子供時代の自分にあなたが頑張ってくれたから、今こんなに幸せだよって言ってあげたい人
子供時代がなかった人、います? いませんよねえ? います? いないと思うけど。
どうだろう。どうなんだろう?
私は無名人インタビューを最高に受けていた人間です。
その中で気づいたんです。子供のころによく遊んでいた遊び、よく読んでいた本、漫画、見ていたアニメ、映画、していたゲーム、そういうの、ぜんぶ大人になってもつながってます。
だからね、子供のときの自分、偉いって思ってます私は。
あのとき、ノーと言った自分偉い!
戦った自分、偉いよ。過去があるから今があるという呪いから、人間はのがれへんのや!
人間とは何か? 知ってます? 私は知ってますよ。人間の正体は、記憶です。
ということで今日の無名人インタビューもぜひともよろしくお願いもうしあげますー!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは 糸崎舞 さんです!
【Webライターのお仕事依頼はこちらまで】
現在:ものすごく人より強い面と、ものすごく人よりもろい面が自分の中に共存していて。夫は全く違ったタイプの人でずっと穏やかなんですよね。
尾崎:今、何をしている人でしょうか?
糸崎:今は、お仕事はWebライターをしています。どのような記事を書いているかというと、映画とか、アニメ、漫画とかの作品紹介ですとか、いわゆる考察記事、そういったものを中心に書いてます。あとはYouTubeの動画ですね。ちょっと詳細は明かせないんですけど、シナリオ担当として、執筆させていただいてます。エンタメ系作品のジャンルが多いです。
私生活では、同級生の夫と、今年2歳になる息子と一緒に暮らしてます。
尾崎:Webライターのお仕事は、何年くらいされてるんですか。
糸崎:最初に始めたのが2019年だったと思うんで、今年で4年くらいになります。ただ途中で妊娠とか出産があって全然仕事ができなかった時期があったので、ガッツリ活動してるのは3年ぐらいですかね。
尾崎:お仕事されてみて、いかがですか。
糸崎:最初は本当に、独学で始めたので。たまたまいいクライアントさん、いい会社さんと巡り会えて、何とか来たという感じで。最初の2年ぐらいは、運だけで来てるんじゃないかっていう不安が払拭されなかったというか。ずっとこれでいいんだろうかっていう不安を抱えながら、仕事をしていましたね。
今年の4月から、息子が保育園に入園したんですけど。保育園に入れるって決まったときに、Webライターとしてちゃんと一度勉強したいと思って、1ヶ月間の添削講座に申し込んだんですね。
尾崎:はい。
糸崎:そこで、勉強という形で初めて添削していただいて。自分の世界がブワッと広がったような感じがありまして。受講の直後に、ライターのオンラインサロンの存在を知って、入会しました。
今までは1人で、これでいいのかな、これでいいのかなと思って孤独にやっていた仕事に、仲間がいっぱい登場して。すごく心強かったのと、サロン内の講座とかを受けたり、他のライターさんと交流できるようになって、心持ちがすごく変わりました。今まで不安だ、不安だって思ってたんですけど、今は自信を持って、私はこれだけのことをやってきたから、このジャンルはすごく得意だ、とか、私の強みはこれだ、みたいなことを、ようやくちょっとわかるようになってきたって感じです。
尾崎:序盤で「運だけでやってきたんじゃないかって不安があった」っておっしゃってたんですけど、運はいいって自分で思われてるんですか。
糸崎:運はすごくいいですね。Webライターの仕事に限らず多分、運だけで来ていたところはたくさんあるんじゃないかなと思います。
尾崎:身近な方からは、どんな性格って言われます?
