父親の奪った私の時間ちゃんと取り戻した人
父親に対してどんな思い出がありますか? 私は正直、良い思い出がありません。
というか先日、私の祖父はわりと公務員の良い地位にいて秋田人なんだけど麻布十番とか都内のいいとこ(いい場所いい立地)に住んでた時に私(qbc)の父親はそこに居候してていい暮らししていたのを彼の死後10年以上立って伯母から聞いたんですよね。
えーそうかお父さんのことぜんぜん知らなかったな私。
と思いました。
人のことなんてまるきり分かりやしない。
というかそんなこと、子供には言わないでおくもんなんだなって思いました。うんうん。
父親のことを好きか嫌いかで言ったら、嫌いだな。
でも年々その好きではない父親の顔つきに似てきて、笑い方も似てきて、なんだか父親そのものになってきてしまいそうなんですが。怖いね。
何が怖いって、似てるのではなくて父親の笑い方をいまだに覚えているっていうのが、怖いよ。
一緒に育ってきたものの影響っていうのはまじ強い。だからさ最近私が思うのはもう、子育ては個人でやるんじゃなくて地域社会に投げはなっていいんじゃないのって思うのよね。そちらのほうが楽じゃない? まあ楽して生きるために生きているだけではないのが人間ではありますからね。話の脈絡がないのは勘弁。
今年もよろしく無名人インタビューを楽しんでいってくださいね!!!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは 橘花あざみ さんです!
現在:私が一番最後に父親に放った言葉が、私の人生返せだったんですよ。
石井:今は、橘花さん、どんなことされている方でしょうか?
橘花:今は昼間働きながら、働いてる傍ら小説を書いております。
石井:お昼のお仕事、どんなことをされてるんですか?
橘花:運送会社なんですけれども、そこで働いておりまして。ちょっと体力がいる仕事ではあるんですけれども。
石井:そのお仕事、いつからやってらっしゃるんですか?
橘花:その仕事はかれこれ2年ぐらいになりますかね。
石井:社会人歴というか、お仕事をされてる時間自体はどれぐらいになるんでしょうか?
橘花:元々、今の職場の前に結構いろいろ転々としてはいたんですけれども。一番大きく分けて、芸能界いってマネージャーやってたりとか、あとディズニーで働いてたりとかもしてましたし。
石井:ディズニーのキャストさんですか?
橘花:キャストで働いてました。
石井:芸能界とディズニーのキャストさんって華やかな。
橘花:それでマネージャー業をやりまして、コロナで失業してしまったので。
失業というかちょっと身内のことで。父親が社長やってたので。その父親が経営してた事務所を手伝ってたみたいな感じで。
石井:お父様が芸能関係のお仕事をされてる?
橘花:そうですね。父親は6年前に亡くなってるんですけれども。ちょっとその父親が原因で、ちょっといろいろ、人生、人生がちょっと右往左往してしまったみたいなところはあったんですけれども。
石井:右往左往っていうのは、いつ頃のお話なんでしょうか?
橘花:まず一番最初、私が21歳のときだったんですけれども。
当時、父親が、四谷の方に事務所構えてたんですけれども。これが不渡りを出しまして。会社自体が倒産してしまったんですね。それで、当時住んでた家を追い出されまして、家族で。ちょっと変なところからお金借りたらしいんですけれども、それで家族3人ちょっと、今までの生活から一転しまして。
家族で小さなアパートみたいなところで、また再スタートを切るんですけれども。そこから時間をちょっと先にして、父親と私は言ってみれば不仲だったので。もし仮に、私が男の子だったら、もしかしたら、気持ちを開いてくれたりとかしてくれたのかなと思うんですけれども。生前中、父親と私はあんまり口をきかなかったんですね。口をきかなかったので。不気味なほど会話がなかったんですよ。
石井:一緒に暮らしてらっしゃったときも、お話されることがなかった?
橘花:何を話してる、何を考えてるんだかわからないんですよね。
石井:それは、あちらも同じように思ってらっしゃったんでしょうか?
橘花:それがわからないんです。重要なこと、例えば業務内容ですとか、お金の流れ、特に一番、お金の流れを聞いてはぐらかされてて。のちのちわかったんですけれども、音楽関係だったんで、演奏者への未払いが結構ありまして。それで、知人友人からお金を借りたりとかしてたらしいんですけれども。
石井:それもご存知なかった。
橘花:それもですね、全然わからなかったんですよ。あるときに、父親ががんだったんですけれども。がんが発覚して入退院を繰り返したときに、弁護士から突然電話かかってきまして、私の携帯に。それで、何々の金額の件で、みたいなことだったんですけれども。言われてることが全くわからないくて。でも結局、なんかわかんないけれども「ああまたやったな」っていう感じだったんですよね。
石井:どんなお気持ちでしたか?
