孤独感とか疎外感がインタビューの中で出てきたと思う人
むかしむかし、ある村に、独り葉(ひとりば)という若者が住んでいました。独り葉は、人々の語る物語の中に、自分と同じような孤独や疎外を感じる心を見つけていました。
誰かが「私は一人なんです」と語れば、
その言葉に深く共感し、
誰かが「どこにも居場所がない」と打ち明ければ、
その気持ちを心の底から理解し、
誰かが「周りから浮いている」と告白すれば、
その痛みを自分のことのように感じました。
ある日、独り葉は気づきました。
「みんな、それぞれの形で孤独を抱えている。でも、その気持ちを分かち合えることは、きっと温かいことなのかもしれない」
後に独り葉はこう語りました。
「孤独や疎外を感じる心は、実は私たちをつなぐ糸になることもある。それを語ることで、誰かの心に届き、誰かを癒すことができるのかもしれません」
そして「孤独を分かち合えば、それは絆となる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年1月27日10時40分に書く無名人インタビュー1000回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは そらさん です!
年齢:20代前半
性別:女性
職業:学生
現在:自分がこの人に大事にされてるな、愛されてるなって思った人に対して、恥じない生き方をしようっていうのはすごいあって。
むん:
今は何をしている人でしょうか?
そら:
大学生をしながら、学生団体を運営したりしています。
むん:
学生団体は何をされてるんですか。
そら:
まちづくりをしている団体を一つ運営しているのと、日本赤十字社の方で、献血推進の活動をしてます。
むん:
学生団体は、いつ頃からされてるんですか。
そら:
まちづくりの方は中学生からで、学生献血推進委員会の方は高校2年生からです。
むん:
それぞれきっかけあったりされたんですか。
そら:
まちづくりの方は、知り合いが立ち上げようっていう話をしてて、それに協力しているという形ですね。
むん:
うん。
そら:
献血の方は社員の方が知り合いで、元々他のボランティアをしていたのですが、年齢の近い人が全然いなくて今携わってるところを紹介してもらって始まりました。
むん:
まちづくりの方とか中学生のときに知り合いからやろうって言われてすぐ、できるのかなと思ったんですけど、やろうって決めたきっかけとかはあるんですか。
そら:
立ち上げようって言い出した方が小さい時の知り合いだったのもありますし、最初のうちは活動がすごくちっちゃくて。
駅構内の清掃活動であったりということがメインだったので、そこまでそこに対する抵抗はなかったです。
むん:
ええ。まちづくりでいうと具体的にはどんなことされてるんですか。
そら:
まちづくりで言うと、地域のイベントに出展させていただいたり、イベントを行ったりしております。マルシェを主催しております。
むん:
マルシェでは、何をされてるんですか。
そら:
マルシェで、協賛企業の方々、キッチンカーで出品していただいたり、個人で音楽活動されてる方とか呼んで、ステージで歌ってもらったり、演奏してもらったりをしてます。
むん:
マルシェとかに何かを出品する側ではなくて、主催する側という感じですか。
そら:
そういうことですね。
むん:
ありがとうございます。献血の方は、社員さんとはどうやって知り合ったんですか。
そら:
中学生の時、研修に行ったり講習を受けていたので、そこで。何度も会うと顔見知りになってよく話すようになってそこで知り合いました。
むん:
ありがとうございます。2つの活動とかされてると思うんですけど、やってみてどうですか。
そら:
多くの学生が属するコミュニティーって学校の中のクラスだったり部活だったり、関わることのできる大人の数って限られてると思うんですよ。一般的な学生生活を送っていれば関わるはずのなかった人たちと関われることはすごく楽しいなと思います。他職種の大人と関わる機会がすごく多いので。こういう考え方あるんだとか、価値観とかそういう生き方について触れることで、自分の視野も選択肢もすごく広がったかなと思います。
むん:
具体的にはどういった感じで広がってますか。変化があれば、教えてください。
そら:
同じ地域の中にも私とは別でまちづくりを頑張ってる方がいて、その方達がどういう戦略を立てて運営しているのかっていうところとか、ターゲット層に対する広告の仕方を自分の経験とか知識に落とし込んだり、どういう関わり方とかできるのかを知ることができたなって思います。それの積み重ねで自分が何に興味があって、向いてる・向いてないを考えるようになりました。諦めとかではないんですけど、他にもメンバーがいるので「向いてないなぁ」と感じた部分は潔く他のメンバーに振って頼るようになりました。
