話すっていうことが楽しい人
むかしむかし、ある村に、話吉(はなしきち)という名の男が住んでいました。話吉は朝から晩まで、誰彼構わず話しかけるのが大好きでした。
「おはようございます!今日は良い天気ですねぇ。そういえば昨日の夕焼けがまた見事でしてね...」
村人たちは最初、話吉を避けていました。
「また話吉が来た」
「捕まったら長いぞ」
ある日、村に一人の旅人がやってきました。旅人は誰とも話さず、ひっそりと宿に泊まっていました。
話吉は旅人に声をかけました。「どちらから来られたのですか?旅の途中ですか?」
旅人は迷惑そうな顔をしましたが、話吉は楽しそうに話し続けました。すると旅人の表情が、少しずつ和らいでいきました。
「実は...故郷で辛いことがあって、誰とも話したくなかったのです」
話吉は相槌を打ちながら、ただ楽しそうに聞いていました。
翌朝、旅人は笑顔で言いました。「あなたと話して、心が軽くなりました。話すって、楽しいものですね」
それから村人たちは気づきました。話吉が話すのは、自分のためだけではなく、相手の心を開くためでもあったのだと。
後に村では「話す門には福来たる」ということわざが生まれ、人々は言葉を交わす喜びを大切にするようになったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年11月13日09時05分に書く無名人インタビュー1198回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 青空 すみれ さんです!
年齢:20代後半
性別:SSJ
職業:無職
現在:かなり毎日充実して楽しいっていう感じ。
ベティ:今何をしている人でしょうか?
すみれ:今、特にお仕事とかはしていないんですけど、障害のある人たちが日中に通う施設に9月まで通っていたんですけど。その場所の利用が終了して、新しい別の事業所に通う準備をしているっていうことと、毎週の訪問看護、毎月2回くらいの頻度で精神科の診察を受けるのが今ですね。
ベティ:ありがとうございます。利用終了とは何でしょうか?
すみれ:事業の制度で、2年間の有効期限付きの利用なんですよね。利用期限が2年間っていうのが、一生のうちに2年間しか使えない。
ベティ:一生で、2年。
すみれ:そうですね。まだ利用期限が切れる前だったんですけど仮に同じ制度をもう1回使いたいってなった時に使えないと困るかなっていう判断で、こちらから利用を終了しようってお話で。
ベティ:そちらの事業所ではどのようなことをされて過ごされていたんですか?
すみれ:軽作業。
ベティ:どのような作業ですか?
すみれ:職員の人に指定してもらった物品の解体とか。ボールペンを組み立ててあるものを分解してとか。
ベティ:分解は何のためにするんですか?
すみれ:事業所を利用してる他の人がもう1回組み立てる作業をできるように。
ベティ:捨てるためとかじゃないんですね。
すみれ:そう思いますよね。
ベティ:他にどのような作業がありましたか?
すみれ:そういう物品の解体をするっていうのがメインだったんですけど、あとは職員の人とお話をしたり、あと事業所に置いてある物品とか事業所の配置を職員の人と一緒に確認している時間が結構ありましたね。
ベティ:事業所の配置っていうのは事業所そのものの住所上の配置なのか家具の移動、どちらですか?
すみれ:家具とかの移動。事業所の中のこの場所に棚があるとか、棚の中に何があるのかみたいなことですね。
ベティ:なるほど。目が不自由だと伺ったんですけれども、それについて教えていただけますか?
すみれ:今現在全盲で、光も含めて本当に何も見えていない状態です。
ベティ:今zoomのボタンを押されたと思うんですけど、どうやって押されたんですか?
すみれ:私MacとかiPhoneを使っているんですけど、スクリーンリーダーって呼ばれる画面の内容とか文字、チェックボックスの内容を音声で通知する機能があって、これを使って今ミーティングに参加しています。
ベティ:そうなんですね。いや、メールが返ってきてたのでどういう仕組みなのかなとは思っていたんです。
すみれ:わかんないですよね、初めてだと。メールを読み書きするのも、Macとかでは“VoiceOver”っていうスクリーンリーダーがあって、これを使ってメールを書きました。
ベティ:Macに機能があるんですか?
すみれ:Apple製品に“VoiceOver”っていうものがあって、Windowsだと、また別のMicrosoftが開発したスクリーンリーダーとかがあったりしますね。
ベティ:光の見えない、目が見えないというのはいつ頃からなのでしょうか?
