虐待とか毒親と言われている親に育てられた人たちの気持ちも少しはわかる人
突然ですが、「湯治」という言葉、皆さんは聞いたことはありますか。
元々は、農家さんが収穫などの作業が一通り終わったあと、体の悪いところを温泉の力で治すために始まった、民間療法みたいなもの。
最近は、現代を生き抜く疲れた労働者が、いっとき現実から離れ、心も体も癒すという目的で、じわじわ流行っているそうです。
温泉は地下から湧き出たお湯、というだけなのかもしれませんが、初めて温泉を掘り起こした昔の人は、「これをお風呂にしよう!」「病気が治るかも!」といって、アッツアツのお湯に浸かる、という発想をしたから、こうして温泉地ができあがったのかもしれません。
温泉が湧く地でお風呂ができ、人が集まり、やがて町ができ、経済が回り、文化ができ、文明ができあがる…。だけど、何百年・何千年もアッツアツのお湯が湧き出ていることに変わりはない。
温泉に底知れぬ「力」を感じています。
と思う2024年11月21日0時37分に書く無名人インタビュー951回目のまえがきでした!
【まえがき:一休誰絵(無名人インタビュー副編集長)】
今回ご参加いただいたのは ふわりん さんです!
年齢:40代前半
性別:女性
職業:無職
現在:いやもうこの際だから思いっきり休んで、好きなことをして、ってすごいハッピーだなって今思ってます。
qbc:
今何をしている人でしょうか。
ふわりん:
今現在無職です。
qbc:
無職以外にも、他にしてることありますか。仕事以外に何か。
ふわりん:
銭湯お遍路をやってます。
qbc:
どちらを遍路されてるんですか。
ふわりん:
都内の銭湯を回って、お遍路しています。
qbc:
それ以外は何されてます?
ふわりん:
あとはフリマアプリでいらない物を売ったりとかそんな感じ。あとゲームセンターで遊んだりとか、本当にダラダラしてます。
qbc:
仕事以外の時間って多分たくさんあると思うんですけど、とりあえず今思い浮かぶのって、銭湯お遍路、フリマアプリで物を売り買い以外に何かあります?
ふわりん:
あとゲーセンぐらいですかね。
qbc:
テレビ、YouTube見るとかネットフリックスなどそういうのは?
ふわりん:
最近は見てないですね。ちょっと前は華流韓流時代劇ドラマとか見てましたけど。
qbc:
ほかに何かされてることって?
ふわりん:
ないですね。
qbc:
食事、入浴、睡眠以外で?
ふわりん:
そう、それ以外はほとんど。結構フリマアプリって時間くうんで、それで1日過ぎちゃう感じですね。
qbc:
その生活に入ったのっていつ頃からなんですか。
ふわりん:
9月ぐらいからですかね。
qbc:
9月から。その前は何されてましたか。
ふわりん:
普通に医療品の会社で、仕事してました。
qbc:
銭湯のお遍路っていうのは、どういうことをされているんですか。
ふわりん:
東京の銭湯組合がやってる企画で、いろんな東京の銭湯を回ってスタンプを貯めて、26湯回ると何かに認定されるみたいな。
qbc:
どんな気持ちで回られてるんすか。
ふわりん:
やっぱ暇じゃないとできないんで、この際暇になったからやってみようと思って。
qbc:
銭湯自体はどうなんですか。
ふわりん:
銭湯自体は私ひなびた温泉が好きなので、そういう何か文化財的な、クラシカルな建物の温泉を回るとすごいなんかいいなと思いますね。
qbc:
気持ちで、いわゆる喜怒哀楽で示すとどんな感じ?
ふわりん:
もう何だろう、素晴らしいなって思いますね。良い絵を眺めたときのような、そういう。
qbc:
もっと原始的な、素晴らしいとかっていう評価じゃなくて、喜怒哀楽で言うと?
ふわりん:
どうなんでしょう、癒されるって感じですかね。喜怒哀楽だと喜びですかね。
qbc:
今どれぐらい回られているんですか。
ふわりん:
スタンプ貯め出してからは7個ぐらいしか。その前は結構ちょこちょこっと行っていたので、銭湯自体は2,30ぐらいは行ってる感じですね。
qbc:
フリマアプリは今どんな感じなんですか。
ふわりん:
ゲーセンで取った景品を売っています。
qbc:
どれぐらい収益が上がってるものなんですか。
ふわりん:
そうでもないですよ。ゲーセンで掛けたお金の半分が戻ってくればいいかなみたいな感じです。取れそうだけどこの景品いらない、ってものも、フリマで売るという選択肢ができたことで、取る楽しさを体験させてもらってます。
qbc:
どんな気持ちですか、今は生活日々過ごしていて。
ふわりん:
直近の会社は精神的ストレスがあり、その前の会社は激務だったんで、とにかく休みたいっていう願望がずっとありました。もうこの際だから思いっきり休んで、好きなことをして、ってすごいハッピーだなって今思ってます。
qbc:
どれぐらい厳しい環境にいらっしゃったんですか。
ふわりん:
直近の会社はそんなに残業は多くなかったんですけど、上司が冗談が通じず、コミュニケーションをあまり取らないタイプだった上、トップダウンで動いている会社で、社長が休日とかにもいきなり何か提出しろとか言ってきて、精神的に休まらなかったですね。その前の会社はとにかく忙しくて、もう本当に平均月50時間ぐらいの残業で、MAX100時間ぐらいいってましたね。
qbc:
それはどれぐらいの期間続いたんですか。
ふわりん:
直近の会社は1年しかいなかったんですけど、その前の忙しい会社は2年ぐらいで。2年ぐらいずっと、最後もうぶっ倒れる寸前は80,90となって、朝から深夜勤務7連勤したところで倒れて、それでやめたって感じです。
qbc:
なるほど。なんですぐやめなかったんですか。
ふわりん:
いや、やめるっていう考えも浮かばないぐらい忙しかったです。気付いたら倒れてました。
qbc:
今はどうですか、そういうのはやめて。
ふわりん:
やっぱりさすがにあそこまでやるのはちょっと無理だと思うので。自分の命が一番大事なので、適度な感じで仕事したいなっていうのはありますね。
qbc:
お給料自体は出てたんですか、残業分。
ふわりん:
出てないです。私は管理監督者っていうレベルだったので、残業手当の対象外だったんですね。
qbc:
それは逆に人に振るべきだったんじゃないですか。
ふわりん:
振れないぐらいもう、会社自体もちょっとそのときは炎上していたので。振っても振ってもそのぐらい残っちゃうみたいな感じでしたね。みんな死んでました。周りも休職退職すごい出てましたし。
qbc:
今の状況になる前に趣味とかありました?