橘花:もう失望ですよね。結局そのことに関しても「本当にもう、大丈夫だよね?」って聞いても、「うん大丈夫」としか言ってないし。結局、自分は何もないっていうことなんですよね。困るようなことは何もしてないから、みたいなことだと思うんですけれども。でも結局嘘つかれたっていうことですね。
石井:何か根拠があって大丈夫って言ってたわけではなくて、本当に、根拠はないけれどっていう感じなんですかね。
橘花:根拠はないですね。おそらく。結局何か、昭和ヒトケタ生まれの人間なので。みっともないとこ見せたくないっていうか。でも結局そのしわ寄せは私とか母親に来るので。すごい迷惑な話だなと思ったんですけれども。一番困ったのはその父親が入院して、入院したときに、生活費が、生活をどうするかっていうような。
まだ自分は元気だから、それは大丈夫大丈夫って言うんだけれども、結局、お金の流れが全くわからないっていうことなので。正直ちょっとすごい行き詰まりまして。私そのときに、働いてはいたんですけれども、ちょっとこれでは無理だと思いまして。実は、音楽の未払いの、演奏者に対して未払い、私が出してた部分はあるんですよ。
本当はそんなことしなくていいんですけれども。結局、払っていかないと次の仕事を頼めないし、プラス、父親が、そういうことで電話かかってくるんだけれども、結局父親出ないので。そしたら、こっちにかかってくるんですよね。言われたらもうそうせざるを得なくて。
石井:弁護士さんってどんな口調なんですか? 怒ってらっしゃるとかではないんですよね?
橘花:怒ってましたね。だからこちらは何も知らないってこと、向こうはわからないんですよ。
石井:聞いてると思ってる。
橘花:当然知ってる。当然知ってるからこそって。本当にこの事態わかってます? って言われて。それがものすごいショックで。私は何もやってないのになんでこんなこと言われなきゃいけないんだろうと。
石井:ちなみにその時ってお母様はどうされてたんですか?
橘花:母親も、父親の、入院してから結構毎日のように、病室に行っては介護してたんですよ。様子を見に行ったりとか、あと私が聞けないこと聞き出そうとしてたんですけれども、結局、同じですよね。
でも私そのときに、ちょっとどうすることもできなかったんだけれども、そこで初めて、吉原に風俗勤めを始めるんですけれども。
石井:はい。
橘花:結局、自分の携帯代も払えない状態になりつつあったので。そのときにもうちょっと、見栄なんか張っていられないし、とにかくお金を作らないといけないと思って。その時吉原のお店に行ったんですけれども。そこで採用してもらって。その日もらったお給料が確か1万5000円だったと思うんですけど。その1万5000円を握りしめて、コンビニで携帯代を支払ったっていう思い出が今でも、すごいよく覚えてて。
石井:それが優先度の高い支払いだったんですね。
橘花:そうですね。結局全部こちらの方に電話かかってくるので。
石井:結局そこでお仕事をされたことで、その時返さなきゃいけなかったお金っていうのは返せたんでしょうか?
橘花:返せた部分もあれば、まだ残ってる分ってあるんですけれども。借金って1円でも返したら、それで借金していたのを認めたことになるから、だから返してないやつもあるんですよ。要は結局、相手がもう亡くなったりとか。もう結局、相手も高齢なので。結局借用書も交わしてなかったから。
石井:本当にざっくりしたやり取りだったんですね。
橘花:本当そうですね。それで、そうこうしてるうちに、父親の病状が悪化して亡くなるんですけれども。そこから、いまだに別に後悔してるわけじゃないんですけども。
私が一番最後に父親に放った言葉が、電話でだったんですけれども、私の人生返せって言ったんですよ。それなぜかっていうと、父親の友人から電話かかってきて、お父さん今入院してるんだよね? って聞かれて。はい、してますけれども。何か100万うちから借りようとしてるんだけど、って。え、どういうことですか? って。わからないから、ちょっときみ確かめてって言われて。それで、結局しわ寄せはこっちに来るのを知ってるのに、わかってるはずなのに、あまりにも頭きまして。
その時、父親もちょっと耳が遠くなってるせいもあって。そのとき82だったんですけれども、聞こえないから、え、なに? って言われたんですよ。そのトーンがもう許せなくて、それでブチギレまして。私の人生返せって。それが電話越しに言った、最後の会話だったんですけれども。
石井:そこからお話されることもなかった?
橘花:がんっていうのはすごいもので。数時間前、例えば朝、通常に話してたとしますよね。そしたらその夕方に突然、電話の使い方がわかんないってなって。なったりとか。結局もう、記憶がどんどんなくなっていくんですよ。あと顔中も黄疸ができたりとかして。黄疸ができたらもう最後だっていうサインらしいんですけれどもね。
結局その日の翌日の夜、病院から電話かかってきて。ちょっとお父様が危ないんできてくださいって。もしかしたらもう翌日にはちょっともう、残念なことになるかもしれないですけどっていうことで。そのときに父親が何か、それまで昼間は意識あったんだけれども、本当に、あれ動物ですよね完全に。もうなんか。暴れるんですよ。
石井:暴れる。
橘花:もうね、人間じゃなくなってるんですよね。暴れるんですよ。要は。だから看護婦さんたちも、両手を固定して、あと、がん治療の後遺症なのか、皮膚を搔くんですよね。搔いたりするとやっぱり出血もするので。それも防ぐために拘束をするということなんですけれども。
石井:じゃあこう、何かがしたくて暴れるとかではなくて、もう本当かゆいだとか、嫌だとかそういう。
橘花:かゆいとか、痛いとか、もうなんかいろいろなマイナスな部分が全部出て暴れるっていう感じなんですよね。呼吸も荒くなったし。その翌日に、息を引き取ったんですけれども。
石井:じゃあもう本当に会話としては、先ほどの電話が最後だったという感じなんですね。
橘花:そうですね。
石井:そのときお父様を目の前にして、どういう気持ちでしたか?