すみれ:生まれた時から目は見えてないんですけど、ここまで全く見えなくなったのは、高校生ぐらい。
ベティ:なるほど。ちょっとずれてしまいましたので現在の質問に戻りますね。今生きてるご気分。どんな気持ちで日々を過ごされていますか?
すみれ:端的に言うと、かなり毎日充実して楽しいっていう感じ。
ベティ:充実。何で充実していますか?
すみれ:これ、過去のお話の時にも多分するかなと思うんですけど。精神科に通っていて、診断が変わった時期があるんですね。診断が変わってから、周りの人の私に対する接し方を私自身がわかりやすくなったっていうのが1つと、私がやりたいこと、やりたくないこととかを周りの人に伝える方法がわかったっていうか、伝えやすくなったかなって思いますね。それが毎日の充実に繋がってるんじゃないかなって。
ベティ:なるほど「私がわかりやすくなった」というのは、他者から理解されやすくなったということでしょうか?
すみれ:周りの人が私に話してくれる内容が、私が受け取りやすいものになった感覚。
ベティ:そういう物品の解体わかりました。事業所に行かれようと思ったのはどういうきっかけなんでしょうか。
すみれ:私が「ここ行きたい」って言ったわけじゃないんですけど、精神科で入院の治療をしていた時期に日中に何か活動があるって大事だよねっていうふうに、周りの支援をしてくださる人たちとか、医師の間でそういうお話になって、いつも私の生活の調整をしてくれる人が事業所を探してくれていて。9月まで通っていた事業所の当時の管理者の人が視覚障害の人に対応した経験があるっていうことで受け入れてみようかなっていうお話になった感じですね。
ベティ:話を変えますね。ご自身の趣味は何ですか?
すみれ:パソコンで動画を見たり、いつも支援をしてくれてる人たちに伝えたいことがある時に、情報を共有しやすい仕組みを自分で作っているんですけれど、それを改良することが、今の趣味。
ベティ:「情報を共有しやすい仕組み」って何かプログラムとか作っておられるんですか?
すみれ:プログラムを作って、Webブラウザから使えるようなものを作ってます。
ベティ:それは独学ですか? どうやって習われたんですか?
すみれ:独学+生成AIです。
ベティ:性格は人から何て言われてますか?
すみれ:「優しい」? えーなんて言われてるんだろう、記憶にないですね。
ベティ:ご自身ではご自分の性格についてどう思いますか?
すみれ:ちょっと今パッと出てこないです。
ベティ:お父さんやお母さん、友達、パートナーなど距離の近い人から性格について何か言われたことありますか?
すみれ:優しい。
ベティ:優しい。自分を家電製品に例えたら何だと思いますか?
すみれ:それはやっぱりパーソナルコンピューターじゃないですかね。
ベティ:例えば、自分を動物に例えたら何ですか?
すみれ:猫。
ベティ:猫。今お住まいのところはどこですか?
すみれ:南関東。
ベティ:いつから住んでらっしゃるんですか?
すみれ:生まれた時からずっとこの場所に住んでいます。
ベティ:今行きたいところはありますか?
すみれ:今行きたいところは八重山諸島です。
ベティ:買いたいものとかありますか?
すみれ:特にないかな。満足。
ベティ:最近見た映画とかドラマはありますか?
すみれ:ないですね。
ベティ:それは趣味としてないのか? ご自身の目を持ってして無理なのか? みたいなのはどちらですか? って言ったらどうでしょう。
すみれ:趣味じゃない。
ベティ:趣味じゃないだけ。
すみれ:はい。
ベティ:こういう事業所で別に他に行ってたことはありますか?
すみれ:ありますね。制度は違いますけど、日中に事業所に行くっていう行為をしてたことはあります。
ベティ:そうなんですね。事業所に行ってる時の気分ってどんな感じですか?
すみれ:必死。
ベティ: どういう気持ちなんですか?何かノルマがあるとかそういうことですか?
すみれ:事業所的には全然作業ができない時があってもいいし、リラックスしててもいいんですけど、家と違う場所に行くわけじゃないですか。そういう部分に対する緊張とかで、自分を保つのに必死みたいな感じ。
ベティ:気分を保つかんじが大変ってことでしょうか。
すみれ:気分を保つこと、状況を把握することとかがすごく大変だったので、要するに長い時間いることが出来なかった。
ベティ:先ほど視覚障害に対応された経験がある人がいる事業所だったと言われたことから、視覚障害以外の方も通っておられるという理解で合ってますか?
