5年後も死ぬ直前もその瞬間にしたいことをしている自分であり続けたい人
もえもえきゅん! あなたの心に癒しをお届け! ハイリーセンシティブラブデリバランスのqbcです! 今日もー、よろしくー、お願いー、いたします!!
わっはっはっはっはってことで三日間で三回寝て三回起きたところです、ありがとうございました。
子育てについては、私は語るべくもないのですが、むりにしちゃうとなると、どうだろうねえ。ほんとわからんがね。今子供が私立の小学校に行くのだけど(私の子供ではないんだが)、ぜんぜん公立と私立って違うのね、って思ったのよね。私、公立小学校行ってたからさ。なんか優しい感じよね。高いだけある、っと思いました。
まあでも、成功者の条件には、逆境を乗り越えた経験っていうのが必要だと、しんそこ思うので、そういう優しい環境においてもなあって思うし。
私さいきん「優しさ」ってけっこうな暴力だよなと思ってるんですよね。
太らない砂糖みたいなさ。
万人に受け入れられやすいけども、「優しさ」には害がないわけじゃないんだよ、って。
優しさがあるせいで育たなかったり、優しさを作るために無駄な工程が増えたり。さ。
「安心」「安全」はいるけど、「優しさ」はいらぬのでは? と思ったりはにかんだり。
そうね、そうだ! 今日もこれから無名人インタビュー始まります!!!
【まえがき:栗林康弘・qbc(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは 信田雄一郎 さんです!
現在:四六時中、「本質的な教育って何なんだろう?」とか。そういうことを、もう朝起きてから寝るまでずっと考えてるっていうのが今の私です!
イワナ:信田さんは今現在何をされてる方でしょうか?
信田:愛知県豊田市でフリースクールTao Hausを経営しています。
本当に駆け出しのフリースクール経営者という感じで。この1年間をかけて立ち上げをしてきました。で、生徒が入って、スタートしたというところです。
イワナ:いつからスタートされたんですか?
信田:面談を開始したのは昨年の9月で、今年に入って、生徒が入ってきてくれて、ようやくスタートしたっていう形ですね。
イワナ:どんなフリースクールなんでしょうか?
信田:本当に生徒のやりたいこととか、好きなこととかを追求していくような場所になります。
まず、フリースクールの名前であるTao Hausの「Tao」っていうのが、中国哲学の言葉で「道」っていう意味があります。弓道、柔道、華道などの言葉で使われる「道」と同じ意味なんですけど。Taoには、道っていう意味があって。
生徒1人1人の「道」を追求したり広げたり見つけたりっていうことをやっていく場所になると良いかなという思いでやってます。
イワナ:スクールに生徒さんが来るのは休日ですか?
信田:平日にやってます。
イワナ:なるほど。
信田:学校に行かない選択をした子供たちは、全国で24万人、愛知県で1万7,000人、豊田市で1,000人もいます。それだけの数の子たちが、学校に行かないかわりに通える場所として、平日の昼の時間帯に開いてやってます。当然、土日とかも、単発イベントやったり、いろんな活動してます。
イワナ:今現在スクールはどういう場所になってますか?
どういうものを置いてたりとか、子供たちがどういうふうに遊んでたりとか。
信田:そうですね。なんか、ボードゲームがたくさん置いてあったり、あとは料理とかができるような道具が置いてあったり。あとは、結構こう、リラックスできるような、yogiboのクッションとかが置いてあったりとか。ハンモックが置いてあったりとか。
その、もうとにかく生徒がやりたいことをやったり、リラックスした状態で物事を考えられたりとか。そういったのに適した場所になってるかなと思います。
イワナ:なるほど。本当に何でもある環境ですね。
信田:そうですね。はい。
イワナ:スクール運営を始めようと思ったきっかけをお伺いしていいですか?