橘花:単純に身内が亡くなったっていうことは、悲しいことではあるんですけれども。
私は葬式で、もちろん母もそうですけど、泣いたんですけれども、実はその意味っていうのはもう一つ隠れた意味があって。これでやっと見えなかったものが終わるっていう。隠されてたものが、これでやっと終わったっていう。
これから、そっからちょっといろいろ、ね、ご冥福をお祈りしますっていう電話とともに、実は何万貸したんだよねっていう話が、結局出てくるんですけれども。もうでもこの際、一気にあからさまになってくれていいやと思って。これ以上はもう増えないし。
石井:それが今まで見えなかったものが、これで終わる。
橘花:それでやっとほっとしたみたいな部分があったんですけれども。私と母親はすごい、こういってはあれなんですけど、絆は結構強いので。要はもう、本当に小さい頃からずっと母子家庭みたいなところがあったんで。だから結局、父親としたら面白くなかったんでしょうね。
自分の血を引いてるはずの娘が、母親にばっかりなついて、自分の方になつかないっていう。結構父親ワンマンだったので。これ今、いまだに私、小さい頃の記憶であるのが、父親と母親が大喧嘩をしてて、母親は多分何か手伝って欲しかったんだと思うんですよ。でも父親は、絶対台所に入ろうとしなかったし。俺は主婦じゃないんだみたいなことを母親に投げつけたんですよね。モラハラ旦那ですよね、ある種、今で言えば。
それで、入院中も、入院中はちょっとおとなしくなったんですけれども。ちょっとすいません、入院中の話に戻るんですけれども。でも結局お金の流れも、誰からいくら借りてるっていうことを全く明らかにされないし、もう平行線の毎日に嫌気がさしまして。
要はそのとき私は、風俗勤めをやってはいたんですけれども。要は、今こうやって入院できてるの、私がお金作ってるからだよ、っていうふうなのを、ちょっと内心、言ってやりたかったんですよね。
かといってそれ言うわけにいかないので。あるときちょっと、母親に置き手紙をしまして。家を出たんですよね。家出ですよね。我慢できなくなっちゃって。浅草の一番安宿に泊まってたんですけど実を言うと。それで母親から、何十回、何百回と電話かかってきたんですけれども。全く出ないで。その翌日、ちょっと気持ちを落ち着かせたかったっていうのもあって。置き手紙には、私が父親に対して思ってることと、はっきりしないことにもう腹が立ってると。もう悪いけれども、母さんは母さんで。この人たちだったら、助けてくれるよっていうような人たちをリストアップしたんですよ、電話番号書いて。もし私に何かあっても、この人たちを頼ってくださいと。そしたら、絶対助けてくれるからっていう。要はもう私じゃなくて、別の人間に頼って欲しかったんですよ。
石井:それはお金の返済も含めてっていうことなんでしょうか?
橘花:お金の返済じゃなくて、とにかく母親を生かして欲しかったので。母親だけはなんにも悪くないから。要はもう、もう本当何とかしたいから。今で言えばもう、離婚するとかっていう手もあるんですけれども。父親がかたくなに離婚しようとしなかったので。
でも結果的に父親が亡くなって、半年ぐらいですかね。母親、そういういろいろな整理をしてくれる、税理士さんとかではなくて、そういう人がいるんですけれども。その人の助言で離婚することができたので。
石井:亡くなったあとに?
橘花:相手が亡くなったあとでも、家庭裁判所に申告すれば、必要書類を提出すれば離婚できるんですよね。
石井:それってどういったメリットがあるんでしょうか?
橘花:とにかく母親に、借金の、知人友人からの、お金に関しての攻撃を避けたかったんですよ。要は、被るのはもう、身内は私しかいないんだから私でいいっていう。
だから当時、投げやりだったんですよね。母親は何にも悪くないし、母親は幸せなるべきだしって思ってて。だから、マイナスのものは全部私が引き受けるから、だからもう父親の家のこと、忘れてもう幸せになってほしいと思ったんですよ。
でも結局、母親、家を出て行かず、いまだに一緒に暮らしてるんですけれどもね。でも名義上はもう旧姓に戻ってるから。でも最初こそ、勢いでそういうふうに言ったものの、抱えきれなさすぎて。結局、自分が倒れちゃったんですけれども。ある日ちょっと、吉原の接客中に泣いちゃったので。あまりにもつらくて。何でこんなことやってるんだろうっていう。結局、風俗勤めをやってること誰にも打ち明けられないし。要は、空気でパンパンになった風船状態ですよね。それが破裂したっていう感じで。
石井:誰にもっていうのは、例えば学生時代のご友人とか、そういう感じなんでしょうか?
