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元面接官キャリアコンサルタントの人

むかしむかし、ある国に、道案内(みちあんない)という名の賢者が住んでいました。道案内は長年、多くの若者たちの人生の道筋を見定める仕事をしておりました。
ある日、迷子になった青年が道案内の元を訪れました。
「私はどの道を歩めばよいのでしょうか?」と青年は尋ねました。
道案内は静かに微笑んで言いました。
「まず、あなたが今まで歩んできた道を教えてください」
青年は戸惑いました。「えっと...特に何も...」
「では、何をしているときが一番楽しいですか?」道案内は優しく問いかけました。
青年は考えながら答えました。「子どもたちに算数を教えているときかもしれません」
「なぜ楽しいのですか?」
「子どもたちの『分かった!』という顔を見ると、とても嬉しくて...」
道案内は頷きました。「それがあなたの宝物ですね。では、どんな困難があっても、その宝物を大切にできますか?」
青年の目が輝きました。「はい!」
道案内は言いました。
「道は一つではありません。大切なのは、あなたの心が向かう方向を知ること。そして、その道を歩む覚悟を持つことです」
青年は寺子屋の先生となり、多くの子どもたちに愛される教師になったそうです。
それからというもの、「道案内に会えば、迷いが晴れる」と言い伝えられ、多くの人々が人生の道筋を見つけていったとさ。
めでたし、めでたし。

と思う2025年07月11日19時44分に書く無名人インタビュー1120回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】


今回ご参加いただいたのは 向山のりちか|元面接官キャリアコンサルタント さんです!

年齢:50代後半
性別:男性
職業:キャリアコンサルタント、キャリアコーチ

音声バージョンはこちらです!



現在:毎日が楽しくてしょうがない感じですかね。

qbc:
今何をしてる人でしょうか?

向山のりちか:
本業は、人材サービス会社でBPO事業をやっています。ビジネスプロセスアウトソーシングっていう、要は業務委託の事業をうちの会社がやっていて、そこで私がやっているのはファシリティマネジメント。いわゆる設備の調達です。
例えば、不動産オフィスを借りて2ヶ月でオフィスを作り上げるとか、そういうようなことが私の本業です。
副業としては、今55歳なんですけど、50歳から転職の支援をしています。
今やっている本業の方で、人事で採用をやってたんですね。10年近く面接官をやっていたので、そのときの面接官の知見を活かして、今副業で転職のお手伝いをしている感じです。なので、こういうふうにzoomで面接の練習をしたり、履歴書や職務経歴書の書き方のアドバイスをしたりしています。

qbc:
趣味は何ですか?

向山のりちか:
外に出かけることが多くて、冬はスノーボード、夏はシュノーケリング、春と秋はキャンプや山登りをしてます。
今は週に2回、土日は朝一でホットヨガをやっていて、もう6年続いてます。その前に普通の温度のヨガは5年くらいやっているので、ヨガは10年以上やってますね。
あとは映画を見るのが好きで、見た映画のログをつけてるんですけど、今1880本ぐらい見てますかね?そんな感じです。

qbc:
お仕事の方は、今の会社での勤務は長いんですか?

向山のりちか:
今の会社は33歳からなので、22年目になります。

qbc:
副業の方はどれぐらいされてるんですか?

向山のりちか:
副業は5年です。

qbc:
今、どんなことを考えながら生きていらっしゃるんですか?

向山のりちか:
今が一番楽しいですかね。多分僕、副業を始めてからかなり変わったと思ってて。今やってる副業が、僕の天職だと思ってるんですよね。なので、死ぬまでこれは続けていきたいなと思ってます。毎日が楽しくてしょうがない感じですかね。

qbc:
楽しいポイントっていうのは、どこにあるんですか?

向山のりちか:
今副業でやってるのが転職のお手伝いなんですけど、ただ内定を取りましょうというよりかは、その人の人生のお話を聞いて、その人がどんな人なのかということを把握して、じゃあどういう部分を面接のときに見せたらいいのかを一緒になって考えているっていう仕事なんですよね。それが多分ものすごく楽しいんですよね。
結構皆さんからそんなに夜遅くまでやって大変じゃないの?って言われるんですけど、話しすぎてもう話を聞きたくないと思うことは一切なくて、自分も楽しめているのにお金をいただいていて大変ありがたいなって思ってますね。