信田:はい。私は公立中学校で11年間教員をやっていたんですけど。で、やっぱりこう、生徒たちがこうやりたいことよりも、カリキュラムが決まってて、国数英理社の授業を毎日こなして。で、宿題もたくさん出て。受験があるからといって塾とかも行って。で、塾の宿題までやって。土日は部活でっていう感じで。
本当に余裕がなくて。どんどんどんどん生徒が追い込まれてしまっている部分があるなと思って。なんかこんな状態では、生徒1人1人が、自分が何が好きで、何を追求したくて、っていうのを見つけるために立ち止まる余裕もない。
趣味とかをする時間もないし、人生の豊かさって何なんだろう?っていうことを11年間かけて気付いていって。なおかつ、私自身もむちゃくちゃハードワークしてたんですよ。
イワナ:なるほど。
信田:それこそ残業は毎月200時間、で、300連勤とかしてたので。野球部の監督とかもしてたので。もう本当に300連勤とかしてたので。生徒も教師も余裕がないっていう感じで。
その状態を11年間続けてきて、その状況をこう、変えていきたいっていう思いがあって。まあただ、保守的な組織でもあるので。1人では、内部からは変えれない、と。
だから外に出て、そういうフリースクールっていう場所を作ることによって、そこから解放されて、ちょっと違うスタンスで教育というか、教育活動をしたかったっていう思いがありますね。
イワナ:今現在働き方を変えて仕事をしていて、どういうふうに感じますか?
信田:やっぱり生徒と向き合う時間っていうのが、生徒や保護者と向き合う時間っていうのがやっぱり多いというか。忙殺されるような毎日の中で、生徒がこう、なんて言うのかな、バタバタしてる中で、腰を据えて1時間話すとか、そういったことはなかなかできないんですけど。やらなきゃいけないことが多いんでね、学校は。
ただフリースクールって別に、必ずしもやらなきゃいけないことっていうのは、指定されたものはないので。じゃあちょっと1時間話そうか、みたいなこともできるし。学校だと保護者と個人的なメールをしてはいけないとか、そういうのもあるんですけど。別に今は、フリースクールなんで。僕が、そのスクールのルールを決めてるので、別に親とも、メールもするし、LINEもするし。
そういった中で、関係性とか、信頼関係を作っていく。それが本来あるべき姿だと思うんですけど、公立学校ではそれがさせてもらえないので。全然違いますね、そういうとこは。
イワナ:プライベートでは、生活リズムはどんな感じですか?
信田:生活リズムは、朝8時とかに起きて。
で、9時半ぐらいに出勤して。10時から15時までスクール運営をして。
15時には子供たち帰るんで、そっからは自由な時間っていう感じですね。
イワナ:なるほど。
信田:でも自由な時間って言っても、結局その、明日はどんなことをしようかなとか、単発イベントどうやって作ってこうかなみたいなことをずっと考えてるので。四六時中、もうなんか365日24時間ずっと、仕事のことを考えてはいますね。
そういう意味では常に仕事してるとも言えるし、でも、別にドライブ行こうと思えば行けるじゃないですか。3時とかに終れば。まあ、そんな感じの生活ですね。
イワナ:趣味はありますか?
信田:趣味は、カフェに行ったり、ドライブ。ドライブに行ったり。川の方に走って、ドライブで行って、散歩したりとか。あとは、気心知れた人と電話をしながら散歩したりとか。
そんな感じですかね。ただなんか、散歩しながら結局仕事のこと考えてたり。カフェでボーッとしながら仕事のこと考えてたりはするんで。なんか最近はそういった日常ですね。
仕事イコール僕の場合教育なんですけど。四六時中、本質的な教育って何なんだろう?とか。そういうことを、もう朝起きてから寝るまでずっと考えてるっていう感じですね。
イワナ:考えてるときはどういう気持ちですか?
信田:うーん、やっぱりこう、何か、何て言うのかな。
楽しさ半分、半分は、答えなき問いにこたえ続けていくような感覚があって。追いかけれども、追いつかないところに手を伸ばしていくような感覚があって。楽しいけど一体どこまで考え尽くせばいいんだ?っていうモヤモヤみたいなのもあって。ていう感じですね。
楽しさ半分、モヤモヤ半分っていう感じですね。
イワナ:信田さんは、人から性格ってどういう感じだねって言われることが多いですか?
信田:性格は、最近は穏やかですね、とか優しいですね、とか。丁寧ですね、とか。あと、すごい行動力ですね、とか。言われることが多いですね。
ちょっとこう、何て言うのかな、気心知れてくると、何か変わってるよね、みたいなことを言われる人もいますね。ていう感じです。
イワナ:ご自身ではどうですか?