ふわりん:
ずっとちっちゃいときから温泉とかお風呂大好きで、それはずっと生涯変わらない趣味みたいなもんですね。
qbc:
それ以外は?
ふわりん:
それ以外は、これといった趣味はないかも知れない。とにかく温泉に入って、1人旅をして、が本当に大好きだった。
qbc:
1人旅は直近はいつ、どこに行きました?
ふわりん:
子供が産まれる前なんですけど。子供が産まれる前は、毎週末とか、とにかく行けるときは行っていました。そのぐらいもう大好きで。
qbc:
それはいつのお話ですか。
ふわりん:
もう10年以上前ですね。12年ぐらい前かな。
qbc:
じゃあ、結構前ってことですよね。
ふわりん:
そうですね。
qbc:
ご結婚されている?
ふわりん:
いや、私シングルで産んでそのままなんですよ。
qbc:
ご結婚されずに。
ふわりん:
はい。
qbc:
いつ頃、10何年前?
ふわりん:
そうですね、10年ぐらい前ですね。
qbc:
じゃあ、今お子さんと一緒に?
ふわりん:
そうです。
qbc:
なるほど。性格とか人柄はなんて言われます?
ふわりん:
性格は、ぱっと見とっつきにくいって言われるんですよ、何考えてるかわかんないとか。結構硬い感じに見えるみたいなんです。だけど自分としてはそうでもない。むしろダラダラ大好きだし、適当だしみたいな感じなんで、すごいそこのギャップに親しくなった人には驚かれます。
qbc:
なんでとっつきにくいと思われるんですかね。
ふわりん:
なんかやっぱ、人見知りするタイプだからじゃないですかね。見た目もお高くとまってるタイプに見えるっぽいです。
qbc:
自分で思う性格、ダラダラしてるとかそれ以外に何かあります?
ふわりん:
基本的に真面目にいろいろ考えすぎだなっていうのは自覚してて、それはちょっと直していきたいなって逆に思ってますね。
qbc:
どんなところに?
ふわりん:
やっぱり仕事とかなると、どうしてもこれやれとかミッションが与えられちゃうと、それに向かって一生懸命やろうとしちゃうんで。自分が無理してるっていうのも考えずに自分を犠牲にしてやっちゃうところがあるんで。
qbc:
周りの人から、家族とかパートナーとかお子さんとか親友とか、身近な人から言われる自分の性格的な一面ってあります?
ふわりん:
子どもとか、本当ママ適当だよねとか、ダラダラしているねとかそういうふうに言われますね。
qbc:
好きな食べ物って何ですか。
ふわりん:
好きな食べ物は何ですか。お寿司ですかね。お刺身とかお寿司ですね。
qbc:
何が好きです?種類。
ふわりん:
何でも好きですけど、結構青魚とか好きですね。
qbc:
青魚のなかでも何が好きですか?
ふわりん:
アジとかブリとか。あと青魚じゃないですけど、カワハギの肝和えとかそういうのは好きですね。
過去:何か急に頭にきて、もうそこからもう帰るのやめちゃったんですよ。それが私の家出の始まりでした
qbc:
子供の頃の一番古い記憶みたいな感じで、その頃どんな子供でした。
ふわりん:
もう本当にいい子ちゃんでした。もう何もかも親の言う通りに、親の期待に応えるべく、全部言いつけを守って、もう本当に優等生タイプの子どもでした。
qbc:
いい子ちゃん。好きな遊びとかは?
ふわりん:
好きな遊びはお人形さん。今でいうソフビ人形みたいなのあるじゃないすか、ちっちゃい。そういうのでお人形さんでストーリー作って遊ぶみたいな、そういうのが好きでした。
qbc:
ご兄弟は?