qbc:
例えばどんなお話をされるんですか?相談の中身としては。

向山のりちか:
僕のところに来られる方は、転職活動してるけどなかなか書類選考が通らないとか、面接がうまくいかないっていう方なんですよ。
悩みを聞いていて思うのは、自分のことをアピールするのって得意な方はなかなかいらっしゃらなくて。伝えているポイントがずれてるとか、良いところがあるのに、そこがアピールできていないっていうことが結構多くて。
なので、あなたの良いところってこういうところなんじゃないですか?とか、こういう部分をもっとアピールした方がいいんじゃないですか?っていう話をすると、その方の表情がパッと明るくなるんですよね。
多分今までも気づいてなかった人もいるし、うっすらそうかもなと思いながらもそこに自信が持てなかったりしている人に、「僕から見たらあなたってこんな人だと思うんです」と伝えることによって、その人の表情が変わるっていうのはシンプルに嬉しいです。
あとは、オーバーな言い方ですけど、芋虫から蝶に羽化するような瞬間をzoomを通して見れたりするんですよね。多分僕は、これが大好物なんだと思う。

qbc:
どんなときにそういう瞬間があるんですか?

向山のりちか:
例えば、「私の強みはコミュニケーション力です」っていう方がいたんです。
で、もうちょっと解像度を上げましょうっていう話をしていって、じゃあ具体的にどういうところでコミュニケーション力を発揮ができたかを掘り下げていったら、その方は短期のプロジェクトで割と早い段階でメンバーの心を掴めたっていう経験があったんですよ。
世の中にはコミュニケーションスキルってたくさんあるんですよね。特に採用活動をしてると、「私の強みはコミュニケーションです」っていう人って、10人中8人いるくらいなんです。
だから、その方がコミュニケーション力を発揮できたところを振り返って、「あなたは短期間の中で関係性作るのがうまいっていうふうに僕は見えたんですけど」っていう話をしたら、その方も腹落ちしてくれて。表情がすごく変わったんですよ。
自分の本質をそこで見つけられたというか、「自分ってこうだったんだ」っていうことを再発見できたというか。それが見れた瞬間ですかね。

qbc:
抽象度が高すぎたのは、なぜだったんですかね?

向山のりちか:
この方だけではなく、多くの人が抽象的になってしまうんですよね。
世の中には転職に関する本やインターネットのサイト、転職エージェントなど、情報が溢れているんですけど、そこで書かれている強みってそもそも抽象的なものが多いんです。書く側が色々な人にフィットするような抽象的なワードを使っているので、それをそのまま拾ってきちゃってるっていうのが一つの例としてあると思います。
つまりメディアの害悪というか、自分の強みはコミュニケーションスキルですって答えると良いって書いてあるから、自分もそう言おうって思っちゃう人が多いっていう感じですね。
もう一つは、やっぱり皆さん自己分析があまりできてないと思います。
だから、浅い段階で「あーこれ俺の強みだ」っていうふうに持ってっちゃうんですよね。その二つがあるんじゃないかなと思います。

qbc:
その瞬間を見る楽しさっていうのは、これまでの人生でありました?

向山のりちか:
採用担当の面接官をやっているとき、そういう感覚はあったんだなと思うんですけど。でも多分、そのときには僕自身が人の話を聞くっていうことが天職だと思ってなかったんですよね。

qbc:
はい。

向山のりちか:
一日で6組面接しても全然疲れないし、嫌だなと思ったことも一度もないから毎日楽しくてしょうがなかったんですけど、与えられた仕事としてこなしていた感じがあって。
でも、副業を始める前ぐらいのタイミングで、僕は今まで「自分の強みって何ですか?」って皆さんに尋ねてることを、逆に自分が聞かれたときにあまりうまい答えが見つからなかったんです。
でも、一日6組面接してても嫌だと思ったことないっていう話を誰かにしたら、それってすごいですねって言われたんですよ。
自分では当たり前のようにやってきたことが、人によってはすごいことだと映っていたというのがわかって、これは誰もができることではないのかなと思ったんです。そこで、これが自分の好きで得意なことなのかなと思うようになりました。
ちょっと質問からそれちゃったんですけど、話を戻すと、面接官をやっていたときに人の表情が変わるっていうのは感じたことはありましたね。

qbc:
はい。

向山のりちか:
ちなみにちょっと違いを言っておくと、面接官はその人を支援するわけではなくジャッジをする人なので、その人の強みを一生懸命見つけてあげようとは思わないんですよ。
むしろ、逆にそれを引き出してしまうと、その人のアピールを手助けしてしまうことになってしまうので。
なので、支援をしようとかっていう観点は持ってなかったんですけど、今やってることは、その人が人生で成功するためのお手伝いであり、成長を支援しているんですよ。
似たようなことをやってるんですけど、立場が違うっていうのがあるので、面接官をやっているときよりもさらに今が楽しい理由だと思います。こういうことって、あまり考えたことなかったですけど。

qbc:
そもそも、なぜ副業を始めたんですか?

