無名人インタビュー:ベトナムで社長やってた人
天才だなーって思ったこの人。150人中トップ。
今回ご参加いただいたのは 三宅秀晃 さんです!
qbc:どんなインタビューにいたしましょう。
三宅:自分の経歴が説明しにくいので、まずは今の状況をお話します。今、日本にいますが、昨年までベトナムで仕事していたんですね。
2020年の1月に、ヨーロッパへ旅行に行ったんですよ。リモートワークと言い張って。ロンドンにいて、2月ごろになったら、アジアのほうでコロナウイルスが流行ってるらしいっていう噂がロンドンに入ってきて。僕はロンドンの滞在を延長したんです。でも、その後、急にヨーロッパにコロナが入ってきちゃって。それで、家があるベトナムに行こうと思ってたんですけど。
なんと、そのときベトナムはですね、ヨーロッパに滞在歴がある人は隔離しますと。場合によっては軍の施設で隔離しますとなっていたので、ちょっと嫌だなと思って。
qbc:隔離の期間は?
三宅:2週間ですね。ただ、ベトナムって今は隔離施設ちゃんとしてるんですが、そのときはマットレスがない板のベッドだったんですよ。
1部屋に十何人みたいな環境で。もちろんベトナム語以外はまったく通じないみたいなところだったので。今思えば、それで入っておけば良かったんですけど、嫌だなと思って。
で、タイのバンコクにとりあえず飛んだんですよ。サンティアゴ・デ・コンポステラって場所があって、100キロ以上歩くっていう巡礼地があるんですね。本当は、その巡礼に行きたくてスペインに行こうと思っていて、ポルトガルからスペインへのバスチケットも持っていたんですけれど、当時スペインはコロナが本当にヤバいらしいっていう話になってきていたので、行かなかったんてすよ。
qbc:なるほど。
三宅:あのとき、スペインかイタリアに入ってたら飛行機乗れなかったですね。スペインの巡礼に行かず、ポルトガルからタイに飛びました。タイに2週間ステイしてからベトナムへ行けば、普通に帰れるかなと思って行ったら、ベトナムが全世界からの入国を停止しますというニュースが聞こえてきたんです。
qbc:はい。ベトナムってコロナはどうなんですか?
三宅:ベトナムは、コロナ対策、世界でもっとも進んでいると僕は思ってます、封じこめが。封じこめという意味ではもっとも進んでる。
数千人検査して、1人が出たら街区とかマンション、全部封鎖するので。その人の行動履歴、2週間分全部新聞とかで出るんですよ。さすがに日本ってそこまでやんないじゃないですか。
qbc:出ないですね。
三宅:ベトナムでは、1人出たら、そのマンションとか一丁目全部封鎖レベルでやるんですよ。一丁目全部封鎖して、一丁目の人が全員PCR検査を受けるまで、街をバリケードで囲ってしまって。全員陰性が出るまで、その街は外部から隔離されるんですよ。そういうのを平気でやる国なので、今(4月頭時点)はゼロなんですけど。
(注:その後4月末から感染が広がり、現在も感染者が出ている状態です)
qbc:なるほどね。
三宅:移動を封鎖して、患者は完全に隔離されて。その隔離施設で治ったら、また街に戻すっていうことをやると、患者がゼロになるので。ウイルスがゼロ。
ベトナムに戻れなくなったことがわかったので、タイにいても仕方ないなと思って、日本に帰ってきたんです。
qbc:おかえりなさい。
三宅:ベトナムでは、日本人観光客向けのフリーペーパーの制作をやっていました。ダナンっていう街でやってたんですけども。なので、戻ったところで売上が立つかっていうと、まったく立たないんですよ、日本人観光客が入ってこないので。
いちおう、ベトナムは、ワクチンしたらオッケーっていうふうな方針にするらしいんですけども、日本のワクチンのほうも時間かかりそうなので。
アメリカとか、30代のワクチンがはじまってるんですけど。
(4月頭の会話です)
qbc:はい。日本ってワクチン遅いですよね。
三宅:先進国の中で、自分の国で開発できてないですからね、残念ながら。
だから、他の国から高いお金で買うしかないですよね。
個人的には治験の能力、新薬実験とか新薬承認フローの問題だとは思ってますけれども。
とはいえ、副作用とかも出てるから、なんともいえないんですよ。わかんないですけどね。でも、アメリカではファイザーがつくってて。イギリスではアストラゼネカがつくってるとかですよね。
もちろん、自分の国用を一番先に供給してるでしょうので、ファイザーは、まずアメリカにまず供給して。ある程度の接種率になってきたら日本に高値で売りつけるんじゃないかなとか思ってます。