糸崎:夫からは、すごく面白いと言われます。観察してて興味が尽きないねみたいなことを言ってもらえるんですけど。皆さん口を揃えて言ってくださるのは、ものすごい頑張り屋さんだねって言ってくださいますね。あとは、エネルギーがあるとか。体力があるとか。すごいガッツがあるみたいな。
反面で、ものすごく繊細なところもあるので「ものすごく元気でガッツがあって努力家で、グイグイ行ってそうなんだけど、実はすごい傷つきやすいよね」みたいなことはよく言われます。両極端なところがあるんだと思うんですけど、そこを身近な人たちは理解してくれてるのかなという感じです。
尾崎:最近、落ち込んだり悲しかったことはありますか。
糸崎:私の書いた記事が、何日か前に、Yahooニュースのその日のアクセスランキングの総合で1位を取ったんです。それでお客さんから、1位だよ、すごいPV数伸びてるよと連絡いただいて。やった!と思って見に行って、コメントが(Yahooニュースに)あるじゃないですか、ヤフコメ。
そこを私は律儀に頭から全部見ちゃったんですよ。1000件ぐらいコメントがついてたんですけど、それをワーッと見てたら、なかには心無いコメントというか「こんな低レベルな記事書いてんじゃねえよ」みたいなこととかも書いてあって。それがちょっと悲しかったかな。
尾崎:ちょっと戻るんですけど、旦那さんから面白いって言われるとおっしゃったんですが、どういったところが面白いって思われるんですかね。
糸崎:さっき言ったみたいに、私はものすごく人より強い面と、ものすごく人よりもろい面が自分の中に共存していて。夫は全く違ったタイプの人でずっと穏やかなんですよね。安定してる人なんですよ。あんまり人に興味がないというか、我が道を行くみたいな。しっかり他人と自分との境界線を引ける人なんですけど。私は人に対してもすごく情熱を燃やしちゃうし、人に言われたことにも死ぬほど落ち込んじゃうし。
かと思ったら、なんでそんなことができるのみたいなこともできるし、なんでその程度のことが?ってことができないので。多分いつも安定している人からすると、よくわからない予測不可能な感じが面白いんじゃないですかね。
尾崎:なるほど。それでは、楽しかったことを教えてもらえますか。
糸崎:息子との毎日が毎日楽しくて。日々、新しい言葉を言ったりとか、わけのわからん踊りを踊ったりとかしてるのを見ているのが、すごく楽しい。妊娠中からそうなんですけど、息子は私にとって興味深い存在なんです。
自分の体で育てて生まれた人が、他者としてしっかり人間になっていくのを見るのがすごく楽しくて。そういった意味では何か一つ楽しいことがボンってあったっていうよりかは、息子が私達のところに来てくれてから、ずっと楽しいって感じ。もちろん、しんどいこともあるんですけど、ずっと楽しいって感じです。
尾崎:うれしかったことは、ありますか。
糸崎:うれしかったことはやっぱり、今仕事がノリに乗ってることかな。どうしても、自宅保育をしていたときって、自分自身を認められることってすごく少なかったんですけど。お仕事していると、あの記事が評判いいですよとか、こんなに細かくリサーチしてくださって助かりますとか、お客さんからの声をいただけることがめちゃくちゃ嬉しいです。
尾崎:なるほど。舞さんが得意なことって何ですか。
糸崎:得意なことは、人の気持ちを考えることかな。自分と違った立場の人の気持ちとかを想像すること。例えば、私とは違う立場にいた人が、私だったら嫌じゃないけど、こうやって言われたら、この人は嫌なのかなとか。こうしたらこの人はうれしいのかな、とか。そういうのを考えて、ちょっと寄り添うことは得意かもしれないです。
尾崎:自分とは違う人の気持ちを想像できるっていうのは、Webライターの仕事で活かされてますか。
糸崎:活かされてるのかは、わからないですけど、自分と違う立場の人のことを考えるのは苦じゃないです。なのでターゲットの気持ちを考えて文章書くとか、っていうのは苦ではないです。それがね、合ってるのかはわかんないんですけどね。
尾崎:なるほど。それが自分で得意だなって思ったきっかけってあります?
糸崎:ママ友とか、学生時代からの友達たちに、「いつもあなたは気持ちに寄り添ってくれるよね」とか、「あなたと喋ると自分のことを肯定していいような気持ちになるよ」とか、「前向きに頑張ろうって気持ちになるよ」とか言ってもらうことが最近すごく多くて。それで、私は無意識にやってたんですけど、もしかしたら、誰かの力になれているのかな、と考えた気がします。
尾崎:他の人の気持ちを考えるときって、ご自分ではどんな感情になるんですか。
