくや:
小学校も後半戦は児童会っていうのがあって。そのときでも児童会の会長になりたかったんですけど、当時4人児童会のメンバーがいて4人の中で多数決で決めようとなって会長を。立候補する2人以外の4人で決めようってなって、3対1で負けちゃったので、会長になれなくて。
何かと、小学校のときは自分の欲求が満たされないことが多かったなっていうのと。何よりもあの給食が嫌いで、めちゃくちゃ給食が嫌いで、嫌いなものが多くてシイタケが食べられなかったんですけど、結構スパルタだったので、食べられないとお昼休みも残されて。授業が始まってもそのまま食べさせられ続けられて、放課後まで食べ続けさせられて、食べれなかったら持って帰れって、みたいなのそんなスパルタだったので、なんかもう全体的に楽しくなかったなっていう印象なのが小学校ですね。
したくや:
ええ。
qbc:
中高時代は?
したくや:
はい中学生になってからは一気にやっぱ面白くなって。
最初の中間テストで順位がつくことがわかって、めちゃくちゃ頑張ったら、320人いて14番目だったんですよ。意外にできんじゃんってなってから結構勉強にも目覚めたし、
生徒会長にもなったし。恩師にも会って。かなり情熱的で、町おこしとかすごい力を入れて丸亀市を盛り上げていくんだって結構ボランティア活動とか。あと、よさこいがちょうど流行った時期で。よさこいダンスグループを作って、活性化させるみたいなことも活動させてもらったりしたので、刺激的で楽しかったですね。高校も高校で楽しくて、うん高校でも本当に青春ですね。まさに青春時代を生きたなっていう感覚があって。
私、中学校のときも演劇やりたくて、役者、目立つのも好きだったので、ステージに立ちたいと思ったんですけど、中学校は演劇部がなくて。
友達の誘いで柔道部に入ってたけど県大会とか行けるぐらいの成績を収めたんですけど。高校きても、中学柔道やったから、高校運動部に入ろうと思って。演劇部は高校に入ったタイミングではないな、と思っていたんですけど、友達が手芸部かどっか行きたいから一緒に回ってくれないかっていう、なんか部活オリエンテーションみたいなのがあって何部かをグループで回っていくっていうので。
したくや:
その将棋部を見て、手芸部見て、最後演劇を見るっていうルールで一緒に友達と回っていたんですね。その最後に行った演劇部がなんかむちゃくちゃ楽しそうだなここって何となく感覚的に思ったので。昔元々入りたかったのもあったしっていうので、元々運動部入ろうとしたんですけど、ハンドボール部に入ろうと思っていたんですけど、お断りして演劇部に入った。
したくや:
ここがやっぱり自分の高校生活を決定させた感じ。高校の演劇の活動がむちゃくちゃ楽しくて、先輩全員女性しかいなくて。
ものすごい賢くて優秀な先輩方だったし、かつ面白くてユーモアにも溢れてて、毎日毎日がもう腹抱えて笑うぐらい楽しい毎日を過ごしつつしかも顧問高校演劇って顧問の先生が強い学校が強いですけど、顧問の先生うちはいなくて。先輩の中で脚本も演出もできる人がいて、その人が自分で脚本書いて演出もして。最初は役者もやってて、途中で役者きついかなって、役者降りたんですけど。
全部自主活動で生徒で作り上げるっていうので、結構活動自体も朝練もやったりとかして、結構ガチでやってたんですけど。朝練も土曜の練習も全く苦じゃないぐらい普通に楽しい時間を過ごさせてもらったし。
そうこうしてるうちに大会があるんですけど、香川県大会でまず3位だったんですね。18校ぐらいの中で。
次、四国大会なんですけど、例年2位までしか四国大会に行けなかったんですけど、4県で開催地を回してって、そのときの大会の開催が市香川県だったので、その年は3位までは地元枠で行けて、滑り込んだので。
四国大会行けるねって。けど3位だったから四国大会で終わりだねって言いながらみんなで思い出を残そうって。大会で戦ったら四国大会優勝して、全国大会行って全国大会も優勝して。
東京の国立劇場で演劇ができるっていうのが、全国大会優勝の特典で。国立劇場でも舞台をやってっていうような活動をしたので、演劇の活動そのものは本当に充実した2年間だったなというところと。一方で生徒会もやってて。
演劇やりながら生徒会だったので、二足のわらじを履きながら、演劇と生徒会もどっちも、もうみっちり。高校生生活を本当にエンジョイしたという記憶があるっていう感じですかね。
qbc:
大学は?