すみれ:9月まで通ってた事業所は視覚障害に関係なく、色んな障害、主に精神・知的障害の方が通ってるんですけど、もう1つ前に通ってた事業所は基本的に視覚障害の方に特化していて、プラス視覚障害に重複した障害を持つ方とかが通っていらっしゃる事業所でした。
ベティ:次はどんなところに行かれるんですか?
すみれ:今準備をしている事業所の話ですよね。その事業所も通所、事業所に通ってお仕事をするっていう方法もあるんですけど、私がその事業所に興味があるのは、在宅支援っていって通所ではなく、おうちにいながらにして作業をするっていう仕組みを取って、事業所に通いにくい人たちも受け入れてる事業所なので。
ベティ:事業所に通ってる時は必死ということはこう、そんなに楽しめてなかったということなんでしょうか?
すみれ:楽しかった時間がゼロってわけじゃないんですけど、どちらかというともう一生懸命で楽しむっていう余裕がなかった。
ベティ:そうなんですね。
過去:暗黒期。
ベティ:これから過去のことを伺いますね。子供の頃はどんなお子さんでしたか?
すみれ:自分としては日常生活がうまくいかない部分がたくさんあったような気がしていますが、周りの人的にはすごくできる人って思われていたと思います。
ベティ:それは大体何歳ぐらいの頃ですか?
すみれ:小学生。
ベティ:小学校はどのようなところに行かれたんですか?
すみれ:小学校は視覚障害特別支援学校、いわゆる盲学校の小学部。
ベティ:それはどういう勉強をするんですか?
すみれ:色んなお子さんがいるので、その子に合わせたお勉強をするっていうのが中心なんですけど、私の場合は一般の小学校と同じ教科書を使って、内容は全て点字になってるんですけど。それを使って一般の小学校とほとんど同じ内容を。
ベティ:ご家庭でこんな風に育てられたみたいなのはありますか? 教育方針とか親のスタイルとか。
すみれ:やりたいことはやっていいよっていう。
ベティ:小学校っていうのは自分で歩いていくんですか? 親が送っていくんですか?
すみれ:学校が普通の小学校と違って遠いのでスクールバスがある場所まで家族と一緒に行って、バスに乗ったらあとはそのまま学校に行くのが登校で、帰りはスクールバスではなくて、送迎をしてくれる事業所の車で放課後支援をしてる事業所に移動して、事業所で家族の迎えを待つみたいな。
ベティ:いわゆる学童的な?
すみれ:そうです。
ベティ:学童はどのような子どもが来てたんですか?
すみれ:いわゆる一般の小学校から来る。特に障害とか関係なく普通に過ごしてましたね。
ベティ:学童に通われることは誰が決められたんですか?
すみれ:母親が決めました。
ベティ:中学校はどこに行かれたんですか?
すみれ:同じ学校に中学部があるんですけど、別の学校に行きたいと言って受験をして、別の学校に行きました。
ベティ:どのような学校に行きたかったんですか?
すみれ:私が小学校の時にいた学校は一般の小学校・中学校の教科の勉強ができる子どもが、1学年に1人か2人か、全くいないこともあって、教師とマンツーマンみたいな授業になることもあるんですけど、私が受験をした学校は全国から中学部に子どもたちが集まってきていて、1クラス12人で、その12人の中で主に点字を使用する生徒6名と普通の文字(墨字)を使う生徒6名と分かれて授業をする。だから、教師とマンツーマン授業ではない。
ベティ:教師とマンツーマン授業がしたくなかったというのもあるんでしょうか?
すみれ:ちょっとしんどいなって思っていたのがありました。
ベティ:この中学校はご自宅から近いんですか?
すみれ:めちゃくちゃ遠い。
ベティ:どのように通われていたんですか?
すみれ:電車を乗り継いで、平日は寮生活。
ベティ:寮生活はいかがでしたか?
すみれ:ちょっと大変すぎました。
ベティ:それは物理的にか精神的にか、どちらでしたか?
すみれ:ダブルで。
ベティ:どのような点で大変でしたか?
すみれ:用意されているお部屋が個室ではなかったので、一緒の部屋の人に対する気遣いとか、小学校の時の学校とあまりに雰囲気が違いすぎて、ちょっとついていけなかった。
ベティ:雰囲気はどのように違うんですか?