向山のりちか:
まず本業での採用担当は会社からの指示で、副業を始めたのはそれから15年後ぐらいです。

qbc:
はいはい。

向山のりちか:
僕が面接官をやってたのは30〜40歳くらいの時期。
そのときは小さい会社だったので、僕は人事の経験もなく、営業しかやったことなかったんですけど。いわゆる人事総務的な仕事をやりなさいよって言われたんですよね。
面接官なんて今までやったこともないので、先輩がやってるのを見よう見まねでやりながら、その先輩も結構早々に辞めちゃったので、自分で独学で作り上げてきた感じですかね。振り返ってみれば、誰かがここはこうするといいよなんて言ってくれなかったので、かなり独力でやってきましたね。
で、やってみたら面白いじゃんっていうふうに思った。というのが本業のときの話です。
副業に関しては、僕は50歳で副業を始めたんですけど、なぜ始めたのかというと、当時は60歳が定年だったので、60歳になったときに世の中では企業の再雇用とかやってるんだけど、60にもなってサラリーマンとかはあまりやりたくないなと思って。
別にサラリーマンがつらいわけではなかったんですけど、もう少し自由にやりたいなと思ったので、10年前の50歳の段階で、じゃあ10年後のための準備をしようと思って副業をやろうと決めたんですよね。
ちょうどそのタイミングで会社の人事制度で副業が解禁になったっていうところも、後押しになったかもしれないです。

qbc:
副業として人事の仕事を選ばれた理由っていうのは何なんですか?

向山のりちか:
ストアカというサイトがあって、そこではパソコンの使い方とかカメラの写真の撮り方、ビジネススキルを教えますっていうことをやってるんですけど、その中で「50歳からの副業」っていう講座を見つけたんです。
これまさに俺のことじゃんって思って、その方の講座に申し込みました。当時はコロナ前だったので、zoomとかも流行ってない頃だったんですよ。コロナ直前だったんですけど。
で、渋谷のスクランブル交差点のスタバにおじさん二人で入って、その方も本業をやりながら副業で色々なことをやってる方なので、副業についてのイントロダクションというか、副業ってこういうもんだよっていうのを説明してくれて。
それで、向山さんは副業で何をやりたいと思ってるんですか?みたいな話をされたんですよ。
で、その後に言われたのが、「向山さんが今までの人生でやり残した事って何ですか?」って聞かれたんです。
この質問が結構僕に刺さって、やりたいことじゃなくてやり残したことを聞くんだ、って思って。そこから、今までの人生でどんなことやってきたのかを振り返って、二人で話をしながら簡単なキャリアの棚卸しをしました。
僕はそのときはもう面接官をやってなかったのですが、10年くらいに渡って面接官をやっていて、そのときに世の中には自分にフィットしない仕事で悩んでる人たちがこんなにいるんだっていうのを思ったんです。
だから、そういう人たちがもっと自分が輝ける場所で仕事ができるようなお手伝いができたらいいなと思うんですよねっていう話をしたら、そのコンサルタントの方が、じゃあそれやりましょうって言ってくれて。
どうやってやったらいいんですか?って聞いたら、僕と同じようにストアカで先生になってくださいって言われたんです。
そんなの僕にできないですよ、って言ったんですが、その後その方とは5回くらい面談することになって、その話をしてから1ヶ月後に僕もストアカで講師デビューしたんです。今でもストアカでやってるんですけど、延べ400人ぐらいの方の転職のアドバイスをやってこれたんです。
その方との出会いがなかったら、副業として転職の支援をするっていうことはやってなかったと思いますね。

qbc:
続いた理由は何だと思いますか?

向山のりちか:
今まで続けてこれた理由ですかね?

qbc:
そうですね。1回目から楽しかったですか?

向山のりちか:
1回目2回目3回目くらいは本当に最初なので、正直僕の生徒さんたちはサクラだったんですよ。それこそその先生に来てもらったりとか、他の知り合いや僕が受講した先生に入ってもらったりしてたので、最初は実績を稼ぐためにやってました。
で、4回目か5回目ぐらいのときに来られた方に、こんな内容でお金取るんですか?ってすごく激しくzoomの向こうから言われたんです。この経験がきっかけで、一方的に講義をするスタイルから話を聞くスタイルに変えていきました。

qbc:
怒っちゃったってことですか?