橘花:話すことはできたと思うんだけれども。ただ、風俗勤めというのがめちゃめちゃ、今はもう開き直ってるんでいいんですけれども。言えなかったんですよ。軽蔑されるとか。どんな理由があっても、やっぱりそういう、何かマイナスな面で見られてしまうっていう。気持ち悪いっていうふうに見られてしまうんじゃないかっていうことで。
結局誰にも言えなくて。結局、最初に勤めたお店はもう本当に接客にならなくなってきちゃって。逃げるようにやめたんですけれども。やめたときってのはもう父親は完全にもういないし。でもなんかもう、気持ち的に疲れちゃったんですよね。
そんなときに、女性用風俗に出会いまして。最初、男性用風俗があるのになんで女性用はないんだろう? っていうふうなことが、ふとしたきっかけだったんですよ。それでTwitterで、女性用風俗って検索してみたら、出てきたんでいろいろ。お店が。
それで、あるんだ、っていうことがまずびっくりして。その後、その女性用風俗で働いてるのをセラピストさんっていうんですけれども。とある、今もある大手なんですけれども、その大手の中に所属しているセラピストさんに、会いまして。最初、一番初めてだからもう右も左もわからないんですよね。右も左もわからないけれども、私より年上で。
結構話を聞いてくれたんです。そのときに、なんだ風俗やってるとき、こういう人に頼れば良かったんだと思って。めちゃくちゃ楽になったんですよ、気持ちが。
要は、向こうも風俗じゃないですか。風俗勤めをしてる人間同士がこうやって話すと、すごい楽って思ったんですよね。だから、もしあの状況下でセラピストさんの存在はもちろん知らないし、そこまで検索する気力がなかったんだけれども、結果論、やめてたかもしれないけれども、セラピストさんに頼ればよかったのかなって思ったりはしたんですよね。
石井:かなり大きな出会いだったんですね。
橘花:いや、めちゃめちゃ大きかったです。結局、こういうふうな世界があるんだっていうのを初めて知って。それから、よくいろいろなお店さんで募集してるモニターっていうのがあるんですけれども。モニターっていうのは新人のセラピストさんを、要はいきなりお客さんをつけるわけにいかないから。デビューする前に、お客さんの役をやって、それで評価してほしいっていうこと、モニターなんですけれども。それがモニターの役目なんですけれども。そのときに、とあるお店のモニターを何回かやって、いろいろなセラピストさんに会ったんですよね、新人の。
もちろん毎回セラピストさんを呼ぶとちょっとお金もかかるので。元々、私は、物書きやりたかったので。実は、風俗関係を書きたいと思ってたんですよ。それで、セラピストさんをテーマにしたのを書いてみたらおもしろいかなと思って。でも、かといって、今も言ったように毎回セラピストさんを呼ぶとお金もかかってしまうし。新人さんだったら、いろいろなセラピストさんのタイプを見ることができると思って。そこから、長編小説の、今エブリスタっていうサイトで掲載してるやつなんですけれども。連載はもう終わったんですけれども。完結してるやつなんですけれども。その土台ができたっていう感じですね。
夜の汽車って書いて、『夜汽車の行方』というタイトルなんですけれども。
石井:ご自身の中で、その作品ってどういう存在なんですか?
橘花:いや、大事な作品です。要は、そのときは風俗勤めやめてましたけれども。実は、風俗嬢とセラピストさんの話なんですよね。
ヒロインというか、主人公は女性なんですよ。女性が、母親が認知症になって。毎回その、施設に入れるっていうことではなく、最初は軽度だから、物忘れ程度から始まるんだけれども、結局、突然切羽詰まった感じで、電話がかかってきたりとかすると仕事を抜けなきゃいけないっていう。でも結局、それが毎回続くとやっぱり周りにも迷惑がかかってしまうし。仕事仲間にも。だからそこのOLを辞めて、吉原で働くことを決めたっていうところから始まるんですけれども。
石井:それはご自身をモデルにしている部分っていうのはあるんですか?
橘花:ありますね。要は結局、私はその、風俗勤めを黒歴史にしたくなかったんですよ。確かにあのときは本当にもう暗いトンネルの中にいたような感じだったんだけれども。
でも結局、あの吉原があったから、生きられたっていう部分はあるんですよね。
石井:経済的に?
