「令和の虎」で資金調達し出版する「宗教2世」の人
あなたの夢って叶ってます? 叶えられています?
無名人インタビューは人物インタビューという企画上「夢は叶えられましたか?」「どんな夢がありますか?」みたいな質問をしがちです。
でもね、たくさんの人の話をお伺いしまして私qbcはこう思うんですよ。
「人間の夢が叶うかどうかは偶然だと。もちろん、能力や蓄積は必要です。めぐってきたチャンスを掴むことも必要です。でも、それよりも、そのチャンスがまわってくるかどうかってことのほうが大きい。そして、このチャンスの絶対数が世界に少ない」
で、そのチャンスを掴んだ人をあがめる。有名人にする。知名度を上げる。
でも、そのチャンスがまだめぐってきていないが、しっかりと実力のある人たちもいます。
『人は見た目が9割』という本がベストセラーになりました。第一印象はずっと残るものです。これは生物的にどうしようもない。
インタビュアーにとっても、この「第一印象の呪い」は厄介な存在です。「この人はこういう人だ」という思いこみが変な誘導質問をしてしまいかねない。その人らしさを見つめる目を濁らしてしまいます。
で、「知名度」もこの「第一印象」を構成する要素のひとつになります。
有名だからすごい、無名だからすごくない、という明瞭な線引きをしがちです私たちは。
確か「秒速で1億円を稼ぐ男」も稼ぐよりも稼いでいる雰囲気のほうが大事って言ってましたよね。
このような本人が言ったか言ってないか分からないことを流布させちゃいかんて!
ということで、今日の無名人インタビューもよろしくお楽しみくださいませ!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは臼井正己さんです!
現在:こういう人がまだ世の中にいるんだと、こういう人にメッセージを届けることができれば、「無印本命」という概念はやはり喜んでもらえるんじゃないかと再認識をしまして。
qbc:今何をされてる人でしょうかね?
臼井:昨年の10月に「令和の虎」というYouTubeのチャンネルに189人目の志願者として出演しました。ちなみに「令和の虎」ってご存じですか?テレビ番組で「マネーの虎」というのがあったんですけど、その「マネーの虎」に出ていた岩井良明社長がYouTubeで同じような企画を令和元年にスタートさせました。だから「令和」の虎。
内容としては夢とかアイディアや事業計画はあるが金のない志願者が金を持っている虎の前でプレゼンをして資金調達をして自分の事業なり夢を実現していくという番組です。
その番組に出て、一応資金調達には成功しました。僕はどういう内容で出たかというと本を出したいということで出たんですね。
臼井:それが『夢をかなえるもう』っていう、『夢をかなえるゾウ』のパクリみたいなタイトルの本なんですけど。これには意味がありまして、「もうそろそろ夢を叶えようぜ!」というメッセージがあるんです。
『夢をかなえるゾウ』の方はガネーシャっていうゾウの神様が出てくるんですけど、こっちはゾウに対抗して牛さんの方のモーです。だから表紙は牛が描いてあります。なので、ちょっとパロディーというか、タイトルはもじりなんですね。
で、そこに僕を含めて12人の著者の人が載っているんですよ。
どういう人が載っているかと言うと、「無印本命」の人。まさに今回のインタビューが、無名の人にインタビューする企画じゃないですか。
僕がやっているのが「無印本命プロジェクト」って言いまして。「今は無名で世間的には無印つまりノーマーク、誰も知らない、相手にされていない、けれども心の中では自分がナンバーワンと思っている、すなわち本命ですね。そういうふうに自分は二重丸だと思っている人を「無印本命」と定義しています。そういう無印本命の人を応援するプロジェクトが「無印本命プロジェクト」です。
それを2008年からやっていたんですが、知らないですよね?
もちろん、僕の周りでは知っている人はいますけど、世間一般で認知度が極めて低いということで、当時チャンネル登録が10万人ぐらいだったのが、今64万人まで行っている「令和の虎」に出て売名と資金調達までできたのが去年の10月でした。
qbc:結局、今は何をしている人なんですかね?
臼井:本の制作をしている人ですね。そして、これからは本を販売をしていく人になります。
qbc:本はもう出来上がったってことですかね?
臼井:9月の末に完成(10月4日に納品、ネット書店の無印本命書店、岡崎市ホリホック書店で好評発売中!)です。ちょうど昨日ぐらいに印刷に入りました。
qbc:おめでとうございます。
臼井:ありがとうございます。
qbc:どういうきっかけでその本を作られたんでしょうか? 2008年から準備してたんですかね?
臼井:いえ、2008年の10月20日に開業届を出して無印本命プロジェクトを個人事業主として始めたんですね。で、無印本命シリーズの本を過去に3冊出しました。
ただ、あんまりうまくいかなくて、2013年をもってプロジェクトが一旦終了して、2014年からは個人の活動に戻っていたんですね。
ところが、stand.fmっというライブ配信アプリがあるんですけれども、そこで知り合った鶴田有哉さんという方がいらっしゃって、この方が『無印本命3』を読んでいただいて「僕こそ無印本命なんです」という感じで、すごくその無印本命という考え方に共鳴してくれたんですよ。
僕としては、無印本命ってのはあんまり世間に受け入れられなかったから、もう、ちょっと終わった話かなと思ってたんだけれども。いわゆるペルソナっていうか、こういう人が世の中にまだいるんだと、こういう人にメッセージを届けることができれば、無印本命プロジェクトは、やっぱり喜んでもらえる活動なんじゃないかと再認識をしたんです。
それで2021年からオンラインサロン無印本命というのを始めました。他にnote、まさに今回もnoteでインタビューがアップされていると思いますけど、noteで無印本命2021を書いたりとか、いろいろやって。その流れで、やっぱり紙の本が出したいということで、8月に応募して9月に収録で10月に配信っていう、そういう時系列ですね。
qbc:その他はお仕事されてないですか?
臼井:今はしてないですね。
qbc:経済的にはどうやって生活されているんですか?