献血の方は医師と看護師っていうようなすごく表面にいる医療職に目を向けられがちなんですけど、それ以外にも人を救うために献血という形で関わったり、献血をするときに、受付をする部署があったり、広告みたいな部分を担っている方であったり、いろんな立場で「人を救う」ことに関わることができるんだなっていうのはすごく自分の中で大きい部分です。みなさんも知っていただくと背後に居る支えてくださってる人の多さにはすごく驚くと思います。その人たちは直接患者さんとかに関わるような医療職ではないけど、医療を支えてくださっている方であるのは間違いなくて、医療に対する考え方であったり、なんていうのが正解かわかんないですけど病院とか特殊な環境以外で勤務されてる人の価値観とか仕事に対する姿勢に触れたり、関わりを持つっていうのは学びだと思います。実際に医療職に就いた時に仕事に対する意識が変わるのかなぁと感じています。
むん:
ちなみにそらさんは趣味とかあったりはされますか。
そら:
趣味は、野球観戦も行きますし、音楽がちっちゃい頃から好きなのでコンサートに行ったり、あと習字を習ってます。
むん:
野球観戦はいつから行ってるんですか。
そら:
小学生の頃から父と行ってましたけど、本格的に試合を試合を何十戦見て、ちゃんとイベントに行ったりとかは、ここ数年です。1年2年の出来事。
むん:
ハマったきっかけはありますか。
そら:
元々好きだったんですけど、団体の仕事とか、大学とか、もちろんバイトも大事ですけど、それだけだとやっぱりしんどいので、他に休日に休みを充実させたいなと思って。仕事ばっかしてた時、体調崩したことがあったのでちゃんと休みをとって、休みを大事に過ごそうっていう。楽しめるように、休日はできるだけ外に行ったり、仕事以外と関わる人たちと関わって、ちゃんと休みと区別を作ろうと心がけてます。
それと元選手のある人とよく話すようになって、選手人生は短いので好きな選手がユニフォーム着てる時くらいは後悔がないようにちゃんと応援しようっていう選手に対する関わり方とか価値観を改めたことも大きいと思います。
むん:
野球観戦時に行って、休めてる感じはありますか
そら:
休めてると信じたいです。私はプロも見に行くんですけど大学野球も好きで…。遠征とかやっぱり疲れて帰ってきますし、シーズン中は最近起用されてないなぁとか、いい報道・悪い報道に振り回されてますけど、選手たちに会う時間はすごく精神的な面でリフレッシュにはなっています。体力面で休まっているかどうかは別として、自分を一旦リセットしてまた頑張ろうって思わされてる部分はすごい大切な時間になってます。
むん:
野球観戦のどんな部分で頑張ろうっていう気持ちにさせるんですか。
そら:
野球が好きというよりは、その選手たちが好きなことに熱中してる姿とか喜んでる姿を見るのが好きで、言い方良くない気がしますけど選手みんな我が子みたいな…。練習見たり、試合を見に行ったりしてたら当たり前なんですけど、ボール当てられて帰ってきたり、怪我して帰ってこられるみたいなことも全然ありますし、状態あんまよくないのを目の当たりにして落ち込んだり、心配してます。負けたらやっぱり悔しいですし。本人が苦しんでる部分を見ててほんとにつらいんだろうなって思います。できることなら全員に試合に出てほしいし、ベンチ入ってほしいし…。それでも折れずに腐らず、ずっと頑張ってくれてるから頑張ろうって思います。私がすごい大事にしてる考え方で、私自身が大事に思ってる人だったり、大切にしたいなぁって人とか、応援してる人とか、この人に大事にしてもらってるなぁ、愛されてるなぁって思っている人に対して恥じない生き方をしようっていう部分はすごいあって。だからこそ、選手たちの頑張った結果が勝ちにつながったりするとやっぱり嬉しいですし、それが自分自身が頑張らなきゃなって思わされている理由ですかね。
むん:
音楽で言うと、どんなジャンルの音楽を聞かれたりするんですか。
そら:
ピアノ曲とかクラシックが多いです。もちろんJ-POPとかも聞きます。遊び程度ですけど演奏したり、オーケストラが好きなので演奏会に行ったりもしてます。
むん:
それはいつからですか。
そら:
ピアノを3歳とかから習うようになって、エレクトーンも並行してやってて、その影響が大きいです。最後のコースまで行かせてもらってたので資格までちゃんと取って卒業っていう形を迎えて、その後数年間趣味というか、自分の技術向上のために個人レッスンに通ってました。ピアノは楽しいですし、大好きなので今でもこの曲いいなって思ったら楽譜を買ったり、自分で練習したりして満足してます。
むん:
先ほどピアノ楽しいっておっしゃってたと思うんですけど、どんなところが楽しいと感じますか。
そら:
改めて訊かれたらそう思うんですけど、普段自分が演奏してて楽しいから弾くみたいなところって感情はあんまり意識してないです。気まぐれで弾くことが多いです。CMとか耳に音が残るとピアノで弾きたくなります。それが楽しいです。音が一致した時がなんとも言えない感覚ですかね。やばい人みたいですけど、わかってくれる人が居るはずです!