信田:まあ、そうですね。自分はつくづく面倒くさい人間だな、とは思いますね。っていうのは、何事も追求していくと、こう、やっぱり大変になってくるんですよね、物事が。だから丁寧だね、とかっていうのも、丁寧にやりすぎると疲れてしまうし。優しさも、全ての人に振りまこうとすると疲れるし。
イワナ:うんうん。
信田:行動力がすごいねっていうのも、やればやるほどこう、余裕がなくなってくるんで。で、教育の本質とは何か?みたいなものの追求も、一言では語れない、ものすごい奥深いものなので。ああだこうだ、あっち行ったりこっち行ったりするわけじゃないですか。そうすると、四六時中考えることになるので、面倒くさいな。面倒くさいやつになるんですよねなんか。
だから、もう世の中の仕事とか、これぐらい適当でいいじゃん、みたいなことも、いや、それって本質的にはそうじゃないよね?みたいなことを言い出すと、もう1回最初から考え直さなきゃいけないとかってなって。それ面倒くさいよねってなるんで。
面倒くさいやつだなっていうのはあるんですよね。もっと浅いところで適当にやれば終わっちゃうようなことも追求せずにはいられない、みたいなところがあるんで。面倒くさい。そういう意味で面倒くさいやつだなと思いますね。
イワナ:それってご自身的には、どうありたいと思いますか?
信田:うーん、やっぱりこう、自分がどうありたいかっていうことで言うと、それを貫いてやっていきたいっていうのはあるんですよ。
で、世界の理想で言うと、世界とか日本とかその教育全体っていうので言うと、日本の教育はもっと本質的であるべきだし、本質的に人間が幸せになるために最善のベストなことをし続けていくっていうことが大事だと思うので。
だから、自分自身は貫きつつ、世界全体も、人間の究極の生きる目的は、僕は幸せになるためっていうのが生きてる理由だと思うんですけど。
イワナ:はい。
信田:それに近づくためにみんなでこう、やっていくべきだと思うんですよね。
イワナ:うんうん。
信田:教育だったら、全ての教育者が、本質的なことを大事にしていくと。また、そこは僕の力が影響しうる範疇ではないので、難しいと思うんですよね。
なんか、なんで教員やってるんですかって聞いたときに、いや、公務員で安定してるんで、みたいな。なんか別に教育の本質で子供のために、とかって思ってる人もいれば、いやあ給料いいし安定してるから、みたいなの、それ以上の思いも何もないよ、みたいな人も、いていいと思うんですよ。全然、いていいと思うんですけど。
それじゃ本当にいい教育っていうのは作れないなっていうのは思ってて。だから、コントロールできるのは自分だけなんで、自分を貫くしかない。全体がどうなるかはちょっとわかんないっすね。
イワナ:最近楽しかったことって何ですか?
信田:最近楽しかったことは、ええと、ずーっと自分が考えていたことが、こう、何て言うのかな。さっき面倒くさいやつって話があったんですけど、面倒くさいやつの話って伝わりにくいんですよね、いろんな人に。本質的な話とか、抽象的な話って、なかなか通じないんですよ、いろんな人に。抽象概念的なこととか、哲学的なこととか。それが通じる人が現れて。
なんでこの人には、1を言えば10が伝わるんだろう、みたいな感動があって。10言っても1も伝わらん人も過去にはいたんですが。1言えば10伝わるとか。なんなら言ってもないのに、そう思ってんじゃない?とかって言われて。いや、思ってた思ってた、みたいな。
イワナ:うんうん。
信田:そういう人との出会いっていうのは、とてつもなく嬉しいし、とてつもなく楽しいですよね。
過去:自分に優しくできるようになった。だから人にも優しくできるようになった。今までは自分に厳しく、他者にも厳しく、っていう。それがもう、自分にそんなに厳しくしたら死んじゃうよ、っていうとこまで行って。
イワナ:子供のときってどういうお子さんでしたか?
信田:ええっとですね。3歳ぐらいのエピソードがわかりやすいと思うので、そこを話します。一言で言うと、他の人、他の子と違うようなことをする子で。例えば、なんか習い事に行ってたんですよね。リトミック教室っていう習い事に行っていて。入り口で名札を付けさせられるんですけど。他の3歳児はみんな名札付けてもらうのに、僕だけ名札は絶対につけないって先生に対して拒否をしたり。
イワナ:うんうん。
信田:あとは、その教室の中でリズム運動とかっていって、床に引いてある線の上を丁寧に歩いていくっていうような運動があるんですけど。わざと線を、1人だけまたいで歩く、とか。20人いる中のね。
あとは、小学校上がって授業参観のときとかも、好きな食べ物なんですか?とかって言って先生が問いかけたときに、最初に当てた子がイチゴって答えたんですね。そうすると次の子もイチゴって答えて。その後ろの子っていうとイチゴって言って、イチゴ、イチゴ、イチゴ、って連続で続くんですよ。なんかイチゴ、イチゴ、って5、6人ぐらい続いて、僕の番が来たんですよ。
イワナ:うん。
信田:母親が、うちの子もイチゴって言うのかなと思ったら、僕はスイカって言って。なんかちょっと笑いが起こる、みたいな。なんか、流されない、っていうか。人が名札付けてても付けさせないし。みんなが線の上を歩いてても自分だけわざと歩かないし。ていうなんかね、変わった子だったんですよね。うん。
イワナ:それって、どうしてそうしてたんでしょう?