ふわりん:
妹がいますね。
qbc:
小学校とかはどうですか。
ふわりん:
小学校は本当は私立の小学校に親が入れさせたかったんですけど、そこをまず小学校受験で失敗して、親の望む小学校には入れなかったんですね。それがあって、ちょっと家庭の中の地位はちょっと低めだったんですね。ただ親の期待に応えるべく、今度中学受験はどうにかして私立に入ろうってことで一生懸命日々勉強してるって感じでした。
qbc:
家族の中での立場みたいなのって何かいつから意識していたんですか。
ふわりん:
やっぱり妹と育てられ方が違うなっていうのを小学校のときにもう既に感じていたので。
qbc:
何歳っていうレベルで言うと?
ふわりん:
そうですね。小学校3年か4年ぐらいには。
qbc:
妹さんは何歳差?
ふわりん:
4歳差ですね。
qbc:
4歳差、なるほど。自分が物心ついてるときに赤ちゃんの妹は何か違うなって感じだったんですか。
ふわりん:
そうですね。妹は父親のスパルタ教育ではなく、優しい女性の家庭教師の先生がついてくれて。妹は跡継ぎじゃないから、なんかお嬢様学校みたいなところに入れるってことで、大学まで繋がってるとこの小学校に入ったんですけど、送り迎えも親がしてたし、もう全然私の育てられ方が違ったんです。私は習い事など送り迎え一切なかったんで。
qbc:
それを見て、ふわりんさんは何を思ってました?
ふわりん:
私は跡継ぎだから一流大学行かなきゃいけないっていうプレッシャーは常にあって。ひっぱたかれながら、ぶん殴られながら、蹴られながら、椅子に縛り付けられながら、スパルタ教育をずっと耐え続け、怒られるから、何とか中学で結果残さなきゃっていうその思いだけでやってたって感じ。
qbc:
生まれた地域とか聞いてもいいですか。
ふわりん:
生まれたのは東京の下町の方ですかね。
qbc:
結構家に資産があったとかそういうあれですか。
ふわりん:
そうですそうです。バブル期だったんで元々のひいおばあちゃんの家とか、そういうのを売ったお金で結構儲かっちゃって、それでそうなっちゃったんですよ。
qbc:
いわゆる資産がもうある状態で、それをどうこうするとかできる物件とか持ってらっしゃいました。
ふわりん:
そう、そうですね。当時は。
qbc:
なるほどね。急にそれを守る人を教育するっていう話になったわけですね。
ふわりん:
守るっていうか自分の出身大学に親がどうしても入れたかったので、それに応えないといけない感じでした。親はお前らに資産は残さない、全部使うからと言っていたんですが、本当に使い切って死んでいきました。
qbc:
今ご両親からこう育てられましたっていうと、どう説明されます?
ふわりん:
すごいスパルタ教育だったって感じですね。
qbc:
なるほど。じゃあ中学はどうなったんですか?
ふわりん:
結局小6になるかならないかくらいで精神的に限界がきちゃって、円形脱毛症とか出てきて、鬱みたいになって。記憶がその時期結構抜けてるんです。それまでずっと四谷大塚っていう中学受験の塾のトップクラスにいたんですけど、急にパンって成績下がっちゃって。で、親が本来行かせたかった第一志望は合格圏外になっちゃって、しょうがないからその下のレベルでいくつか受けて、それでっていう感じになりました。なので、問題間違えるたんびにぶん殴られて蹴られてみたいな感じだったんで、何だろう恐怖心で勉強してるって感じでしたね。
中学は何とか滑り止めみたいなところに二つ受かったんですけど、二つのうちの偏差値低い方に私は惹かれたので、そっち行くって言って親もびっくりしてたんですけど。別に中学受験は自分がしたくてしたわけじゃないからどうでもいいし、環境が気に入った方が良かったんでそっちにしちゃったんですね。どっちも一応上まで繋がってる一貫校だったんで、そっからはもうエスカレーター式にっていう感じですね。
qbc:
中学校生活自体はどうだったんですか。
ふわりん:
中学はもうそんな感じで、中学行っちゃったんで、もちろんテレビとか漫画も禁止だったんですよ、当時。唯一ドラえもんだけは許されてましたが、それ以外は見ちゃいけなくて。だから友達の会話とかにもついていけなくて。私、サザンオールスターズって言われたときにどっかの外国のバンドだと思ってて、それぐらい世の中の芸能人とか本当にわかんなかったんですよ。
それでだんだん友達の会話にもついていけなくて友達も距離を置くようになっちゃって。原宿とかに遊びに行こうって言われても、子供だけでそんな所行っちゃいけませんって言われて、私だけ行けないみたいなのが重なったりもあり、結局仲間外れになって、登校拒否になってっていう感じでしたね。
qbc:
うんうん。高校はどうなんですか。
ふわりん:
高校もそんな感じで下から持ち上がってくる人たちがずっといるので、あの人ちょっと登校拒否してた子よみたいな感じに言われちゃうから、あんまり友達とかいなくて。唯一、悪友達みたいなのがいて、その子と一緒に学校さぼって1日ミスドとかでだべってたりとかしてましたが、お金が尽きて、その子とも、最終的には疎遠になっちゃいました。あとは1人でプラプラして1日ぶらぶらして家帰るとか、山手線延々と何周も乗ってるとか、そういったことはしてましたね。学校は午前はほぼ欠席でした。
qbc:
今客観的に見て、10代の自分の心の中というか、どういう精神状態だったと思います?
