2人目の子供が今年の2月に生まれた人
この私qbcも宇宙にひとつの生命として生まれてきたんだからな。そうだぞ、何もかも、自分でやってかなくちゃいけないんだぞ。がんばれがんばれ、どうしてもそうやって、いかなくちゃいけないんだぞ、と。
あっぱれ人生送りたいなと思ってる。そうですね、無尽蔵です、私の生きざまは。
ということで、毎回毎回、日記代わりにまえがきを使って申し訳ないなって、すみません。
でもね、なんだか最近、お子さん話未来編インタビューが続いて多くって、なんか、良き! って思ってます。子供は、なんだか未来そのものって感じがしていいよね。
うん、良い、良い、良いなあ。
と思う2024年x月x日x時x分に書く無名人インタビュー832回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは しんちゃん さんです!
年齢:30代前半
性別:男性
職業:会社員(人事を14年)・副業コーチ

現在:クライアントさんの変化をみた時に、自分が役に立てることってなかなかないのですごくやりがいを感じます。
ポンプ:
いまはなにをされている方ですか。
しんちゃん:
今は大きな会社で人事の仕事をしています。いま転職して2社目なんですけど、新卒で入った会社の配属ガチャで人事・総務系の仕事に配属されてそこから14年ぐらい、人事の仕事をずっとしています。
2社目でも人事の仕事をしている、というのが本業です。
で2年ぐらい前からコーチングを学び始めて、コーチングスクールを1つ卒業しています。そこで身につけたコーチングスキルで社内の研修とかコーチをしたりとかしています。で副業でコーチングのプラットフォームに登録して、コーチとして活動しているような状態です。
ポンプ:
コーチングを学ぼうと思われたきっかけを教えていただけますか。
しんちゃん:1社目を30才まで勤めたんですけど、その会社でたまたま産業カウンセラーという資格を取る機会があったんですね。でもカウンセラーとか心理学に元々興味があったわけではなかったんですけど会社として必須で受けなさいということだったので、カウンセラーという資格を半年ぐらい学校に行って取りました。
カウンセラーってその、悩みを抱えている方の悩みを聞いて、胸のつっかえを取り除いてあげたりだとか、そういうものをどうやって解消すればご本人が生きやすくなるのか、ということを支援する仕事ですよね。
その支援をする、ということに自分は喜びを感じるということに気づいたりとか、自分のことを内省するきっかけになったんですね。
で私は自分を振り返るということを当時は全然してなくて、すごく衝撃を受けたんですね。自分はこんなこと考えてるんだ、とか自分の感情をないがしろにしてたんだ、とか。そういうことに気がついて。でそこから対人支援とか心理学に漠然と興味を持つようになりました。
で資格を取って30才で転職をするんですけど。転職をした先の会社でも人事だったんですけど・・・人材開発、人材育成にたまたまアサインされました。転職先の会社でコーチングをベースにした研修を、管理職向けに展開していたんですね。
でその中でコーチングに初めて出会って。転職して2年目ぐらいそのプログラムを、まあ自分でも学びを深めながら管理職に提供していく中で、コーチングの問いのチカラ・・・クライアントさんに問いを投げるんですけど、問いを投げた時にその、クライアントさんが気付けないような側面での気づきを得たりとか、インパクトに気がついて、産業カウンセラーだと学べなかったので、自分でコーチングをやってみたいなと思ってコーチングスクールに行き出した、というのがきっかけです。
ポンプ:
1社目で人事でしたがもともとの希望の職種はありましたか?