向山のりちか:
そうですね。僕もあっけに取られちゃって、90分がものすごく長く感じたんですけど。
だから、スタートダッシュから結構つまずいたんですけど、今思うと、その経験ってすごく良かったなと思うんです。
僕が喋った内容でその人が転職の成功に近づくのかっていうのをもう一回考え直したら、一方的にこちらから伝えてるだけだったなとか、そういう反省点が見つかって、そこから手直ししたんですよね。
それで、一方的にこちらから講義をするっていうスタイルから話を聞くっていうスタイルに変えました。

qbc:
うまく行き出したなっていうのはどれぐらいのタイミングでしたか?

向山のりちか:
3ヶ月から半年ぐらい経ってから、やっとお客さんが入り出したかなという感じですかね。
あと、自分のやり方に慣れてきたというか、最初は自分でも何喋ってるかわかんないような感じだったのが、場数をこなすことによって話すことに統一感が出てきたのと、自分が伝えたいメッセージが一貫してくる感覚はありましたね。あーこれ前回も話した内容だなとか、これはやっぱり自分の中のベースになることだなとか。
あとは、僕が伝えたことに対して相手の方の表情が変わったり、そんなの全然知りませんでしたとか、その質問すごく考えさせられますねとか、そういう反応を見ていくうちに、響く質問がふるいにかけられるような感じはありました。
そんな感じで、メソッドとして固まってきたのが半年後くらいですかね。

qbc:
しっくりき始めたのは、何人ぐらいから?

向山のりちか:
50人とか……?いや、50人は言い過ぎかな。

qbc:
先ほどおっしゃっていた、楽しいという感覚は?

向山のりちか:
自分の伝えることが統一されてきたことによって、自分自身の楽しみも比例していた気がします。
さっき話した方のときは全然楽しくなかったし、最初の頃って自分でもこの伝え方合ってるのかな?って迷いながらやってたので、楽しいというよりも自分がお金を払っていただいた方に提供できているのかどうかが不安で、楽しいどころではなかった。
でも、自分に自信がついてきて、来てくれた人が満足してくれたと思えたり、これは期待を超えることができたかも?と思えるようになってくると、やっぱり自分の中でも満足度が増して楽しくなってきた気がするかなと思いますね。

qbc:
楽しいと感じられるようになったのも、50人くらいから?

向山のりちか:
そうですね。
qbc:
なんで途中で折れないんですか?その50回。普通は折れると思いますよ。

向山のりちか:
さっきの人がフォーカスされすぎちゃったかもしれないですが、あんなにひどかったのはその一回だけなんですよ。

qbc:
とはいえ、そのメソッド自体が確立されてない状態で進んでいくっていうのもそんなにできないことだと思うんですよ。

向山のりちか:
それでいうと、楽しさで言うと50回目に行くまでの間も楽しかったんですよ。自分が未熟だったとしても。
なんで楽しいかというと、面接をやっているときと同じで、ストアカでやっていたこともその人の半生みたいなことを聞かせていただくことだったんですよね。
今までこの仕事をしてきて、自分の強みはこうで、失敗談はこうでみたいな話をしていると、本当にその人の半生を垣間見えるので、これが僕はたまらなく好きなんだと。
だから一日6組面接しても別に苦にもならないし、さっきの50回に至るまでの自分に自信がないにしても、その人の半生を聞けるっていうのが楽しいからですかね。だから続けてこれたんだと思います。辞めようとは一度も思わなかったです。

qbc:
なるほど。性格は人からなんて言われますか?

向山のりちか:
超楽観的って言われます。あと、鈍感って言われますね。

qbc:
自分ではどう思いますか?

向山のりちか:
まさにその通りだなと思います。

qbc:
家族やパートナー、親友など、身近な人から言われる一面ってありますか?

向山のりちか:
あんま考えてないよねっていうのは、楽観的とか鈍感っていうのと一緒だと思うんですけど。

qbc:
はいはい。

向山のりちか:
身近な人も初対面の人も、僕に対する印象はあまり変わらない気がしますね。なんかわかりやすい、っていうのは言われますね。


過去:一年間オーストラリアに行って、世の中にはこんなに色々な人がいて、色々な価値観があるんだっていうのに気づいて、じゃあその価値観を知る扉は絶対閉じちゃダメだなと思ったんですよ。

qbc:
子供の頃はどんな子供でしたか。

向山のりちか:
割とガキ大将っぽかったです。ジャイアンみたいな感じではないんですけど、保育園や小学校のときはリーダーシップを取る方でしたね。
学校の勉強もそこそこできる方で、サッカーをやってたんですけど、キャプテンをやったりしてたので。あとは小学校の児童会で会長をやったりもしてました。
なので、目立ったり、人の前に立つことは嫌いじゃなかった。むしろ好きだったんだと思います。
それが中学・高校に行くにつれて自分よりも目立つ人間がいるなと思ったので、目立つ度合いはだいぶ薄まっていったんですけどね。でも、そういう子供でした。
あとは、昔から人見知りしないっていうのはありましたね。子供なのに、知らないおじさんや大人と話したりするのが好きだったので、親は結構びっくりしてました。そういうところは今でも変わらないです。

qbc:
小さい頃に好きだった遊びは何でしたか?