臼井:そうですね、元々さっきの「令和の虎」の結果がですね1週間で800冊の予約注文を取れれば100万円が出るという条件付allだったんですね。
本来は僕のプランに対して虎がお金をちゃんと出せばそれで成立したんですけど、僕の場合はちょっと売れるかどうかわかんないから予約注文を取ってみようということになったんです。
qbc:私の質問は、今ってどうやってお金を調達して生活されているか、ですね……
臼井:元々のわずかな貯金があったのと、ちょうど今月からですね、本の予約販売がスタートして既に売り上げが立ってますんで、その入金がもう今月末にもありますので、それで回っていきますね。
qbc:本を作るお金が調達できていたら「令和の虎」に出てはいなかったんですかね?
臼井:いや、逆ですね。「令和の虎」に出ることによって無印本命プロジェクトという誰も知らないプロジェクトが認知されるので、その売名目的で出ました。だからお金の有無とかは関係ないです。
qbc:お金はそんなに関係ないってことですね?
臼井:そうです。要は誰も知らない状態なので宣伝が必要になります。「令和の虎」を僕は第1回からずっと見ていましたから視聴者としては結構熱心な視聴者だと思うんですね。で、いつかこれに出たいなとつねづね思っていたんですよね。
そしたら、ちょうど去年のお盆に今回のプランを思いついて、即志願して出演に至ったということです。
もしNothingって形でうまくいかなかったら、クラウドファンディングをやることも当然視野には入ってましたけど、一応うまくいったんで、おかげさまで、ちょうどいい感じにはなっていますね。
qbc:本作りとしては2008年からされていますが、このタイミングで特別な本にしたい、というようなイメージはあるんですかね?
臼井:僕は商業出版って形で書店に並ぶ本ももちろん作っていたんですけども、無印本命シリーズに関しては、過去の3作は書店には並んでいないんですね。
安く作った分、大きく広がっていないというか。本当に地下1階いや地下2階地下3階みたいな話。地下アイドルとかいると思うんですけど、本当にマイナーな感じで。身内というか本当に小さなコミュニティでやってたので趣味みたいなものだったんですね。
結果、歳月だけ過ぎていって、特にプロジェクトも広まることもなく、結局何やってるかわかんない状態だったんですけど、さっきも言った鶴田さんっていう方と出会ったことによって変わりました。彼も僕の提案で「令和の虎」には結局出た人なんですけれども、やっぱり世の中にはこういう考え方に共鳴する人がいるんだってわかったんで、ちょっと、もう趣味とかじゃなくて、本気でこの概念も認知させてですね、そういう人たちと繋がって、そのムーブメントを起こしていこうと、そういうふうに本気になったっていうのが正直なところですね。
qbc:令和の虎で資金調達して、今までとは違う特別仕様になっていますか?
臼井:ページ数が多かったりとか、編集が今まで以上にちゃんとされていたりとか。表紙もかっこいいですし、いわゆる普通に書店に並べて他の本と並んでも引けを取らないような、そういう載った側の人も嬉しいというようなレベルになっています。
qbc:今回の本は、流通に乗るんですか?
臼井:最終的にはそうします。ただ今回初版の1,200部に関しては、注文いただいた方にお届けするだけなんで、9月末に完成する分は、まだリアルの書店には並ばないです(岡崎市ホリホック書店のみ販売中)。
ただお届けすることによって、実際にお金をいただけますので、そのお金で増刷したり書店流通版を作り直すビジョンはあります。
ちなみに去年の10月13日から20日までの間に1061冊の予約注文が入りました。
qbc:ちなみに、趣味は、どんな趣味をお持ちなんでしょうか?
臼井:趣味は読書と、中日ドラゴンズ応援することと、あとはまあTwitterです。
qbc:SNSはTwitterだけですか?S
臼井:今特に時間割いてるのはTwitterで、FacebookとかTikTokとかInstagramもやってますけど、趣味っていうことになると、要はビジネス関係なしで純粋に楽しんでやってるってことを考えると、Twitterに時間割いてます。
qbc:読書はどんな本を読みますか?
臼井:読書は基本ビジネス書とか自己啓発が中心です。小説もちらほら読みますが
qbc:最近読んだおすすめの本はありますか?
臼井:小説だったら中山七里さん。コンビニでたまたま買って、映画にもなってるけど、『護られなかった者たち』へっていう本が良かったですね。あとはマキタスポーツさんの『雌伏三十年』
qbc:ドラゴンズファンはいつ頃からですか?
臼井:僕、今46歳なんですけど、優勝した昭和57年からファンですね。
qbc:中日と言えば落合さんっていうイメージがあるんですが。
臼井:僕は、選手落合と監督落合は高く評価してますね。GMとしては活躍出来なかったのは残念です。
qbc:あ、GM時代があったんですか?
臼井:2011年に優勝したのにクビになって翌年から監督が高木さんになって急に弱くなったんで次の監督に谷繁さんが就任した2014年秋にGMとして戻ってきました
qbc:Twitterは、どういう楽しみ方をされてるんですか?
臼井:やっぱり交流ですよね。特に最近は、企業の広報の人とかが、Facebook並に実名でTwitterとかをやってるんですね、顔出し実名で。
もちろん匿名でやってるTwitterの人との交流はありますけど、ちょっと得体が知れない人とかよりは、やっぱね、顔出しとかでやってる人は変なアンチにも絶対ならないので。
そういう人たちもどんどん増えてきて、本当にマイメディアみたいな感覚で使っています。
メディアとしてはブログもやったりはしてたんですけど、ブログは書こうと思うと結構、時間とか労力がかかるじゃないですか。
その点でTwitterは気軽だし、本当にフォロワーさん1人当たり1日2分とか3分割くだけでも十分交流できますからね。やっぱり時間的にも効率いいのかなってのもあってガッツリやっています。
僕の場合、ネットで繋がった人とリアルで会ったりとかも普通にする人でイベントとかもやったりするので、Twitterは趣味と仕事の実益を兼ねてるっていうか。だから本当にもうそれこそ24時間Twitterだけやっててもいいぐらいですね、他は何もしなくても。
qbc:性格について、周りの人からどういう性格だと言われていますか?