しんちゃん:
えっと当時2011年に大卒で入社したんですけど、当時リーマンショックがはじけた後で就職がめちゃめちゃ厳しかったんですよね。でわたし、私大の文系卒なので結構厳しくて手当たり次第出しまくってたっていう感じなんですけど。当時文系でもSEになれるとか文系でも理系職をめざせたようなところもあったんですけど、何ができるかと思った時に営業しかないと思ったんですよね。
そういう消極的な理由で食品メーカーの営業だったらなれるかなと思って就職活動してたんですよね。
同期20人くらいいたんですけど、半分理系で半分営業だったんですけど、
その(営業の)うち2人だけ人事に配属されたんですね。たまたまそこに配属だったみたいです。
ポンプ:
なぜ人事系に選ばれたと思いますか。
しんちゃん:
私、推しが弱いので・・。営業っぽくないのかなと。そういうみられ方をしたのかもしれないですね。そもそも営業にむいてなさそうだと思われたのかもしれないですけど。たまたまなんですけど私、大学の時にあんまり勉強しなかったんですよね。勉強しなくてだれでも単位が取れるようなゼミに入ってたんです。消極的なゼミに入ってたんです。
で3回生の時に経済学部で、中国経済を勉強してる先生のゼミやったんですけど、ゼミの先生が「おまえらどうせ勉強してないんやろ」と。
「でもみんな就職するんやろ」と。就職するんやったら労働法とか学んで卒論書いたら単位あげるからって言われたんですね。で、それを書いたんですね、すごいざっくりとしたモノだったと思うんですけど。
でたまたま私が入った会社の履歴書が、その会社のフォーマットの中で大学で何を勉強したか書けっていうのがあったんですね。
でそれを書いたんですよ。で今思えば人事の人って労働三法っていうのがベースになってるんで「これ勉強してるんだ」っていうふうに受け取られた可能性があるんと思うんですね。それでたまたま人事になったんかなと。まあご縁があったんだと思うんですけど。
いろんなことが重なって人事になったのかなと。
ポンプ:
コーチングや仕事以外の時間の過ごし方は?
しんちゃん:
いやもう、ほぼ子供ですね。朝も子供・・・4才と0才なので手がかかるので。
朝、子供を保育園に送って在宅するか会社行って。で5時ぐらいに・・・仕事忙しい日にいったん中断して子供を妻が迎えに行くか私が迎えに行くかして、で家でお風呂入れてご飯食べさせて9時ぐらいまでに寝かせる。っていう感じですね。
そのまま寝る時もありますし。コーチング入ってると夜とかに入れるしかないので
コーチングを夜にやる。で寝る。コーチング入ってない日で元気なときは本読んだりとかテレビみたりしてリラックスする日もあるっていう感じですかね。
ポンプ:
本はどんなものを読むんですか。
しんちゃん:
本はコーチング関連の書籍とか仕事関連の書籍が多いですね。心理学チックなものとか心理的安全性とかそういうものを読むことが多いですね。
ポンプ:コーチングがご自身に向いているなと思うのはどんなところですか。
しんちゃん:
そうですね・・・コーチングセッションをする中で、すごい深い気づきを経て行動が変わっていくことがあるんですね。あの・・・なんだろうな、すごく人生の大きな決断、たとえば転職とか留学しようとか、大きな話でいうとそうですけど。
あと、仕事とか家庭が変わらなくても自分のあり方というか考え方が変わって結果、会社でやりたいことが向こうからアサインされたとか、自分で大きな選択をしているときもありますし、自分が変わることで自分の周りの現実が変わっていくみたいなこと・・そういうクライアントさんの変化をみた時に、そういうところに自分が役に立てることってなかなかないのですごくやりがいを感じます。
ポンプ:
テレビは何を見ますか。
嫁がドラマが好きだったりとかバラエティが好きだったりするんですけど
撮り溜めているのをみる。嫁と言い合いながら見るのが楽しい。
ポンプ:
どんな会話をしますか。
しんちゃん:
他愛ない会話ですね、ドラマって割と先が読めなかったりとか、どうなるんだろうという仕掛けがあると思うんですね。例えば恋愛だと、このさきどうなるかとか、この人は嘘をついてると思うとか、これは伏線だと思うとか、なんかそういうのを言いながら見たりとか。あとはバラエティーだったら単純に笑いながら面白い事を交換しながら見るって感じですかね。
ポンプ:趣味みたいなものはお持ちだったりしますか。
しんちゃん:
趣味はテニスです。中学校からしてるんですけど大学のときとかは週4とか週5ぐらいで。サークルでずっとテニスをしていました。社会人になって子供が2歳ぐらいまでは下の子がいないぐらいまでは、ずっとそこまでテニスしてたんですけど、ちょっと今2人目がお腹に来てからは、できなくなってるんですけど。
子供が将来大きくなって手がかからなくなったらテニスを再開したいなというくらいテニスをやりたいという気持ちがずっとあります。
ポンプ:テニスの面白いとこってどんなところでしょうか?