qbc:はい。
三宅:なので、ベトナムに行くの、今は諦めています。
諦めたというか、一旦ベトナムの会社を休眠させたんですよ。休眠会社っていうのか、休止手続きがあって。
社員の人も、ベトナム国内はコロナで失業保険がちょっと手厚くなったらしいので、それも使って。日本みたいに企業向けのサポートもないから雇っておくことも難しいし、やってもらう仕事もない。
で、日本に来たじゃないですか。日本に来ても、僕、家ないんですよ。
qbc:そっかそっか。
三宅:3月にタイから飛んできて、ヨーロッパへスーツケース1個で行ってから、まだベトナムの家に帰ってないので、強制的にミニマリストになったんです。まあ、もともとそういう生活が好きで。ベトナム国内でも、わりとノマドっぽい生活をしてた時代もあったので、別にいいんですけど。でも、家はない。
qbc:うんうん。
三宅:東京に母親が一人暮らししてるんですよ。いつも日本に来るときは、そこに居候してるんですけど。さすがに、そこにずっといるのは嫌だなと。
嫌だなというか、母親の一人暮らしの部屋だから、僕の部屋はない。あっても、ちょっと狭いスペースだったりとかして。
で、緊急事態宣言とかで、うちの母親が在宅勤務になっちゃったので。すると、僕の勤務先ないじゃないですか。パソコン開く場所がないと。
困って、僕、日本全国からエアビーで探したんですよ。机がでかくて、そして安いところを探して。大阪の難波が一番安かったので、昨年の5月6月は大阪の難波に引っ越しました。引っ越したっていっても、エアビーです。
そのときは、まだベトナムへ帰れると思っていたので、家も借りずに。テンポラリーな仕事をずっとやってたんですけども。
qbc:仕事は何をやられてたんですか?
三宅:そのときは、あまりロクにやってないですね。ベトナムの会社のやつを、ちょこちょこやったり。なので収入なかったです。でも、僕、実は無職が2回目でして。2013年の頭にも、僕、ベトナムで1回無職になってるんですよ。なので全然気にしてないというか。
その時の話をすると、僕は2012年の7月からベトナムに行ってるんです。日本のITベンチャー企業へ転職したら、その会社がベトナムでオフショアをやるってことになって。
開発とかネットマーケティングもやってたんですけど、海外で何かやりたいねっていう話で、僕を採用してくれたんですよ。で、いろいろ考えたんですけども、オフショア開発が一番堅いということになって。
シンガポール向けで、WEBサービスとかも一瞬考えてたんですけど、色々考えても難しいということになりました。オフショアも難しいんですけど、結局ベトナムでオフショアやるっていう話になって。そこからはいい感じだったのですが、成長中のベンチャーだったので会社が買収されたり色々あり、半年後には結局海外事業は閉じますっていう話になったんですね。僕はホーチミンにまだ残りたかったので、無職になったんですよ。2013年です。
qbc:はい。
三宅:そこから、いろんな事業を立ち上げたり、潰したりして。で、2017年頃に、これからは観光が来る!と思ってフリーペーパー事業をしてたんです。なので収入ないのは、またか、っていう感じで、もういいやって思って。ただ、僕はビビリなので、生きていける確証はほしかったです、日本でも。
2013年の時に無職でいいやって思った理由が、僕、日本を去るときに貯金はほとんどなかったんですけど、ベトナムって月3万円で生活できると、僕はその当時信じていて。ベトナムの大学生の初任給が3万とかだったので。だから36万円あれば1年間生きていけると、僕は信じてたんですよ。
本当にそのときは、ベトナムで月3万円で暮らしてました。
qbc:何してても大丈夫そうな方ですね。今のコロナ禍の日本の生活っていうのは戸惑いとかありますか?
三宅:今、やらせていただいている仕事がいくつかありますが、出勤の仕事がやっぱり減ったんですね。日本に来てから、いろんな仕事をやらせていただいてるんですけど、ほとんどリモートになったんですよ。個人的には、寂しいですね。
それでも、1つだけ出勤させていただいているのがあります。それは、大阪の商工会議所で経営相談員をさせていただいてるんですけど。10年前に中小企業診断士取ったおかげで仕事になりました。社会人2年目のときに、もう違うことをやりたくなっていたこともあって勉強して。
qbc:その時の仕事は?