糸崎:ちょっと考えたことなかったんですけど…。でも、その人と同じ視点を持つって感じかな。実際、抱きしめたり肩を抱いたりはしないんですけど、その人と心を合わせるって感じです。だから私の感情が、というよりかは、その人の感情を見る。見る? 感じる? みたいな。ちょっと私は消えてるかもしれないです。
尾崎:なるほど。舞さんの趣味って何ですか。
糸崎:私の趣味は、一番は読書です。
尾崎:どんな本が好きですか。
糸崎:ビジネス本とか自己啓発の本も読むんですけど、物語がすごく好きで。小説とかですかね。あとは自転車に乗ることも。妊娠してからは乗ってないんですけど、ずっとクロスバイクに乗ってて。夫と2人で海までサイクリングしたりとかしました。今はそれが子供を乗せる電動自転車に変わったので、子供を乗せてどこまでも行く感じです。
尾崎:順番に聞いていくんですけど、本はどうしてお好きなんですか。
糸崎:私は子供のときから本を読むのが好きだったので、気づいたら物語が好きだったって感じです。多分小さい頃に、母がよく絵本を読んでくれてたからだと思うんですけど。共働きで忙しかったので、両親が。どうしても本を読んだりとか、ビデオを見たりとかする時間が多かったんですね。
尾崎:はい。
糸崎:さっきお話したみたいにすごい感受性が豊かな子供だったなと思うので、みんなとワーワーと遊んでるよりかは、1人で自分の世界に没頭してる方が好きだった。そのときに、本はすごく良い友人だったんですよね。だから何かきっかけがあって好きになったっていうよりかは、物語を読むってことは、ずっと私の人生にある感じです。
尾崎:自転車は、どうしてお好きなんですか。
糸崎:自転車は私、ほんっとに走るのが嫌いで。ランニングとかがすごい嫌いなんですけど。自転車って座りながら漕げるじゃないですか。でも、風を感じることができるし、足も動いてるから運動にもなるし……それと、ぼーっとできるっていうのが一番大きいかな。ぼーっとできるけど遠くまで行けるみたいな。普段常に考え事をしてるタイプなので、自転車に乗ってるときだけはぼーっとできる、今に集中できる感じがします。
尾崎:なるほど。ぼーっとして今に集中できるということは、つまりどういうことですか。例えばどういう景色を見ていたりされるんですか。
糸崎:それはぼーっとしてるときにってことですか。
尾崎:そうです。
糸崎:ぼーっとしてますね。本当に何もない。普段って、例えば(尾崎さんにも)お子さんいらっしゃるので、よくわかると思うんですけど、常に先回りして思考してません?家に帰ったら、ご飯を作って、お風呂に入れて、洗濯してどうのこうの……みたいな。あとは、納期がいくつかあるから、Aからやって、Bはこの後にやって、こうこう。旦那さんが何時に帰ってくるから、どうこう、みたいな。ずっと先回りして、今にいない感じがするんですよ、私は。
尾崎:なるほど。
糸崎:ずっと先のことを考えているっていう感じなんですけど、自転車に乗ってる間は「風が気持ちいいなとか。子乗せに座ってる息子が「バス!」とか言ってたら、「バスがあるね」って会話したり。今ここにいるっていう、先のことを考えなくていい感じがすごくしますね。
過去:演劇を辞めてから数年間は罪悪感で死にそうだったんですけど。今は、あれだけ頑張ってきてたから、もう幸せになっていいよって。
尾崎:舞さんが子供のときって、どんな子でしたか。
糸崎:さっき少し言ったんですけど、みんなとワーッと遊ぶときもあったんですけど、ものすごく自己の世界が強かった気がします。一番印象に残っている記憶があって。保育園で歌を歌うじゃないですか、お歌の時間に。その時、『春の小川』っていう童謡を歌ったんですけど。その曲のピアノの調べを聞いて、この曲はなんて綺麗な曲なんだろうと思って、涙が出てきて。3歳か4歳ぐらいだったと思うんですけど。先生やお友達は、私がいきなり泣いたから何か悲しいことがあったのかなと心配して、どうしたの舞ちゃん?ってそばに来てくれたんですけど。
大人になって思い返したら、曲が綺麗で感動して泣いたんだなっていうことがわかるんですけど。そのときは感情の言語化ができなかったから、「なんかわからないけど涙が出る」みたいなことを言った記憶があって。
それと、空想をするのが好きだったので、よく1人でごっこ遊びをしていました。絵本の中の登場人物になりきったりとか。そしてそれを、子供だから唐突にやってたんでしょうね。周りの大人が困惑してた顔をすごい覚えてますね。私の中では全てが完璧で完結してるんですけど、大人は何を言ってるの?この子は、みたいな。大人が困った顔をしてた、っていうイメージが記憶に残ってます。
尾崎:どんな絵本が好きだったとか覚えていらっしゃいます?