信田:うーん、本能でしょうね。本能であり、したくないことはしないっていうなんか、自分がしたいことをする、したくないことはしないっていう、ある種こう、自分の本音に正直だったんでしょうね。そんときは。うん。
イワナ:大人だったら今までの経験で結構いろんな引き出しを持つようになると思うんですけど、子供のときって周りの子とか、周りの大人からしか、行動の選択肢がないんかなって思っていて。
名札をつけないとか、線の上を歩かないで行ってみるとかは、誰かの影響だったんでしょうか?
信田:なんか、それはあんまり、どっかからの影響は多分なくて。なんかもう根本的に僕がそういう人間だったっていうので。その証拠としては、母親が、もうあんたは生まれたときから、そういう子だったって言ってましたね。手のかかる子だったって。
言うことは聞かないし。やりたいことをやるし。嫌だと言い出したら何が何でも嫌だ、っていう感じだし、みたいな。そういう子だった。生まれたときから、っていう。
イワナ:中学生のときとかはどうでしたか?
信田:そうですね。それが、そういう僕が変わってったのが中学生で。勉強やスポーツもある程度できて、周りからは優等生っていうふうに見られて。先生たちも、学級委員やりなさいとか生徒会やりなさいとか。で、結局僕は、そこでも拒否し続けるんですけど。やりたくないから。
陸上部のキャプテンだけは無理やりやらされて。というか先生が決めたから、今から発表しますって言って、もう無理やり決めちゃったんで。断れない状況を作られて、まんまとはめられたんですけど。先生からの推薦ということで。部員も120人ぐらいいる、結構多い、人数の多い中学校の陸上部で。なんかこう、なんていうのかな。それ自体はありがたい話だったんですけど。陸上が好きだったので。
でもやっぱり、優等生キャラみたいなのを知らず知らずのうちに刷り込まれてった時期でしたね。内申点とかもあったんで。成績とかを意識して。優等生キャラを演じ始めたときでしたね。
イワナ:陸上が好きなのも、そういう流れみたいな感じだったんですか?
信田:まあ、それは小学生ぐらいのときから、ちょっとこう、身体能力が割と高めだったので。陸上部に入って、小学校の時に。その流れでっていう感じですね。
イワナ:高校生とかはどうでしたか?
信田:高校生はもう腐ってましたね。本当に、なんかその、進路、中3の時に進路を決めるときに、スポーツの強豪校に進みたかったんですけど。私立の。父親が、県立の進学校に行きなさい、って言ったことで、そこに行く、なんかやっぱり優等生キャラじゃないけど、こう、なんか言うこと聞いといた方がいいかなって思っちゃって。
進学校を選んじゃったので。もう入ったときからあんまりモチベーションはなくて。しかも進学校で、勉強、勉強、っていう学校だったんで。勉強でしか評価されない。で、スポーツをやる環境は整ってない。で、部活は一応入ったけど、2ヶ月ぐらいで退部しちゃって。退部してからといって勉強に集中するわけもなく。
イワナ:うんうん。
信田:高2、高3ぐらいは学校さぼったりもしてたんで。学校さぼって遊んでたりとか。本当、暗黒の3年間でしたね。はい。
イワナ:高校を卒業してからは、大学に行かれたんですか?
信田:そうですね。ストレートで大学に入って。大学はもう本当に自由な大学だったんで。楽しく過ごせましたね。はい。
イワナ:大学のときは、どういうことをされてましたか?
信田:でももう、学部の授業と、部活。部活だけですね。でもその部活が楽しかったんで。陸上部に入ったんですけど。いい仲間に恵まれて。今でも話すような仲間たちに出会って。本当に楽しい4年間を過ごさせてもらったなっていう感じですね。
イワナ:大学のときはこれをやらなきゃいけない、みたいな圧は感じなかったですか?