ピアノっていう楽器の部分での楽しさを話すと、人によって音色がすごく変わるところだと思ってて。演奏会とかコンクールってみんな同じ楽器を演奏するんですよ。同じ楽器で同じ曲を違う人が聴くとやっぱり上手い下手とか、癖とか表現の仕方とかあって、一人一人違うのも当たり前なんですけど、毎回違うんですよ。大体の楽器、例えば管楽器とか弦楽器ってほとんどが自分の楽器を使って演奏してコンクールとかで評価されてるんですけど、ピアノはそうじゃない部分に魅力を感じます。
むん:
話が変わるのですが、周りから性格はどんなふうに言われてますか。
そら:
一生懸命だよねとは、すごい言われます。
むん:
どういった部分でそう言われてるんだと思いますか。
そら:
休みを作りたがらないというか、少しでもその時間があったら、無理をしてでも趣味の野球とか、仕事の時間に充ててます。手を抜きたくないっていうか、自分に対してさぼりたくないなっていうのがすごい強いです。その部分で一生懸命なのかなと。逆に休むのが苦手というか、怖いなぁって思う部分はあってそれも含めて第三者から見た時に一生懸命って映ってるんだと思います。あんまりわかってもらえないことが多いんですが、休むのが怖いんですよね。1日何もしない日も大事ってわかってるんですけど、すごい世界から置いてかれたみたいな感覚になります。遊びに行く時も、真面目に働いてる人を見ると罪悪感に苛まれます。よく休日に昼間から呑むお酒は背徳感があって美味しいとか言うと思うんですけど、私はそれがわかんなくて…。自分だけ休んでいて申し訳ないなぁって思っちゃいます。自分では「一生懸命! 」って自覚があまりないんですけど、多分そこが周りからは一生懸命な人って見えてるんだと思います。
むん:
自分ではご自身の性格について、どう思いますか。
そら:
一つのことを貫くっていう能力はすごい高いなと。
むん:
それはどんなところで感じるんですか。
そら:
年長から習字を始めて今まで辞めずに続けてきたこととか、ピアノも3歳で習うことを決めたんですけど、最後まで通って資格を取り切るとかちゃんとやりきるところですかね。ピアノと習字のどちらも同級生の中では一番最後まで残りました。幼い頃はピアノの基礎練習とか特に嫌いでやらない時期とか勿論ありましたし、事情があって学年が1つ上のクラスに入ったんですが、泣いてレッスンから帰ってくることもたくさんありました。両親に「やめてもいいよ」って幾度となく言われてましたけど、自分の好きとか、「やりたい」って言った部分は曲げたくなくて。そこはすごく一貫する力がある部分かなと思います。
むん:
ありがとうございます。さぼりたくないみたいなところっていつからなんですか。幼いときからずっとなのか、何かきっかけがあって、そうするようにしたのか。
そら:
さっき話題になってたと思うんですけど、幼少期からの習い事の影響ですね。両親からやるなら一生懸命やらなきゃいけないし、ある程度のところまでいかないと、習い事もやめさせてもらえなかったんですよ。多分いろんな意見がある部分だろうなって思うんですけど、私はこれでよかったと納得してて。だから、そのピアノもちゃんと資格を取るまでは一生懸命やりなさいって感じでした。記憶があるかないかくらいから舞台に立ってて、そのプロ意識みたいなところが徐々に芽生えていきました。ちゃんと練習して恥じないところに持っていくっていう部分とか、1回で試験に受かんないといけないみたいなプレッシャーは感じてました。そうなると自分の気持ち的にサボれないじゃないですか。自分がやりたいことをやらせてもらうにはやるべきことが絶対あるはずで…。それが癖みたいになってそれが徐々に形を変えていって、サボるのが苦手になりました。自覚をしたのは数年のことです。
むん:
全然話が変わるんですけど好きな食べ物って何ですか。
そら:
桃が好きです。
むん:
フルーツのですよね。どんなところが好きなんですか。
そら:
どこが好きって考えたことないですが、甘さと水分量の高さじゃないですか。硬い桃じゃなくて、熟してちょっと柔らかくなってる桃が好きです。メロンも好きだったんですけど、アレルギーによって禁止されました。
むん:
メロンはどんなところが好きだったんですか。
そら:
多分甘くてみずみずしいところです。ドライフルーツは苦手なんですけど、生フルーツは全般好きですね。
むん:
どれくらいの頻度で食べられるんですか。
そら:
今一人暮らしなので、食べない。1人じゃ食べきれないので、食べないですけど実家に帰ると、何かしら食べてるかもしれないですね。
過去:辛いって出来事、辛いなって思ってる自分自身をなかったことにしたくなかった
むん:
ありがとうございます。続いて過去の質問に進んでいきますね。覚えてる限りでいいんですけど、幼かった頃の自分が、どんな感じだったか覚えてますか。
そら:
すごいお母さんにべったりだったのを覚えてます。お母さんの独占欲がすごい強かったものっていう記憶はうっすらありますね。
むん:
何歳ぐらいですか。
そら:
2歳か3歳だと思います。
むん:
ちなみに兄弟はいらっしゃるんですか。
そら:
兄弟はいます。
むん:
兄弟に対しての独占欲?
そら:
そうですね。お母さんを、妹が生まれてから、妹に取られたくないから、お母さんにずっと抱っこされてないと嫌な子供でしたね。
むん:
保育園のときとかはどんな感じでした?
そら:
保育園の時から、好き嫌いはすごくはっきりしてました。発語が遅かったこともあって、一人でいることが多かったです。クラスにいるのが居心地良くなかったです。
むん:
それはどういったところで感じてたんですか。
そら:
馴染めてない感はすごいあって、特定の友達とか、すごく仲の良かった子がいたとかはあんまりないです。あんまり友達付き合いが上手じゃなかったですし、当時の担任の先生とも合わなかったです。私が通ってた保育園はすごく厳しかったんですよ。多分みなさんが想像するような保育園生活は過ごしてなかった気がします。年中からは環境の変化があってそれがすごいストレスでした。
むん:
小学校はどうでした?