糸崎:いろいろ読んだんですけど、特に『オズの魔法使い』っていう絵本が好きで。エメラルドの道って言って、金ぴかの道を歩いていくんですけど。家の前の道路をエメラルドの道だと空想して歩いたりしてました。昔話もよく読みましたね。でも、お姫様とか出てきたり、魔法使いが出てくるような話が好きだったなと思います。
尾崎:小学校はどんな感じだったんですか。
糸崎:小学生のときから表現することが好きで。クラス劇の台本を書いて、演出家として演出して、出演者としても出演してみたいなことをずっとやってました。生活発表会とか、文化祭とかあるたびに。
尾崎:それって担当することになったきっかけとかはあるんですか。
糸崎:多分、立候補制だったと思うんですけど……先生が「作文が得意だから書いてみる?」と言ってくれたのか、友達が「作文が得意だから書いてみたら?」って言ってくれたのか……ちょっと覚えてないんですけど。でも、自分からやりたいって言ったような気もします。
尾崎:なるほど。
糸崎:小学6年生のときの担任の先生が【自由勉強】っていうのをさせる先生だったんですよ。決まった宿題じゃなくって、何でもいいから、1日3ページ勉強してきなさいっていう。
私はその自由勉強で、1日3ページずつ小説を書くことにしたんです。そしたらシリーズ物みたいに1年間ずっと続いちゃったんですよ。その小説に先生がいちいちコメントくれたんです。「このキャラはかっこいいね」とか。「もっと情景描写を細かくした方がいいよ」とか。今思えば、物を書くことが大好きっていうのは、小学生のときの経験があったからかな。
尾崎:なるほど。中学生はどんな印象がありますか。
糸崎:中学生は、本当にバカだったなっていう時期で。それまでって周りが何を言っても自分のスタイルを貫いて浮いちゃったりとかしてたんですけど。中学生のときってすごい友達が多かったんですね。
それで、友達にウケるために必死だったと思います。わざとスカート短くしたりとか。キラキラにデコったクシを学校に持ってって、先生に取り上げられて……みたいな。みんなはそれを見て、何やってんだよって笑うんだけど、そうやって笑ってくれるのがうれしくて。三枚目を演じてた、みたいなところはあります。
その一方で演劇部に入ってたんですけど、演劇部はすごく真剣にやってました。演劇部の顧問だった先生とは、成人してからお酒を一緒に飲みに行ったりとか、交流が深かった先生ですね。
あとは塾に行ってたんですけど。塾がすごい少人数制の塾だったんで、6人ぐらいしかいなくて。みんな将来何かをやりたいっていう子たちだったんですね。
私はそのとき舞台俳優になりたかったから、芸術関係の勉強ができる高校に行きたくて、すごく頑張って勉強してたんですけど。他にもカメラマンになりたいとか、建築家になりたいとか、しっかりとした夢を持ってる子たちが集まってたので、真剣に頑張ってたんです。みんなで切磋琢磨しながら。自分の思ってることも熱く語るし、真剣な話をしょっちゅうしたんです、その塾のなかで。
私は学校でおちゃらけてたんで、学校ではそういう真剣な話をする場はなかったんですよね。
クラスでのキャラクターを守るのに必死だったんですけど。でも塾ではそういう自分じゃない、本当に熱いものを持った自分でいられるっていう大事な居場所でした。
演劇部と塾、という存在に助けられてたなと思います。
尾崎:友達にウケようと思って必死だったっていう理由をお伺いしてもよろしいですか。
糸崎:小学校のときに全く友達がいない時期があったんですよ。3年生ぐらいだったかな。クラスの誰とも喋らないみたい、1人ぼっちだった時期があって。それでも頑張って学校に行ってたんですけど。多分、子供心にものすごく寂しかったんだと思うんですね。
その後、劇を作ったりとか、さっきお話した、小説を書いたりとか、自分の個性を伸ばしていけるようになったんですけど。
自分は周りから浮いてるな、って子供心にすごく感じてたんです。
私、今、身長が164センチあって、女性にしては背が高い方なんですけど。小学生のときすでに背が高くて、小学校4年生の時には155センチぐらいあったんですよね(10歳の女の子の平均身長は136cm~143cm程度)。
それで、身体的なからかいとかもしょっちゅう受けていて、疎外感を感じてたんです。
でも中学生になると、みんな成長期になって背が伸びるし、私の身体的特徴が目立たなくなって、変に浮く、みたいなことがなくなったんですよ。自分も少しは空気が読めるようになったし。
「みんなといっしょ」の心地よさを知ってしまって、それを失いたくなかったのかなって思います。
尾崎:なるほど。高校生のときは、いかがでしたでしょうか?