ふわりん:
視野が本当に狭かったんで、なんかもう本当に今すぐ死にたいと常に思ってましたね。常に早く死なないかな、みたいな、楽な死に方ないかなとか、ずっとそれを調べていて。常に鬱でした。インターネットが駆け出しの時代で、今のように手軽に色々検索できる時代でなかったので、その当時流行った、自殺マニュアルとかそういう本があったんで、そういうのを立ち読みしてみたりとかしてたんですけど、なかなか自分1人じゃちょっと難しいなとか思って。もし自殺失敗して生き返っちゃったらどうしようとか、そういう生き返ったときのリスクを考えてなかなか実行に踏み出せなかったみたいなのはありますね。高いところに立ってみても、もし即死しなかったらどうしようってそっちのほうが怖かったですね。首つってもドアノブ壊れちゃったし。
qbc:
大学はどうなったんすかね。
ふわりん:
大学行ったらそこが一転して。大学になると結構外部から入ってくる人がいっぱいいたので、それでようやく初めて友達ができたんですね。友達と一緒に遊びに行くとかも初めて大学行って経験して。そんな最中に彼氏ができて、彼氏の家に遊びに行ったときに、時間を忘れてしまい、いつの間にか門限の時間になっちゃってて。やばいと思って、彼氏の家当時の実家から1時間以上かかる場所だったんで、完全に間に合わないじゃんとなって、女友達の家にいるってことを偽装して、ちょっと友達の家に泊まってくるよって言ってみたんですけど、それでも帰ってきなさいの一点張りだったんで、何か急に頭にきて、もうそこからもう帰るのやめちゃったんですよ。それが私の家出の始まりでした。
qbc:
何歳のとき?
ふわりん:
20歳ですね。
qbc:
そのときのお気持ちを先に聞かせてもらっても?
ふわりん:
気持ちはもうブチギレたって感じですね。
qbc:
喜怒哀楽で説明すると?
ふわりん:
もう怒りですね。
qbc:
その怒りって長期間持つのってかなり難しい感情だと思うんすよ。一日中怒り続けるって相当なパワーだと思うんですけど、どうだったんですかね。
ふわりん:
ずっと怒りしかなかったですね、そのときは。
qbc:
家出して、彼氏と一緒にいてもずっと怒りを感じた?
ふわりん:
そうですね。もう絶対に帰らないって彼氏の大学卒業までずっと一緒に彼氏といて。彼氏が大学卒業すると、就職した会社に寮があったんですよ、新卒採用者は全員その寮に入らなきゃいけないってことで。私は一人暮らしするところを見つけなきゃいけなくなりました。経済的にそのとき、全然お金なかったんで、疎遠になってた祖母に泣きついてお金出してもらって、何とか敷金や礼金を出してもらって、1人暮らしするアパートを見つけて、そこに移ったって感じですね。
qbc:
大学はどうされてたんですか。
ふわりん:
そんな感じであんまりろくに大学行けなかったんで、1年留年しちゃったんですが、何とかその後はバイトしながら大学行って、卒業したって感じです。
qbc:
なるほど。その後どうなるんですか。
ふわりん:
その後、ただ祖母からお金を工面させ続けるのもちょっと気も引けたし、それ以前に、うちの父親が病気で入院費用や保険対象外の医療を受け続けていたので、すごいお金かかってる状態で、そこでうちの財産はほぼ使い切ってしまってたんですね。足りなくて祖母も父の治療費にお金を出していて、結構厳しい状況だったんですね。なので私の学費を出してもらうので精一杯だったんです。だから、私は生活費を自分で何とかバイトして稼いでたんですね。収入が13万ぐらいで、家賃が7万弱のところに住んでたので本当に半分以上持ってかれるっていう状態で本当やばかったんですよ。
何とか卒業して、その後将来のことを全く考えないで、就職セミナーみたいなのも一切行かず卒業しちゃったので、少し考える時間欲しいなと考えて、契約社員の研究職みたいなの見つけて、そこでしばらくお世話になったんですが、入ったところが結構変なパワハラ研究員の部下になっちゃって。
結構激しい女上司で、朝からスナック菓子バリバリ食べながら、今日大学生に間違えられちゃったーとご機嫌でいたかと思ったら、遺伝子組み替え中のチューブを投げつけられて早く結果出せとか叱責されたりとか、そういったことがある中、ある日ネズミを締めて何か動物実験するみたいなことを言われて、私は、それはどうしても無理だったんです。最初この仕事に就くときに条件として、動物実験入ってなかったですよねと言って、それでもうちょっとネズミ締めてまでそこの仕事を続けたくないなと思ってそれで退職しました。ネズミはハムスターみたいで可愛かったので。
qbc:
何歳ぐらいの頃に?