そら:
小学校は、周りの同級生と自分の環境の差がすごく大きいなと思ってそこの上がすごいしんどかったなと思います。小学校1年生から、4年生5年生ぐらいまでは一番つらかったんじゃないですかね。
むん:
どんなところがつらかったと思いますか。
そら:
私きょうだい児なんです。弟が年中の時に障害持って生まれてきてて。入院中は全部家族が付き添いしてた影響で、毎日登校は一緒にするんですけど、帰りはほとんど両親か祖母の車でお迎えだったんですよね。学校が終わってそのまま病院に行って、みんなで病室で夕飯を食べて病院に泊まる人を交代して帰ってくるみたいな感じです。両親と過ごす時間がすごく短かったかな。病室での夕飯が平日の家族の時間みたいな感じです。周りは旅行に行ってたりしてましたけど、私はもちろん行けなかったですし、授業参観にこれないのが当たり前だったり、運動会も行けないからだったり。旅行に行く日が決まってても直前になって行けなくなったりすることもありました。学校の帰りはほとんど車だったので「ずるい。なんで。」みたいなことを周りの子に言われてました。運動会も弟と一緒に親はくるけど、外の暑い環境は駄目だからって言われて、私たち家族だけ学校に許可をもらって、3階とか4階の教室から見てたりとか、そこでお弁当食べたりとか。周りの同級生とかに対して羨ましいなっていう感情がすごくありました。疎外感みたいな部分はすごいあったし、一緒になれないんだろうなって思ってました。みんなとは違うってことをすごく感じ始めた頃ですかね。同じ学校に通ってる児童はみんな私にとって比較対象でしかなくて、居心地はあんまりよくなかったです。
むん:
居心地良くないと感じた理由は何ですか。
そら:
その自分に親からしてもらってることと、周りがしてもらってることの差じゃないですか。
むん:
うん。なるほど。お友達関係とかはどうだったんですか。
そら:
友達は、そこまでいなかったです。特定の子1人か2人と常に一緒にいるみたいな。
むん:
先ほど4年生もつらかったっておっしゃってましたけど、5年生から何か変わったんですか。
そら:
5年生からは、ある程度大きくなってきたので慣れたというか、一種諦められたみたいな部分はありました。当時の担任の先生は比較的わかってくれてる人で、ちゃんとだめなことは叱っていただけてましたし、受け入れてくれてきちんと居場所を作ってくださってて、母親みたいに愛情を注いでくれてました。ある程度自分のことを自分で完結できるようになって、全然入退院もありましたけどそれが普通になって過度なストレスじゃなくなりました。比較的落ち着くようになりました。
むん:
落ち着いたっていう環境の変化によって、そらさんの気持ちに変化とかあったりされました?
そら:
落ち着いたのもありますけど、周りとの差があることが当たり前になっていきました。諦めというか…。弟中心で動いてる家族に期待をしなくなったのかもしれません。
むん:
それで行動に変化とかはあったんですか。
そら:
当時は自分で自覚はなかったんですが、両親をあんまり頼らなくなった気がします。学校のこととか自分から話さなくなりました。学校は学校、家は家ってきっちり分けるようになりました。それに何か頼むことが少なくなったと思います。頼んじゃったら、断られる可能性があるから、それで断られて傷つくのが怖かったです。
むん:
中学校のときはどうでした?
そら:
中学校の時…。塾に行きだして、習字も行って、部活もやって、ピアノも習っててすごく慌ただしかったです。今思えば、居場所がほしくてわざと忙しくしてたところはあるかもしれないです。部活は、今まで音楽教室で活動してたグループは環境がお互いすごいコミュニケーションをとるところを大事にしてたところで、みんな4歳とかから一緒にいた子だったので関係性もできてたのでその差についていけなくて部活に積極的に参加しなくなりました。中学の部活動には、音楽全くやっていませんでしたって子たちもいました。すごい大人数だったので、全員とコミュニケーションを取るなんて絶対無理でした。そこがすごいやりづらさというか。自分の性格に合わなくて…。コンクールとかもあったんですけど、コンクールとかはもうほとんど出ずに、時間ある時に自分が楽しめている程度でやってました。
むん:
友達関係とかは変わったりしました?中学校で
そら:
中学校は友達も本当に数人しかいなくて。友達より教職員と話してる方がすごい自分的には楽でした。
むん:
それはどういう関係の先生だったんですか。
そら:
教科担任の先生だったり、授業を持ってもらってなかった先生もいました。
むん:
どんな話をされてたんですか?
そら:
何話したとか、私も覚えてないんですけど、教職員と話してる方が私的には気が楽でしたね。
あと学校には支援級があるじゃないですか。そこに入り浸ってました。ずっと行ってました。仲良かった子がいたのもそうなんですけど、すごく少人数で、コミュニケーションがちゃんと取れたり、私の中で心地良くて、支援級の子たちと普通に、どーでもいい話をしたりとかです。今度、校外学習で買い物に行く子のお金の計算の練習に付き合ったりとかしてました。
むん:
友達と支援級とか先生との違いってどんなとこにあると思います?