臼井:ちょっと馬鹿正直すぎるので、もうちょっと大人になった方がいいよとか。
直球勝負で、思ったことをズバズバ言うタイプなんで。それがなんか、配信とかで言うと視聴者の人は喜んでくれたりするんだけど、実際それがリアルな知り合いとかになってくると、ちょっとグサッと刺さってしまって傷つけてしまうってことはしばしばありますね。
qbc:今まで失言で失敗されたこと、例えば?
臼井:大失敗したのはね、幻冬舎のKさんって人に嫌われてしまったっていうのが、結構、仕事に影響ありましたね
qbc:Twitterで?
臼井:いや755というアプリです。2015年の正月に「AKBとも話せるようになった」というCMを大量に流したんで記憶にある方もいると思います。今はあまり使っている人いないですけど……。
僕も一応、出版業界には片足を突っ込んで生きてきました。それでKさんのことはリスペクトしていました。大御所ですから。そしてMさんという今は有名な編集者がまだ双葉社にいた頃に僕とMさんはKさんのトークルームで結構かわいがってもらっていたんですね。
でも、ちょっとまあボタンの掛け違いみたいな感じで怒らせてしまって今はブロックされています。
qbc:臼井さん、ちなみに、Kさんに何て言ったんですか?
臼井:僕は元々Kさんを尊敬はしてたんですけど、でも755とかで彼の発信を見てると、ちょっと何か違うかなって部分もだんだん出てきたりとかして。致命的な一言は、Kさんの会社って、幻冬舎以外に、幻冬舎ルネッサンスっていう自費出版を請け負う会社をやっているんですね。幻冬舎の本体とは別のグループ会社で。
で、自費出版業界の裏側を書いた百田尚樹さんの『夢を売る男』って本が、元々は太田出版って出版社から出たものが、幻冬舎文庫に入ったんですよね。
その時、僕質問したんですよ。「いや、御社も似たようなサービスやってるのに、この本、幻冬舎文庫に入れていいんですか?」って話をしたら、何かそれでブチキレられた感じですね。
要はその『夢を売る男』ってのは、自費出版業界の裏側を暴いた暴露本ということで実話に基づいた話でフィクションなんですが文芸社とか新風舎とか碧天舎とか、その辺がモデルになっているんです。
直接幻冬舎のことではないんだけど、その幻冬舎ルネッサンスって会社が文芸社と全く同じことをやっていて、僕の知り合いが騙されたと言って裁判沙汰になりました。
qbc:出版社から夢を見させてもらったというわけですよね?
臼井:そうそう。洗脳というかね、それが解けて裁判沙汰にもなった知人がいるから一言言わないと気がすまなかったんですよね。
実際、1150部作るのに車が買えるくらいの金額の250万円くらい出しているんですよ。100万円出せば1000部刷って書店に並べてくれる自費出版の会社はたくさんあります。それが250万円てぼったくりですよ。もちろんKさんやMさんが編集してくれるなら話は変わりますがそれはないので、小説に描いてあるように、やはり素人の夢を食い物にしていると思っちゃいますね。
qbc:なるほど。話は変わりますが、御自身では、自分の性格についてどう思われますか?
臼井:なんか本当に、良くも悪くも嘘がつけないというか。正直言って馬鹿正直というかね、社交辞令が通用しない。
qbc:周りから言われる性格と、自分で思う性格、けっこう一致してますかね?
臼井:裏表がないとは、よく言われますね。もうちょっと大人になった方がいいよと、時と場所をわきまえて発言したりとか。思ったことをすぐ言うんじゃなくて、ちょっとオブラートに包んでいった方がいいよって。
そのまま言ったら、それが本当のことであっても、相手がどういう気分になるのか考えなさいとかって言われますね。
qbc:なるほど。そうですね。
でも、Kさん程の大物だったら、言ったことを受け止めて欲しかったなって感じですよね。
臼井:そうそう、器がちっちゃいなと思いましたけどね(笑)。
過去:何か自分がお祈りをしてるから勝つとか、あと94年の10.8決戦なんかも、本当に絶対駄目なところから最終決戦までいったってのも、あれもお祈りの力と思ってたんです。
qbc:子供の頃はどんなお子さんでしたか?
臼井:僕、いわゆる宗教二世信者なんですよ。S会の親と祖父母のもとに生まれたガチのS会信者で。親がやってたからやるということはもちろんあるんだけど、自分も結構熱心にやってたんですよ。
qbc:何歳ぐらいまでですか?
臼井:物心ついた頃から20歳まで。大学もS会の会長が創設したS大に行っているんですよ。
だから、よく親がやってるからとりあえず形だけやってるっていう2世信者が多い中、自分で選んでS大に進学するぐらい、当時は熱心な信者だったんですよ。
ところが、さっきのドラゴンズの話と繋がるんですけど、96年の10月6日にドラゴンズがジャイアンツに負けて、ジャイアンツがメイクミラクルってことで優勝して、ドラゴンズは優勝できなかったんですね。その日にS会をやめました。
qbc:どうしてですか
臼井:要は、僕はそのS会の信心というか、その信仰のおかげで人生うまくいってると思って生きてきたんですねその日までは。
でも、大学受験で第1志望の東大には受からなかったんです。この大学受験に失敗した頃ぐらいからちょっと信仰に疑問を感じ初めていました。祈っても願いが叶わないじゃないかと思うようになったんです。
不思議な話なんですがドラゴンズってすごい大逆転とかしてたんです。ナゴヤ球場で8対0から、中村武志のホームラン2本とかで、8対9で巨人に勝ったこともありますし、ノーヒットノーランされそうなところから落合のサヨナラスリーランで勝ったりとかね。そういうのも全部すごい曲がった話なんですけど何か自分がお祈りをしてるから勝ったと思ってたんです。あとは94年の10.8決戦なんかも、本当に絶対駄目なところから最終決戦までいったってのもあれも自分のお祈りの力と思ってたんです。
で、94年も優勝できなかったし96年も優勝できなくて、これでもう、祈っても願いは叶わないと洗脳が解けました。それでS会を10月にやめ春に大学も中退しました。
qbc:なるほど。物心ついたくらいの頃の性格はどうでした?