糸崎:高校は、演劇を勉強したかったので、大阪にある東住吉高校という高校に行ったんです。そこには、日本で唯一の藝能文化科という学科があるんですね。【芸能】っていうのは、いわゆる芸能界のエンターテイメント、ダンスとか歌とかっていうことじゃなくって、古典芸能。箏曲とか、日本舞踊とか、落語、三味線とかをひととおり学べる場所だったんです。
それ以外にも、舞台を作っていく裏方の勉強もできました。
ベニヤ板をのこぎりでゴリゴリ切って、舞台の背景を作ったりとか。あと舞台の照明。この赤色の照明を作るには何番と何番の光が必要なのか、なんてことを勉強したり。総合的な舞台芸術について学べる学校だったんです。今もあるんですけど。
尾崎:いかがでしたか。
糸崎:もうすごく特別な3年間で。3年間クラスが一緒なんですよ、1クラスしかないので。なので30人ぐらいが3年間ずっと一緒に過ごすんですけど。その間に1年に3回か4回ぐらい大きな舞台の発表があって。なので普通の高校生と同じように、5教科とか体育、音楽とかの勉強もしながら、舞台を作っていくっていう勉強をずっとしてました。
そこでも部活は演劇部に入って。なかなかの強豪でした。学科でも舞台の勉強をして、演劇部でも演劇を作って、ずっと演劇をやってました。
尾崎:コンクールとかでは、いかがでしたか。
糸崎:1年生のときに主役に抜擢されて、それがすごく大変でした。
尾崎:大変だったと。
糸崎:やっぱり嫉妬の目とかもありましたし。めちゃくちゃ大変でした、本当に。でも、そこでも人間関係に恵まれて、信頼できる先輩とかがいっぱいいて、目をかけていただきました。
でも頑張りすぎて過呼吸になっちゃったり、ヘルニアになっちゃったりとか。
私の、自分が倒れるまで頑張るところ、無理しちゃいすぎるところ、ていうのは高校生のときに形成されたんじゃないかな、と思ってます。
尾崎:高校を出られてからは、どのように過ごされてきたんですか。
糸崎:高校を卒業した後は大阪芸術大学という大学に行きました。そこでも舞台芸術を専攻していて、演劇やミュージカルの勉強をしていました。その後、卒業してからは上京して、舞台俳優としての仕事をしていました。全国ツアーを回ったり、海外での公演をしたり。
尾崎:それらの日々を振り返って、舞さんはどのように捉えてらっしゃるんですか。
糸崎:少し前まではすごく苦しかったというイメージがずっとありました。演劇を辞めたことで、自分の中で罪の意識みたいなのもありました。
でも、最近は、書くというお仕事に出会えたり、息子が生まれてきてくれたり……ハッと振り返ると周りの友人たちが自分にとってすごく大事な存在になっていたりして。
これは多分演劇を続けていたら、この大切な人たちとか、大切な仕事とかには出会ってなかっただろうなと思うんですよ。
辞めてから数年間は罪悪感で死にそうだったんですけど。今は、ずっとあれだけ頑張ってきてたから、なんかもう幸せになっていいよって。……幸せな人生をもらえたのかな、って思います。
尾崎:その罪悪感っていうのは、何に対して、誰に対して感じていたんでしょうか?
糸崎:それは、もちろん期待をしてくれてた周りの人たち。「絶対あなたはスターになるよ」とか、「それだけ演劇が好きだったらずっと続けてほしい」とか言ってくれていた人たちにですね。
そして、芸大まで出してくれた両親に対してとか。
あと、自分自身。これだけ好きで、もう本当に私、演劇しかしてなかったんで、ほかの人生でみんなが経験することを全くしてなかったし。
ずっと演劇しか見てなかったのに、なんでそんな大事なものを手放せるの?って自分に対しても思ったし。
あとは演劇そのもの、演劇っていう芸術そのものに対しても、裏切ってしまったという思いがありました。
尾崎:演劇がすごくお好きという印象を受けたんですが、どうしてお好きだったんですか。
糸崎:小さい頃の話に戻るけど、言いたいこと言えなかったんですね。自分の中にいっぱいたくさん溢れてるんだけど、気持ちが。
大人より見えてるものがあったり、感じてるものがあったりするのに。そういうの、子供のときって言語化できないじゃないですか。
尾崎:はい。
糸崎:若いときとかもそうなんですけど。人間的に未熟だと、感じてることを言語化したり、俯瞰して見たりすることができないと思うんですね。だから子供のときとか、10代20代の頃って、いろんなことに対して感じている気持ちとか、自分が人と違うことに対して苦しんでる気持ちとか、そういったものを自分じゃない他者を演じることで消化してたのかなと、思います。
自分じゃない誰かになるっていうのが、自分の中ですごく大切だったんだろうなって。わかりにくいですよね、すいません。
尾崎:大丈夫です。思うままをお話ししていただけたらと思います。
糸崎:お芝居って、現実では起こらないことがいっぱい起こるじゃないですか。
尾崎:はい。
糸崎:そのフィクションの中で起こり得るドラマチックなことを、自分が役を演じて疑似体験することで、感受性が豊かすぎる自分を保ってたのかなって。
未来:「どんな経験でも役者としての肥やしになるんだよ」って言われてきたので、私の人生の中にその考えが根付いてるんですよ。だから、つらくても悲しくても失敗しても、とりあえず前を向いて進んでいけるんですよ。
尾崎:5年後、10年後、あるいは死ぬまでを想像して、未来についてどういったイメージをお持ちですか。
