喋るの好きな人
むかしむかし、ある静かな村に、話太郎(はなしたろう)という名の若者がいました。話太郎は、誰よりも喋るのが大好きでした。
朝から晩まで、話太郎は誰かれ構わず話しかけていました。道端の石ころにも、空飛ぶ鳥にも、流れる川にも話しかけるほどでした。
村人たちは最初、話太郎のおしゃべりにうんざりしていました。「あの子は口ばかりで、仕事をしない」と。
ある日、村に大きな旱魃が訪れました。作物は枯れ、川は干上がり、村人たちは途方に暮れていました。
そんなとき、話太郎が言いました。「私が山の神様に話をつけてきます!」
村人たちは半信半疑でしたが、他に方法がなかったので、話太郎を山に送り出しました。
話太郎は山頂まで登り、そこで山の神様に出会いました。そして、持ち前のおしゃべりで神様を楽しませ始めたのです。
面白い話、悲しい話、不思議な話。話太郎は休むことなく話し続けました。神様は話太郎の話に夢中になり、すっかり村の旱魃のことを忘れていました。
三日三晩、話太郎は話し続けました。そして最後に「さて、私の村は大変な旱魃に苦しんでいるのです」と告げました。
神様は「おや、そうだったのか。こんなに楽しませてくれたお礼に、たっぷりと雨を降らせよう」と言いました。
その日から、村には恵みの雨が降り始め、作物は再び育ち始めました。
村人たちは話太郎の力に驚き、彼のおしゃべりを尊重するようになりました。
それからというもの、話太郎は「話の使者」として、様々な問題を解決するために活躍しました。困っている人がいれば話を聞き、言葉の通じない者同士の間を取り持ち、遠い村々の情報を伝え合いました。
後に話太郎はこう語ったそうです。「言葉には不思議な力がある。人と人をつなぎ、心を開き、世界を変える力があるのだ」と。
そして「良き話は、千の宝より尊し」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年9月20日9時58分に書く無名人インタビュー898回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは ヴァイサネン加奈 さんです!
年齢:30代前半
性別:ママ
職業:フリーランスママ
現在:世界中にいる日本にルーツがある子供たちに、国語の授業をしている。
🐋くじら:
今、何をされている人でしょうか?
ヴァイサネン加奈:
今ね、今は何て言ったらいいんだ…?今は、業務委託でお仕事はさせてもらってるんですけど、フリーランスになるのかな。
🐋くじら:
はい。
ヴァイサネン加奈:
この前まで育休だったんですけど、それを夫にバトンタッチして、育休を夫がしてくれてるんですけど。
今、頭の中がごちゃごちゃしてて、それで整理させてもらおうって思って喋ったんです。
えっとね、今その業務委託でしていることは、オンライン補習校っていうねところがあってそこで、先生をさせてもらってます。
それはね、世界中にいる日本にルーツがある子供たちに、国語の授業をしているんです。
今、私フィンランドに住んでいて、日本には住んでないので、そのようにオンラインで補習校をしていたり、ヘルシンキの日本語補習校でも先生をさせてもらってたりしています。先生が多いですね。
🐋くじら:
フィンランドには、いつ頃からいらっしゃるんですか。
ヴァイサネン加奈:
2020年の10月からです。
🐋くじら:
結構もう、まぁまぁの時間を過ごされているというか…。
ヴァイサネン加奈:
そうですね、長く。
🐋くじら:
フィンランドには、どういったご縁で住むことになったんですか。
ヴァイサネン加奈:
フィンランドは夫がフィンランド人で、結婚の関係で来ました。
🐋くじら:
そうなんですか。どうですか?フィンランドの暮らし自体は。
ヴァイサネン加奈:
すごくいいですね、のどかで。日本では京都に住んでたんで、生活の速度が違うってよく言われるんですけど、フィンランドはすごくゆっくりしてて…。
日本に帰ると急に何かに急かされているって感じがするんですけど、こっちでは本当にのんびりと生活できます。空気もいいですしね。
🐋くじら:
えっと、オンラインの補習校で国語を教えられている?