橘花:経済的にもそうだし。生きよう、と思ったんですよ。要はその、人としても、自分の人生のためにも、生きよう、と思ったんです。あとやっぱり吉原でないと出会えないお客さんとかもいましたから。あの場所のお仕事をやってないと出会えなかったとか、聞けなかった話とかもいっぱいあるので。それは私の中では大事な財産だなと思ってますし。だからどうしてもヒロインは、風俗嬢にしたかったんです。
過去:夏休みに出される読書感想文の宿題が大嫌いで。
石井:橘花さんの子供の頃のことを伺ってもいいですか? 覚えていらっしゃる範囲で構わないので。
橘花:はい。子供の頃。母親は、よくね、いろいろなところに連れてってくれたんですよ。母親と過ごす時間がすごく長くて。
石井:さっきおっしゃってたみたいに。
橘花:そうですね。母親は大阪出身で。だから夏休みとか春休みとかの、冬休みもそうですけど、長い休みになると大阪に行ってたんですよ。そこに祖父と祖母がいるんですけれども。実はその当時祖母は、後妻だったんですよね。本妻がいて。実はこれが橘花の誕生秘話にも関わるんですけれども。ちょっと話がいろいろ、あっちこっちいっちゃって申し訳ないんですけれど。
本妻の方は、42歳でがんで亡くなってるんですよ。
すごく厳しい人で。どんなおばあちゃんだったって私が子供の頃に尋ねると、必ず決まって、アザミの花のような人だったっていう言葉を必ず最初に言うんですよ。
石井:その本妻とおっしゃってる方が、血が繋がってるおばあさま?
橘花:そうです。
そのエピソードが私の頭の中に強烈にインプットされてまして。
石井:アザミのような。はい。
橘花:どしっと構えてて。茎にはトゲトゲがあったりとか。つまり、やんわりしてるんだけれども、しつけには、教育には厳しかったっていう人らしくて。それで、あとその話を聞いたこともあって、自分のペンネーム何しようってなったときに、真っ先にそのエピソードが頭に浮かびまして、それで橘花あざみってつけたんですけれども。
石井:アザミってわりとかわいらしいイメージがあったんですけど、結構トゲトゲしてるんですね。今写真をみると。
橘花:そうですね。でも42歳で亡くなってるから。要は母親が結婚したことも知らないし、私という孫の存在も知らないで亡くなったんですよ。だから私は、祖母と接点が全くないんですよね。写真でしか見たことがなくて。でもやっぱりどっかしらで接点を持ちたいって思うようになったんですよ。
石井:それはどうしてなんでしょう?
橘花:祖父のことがすごく好きだったので。
私の父親と母親は年の差婚だったんですけれども、祖父は自分の娘がその年上の人間に嫁ぐってのはあんまりよく思ってなかったんですよね。だから、祖父と父親が話してる場面って全然なくて。だから父親も、大阪の家に寄り付かなかったっていう感じですよね。
石井:ちなみにお母様とお父様、いくつ違うんですか?
橘花:10歳ぐらい違いますね。父親の方が上で。
私は祖父にかわいがってもらって。だからさっき、ずっと子供の頃から母子家庭みたいだったって言ったんですけども。でもそこで、本当の母子家庭感にならなかったのは、祖父がいてくれたおかげだったんですよね。祖父が東京に来たときに、父親の代わりをしてくれた部分って多かったので。
石井:それは例えばどういう場面で?
橘花:一緒に公園に連れてってくれたりとか。あと運動会に母親と一緒に応援に来てくれたりとか。とにかくもう今思えば、父親の存在って祖父だったのかなって思ったこともありましたし。それで、祖父が亡くなったときにすごいもう私大泣きしたので。
石井:それはいつ頃だったんですか?
橘花:私が25歳ぐらいのときだったかな。
石井:大人になってからだったんですね。
橘花:そうですね。母親には弟がいるんですけれども、その弟にも2人子供いるんですけれども、大阪に住んでるんですよ。でも、東京に住んでる私がかわいがってもらってたっていうのが結構あって。
その時に、祖父を思うと、祖母のことも思うわけで。そっから、祖母に対しての興味は、徐々に時間をかけて湧いてきた部分ってのはあったんですよね。42歳で亡くなったっていうのがだんだん引っかかってくるようになりまして。42って子供のころからしたらすごい大人。もう人生全うしたでしょみたいな感じだったんですけれども。
今自分が40なんですけど、40になってみて、42歳ってなんて若いんだ、思ったんですよね。祖母は、病気とはいえ、やりたかったことだっていっぱいあっただろうし。叶えたいものだって、夢だってあっただろうし。それを病気に邪魔されたっていうのはすごいなんか無念だっただろうなって思ったんですよね。結構なんか当時からしたらハイカラさんだったみたいで。祖母は。英文タイプライターだったんですよ。その地域では珍しく、当時運転免許を持ってて。
石井:もう、7、80年前とかいう感じですかね。
橘花:そうですね、本当そうです。だから当時で、車の免許持ってて、もう近所の人をのっけて、もう本当にタクシーみたいな感じだったっていう。
石井:たくましいですね。
橘花:もう、たくましい祖母だなと思って。そこで、話ちょっと平行しちゃうんですけれども。小説を書き始めてる中で、最初はもう、最初、お話した『夜汽車の行方』の、袖だけ完成させればそれでいいかなと思ったんですけれども。だからその、完結したとき自分ってどうなってるんだろうって思うのがすごい怖かったんですよね。もうこれで終わってしまうと。これで終わるし、プラス私はこれで筆を置くかもしれないと思ったんですよね。でも、完結に近づけば近づくほど、終わりたくないって思ったんですよね。その、『夜汽車の行方』もそうだし、自分がペンを置くことも嫌だ、まだペンを置きたくないと思ったんですよ。
でも結局『夜汽車の行方』は完結したんですけれども。その後からいろいろ日常を見る目が変わりまして。ひとつ目標ができたんですよね。42歳までに、作家という肩書きを手に入れたいって思ったんですよ。普通に名乗れば、物書き屋でも作家でも何でも名乗れるんですけれども。でも私は、出版社と契約したいなって思ってて。要は、『夜汽車の行方』だけじゃなくて、いろいろなのを、いろいろな、自分が書いた作品を、本として残したいって思ったんですよ。
やっぱり自分が書いてきて、自分は確かに、橘花あざみという人間は確かにここにいましたっていうのを残したいんですよね。
だからそれが、祖母が亡くなった42歳までにその目標を達成したいと思ってるんで。
石井:ペンを執り続けること、文章を書き続けることってどういう意味があるんですか? やめたくないっていうのはどうしてだったんでしょうか?