向山のりちか:
僕の時代は仮面ライダー、ウルトラマンなどのヒーローものが流行っていたので、ライダーごっことかウルトラマンごっこのようなテレビの世界を持ち込んで誰かになりきって遊ぶっていうのは多かったです。
あとは、野球やサッカーもやってたし、絵描くのも好きでしたね。

qbc:
はいはい。

向山のりちか:
あとは、保育園のときは粘土細工も好きでした。粘土でキカイダーとか仮面ライダーを結構リアルに作ってたんですよね。それは褒められたし、絵に関しても結構アニメオタクだったので、画材屋さんに行ってセル画を買ってきて、アニメカラーで色つけて、『サイボーグ009』のセル画を作ったりしてました。
小学6年生のときには、ジャンプの新人賞に応募するつもりで画材屋さんでケント紙を買ってきて5ページぐらいまで書いたんですけど、無理だと思って挫折したこともあります。

qbc:
好きじゃなかったことってありますか?色々なものがお好きだっていう話だったので、こういうことは好きじゃなかったなみたいなことがあれば。

向山のりちか:
人が感情をぶつけ合うのが好きじゃなかったですね。言ってみれば、喧嘩とか。
大きな声で誰かを負かすとか、誰かの上に立つとか、そういうことは自分から避けようとしてたと思います。
家族の中でも言っても、父親と母親が声を上げて喧嘩するような場面は記憶にないですし、そういう環境で育ってきたので、友達同士で喧嘩したりとか自分が喧嘩に巻き込まれてしまったときはどう対処していいのかすごく困ってたと思いますね。そういう意味では平和主義でした。

qbc:
喧嘩とか、誰しも嫌いそうなことじゃないですか?好きな人もいるけど、自分は苦手だったとかあまりやらなかったなっていうことはありますか?

向山のりちか:
球技は好きだったんですけど、ただ走るとかっていうのは好きじゃなかったですかね。

qbc:
マラソンとかっていうことですか?

向山のりちか:
そうですね。あとは、腕立てとか腹筋とか、鉄棒、跳び箱みたいな器械運動は嫌いでしたね。水泳もあまり得意じゃなかったです。スイミングには一年間通いましたけど。
科目で言うと、算数は苦手でしたね。どちらかっていうと国語とかの文字の方が好きでした。

qbc:
大学時代はどんな感じでしたか?

向山のりちか:
一年浪人して大学に行きました。僕らの頃は、大学というとサークルが幅を利かせている頃で。スキーと旅行のサークルに入ったんですけど、スキーと旅行にしょっちゅう行ってるわけではないので、日々の活動は何してるかっていうと、もう飲んだくれてましたね。僕自身が酒は好きで強い方だったので、そこのサークルは楽しかったです。
スキーも得意な方だったのでサークルは楽しんでたし、3年からゼミがスタートして、そこでも気心が合う仲間が集まったので、充実してました。ゼミの仲間は今でも年一回は集まってるんですよ。なので、学問よりかは遊びを優先していた感じですかね。
アルバイトは、飲食とかはやらずに、4年間塾の講師と家庭教師をやってました。うちの方のアルバイトっていうと、それが一番割が良かったんですよ。やってても楽しかったし、その頃から教えるのが好きだったんだと思います。

qbc:
卒業後は?

向山のりちか:
僕が本当に行きたかったのは、映画の配給会社だったんです。広告代理店も視野に入れていたんですが、映画の配給会社は東宝とか東映とか良いところまで行ったんですけど落ちちゃって。それで、滑り止めだった広告代理店に入りました。
僕の年からが、就職氷河期って呼ばれたときだったんですよ。一つ上の先輩はみんな知ってる会社ばかりだったんですけど、僕の年からは、「何屋さん?何の会社?」って聞かないとわかんないぐらいなんですよ。つまり、一流の会社に入れない時代だったんですよね。
僕の会社も、社名を言っても、え?何の会社?っていう。一応広告代理店なんだけど、っていうようなところだったんです。

qbc:
はいはい。

向山のりちか:
で、広告代理店に入社して、僕は一浪したので23〜24歳になるくらいから20代の7年間程はその会社で営業をしてました。
初めて就いた仕事だったということと、今みたいな働き方改革がない頃だったので終電まで仕事することもあったし、仕事が終わらず会社に泊まることもあったし、朝まで飲んでそこから仕事に行くみたいな、今では考えられないこともやってました。なので、大変だって言いながらも楽しかったですね。

qbc:
何歳ぐらいまで勤めたんですか?