ヴァイサネン加奈:
そうなんです。でも、ヘルシンキの補習校では対面です。日本にルーツがある子供たちに教えています。
日本では、小学校の特別支援学級の先生をしていました。
それでね、こっちにフィンランドに引っ越してきたときに…。なんていうかな。フィンランドにも、日本にルーツがあって支援が必要なお子さんがいるんです。
そのお母さんやお父さんの相談にいろいろと乗っていたら、私がフィンランドでできることはこれだ!って見えてきたんです。
保護者の方の願いとしては、その子たち(支援が必要な子たち)に日本語も喋ってほしい。
現地(フィンランド)の支援の仕方は教えてもらえるけど、現地の言葉がうまく理解できなかったり、日本語で支援の仕方を教えてもらいたい。ということだったんです。
でね、ふと考えたんです。
これってフィンランドだけじゃないんじゃないの?
世界中にそんな風な願いを持っているご家族がいるんじゃないかな。って
そこで、オンラインの支援学級を立ち上げようか!と思い立ったわけです。
なかなかそれが時間がなくて進んでいませんが。
っていう感じの今を過ごしてます。
だから、オンライン補習校と対面の補習校と、今はこの立ち上げをしようかなっていう段階です。
🐋くじら:
なるほど。今、オンラインで教えている日本にルーツがある子っていうのはフィンランドに住んでる子ってことですか?
ヴァイサネン加奈:
オンラインで教えてる子たちは、フィンランドだけじゃないです。
いろんな国にいます。
🐋くじら:
ふうん。うん。
フィンランドに来てから、こういった補習校だったりとか、日本にルーツがある子に教え始めたっていうことですか。
ヴァイサネン加奈:
そうですね。フィンランドに来てからですね。
🐋くじら:
うん。なるほど。なんでこういうお仕事をやろうかなって思われたんですか。
ヴァイサネン加奈:
ずっと教師してて、移住をしてきたときに、フィンランドでできることはなにかな?って考えたんです。
移住直後は語学学校に行って、そのあと現地(フィンランド)の保育園や小学校で働いたんですけど、伝えたい意欲と言語習得にギャップが出てきて、つらかったんです。
やっぱり言葉の壁って大きいなと思って、日本語だったらもっとうまく伝えられるのに、言葉が通じずに通じないがためにちょっと悲しい思いしたりとかあったので、日本語を使えるような仕事をしようと思って。
🐋くじら:
はい。うーん。現地ではフィンランド語で生活されてるんですか。
ヴァイサネン加奈:
そうですね。フィンランド語で日常会話ぐらいはできるんですけど。
保育園の先生をしてるときに、「今日は子供があきらめずにパズルをやり遂げたよ!」とか、「今日は目が赤かったけど、○○っていう病気が流行っているから気を付けてくださいね」とか保護者に報告するときに、伝えたいことはあるけれど、なかなか上手に伝えられないんですよね。
そういうときにね、ベテランの先生たちに頼まなくちゃいけないのは、すごいもっとできたのになと思ったんですよね。
🐋くじら:
ヘルシンキの補習校には何人ぐらいの生徒者さんがいらっしゃるんですか。
ヴァイサネン加奈:
150人くらいですね。
🐋くじら:
そんなに?
ヴァイサネン加奈:
うん、多いんですよ。ある意味一つの小学校みたいな。
🐋くじら:
そうですね、小学生だけですか?