臼井:ジャイアンみたいな感じでわんぱくでしたね。ガキ大将でした。
2学年上の兄がいて、やっぱり兄の友達とかと遊んでいることによって、同級生の中に入るとやっぱりね、上の子たちと遊んでるから、下の方が幼く見えてくるし。その上のところでもまれてるから。あと4月生まれってのもあって、成長も早かったですから体力もあるし。で、勉強まあまあ出来てましたし、口も達者だし腕白でリアルジャイアンみたいな。
qbc:割とリーダーシップをとって?
臼井:そうですね、小学校の頃は生徒会の副会長もしていましたね。会長になりたかったんですが落ちました(笑)
中学に入るとちょっと変わるんです。それがなんかやっぱ先輩とかにいびられてね、ちょっとおとなしくなりました。かわりに勉強を頑張ってジャイアンから一転し学年1位の常連になりました。
qbc:高校になってくるとどうでした?
臼井:高校は灰色ですね。田舎の中学で頑張って学年1位になったから地域No.1の進学校に行ってしまったもんだから。もうなんていうの、友達もあんまりいないし、勉強ばっかりですね、暗黒の高校時代ですか。
qbc:中高、なんか部活みたいなのは入ってました?
臼井:中学では野球部で副主将してましたが高校は帰宅部です。部活なんかやっている暇がない、とにかく学校の勉強ついていくので精いっぱいでした。
qbc:高校は、どういう経緯でその進学校を選ばれたんですか?
臼井:これもね、面白かったのが、ウチは貧乏だったんで滑り止めとかは基本的には受けられなかったんですね。で、僕は三重県出身なんですけど、当時学校群制度っていうのがありまして第2学校群とか第1学校群という形で地域のナンバーワンの公立高校を受けるんです。合格者は抽選で群の2校に振り分けられるんです。僕の母校の津西は今は津高校より偏差値は低いですが当時は全く同じでした。同級生は現役で東大や京大に受かっていますし模試の成績では僕も彼らと同じか上だったこともあります。第1志望の東大に受からずS大に進学したのは先程言った通りです。
僕は第2学校群のみを受験して落ちたら大相撲に進もうと真剣に考えていました。
qbc:相撲ですか?
臼井:はい、僕は相撲が強かったんですよね。だから受かったら勉強の方をとると。受からなかったらもう学歴を捨てて、大相撲に入ろうと。
千代の富士みたいな感じで、デブとかじゃなくてなんか筋肉質って感じです。背筋力は260キロありました。プロ野球選手でも背筋力260はなかなかいませんよ。
qbc:それは、すでに声をかけられたりしていたんですか?
臼井:いや、全く全く。もうど田舎だから。ただ、小学校6年生の時に、わんぱく相撲で全国大会に行った同級生のI君より僕の方が強かったですね。
qbc:随分と極端な選択肢ですね。
臼井:今、思えばそうですね。学校群に進学して東大か大相撲に入って横綱か。自己肯定感は高かったと思います。田舎だったのでお山の大将だったのだと思います。
qbc:なるほど。ご家族との関係っていかがでしょうか?
臼井:最悪ですね。
S会では、「一家和楽の信心」って言って、要はやっぱ信仰やってるから、家族みんなで仲良くしましょうっていうようなスローガンを掲げてお祈りをするんだけど、毎日親は夫婦喧嘩していました。で、両親両方共に中卒だし、兄貴は家庭内暴力をふるうような人になっちゃって今はうつで引きこもり生活。とても幸せな家庭だとは思えません。一刻も早くこの家を出ていきたいなと思っていました。
qbc:東京に行きたかったっていうのは、どんな感じだったんですかね?
臼井:元々東大志望で東大の次に魅力を感じていたのが創価大なので必然的に東京に行くしかないのですが、長渕剛さんの「とんぼ」の歌詞にもありますが田舎で育った野心的な男なら「東京で一旗あげてやろう」って思うんじゃないですか?
ちなみに受験したのは東大と慶應とS大のみ。模試の成績では慶應より早大の方が合格可能性は高かったのですが早大は受験すらしていません。その時はまだ信仰がガチガチにあったんで東大落ちたらS大に行くと決めていました。慶應は受かっても行っていないかったと思います。
先程言ったように実家が貧乏だったので学費は新聞奨学生として働いて自分で払うことになっていたので東大とS大以外は働いてまで通う価値を感じていませんでした。
qbc:大学生活はいかがでしたか?
臼井:最悪ですね。先程言ったように新聞奨学生だったので朝3時に起きて新聞配達をして、お祈りをして大学通うみたいな生活でした。新聞休刊日以外は休みもない(違法です!)もう眠くてしょうがない。キャンパスに着いたら睡魔に襲われて寝てしまう。何をしに大学に行ってるのかわからなかったですね。当然サークルにも入れないです。夕刊の配達があるもんだから授業が終わったらすぐに戻らなきゃいけない。しかも僕が住んでいたのが羽村市ってところで大学のある八王子からは、まあまあ遠かったんですよね。
高校も暗黒だったけど、大学も決して花のキャンパスライフって感じではないですね。
qbc:大学の後は、すぐに就職ですか?