そら:
どの言葉を使うのが一番正確に通じるのかすごく難しいんですけど、私にとっては直接的な比較対象じゃなかったんですよ。中学生とかだとやっぱりクラスの中で「どこどこ行ってきた」みたいな自慢とかマウント取ってくる人がいたりして、周りとの環境の差に絶望することが少なかったからだと思います。同じクラスメイトと話してると普通に自分を勝手に当てはめられてるみたいな感覚がどうしてもありました。クラスっていう場所が好きじゃなかったです。閉じ込められてるみたいな。ほんとはみんなと一緒にはなりたいんだけど、一緒にされたくないというか、複雑でした。自分が我慢してることをなかったことにされたくなかったっていうか、辛いところ、辛いなって思ってるところはなかったことにしたくなかったです。わがままだと思いますよ。けど、我慢して耐えているのに気づいて欲しかったし、認めて欲しかったんだと思います。支援級だったり教職員だったら、それぞれの立場とか居場所が違うから、楽に話せるなっていうのはすごいありました。立場も違うし、環境が違うからコミュニケーションも取りやすかったし、居心地が良かったです。教室はどうしても比べちゃって、それが苦しくて自然とそっちに逃げてました。
むん:
はい。ありがとうございます。高校はどうでした?
そら:
高校は自分なりに充実させようとしてました。いろんな経験をしようと思って、生徒会とかに立候補したりしてました。
むん:
今振り返って、充実した高校生活だったって思います?
そら:
保育園から変わってなくて、友人関係は全然充実してたとは言えないです。私自身の生活はすごく充実してたなって思います。他の教職員との関わり方であったり、課外活動とかはすごく楽しかったです。学校見学会で他の教職員に混じって体験授業をさせてもらったり、弁論大会や生徒会役員にも挑戦しました。それ以外にもほとんどの学生たちは勉強と部活を頑張って充実させようっていう部分が大きかったのかなと思うんですけど、私は学校じゃないところ、別に学校だけに縛られるのではなくて外の活動にも行きました。
むん:
外での活動でいうとどんなことされてたんですか。
そら:
学生団体もしてましたし、聾学校とか特別支援学校の見学とかに活かせてもらったり、自分の関わる人の幅をすごい増やそうってなってから、周りの人付き合いをすごい増やしていきました。
むん:
高校生ぐらいまで大体振り返ってもらいましたけど、今までの人生の中で転換点、何個でもいいんですけどありますか?
そら:
まず弟が生まれたタイミングだと思います。
むん:
が1個ですか?
そら:
あとは、高校に上がるタイミングと、あと今、大学2年生の後期に入るタイミングがすごい転換期じゃないかなと。
むん:
そこを具体的にお願いします。
そら:
弟が生まれたタイミングは、私自身の家族の中での優先順位が下なんだな、弟中心の生活になるんだなこれからっていう…。そこから生活がすごい一変しましたし、家族といる時間が一気に減りました。
高校に進学するというタイミングでは、公立の高校ではなくて、私立の高校に選んだこと。全く知ってる人がいないところに進学したので関わる人も生活も一変しました。どこで高校3年間過ごすかっていうところは大きな転換期でした。大多数は、公立に行って私立は滑り止めみたいな感じだったんですけど、その中であえて私立を選立を選んで、地元じゃない高校に進学したのは私の中では大きな決断だった気がします。
むん:
私立行こうと思った理由あるんですか。
そら:
同じ地域にある公立高校へ見学に行ったんですけど、どこも自分に合ってる気がしなくて、しっくりこなかったです。それと自分の中で全部リセットしてゼロから試してみたいみたいな感じでした。
むん:
大学2年の後期、今はどういったところで転換を迎えられてます?