橘花:やめたくないって思ったのは、単に、私1回物書きを捨ててるので。一度筆は捨ててるんですよ。それは、シナリオライターになりたいって当時思ってたんで。でも結局、ちゃんと完結できてなかったし。アイディアがとっちらかってた、当時は。
石井:当時と言うと?
橘花:高校ぐらいですかね。高校生とき。でもそのとき、漠然とした夢だったんですけれども。そのときに、あまりにも自分の文才のなさと、アイディアのとっちらかりさにあきれまして。結局、筆を捨ててしまったんですけれども。でも今、突然こういうふうに、また文書書くっていうタイミングに恵まれたので。これだけは絶対離したくないし、離しちゃいけないって思ったんですよ。
石井:文章を書くっていうことは、高校生ぐらいのときからお好きではあったんですね。
橘花:好きですね。
石井:どういったところがお好きなんですか?
橘花:元々ですね、私、読書が大嫌いだったんですよ。小学校のとき読書感想文ってあったと思うんですけれども、夏休みに出される読書感想文の宿題が大嫌いで。私その時、小中学校って私立だったんですよ。私立の女子校だったんで。学校から、このタイトルって出されるんですよね、一覧で。つまりそのタイトル以外は読んじゃいけないって言われるんですよ。認めませんと。それが、それも嫌で。だって結局当時私のクラス42人いたんですけれども、ひとクラス。42人に同じ宿題を出したとして、それで、読書感想文で、この中から選びなさいってなると必ず誰かとかぶるじゃないですか。それも嫌だったんですよね。なんか。
石井:かぶることが嫌だった。
橘花:タイトルかぶるのが嫌だったんです。同じものを読んでるっていうのが嫌だったので。どうせだったら自分が読みたいものを読みたいし。時間をかけて読みたいし。だからこそ、何で感想を書かなきゃいけないの? っていう。
勉強も嫌いだったっていうのもあるんですけれども。私は読書嫌いから始まってるんですけど、それが中学2年のときに、図書委員の同級生がいまして。その人が、長野まゆみさんっていう作家の本をすすめてくれたんですよ。この長野まゆみさんはイラストもすごく綺麗で。いろいろ摩訶不思議な話なんですよね。文体も。なんかそこに結構惹かれまして。そこから、長野まゆみさんの作品を読むようになったんですよ。そこから少しずつ読書習慣がついてきたっていう感じですね。
石井:そこから、文章だとかに繋がっていくんでしょうか?
橘花:そうですね。本格的に文章って楽しいって思ったのが、高校に入ってからなんですけど。高校は、男女共学の別のところに行ったんですよ。今まで男子がいる環境に、環境を知らなかったので、軽いカルチャーショックを受けまして。授業の中で、国語の授業だったんですけれども、海外の洋画、海外の絵をですね、絵画を、ある1枚の絵画があって、これを文章で説明してくださいっていう課題が出たんですよ。その絵が、誰作だっけかな、オフィーリアっていうタイトルだったんですけれども。湖に女性がちょっと沈みかけてるような絵なんですけれども。それを説明せよっていうやつだったんですけれども。
そのときに原稿用紙に書いたんですけれども。面白くて。その課題が。どう説明したらこれを、この絵を見たことがない人に伝わるだろうっていうことを考えるようになって。そしたらもう、いろいろな背景に目がいくんですよね。今この女性の目はうつろなのか、今死にかけてるのか生きてるのかっていうような。体温はどれぐらいかを仮定したりとかっていうふうなこととかも。だからその、物の見方によってはいろいろな表現の仕方ができると思ったんですよ。
石井:はい。
橘花:それで文章の可能性を、可能性を感じて。書くことって面白いって思えた瞬間だったんですよね。
石井:それが今まで続いてるんですかね。
橘花:そうですね。1回はちょっとね。それはなくなりそうになりましたけれども。結局また、ましてやひとつの小説を完結するまでにできるようになったので。
未来:私はもう、途中で命を投げ出すことは絶対しないっていうふうに決めたので。
石井:さっき42歳までっておっしゃってたと思うんですけど、その目標って達成できそうですか?