すみれ:私が小学生の頃にいた学校っていうのは、中学部から高校まで進学した後、就職してもいいし、大学に進学してもいいし、福祉的就労でもいいし、本人の適性とか希望に合わせた進路を探すっていうのがあったんですけど、中学部で進学した学校では基本的には進学だけみたいなイメージが私にはあります。
ベティ:受験があるっていうことですね。
すみれ:そうですね。高等部に入るのにも受験が必要だし、高等部で進路を決める段階になったら就職や福祉的就労は基本的に除外されて、進学のみ支援する、みたいなイメージですね。
ベティ:それは進学されるまでご存じじゃなかったんですか?
すみれ:そこまでとは思っていなかったですね。
ベティ:親御さんも知らなかったんでしょうか?
すみれ:分からない。
ベティ:就職や福祉的就労が進路支援から除外になるということを知った後はどう思われましたか?
すみれ:もちろんそういう学校はあっても良いとは思うんですけど、私はちょっと場所を間違えちゃったかなって。
ベティ:その後高校生になっていくにつれてどうなっていくんでしょうか?
すみれ:受験をした学校っていうのは入学から8ヶ月ぐらいで転校、小学部の頃にいた頃の学校の中学部に戻りまして、高校は同じ学校の高等部に進級しました。
ベティ:何かクラブ活動とかしていましたか?
すみれ:全くやっていなかったです。下校の時間までいられなくて1人で先に帰っていたので。
ベティ:それはどのような動機から?
すみれ:元の学校に戻ってきてから学校の中で気持ちが乱れたり、行動が乱れたりする場面が多数あるようになって、それが午後になると目立つよね、じゃあ給食食べたら帰ればいいんじゃない?っていうので中学部の2年生頃から高校卒業するまでずっと。
ベティ:気持ちが乱れる時って何を考えていたか覚えていますか?
すみれ:全く覚えていないですね。
ベティ:アッパーに乱れているのかダウナーに乱れているのかどっちなんですかね。
すみれ:どっちも。
ベティ:親御さんはどのように仰っていましたか?早上がりすることに対して。
すみれ:特に嫌だとか言ってなかったと思います。
ベティ:10代は自分にとってどんな感じでしたか?時代として名前を着けるなら。
すみれ:暗黒期。
ベティ:どういう出口を求めていましたか?暗黒の中から光を求めていたとしたら何が光でしたか?
すみれ:冒頭でお話しした精神科の診断が変わったことかな。
ベティ:精神科はいつから行かれていたんですか?
すみれ:受験をした学校に在学していた段階で児童精神科っていう子どもを専門にしているところに行って、高校生ぐらいになって一般の精神科に移行して以降ずっと精神科。
ベティ:児童精神科に行っていた時の気持ちってどうですか?
すみれ:何が起こっていたか分かっていなかったですね、あの頃は。
ベティ:お薬も処方されていたんですか?
すみれ:色々。
ベティ:一般の精神科に移られて、その時のご気分はいかがでしたか?
すみれ:個人のクリニックに行ったんですけど、お医者さんが変わった方っていうかお話ししにくい方で、困りごととか相談ごとをしに病院に行くはずなのに、病院に行くことが嫌で嫌で嫌で病院に行くことで具合悪くなりそうみたいな。
ベテ:お医者さんを変えたりとかって出来るものなんですか?
すみれ:出来ますね。私が高校を卒業するまでそのお医者さんのクリニックに行っていて、その後1回目の入院をすることになってその時にお医者さんが変わりましたね。
ベティ:入院ってどのくらいの期間だったんですか?
すみれ:3ヶ月。
ベティ:その時ってどうでしたか?
すみれ:この後多分お話しすると思うんですけど2回目の入院とは違って精神科だけの病院だったっていうこともあって過ごしやすかった。
ベティ:それは何歳ぐらいの時ですか?
すみれ:学校を卒業する卒業式の週に入院をしたので、18歳かな。
ベティ:その後、進路としてはどうなったんですか?