三宅:当時システムエンジニアやってたんですよ。みずほっていう銀行グループのシステム会社で。3年2ヶ月で辞めてしまいましたが。
そこを辞めて先程話したITベンチャーに入りました。5月末にみずほ辞めて、6月1日からそのベンチャー入って、で7月の20日ごろには、もうベトナム行ってるんですよ。で、先ほどお話したように、12月末にその会社も辞めることになった、という流れでした。
qbc:なるほど。ITのエンジニアだったのですね。
三宅:僕、WEBサイトつくるのが趣味だったんですよ。高校生のころかな。もともと、これはなんかね、弟が昔ホームページつくってて、一瞬だけ。その影響で、ホームページってつくれるんだって思って、当時。つくれるんだ! と思ってつくったんですよ。そしたら、もっといいのをつくりたいってなって。いろいろググりながら、PHPっていうプログラミング言語ができるようになったんですよ。知り合いの紹介で、大学3年生のときはPHPプログラミングのアルバイトもしてたんです。
なので、ちょっとコーディングやっていて。大企業に入るとコーディングをせず、下請けに流すための設計書づくりとかプロジェクト管理とかが主なのですが、ベンチャーになってからは、何かWEBの制作がきたら僕が手を動かすこともあったりとか。
つくること自体、僕は嫌いじゃないんですよね。とはいえ、その後やってないので、本格的にやってる方には全然勝てないですが。
qbc:今は、本拠地は大阪なんですか?
三宅:ちょうど大阪の仕事があったので、大阪にいました。先程話した大阪の商工会議所での仕事です。
qbc:どんな経緯で大阪に?
三宅:その商工会議所にベトナム好きの方がいらっしゃって、その方も中小企業診断士なんですけども。僕、ベトナムのホーチミンで3年間カフェやってたんですよ。喫茶店を経営してて。ベトナム人にやらせていて、大赤字だったんですけど。他の事業の黒字を全部食いつぶしてしまったんですけれども。そのカフェに来てくださったことがあった方だった。
qbc:へぇー。
三宅:僕が日本に帰ってきたあとに連絡いただいて。今、難波のエアビーで無職やってますっていう返しを僕がしたのかな、確か。そしたら呼んでいただいて。今、非常勤として、たまに。本当にたまに。特に今、補助金関係が中小企業向けにたくさんあるじゃないですか。あれ系の相談がものすごい増えてるみたいで。そこで補助金の話とかを、地域の中小企業の方たちにやっていくみたいなことをやってます。ただ、これは非常勤でやっていて。
あと何をやっているかでいうと、Webライターやってます。昔、ベンチャー企業系の会社でSEOをしていたというのと、その後も、ベトナムでずっと日本人向けに情報サイトもやってたんで、文章を書く仕事もしていたんです。
あとは、ライター講座のオンライン講師もやらせていただいてます。それは、zoomで毎回やっている感じです。
qbc:なるほど。
三宅:個人的には今はあんまり忙しくしたくなくて。これを言うとふざけているかもしれないんですけど、コロナが落ち着いている隙にと、一昨日から旅に出てまして。
今、鳥取です。兵庫県から鳥取に入ったぐらい。
qbc:何目的ですか?
三宅:日本を見てまわろうかなと思っていて。いつまで日本にいるかわからないので。
qbc:地元はどちらだったんですか?
三宅:東京の田舎の方の、国分寺っていうところです。
qbc:鳥取どうです?
三宅:さっき、兵庫から鳥取に入ってきたばかりですが、いいところですね。ベトナムで知り合った方が、ここでカフェを開いているというので、そこのカフェに行ってしゃべってたんですけど。いいなと思って、古民家カフェやってて。僕もいつかは、古民家カフェやりたいと思っているので。
qbc:いいですね。
三宅:そういえば、仕事でいうと、あといくつかあって。ひとつは、オンラインビジネスコミュニティみたいのがあって。オンラインサロンを知り合いがやっていて、そこでちょっとだけしゃべらせていただいているっていうのがあるのと。
もうひとつは、海外の保険を紹介してて。と言っても、もともと日本に住んでない人向けにやってたんですよ。なので、今はあんまりやってないんですけども。
あと、お金の授業というか、お金の貯め方みたいな話をしたりとかもしています。僕自身が、昔、けっこう、投資でよくわからない商品を買っちゃったりとかしてたんで。投資って正しくやれば、誰でも老後資金貯められるってことに気づいてから、それを広めたいなと思って。積み立てNISAとかiDeCoとかを説明したりも含めて、お金の説明をするみたいなこともやっていますね。
そのあたりはあんまり儲かってないので、さっき仕事を聞かれたときは出さなかったんですけど。売り上げで見れば。ただ、個人的には好きなので。
そうだ、仕事でいうともうちょっとだけ話してもいいですか?