橘花:いや、します。必ず。
石井:なるほど。
橘花:もう何が何でもしたいですね。もし達成できなかったらそのときこそ本当に筆を置くときだと思ってるので。
石井:計画みたいなものって何かあるんですか?
橘花:計画というのは今のところはないですけれども。とにかく作品をもうどんどん、アップしていくっていう。今、カクヨムっていうサイトがあるんですけれども。これもあとでURLを送りますけれども。それに短編小説とかを載せてるんですね。それはいろいろ日常だったりとか恋愛ものもあるんですけれども。そうですね、やっぱりこう、書いていかないと、一編や二編、一作や二作だけじゃ、やっぱりその評価って難しいと思うので。あとその、カクヨムっていうサイトは出版社の人も読んでるんで。
石井:そうなんですね。
橘花:今カクヨムエイトっていう大きい、なんていうんでしょうか、作品募集のコンテストがあるので。ちょっとそれに、長編を間に合わせたいなと思ってます。
石井:今ってどれぐらいのペースで書いてらっしゃるんですか?
橘花:いや、もう今毎日のように書いてますね、時間があれば。例えばエレベーター待ちのときとか。昼間の仕事のときに、エレベーター待ちの時間があるんですよ。そのときに下書き用紙を、手書きの下書き用紙を用意しといて、それで書いたりとか、あと携帯、今のスマホとかに、メモ帳機能に書いてます。
石井:同じ作品をずっと書いてらっしゃるわけではなくて、同時並行とかで書いてらっしゃるんですか?
橘花:そうですね。
石井:それってなんでしょう、散らかるというか、ごちゃまぜになってしまったりとかしないものなんですか?
橘花:頭の中がとっちらかるぐらいですね。例えば下書きに、バーっと頭に浮かんだやつはバーって書いて。要は頭の中にあるごちゃごちゃしたもの1回出さないと。まとまらないので。もしそれが、着手するかしないかは別として、とにかく頭から出さないと、次のことに進めないって思ったんで。
意外に私、他の作品と、Aっていう作品とBって作品、同時進行意外にできるなと思って。前までできないと思ってたんですよ。自分はひとつの作品を完成させないと次のこといけないと思ったんだけれども、意外にできてるわと思って。
石井:それってどんな感じなんですか? もうずっと日常生活を送ってる中で、思いついたときに、思いついたお話の続きを書くみたいな感じなんでしょうか?
橘花:そうですね。例えば電車に乗ってるとします。
石井:はい。
橘花:今まで電車乗るとスマホばっか見てたんですけれども。ふっと顔を上げると、車窓の向こう側に山が見えたりとか。結構空が綺麗だったりとかして。ああ、こういう風景ってあるんだって。じゃあこの風景をどうやって文章化しよう? その風景をもうスケッチしてるようなものなので。
石井:それって人物を描く、人生を描くとか、そういうときも考え方としては同じなんですか?
橘花:そうですね。例えば、よく一番没入しやすいのって、没入しやすい名詞って、私、とか、僕、俺とかっていう固有名詞なんですよね。それって一番自分の中で書きやすいなって思ったんですよ。私っていう表現があって。私、自分っていう人間がいて。誰々ちゃん、誰々さんとか。他者がいるっていう感じ。それでストーリーが回っていくっていう。
石井:そうではないのって、例えばその第三者目線だとか、そういう感じなんですかね。
橘花:第三者目線は完全に離れて書きますね。でも一番最初は、何だろう、下書きのときは僕とかって書いたりして。人物名を考えるのがすごい時間かかるので。ちょっとその時間稼ぎみたいなところがあるので。とりあえず今、僕にしといて、あとからちょっと人物名考えようって。
石井:今小説以外で、何か目指してらっしゃることとか、野望とか、そういうものってあるんですか?
橘花:目指してるものっていうのは、プライベートなことでいえば、苦楽を共にしてる母親と、くっだらないことで笑ってたいなって思うんですよね。母親も今、72なったんですけれども。でも、おかげさまで健康でいますけれども。ただちょっと腰が曲がってきてしまってるので。人間って歳をとるのでね。やっぱり、どんなに健康でいようって注意してても、やっぱり歳だけはとるので。
やっぱりその、一緒にいて楽しかったねって最後言えるような。そんな関係で。今もすごく仲は良いんですけれども。本当きょうだいみたいな感じで仲はいいんですけれども。やっぱりその、やっぱりそのいつかね、離れてしまうかもしれないけれども。やっぱりその最後の瞬間でも一緒に笑ってたいなって思うし。
石井:多分いくつか条件があると思うんですね、その生活を送っていくために。どういうことが必要だっていうふうに思ってらっしゃいますか?