すみれ:退院をしてからしばらくはどこか日中に活動する事業所に通うっていうことはしてなかったんですけど、私がそういうことをしなきゃいけないんじゃないかって焦る気持ちになったので、じゃあって言って、1箇所目の事業所に通い始めて、その事業所に通っている期間が続いて、精神科の病院が変わるタイミングがあったんですね。お薬の調整を色々していく中で使っていたお薬の影響だと思うんですけど、とっても具合が悪くなってしまうことがあって、2回目の入院に行ったり、で、2回目の入院で精神科の診断がこれまでと大きく変わることになります。
ベティ:2回目の入院で診断が変わったことを知った時どういうお気持ちでしたか?
すみれ:やっぱりそうだったかみたいな。
ベティ:ハッピーとかアンハッピーで言うと、どうでしたか?
すみれ:ハッピー。
ベティ:それで、どうなっていったんですか?
すみれ:診断が変わる前は適応障害っていうストレス性のものっていう診断だったんですけど、診断が変わって以降は広汎性発達障害、いわゆる自閉スペクトラム障害とかっていう診断になったので、苦手な部分とか今までちょっとやりにくいなって思ってた部分が私の性格とか経験値の少なさによるものってよりは脳機能の特性によるものなのかなっていうことで自分の考え方的にも過ごしやすくなったかなと。
ベティ:例えば前の診断が出てた時はご自身のことをどう思われてたんですか?
すみれ:ストレスとか苦手なことをうまく処理できない自分に問題がある。自分自身の思考とかそういう部分に問題があるって思っていたのでかなり苦痛。
ベティ:そこで自閉スペクトラムに診断が変わって脳機能の特性の問題なんだって分かってどう思われましたか?
すみれ:苦手な場面とかに無理に慣れる。無理にっていうか、何の対策もなしにというか、回数を重ねて慣れるとかそういう手荒な手段ではなくて、何が苦手で、どんな対策が出来るかっていう計画をした上で苦手に挑むっていう方法、対策をを立ててもいいんだって思えるようになったので、それが一番良いかなと。
ベティ:ご家族は何人家族ですか?
すみれ:3人。
ベティ:どのような構成ですか?
すみれ:私の兄と母親、あと私。
ベティ:お父様は?
すみれ:どうなったんでしょうね。私も分かんないんですね。
ベティ:じゃあお会いになったことはないんですか?
すみれ:記憶にないですね、はい。
ベティ:なるほど、生きていることは知ってるんですか?
すみれ:分かんないですね。母親は知ってるのかもしれないですけど、私は知らない。
ベティ:それは聞きたくないとか聞きたいとかで言うとどうですか?
すみれ:別に聞かなくていいですね。
ベティ:お兄さんは目のほうははどうなんでしょうか?
すみれ:目も身体も知的も精神ももう何の問題もない普通の人です。
ベティ:一緒に遊んだりしましたか?
すみれ:最近になって色々お話をしたりするようになったんですけど、小学生の頃とかは彼が私を嫌って思っていたみたいで、ちょっとあんまりお話できなかったかなっていうイメージですね。
ベティ:嫌がられていたのはなぜなんでしょうか?
すみれ:障害のある人っていう存在が彼にとって未知だったとか、接し方が同じ家族だとしても分からなかったとか、そういう部分があったんじゃないかな?
ベティ:何歳差ですか?
すみれ:ひとつ。
ベティ:あ、年子さんなんですね。
未来:年を重ねるにつれて生きやすさが増していくのではないかという期待を持って。
ベティ:じゃあ未来について伺っていきますね。すみません、今おいくつでしたっけ、20代とか30代とかでいうと。
すみれ:今、20代、25歳。
ベティ:20代から5年、10年、20年、30年、自分が死ぬまでを考えたうえで、未来ってどういう風に考えてますか?感じてますか?
すみれ:年を重ねるにつれて生きやすさが増していくのではないかという期待を持っています。
ベティ:それはなぜそういう風に感じるようになったんですか?
すみれ:生きやすくなっているって感じるのが、今現在進行形なので、それが継続するといいなぁという。
ベティ:ということは、事業所が変わったというか、変えていって今在宅支援系の事業所での活動が始まるっていうのが関係あるんでしょうか?事業所での活動内容が変わってることとは関係ありますか?
すみれ:あります。
ベティ:それは自分の希望で変えていっているのでしょうか?
すみれ:自分の希望っていうこともあるし、事業所側の都合もあったり、事業所に通うタイプの事業所を利用すると事業所が送迎をする場合もあるんですけれど、別に移動のための事業所を手配しないといけなかったりもするのでそういう色んな都合、事業所都合で変わるっていうこともあったり。
ベティ:お医者さんから「こういうのに行ったらどうか」みたいな事業所を選ぶにあたっての助言を言われることはあるんですか?