ヴァイサネン加奈:
幼稚園から中学3年生まで。義務教育の間を補習校では担ってますね。
🐋くじら:
現地にある学校って日本と違いとかはありますか。
ヴァイサネン加奈:
きっと全然違うと思います。
土曜日だけなんですよね。補習校なので日本語学校ではなないので。
子供たちは通常はその現地のフィンランド語の学校だったりとか、インターナショナルスクールだったりとか行くんですけど、土曜日に習い事として来てますね。
🐋くじら:
そうなんですね。
ヴァイサネン加奈:
そういうふうにヘルシンキとか首都圏、大きい都市には日本語補習校っていう形で日本語を学ぶ場所があるんですけど、都市から離れたところにも日本人はいますよね。例えばフィンランドだったら北の方は、最南に位置するヘルシンキまで来ることは難しくなります。
そういう子たちのためにオンライン補習校があるっていう感じですね。
🐋くじら:
ふうん。なるほど。
そのお仕事自体をやってて、ご自身としてはどうですか。
ヴァイサネン加奈:
楽しいですね!
やっぱりね、子供と関わるのは、とても楽しいです。
子供の成長…というか、現地の言葉が日本語より強い子たちもいるんですが、その子たちがね、どんどん日本語を話せるようになるとすごい嬉しいですよね。
🐋くじら:
生徒さんたちのその雰囲気とかも変わりますか?やっぱりフィンランドで暮らしているっていうのと、それでもやっぱり日本人だなって思うことの方が多いんですか。
ヴァイサネン加奈:
いやあ、やっぱり変わると思いますね。
🐋くじら:
やっぱそうですか。
ヴァイサネン加奈:
フィンランドだけじゃなくって、違う国の子たちも、やっぱりその国で受ける影響は大きいなと感じます。
🐋くじら:
加奈さんご自身の性格上は何と言われることが多いですか。
ヴァイサネン加奈:
私か…面白いですね…。
そうですよね~そうか言われること…。
元気!
何でもやってみちゃうので見切り発車多いんですけど。ね、こんなふうにオンライン支援学級やろうみたいな。やってみよう!とする力はあるのかなと。
🐋くじら:
うん。ご自身でもそう思うそう思う部分が多いですか。
ヴァイサネン加奈:
そうですね。やってみるかも、何でも。今回もこれやってみよう応募しちゃえみたいな、飛び込んじゃえみたいな。それは多いかも知れない。
🐋くじら:
最近楽しかったなっていうことは何かありますか。
ヴァイサネン加奈:
最近楽しかったな…最近楽しかったな?例えばどんなことですか?
🐋くじら:
本当に何でもいいんですけど、これ見てすごい笑ったとか。
ヴァイサネン加奈:
あぁ~最近、毎日楽しいんですけどね。子供がいるので、毎日楽しいんですけど。韓国人のお友達ができて、遊んだことが楽しかったかな。
韓国がすごい好きで、韓国ドラマとかすごく見るんですけど、韓国の友達ができてすごい嬉しいですね、今。
★(泣き声)泣いてる。
🐋くじら:
お子さん?
ヴァイサネン加奈:
そうです。
🐋くじら:
大丈夫ですか。
ヴァイサネン加奈:
大丈夫です。
夫が見てくれてます。
🐋くじら:
韓国の方とは、どこで出会ったんですか。
ヴァイサネン加奈:
韓国の方とはねインスタで出会ってて、私が住んでる地域に一緒に住んでて、会いましょうってなったんです。
しかも、2ヶ月違いの子供がいて、ママ友っていうんですか?の友達ができたのが嬉しいかな。
🐋くじら:
旦那さんからはどんな性格って言われますか。
ヴァイサネン加奈:
どんな性格かあ…。元気?いやぁ、一緒ですね。
アクティブ、エネルギーがあるね。なんだろう?でも、意外と旦那には弱音を吐いてるので、意外とちっちゃいことでくよくよするなって思われてるかもしれない。
🐋くじら:
フィンランドの方は文化とか、壁というか、何か感じることはありますか?違うなみたいな。
ヴァイサネン加奈:
フィンランドは、一番日本人に似てるって言われてるんですよ。
礼儀があるし、ちょっと恥ずかしがり屋というか。本音と建前ではないんだけど…
なんていうか、ちょっと本音を隠すっていう文化なところなので、あんまり文化の違いを感じることがないかもしれないです。
面白い感じですね、うん。
でも、やっぱりもちろん、食べ物とか文化の違いはあるので、ちょくちょく喧嘩もしますよ。
でも、喧嘩しても、もうそれ文化が違うからなって割り切る。っていうか、それで言い訳できるっていうのはすごいありがたいですね。
🐋くじら:
はい。普段は何語でコミュニケーションをとってらっしゃるんですか。
ヴァイサネン加奈:
普段は日本語を使ってます。彼が日本語が喋れるので。
🐋くじら:
日本語喋れる方なんですね。はい。わかりました。
過去:戦ったな。いや、自分と戦った。なんだ?これを流してもいいけど、スルーしてもいいけど、スルーしてる自分がやだなとか。
🐋くじら:
ではですね、過去の質問に入っていこうと思います。
加奈さんがお子さんのときはどんな子供でしたか。
ヴァイサネン加奈:
私がちっちゃいとき?どこまでさかのぼりますか?