臼井:大学を中退したことによって、学歴社会からは完全にドロップアウトするわけです。新聞奨学生を2年やって大学も2年でやめて、一応慶應大学の通信教育部に入ったんですね。通信教育は授業料も安いから新聞奨学生時代の貯金も100万円近くできたんで、ようやく完全な一人暮らしをしました。
学生時代は新聞販売店が契約した民間のアパートに住んでいて、しかも2DKの部屋に2人で住んでいました。昼は学食、朝、夕は販売店で女将さんが作ってくれるんで家事ほとんどしていなかったんですね。そういうわけで97年の4月から東京での1人暮らしがスタートしたことになります。
貯金はあるけど無職なので、仕事を探さなきゃいけないという時に、キャッチセールスでですね、自己啓発セミナーに申し込みしちゃったんです。
ベーシックセミナー、アドバンスセミナー、天職がわかる天職セミナーとわずか1ヶ月の間にですね3つのセミナーに出てしまってですね100万円近くあった貯金の残高がほぼなくなったんですよ。
完全にセミナーにハマっちゃいまして。宗教やめたら今度セミナーにハマってるってね。どうしようもないですよね。
結局、貯金をなくしただけで仕事は決まっていないわけです。ちなみに天職がわかる天職セミナーでは「君の天職はテレビの脚本家だ」って言われたんですが、脚本家だって言われただけであって、どうやって脚本家なるかわからないじゃないですか。そんなこと言われてもなって話ですよ。
本当に短期間で大学生という身分を失ったし、貯金も失ったし、この先どうしようってなるわけですよ。
で、もう1回、新聞配達をしようと思ってね3月にやめて5月にまた新聞配達に戻るわけです。しかも今度は新聞奨学生じゃなく本職が新聞配達員。正直、転落したなと思いました。販売店の寮が本当ひどくて、築50年ぐらいの寮なんです。風呂なし。共同トイレ、日も差さないようなところ。
しかも最寄り駅が駒場東大前駅、いや東大行きたかったのにこんな形で東大前に住むことになるとは本当にもう神様の運命のいたずらにね、東大引き寄せたかったけど、こんな東大を望んだわけじゃないって思いました。
結局、そこは1日で辞めることを決断して、本当に何の希望もなかったんだけど、実家に逃げるように戻ったんですよ。
qbc:そのお話の時は、まだ20歳?
臼井:97年の5月だから21歳1か月ですね。
qbc:そんな立て続けにセミナーを受けたんですね。
臼井:1ヶ月ぐらいの間に3つ受けましたね。大学生じゃなくなって、お金もなくなって、先行きもなく見通しもなく、その時もう1回死のうと思ったんすよ。ちょっと前まで自分は東大目指しててね、進学したS大もS会の会員の中ではエリートコースですからね。
それが学歴社会からドロップアウトしてお金もなくなった。実はその頃Kという宗教団体の信者でした。
qbc:前から入っていたんですか?
臼井:違います。S大学在学中にKの関連会社が出した「S会亡国論」を読んでS会への信仰がなくなって、そのままKに入ったんです。教祖夫妻は東大卒だったし教祖の書いた仏教についての解説書が実にわかりやすかったので、これは本物の宗教かもと思ったんですね。当時は設立10年の時で10年でこんなに大きくなっているって点も魅力を感じました。
だから実家に戻るって、さっき言いましたけど、実家はガチのS会の家庭なので、大学も勝手にやめて宗教もやめて当時S会と敵対していたKに入った者が実家に戻るっていうのは、これ結構な親不孝というか親からしても激怒の対象ですよね。
qbc:家庭内宗教戦争ですね。
臼井:でも、死ぬぐらいだったら恥を忍んで戻ろうと思って。一旦実家に戻りまして。
qbc:その実家に戻られた1997年から2007年までの10年ぐらい、どんな感じで過ごされたんですか?
臼井:僕は26歳の時に『転職王』(彩図社)という本を出すんですね。4年間で実に25回も転職しました。
qbc:それはなぜですか?
臼井:合わないと思ってやめたこともあれば、大体営業職が多かったんで、結果を出して、その自分の成績と待遇が見合わないと思って辞めることもありましたね。
あと、メンタルを病んだ時もありましたね。
qbc:それは、ご実家に住まわれながら?
臼井:いや、実家に戻ったのは一瞬でした。97年の5月に戻って年末ぐらいには会社の寮に入って、その後は一人暮らし。それから寮も出て自分でマンションを借りて一人暮らし。その後ずっと一人暮らしですね。
qbc:居住地は?
臼井:居住地は最初は四日市、その後名古屋。今もずっと名古屋。東京に一瞬いたこともありますけど。
qbc:東京には頻繁に来られてそうな感じがしますけど。
臼井:これ実はちょっと時間ないからあれなんですけど、あのO川R法さんの前妻のK子さんの秘書的な仕事に就いたことがあって、その時は渋谷区に住んでいました。
R法さんとK子さんが離婚されてK子さんが自分で新しく宗教団体を立ち上げるということで、僕の経歴に注目して誘ってもらって。1回東京行ったんですけど、エイプリルフールの日に天使のお告げでクビになりました……。
qbc:今は、宗教とはどういう距離感でいらっしゃるんですか?
臼井:今はね、元オウム真理教の上祐史浩さんととイベントで共演した関係で交流はありますけど信仰心は特にないですね。
qbc:今まで入っていたところはやめられたんですか?
臼井:そうですね。S会もKもやめています。Kは正式に退会届は出していないから籍はあるのかもしれませんが。
S会の教義を論破していたKに入ったもののKも微妙でした。最近はKの創設者の長男がいろいろ内部事情をYouTubeで暴露していて教団とはトラブルになっていますが長男の言っていることも全くのデタラメではないというのが少し中にいた僕の正直な感想ですね。
僕の中では一応、その二つが2大トップ宗教だと思っていたんで、両方とも裏側を知ってしまった今、他のマイナーな宗教団体に関心はないですね。
今、日本に僕がやるべき宗教はないなと思って、今は無宗教です。
qbc:2008年に無印本命を立ちあげた経緯っていうのは、ぐっとまとめていただくと、どんな感じですか?
臼井:僕は先程言ったように『転職王』という本を出しているんですけど、『成功王』って本を出されている道幸武久さんって方がいらっしゃって、この人の本の中に、「イエス・キリストは32歳で最も偉大なことを成し遂げた」みたいなことが書いてあったんですよ。
で、ちょうど2008年は僕が32歳の時なんですよ。で、何かやらなきゃいけないってことで無印本命プロジェクトを立ち上げたんです。
qbc:そのコンセプト自体もは、今と基本変わらずって感じですか?