ふわりん:
それが23、4歳ぐらいですかね。その後、公益法人のパートをしながら、日雇い派遣の仕事をし、日雇い派遣の当時話題になってたグッドウィルを使って、1日ポッキリの契約で日雇いバイトするっていう感じでした。日雇いバイトで食い繋ぎながら就職活動し始めて、当時就職氷河期だったんで片っ端から受けてもなかなか全然もう面接には進めずっていう感じで1年近く時間かかって。
最後の最後はもう家賃の取り立てにあっちゃって、しょっちゅう管理会社のおじさんが来て、どんどんって扉叩かれるみたいな状態で、すごい切羽詰まってたんですけども。もう無理っていうときに急に奇跡的に就職が決まったって感じですね。それが25歳のときです。
qbc:
その後は、どうなったんですか。
ふわりん:
25歳でようやく最初の会社に入って、しばらくは結構エンジョイできてたんですが、入ったときに自分が全く未経験だったんで、入社時に年俸300万ぐらいでいいですみたいな感じで言ったんで、本当に300万ぐらいの契約で、正社員になってって感じだったんです。その会社での新卒募集を2年後ぐらいに初めてしたんですけど、新卒の人の給料より私低かったんですよ。「えっ」て思って。
そこの会社、当時溜池山王にあったんですけど、赤坂の界隈って大体ランチが当時平均1000円ぐらいしてたんですけど、私は1000円のランチなんて本当食べれないんで、毎日お弁当を作って、週1回だけお金貯めて1000円のランチを何とか食べるみたいな。
そういう生活をしていたのでちょっとこの苦しい経済状況とかに出したいなと思って、とにかく給料高いとこ転職したいっていうだけで給料高い会社に転職しました。
qbc:
その給料の高いところに転職したのが何歳の頃ですか。
ふわりん:
28歳ぐらいですかね。
qbc:
その後はこの会社に何年います?
ふわりん:
そこが2年ですね。
qbc:
次は何されます?
ふわりん:
その後が10年ぐらいいた会社に行きます。
qbc:
直近ですかね?
ふわりん:
いや、違います。
qbc:
何系の会社ですかね。
ふわりん:
その給料高い会社は保険の会社で、その後がITサービス業に行きます。
qbc:
その後はどこに?
ふわりん:
その後販売促進の会社に行って、そこも社員同士の干渉がすごくて宗教っぽい雰囲気の変な会社だったんですぐ辞めて。その後人材サービスの会社に2年いて、そこが激務でぶっ倒れた会社です。
qbc:
年齢で言うと、31歳からITの会社ですか。
ふわりん:
ITの会社に行ったのは30歳のときですね、30から39歳のとき。で、販促会社を挟んだ後、41歳から43歳のときまで人材紹介の会社にいて、その後1年間直近の医療系の会社にいました。
qbc:
ご出産はいつだったんですか。
ふわりん:
出産は9年いた会社の間ですね。34歳ぐらいですね。
qbc:
なるほど。転職が多いのほかにこの辺りで何か他に大きい変化みたいな、波乱万丈的なものがあるんすか。
ふわりん:
波乱万丈、そこがあれなんですけど。
qbc:
何があったかって話ですよね。波乱万丈は評価なだけで。
ふわりん:
まず、親が全財産使い切って死んだこと。次に、未婚で出産するっていうのがそこでイベントとしてあります。さらに、私の社歴は、ひたすらパワハラと縁があったってことです。
qbc:
どの会社?
ふわりん:
研究員の時から始まり、1社目の最初の上司、2社目の給料高いって言って入った保険会社がもうパワハラが至るところで毎日みたいな感じで。上の役職者が気に入らないことがあると、該当者が別室に呼び出されて1時間以上説教されるという文化がありました。基本的に上の役職者をたてて、ランチも仕事も全部、上席の意思に従うという感じでした。さらに直近の人材紹介の会社、医療品の会社も何かしらパワハラされていました。振り返ってみるとパワハラだらけです。
qbc:
業界としてもう避けるべきところとかっていうのはわからなかったんですか。
ふわりん:
いやもうとにかく逃げたい、をベースに転職していたので、内定が出次第、そこに入っちゃうっていう安易な考えで転職してたんで、そうなっちゃったっていうのは正直ありますね。
qbc:
それはすぐ辞めるからすぐ内定を出すっていうのを知らなかったってことですよね。
ふわりん:
なんかいつも入社時に人事の言葉とかを鵜呑みにしてたんですよね。あと基本的に転職活動ってエネルギー使うので、疲れてしまい、決まり次第終わりにしたいっていうのが常にありましたので。自分がどんな会社で、どのように仕事していきたい、というビジョンを無視して妥協して入社していたため、失敗が続いてしまいました。そういう意味では、ITサービスの会社は、割とそこが明確だったので9年いられたのかなというのはあります。だから今回の求職活動はそれは決して妥協せず、というのを死守しています。
qbc:
なるほどね。その転職と未婚っていうのはぐるぐる回ってたって感じですかね。
ふわりん:
はい。シングルで子育てする苦労と、パワハラされて転職する苦労が、本当に人生で繰り返されてたんで、もうこれは自分の考え方を根本から変えなきゃいけないなって思い、今いろいろ潜在意識の勉強とかいろいろして。なんか瞑想とか、マインドフルネスっていうのもやってみて、今修行中って感じです。
qbc:
なるほどね。ご家族の血縁との関係性はどうなんですか。
ふわりん:
もうそれがですね、私が家出してからもうしばらくして父親が死に、母親が死に、一気に死んだんです。
qbc:
何歳ぐらいのとき?
ふわりん:
それが20歳のときに父親死んで、23、4歳ぐらいのときに母親が死んだって感じ。
qbc:
じゃあ、おばあちゃんだけ生きてた?
ふわりん:
いや、おばあちゃんはその間に死にました。
qbc:
血縁は?