したくや:
その後は大学は東京に進学をして。やっぱり高校のときに、進路を選ぶときにはどうしても東京に行きたくて。香川の田舎のまま終わるのは嫌だし、なんか大阪よりもせっかく東京に行っていろんな人に会いたいなと思って。
早稲田に進学をしてたんで。たまたま指定校推薦が、田舎はいっぱい余ってて。知らなくて一生懸命受験勉強やってたんですけど、途中で指定校でいいよって言われて、指定校推薦をもらって、早稲田ライフがスタートしたんですけど。
意外にサークルとか入っていくと、友達の輪は広がらないななんていうふうに思って、何かこれだとつまんないなというところぐらいで、いろんな人に会えるような活動したいんだよねっていうのを、近くの友達何人かに言ったら、いいねやろうよって。言ってくれた人たちを集めて、夢を語るような。
団体というかみんなで本当に不特定多数を集めて、ちょっと夢を語ってみたいなことを広げながらネットワークを広げていくっていうような活動を大学生からずっとやってて。
でもその途中ぐらいから就職支援団体みたいなものも、ある企業さんから出資して個人もらって、っていうので結構コミュニティを広げていくような活動っていうのをずっと大学生が通してやってたかなというところですね。
それ以外にも普通に大学生らしい活動っていうか。大隈庭園っていう芝生の庭があるんですけど大体みんなでお昼ご飯集まると、やる気がなくなって夕方までずっとそこの芝生でぼーっとして、夜になったら飲みに行って帰るみたいな、学生っぽいこともしつつ、大学生も楽しく、4年間過ごしたという感じですかね、で、就職すると、そんな感じですね。
qbc:
何かこの人生で一番苦しかったことは?
したくや:
人生で一番苦しかったことは、あんまりないんですよね。
qbc:
楽しそうだなって。
したくや:
小学生のときだと思います。小学校も、椎茸食べられなくて、放課後まで残されたことが多分一番苦しい。一人で、それと向き合っていったのが一番苦しかったかな。社会人なってからも仕事で大変だったことはいっぱいあるんですけど、もう究極に苦しかったのはそこかな。外の世界がなかったので、あの時代は。自分の中の外がなかったので。一番苦しかったかなっていう感じ。
qbc:
親からどのように育てられたんですか。
したくや:
両親はとても優しくてですね。父は工場で働くブルーワーカー。でもいわゆる旧財閥系の直営の工場だったので、下請けでも何でもなくて、すごく福利厚生も充実してたし、仕事もそんなめちゃくちゃ忙しいっていうこともなかったし。
したくや:
全然出世を望まない家の方針だったので、こどもも私だけだったので比較的こじんまりと母親は専業主婦だったし。元々母親もその工場で働いてて、職場内恋愛で結婚したと。そんな感じで、専業主婦でいてくれたので、家には誰一人もいないってことはなく、母親必ず家にいて、父も普通に帰ってきたので、ご飯も普通に食べるし朝ご飯も一緒に食べるし。土日はどっか遊びに行ったりとかしていたのでいわゆる中流階級の典型的な核家族みたいな感じでしたけど。
父は一切怒らない人、喜怒哀楽の「怒」がない人で、人生で一度も怒ったことを見たことないですし。私の父の兄弟も父の周りの人も怒ったところを見たことないっていうので。多分人生で怒ったことはない。
qbc:
うん。
したくや:
父と、常に怒ってる母親というような感じで育ったので。父と母が喧嘩すると、母が一方的に怒って、普通にひょうひょうと父がしてるので、母が疲れて終わるっていうので、なんかすごく仲が良かったですね。家庭環境はとても良かったという。ほのぼのとしていたし、何よりも自分のやりたいことを全部やらせてくれました。
やりたいと言ったことは全てやらせてもらいました。
全てって言ってもそんなたくさんあるんですけど、塾に通うことも自分で行きたいって言って公文に通ったし、習い事とかもテニスとか野球とかやってましたけど、それも自分でやりたいっていったし、大学のときも自分で選んだ大学で、基本的に何か親に決められてやったことは一つもないです。
qbc:
人生転換点ってどこにあると思います?
したくや:
一つは中学ですかね、やっぱり中学のときに生徒会に入ったあのときが多分一つの転換点だし、二つ目は高校の演劇に入ったときですね。演劇を選んだのも、転換点だったかな。その後は早稲田にきたのは転換点だったかと言われると…。そうですね、あとは今この会社に入ったところはもう一つの転換点ですね。この三つかな転換点で言うと。それと、今やってるタレントプレナーの研修が転換点になるかもしれないですね。
qbc:
自分の人生を他人と比べたりしたことはありますか。
したくや:
あんまり、あんまり比べることはない。
qbc:
うん、比べる機会があったことはあります?