そら:
私のnoteにも以前投稿させていただいたんですけど、大学2年生の後期になるタイミングで休学するっていう選択をしたんですね。なので、社会人になる年が1年ずれました。この1年ってすごい私の中では変化だと思ってます。今までずっと何かしらを抱えながらも、ずっと走り続けてきたなぁと実感してて。何かしらモヤモヤしてたり、引っかかってる部分があるはずなのに自分のことをごまかしごまかしてここまできていたんですけど、一旦止まってちゃんと考えよう、いったん休もうと思って。2年生になってから医療現場のことを学ぶようになって、教科書で学ぶことと現実が私の中ではかけ離れてて…。しょうがないし、どうしようもないんですけど、受け入れられない部分とかが出てきました。しんどかったときの記憶って正直あんまりなくて思い出せなかったんですけど、学んでいくうちに思い出すようになって。私の中でやっぱり当時のことってなんでもなかったように見えてひきづってたんだっていうのはすごく自覚しました。医療という場所から離れて、もうちょっと人との関わり方とか考え直さなきゃとか、家族との距離感を探っていかないとなみたいなことをすごく思うようになりました。
むん:
今、数ヶ月間休学してみてどうですか。
そら:
学生団体とか仕事の部分では、すごく自分のペースを保たれてるなとは思います。元々は学生団体を運営しながらバイト行って、課題とテストに追われてて常に焦ってたんですけど、課題とかテストに追われるっていう部分が一旦なくなってみて比較的平穏に暮らせてます。自分のキャパが100あるとしたら、どういう割り振りにするのかいいのかっていうのをすごい見直したというか考え直して、どれも一生懸命になりがちですが、全部100でやろうとするんじゃなくて手を抜こうとか考えるようになりました。比較的立場が上になって後輩とか部下を持つようになるとみんなそうだと思うんですけど、任せるより自分でやった方が楽なんですよ。でもそれが積み重なると、自分が抱えてる案件多すぎでは?みたいなことになっちゃうのでやめようって思って活動してます。
家族のことでいうと、あんまり実家に帰らなくなりました。習字を習ってるので毎月1回はできるだけ帰るんですけど、「帰らないと行けない」みたいな部分は意識して無くすようにしてます。今の所これが正解だとも思わないですし、良いとか本当にわかんないですけど…。積極的に先輩や友人を頼るようになった気がします。
あんまり自分で自分のことを縛るのをやめたいです。完全なオフの時間をちゃんと確保して、遊ぶ時間も大事にしようって、したいことして自分のこと犠牲にするのはやめようって頑張ってます。私のことを大事にしてくれる人や、私が好きな人と過ごす時間をちゃんと作ろうと思いました。どこまで本人たちに伝わってるかわかんないですけど、相手にできるだけ心配かけるのをやめようって意識して行動するようになりました。
未来:自分の世界で、ただただずっと閉じこもってると思います。ずっと孤独感をやっぱり抱えながら生きてたんだろうなと思って。
むん:
ありがとうございます。
では続いて、未来のお話をさせていただきたいんですけれども、5年後、10年後あるいは死ぬときまで想像していただいて、その未来についてどういったイメージをお持ちですか。
そら:
5年後っていうと就職していると思いますけど、ちゃんと就職して、働いているところですかね。
この後の5年が自分が自由に好きなことをできるタイムリミットなのかなっていう部分もやっぱり感じてたりします。どうしても弟に障害があって、私は世間一般のきょうだい児って言われる立場にあると思うんですけど。そうなったときに、親が元気でいるうちがタイムリミットなのかなっていうのを思って。10年後は、両親が元気でいられるんだろうかっていう不安があります。
5年後、就職で県外に出て行ったとしても、10年後とかには戻ってきて、地元で暮らすと思います。弟が一人暮らしすることになれば、一緒に住むことにはならないけど、関わりがゼロで過ごせるわけじゃないのでそこはすごく考えます。
むん:
弟と生活することを想像するとどんな感じになりますか。
そら:
未知すぎて、わかんないです。でも、たくさん喧嘩してそうです。言い合いみたいな…。 通院に付き添ったりとかは必要かなって思いますけど、その他は案外放置な気がします。お互いあまり干渉せずに、対等でいられるようにやれるところは自分でやていただいて、たくさんコキ使います笑
そのときに一緒に住むっていう選択をするのか、1人で生活してみたいって言い出すのか本当にわかんないですけど、本人曰く一人暮らしは嫌らしいです。
むん:
それまでのタイムリミットっておっしゃってたと思うんですけど、そこのタイムリミットを感じてる中で、好きなことって何していきたいと思いますか。
そら:
長期間で3泊4日とか1週間、旅行にすごい行きたいなと思います。色んなとこに行ったりもしたいですし、海外旅行とかも行ってみたいですし、今までスキーとか、スケートみたいなところには行ったことないんでやってみたいです。地方の球場とか行ってみたいです。
むん:
ありがとうございます。では、もしも質問させていただくんですけど、もしも学生団体とかやっていなかったら、今のそらさん、どういう人生になってたと思いますか。
そら:
すごい狭い世界で生きてるような気がします。自分の世界で閉じこもってるみたいな。全然、生活に色がないと思います。今よりずっと孤独感をやっぱり抱えながら生きてたと思います。
むん:
今は特に孤独感はないですか?