🐋くじら:
ちっちゃい頃って言われて、ぱっと出てくるイメージというか。
ヴァイサネン加奈:
ちっちゃいときね、喧嘩をめっちゃしてたかもしれないですね。
女の子、女子校だったんですけど。バチバチやってましたね。
🐋くじら:
へえ、女子校で?
ヴァイサネン加奈:
女子校で、そう。女の戦いはすごいですよね。無視やらいろいろね、あったけど。
いやあ、うん。してたしされてたしみたいなね、やっぱり面白かった。今思い返すとたくましくしてもらえた過去ですよね。
🐋くじら:
結構表だって喧嘩をするような感じなんですか。
ヴァイサネン加奈:
どうなんですか?無視だから表立ってないのかな。
🐋くじら:
なるほど。静かに喧嘩をしているような?
ヴァイサネン加奈:
こんなん喋っていいかなと思うけど、いいや(笑)当時、ブログとか携帯小説とか流行ってたんですね。
私学級委員してて、クラスの事書かれたんですよね。すごく仲が良かった子だったのに、私自身の悪口だったり、クラスのことだったり…それがショックでね。
戦ったな。いや、自分と戦った。今だったら「あほらしい」ってスルー出来る事なんだけど、まだまだ未熟なんですよね。
スルーしてもいいけど。スルーしてる自分がやだなとかね。
それで全部印刷して…あ、違う違う違う。印刷したのは彼女か。もう記憶すら曖昧。
私はね、なんでそんなことするの?みたいな感じで彼女を問い詰めちゃったんですよ。
そしたら、彼女、そのブログ記事を全部印刷して持ってきて、「私が書いたっていう証拠がないでしょ」って言われたんです。
ね、その子と仲直りしたかったけど、できなかったな。
もう連絡のしようがないですよね。
インスタもなければ、LINEとかあったんかな。いやないよね。
🐋くじら:
もう少しさかのぼって小学生あたりとかどんな感じでしたか。
ヴァイサネン加奈:
小学生あたり…。何があったんだろう?でも。負けず嫌いっちゃ負けず嫌いだったのかもしれない。いい思い出しかないですよね。過去のことはどんどん忘れていくタイプ見たいです…。
🐋くじら:
楽しかったっていう感じですか?小学生時代は。
ヴァイサネン加奈:
そうですね、楽しかったかな~。うん、きっと。
🐋くじら:
クラスとかでは目立つ方でしたか、それともおとなしい方でした?
ヴァイサネン加奈:
きっと目立つ方だったと思います。
🐋くじら:
結構友達とかも多くてっていう?