したくや:
比べる機会はないというか…。
qbc:
多くの人は羨んで、見比べてしまうんですけど。シンプルに比較したことはあります?
したくや:
客観的に、ないかもしれないですね。
qbc:
1000人近く話を聞いてますけど、少ないんですよね。
したくや:
あんまりないっすね。局面局面では、例えばすごい人たちいっぱい私も、友達も知人もすごいと思ってきたし。起業家の人たちは、そういう人はすごいなと思うこともありますけど、その人になりたいかって言われたら別にその人になりたいと思わない。
自分の人生は自分のものだなっていう感覚はあります。
qbc:
起業家とかってのはトランポリン、やっぱ沈んで弾みをつけるので、落ちてる部分がやっぱりたくさんあるんですよね。欠けてしまった部分とか。それが幸せなのかっていうと。その人の人生をね、味わいたいかっていうとちょっと違うのかなっていう。
したくや:
確かに。
qbc:
今いる環境は羨ましいなって思う人たくさんいると思いますけど、その人と同じ苦労をしたいかって言ったらね。
未来:一人だとダメって感じですかね。自分が知らない人ばっかりだったらダメですね。
qbc:
自分が死ぬまではイメージしてもらって、5年10年30年、最後自分が死ぬまでをイメージして。どんな未来をイメージしてるのでしょうか。
したくや:
二つあって、一つは2036年に自分の財団を作りたいんですよ。
目標として持っていて、もう一つは最終的に水戸黄門になりたいと思ってます。
qbc:
はい。この二つですかね。
したくや:
なので、なんか最後に水戸黄門になって、水戸黄門のイメージってすごいめちゃくちゃ優秀なお供に支えられて、自分の好きなところにふらっと行って、そういう適当に何か困ってること見つけちゃって、印籠を見せて成敗して解決するみたいなあのイメージのようなおじいちゃんになりたいっていう目標があって。その途中の手前で、2036年で私50才なんですけど、そのタイミングで財団を作りたいなというイメージがあって。
その財団のイメージもやっぱり自分が面白いなとか、これはいいなっていうような人を見つけて、その人に応援、お金を投資して応援してあげるみたいな。
したくや:
そういうような活動がしたいなっていうのが漠然として、学生の頃から思ってる夢としてあります。あの夢を語ってたサークルで、夢を語りながら、この二つが夢として上がって。
qbc:
自分の人生の役に立ってるなっていうアイテムってなんすかね、これができているからよかった、という。足が速くてよかったなみたいなあと何か愛嬌が良くてよかったなみたいな。
したくや:
なんだろう、人に恵まれてきてよかった、ですかね。周りの人に支えられてきてよかった、なのかもしれない。
qbc:
なぜ周りの人に支えられたんですかね。
したくや:
何ででしょうね。すごくもう今一番、最初がわかってないなと思っていて。何か新しいサービスをやるにあたってやっぱそういうファンを、自分のファン作りをしていかなきゃなっていうのが今の新しいサービスの課題かなと思ってるんですけど、うん。
意識して作ってきたことないなっていう。
行動をしている先には、常に自分を支えてきてくれる人に出会って、また次のステージに行って、なので。なんかずっと支えてくれる人も特にはいないんですよ。今奥さんがいるぐらいで、中学校、高校、大学で活動したとき、社会人になったときの今まで、
ずっと一緒にいる人はいなくて。常に人が変わるんですけど、そのうちその時代に必要な人が私を支援してくれるっていう感覚はありますね。そういう人に恵まれる運があるかなっていう感じだと思います。
qbc:
改めて、転職支援サービスを始めようとしたのは、自分の特性と結びついている?
したくや:
そうですね。今のその研修がまさにそれで自分の欲求とか、自分の価値観っていうものをしっかり深掘りをして、それが叶えられるサービスを作ろうっていう活動なので、自分の欲求、そこで深掘りした欲求は、寂しくなりたくないっていう欲求が一番強いです。
寂しくなりたくないから余白を埋めるために行動をどんどんしちゃうし、その行動は一人じゃ駄目で、誰かといなきゃいけないっていうものじゃなきゃいけない。
そうじゃないと、才能を発揮できないと。
そういうようなところがあったので、その深掘りの中で自分が大切にしている価値観。
自分のコアバリューが五つあって、「自由であること」「変化していくこと」「逆境で笑う」「中庸である」「旋風を巻き起こす」、これが私のコアバリューなんですけど、このコアバリューの価値観を満たして欲求を満たしてできるサービス今考え思いついたのが転職診断士っていう転職診断をするサービス、そしてそこから広がるコミュニティ、ネットワークというところに至っている。
qbc:
人生の今までで一番の飢え、枯渇って何でしょうか。
したくや:
やっぱり小学生のときだと思うんだよね。一番。なんか自分で何か変化させることができない。社会人になってもここまで来ると、今もそうですけど、さっきの会社の中では確かに動きが取りづらくなっちゃってますけど、外の世界は全然広がっていて、いくらでも自由に活動できる。それができなかったのは小学生のときだけなんですよね。多分2年生から4年生の間ぐらい、ここが多分一番飢えてたと思いますね。
qbc:
今でもそのときのことを思い出します?