臼井:そうですね。
qbc:無印本命がコンセプトになった経緯は?
臼井:無印本命って概念をどうやって思いついたかってのは、もうちょっと記憶にはないですけど、無印本命は元々は競馬用語の無印と本命の転用。
やはり、無名だと世間は冷たい。世間はノーブランドに冷たいですよね。でも、世間の評価は別にして自分はイケてると思っていると。
本当の無印本命は自分だと思ってますから、自分のような方がたくさんいるはずなので、そういう人を応援する。
でも応援するにしても、自分が応援する力とか知名度がないと強力な応援はできないからっていうもどかしさはありますね。アイディア先行型なんで、現実はまだ理想的な状態には程遠いですね。これまではね。
qbc:無印本命に対して活動したり、こういうコンセプトとか考えてたりする時っていうのはどういう感情でしょうか?
臼井:どういう感情って、まあワクワクはしますよね。だから本当に無印良品並に無印本命って概念が広がって、本当に日本中世界中のそういう無印本命たちにこういう考え方があるんだってことを知ってもらって、自分も「無印から本命になるぞ!」と思ってもらって、現実を変えるために、動くと。変わらないとしても、「明日を生きる希望をもらう」みたいなね。
うだつが上がらない人っていっぱいいるじゃないですか。
そういう人がこの概念を知ることによって「俺も実は無印本命だよ」と認識して、ちょっとずつ、一歩ずつ現実を変えていくとか行動に移すとか、そういう風に人を動かしたい。そんな思いで活動しています。
qbc:今までで一番楽しかったことなんですか。
臼井:一番楽しかったことは、やっぱり自分が出てる「令和の虎」を見ることですね。たくさんコメントがつくんですよね。そのコメント欄を読んでニマニマしています。
qbc:今でも増えてるんですか?
臼井:増えてます。あれね、切り抜き動画の方は今109万再生されていまして。
コメント欄は地味に増えていますね。
僕が出たのは去年の10月で出た頃はチャンネル自体も小さくて約10万人登録だったんだけど、今64万人まで行っています。
そのため今年に入ってからの方が圧倒的に視聴回数が伸びています。
qbc:出た時と出た後ってどっちの気分がいいですか? 出演してプレゼンしてる時がよかったか、それとも出た後に感想を見てる時がよかったか。
臼井:でも今思うと、やっぱりあのプレゼンのその場、あの忘れもしない2021年の9月7日。あれはね、神がかってました。
qbc:自分が?
臼井:はい、自分がです。あれは本当に何か他力に動かされていた感じです。もう1回やれと言われてもできないかもしれませんね。
前に言ったように、お盆の時に応募したのも、たまたまひらめいた。僕は視聴者として1人目の志願者の時からずっと見てて自分は189人目の志願者です。この間は志願していないわけです。
それがお盆にメールを送って9月7日が収録日ですからね。
物事がうまく動く時、そういう目に見えない力が働くと言われます。いわゆるシンクロニシティ。 もちろんうまく行かない時は全くうまくいかないんだけど、この時は、たまたまの連続でした。
未来:無事に無印本命が無印良品並に有名になって、無印本命の旗を振ってたあの人こそ、やっぱり無印本命だったねって言われるような人。
qbc:5年後10年後、20年30年、そして死ぬ時までイメージしていただいて、未来はどういうふうにイメージを持たれてますか?
臼井:本命だったと思われるような男になりたいですね。
まあ一番現実的な目標としては、自分がまず虎になる、志願者から虎の側に行く。でも、これは番組がいつ終わるかもわかんないから、流動的なものがあります。
さっきも言いましたけど無事に無印本命が無印良品並に有名になって、やっぱりあの人こそ、無印本命の旗を振っていたあの人こそ、やっぱり無印本命だったねって言われるような人になりたいです。
qbc:なんか死ぬ時にこう思われたいみたいなイメージはありますか?
臼井:先程も言ったように無印本命って言葉を作った人ですね。
qbc:32歳の頃からかあんまり変わってないってことですよね?
臼井:そうですね。僕もう無印本命ってアイデア、これ世紀の発明だと思うんです。これ自体がもう完璧なアイデア。世の中の人が知らなかっただけでしょ?みたいな。あんたたちがこの概念を知らなかっただけ、この概念を受けいれなかっただけでしょっていう思いが強くあります。だから、無印本命をもう一生かけて広めていきたいですね。
形は紙の本であれ、YouTubeであれ、電子書籍でも何でもいいんですよ別に。紙の本ってこれからも減っていくと思うんでね。
この考え方このメッセージを、日本だけじゃなくて全世界に広げたい。
qbc:無印本命って、今は有名じゃないけれども頑張れよ。みたいなイメージで良いんでしょうか?
臼井:今は無名で、世間的にはノーマークで評価されていません。だからドラフトであれば指名もされません。でも実は自分はすごいんだよと思い続けている人が無印本命。
結果、本当にすごかったってことが証明されれば、その人は無印本命だったということになります。
qbc:今回の『夢をかなえるもう』という本の、直近の1年2年の動きっていうのは、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
臼井:まずこの本の初版1,200部に関しては書店に流通しません。これをお届けすることで資金が回収できます。そのお金を持って書店流通版を製作します。
で、書店流通させます。それが世に出ることによって、私も載りたい、私も無印本命だ、という人が絶対現れます。で、続編を出しますというビジョンですね。
そういうシリーズ化をしていきます。キングコングの西野さんじゃないけど、映画化しますみたいな夢もいっぱいある。
qbc:今回その本に登場される12名は、どういうふうに選ばれたんですか?
臼井:元々知り合いだった方とか、「令和の虎」を見て我こそはって名乗りを上げた人とか、いろんな人が載っています。元々自分と縁があった人が多いですけれども。
2021年の秋時点で僕の情報を受信していた人の中で、僕の本に載りたいと思った人ですね。そんなのに載りたくない、載る方がかえって逆ブランディングと思う人もいるじゃないですか、そんな人は多分応募もしてこないでしょうこどね(笑)。ただ、応募してきたけど、さすがに、ちょっとって人もいましたが……。
qbc:作業的には完了されていると思うのですが、編集作業はいかがでしたか?