ふわりん:
なので、もうその辺で全員バタバタって死んだんですよ。別々の病気で。葬式だらけでしたね。
qbc:
資産は?
ふわりん:
父の医療費で全て使い切ってしまっていたので資産はほとんどありません。実家だけもらったみたいな感じです。それもバブル期に買ったものなので、売ったら購入価格の三分の一でした。
qbc:
じゃあ現金しか残ってないってこと?
ふわりん:
そうですそうです。実家売った少しの現金のみです。これも株式投資失敗で減らしてしまいましたが。
qbc:
なるほどね。割と自分の思い通りになる人生というか、しがらみのない人生なんすかね。
ふわりん:
自分の意思に従える、という意味では親が死んでからもう完全に解放されましたね。
qbc:
20代からですよね、それは。
ふわりん:
そうでした。本当に家出してから人生変わったって感じで、その前は本当にもう抑え込まれていたので。自分がどうしたいとか、よくわかっていませんでした。自分の意志ってものがあまりなかったですね。
qbc:
その何ていうか、この20代30代の家出以降っていうのはパワハラとかはあったにせよ、東京であれば未婚の母自体はそんなに周りからストレスを受けるっていうのは少ないかなと思うんすよね。どちらかと言えばですけど。
ふわりん:
未婚の母はストレス受けますよ。基本的に腫れ物扱いです。何でなの、相手誰、みたいなのは常にありました。細かい事情は話したくないので、周りと接しにくかったですね。また、親いないんで、大体未婚の母の人って親や仲の良い友人や兄弟が協力してくれてっていう人が多いんですけど、私の場合完全に1人でした。結構ノイローゼになりかけて公共機関で提供しているカウンセリングを受けたりとかしました。
qbc:
そんな中で言うと、どんな感覚で生きてたっていうのは、今思い返してどんな感じです?
ふわりん:
未婚の母になったときに、そのときもいろいろ潜在意識とかすごい勉強したんですけど、そのときに、あるがまま、目の前のことを受け入れろみたいな、そういう何か仏教の教えみたいなのを本で読んで、なるほどなと思いまして。あと子供を育てられる自信がなかったから、ちょっと特別養子縁組とかね、そういうのもちょっと考えたんですけど、でもこれはちょっと1回受け入れてみようかなっていう考え方になって、受け入れてみたら意外になんとかなったんですよね。目の前のことを受け入れる、ということの意義の大きさを感じました。
qbc:
人生の転換点を置くとしたらどこに転換点があると思います?
ふわりん:
転換点はやっぱ家出ですね。家出と一社目に就職したとき、子供が生まれたときですかね。
qbc:
お子さんが生まれたのって、どういうふうに転換になったんですか。
ふわりん:
子供は元々大嫌いだったんで、子供いない人生でも別にいいやって思ってたんですけど、実際自分の子供を産んでみるとすごいかわいいんで、これはかなり自分でも驚きでした。
だから、すごいいろいろ価値観も変わりましたし、何か自分の子供のためにしたいとか、子供が喜んでくれると嬉しいとか、そういう感覚も初めて知ったし、すごい学びにもなりましたね。
qbc:
あと、結婚はなんでしなかったんですか。
ふわりん:
ちょっと問題のある相手だったので。そんな感じです。
qbc:
それは生まれる前からわかってた?
ふわりん:
そうです。
qbc:
人生は今楽しいですか。
ふわりん:
今は楽しいですね。
qbc:
いつから楽しいです?
ふわりん:
楽しいのは、一人旅をしまくってたときと、今かなって感じですね。
qbc:
うんうん。1人旅をしまくってたのは20代の頃か。
ふわりん:
はい。子ども生まれるちょっと前なんで30歳からしばらくって感じ。
qbc:
どこ行ってることが多かったです?
ふわりん:
もうとにかく全国の温泉に行きまくってましたね。
qbc:
温泉なんだ。お金は?
ふわりん:
最初一人暮らし始めた7万弱の木造アパートに、給料高い会社に行ってからもずっと住んでたんですよね。なので結構お金が貯まって、それで30の時に免許も取って。長年勤めたITサービスの会社行ったときに、もう結構貯金もあったし、車も持ってる状況だったんで、それでいろいろ行ったって感じです。
qbc:
旅の思い出とかあります?
ふわりん:
九州のテイエム牧場温泉っていうなんかテイエムオペラオーなどの競走馬を産んだ牧場が経営してる温泉があるんですけど、小さい頃ズームインテレビで紹介されてるのを見てからずっと、そこに行きたかったんですよ。そこに行ったときに、ものすごい達成感を感じて感動して泣きましたね。
未来:最後温泉で余生を過ごしたいんで、温泉のために自分が仕事で何かできたら嬉しいかなっていうのはちょっとあったりしますね。
qbc:
5年後10年後30年後、最後自分が死ぬっていうところまでイメージしていただいて、どんな未来をイメージできますかね。
ふわりん:
そうですね。もうとにかくゴールは温泉のついてる家に住むっていうことなので。どっかの地方の、温泉付きの家で暮らしていられたらなっていうのが思います。
qbc:
なるほど、その他は?
ふわりん:
1回温泉買収することも考えて、株式投資とかにも手だしたんですけどちょっと失敗しちゃって。それでまた会社員の方に戻ったっていう経緯もあるんで。
qbc:
そのときは働かなくてよかった?