信田:そもそも、まず京都、京都の同志社大学っていうところに進学して。その同志社大学自体がなんかすごい自由な大学で。全然こう、縛りがないような大学だったんですね。
僕的にはそう思ってたんすけど。授業もそんな厳しいことも言われないし。それが、しかも一人暮らしなんで誰も文句言ってくる人もいないし。それは大きかったですね。うん。
イワナ:なるほど。
信田:高校とまるで環境が違う。高校はもう進学校で、もうがんじがらめで。死ぬほど宿題出されて、みたいな環境だったんで。真逆でしたね。
イワナ:大学に入ったときはどんな気持ちでしたか?
信田:なんか、自由を手に入れたぞっていう感じでした。
イワナ:大学を出てからは、教員になりたいって思って卒業されたんですか?
信田:ええと、それがちょっとストーリーになると思うんで、お話すると。私自身はそもそも教育学部ではなかったので。大学1年のときまでは教職課程を取ってなかったんですよね。
だから大学1年までは教員になろうとしてもなれないポジションでいたんですよ。で、大学2年に上がるタイミングで、なんかこのまま卒業しても大学卒業という資格しか手に入らないんだ、ってなんか思って。唐突に。
で、今から取れる資格って何なんだろうって思ったときに、数学の免許が一応取れるっていうことで。一応取っとこう、みたいな感じで2年生からの単位を追加して。50単位ぐらいプラスして。数学の免許を2年半ぐらいで取るって決めて。大学3年生の終わりぐらいまで勉強してたんですよね、普通に。
で、大学3年生になると就職活動とかみんなするじゃないですか。で、就職活動僕もしたんですよ。地元に帰りたかったんで、トヨタ自動車とかデンソーとかアイシンとか。そういう一流企業ばっか。背伸びして受けてたんですけど。その一環として教員採用試験もとりあえず受けとこう、みたいなぐらいのモチベーションだったんですね。
だから就活、あくまでも就活の一環です、ぐらいの捉え。
で、大学4年生の5月に教育実習に行ったのが人生の転機で。中学校2年生のクラスに3週間入らせてもらって。当時、就活をしてたんですけど、就活してるなんて言うと失礼に当たるので。もうその中学校2年生の生徒と先生たちには、教師になるのが夢で、教育実習にきました、みたいなことを言って。嘘をついて。3週間。一生懸命やったのは事実で、3週間一生懸命やったんですね。
イワナ:はい。
信田:そしたら、3週間の最後の日に、クラスでお別れ会やってくれて。その時にある男の子が手紙を代表で読んでくれて。僕はプロ野球選手になるという夢を叶えるので、先生は本当の先生になるという夢を叶えて、また来年、僕たちは中3なので、この学校に、本当の、本物の先生として戻ってきてください、みたいな手紙を泣きながら読んでくれて。なんか泣いてたんですよね、すごく。
その子が。中2の男の子が。で、なんか感動しちゃったんですね、僕はそれに。なんか、そんなことって普通の仕事してたら絶対ないだろうなと思って。もうそれの感動によって、すぐに就活やめて。1ヶ月後の教員採用試験、申し込んであったので。突貫工事で勉強して。そしたら受かることができたんで、教員になることにしました。
っていうちょっと感動の出来事があって教員になったっていう感じですね。
イワナ:教員になってからはどうでしたか?
信田:ええと、それがまたいろいろ大変なことが起こって。なんかそもそも、私が最初に赴任した学校が、研究指定、研究指定校だったんですね。
イワナ:はい。
信田:研究指定を受けているような中学校で。しかもいきなり担任を持ち、かつ、野球部の顧問だったんですね。野球部、野球なんてやったことないし。
その研究発表っていうのが、研究授業と研究発表というのが11月にあったんですよ、新任の。で、120人しか生徒がいない学校だったのに、そこに350人ぐらい先生が授業参観に来るっていう、めちゃくちゃ大規模な研究発表をやることになってて。研究発表当日、僕のクラス、生徒25人ぐらいだったんですけど、なんか60人ぐらい先生が見に来るみたいな。ひとクラスに。
もうそういう、それぐらい大規模な、研究発表、研究指定校になってて。まあ、それを成立させるために、もう毎朝6時に出勤して、12時過ぎに帰るような毎日で。時には徹夜したり。徹夜することも何回もありましたし。そういう日々でしたね。
それをただただ一生懸命こなす日々っていう感じでした。はい。
イワナ:その時って、働いてるときの気持ちはどんな感じでしたか?