したくや:
そうだなと寂しかったっていう感覚ですね。
qbc:
寂しくなりたくないって?
したくや:
両親しかいなかったですからね、ずっと。小学校に行けば友達はいますけど、小学校にいる時間なんてそんな限られてるし、家帰ってくれば母親はずっといますけど、母親だけなので何か一緒に何か活動をしていくというような、関係性っていう立ち位置の方ではない存在ではないので。寂しかったんだと思うんですよね。一人でゲームしてて、それを共有するすべはなくて、一人で漫画読んで、でも漫画を共有する人もいなくてそれでも母親にばあっと喋ってて、ずっとずっと、ひたすらに私の話を聞いてくれた記憶がありますけど。
やっぱそれだけだと寂しかった、何か変えられるものがなかったのが、自由でもなかったし、自由が制限されたし、変化させるものもなかったし、だからって逆境もなかったし。
逆境がなかったから中庸を考えることもなかったし。旋風を巻き起こせるものもなかったので。
なので、やっぱり寂しさがあった、つまんなかったなっていうのは、今思い出せば。
したくや:
あの当時は別にその外の自由さを別に知らなかったので、そこまでこの対比で飢えていたかって言われるとちょっとあれですけど。もう1回戻っちゃったらつらいかなと思います。この性格だと。
qbc:
もしもの未来の質問っていうのをしていて、何かもしも未来がこうなったらよかったなってなんかあります?
したくや:
やっぱ早く、自分、自由になりたいですかね。ライスワークじゃないですけど、今の仕事も別に嫌いなわけじゃないから、本当にご飯を食べたいだけに仕事するわけじゃないけど、もっといろんなことをして新しいことやりたいっていうのが自由に選択できるような。やっぱり、今の生活を維持するだけのお金を稼いでおかなきゃいけないっていうのがあって。そこはなんか別に全然物欲とかは全くないですけど、こどもにはちゃんと教育にお金かけてあげたいしな、こどもがやりたいってことやらしてあげてほしいなって思うと、必要なお金が必要なので、最低限のお金がなんか早く自分の自由な意思だけで稼げるようになったらいいなっていうのはありますね。それができれば自由にいろんなことできるのになっていうのはあります。
qbc:
人生を十分やりきったと思ってた上で、もしも生まれ変わるならどんな人生を?
したくや:
同じ人生でこの性別女性版でやりたい。同じシナリオで性別だけ変えてリスタートすると何か人生変わるかなって。多分だいぶ変わると思うんですよね、やっぱ性別が違うだけで。
qbc:
自分の人生が家だったら、どこに立ってると思います?
したくや:
どこでもいいっていうとあれですけど、やっぱり恵まれてる感覚があるので、急にアフガニスタンとかだとあれですが。そうっすねなんか、やっぱりそう比較的恵まれている感覚があるから、何かこれ以上のものがあまりないんですね。
qbc:
財団っていうとある程度その方向性みたいなんですが、この手の分野に対して、お金を供給するっていう。そういう意味ではどういうイメージを持たれている?
したくや:
全くないんですよ。全くなくて多分そのときに思ったものをやればいいぐらいに思ってるので。逆に言うとなんか本当に全然、どんなものでもいいなと思ってます。こどもでも良いし大人でもいいし、教育に出しても好きだし。嫌いなものが明確なので、嫌いなものでなければ、本当にそのとき面白いなと思ったものにどんどん投資できるぐらい、自由度があった方がいいなって感じです。
qbc:
それはやっぱり、キーワードの「挑戦」ですか?
したくや:
何度でも挑戦が楽しめるみたいなものは自分の中のキーワードだなと思いますね。
qbc:
水戸黄門は何歳?
したくや:
60以降ですね、還暦以降。
qbc:
チームがいいですか。引き連れて少人数で?