しんちゃん:
そうですねいろいろなんだろうな戦略を考えながら、あっち打ったりこっちに打ったりしながらやるところと、あとテニスって個人競技だったりダブルスだったり、社会人になってからは体力がないのでダブルスしかやってなかったんですけど。
結局、個人プレーなんだけど1人でやることってなくて。最低4人で集まったりとかあとサークルで何十人と集まってやったりするんですけど、その中にコミュニティができるできるんですよね。
そこでみんなと話すことが多分、好きなんだろうなと思います。テニス自体もスポーツとして体を動かすという意味でも好きですけど、みんなと集まってワイワイするのが多分好きなんだと思います。
ポンプ:
ちなみにどんな会話をされるんですか。
しんちゃん:
どんな会話ですか・・・いやもう普通になんだろうね・・何の会話をしてるんだろ。たわいのない会話だと思います。仕事がどうだとか・・・本当に何ていうのかな・・・深い話をすることもなく。社会人だったら週末に集まったりするだけなので最近仕事が大変で・・とか、誰々が結婚するとか、転職するとか、何かそんな話を同世代間でやってる・・・同世代の中でそれを話をするぐらいでテニスが終わって時間があったらスーパー銭湯みたいなところでお風呂に入ってご飯を食べて帰る、みたいなリフレッシュですね。
なんかそういう大学生みたいな時間の過ごし方がすごく自分にとっては楽しかったんじゃないかなと思います。
ポンプ:
今の現職に転職される経緯を教えていただいてもよろしいですか。
しんちゃん:
ちょうど30歳という節目だったっていうのがあると思うんです。29歳の終わりに面接を受けて30歳で入社するんですけど、前職が嫌いだったわけでは全然ないんですけど就活のときに割と、手当たり次第に受けて受かった会社でもあったし、なんか自分はこの会社で一生勤めていくんだろうかとか、周りの人が割と転職する中で、自分てこのままでいいのかなってとこが漠然とあったんですね。でけっこう転勤が多い会社だったんですね、前の会社がですね。4年に1回ぐらい転勤をする中でちょうどその29歳の年が転勤のタイミングだったんです。
その年の1月に転職活動して、4月に転職するんすけどたまたま1月の日に私、人事系だったんで、人事部長ですね。一応人事権持ってる人がたまたま東京から関西に来ることがあって。私の席に来て「転勤の準備しといてね」って言って肩を揉んできたんですね。すごいわかりやすいフラグだったんですよね。
自分、分かってたんだけど準備しといてねっていうことをわざわざ言いに来てくれたので。やっぱり自分はこのままだと早ければ4、5月とか、遅くても半期の10月とかには
元々自分の実家がある大阪から関東の方に転勤だろうと思ったんですね。
で当時、うち不妊治療で子を授かってるんですけど・・不妊治療もしてたのでなんか先も見えないなと思ったので結構悩んだんですね。でも転職するのも当時勇気がいるしなー、どうしようと悩んでるときに、たまたま昔に登録したリクナビから今の会社の求人が飛んできてて。そこの会社はなんていうのかな、今私が勤める会社がうちの父が勤めてた会社の親会社だったんですね。ですごくなんか昔から親しみがある感じの会社だったんですよ。
この会社が求人を出してるんだと思って、一回受けてみようかなと思ったんですね。で妻に受けようかどうか迷ってるんだって言ったら、何かまず内定をもらわないと検討できないし、
受けてみないとわかんないじゃんっていうふうに背中を押されて受けてみたら、通っちゃって。
迷ったんですけど、今の会社に転職することになりました
過去:なんで勉強してるのかよくわからなくて。
ポンプ:
しんちゃんが覚えてらっしゃる記憶の中で、どんなお子さんでしたか。
しんちゃん:
そうですね多分うちの父も母も、子供のために、いい環境で勉強させてやりたいというのがあったんだと思います。
良い環境で、当時良いとされていた、良い大学→良い会社で働くような人生を歩んで欲しかったんだと思います。そういう期待が子供ながらに感じてました。そうですね幼いときから4、5歳ぐらいから公文行って、小4ぐらいからいわゆる学習塾に通って中学受験をすることになるんですけど。その経験が私にとっては嫌な記憶として残っていて。
なんか2週間に1回テストがあるんですけど。その点数でクラスの席順が2週間に1回変わっていくんですね。クラスで一番だったら一番前の真ん中。そのクラスの中40人ぐらいいるんすけど悪かったら一番後ろの方まで順番が下りていく。
なんかその可視化されるわけですよね。この子は頭がいい、この子は頭が悪い。今回の点数が悪かったんやみたいな感じで。すごい当時はそれがいい時は誇らしいし、嫌なときはすごくつらい。そういう何か序列ですよね、序列を感じるというか。
当時塾は3組2組1組と成績に合わせて、クラス分けされていたんですけど、初めに入ったときは2組だったんですね。入学テストみたいなのを受けて。2組で上の方だったんです。その内、入れ替えテストみたいなのがあって、一定の条件を満たすと3組に行けるんですよね。でも3組に行くと当然成績は下の方なので、J1J2みたいな感じで、クラスを行ったり来たりずっと推移をするわけですよね。
なんかもう上の方の子たちとかは本当にトップ・・関西でいくと灘とか甲陽とかに行くような子たちなので何かそこで賢さの差を子供ながらに努力してもかなわない感じですね。そういうのを感じたりとか、そういうなんか、学力の中で争ったりとか、努力する必要を感じる時間で。自分のこの後のなんていうか社会人とか人の評価とかで悩んだりするんですけどそういう後々尾を引いてくるような考え方を感じるきっかけになったかなと思ってます。
ポンプ:
小学校に上がる前のしんちゃんはどんなタイプのお子さんでしたか。
しんちゃん:
そうですね。どんなんだったっけ。好奇心があったりとか。いろんなことに興味があったりとか。なんか多分世界の中心は自分だったんだと思うんですよね。
やりたいことをやったりとかお友達と遊んでもなんか、何だろう、カクレンジャーごっことかだとレッドをやりたいみたいななんかそういう感じのタイプだったと思うんですけど。小学校入学以前とかだとそんな感じだったと思います。
ポンプ:
ご自身の感情が揺さぶられた思い出とか印象的なエピソードとか何かありますか。
しんちゃん:
先ほど申し上げたような序列を感じるきっかけっていうのは多分小学校のときにすごくあって。小学校の中で勉強ができる・できないとか、あとは足が速い・速くないとか、何かそういう序列を自分で感じてたと思うんですね。それを勝手に感じたのか、あったのかちょっとよくわからないんですけど。
なのでお勉強の中でこの子にはかなわないけど、この子よりできるとか、何かそんなことを感じてたりとか・・・。私早生まれだったので体の発育が遅かったりとか、そもそもあんまり運動神経のいい子じゃなかったので、リレーとかとかかけっことかで序列がどんどん下がっていくわけですよね。そういう中で劣等感を感じたりとか、あと私は小学校の時に部活動に入ってなかったんですけど、サッカーの部活動が盛んな学校でサッカーの子たちは全国大会に行くような学校だったんですね。サッカーをやっている子たちはやっぱりすごく練習をしてるので、すごく運動神経が良くてみんな注目が集まるわけですよね。私は特に運動神経が良くなかったので、そういうところから漏れる、序列から弾かれるとか、スポットライトが当たらないとか、そういうことを感じてました。
ポンプ:
小学校上がる前の楽しい・嬉しいエピソードありますか。