信田:うーんまあ、なんかこう、責任感とかがすごいあって。生徒にこう、一生懸命やることの大切さとかを教えるためには、自分が一番一生懸命やらないといけない。姿で見せるしかないと思ってたんで。誰よりも頑張る、みたいなのに燃えていたっていう感じですね。
イワナ:先生だった期間を経て、今の活動をされるまでって、どういう流れだったんですか?
信田:とにかく一生懸命頑張り続けたんですよね。新任のときから。で、教員7年目ぐらいのときに、身体が壊れて。で、心身ともに、もう体がいうこと、心身ともにいうことをきかなくなって。体も心も壊れてしまって。ちょっと休みをいただいたんですね。
で、復帰してから、いろんな、なんか教育論とかを学ぶようになって。
今までは学校の中で、その目の前の生徒のために、ただただひたすら頑張る、しかなかったんですよ。方法が。だけど、いろんな教育理論とかを学んだときに、生徒のために尽くせば尽くすほど、子供の自主性を、逆に削いでしまっているな、ということに気づき。
生徒が育ったのは先生の頑張りによってであって、手をかけすぎていたな、みたいな。そうすると自ら行動するっていう機会を削いでしまっていたなとかっていう、そういう、教育理論を学ぶことによって、それに気づいたんですよね。
で、教員のラスト3年ぐらい。8年目、9年目、10年目、11年目ぐらいがもう、そういう指導スタイルになって。なにがなんでも頑張る、みたいな、頑張るマンみたいなのを卒業して。
もっと余裕を持って。人生の豊かさとか幸せを感じながら、生徒と向き合う、みたいな。
もうそれも、最初の7年間ぐらいは、頑張らせることに必死で、自分も頑張るしかないと思った。それしか方法がなくて。
イワナ:はい。
信田:で、7年目8年目ぐらいが体調崩したり、自問自答したり、学んだりして。9年目10年目11年目が、新しく生まれ変わった自分で。なんていうのかな。
もっと生徒を信じて、任せる。生徒自らやる、っていう方向にシフトしていって、ていう感じですね。
イワナ:ご自身で、なにかを学んで吸収してやり方を変えるのって、すごい難しいというか、なかなか、できる人いないなって思うんですけど。
その教育論っていうのに出会ったことが大きいきっかけやったってことですかね。
信田:まあ、そうですね。ひとつは、ボトムアップ理論っていう、教育法というか。サッカーの指導方法なんですけど。高校サッカーで日本一になった、畑先生っていう人がいて。
畑先生に出会って。で、こう、トップダウンで無理やり教え込むんじゃなくて、ボトムアップで、生徒から主体性が出るようにっていう指導法なんですけど。それに出会ったのが教員9年目ぐらいで。そこでガラッと変わるんですけど。
でもやっぱりそれを受け入れられた、その、今おっしゃっていただいた、なんかきっかけっていうので言うと、もう教員7、8年目で、心も体も壊れたって言ったんですけど。もう結構、自ら命を絶つぐらいの精神の追い込まれ方をしたので。もう、なんていうのかな。人生のどん底を味わったからなにかを変えざるを得なかったっていう、なにかを変えるしかないっていう、もう根性論での乗り切るのはもう無理だっていう。
なんか、生死のはざまにまで追い詰められて。自分を追い込むことしか解決の方法論を知らなくて。
イワナ:はい。
信田:で、7年間、毎月200時間の残業を課し。もっと頑張らなきゃもっと頑張らなきゃってやって、バーンアウトしての、猶予期間だったんで。その時に、自己否定をたくさんして。もう死んだ方がいいんじゃないかと思って。
いや待てよ、っていうとこに行けたときに、頑張らないっていう逆方向の方法論、なんていうのかな、自分をいたわる、みたいなことができるようになったっていう。ですね。
自分に優しくできるようになった。だから人にも優しくできるようになった。今までは自分に厳しく、他者にも厳しく、っていう。それがもう、自分にそんなに厳しくしたら死んじゃうよ、っていうとこまで行って。
で、自分をいたわらなきゃ、っていうとこから、自分に優しく、人にも優しく、っていうフェーズに入れた。その時に、その時にちょうど、トップダウンじゃなくてボトムアップっていう理論が来たから、スッて入ったっていう順番だと思うんですよね。
未来:今、これしたい、あれしたいっていう気持ちって、一番熱いのって今、この瞬間なんですよ。
イワナ:5年後10年後、死ぬときぐらいまで想像してもらって、自分の未来にどういうイメージを持っていますか?