糸崎:子供を育てて感じるのは、日本はものすごく子供を育てにくい国だなということです。自分個人のなりたい未来像はもちろんあるんですけど、それ以上に「大人として、子供たちがこれから生きてく未来をどうしていけるかな」っていうのは常に考えています。
例えば、ロシアによるウクライナ侵攻とか。いつか日本がこんなふうになっちゃったら、子供たちはどんな思いをするんだろう?って。
もっと身近なことで言えば、物価高とか、子育て世帯が経済的に苦しめられているとか、保育園が空いてないとか。
今の子供たちが大人になったときに、今自分たちがしてる苦労をさせたくない、って思ってて。
いちばん嫌なのは、これからを生きる子供たちが「日本に生きてても何もいいことないよ」って思ってしまうこと。
だから私は「こんなふうに大人になったら楽しいんだ」って思ってもらえるように生きていかないとな、と思ってます。
尾崎:具体的に、どういったご自分の未来をイメージされてますか。
糸崎:毎日必死で、いまいち先のことを考えられてないんですけど。すごく自分の家が欲しくて。マイホームが。それで必死になって働いてるんですけど。居心地の良い家で仕事をしながら、家族を待っているっていう自分が思い浮かびます。
もう一つは、もうちょっと子供の手が離れると、自由な時間ができると思うので、どんどん外に出かけていく自分っていうのも一つあります。今ってなかなか、どんどん出かけていくっていうのが難しくて、どうしても我慢せざるを得ないことがあるんですけど。
会いたい人に自分の足で会いに行って、見たい展示会を見て、観たい舞台を観て……とか。やりたい勉強をして……とか。どんどん自分の足で出かけていくっていうのも、未来の自分のイメージです。
尾崎:もし演劇に出会ってなかったら、どういう人生になっていましたか。
糸崎:どういう人生になってたんだろう。想像もできない。演劇に出会ってなかったら、もうちょっと平穏だったかもしれない。もうちょっとのぞかなくてよかったかもしれない、自分の心を。もうちょっと鈍感に生きていけたかもしれない。そういう感じですね。今3つぐらい、パって言ったけど。
でもそれって多分、すごくつまらない人生だったかもしれないです。
尾崎:どういう面でつまらないっていうことですかね。
糸崎:演劇をやっていたことがすごく活きてるな、と思うのが、「どんな経験でも自分の肥やしになるんだっていうこと」を私が知っていることなんですね。これが、演劇をやってたことで最も大きい財産になったことだと思ってるんです、今。
ライターの仕事で悩んだり、つまずいたりしたとき。あるいは子育てで悩んだりとか、うれしかったりとかしたこと。
私が生きて経験したことが、ライターの仕事への肥やしにもなるし、子育て経験の肥やしにもなるし、私自身の人生の肥やしにもなるって思ってるんですけど。そう思えてるのって、演劇をやってたからなんですよ、多分。
「どんな経験でも役者としての肥やしになるんだよ、財産になるんだよ」って言われてきたので、私の人生の中にその考えが根付いてるんですよ。
だから、つらくても悲しくても失敗しても、とりあえず前を向いて進んでいけるんですよ。
演劇に出会ってないと、この考え方が私の中に根付いてないと思うんですね。
だから、演劇をやってなかったら、演劇に出会ってたときよりは平和な人生だったけど、でもどんなことも人生の肥やしになるっていうことを体感できてはいなかったかもしれない。そういう意味では多分、人生経験が全然違ったものになってた、と思います。
すごく表象的なもの、表面的なものしかキャッチできてなかったかもしれないし。
さっき、「子供たちがこんな日本に生きてても何もいいことないよって思ってほしくない」って言ったんですけど。演劇に出会ってなかったら、もしかしたら私自身も「こんな日本に生きてても何も楽しくないよ」って言ってる大人になってたかもしれないな、って思います。
尾崎:私の個人的に気になってる質問になっちゃうんですけど。先ほど、演劇のお話の中で、自分の心をのぞくってワードがあったんですね。自分の心の中を覗くってどういうことかなと思って、教えてほしいです。
糸状:自分の心の中をのぞくというのは、そうだな。
演劇をやってるとですね、普通の社会生活ではおよそ言われないようなことを言われたり、聞かれないようなことを聞かれたりするんですよね。今パッと例が出てこないんですけど。ものすごく個人的な、パーソナルな部分をすごく言われたりとか。お前はそんなんだから、この表現ができないんだよとか。
人って心の中に無意識にストッパーとか理性があると思うんですよ、自分を守るために。
でも、役を演じるということは、「自分ではない他者になる」ということですから。
心に抱えてるストッパーとか、自分がどこかでこういうふうに思い込んでいることを外さないといけないことが、あるんですよ。
自分じゃない人間を演じるから、自分の価値観を壊さないといけないんです。
それって自分自身でも気づいてない価値観とか、自分自身でも気づいてない人生経験とかが影響して、ストッパーとかリミッターがかかっていることがあって。それを演出家に外される。そして、自分自身でも外さなきゃいけない、ってことがあって。自分の持ってる価値観を壊すってものすごい重労働じゃないですか。
尾崎:そうですね、うん。
糸崎:あと、お前はこういう価値観を持った人間だから、その価値観が役を演じるのを邪魔してる、と言われたりとか。それって普通に社会で生きてたら、なかなか面と向かって人に言われることってないと思うんですよ、そういうふうに指摘されることって。
尾崎:確かに。
糸崎:あります?