しんちゃん:
・・・今ぱっと出てきたのは親に褒められたとか、先生に褒められたとか、そういうのがパッと出てきますね。
ポンプ:
周りにいらっしゃる関係者の方との関係性を大事にされていたのかなっていう印象があるんですけれども、そういったことに意識するようになったきっかけのエピソードとか、ありますか。
しんちゃん:
なんか・・・・ちょっとわかんない・・。
そういうふうに言われて感じるのは、私4人家族でお姉ちゃんがいて、弟なんですけど、多分家族の顔色とか様子とか多分見てたんだと思います。なんかなんだろうなお姉ちゃんの真似をしたりとか、お姉ちゃん怒られてるから自分はしないでおこうとか。
家族の中で求められる役割をこなそうとしてたんじゃないですかね多分。
ポンプ:
中学校・高校のあたりはどんな生活をされていたんですか
しんちゃん:
そうですね中高一貫校みたいなとこに入るんですけど。中学受験のときに直前期で頑張りすぎたこともあって、入った瞬間に勉強しなくなるという。燃え尽きちゃったんだと思うんですけど。勉強を割としなくなってしまう時期があって。
1回追いつけなくなっちゃうと中高一貫校は高2までで結構割と全部プログラムが高3までで全部終わらしちゃうような感じなので結構早いんですよね。
でずっとついて行けなくなっちゃったんすね。なんかそれですごい苦労してた覚えがありますね。
それも学年が270人ぐらいいたんですけど、270人中240番とか結構残酷な結果が返ってくるんですよね。それで親からは詰められたりするし、自分としても何かできるものならあげたいんだけど、基盤がもうがグラグラしてるから積み上げても乗らないしみたいな、その状態になっちゃってすごく勉強で苦労したし、怒られたという記憶がすごくありますね。
ポンプ:
ちなみに得意な科目って何かありますか。
しんちゃん:
得意な科目は社会とか理科だったんですけど、なんでかっていうと記憶するのが得意ってのはあるんですけど。積み上げなくていいんですよね。新しいところ、試験の範囲だけ覚えれば点数が取れるから。英語とか特に数学はその基盤がもう揺らいじゃってるので、後からやっても乗っていかないというか、なんかそんな感じで常に英語と数学って中高でいう主要科目が、結構残酷な感じの結果になっちゃってたっていう感じですね。
ポンプ:
燃え尽きちゃった理由はなんだったと思いますか。
しんちゃん:
小学校4年生から塾に行ってたんですけど、なんで勉強してるのかよくわからなくて。あとは普通にさぼってたのもあってあんまり成績良くなかったんですけどね。
小6の夏ぐらいに何となく周りもいい中学に行っていい学校に進むことが是とされている環境の中で、ここでちょっと成績を上げないと人生が終わるんじゃないかっていう錯覚にさいなまれて。
そこから半年ぐらいすごい必死に勉強した記憶があって。人生終わってしまうみたいな。
なんか必死に勉強したら成績がぐっと上がったんですね。偏差値が10ぐらい上がったのかな・・・。
なんか当時を覚えてて。すごいびっくりしたんですけど自分でも。それが原因だと思います、頑張りすぎたっていうことだと。なので中学に入ったらおしまいだと思ってるから。ゴールになった瞬間にダレちゃったんだと思う。ゴールじゃなかったっていう。
その、いい学校に入ったところからまたスタートなのに。全然ゴールじゃないのに。
ゴールだと思い込んでたというところだと思います。
ポンプ:
焦っている状況から努力をされたっていうところで、気持ちとしてはどういう気持ちで勉強されたんですか。
しんちゃん:
もう不安とかですよね、多分将来に対する不安・・・