qbc:好きなだけ。
三宅:話がポンポン飛んで申し訳ないんですけど。
日本に帰ってきたばっかりのときに、ちょうどさっきの、緊急事態宣言が出て、母親が自宅勤務になってから難波に行ったんですけど。その前に、日本に帰ってきてすぐに、とりあえず原付買ったんですね。で、UberEatsやってみたんですよ。2、3週間ずっと、東京でUberEatsやってました。赤坂、六本木を重点的に攻めてました。あの一帯が一番稼げると思って。坂が多いので、チャリのライバルが少ないから。赤”坂”に青”山”に渋”谷”ですからね。で、六本木は、けやき”坂”とか乃木”坂”とかじゃないですか。あのへんて、もうひたすら、山とか坂とか谷とかあるので。しかも深夜2時とかまで、ステーキ定食が売れるんですよ、なぜか。
ベトナムでは月3万円で暮らせると思っていて、このまま無職になってもいいやっていうぐらいの蓄えはあったんですけど。蓄えっていうのは、投資の勉強とかをしていたので、長期的な投資っていう意味ではあるんですよ、老後に備えて。でもそれって、崩す前提じゃないじゃないですか。なので、崩す前提の手元資金がそこまでなかったんです。ベトナムだったら十分生きていけるぐらいはあれど、でも物価高い日本でできるのかって。で、UberEatsやってみたんですよ。
僕は、バイクと車の運転が、日に12時間乗っても苦にならないので。午前11時から深夜2時とかまでずっとバイクに乗ってたんですね。そしたら、1週間で10万円ぐらい入ってきたんですよ。
qbc:そんなになった?
三宅:1日14時間ぐらいやると、1日1万5千から2万いきます。時給で1300円とかなんですけど。好きなときに1日14時間働けるっていうのは、僕の中では良い仕事ですね。普通にシフト入りたくても、1日14時間とか無理じゃないですか。ひたすらやったら1週間で10万ぐらい入ってきたので、それで、あ、もうこれで死なないなって思ったんですね。お金も減らないと思って、そう思ってからは、自分のしたくない仕事は、もう全部断ろうと思って。無理に稼いだりとか、無理な仕事を取りに行くのはやめて。それで、今の仕事をやってる形ですね。だから、今の仕事はやりたい仕事しかやってないですね。
qbc:今、UberEatsはやってるの?
三宅:もう東京にいないので、今はやってないですね。
難波に住んでから、緊急事態宣言じゃなくなったから、とりあえず東京へ帰って。ひょんなことから茨城県のつくば市に住むことになって。なので、いちおう茨城県のつくば市にいることになっています、半分もいないですが。
qbc:今、住所どこになってるの?
三宅:住民票は、東京の母親の家に。僕、日本にも会社を持っているので、動かすと登記変更がめんどくさいのと、居場所がいくつもあるので、住民票はずっと東京ですね。最近は、事実上の住まいは茨城県に置いて。仕事でけっこう大阪に呼んでいただいたので、半分は大阪にいて、半分はつくばにいるってなっています。
つくばに行ったのは10月です。半年前からです。それまでは、東京の母親の一人暮らしのところに居候しながら、昼間にコワーキングスペースに行くみたいな形で。コワーキングスペースとかスターバックスが閉まらなかったら、僕は東京で良かったんですけど。東京を出た理由は、スタバが全部閉まったからですね。ステイホームって言われても、自分の机もないので、仕事場がなくなっちゃうというか。
qbc:なるほど。
三宅:ただ、つくばに住むと駐車場があるので、車が買える。東京は駐車場が高くて車庫証明が取れない関係で買えないですけど。つくばでは買えたので、ジモティで買って。原付もジモティだったんですけど。
その車を、今、住めるようにして。今、車の中で住めるし、仕事もできるんですよ。自動車なので、1人だけでいられるので。
いつ日本から出るかわからないし、今のすべての仕事がリモートで回っているので、行くなら今かなと。また、リモートじゃなくなる仕事に就くかもしれないって考えて、でも実は、2週間ぐらい前まですごく悩んでて。もともと旅をしようと考えてたんですけど、コロナがあるので、そんな雰囲気じゃないなと一瞬思ったんですよ。
でも、またこういう環境がくるかどうかわからないなと思ったので、ちょうど一昨日、いったん出勤が終わったので。その日の夜から車でバーっと走って朝風呂、温泉入って。そこから、今は西に向かっている最中です。
なので、どこに住んでるかって言われると、非常に難しいです。
大学生のときに、バイクで日本一周してるので。今回は2回目の日本の旅ですね。日本一周ではないですけど。
qbc:未来についてはどう考えてらっしゃいますか?