ヴァイサネン加奈:
広く浅くな感じで。
🐋くじら:
社交的な性格ってことですかね。
ヴァイサネン加奈:
ですね。どちらかと言えば社交的かもしれない。
誰とでもって感じです。
🐋くじら:
いつでもいいんですけど、なんかちょっとこれ挫折だったなとか、この時期ちょっとつらかったなみたいなこととかはありますか。
ヴァイサネン加奈:
つらかったな…?辛かった…?いや、でも本当その高校生のときは多分きっとつらかったんだろうな。
だけどね、両親っていうかね、母親が一緒に戦ってくれたっていうか、私のメンタルを維持してくれていたんですよね。
なので、当時は毎日泣くほどつらかったけど、今はすっきりしてるっていうかね。
自分でけじめをつけられてるのは、母親のおかげだなって思ってます。
🐋くじら:
結構、自分に起こったこと出来事をご両親に話されてた?
ヴァイサネン加奈:
そうですね。今でもですよ。
🐋くじら:
それをお母さんにですか?両方とも?
ヴァイサネン加奈:
お母さんの方がやっぱ多いですね。
🐋くじら:
それは小さい頃からずっとそういう感じですか。
ヴァイサネン加奈:
そうですね。ちっちゃいときからね。
🐋くじら:
お母さん、ご家族はどんな感じなんですか。
ヴァイサネン加奈:
お母さんとお父さんと弟と。そうですね、お母さんは仕事をバリバリするタイプの人で。
隣に祖父母が住んでて私はずっとおばあちゃんおじいちゃん子だったんですけど、でも節目節目っていうかね、見てないようで見られてるって感じお母さんに。
大事なところではちゃんとお母さんに”お母さん”をしてもらってたなっていう感じです。
🐋くじら:
お父さんはどんな方ですか。
ヴァイサネン加奈:
お父さんはすごく厳しい人でした!
小学校のころまでは一緒に暮らしていたんですが、中学高校の間は単身赴任で東京に一人住むようになったんです。
思春期っていうか…。みんな基本的にお父さんを嫌いになる時期に、お父さんは東京に住んでいたので、私はその思春期に父を嫌いになることがなかったんです。
今はあまあまのおじいちゃんになってます。
🐋くじら:
へえ。単身赴任だとどれぐらいの頻度で会えるんですか。
ヴァイサネン加奈:
2週間に1回、土日って感じですね、はじめのころは。私も弟も大きくなると、1ヶ月に1回帰ってくる感じですね。
🐋くじら:
どんなところで厳しかったなって思いますか。
ヴァイサネン加奈:
勉強面ですね。
🐋くじら:
成績とか?
ヴァイサネン加奈:
そうそう。
成績がすごーく悪かったんです。(笑)
でも、それもね、大きくなって言われたのが「第一子だったから手さぐりだった」って言われて。
謝ってもらったっていうか、そうだったのかってね、同じ親になって理解できたというか、納得できたんで。
今じゃいい思い出ですけど、当時はもう本当に怖かったですよ。
🐋くじら:
今は”あまあま”ということですか。
ヴァイサネン加奈:
今はね。
🐋くじら:
わかりました。
大学では何を勉強されてたんですか。
ヴァイサネン加奈:
大学では教育の勉強をしていましたよ。
教育大でガッツリ教育についての勉強をしていました。
🐋くじら:
そのまま教師に?
ヴァイサネン加奈:
そうですね、そのまま教師に。
🐋くじら:
最初から特別支援学級ですか?
ヴァイサネン加奈:
教師になって最初から特別支援学級でしたね。でも、特別支援学級の免許を取りに大学に行ったわけじゃなかったって感じですね。
🐋くじら:
当初と予定が変わった?