臼井:めっちゃ大変でした。
僕はどっちかっていうと、本を出したいというビジョンがあって資金を調達したんであって、細かい作業自体を僕がやるっていうのはそこまで想定しなかった。予算の関係もあって、出版社から、その予算だったらここまでやってくれないと困るよみたいな感じで言われて。その結果、具体的なことを詰めずにアイディアありきの話だったんで、いざ自分がここまでやらなきゃいけないのかってなると、著者も10何人いますから、その人たちのやりとりとか、締め切りを守る守らないとか、原稿を一旦編集したけど、ここはまた直せとかああだこうだみたいな、やっぱね。著者が二、三人ならいいけど10何人もいるとですね、大変。
もうしんどいから、次作る時はもっと人数減らします(笑)。
qbc:楽しかったとか充実感の言葉が聞けるのかと思ったんですが、とにかく忙しかった?
臼井:僕はそういうことをやりたかったんで。要はね、夢を実現したりとか好きなことを仕事にするためには、大変なこともあるっていうことで。だからそれをやってること自体はしんどいけど、夢があって。この本をとにかくまず出したらまた違う道が開けるというか、次のステージに行けると思ってたから。大変ではあったけど、それはやりたい大変だと。
例えばこれが、自分が掃除のおじちゃんになって朝の3時か4時に起きてトイレ掃除をするっていうんだったら、大変だからあまりやりたくないと思うでしょう。
でも、これはしんどいけど産みの苦しみであって、脱稿後は、もうやりきったって感じですね。登山と一緒ね、高い山に登った。だから今、非常に充実してる。早く刷り上がらないかなぁと待ち遠しいです。
qbc:全然違う質問なんですが、うだつの上がらない人というのは、どうしてうだつが上がらないままの状態なんですかね?
臼井:一言で言えば、行動していないからじゃないんですか。今の現状に満足している。満足していないかもしれないけど、例えば転職であったりとか、現実を変えることをしない。結局うだつが上がらないと、そのうだつの上がらない状態に満足で、そこが居心地がいいんだと思うんですね。
だけど僕は『転職王』って本を出しているぐらいだから、せっかく就職したけれどもその会社が理想の会社じゃない、だんだん粗が見えてくる。ここにいても理想の自分になれない、自分の理想の仕事はできないと思ったらすぐ辞めます。
辞めない人は会社に文句言いながらも5年10年同じ仕事を続けてて、給料安いとか、上司がこうだとか文句を言っていても辞めない。じゃあ辞めろって話だけど辞めないんです。でも、僕は辞めるんですよ。
ただ、その僕にしても結局、サラリーマンを転々としただけであって起業してないわけじゃないすか。それは今思うともっと早く起業しとけよって話ですよね、今思うとね。
qbc:もしもの未来という質問をしています。臼井さんは、もしも出版ではなくてその宗教に居残っていたら、どうなっていましたか?
臼井:もしS大学を辞めずに信仰を持っていればということ?
qbc:それでもいいし、Sをやめて違う宗教に入信したというルートでもいいです。もしも、その世界にいたとしたら。
臼井:間違いなく幹部になってる。
qbc:一信徒ではなくて、幹部を目指したってことですかね?
臼井:当然幹部を目指して、場合によっては自分で独立して、宗教を開いてたかもしれない。
qbc:ですよね。その確認だったんですけど。宗教と出版の話だなって。キリストの話もそうですけど、いわゆる聖書を作りたいっていう話なのかなと思ったんですよね。そうではないですか?
臼井:僕の『0から始める幸福論』っていうのは聖書みたいな本なんで、あれを読んだ人たちは、僕より社会的地位が高かったりとか収入がある人が「先生、先生」って寄ってきたことありましたね。23歳の時に出した本なんですけど、こっちは23なのに、大企業の部長さんとかが、その本を読んで「先生の本に励まされました」「弟子にしてください」みたいなのが結構来ましたね。
qbc:本を書くっていうのは、いつから始められたんでしょうか?
臼井:さっきも言ったように中日ドラゴンズファンだったので手書きの新聞の「中日タイムズ」というのを小学生の時に創刊して配ったのが始まりですね。中学と高校時代は勉強のために中断して、大学に入ったら今度は手書きからワープロに進化した中日タイムズを復刊させてコピー機でコピーしてお金取って売っていましたね。
qbc:じゃあずっと書いてたってことですか。
臼井:中高以外はね。で、作家デビューが23歳ですからデビュー自体は早い方ですね。大学やめてすぐに紙の本が出ているわけですから。
qbc:それはいわゆる流通本ではなくて?
臼井:いや、処女作の『0から始める幸福論』は書店流通していますし、当然、国立国会図書館に納品されています。平積みされている書店に行って自分で買ったり自ら地元の書店に営業したりしました。
qbc:どういう経緯で書かれたんですか?
臼井:作家志望者のための投稿専門誌『ぶんりき』ってのがあって、それに投稿して、それが採用されて。その雑誌が人気があったので、投稿作品を文庫化しますってことになって99年10月に「業界初のインディーズ文庫」というコピーの下35点同時発売。僕の本は初版が500部だったので発売2日目で在庫切れになり増刷第1号となりました。
qbc:何がきっかけで書き始めたんですかね?
臼井:何がきっかけで書き始めたかってのとはちょっと違うかもしれないけど、「書くために生きる、生きるために書く」っていう言葉を知った時は書くことへの情熱が湧きましたね。
これは2000年ぐらいに僕がどん底でメンタルを病んでいる時に、デールカーネギーの『道は開ける』っていう本があって、その本に影響を受けて成功した著者の方がいて、その人の本と『道は開ける』と両方に書いてあったと思います。
「書くために生きる、生きるために書く」これは、正に俺のための言葉だと思いましたね。
その前から書くこと自体はしていたわけです。
先に言った通り小学生の時に「中日タイムズ」を創刊し中日タイムズ編集長を名乗っていました。
早稲田とかに進学していたら多分マスコミ関係の仕事はしてるでしょうね。アナウンサーとか、新聞記者とか。
qbc:宗教経験は、人生にプラスだったでしょうか?