そら:
孤独感はあります。ない人生と比べたら全然ない方かな。
むん:
そこの違いはどういうところにあるんですか。
そら:
居場所の多さだと思います。
むん:
今はわかってもらえてるなっていう感覚はあるんですか。
そら:
分かってもらえてるなって感覚はないんです。じゃあ自分がちょっとでも社会に貢献できてるなっていう部分は、気持ち的に楽かなって思います。周りの方たちに大事にしてもらえてるなっていう実感はすごくあるので、そういう意味ではすごい助けられてると思います。
むん:
今まで結構大切な人みたいなお話をされてたと思うんですけど、今そらさんが思ってる大切な人ってどう、どんな方を想像されますか。
そら:
一緒に趣味に付き合ってくれる友人であったりとか、わがまま聞いてくれる先輩とか。高校・大学の職員の方であったりとか、それこそ選手だったりとかですかね。
むん:
なるほど。
では、最後の質問になるんですけれども、何か遺言でも読者向けでも自分に対する独り言でも感想でもいいんですけれども、何か最後に言い残したことがあれば教えてください。
そら:
最後まで読んでいいただきありがとうございます。
孤独感とか疎外感とかっていう話が、このインタビューの中で出てきたと思うんですけど、孤独感とか疎外感ってどこまで本人が自覚してるかの違いであって誰しも感じてると思うんです。私は基本、自分に自信がないんです…。だから、noteとかを通して出来事とか感情をできるだけ正確に言語化して人に伝えようとするんです。でも、それって誰かにわかってほしいみたいな証拠なんですよね。誰かに伝えて受け入れてほしいみたいな願望がすごく大きいと思います。
日々、言語化しようとして気づいたことがあって。たまに、今私が抱いてるこの感情って誰にもわかってもらえないんだろうなって思って絶望するんです。これがすごく根っこにある寂しさの根源…。けど、「わかってほしい」ってのは相手にはわかってもらえるであろうって期待してるからで、その期待ってわがままでしかないような気がします。すごく厳しい言い方をすれば、甘えみたいな感じです。それって互いなんですよ。私のことを相手にわかってもらおうなんてことは無理な話で、私も相手のことなんて全てわかってあげられないんです。自分だけって思っちゃうのが人間なんですけど。にんげんって残念な生き物過ぎますよね。
絶望を繰り返すうちにいつか、わかってもらえない・わかってあげられないが、「この人にはもう勝てない。」「この人には誰も勝てっこないんじゃないか。」って思えるようになったらいいなって思います。自分にはわからないことが相手はわかるってプラスに捉えられたらなって。そうしたらお互いの関係に敬意が生まれて、平穏な暮らしができるような気がします。多分、どこかにわかってくれる人が居るって思うより、私も相手のことわかってあげられないしなっていう一種の諦めも、言語化して自分に落とし込んだり、それを人に伝えて希望を持つこともどちらもすごく大事な気がします。どちらか一方が正しくて、正義なんてことはないんです。状況とか内容は違えど、きっとその孤独感とか疎外感、絶望を感じているのはあなただけではないはずですよ。
“大丈夫。貴方はひとりじゃない。”
むん:
ありがとうございます。
ちなみにそれは誰に対してのメッセージですか。
そら:
この記事を読んでくださってる人たちです。読者の方たちの気持ちが少しでも楽になったり、救いになってたら嬉しいです。
本日はインタビューしていただきありがとうございました。
あとがき
孤独感・疎外感って、誰しもが必ず持っているけど、表面化されていないこともある。周りの人でも、こうしたインタビューでも、読書を通じてでも。自身の孤独感と向き合う時間がみんなにあってもいいんじゃないかと思いました。
そうすることで、1人寂しくどうしようもない。そんな自分も抱きしめることができる気がします。
【インタビュー・編集・あとがき:むん】

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