ヴァイサネン加奈:
うん、そうですね。教育実習行って特別支援学級の先生になろうって決めました。
🐋くじら:
それは、なんでそう思ったんですか。
ヴァイサネン加奈:
個々に関われるのはすごいいいなって思っててね。個々に合わせた授業づくりをして、個々に合わせた言葉かけを考えることが好きで、得意だったんですよね。
🐋くじら:
はい。当初は何の先生になる予定だったんですか。
ヴァイサネン加奈:
小学校の普通学級の先生です。
🐋くじら:
なるほど。
特別支援学級の先生というのは何をして、何を教えるっていう形になるんですか。
ヴァイサネン加奈:
子供たちによって違うんですけど。
国語や算数、音楽や理科社会だけじゃなく、自立に必要な力をつけさせたり、生活力を高める授業づくりをしたり、その子に合わせたカリキュラムを考えていました。
発達だけじゃなくって、情緒的に支援が必要な子たちだったら、話し方、コミュニケーションの取り方とか、ソーシャルスキルを上げたりする学習も取り入れていました。
🐋くじら:
そのやり方は、教育学部で習うんですか。
ヴァイサネン加奈:
いや、習うのは習うんですけど、実践じゃないので、結局、身に付いたのは教員になってからですね。
先輩先生たちにいろいろ教えてもらって習得していきました。
🐋くじら:
うん。実践で実地で習っていくっていう?
ヴァイサネン加奈:
そうですね、習っていく。
🐋くじら:
特別支援学級っていうのは小学校、中学校、高校?
ヴァイサネン加奈:
小学校でした。
🐋くじら:
実際に特別支援学級の先生になってどうでしたか?そこでの生活というか。
ヴァイサネン加奈:
もうすごい恵まれていました。
支援学級だから、小さいクラスになるので保護者との関係によって、1年が左右されるんですけど、本当に恵まれていていました。
今でもすごい仲がいい感じなんですよね。
🐋くじら:
保護者の方との関係も結構、密に取る?
ヴァイサネン加奈:
取りますね。生きる力をつけさせるためには学校だけではやっぱり限界があるし、保護者の方も一緒に、先生と保護者の方全員で子供たちを育てるって感じでしたね。
でも、それをOKとしてくれる保護者の方たちですごいありがたかったですね。
🐋くじら:
障害としては何の障害を持ってる方が多かった?
ヴァイサネン加奈:
障害としては、自閉症、アスペルガー、ADHD、ダウン症って感じだけど、いわゆるグレーゾーンって子たちも見た、見てきました。
🐋くじら:
なんか大変だったなっていうこととかはありましたか。
ヴァイサネン加奈:
大変だったんですよね、学校の先生って。
もう私、日本で学校の先生できないなぐらい。
得られるものも多いけど、子供の成長を感じられてすごい嬉しいけど、
やっぱり自分のプライベートはなくなっていくなって思いますね。
私はできるだけ就労時間内に帰ろうと思って、動いてたけどもそれでもやっぱり残業はもちろん出てきてたし、普通学級の先生とかも、12時間ぐらい学校に拘束って感じですよね。
普通って感じ。そういうのもね、変えていけたらいいなとか思うけど。
🐋くじら:
そうなんですね。
ヴァイサネン加奈:
そういう時間の縛りは、すごくつらかったなと思うけれども…
本当に楽しい思い出しかないですよね。つらかったこと全部忘れていくんですかね。
1日単位で見たら多分つらい日もあっただろうけど、でも全体的に見ると楽しい思い出で終わるっていうのが、学校の先生の多分醍醐味なのかな。
卒業式したらみんな終わりみたいな、楽しかったねって言って、いい写真しか残らないみたいな。
🐋くじら:
はい。わかりました。過去のことで何かご自身的に大事なこと、言い残したこととか何かありますか。
ヴァイサネン加奈:
過去のこと、過去のことで?大丈夫かな。うん。
未来:将来的にはオンラインの支援学級を立ち上げて、支援が必要な子たちやそのご家族を笑顔にさせてあげることができたらいいな。
🐋くじら:
大丈夫ですかね。はい、わかりました。では未来のパートに移っていこうと思います。
ヴァイサネン加奈:
はい。面白い。
🐋くじら:
5年後10年後、あるいは死ぬときまでを想像していただいて、未来についてどういったイメージをお持ちですか。
ヴァイサネン加奈:
未来についてか…それなんですよねそこがね…そこはモヤモヤしてて今。
どうなってるんだってね。
子供ができてから、プライベートってすごい大事だなって思うようになって。
それでフルタイムで働きに出ることをちょっと今止めてて。自分で時間を選ぶっていう仕事のスタイルにして。
でも、オンライン支援学級を立ち上げようと思ったら、ものすごい労力が必要ですよね。
フルタイム以上に働くことになりますよね!