したくや:
そう、任意でできればいいなと思うし、ちょっとあれなのは、もう既にいろんなコミュニティが元々そこだけあって、僕がそのいろんなコミュニティをぐるぐる回ってるぐらいの感じになってね。人生の中でいろんなコミュニティを作ってきてるので、その中で、そのときにまたその自由にコミュニティに行って、支援してあげて、感謝されて、ワーッて言ってもらって、次のコミュニティ行ってもらってみたいなことをすると、そのコミュニティには自分のお供になるような人たちがそこにいるから、そこで自分の能力を発揮して、また次ねって言っていくみたいな。そんな活動ができたらいいかなと。
qbc:
最後に、遺言になっても、読者向けメッセージでも、インタビュー受けていただいて、独り言みたいなものでもいいんですけど、最後に残したことがあれば。
したくや:
今日はお話ができた気がしますね。言い残したことでいうと、結構人と話してるとめちゃくちゃポジティブなんですけど、意外に一人だとネガティブなんですよ。
私それこそ、結構ネガティブで、お風呂入ってるときとか一番ネガティブなんすよね。一人で入ってるとなんかそんなこと言ってるけど結局何もできないんじゃないかとか、仕事ではこんなことなんなってとか、みんな自分の悪口を言ってて、みたいな。一人でいると、全てがうまくいかないんじゃないかっていうふうに思っちゃう。
qbc:
はい。
したくや:
なので、一人でいるときと誰かといるときで、何か自分の中の何か心のスイッチが結構明確に切り替わる感覚がありますね。っていうのは今日何かお話の中でお伝えできなかったのかなみたいな。
qbc:
なんで言ってくれなかったんですか。
したくや:
いや、多分出てこない最後聞いていただいたからあれだったんすけど、なんか今はないんですよネガティブな感じも全く。さっきのその話も未来の話もできると思うので、過去もできたし、できなかったのが一つもないので。
もちろん浮き沈みはありますけど、全部自分の欲しいものは手に入れてきた感覚があるんで自分が欲しいと思えば多分できるっていうふうに思えるのは、今は本心なんですけど、結構一人になるとすごいネガティブな気持ちが出てくるっていう。
qbc:
このインタビューが終わって、お風呂にはいると、その状態になることですか。
したくや:
そうですね。あんなこと言ったけど本当にできるかなみたいなって思うので。やっぱ一人になるのは。(※実際インタビュー後にめっちゃネガティブになりました)
qbc:
小学校のとき、お母さんしかいなくて寂しいっていう話があったのですが、そんなことなんですかね。
したくや:
それはもう寂しいが、なんか派生してネガティブになっていくんですよね。マイナスの思考ループにはまるようなイメージですかね。
qbc:
アンパンマンに水をかけちゃうみたいな。なんか周りに人がいなくなると…。
したくや:
そうそう。職場では結構アンパンマンって言われて。困ったときに助けに来てくれるけど、困らないと助けには来てくれないみたいな。あんまり感情がないって言われるんですよね。
深い感情があまりないし、心配りとか気配りとかできるタイプじゃない。わがままと反対ですけど、助けに来てくれたらめちゃくちゃ活躍してくれるのに、すげえ困っているのに気づいてくれない。
qbc:
人前に出ると明るくするみたいな、人前じゃないとダメってことですかね。
したくや:
一人だとダメって感じですかね。自分が知らない人ばっかりだったら駄目ですね。
集団の中で自分のことを誰も知らなかったら駄目ですね。うん。誰か知ってる人がいて価値が発揮できる感じです。
qbc:
組織の中の一員であることってすごい幸せなことなんですかね。
したくや:
これでも結構ギャップがあって、自由になりたいので、組織の中にいるのは本質的には合わないんですけど。でも、コミュニティ、そういう自分のことを知ってくれてる集団みたいなのがないと、自分の力を発揮できない。
qbc:
なるほどね。エネルギーって結構枯渇っていうか負の部分、ネガティブな、ここに陥りたくないみたいな、そういうことが多いので、それをお伺いしようと思ったのに、見つからないなと思いながら思っていたんですけど。そういう意味ではプラスに働いていますよね。
したくや:
やっぱり何か欲求なんですよね。一人でいるのがやっぱ駄目だっていうのが。自分の中にあるんですよね思考がそうなっちゃうから、なんか外出ていくし外に出ていってるうちはずっと幸せを感じられるっていう。
したくや:
矢印が外方向に向いてるような、この状態はずっと幸せ。
qbc:
なくなると急にしゅんってなっちゃう。
したくや:
感じだなというとこですかね。
qbc:
ありがとうございます。
あとがき
日本の中年男性という、
詳細に細密に分析されていない未踏峰カテゴリが、
まだこの世の中には、
あるのではないのか?(ある!)
【インタビュー・編集・あとがき:qbc】
【編集:一休誰絵】

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