向山のりちか:
30歳です。30歳で辞めました。2001年頃ですかね

qbc:
それで人事の仕事の方に流れたという感じですかね。

向山のりちか:
実はその間にまだいくつかあるんですけど。
2001年に辞めて、辞めた理由は若者がよく言いがちな「自分の居場所を見つけたい」っていう感じですかね。大人になった自分からすると甘いこと言ってんなって感じなんですけど、自分をリセットしたいと思って、オーストラリアにワーキングホリデーに行くために辞めたんです。
ただ、辞めてから半年間ブランクがあったのと、お金を貯める必要があったので、北アルプスの標高2760メートルの山小屋で、半年間働きました。

qbc:
はい。

向山のりちか:
で、その働いたお金を持ってオーストラリアに1年行きました。
オーストラリアでは、1ヶ月はメルボルンの親戚のところにいて、その後3ヶ月間タスマニアでホームステイしながら語学学校に行き、その後に学校の友達と一緒に車を買ってオーストラリア一周をしました。
友達と途中で別れて別の友達を乗せてっていうのを繰り返しながら、10カ国15人ぐらいの人と取っ替え引っ替え旅をしましたね。
で、オーストラリア一周の旅を終えて日本に帰国して、英語がちょっとできるぐらいになったので英語に関わる仕事をしたいなと思い、英会話教材を販売する仕事をしたんですけど、この仕事がいわゆる業務委託契約で、サラリーがもらえないんですよ。
自分が教材を売ったうちの一割が手元に入るだけで、3ヶ月間の収入が80,000円だったんですね。
これは自分に売るセンスがないのかもと思って転職をした先が、現在いる人材サービス会社の子会社だったんです。
営業の経験があったので営業企画部に入ったんですけど、小さい会社だったので、営業企画とはいえ何でもかんでもやらせられる感じで。それで営業企画から人事総務にスライドして、人事総務で経理もやるし総務もやるし人事もやるしで、人事の中では面接を中心にやっていったら、だんだん自分の仕事のメインが人事の採用になっていった感じですかね。

qbc:
ご両親からはどのように育てられましたか?

向山のりちか:
割と伸び伸びやらせてもらったんだろうなと思いますが、父親が学校の先生なんです。結構そこは影響を受けてるなと思っていて、父親の仕事を間近で見ていたからこそ、教えるということにはすごく興味があったんですよね。
話が飛んじゃいますけど、今ボランティアで小中学校にキャリアや働くことについて教えるっていうのをやってたり、中学校2年生や3年生の子供とその親御さんに高校の選び方を一緒になって考える、いわゆるカウンセリングみたいなことをやったりしてるんですけど、それは父親が学校の先生をやっていたことが影響してると思ってます。
だから、自由にやらせてもらったけど、高校時代はアルバイトは絶対ダメと言われていたのもあり、一応愛情を持って育てられていたんだなとは思います。

qbc:
自分の人生の転換点があるとしたら、どこにあると思いますか?

向山のりちか:
一つはオーストラリアですね。もう一つは副業を始めたタイミングですね。

qbc:
オーストラリアでは何があったんですか?どんな変化があったんですか?

向山のりちか:
色々な国の人と出会ったっていうことと、向こうで会った日本人も、日本にいたら絶対に友達にならないようなマリファナ吸ってるような子と友達になったりして。
多様性っていうと聞こえが良いかもしれないですけど、世の中にはこんなに色々な人がいて、色々な価値観があるんだっていうのに気づいて、じゃあその価値観を知る扉は絶対閉じちゃダメだなと思ったんですよ。
オーストラリアを経験して、その後に面接官をやって色々な人の話を聞いたときに、「あー、そういう人生もあるんだ」ってスーッと入ってくるんですよね。そんな人生おかしいとか、自分には合わないとか思うことがなくなって。合わないかもしれないけど、その人が過ごしてきた人生だから、それ自体にすごく肯定的になったんですよ。
色々なことを許容するし、肯定的になって、「あー、もう何でもありだな。そういう考え方もありあり」って思えるようになったのは、オーストラリアに行った経験だと思ってるんですよね。