三宅:まず住む場所に関してなんですけど。今までは特にベトナムを出ることを考えてなかったんですね。でも、今回、これがあったときに、家に帰れないわけじゃないですか。よく考えたら、ベトナムって永住権っていう制度がないので、いつかはベトナムから出なきゃいけないんですよ。リタイアビザもないので。労働者ビザ、または経営者ビザでいるしかないので。
ということは、いつか経営や労働をやめたら終わりじゃないですか。ということに、今回気づかされたので、そういった国に100%の拠点を置くのはやめようって思ったと。
qbc:なるほど。
三宅:じゃあどうするって、今はまだ決めてなくって。僕はたぶん、どこでも楽しく暮らせちゃうんですよ。日本でも楽しいし。なので、どこでもいいかなと思っている。とりあえずコロナが明けるまでは、場所は日本かなと思っている。
都会にはちょっと疲れ気味で、つくばへ行って田舎のほうが好きだなと思ったので。
qbc:つくば、どこが良かったです?
三宅:つくばがいいなと思った理由は、田舎って、ムラ社会的な既存勢力の話ってたまに聞くじゃないですか。
地域おこし協力隊の話とかでも、何か新しいことをしようにも、けっこう難しいみたいな話を聞いたことがあって。
でも、つくばのいいところは、人口が伸びてるんですよ。東京からの移住が多いんですよ。新しい人が多すぎるのか、既存勢力との戦いが存在しないんですよね。
あとは、人口が伸びてるからオシャレなお店も多かったりするので。人口の伸びてる田舎っていうのは、注目すべきポイントなんじゃないかなと思ってます。
新しい人が誰もいない田舎に行くと、たぶんそこは辛いんでしょうが、新陳代謝がある程度ある、まさに人口情勢がある程度動いている田舎は、1つのポイントかなと思ってるんですよ。
qbc:三宅さんは、何が好きな人なんですか?
三宅:難しいですね。僕はいつ死んでもいいんですよ。もう人生楽しんできたから。とずーっと思ってて。
仕事の話で、何をしたいかっていうと、自分の人生を自分でつくっていく人を、応援する仕事をやりたいです。今、商工会議所でも、それができてるなと思ってて。自分でお店をやって生きていきたいとかいう人の応援。オンラインのビジネスコミュニティでやらせていただいてるのも、お店を開いていきたいとか、こういう生き方をしたいとか。生き方を応援する人になりたいなと思っていて。
その中で僕のフィールドは、ちょっとした経営とお金のところかなと思ってはいるんですけど。
ベトナムで、フリーペーパー以外にも研修業やってたんですね。研修業も日本にいる日本人をベトナムへ連れてきて、無茶ぶりの課題を与えて、ベトナムでいろいろ行動させるっていうタイプの研修だったんですよ。それをやると、やっぱり人間、いろいろ自分の殻を破っていき、変わっていくっていう感じでしたね。
qbc:面白い。日本人をベトナムで研修させるんですね。
三宅:それをずっとやってて。一部、大学のプログラムにもなってたんですよ。直近だと関西大学さんとかやらせて頂いて。
コロナ前は、そういうのをメインでやっていたんですよね。それとフリーペーパーの2本立てでやってたんです。今は研修もできないんすけどね。海外っていう場所で研修をやってたので、その場所っていうものが利用できなくなると、まったく同じプログラムっていうのは組めないなと思ってて、今はやっていません。いちおう、オンラインでやることも考えたんですけど、そこは今、僕の中で優先順位がすごく下がっていて。他にもやることができちゃったので。
ただ、そういう感じで、結局、自分の人生って自分で選んで生きてっていいんだ、みたいな気づきをあんまり持っていない方が日本には多いと僕は思っているので、そこに取り組みたいです。
qbc:はい。
三宅:自分がサラリーマンのときにそうだったんですよ。現状が嫌だったんですよ。でも、その延長線上でがんばるしかないと思っていたんですよ。
でも、そうじゃないっていうのを言いながらも、じゃあどうしたらいいっていう話をするような仕事を、これからやっていきたいなって思ってます。ちょっとフワッとしてますかね。
qbc:日本人に対しての話ですよね。
三宅:僕はずっと、対日本人なんですよ。なので、ベトナム人のグローバル化は興味なくて、日本人のグローバル化しか興味ないです。