信田:ええとですね、それで言うと、もう正直、1年後もわからないみたいなのが正直あって。っていうのは、その、今来てくれてる子供たちにも伝えたいのは、今、これしたい、あれしたいっていう気持ちって、一番熱いのって今、この瞬間なんですよ。
イワナ:うんうん。
信田:それを、10日後にやればいいとか、来年やればいいとか、再来年やればいいっていうのは、もうその熱が冷めてしまっている状態だと思うんですね。ってことは、今日したいこととか、明日になったらその明日したいことをし続けるっていうのが、一番こう、人生の幸福感が高いと思ってて。
そうなってくると、現時点で5年後にしたいことって、5年後、いざ5年後が来たら変わってると思うんですよね。
なので、その、僕自身ですら想像がつかない5年後になってると思っています。それは10年後も死ぬときも一緒で。
まあ変な話、3年前までには、3年前は、フリースクール作るなんて思ってなかったですし。5年前は、教員辞めるとすら思ってなかったんで。
5年前は、もう校長になって俺が教育を変えるんだ、みたいな思いだったのに。その2年後には教員やめてるわけだし。
イワナ:うん。
信田:教員やめた3年前の時点では、大人向けのね、講座とか開いて。大人を変えれば子供が変わるだろうみたいに思ってて。やってたけど。蓋あけてみたら、3年後の現在はフリースクールやってたし。
だから僕の、その、5年後10年後死ぬときっていうのを想像したときに、唯一こうだったらいいなっていうのは、5年後の僕も、10年後の僕も、死ぬ直前の僕も、その瞬間にしたいことをしている自分であり続けたいなっていうのは思ってます。
かつ、もしその瞬間も、子供たちに関わる、フリースクールとか、教育関係の仕事を続けているとしたら、そこに関わる子供たち自身にも、その瞬間、一番したいことをしててほしいなと思いますね。そういう未来を描いていますね。
イワナ:ありがとうございます。
冒頭の、現在のお話のところで、教育の本質についてお話をされていたと思うんですけど。
明日もし理想の世界になってるとしたら、どういう世界だと思いますか?
信田:それはもうさっき言った、その5年後10年後と同じですけど、明日の時点で、世の中のみんなが、今その瞬間やりたいことを心から楽しみながらやっている状態。
まあ今、仕事で先生やってる人がいたら、もう本当に楽しそうに仕事を、教員という仕事をやってるとか。工場で働いてる人は、その仕事を楽しくやってるとか。
それが違和感がある、今違和感がある人がいたら転職して、自分のやりたいことを楽しそうにやっている。うん。っていうのがまあ、理想ですね。
イワナ:良いですね。ありがとうございます。
信田さん自身は今現在、何%楽しんで生きていますか?
信田:そうですね。うーん。それちょっと難しいなあ。
っていうのは、なんか大筋やれてると思うんですよね。そういう意味では100って言ってもいいのかもしれないけど。細かいところに目を向けてみると、全然っていうのはあるんで。細かいとこ見ると、あれもできてないこれもできてないってなるんで。30ぐらいかなとか思っちゃうんですけど。
なんか、なんていうのがいいかな。大筋の流れとしては、100%楽しい方向に向かってる。
イワナ:はい。
信田:ただ、小さな部分。具体の部分で一つひとつ、この部分はこうしたい、この部分はああしたい、っていうことを見ていくと。これもやりたいけどやれてなかったなっていうことが出てくるんで。細部を見ると30%ぐらい。っていうちょっと独特な答え方になるんですけど。
いや、なんていうのかな、その、筋トレもやりたいとか、英語の勉強もしたい、とかって言うとなんかやっぱりできなかったりもするんで。ちょっとやることがいろいろ他にあってかまけてないがしろにしちゃったりするんで。うん。詳細を見るとそうなっちゃうっていう癖がありますね、僕に。
イワナ:なるほど。
信田:そういうなんか微妙な、なんか全体を見ると100だけど詳細を見ると30みたいな。なんかこう、矛盾したものが、同じ人間の中に内在されてるっていう、その人間臭さみたいなのを、あえて書いてもらえると、おもろいなっていう気がするんすよね。っていう表現です。
イワナ:面白いですね。めっちゃ厳しいですね、自分に。
信田:うん、と思いますね。だから30ですって言うと嘘だし。100ですって言い切っても嘘な気がしてて。100の部分と30の部分が同時に存在するっていう。
で、こういうこと言ってるから面倒くさいやつってなるんすよね。さっき言った。どっちなんだよ結局、みたいな。いや両方、僕の中では真実なんだよ、みたいな。
イワナ:うんうん。面白いです。
なんとなく、なんかこういう方なんかな、みたいなのはちょっと見えてきました。
その30%の部分って、どうなったら完全に100になるんでしょうか?