なんていうのかな当時小学生なのでいい中学に入ることで将来が開けるみたいなふうに思ったと思います。またあと親からの期待とか、いい中学に行くことがその塾の中では、是とされてるわけですよね。それが塾でも何々中学合格・何名・○○くん・○○くんと、入口とかにバーっと貼られてるんですよ。っていうのを見て子供ながらに感じ取ってたんだと思います。
いつまでに勉強して、意識を上げていかないとなんか是とされる人生を歩めないというか、何かそういうことを思ってたんじゃないすか。
ポンプ:
最終的に親御さんの期待に対してどのくらいの結果を反映できたって思えますか。
しんちゃん:
中学受験はそこそこ良かったんじゃないかなと思うんですけども。
その先で言うと、その後は大学受験になるんですけど、両親は国公立の理系の大学とか、関西でいくと阪大とか神大とか、京大とかそういうところに行くと多分望んでたんだと思うんですけど。私そもそも理系科目が壊滅的だったので勝手に理系を多分親望んでるところ勝手に文系って相談をせずに進路を変えていたことで多分、親から未だに言われたりしますし。
あとは結局、私学の文系の関関同立に行くんですけど。両親の中で多分最低ラインところに何とか滑り込んだっていう感じですかね。
中学校は壊滅的だったんですけどなんかいろんなご縁があって高1ぐらいから基礎から教えてくれるような塾みたいなところにたまたま巡り会って。何か基礎から教えてもらって何とか立て直して大学受験も何とか最低ラインとかできたっていう感じですね。
ポンプ:
中高ぐらいの友達とかの関係性とかはどんな感じだったんですか。
しんちゃん:
そうですね、当時テニスをしてたのでテニス部の友達とかあとクラスの友達とか気の合う仲間・友達はめちゃめちゃ多い方じゃなかったと思うんですけど、それなりに話せる友達がいて。遊びに行ったりとか、テニスしたりとか、カラオケ行ったりとか。そんな感じで大きくルールは逸脱しないけど、あんまり勉強しないような高校生活を送ってました。
未来:2人目の子が家に帰ってきて抱っこした瞬間になんかこう、もう1人の子供に会いたいなっていう直感がポンと湧いてきて。
ポンプ:
これから人生の終わりまでの間の中で、何か思い描いてることありますか。
しんちゃん:
そうですねちょっとこの先どうなるかわからないんですけど、今年35歳になって、うちの親父いま70なんですけど。仮に70って死ぬ可能性がある年齢じゃないですか。
だから仮に70歳で死ぬとしたら、もうなんか折り返し地点だなと思うんですよね。
あと35年なんか、どうやって生きたいのかなってすごく思ってて。
2人目の子供が今年の2月に生まれたんですけど、もう1人、子供をできれば作って、3人に看取られて死にたいと思ってます。っていうのが一つあります。で、これもすごく悩んでいて3人が欲しいんだけど、共働きで親も多少離れたところに住んでいて、2人でももうお腹いっぱい状態なんですけど。本当に3人作れるのかなとか、何かそういう葛藤を抱えながら。
であとはそうだな、子供の話ですけど、人生70歳で死ぬってなったときに、自分がどういうことが出来てれば幸せなのかなと思うんですけど。
なんか自分が楽しく仕事をしてること、やりたいことをやってることっていうのがすごく大事だなと思ってます。そういう姿を子供にも見せてあげたいなと思っていて。
いま人事の仕事をしてますけど、人事の仕事ってすごく自分にはフィットしててなんかすごくやりがいを持って仕事をしてると思う反面、何かやっぱりこう会社の中で仕事をしてるとなんか本当にこれでいいのかなとか、なかったのかなっていう疑念が湧いてくるようなこともあったりはして。
そこは自分のことをもっと深く知ったりとか、時によっては仕事を変えることもあるかもしれないんですけど、何か自分なりに模索をしていって自分でこういう仕事をするために、自分の貴重な命の時間を使いたいなというか、何かそういうふうに思えるように過ごす・・・。