尾崎:ないですね。
糸崎:多分パワハラだと言われちゃいますよね、それを会社でやったら。例えば「お前は母子家庭だから、こんな演技しかできないんだ」と言われてるのを聞いたことあるんですけど。
「母子家庭かどうかなんて、関係ないやん」って、普通はそう思いますよね。でも、そこまで心をえぐる行為が、演劇の世界では普通にあったんです。
そういう感じで、見なくてもいい自分の心の中の嫌な部分と向き合わないといけないことがありました。それが自分の心をのぞくっていうことなのかな。うまく伝わりましたでしょうか?
尾崎:はい。自分の心をのぞいた結果、どういういいことがあるんですか。
糸崎:自分の心をのぞいた結果は、いいことはあまりないです。苦しいです。なので、苦しいんですけど、自分が演じる役を理解するために必要だったので、やってました。
いいことはないです。本当に苦しい。でもそれが役を理解することに繋がる。苦しさと、役を演じることの快感は、いつでも背中合わせだった気がしますね。
尾崎:得意なことが他人の気持ちに寄り添うことっておっしゃってたのは、自分の心をのぞいていたから得意になったんですか。
糸崎:もしかしたら、そうかも知れないです。他人の気持ちに寄り添うってことは、つらいことでもあって。苦しんでる人のそばにいると、やっぱり苦しいし。悪意のある人のそばにいると悪意が私の中に流れ込んできてしまう。得意なことでもあるけれど、ちょっともう少し自分を守りたいところでもあります。
尾崎:そうですよね。引っ張られちゃう感じっていうか。
糸崎:そうです、そうです。そんなの気にしなければいいじゃんとかよく言われるんですけど、自動的に感じちゃうから。気にしないとか、気にするとか、そういう問題じゃないんですよね。なので、それはちょっと苦労してますね、どうしようかなと思ってるところです。
尾崎:なるほど。そういうときは切り替え方法があるというわけではなく、どうしようかなって、今は感じるままっていう感じなんですか。
糸崎:そうですね、本当にそういうのをもらっちゃってしんどいときっていうのは、人に話してます、信頼できる友達とか夫に話して、ちょっと分ける、人に。こんなにもらっちゃったんだけど、って言うと、ちょっと発散できる。
私の周りの人たちは、私がこういう体質ってことを理解してくれてるので、もらっちゃったからちょっと休もうねと言ってくれたり、話を聞いてくれた後に楽しい話をしてくれたりすると、しんどい気持ちがなくなります。本当に周囲の人に助けてもらってますね。
尾崎:またちょっと違う話になるんですけど、最初に「運がいい」とおっしゃってて。私なりに運がいい人って、他人の気持ちをわかろうとしたり、すごい優しい人な印象があるんですけど、いかがですか。
糸崎:自分が優しいかどうかわからないですけど、自分に対しても人に対しても誠実に生きてきたつもりです。
誠実っていうのはいろんな意味があると思うんですけど。ズルをしないで生きてきました。なのですごい傷つくんですけど。
でも、多分ズルをしないでいたから、助けてくれる人が現れるんだろうなという感じです。ズルをしないって、なんかあれですね、すごい難しいんですけど。
尾崎:あえて聞くんですけど、ズルをしないってどういうことですか。
糸崎:人のせいにしないことかな。自分のことには責任持つこと。痛みも全部引き受ける。
何か嫌なことがあったときに、人のせいにする人って多いと思うし、多分人のせいにできた方が楽なんだと思うんですよ。
尾崎:はい。
糸崎:だけど、それをしてこなかったかなと思います。自分に何か変えられるところがあったんじゃないかとか、これは自分にとってどういう意味なんだろうとか、人のせいにするんじゃなくて、つらかったこととかも自分で引き受けて、肥やしにするっていう感じですね。それが私にとってズルをしないということです。
尾崎:最後の質問です。何か言い残したことはありますか。