すみれ:具体的なこういう制度の〜とかは言わないですけど、こういう雰囲気の、とか、こういうタイプの事業所があるといいのかな?みたいなことを、いつもメインで私の生活を組み立ててくれている人にアドバイスをすることはありますね。
ベティ:ということは、すみれさん自身が事業所とか自分の生活を自分の周りの状況もありながら、自ら自主的に変えて選んでいっていらっしゃるということであってますか?
すみれ:そうですね。そうしたいと思って色々希望を伝えたりしています。
ベティ:生きやすさが増していったとして「生きやすい状態」って未来にはどのようになっていたらいいですか?例えば、視覚障害の方に対する手術を開発してほしいとか、そういうご自身の理想でいいですよ。
すみれ:そうですね。まぁ特に。
ベティ:ものすごい機械が出来て全部見えるようになるとか、例えばですね。
すみれ:ロマンがありますね。そうですね、ちょっと現実的な話をしますけど一人暮らし。一人暮らしというか、今住んでいるお家じゃないところで、家族と離れてもなお楽しく、楽しくというか生きやすく過ごしていけるようになるといいんじゃないかと。
ベティ:一人暮らししたいっていう理由は何なんでしょうか?家族と離れたほうが楽しい、生きやすいという意味でしょうか?
すみれ:私が死ぬまでずっと家族と暮らしていたいっていうのは、それは当然というかそういう風に思うんですけど、それは現実的ではないので、家族がまだ元気なうちから家族と離れた暮らしを始めるっていうことが出来る。暮らしが安定していると家族も安心できるんじゃないかなって。
ベティ:もしもの質問っていうのをしますね。さっきのとちょっと関連するかもしれないんですけど、時間や余裕がもう夢のように出来るとしたら何をしたいですか?
すみれ:先ほどお話しした情報を共有しやすい仕組みっていうものの開発を、ずっとやりたいですね。
ベティ:それは、どういう動機でしょうか?
すみれ:もっとユーザーインターフェースをもっとそういう物品の解体わかりやすくしたいとか。
ベティ:お金も儲かると思うんですよ。そういうシステム作れたら、皆さんに役に立って、例えば役に立ちたいという気持ちが強いとか、お金も儲けたいとか、システム開発がどんどん良くなっていく上で、目に見えない報酬でもいいですけど、システム開発の先には何があると思いますか?どのような報酬があると思いますか?
すみれ:このシステムは私に関連しない第三者に使わせることは全然想定していないので、お金が儲かるのかどうかっていうと、私がお金を支払うサービス利用料として支払う側で、まずお金でいうとそういう感じなんですけど、私に関する情報が一元化されて、私に関わる人がそこを見れば私に関することはわかるっていう風になると、それは私にとっての報酬ですね。
ベティ:それはひょっとしてこのインタビューを受けてくださったのもその一元化の一つなんでしょうか?
すみれ:あ、そこまで考えてなかったんですけど、それもアリですね。
ベティ:なるほど。最後に言い残したことは?っていう質問がありまして。遺言でもいいですし、記事を読む読者へのメッセージでもいいですし、独りごとでもいいです。インタビューを受けた感想でもいいですし、最後に言いたいことをお願いします。
すみれ:私、今ここまでお話ししていって、精神科の診断が変わったっていうことがものすごくこう、良いことだという風に感じていて。もっと早く学齢期のうちに診断されていたら、どんなふうに生きやすかったのかなっていうことを考えたりするんですけど。診断が今変わったっていうのが事実なので、これから先、もっと生きやすさに磨きをかけていきたいなって思っています。
ベティ:いい言葉ですね。ありがとうございます。最後、インタビューを受けてみた。感想をもしいただけたら嬉しいです。
すみれ:実は2回目なんですけど、やっぱり楽しい時間ですね。
ベティ:ありがとうございます。どんな点が楽しいですか?
すみれ:こんなに自分のことを話せる時間って、日常ではそうない。もちろん文書とかで共有する時間はあるんですけど、話すっていう部分はないので。話すっていうことが、私にとっては楽しいですね。
ベティ:ありがとうございました。
【インタビュー:リアル孟母ベティ】
【編集:さめこ】
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
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