なんかそういうふうにやってると多分生き生きして仕事ができると思うのでその姿子供たちに見せて、彼らが職業選択をするときの、道しるべみたいになれたらいいなと思ってます。
ポンプ:
そういったお仕事を卒業したら、残りの時間はどうやって過ごされますか。
しんちゃん:
そうですね、対人支援の仕事とかに終わりはないって思うんで、健康でいる限りでは、続けていきたいなと思ってます。あとはなんだろうな。そのとき妻が生きてるかわからないですけど、仕事とかもやらなくなったらあとはもう、日々をどう生きるかだと思うんですよね、朝起きてご飯を食べて、風呂入って寝るだけだと思うんですけど。なんかその日々の暮らしを、何でもない日々の暮らしを味わえるように、丁寧に生きるってことなのかなと思います。役割がなくなってしまったり、任せられないような状態に最終的になっていくと思うので。まあどういう状態になっても、時間を味わうようなことになるかなと思うんですけど。うまく言えてるような言えてないような・・・。
ポンプ:
お子さんが2人ではなく3人っていうところに何か理由とか想いはありますか。
しんちゃん:
元々子供とても好きなんですけど、共働きで現実的にはもう2人かなと思ってました・・・今も思ってるんですけど。なんか2人目の子が家に帰ってきて抱っこした瞬間に、なんかこう、もう1人の子供に会いたいなっていう直感がポンと湧いてきて。
妻は元々3人欲しいとずっと言ってたんですけど、私はもう人数的な負荷を考えて2人と思ってたんですけど、なんだろうな何かそういう直感もあって、結果的に3人の子供を育てていくことになるんじゃないかなというふうに今思ってるんです。
ポンプ:
お子さんが成人になられてしんちゃんがお1人になったら、対人支援の他にやりたいことはありますか。
しんちゃん:
そうですね、テニスのときにも出たと思うんですけど人とワイワイ楽しく過ごすっていうのが好きなんだと思うんですよね。なのでもう本当友人と趣味を通じてとか、気の置けない人と対話をしたりとか、ご飯を食べて楽しく過ごすっていうことをしたいなと思います。
ポンプ:
お子さんとこんなことしてみたいとか、ありますか。
しんちゃん:
そうですねなんか、もし子供がちょっとどこまでの老後わからないですけどもし子供がお店をやりたいとか、個人でやっていきたいんだけどっていうことがあったら、なんか自分もある程度目処がついていればお仕事辞めて、手伝ってもいいかなって思ってます。
ポンプ:
なんかこんなことをしてみると面白そうだなみたいな具体的なイメージありますか。
しんちゃん:
今4歳の子がいるんですけど、4歳のレベルなのであれなんですけどいつも言ってくれるんですね。なんでもお店のお仕事とかを見るのが好きでパン屋さんとかたこ焼き屋さんとか、あのいろんなとこ行ってなんかそういう仕事をしてるのを見るのが好きなんですよね。まだ幼いので、お父さん大きくなったらたこ焼き屋さんになりたいとかって言ってくれるんですよね。
でも将来そんなこと言うか全然わかんないんで。で自分1人でサラリーマンとして組織の中でしかできない大きな仕事をするのも、面白いと思うけども子供と一緒にお店をして一緒の時間を過ごすっていうのは何かすごく・・それでしか得られないような幸せがあるんじゃないかなっていうのがすごい思うんです。
ポンプ:
親御さんとの関係性のその未来の姿みたいなところでイメージありますか。
しんちゃん:
そうですね親とは別に関係性は悪いわけではないんですけど、私は結構ドライな感じになってるなと思いますね。すごくお世話になってるはずなのに、男の子だったら成人したら全然連絡取ってこないみたいな感じになってると思います。で尽くされている、今も1時間ぐらいのところにいるんですけど尽くされてるっていう親子仲らしいですけど。