糸崎:感想と読者の方に向けて2つ言いたいんですけど。感想は、別にこういう話をしようって考えてたことはなかったんですけど、尾崎さんとお話しして、尾崎さんがいろいろ質問してくださったおかげで、思いもよらない展開と言いますか、思いもよらない自分の声が聞けて面白かったです。私の中に深く根付いていることが、表に出てきた感じがして。
尾崎:うれしい感想です。
糸崎:読者の方に向けては、自分が変わってるとか、周りの人に理解してもらえないで苦しんでる人が多いと思うんですけど。
さっき言ってたみたいに、とりあえず自分がズルをしないで生きてたら助けてもらえるようになるし。自分を受け入れてくれる人が絶対現れるし。苦しみ続けた自分がすごく愛おしいものになると思うんで大丈夫だよ、と。あなた自身を否定しないでいいと思いますって言いたいです。
尾崎:泣きそうです。
糸崎:うれしい。私も泣いちゃう。私、今がすごい幸せで。子育てと仕事めっちゃ大変だけど、めっちゃ幸せなんですよ。
子供時代の自分にこんなに幸せだよって言ってあげたいし、今の幸せは子供時代にあなたが頑張ってくれたからだよ、とも言ってあげたいです。
あとがき
私、考えることが好きなんです。
何を考えているかというと、出来事を振り返って、あのとき、あの人はこう言ったけれど、本当は違うことを思っていたんじゃないかとか、私が言ったことに対して、あの人はこう捉えてしまったんじゃないかとか、自分と関わる人の言動を分析しています。
ほぼ無意識に考えてしまうのですが、考える理由のひとつはリスク回避のためなんですよね。自分の近くにいる人の考えていることがわからないと怖いんです。この人は、こういう人なんだと少しでもわかれば、安心できる。自分が傷つきそうなことを避けることができる。
あれみたいですね、車の運転。免許を持っている方は、教習所で「かもしれない運転」って教わると思います。「かもしれない運転」とは、周辺の状況や物事から起こりうる危険を未然に防ぐためにあらかじめ危険を予測して、安全な行動をとるよう心がける運転のこと。私が考える理由って、それと一緒だなと思いました。(ちなみに私は、超安全運転という自負があります)
ただし、そうやって考えることで、なんとなく自分と他人の間に距離ができます。ところが、人間は交わってなんぼですよね。怖がり続けていたら、いずれ孤独になってしまう気がします。交流しなきゃ! しかし、車の運転に置き換えると、交わる=事故になってしまう。
ここまで書いて今、思いついたのですが、そもそも「人間関係=交わってなんぼ」というイメージが私の思い込みなのかもしれません。私の価値観「何事も一生懸命」がにじみ出ていますね。きっと、交わればいいってものじゃない。
例えば、部活動。大会で勝つことを目指して、仲間と一緒に鍛錬する。ただ交わっているのではなく、交わりつつ同じ方角を向いて進んでいるんだと思います。そして、そうやって学生時代に切磋琢磨した仲間と、大人になっても交流(交わる機会)があるみたいな。車の運転に置き換えると、例えば、思い出作りをするために、友人と別の車でそれぞれ同じ観光地に向かうみたいなことでしょうか。
そう思うとママ友って、難しいですね。だって、同じ目的地(目標)を共有できないですもん。みんなそれぞれ我が子が一番だから。あー、でも、似たような境遇にいるので悩みは共有できますね。運転に置き換えたら、ツーリングにあたるかもしれません。その道中を同じ目線で共有するみたいな。
うんうん。私、こうやって考えるのが好きなんです。
ここまで考えてみての結論。自分を守るためだけに自分と関わる人の言動を分析するのではなく、前向きな理由のために考えたいなと思いました。インタビューに活かせそうですしね。
読者のみなさま、ここまで読んでくださりありがとうございます!
舞さん、ご参加ありがとうございました!
またお会いしましょうね。
【インタビュー・文字起こし・編集・あとがき:尾崎ゆき】
#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #ライター #演劇
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