集客をしたりとかするのに時間がかかるな!と。
集中しなくちゃいけないんだろうけど、今はそれができていない自分がいる。でも、将来的にはやっぱりオンライン支援学級を立ち上げて、支援が必要な子やそのご家族を笑顔にさせてあげることができたらいいなと、そんなイメージをしています。
🐋くじら:
はい。子供ができてからプライベートが大事だなと思ったっていうのは、お子さんとの時間がっていう意味ですか。
ヴァイサネン加奈:
そうですね。
子供が生まれる前は、フルタイムで仕事しても帰ってきたら、全部プライベートな時間っていう感じだったのがね。
でも、前の職場に戻ってフルタイムで仕事したらきっとオンライン支援学級をつくることは、考えもしなかっただろうなと思って。
できたら本当にいいな。誰か一緒にする人いないかなって今探してます。
🐋くじら:
具体的に動こうってなったときにまずどういったステップから始まっていくんですかね。
ヴァイサネン加奈:
何人か、フィンランドに住んでる支援が必要な子の療育…日本語の勉強っていうことをすすめてるんですけど、やっぱHPサイトがなかったりとか、そういうことはまだまだできてない状態で、事務的なこととかも進めていかなければいけないですよね。
🐋くじら:
オンラインの支援学級が必要な子たちってのは、もう結構な数お会いしてきたってことですか。
ヴァイサネン加奈:
フィンランドの中にはいますね。
補習校についていくことができない、全員で勉強することが苦手だったりとかいう子たちは少なくはないですね。
オンライン補習校はネット上でたくさん見かけるのですが、
オンラインの支援学級に特化したものはないのでね。
🐋くじら:
そういう特別のような形っていうのを?
ヴァイサネン加奈:
プライベートのレッスンであれば、支援学級と似ていることはできるかもしれないですね。
でも、先生が、支援学級の経験がないと、支援の仕方が違っていたり、保護者の方の相談に乗ってあげることも難しくなるんじゃないかなと思うんです。
🐋くじら:
そういう特別な支援が必要な子たちのために、何かしたいっていうモチベーションは、どういうところから来てますか。
ヴァイサネン加奈:
私、話すことが苦手な子供たちの声が聞こえるんです。怖いか!(笑)
子どもたちのことをよく観察するんです。
さっきまであれをしてたな、今これが欲しいんだなってね。
これは日本で支援学級の先生をしていた時に培ったものだと思うのですが、この力は使っていく方が世のためになる!って思っているのかもしれません。
🐋くじら:
お住まいはもうずっとフィンランドにいる予定なんですか。
ヴァイサネン加奈:
今のところはフィンランドですね。
🐋くじら:
今お子さんはおいくつなんですか。
ヴァイサネン加奈:
1歳になりました。
🐋くじら:
まだまだ小さい。
ヴァイサネン加奈:
叫ぶし、泣くし。
🐋くじら:
へぇ。フィンランドって結構移民の方ってやっぱ日本以外の国からも来てる方は、いるんですか。
ヴァイサネン加奈:
いますね。本当にそれこそ戦争始まってね、ウクライナの方たちはよく見かけるなとか。
🐋くじら:
へえ、そうなんですか。地理的に近いからってことですか。
ヴァイサネン加奈:
それもだし、フィンランド自体が受け入れてるっていう形で。
🐋くじら:
そうなんですね。全然知りませんでした。
もしもの未来質問というのをさせていただいてるんですけど、もしも加奈さんが教員になってなかったらどういう人生になってたと思いますか。
ヴァイサネン加奈:
そっか、教員になってなかったら…。
でも、人と関わることはしてるのかな。今、インタビュー受けながら、私くじらさんのポジションの方が好きだなみたいな。インタビューされてるけど、
する方が、好きだなとか思ってるんで、カウンセラーとか…。
聞く方が好きかもしれない。
🐋くじら:
普段もけっこう悩みとか聞くポジションなんですか?