qbc:あー、面白いですね。なるほど。研修もフリーペーパーもそうですね。
三宅:僕のパートナーは、ベトナム人を日本へ送る仕事をやってるので、その話もよく聞こえてくるし、まったく興味がないかっていうと、興味はあるんですけど。
ただ、どっちかっていうと、僕はこの日本をどうにかしたいっていうか。ベトナムに行こうと思った最初の理由も、当時、周りの人の影響をめっちゃ受けてたので、日本にいると人生つまんなそうな人の中に囲まれてんのが、もう本当に嫌だったんですよ。
朝8時半の電車の中で、ぎゅうぎゅう詰めの中にいると、僕にぶつかってきてる人、5人ぐらい全員人生つまんなそうだし。その周りにいる人も15人ぐらい、人生つまんなそうな顔してるんですよ。当時、北区の滝野川に住んでたので、西巣鴨から三田線乗ってたんですけど、その三田線が嫌で。
ベトナムで、全然お金がないはずなのに、この人たち、すごい楽しそうでなんなんだって思ったんですよね、当時。すごい失礼な目線なんですけど。当時、正直にそう思ったんですよ。
その後、海外へ行きたいって言いまくったら、ベンチャーの話がきて転職したんです。
なので、人生辛い人が多いっていうのが、僕は嫌で逃げて、海外に行きました。人生は自分で選べると気づいたので、それを増やしていきたいっていうのは、ずっとあるんですよね。なんか、生きるの辛そうな人が多いっていうのが、なんかすごいもったいないと思って。僕自身がインフルエンサーなるとかではいっさいなくて。たぶん向いてなくて。なので、今は商工会議所だとか、オンラインビジネスサロンの中で、一部をやらせてもらったりとか。他の人が看板を持っているものの中で、一部で動かせてもらってたりとかが中心かなと思っています。僕、集客とかまったく苦手なんですよ、営業と集客が苦手というか、やればできるって普段から他の人に言ってたので相反かもしれないんですけど。どっちかっていうとやりたくないっていう意味で。
qbc:なるほど。
三宅:今、僕、こんな楽しそうなんですけどね。でも、ベトナムでは、仕事しすぎて死にたくなったことが、けっこうあって。でも、人生嫌になったことは何度かありますよ、3年ぐらい前とか。
qbc:最後に言い残したことがあれば聞きます!
三宅:言い残したこと、今、浮かばないですね。なんか聞かれたらいっぱい出てくるんでしょうけど。十分、たくさん聞いていただいて、今、パッとでてこないですね。
qbc:これから日本にはどれくらいいますか?
三宅:現状、他の地域も見てみたいなと思ってるので。まだわかんないですけれども。場所は、僕はどこでもよくって。何か話があったら、フラっとどっかへ行くかもしれないし、行かないかもしれない。
海外も、今は行き来するのは大変なんですけど、1回行っちゃえば隔離だけされるだけなので、その可能性もあるかなと思っています。
ベトナムとかでも、新しくベトナムへ就職した人の話とか、けっこう聞きますね。2週間ホテルステイすればいいだけ。
今まで年間5、6回ぐらい、ベトナムから日本に来てたのですが、それはもうできないと思うんです。両方で14日ずつって考えると、費用も現実的じゃないと思うんですけど。でも、片道切符だったら行けますよね。なので、何か面白い話があったら、行っちゃうかもしれないし、行かないかもしれないし。場所についてはどこでもいいですね。
qbc:ありがとうございます。
三宅:ありがとうございます。
あとがき
みんなはこのインタビューを読んでどう思った? おもしろかった? うれしい、ありがとう。
医者、起業家、弁護士。精神障碍者、ヤク中、ニート。色んな人と話してきたよ。
でも話し方にパワーある、めちゃくちゃ知識ある、行動力めちゃくちゃある、てものすごい人もいるんだよねえ。そのうちの一人が今回の三宅さんだと思う。
正直、何が記憶に残ったって、ベトナムと日本を行ったり来たりしてんのに彼女がいたことだよ。
いい旅を。旅こそ人生なんだよ。
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
インタビュー参加募集!

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!