一方で、副業を始めたタイミングが転換点だというのは、本業だけでやってきたところに自分の中では引け目みたいなものを感じていたんです。
引け目って何かというと、本業でやってきてる中で一度管理職になったんです。そのときは試験とかじゃなくて、取締役に引っ張ってもらってマネージャーにならせてもらったんですけど。
その後、いわゆる中間管理職の板挟み的なやつで結構苦しんだんですよ。体重も落ちたし、今当時の写真を見るとげっそりしてて。無理だなと思って、上司に降りますって言って降りたんですよね。
で、そこから先、僕はずっと管理職にならず普通のメンバーだったんですけど、40代後半にもなると、大学の友達は部長になったりとか、マネージャーになったりとかしていて。そんな中で自分は一般メンバーなわけですよね。
自分の中でも気にしてないつもりではいたんですけど、その当時のキャリアの成功というのがいわゆる出世していくということだったので、自分は落ちこぼれた感じでいたんです。

なんですが、副業を始めたときに、別に出世していくだけが成功じゃなくて、むしろ会社に縛られずに自分のやりたいことをやれるっていうのが最高に楽しいと思えるようになったんですよね。
で、自分がやってることが天職かもと思いながら仕事ができて、お金をいただきながらそれをやれているっていうので、自分の中の引け目みたいな劣等感やプライドを傷つけられた部分がパーッと霧散して。だからこそ、今一番面白いとか楽しいって言えるのかもしれないですね。


未来:人の人生を変えるっていうと大げさなんですけど、変えるようなきっかけを与えられるような、話ができたらなという風に思ってます。

qbc:
未来について聞いていきます。
これから5年、10年、最後に自分が死ぬまでをイメージして、どんな未来を思い描けますか?

向山のりちか:
引き続き、色々な人との話はしていきたいと思ってるんです。
その人の人生を変えるっていうと大げさなんですけど、変えるようなきっかけを与えられるような話ができたらなと思ってます。

肉体を使う仕事でもないし、何か新しい知識や技術が必要なものでもないんですが、その人と話をするスキルはずっと高めていきたいと思ってます。

去年国家資格キャリアコンサルタントという資格を取って、それをバージョンアップするために今も色々な勉強をしてるんですけど、この勉強は多分死ぬまで続けていくでしょうし、人と話ができなくなるとか耳が聞こえなくなるとか、コミュニケーションが取れなくなるようになっちゃうといよいよ年貢の納め時かなと思いますが。それまではこの仕事をしていたいなぁと思います。これが一つですね。

あと、今ボランティアでやっているようなこれからの世代の人たち、まさに子供に対して、働くっていうのはすんごい楽しいことなんだよっていうのはこれから先もずっと伝えていきたいなと思ってます。
どんな形になるかわからないですけど、自分が今やってることの幅はどんどん広がっているので、これがどういうふうに広がっていくのかは全然自分でも予測できないし、予測したとて予測してないことが出てくるのが面白さだと思っているので、そんなことを毎日の変化や、自分に訪れる何かを楽しみながら死んでいきたいなと思います。
この間誰かと死生観について話すことがあって、「もうやり残したことはないと思って死にたい」と言っていた人がいたんですけど、僕は「あー、まだやりたいことあるのになぁ」と思いながら死にたいですかね。だから、死ぬときまでにやりきることはないと思ってます。
それこそ死ぬ間際になっても、うわーこれ面白そう、もっと勉強したいなぁとか、もっと色々なこと知りたいなぁ、もっとやっていきたいなぁと思いながら死んでいきたいですかね。

qbc:
今、コミュニケーションや聞くことの勉強以外に何かあったりしますか?

向山のりちか:
今のところないですが、これから先見つかるかもしれないです。
僕はこの副業を始めた5年間で、これは勉強した方がいいよって言われてコーチングの勉強を始めて、キャリアコンサルタントの勉強もコーチングだけでは足りないなと思って始めたんですよね。
で、例えば来年になったら、もっとこれ必要じゃん!と思って勉強したいと思うかもしれないし、今手がけているキャリア教育ではフリースクールの子たちがもっとキラキラできないのかなとこの1ヶ月ぐらいで思ってたりもして。
どんどん興味が移っていくので、来年になったらまたやりたいことが変わってるかもしれないですけど、自分の中でそれでいいんだと思う。

qbc:
興味が尽きない理由って何ですかね。

向山のりちか:
好奇心でしょうね。
オーストラリアのときも話したように、自分と違う価値観を持ってる人に対して、素直にすごいと思えるんですよね。すごいなぁ、聞きたいなぁ、と思う好奇心が人よりも多いんだと思うんですよ。
今になって客観的に自分の姿を見ると、すっごい目をキラキラさせて話聞いてるなと思うんですよね。
興味を持って聞けるんです。だから相手の方も話してくれると思うんですけど。これがあるから飽きないんだと思います。

qbc:
その興味って、どこからきてるんですかね?オーストラリア以前はなかったんですか?