ふわりん:
いや、ちょうど人材紹介の会社の前の変な販促会社を退職するときに。最後は休職したんですよ。休職期間中に株式投資して、儲かりそうな温泉買って会社員やめようと思ってたんですけど、いきなり最後にドボンって食らってそれで計画が頓挫したんです。
qbc:
何か、相談相手っています?
ふわりん:
相談は特にあんまりしないんですよね、私。なので、そう、会社でつらいことがあったらいつも電話占いみたいなので、いろいろ喋ってスッキリするみたいな、そういうレベルでの相談しかしない。人生の決断などの際に相談とかってあんまりしないんですよね。
qbc:
外部の対人支援サービス、カウンセリングにしろ占いにしろ、無意識の人にしろ、そこに相談してるんですよね?
ふわりん:
相談っていうか、メンタル的な相談だけしかしたことないですかね。ノイローゼっぽいのでどう対処したらいいでしょうみたいな。人生で悩んでるからどうしよう、みたいな相談はしても意味がないと思うのでしたいとも思わないです。占いとかで、嫌いな上司についてみてもらって、これはよくないものがついている人だね、けどこの人とは縁が薄いとか、前世で敵同士だったのでカルマ解消したら縁が切れるとか言われて喜んですっきりするみたいな。その程度の相談です。相談しても、結局決めたり、解決するのは自分なので。
qbc:
なるほど。人生において今一番欲しいものって何ですか。
ふわりん:
今の自分でそのまま自分のペースで仕事できる環境。安定収入やっぱ欲しいんで、安定収入と自分のこのままのライフスタイルを維持しながら、何かできる仕事をしたいなっていうのはあります。
qbc:
人生で一番楽しいことって何なんですか。
ふわりん:
やっぱり温泉を巡ってるときが一番楽しいですね。
qbc:
温泉は何がいいですか。
ふわりん:
温泉はなんだろう。やっぱぼーっとできるじゃないですか。無になれるあの瞬間がやっぱりいいですよね。
qbc:
温泉もいろいろ西の有馬東の草津あったりしますし、九州とかもね北海道もありますけれども、どこがいいっていうとどこをおすすめします?
ふわりん:
私はマニアなので、今は滅びちゃった温泉なんですけど鹿児島の山奥に鄙びたとある温泉があって。そこはもう、すごい透明度高い、神々しい泉のような温泉だったんですけど、こないだ廃業しちゃったんですよ。私そこ買収したかったんで、それで株式投資してたっていうのもあったんですけど。もう廃業されちゃったんで、もうね難しいかなっていうのはあるんですけど。
qbc:
いやでも、プラスでお金かかるかもしれないけど、存続はできますよね。
ふわりん:
そうなんですよね。ただあのくたびれた設備を修繕するのは結構馬鹿みたいにお金が高いと思うんで。かなりくたびれてはいたんですよ、最後行ったとき。床傾いてましたし。
qbc:
どういう人生にしたいとか、家族を作りたいとか思います?
ふわりん:
最後温泉で余生を過ごしたいんで、温泉のために自分が何かできたら嬉しいかなっていうのはちょっとあったりしますね。温泉の存続とか、温泉を守るとか、発展させるために最後何か貢献できたらっていうのは正直あります。
qbc:
人と一緒に何かするっていうのは好きです?
ふわりん:
仕事をするときは割と人といろいろするのは好きですけど、協業とかそういうのまでは正直今はまだ考えたことはないですね。
qbc:
人生を一緒に、誰かと生活するとか仕事でもいいんですけど、人生全体で?
ふわりん:
人生全体で、まあ子供は大事だし。でもいずれは巣立っていかないといけないと思うので、ただ1人になったときでも気が合う人がいればいいかなと思いますけど、あんまり恋愛とかそういうのは今は興味ないかなって感じですね。
qbc:
人間関係でこれみたいなのがあるわけじゃない?
ふわりん:
そうですね。特にそういうのはないですね。
qbc:
ゲーセンに行くのって、クレーンゲームだけですか?
ふわりん:
もうひたすらクレーンゲームですね。攻略法を頭の中で考えて、イメージ通りに景品が動いてくれると嬉しいみたいな。
qbc:
なんで、クレーンゲーム?
ふわりん:
やっぱ、結構クレーンゲームって重心とかいろいろ考えながらやるので、ちょっと理系的な頭の使い方をするんですよ。こうするとこうなるだろうみたいな。なので、数学でも、解法を考えるのが割と好きっていうのが私昔からあったんで、それにちょっと似たようなものがあるから好きなんだと思います。
qbc:
もしもの未来の質問っていうのを無名人インタビューしててですね、もしもふわりんさんがご両親ですよね。お金の環境とか資産はそのままで厳しくなかったらどういう生き方になってたと思いますか。父母が厳しくない。
ふわりん:
厳しくなかったらもうちょっと明るく生きてたと思いますけど。もうちょっとぬるま湯な感じで人生を生きてたと思いますし、楽勝人生だったと思います。履歴書もこんなに汚すこともなかったと思うし。
qbc:
具体的に何をやっていたかっていうのをちょっと想像してほしいんですよね。
ふわりん:
やっぱ大学院でて、普通に大企業入って、親が認めるいいとこの息子と結婚して、順調に仕事してる人生だったと思いますね。
qbc:
大企業っていうのは?