橘花:なんだろ。母親はとにかく、結構人に対して気を遣うので。できる限りあんまり、気を遣いすぎず、って感じですかね。あと自分ができることなんて本当限られてるんですけれども。でも本当に、1日1日を、一緒に例えば、今日こんなことあったとか、やっと何かこういう小説が書けた、とかって。
初めて短編で大賞とったときも喜んでくれたので。そういう報告を、もっとこれからもしていきたいなと思ってるんですよね。本当ささいなことでも。母親には本当に幸せだと思ってほしいし。やっぱりだからこそ、自慢な人間でいたいなって思うんですよ。彼女にとって。私は。
どうしても苦労をかけてしまったっていう、なんか後悔みたいなのがあるので。父親のときから、私は何もできなかったし、何も知らなかったっていうのが一番大きいんだけれども。それでもやっぱり当時は本当に力もなくて、知恵もなくて、今もそうかもしれないけれども。でもやっぱり一緒に手を繋いで、ちょっとささいなことでも本当周りからしたらくだらないなってことだけでも笑ったりとか、してたいなって思うので。
石井:お母様は、今の生活のことを何かおっしゃってたりするんですか?
橘花:例えば、ちょっと少し話それますけれども。あるとき、もし100億円があったらどうする? って話をしたんですよ。ちょうどなんかの帰り道に。別に何かがあったわけではないんですけれども。突然その話をしたんです。彼女に、母親に、聞いてみたんですよ。
私は逆にそんな金額のものはいらないなって。それはもちろん、過去のことは清算できるけれども。じゃあ清算したらどうする?って。もう結局それで終わりならば、それまでのお金でいいって。要はお金あることが幸せと私は思わないって言われたんですよ。
石井:はい。
橘花:やっぱりその、今私がさっき言ったみたいに、本当に些細なことでも笑って、健康に気をつけてたいなっていう。それだけあれば私は十分だって言ったんですよね。今もやっぱりね、歳取るとね多くは望まないのよって。って言ったことが。そういうふうに聞いたことがあって。面白い人だなと思いましたけどね。うん。前向きで。本当に必要なものってのは実は、やっぱりほとんどあんまりなくて。大事な人がいて。1日1日を一緒に過ごすっていう。大事に過ごしていきたいなとは思ってますし。それが一番重要なんじゃないかと思うんですよね。些細なことにも感謝しつつっていう。母は結構、人との縁に恵まれた人だと思ってるんで。
石井:すごく嫌な質問かもしれないんですけど、お母様がお父様とご結婚されなかったら、それでもしあざみさんががいらっしゃったっていうふうに仮定をしたら、どういう人生だったと思われますか?例えば別の方とご結婚されていたとか。
橘花:もし仮に、彼女が、父親ではなく別の人間と結婚してたら、それはそれで別の人生があったと思うし、おそらく橘花あざみは誕生しなかったと思うんですよ。私という人間は生まれたかもしれないけれども、でもそれは橘花あざみとは別の人格なので。橘花あざみという人格も、文章を書くという選択肢も、なくなってたと思うんですよね。
もしかしたら橘花あざみは誕生してたかもしれないけど、また別の橘花あざみになってた可能性はあります。それはわからないんですよ。絵描きかもしれないし、何だろう。何がいいかな。書道家かもしれないし。
石井:書くというのは同じなんですね。
橘花:書くことしか今思い浮かばないんで。もしかしたらタレントだったかもしれないし。
石井:そういった意味でお父様の存在って今、どういうふうに思われてらっしゃいますか?
橘花:よく親ガチャとかって言いますけれども。
憎んだことは結構あるし、もし父親があの人でなければ、もう少し、いい人生と言ったら失礼かもしれないけれども、今より少し、少しだけ良い人生を送れたかもしれないけれども。ただ、もしそこで、眠ってた才能が覚醒するかしないかって言ったら、多分しなかったと思うんですよね。書くことにここまで縋ることはなかったと思うんですよ。
でも、父親には悪いですけれども。私も母親の籍に入ったので。だからもう、過去のことは過去のことでもうどうしようもないんですけれども。私はもう、途中で命を投げ出すことは絶対しないっていうふうに決めたので。だって途中で命を投げ出したら、向こうには父親がいるわけだし。絶対笑って、絶対何か馬鹿にして笑うと思うんですよ、お前結局、母親は守れなかったし、結局お前だって逃げ出したじゃんみたいな事言われる可能性だってあるんですよね。わからないけれども。だったら、もう自分の人生全うして、あなたより良い人生行きましたよ。あなたが、途中まで奪った私の時間、ちゃんと取り戻しましたから。っていうことを言いたいんですかね。もし会えるんだったら。父親の事はもう正直何とも思ってないので。正直言って父親方の親戚とも付き合い全くないですから。それはそれで、大変な思いをしましたけれども。貪欲に生きるっていう精神を植え付けてくれたのは、感謝してます。
あとがき
もし私が身内に借金を残して死なれたとして、憎むことはあってもここまで戦えるだろうか。きっと私は、どうにかにして楽になる道を、逃げ道を探すんじゃないだろうか。
これが率直な感想でした。それくらい彼女の半生は、私の目に勇敢に映りました。
お母様とのこれからの生活について話す穏やかさが、慎ましさが、まるで別の人のそれに見えてしまうくらい。
ただその穏やかささえも、彼女が「勝ち取った」ものなのかもしれません。
42歳までの野望がかないますように。そして、お母様との日常が続いていきますように。
厚かましくも、そう願わずにはいられないインタビューでした。
インタビュー担当:石井
編集協力:あおい
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