信田:ああ、やっぱりこう、自分がしたいことを本当に成し遂げていくっていうことを考えたときに、やっぱりどうしても、ちょっと、しなきゃいけないことっていうのが出てくると思ってて。
例えば、子供たちに海外のことを伝えたいって言ったときに、英語を僕が読めたり、英語が流暢だった方が、海外の情報とかもっと取れるはずじゃないですか。でも、その英語力がないから、取れない。子供に伝えれない。とか。
あとはトレーニングジムとかに行ってもっと自分を磨きたい、もっとかっこいい自分でいたい、ってなったときに、そこはなんか、努力なしでは得られないので。ちょっとないがしろに、さぼったりとか。今は全然できてないんですけど。うん。
だから理想を言えばあれもできたりこれもできた方がもっといいんだけど、それが時間的なこととか、自分のキャパシティ的にできないから。引き算されて、その数値になっちゃう。
でもふたつ、パッて思いついたのはそれですね。自分の体磨きと、トレーニングと、英語が、研ぎ澄まさればまあ、100に近くなりますね。僕の中では結構、それが大きいかな。健康と英語力、みたいな。現段階では。
イワナ:やりたいことが複数個あって時間も限られてる中で、今はこれをしていこう、って選ぶのは、どういったモチベーションが理由になるんですか?
信田:ああ。でもなんか、成長ですかね。成長っていうキーワードがあって。やっぱり英語ができるって成長じゃないですか。で、体鍛えるって成長じゃないですか。
自分がもう1、2段階上のステージに行けるっていうものが嬉しいっていうか。なんだろう。例えばしたいことが、パチンコとかだったら、なんかあんまり成長って感じじゃないと思うんですけどね。それはなんか、やって単純に楽しい、みたいな。
楽しい、楽しいと成長が、ちょっとセットになってるっていう。
イワナ:はい。
信田:成長もするから楽しい、みたいなのはあると思います。
イワナ:なるほど。それもまた、そういう軸が、5年後とか10年後とかは変わってるかもしれないっていうことですよね。
信田:そうですね、なんか。体より心を磨く方にいってるかもしれないし。英語、もうなんか翻訳ツールで十分、と思ってるかもしれないし。ちょっとそれはわかんないですね。逆に言えばもう習得しちゃってたら、次は違うこと考えてるかもしれないし。
イワナ:確かに。ありがとうございます。
インタビューは以上になるんですけど、最後に言い残したことがあればお聞きしてて。
信田:最後に言い残したこと。
イワナ:読んでくれる人向けでも独り言でも何でも大丈夫です。
信田:ええと、そうですね。うーん。なんか、えー、そうだな。
この文章読んで、読んだ上で、こいつと喋りたいって思った人は、連絡をください。
イワナ:面白いですね。
信田:うん。なんか、この僕の思いや、人生ストーリーに、共感なり、なんか喋ってみたいなと思った人は、もう語り合いましょう。みたいな感じです。
あとがき
信田さん、ありがとうございました。
最近は個人的に教育関係の方が続いています。
皆さん、各々でしっかり「教育とは」に向き合われて、自分の中の答えがあられる。
もしかしたら何年後かにはまた別の考え方を持つかもしれないけれど、今、この瞬間の考えをここに記録。毎回ありがたい言葉を受けて、なんかわたしはもうインタビューによって恩恵を受けているみたいな感覚になる。。。
今回の好きな言葉は、「やりたいっていうのの一番熱いのって今、この瞬間」。
ハッとしちゃいました。無名人インタビューの名言集がそろそろ作れそう。
著作権とか、難しいですね。。とか考えながら。
私はもう義務教育を卒業していますが、あの頃の先生はどうだったかなあ、とか思いをはせるきっかけになっています。
12年間、いや、幼稚園も足して15年間で一番覚えている好きだった先生は、高校の時の科学の先生ですね。あんなに苦手なはずの科学の授業をとても楽しみにしていました。
いつも小話を挟んでくれた、楽しそうだった先生。あの頃私は17歳、今、あの頃の先生の歳になりました。あんなに密度の濃い小話を作れる先生の生き方にかんぱ~い・・
今回もお読みいただきありがとうございました!✿
【インタビュー・編集・あとがき:イワナ】
【文字起こし:あおい】
#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #フリースクール #子育て #学校
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
インタビュー参加募集!

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!