ふわりん:
まあ名の通った有名企業で、昔から私は食品とか化粧品とか興味あったんでそういう会社入って、コツコツと商品開発とかやってたら最高だなっていうのは思ってたんで。
qbc:
それは何歳ぐらいのときのイメージだった?
ふわりん:
もうそれは大学にいたときはそう思ってましたね。
qbc:
なるほどね。今の人生って今の時点でっていうか厳しくない両親の、ifの人生の方がいいと思います?
ふわりん:
そうですね。正直ifの人生だったらよかったなというのはありますね。でもあれがあったからこその今だから、あれを否定しちゃいけないなっていうのは今は思います。ちょっと前まではすごい嫌だったんですけど。楽勝人生の人が羨ましくて仕方なかった。けど、今現在は、割とそれは受け入れる感じかな。あれがあったから今があるって思えているんで。
qbc:
結果、今の人生でここがすごくいいんだよとか、人生をお話してきていただいてね、生ぬるい生温かいような家庭の両親だったらっていうのちょっとどうかなみたいに思うわけじゃないすか。であれば、今のこの環境生きてきた流れっていうのは何が良かったんですかね、これがあったのはすごい良かったみたいな。
ふわりん:
なんかいろんな意味で人の痛みがわかる人間になったのは、それがあったおかげかもしれないですね。
qbc:
どんな痛みが?
ふわりん:
やっぱり虐待とかあといわゆる毒親と言われている親に育てられた悩める人たちの気持ちも少しはわかるので。そういう人達って社会で割と生きづらさを感じていたりするんですけど、私は結構そういうのすごい気持ちわかるから、何かその人達の気づきの手助けできたらなっていうのは正直ありますね。そういう人に何か寄り添える気持ちを知ったっていうのは、やっぱ大きいですかね。いろんな意味で視野は広くなりましたね。
qbc:
実際に毒親育ちの人と話したりするんですか。
ふわりん:
いやそれは正直ないんで、何か今後そういう機会があったらなっていうのは漠然と思ってますね。
qbc:
イメージしていただきたいんですけど、当事者って言葉がすごい流行しているって言い方はあれなんですけど。自分自身当事者だっていうようなことを意識するっていうんすかね、その当事者会っていう集まりがあるんですよ。毒親育ちなので、皆さんあるあるが出てくるんでしょうね。私に嫌がらせをしようと思ってるのっていうふうに親が言ってきたとか。で、言われた言われたっていうような環境なんですよね、そこは私も言われたわって。それは普通の飲み会で言ったらそんな事言われるのっていうふうになるんですけど、そこではそうならない場所。そういうところに参加するとしたらどんなイメージです?
ふわりん:
うーん、ただ別に私共感してもらいたいとは思ってないから、特に積極的にそこには行こうと思わないですね。例えば自分の母校とかで講演してくださいとかそういうの言われたときには、そういう経験を話して、もし何か気づきがあったらなっていうのはあったりします。どちらかというと、自分が毒親育ちと自覚してない人に、自分の意思で生きて良いんだよって気づくきっかけになれればっていうのがありますね。他人と経験を共有できるレベルになってるってだけで、すでに癒しの過程が進んでいるので。本当に当事者真っただ中だと、話すのも憚るし、自覚すらないっていう感じなんで。私がそうだったので。
qbc:
もしもの話の具体的なもので、今地域おこしっていうものはものすごい人の流れを整えているところなんですけど、日本っていう国で。仮にこの温泉のプロデュースをしてくれないかっていうような外部からの案件人材を求める案件があったらどうされます?
ふわりん:
あー、それちょっと副業でやってみたいかもしんないすね。
qbc:
現地に行くんですよ?
ふわりん:
いやちょっとやってみたいですね。ただでも現地どっぷりはちょっと。
qbc:
本業がそっちにならなきゃいけないんですよ。副業は何かしてもいいと思いますけど
ふわりん:
本業だと子供がいるからなっていうのがあるんで難しいですね。1人だったら行っちゃうと思うんですけど、子どもがいると逆にちょっとそこが足かせになるかなと思います。
qbc:
子供が喜んでそこについていったら?
ふわりん:
いやあそれは都会が好きで、友達が沢山いる子なのでそれはないんですよ。
qbc:
じゃあ親代わりになってくれる人がいたとしたら?自分が2拠点ですね。
ふわりん:
いやあ、でもちょっと私自身も子供と離れたくないっていうのがあるんで。やっぱ独身だったら行ったと思うけど、今はちょっとやはり無理だなってのはあります。子供が子供であるうちは、子供のそばにいて見守っていたいんです。
qbc:
リモートで何かするっていう副業であれば、現地に行かない形であればってことですね。
ふわりん:
そうですね。
qbc:
ありがとうございます。最後に言い残したことはっていうことで、遺言でもいいし読者向けメッセージでも自分に対しての独り言でもいいんですけど、最後に残したことがあればお伺いしております。
ふわりん:
皆さん、今の自分を大事にして、今の自分を好きになってあげてください。そんな感じです。
あとがき
むかし日帰り温泉で働いていたんですよね。
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:komima】
#無名人インタビュー #インタビュー #温泉 #転職 #一人旅#毒親#シングルマザー#就職氷河期

マガジンで過去インタビューも読めますよ!
インタビュー参加募集!

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!