ヴァイサネン加奈:
うーん、そうですね。でも、それこそだから、支援が必要な保護者、子を持つ保護者の方たちの相談を聞く方が多いですね。
どうアドバイスっていうよりも皆さん、聞いてほしいっていうか、悩んでますよね。
聞いた上で支援の方法や私自身の考えを話す、という感じですね。
支援の方法を教えることよりも聞く方がいいかもしれないですね。
🐋くじら:
特別支援学級のお子さんの保護者の方たちが持つ悩みって、どういうのが多かったりするんですか。
ヴァイサネン加奈:
実戦的なこともあるし、将来不安だっていうときもあるし、こういうことになってるけど、どうしたらいいだろう?っていうこともあるし。
あんまりないことだけど、どういうふうに関わったらいいんでしょうかとか。という悩みもありましたよ。
🐋くじら:
実際それに対して何かアドバイスしたりとか?
ヴァイサネン加奈:
そうですよね。
どうしたいのかなっていうのがまずあるから。そこをね、聞いて聞いて聞いてって感じです。
あとお子さんの状況を見たりとか、保護者の方がどうさせてあげたいと思ってるのかによって、それと、家でどのぐらい支援してあげられるのか、お母さんお父さんがその子にどのぐらい関わってあげられるのかによって支援の方法は変わってきますね。
たくさん聞いてそれで出た答えを言ってあげる・教えてあげるっていう形っていうことが多いですね。
🐋くじら:
はい、ありがとうございます。
ヴァイサネン加奈:
ありがとうございます。
🐋くじら:
最後に言い残したこととして、読者さんに向けてとか自分に対してでもいいですし、このインタビュー感想でも、何でもいいですよ。
最後に出てきた言葉があれば、お伺いしたいんですけど何かありますか。
ヴァイサネン加奈:
今進もうと思ってる道が間違いじゃなかったなって気づかせてもらいました。
🐋くじら:
本当ですか。
ヴァイサネン加奈:
やっぱり好きなんだなとかね。子どもと関わることが、でもインタビューはされる側よりもする方が好きだなって。いやちょっとびっくりです。
🐋くじら:
はい。ご自身の話をされることはありますか。
ヴァイサネン加奈:
あることはあるけど、学校の先生って言ってしまったら、みんなわかりますよね。なんかねそういうことしてたのねっていうのが、ここまで詳しくっていうのはあんまりないですね。
🐋くじら:
なるほど。
ヴァイサネン加奈:
うん聞く方がやっぱ多いかもしれない。
多分いろんな人に興味があるんですよね。
だから、今私は、くじらさんにものすごく質問をしたいのを抑えているんです。(笑)
🐋くじら:
いや、それはよかったです。
あとがき
🐳くじら自身も実は障がい者支援のお仕事をしていたことがあるのですが、ヴァイサネン加奈さんはそういう福祉関係者とはまた違う雰囲気、まさに教員という少し懐かしくなる雰囲気をお持ちの方でした。
でもお話を聞いていくと、生きていく力を養うための連携が大切だった、話すより聞く方が好きだ、という言葉から支援に関わっていた人なのだなとしみじみ感じました。
海外に住んでいる障がいを持つ日本人、という知られていないけどきっとたくさんの人が必要としているであろう支援は、今後もっともっと増えていくと思います。今後の活躍を応援しています。今回は無名人インタビューを受けていただき、ありがとうございました!
【インタビュー・編集・あとがき:くじら】
【編集:むん】
#無名人インタビュー #インタビュー #海外 #フィンランド #日本語教師

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