臼井:何でも幸せと思うという考え方が根本であるわけだから、プラスなんじゃないですかね。
qbc:S会さんとT会の方のインタビュー経験があるんですけど、2人ともやめられてはいるんですが、お祈りすることを覚えたのは良かったっておっしゃったんですよ。
組織が何をやっているのかは別の問題として、祈るっていう経験は非常に自分にプラスになってるって言っていて。
臼井:そうですね。だから、いわゆる成功哲学とかでは、アファメーション(自己宣言)という言葉を使います。ちなみに無印本命もアファメーションの一つです。例えばS会であれば「南無妙法蓮華経」のお題目、浄土宗とかであれば「南無阿弥陀仏」がアファメーションです。
だから、僕も確かにピンチの時には「南無妙法蓮華経」って昔は唱えてましたしね。今は唱えていませんけが……。
今は「必ず成功するぞ」とか「私は天才です」とか、そういうのを心の中で何回も唱えています。やそういう自己洗脳みたいなことは実際効果があると思います。
S会の人は「南無妙法蓮華経」と唱えれば全てがうまくいく、ハッピーになれるってことで毎日一生懸命に唱えています。
ただ、それは別に「南無妙法蓮華経」じゃなくても「私は必ず成功するぞ」とか「必ず億万長者になるぞ」とか「私は天才です」とか「自分の知恵を生かします」とか何でもいいわけです。
qbc:そのチェンジが96年ですよね?
臼井:そう。10月6日に中日ドラゴンズがジャイアンツに負けてジャイアンツの優勝が決まった瞬間に信仰心はなくなりました。
qbc:アファメーションが自己啓発的な言葉に変わるタイミングっていうのは、いつ、どういうきっかけだったんですか?
臼井:98年にナポレオン・ヒルの本を読んだのを機にハマりましたね。目標を紙に書いたら実現すると書いてあって月収100万円と書いたんですが半年後くらいには達成していました。
qbc:子供の頃、本はどういうふうに読んでましたか?
臼井:先程も言ったように小学校の時は、6年連続多読者表彰をして頂きました。
家には親が買ったS会系の方が山ほどあったんですが、親はほとんど読まなくて、その親が読まない大人向けの本を、子供の頃に僕だけが読んでいました。
qbc:小学生の頃、年間どれぐらい読まれてましたか?
臼井:軽く100は超えてますね、もちろんね。
図書館行ったら貸し出しカード全てに僕の名前が書いてある時期がありました。小学校の図書室の本はだいたい読み尽くしましたね。
qbc:最後に、言い残したことはありますか?
臼井:YouTubeの僕の出演回を見て、我こそは無印本命と思う人は、なんとかしてコンタクト取ってきてください。ちゃんと見た人限定!
ちゃんと見て俺こそ無印本命だって人がいたら話が合うじゃないですか。こっちも何かその人のために頑張ってやろうと思うわけです。
qbc:みんなが頑張る社会がいいと思いますか?
臼井:今ベーシックインカムとかも議論されてますけども、財源さえ確保できればベーシックインカムができて、別にそれで毎日Netflix見てる人がいても、僕はいいと思います。
頑張りたい人が頑張ればいいと思います。
ちょっと前に前澤友作さんがお金配ってたじゃないですか。ああいう人がたくさんいればね、いいと思います。
僕もそっちの側に行けたら行きたいし、行けなかったら逆に前澤さんからもらいたいし。
役割を知ることは大切だと思っていて、後は運とかタイミングとか出会いとかが人生に影響を与えるわけですが他にバイオリズムがやっぱあると思うし、親ガチャとかも最近は言われてますよね。こうやって言っている僕もいつ転落するかわかりませんが……。
qbc:臼井さんの中の何かを成し遂げようっていう気持ちは、どっから湧いてくるんでしょう?
臼井:やっぱり、自分はそれこそ何度でも言うように、自分こそ無印本命だと思ってるからね。
46歳まで来て、まだ世間に認知されてないわけじゃないですか。それなりに頑張っては来てるのにっていう忸怩たる思いがある。
さっきの話じゃないけど、今の現状に僕は全く満足していないというか、特に知名度とか影響力の部分でね。世の中の有名人の人たちと比べて。
「令和の虎」を見てもらったらわかりますけど、虎さんたち相手にも決して僕は下手には出ていない。なぜならば自分こそ無印本命と思ってるから。
今はこっちの側だけれども、そっちの側にいるあなたたちとセルフイメージは同じ。時間が経ちタイミングが合えば、そっち側に立てると思っているから強気っていうのはありますね。(おわり)
是非、臼井さん出演の「令和の虎」をご覧くださいませ。
あとがき
今日の無名人インタビューいかがでしたでしょうか? 楽しめましたか? 感想はコメント欄にぜひ残していってくださいね!
Youtubeで「臼井さんと一緒に打ち合わせしたくない」と臼井さんは言われていたのですが、勢いのある人のインタビューというのはそれなりに難しいと言うか、まああんまりコントロールしようと思わないほうがいいんですよね。
勢いのあるというのは雑な表現で、自分で考え自分で行動している人は、小さい質問をしていけば自ずとストーリーラインは見えてくるんです。
ってそんな評論家然とした感想書いてるけど!文字起こし、編集はかなり大変でした。
通常通りの60分インタビューなのですが、まあその中でもマシンガントークで喋る量が多いんですわ。
しかも淀みなく、理路整然と、同じことを繰り返し言うのではなくて、意味のあることを長く喋っていくと。
お疲れ様でしたチーム。
インタビュー担当:qbc
編集:mii
編集協力:生きにくい釘
#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #本 #読書 #宗教 #令和の虎
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
インタビュー参加募集!

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!