うちの両親はすごく愛情深く育ててくれたと思ってるんですけど、割と不器用なので直接、愛してるとかそういう言葉を伝えられたことってほぼないんですよね、わかってるんだけど・・。
自分は子供に対して愛してるってことを伝えるし、子供の目線に立って子供の気持ちに寄り添って例えば成熟したとしても気軽に相談できるようなそういう友人のような間柄というか、信頼できるというか。
ただ親に相談を、私はやり難いんですよね。将来のこととか相談しても、「いやあ・・それはあかんやろ」とかって言われそうな気がしてて、あんまり相談しないんですよ。
報告はするけど相談をしないっていう感じなんですけど。
(子には)フラットに相談してもらえるような関係性になりたいなと思います。
ポンプ:
最後に何かいい残したことがあればお伺いしたいです。
しんちゃん:
今の自分にとってなのかもしれないですけど、やりたい仕事をやるとか、自分に素直に生きること、今立ち上げてるテーマというか、これまでの過去をそういうふうに見てるし自分がやりたいようにとか、他者の評価とかを気にして生きてきたと思ってるし、やりたいことをやって生きていく、みたいな感じの現実未来を見ているんだなというふうに気づきました。あとは人とワイワイするのが好きみたいな話がありましたけど、人見知りも一方でするので。もう一つの関係性っていうところに一つアンテナが立ってるんだろうと思いました。
緊張して自分が駄目なやつだと見られないようにある程度テキパキちゃんとやったりするようなそんな中、常にこう肩に力が入っている状態になったりするんすけど、そうじゃなくても自然体の自分で接せれる様になりたいし、そういう人たちとそういう自分を受け入れてくれる人たちと仲間になっていい関係性を築いていって、
その方たちと老後一緒にお酒を飲めるような間柄になりたいなと思いました。
やりたいことをやるっていうことと関係性っていう二つが自分の中で今テーマというか、現在、大事だと感じていることで、すごくそこから未来の像が伸びてるんだなというふうに思いました。
しんちゃんにご興味を持っていただいた方は、よろしければ、noteを読んでみてください!
コーチング体験セッションをご希望の方は、以下公式LINEで「体験セッション希望」とご連絡ください
Twitter、ホームページはこちら
X:https://twitter.com/shinchanCOACH
あとがき
編集していて気がついたんですけど、
僕も似たような記憶を思い出します。
親の期待に必死に応える姿。
勉強が追いつかず、絶望する瞬間。そのあとの苦しい勉強。
(勉強というか矯正に近いニュアンスを感じます)
その勉強の後の、成績の回復。
僕の場合もその後またダレちゃって、そのまま見合った大学に行きました。
で僕の話は置いといて、しんちゃんのコアの話っていうのはもしかすると僕も経験したように、期待と現実のギャップを子供ながらにどう感じていて、どうやって処理(整理)していたか、という点だったかなと、後々考え直しました。
僕が抱える(同じような過去)を紐解くことになったかもしれないなと。
「僕は、勉強するしかないんですか」
なんだか、映画「誰も知らない」のコピーを思い出します。
「生きているのは、おとなだけですか」
インタビューとしては課題が山積みですが
個人的に”気づき”を得られた貴重な時間だったと振り返ることができました。
【インタビュー・編集・あとがき:ポンプ】
#無名人インタビュー #インタビュー #コーチング #人事

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