向山のりちか:
ありました。知らない人と会って楽しいのは、自分の知らない世界を持ってるからなんですよね。
例えば趣味が同じだとしても、そのプランは俺まだ持ってないわってことだったら絶対それも興味の対象になるし、自分が知らないことが世の中にこんなにたくさんあるって、最高のことだと思うんですよ。知らないことを知っていくのが楽しいんだと思います。

qbc:
もしもの未来の質問です。
もしも魔法の力を手に入れて、過去の一点だけ何か変えることができるとしたら、何をどう変えますか?

向山のりちか:
実は似たような質問を中学生の子供たちに聞かれることがあって、今の仕事してないんだったら何の仕事したいですか?って言われて、僕は学校の先生かお医者さんって言うんですよ。
今の一点に戻るってなると、大学時代に戻って今みたいにアホみたいに遊んでんじゃなくて、頑張って勉強して。でも医学部の場合は高校時代に頑張らなきゃいけないか。

もっとその時に先生やお医者さんになりたいっていう夢を強く持って、勉強をして、自分の職業を変えたかったっていうのはあるかもしれないんですが、全然今でも満足です。

qbc:
コミュニケーションに関して、副業を始める前と後ではどんな感じで違ったんでしょうか。

向山のりちか:
コミュニケーションを取ること自体は、自分のスタンスが大きく変わってるわけではないです。
ただ、それをビジネスにしようとしたりとか、それを磨くという方向に入ったのはあくまでやっぱり副業を始めてからだと思うんですよね。

qbc:
数の違いですかね。

向山のりちか:
そうですね。その機会が多かったのと、さっきお話ししたように、それまでは出世するのが正しい、出世するのがいい人生だと思っていた価値観でなくなった方が自分の中で憑き物が憑き落ちたというか、自分はがんじがらめにされているところから解き放たれた感じだったんだと思います。だから、自分の本質はあんまり変わってないかな。

qbc:
コミュニケーションの数が増えたから変わった、というよりかは、自分にそういう仕事ができたからっていうところですかね。

向山のりちか:
それもそうだと思いますね。強みを生かして、それを副業というビジネスに展開できたっていうのは、少なからず自信になったんだと思いますよ。趣味の領域じゃなくて、これは仕事だからお金ももらっていいんだっていう。
そうすると、本業でなんとか昇格しようとか、マネージャーにならなきゃいけないみたいなことを考えなくたって、副業の方でむしろ伸ばしていきたいって思えばいいとなったので。それはやっぱり数をこなしたっていうのもありますよね。

qbc:
なんでみんな、向山さんみたいな感覚を感じられていないんですかね?

向山のりちか:
すごく面白い質問ですね。
僕は人よりも、自分のことが好きなんだと思うんですよ。自分好き。ナルシストかもしれないですけど。
結構世の中の人は、自分を嫌いな人が多いかな。自分を嫌いイコール、自分を信じられない、自信がないっていう。自己肯定感とか、自己効力感がどうしても低くなってしまっている気はしますね。
なので、それがうまく行こうが行かまいが、自分が決めたんだから自分を信じていこうよっていう。もう少し我慢すれば芽が出るかもしれないし、芽が出なかったらまた次の興味に行けばいいって思うところが、僕はそこに関して鈍感なんだと思うんですよね。鈍感というか、楽観的というか。
自分を信じているというか、まぁなんとかなるよね、お前だったら平気でしょっていう風に思ってるからだと思いますね。

qbc:
最後に言い残したことありますか?遺言でも読者向けメッセージでも、独り言でもいいんですけど、最後に言い残したことがあればお伺いしています。

向山のりちか:
そういえばさっきの質問で5年後10年後の将来の話を聞かれたときに答えなかったんですけど、まだやり残したこととして、世界を旅したいっていうのが僕の中で残ってるんです。
僕はコーチングのコーチというのを生業にしているので、肩書を「世界を旅しているコーチ」って言いたいんですよ。もうちょっと言うと、スナフキンになりたいんです。そんな感じですかね。


あとがき

人と話すのは、楽しい!

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:misato】


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