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自殺の途中でいじめた奴らは笑顔で生きてるんだろうなと思って俺は絶対幸せになるために生きなきゃと思った人

きっと自分勝手でしたね私。すまないなと思う日々です。口蓋の裏側に口内炎ができてしまい、毎朝、治ったかな? と思って下の先でつんつんする日々を過ごさせていただいております、qbcです、はい!
人間には記憶があります。
そして記憶に対する評価があります。
例えば「いじめ」というようなことがあっても、いろんな評価方法があるんですよね。

《いじめられていたという記憶》
 ┗哀しくて思いだしたくない出来事
 ┗自分を変えてくれた出来事 
 ┗いやすぎて思いだせない出来事

認知の仕方は人それぞれで。この記憶に対する評価の仕方がその人らしさを作りあげていくものだと思っております。無名人インタビューでやや執拗と感じられるほど「どういう気持ちでしたか?」「どういう気分でしたか?」って聞くのは、認知の仕方を紐解いて、その人らしさを突き止めるため、です。なるほどー、ですね。
記憶に対して、自分の好きに評価を変えられることができたのなら、人生は、かなり自由に、軽やかにね、なるものなんです。
さあ、私も口内炎を治さなきゃなんない! ということで無名人インタビュー今日もはばたきます!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは SWAN SONG さんです!


現在:自分の作った料理がこの人の最後の晩餐というか、人生最後の食事になっても後悔しないような料理をちゃんと提供したいと思ってて。

尾崎:SWANさんは、今何をしている人でしょうか?

SWAN:今は和食屋さんで働いてます。

尾崎:調理をされているんですか?

SWAN:そうですね、料理人をやってます。

尾崎:何年くらいされてるんですか?

SWAN:料理自体は、アルバイトを含めたら10年以上にはなるんですけど。ちゃんとやり始めたのは、修行を大体6年半やったので、蕎麦の修行なんですけど。蕎麦の修行もしながら、ちょっと和食を教わったりしてたんで、その経験を生かして、今和食屋さんで社員になった感じなんですけど。

尾崎:蕎麦の修行は、具体的に何をされるんですか?

SWAN:ひたすら手打ち蕎麦の打ち方を覚えて。あとは蕎麦のつゆ、出汁の作り方から覚えて。大体、蕎麦の修行って3年3ヶ月って決まってるんですけど、僕は師匠が2人いたんで。最初に行った蕎麦屋の方は、手打ち蕎麦なんですけど、つゆは業務用のつゆを使ってる人で。3年3ヶ月あけて手打ち蕎麦を覚えた後に、つゆも自分のつゆを作りたかったので、今度は別の蕎麦屋さんでつゆを教わって。その期間を合わせると、6年半って感じですね。

尾崎:蕎麦を極めようと思ったきっかけは、何かあるんですか?

SWAN:僕の親戚に、蕎麦協会の会長がいるんですけど。その人に、「蕎麦を一緒にやらないか」みたいな声をかけられて。正直僕、そんなに蕎麦自体は好きではないんですけど、本当のこと言うと。でも観光業が儲かるっていうのは聞いてて。実家の近くに観光地があって、そこの観光地の土産物屋さんとかで働いてたことがあったので。

地元の蕎麦をご当地グルメにして、売り出していくっていうのを親戚から聞いてたんで。ご当地グルメとしてやるのであれば、今のうちに蕎麦の修行しとけば儲かるかな、みたいな。そういうことを考えて。で、修行を始めたっていう感じですね。

尾崎:実際に修行を始めてから、気持ちの変化はありましたか?

SWAN:地元の蕎麦、滋賀県にある多賀そばって言うんですけど。その蕎麦だけは、好きになりましたね。他の蕎麦はあんまり正直、美味しいなと思えないんですけど。地元の自分が扱ってるそばだけは、愛着が湧いたというか。

あとでも、それ以前に、一番最初に修行した蕎麦屋さんなんすけど、どっか修行する前に、まずは蕎麦食べなきゃなと思って行った蕎麦屋さんがあって。そのとき、15歳か16歳くらいなんですけど。これ正直、恥ずかしい話だけど、手打ち蕎麦をそれまで食べたことがなくて。生まれて初めて食べた手打ち蕎麦が、感動するくらい美味しくて。勝手にのれん開けて、その厨房にいた人に、ここで修行させてくださいって言って。その日から6年半の修行生活が始まったみたいな感じなんですけど。

尾崎:うんうん。

SWAN:蕎麦に出会ってから、人生が変わったなと思いましたね。急に暖簾開けて、修行させてくださいなんて言えるポテンシャルっていうかフットワークの軽さも、本当はなかったはずなんですけど。手打ち蕎麦を生まれて初めて食べたその一口目から、俺の人生が変わり始めたなって思います。

尾崎:ここで働かせてくださいって行動したのは、美味しかったからですかね?

SWAN:美味しかったからだし、自分もこういう蕎麦を作れるようになってみたいって思ったからですね。ここでなら俺は修行したいって、蕎麦は興味なかったのに一口食べて、価値観が変わったっていうか。すごいなんかね、食べた瞬間に、視界の全てが輝いて見えたというか、人生が変わっていきそうだなって、感じるものがあったんですよね。蕎麦食べたとき。だから俺は蕎麦の道に進もうと思って。

尾崎:ちなみに、蕎麦を作っているときは、どんな気持ちで作ってるんですか?

SWAN:蕎麦を打つときは、極力というか自然と無心になる感じがあります。正直楽しいなと思いながら打ってるっていうよりは、本当に何も考えずに無になって打ってる感じがします。手打ちそばって、全く同じ蕎麦粉を使ってても、職人によって味とか変わってくるんすけど、そういうのって、その職人の性格が出るからだと思うんですよね。

多分、イライラしてたりとか、あんまり良い感情じゃないまま蕎麦を打ってたら、そんなにいい蕎麦にはならないだろうし。僕は打つときに、ゾーンに入ってっていうと格好つけた言い方になりますけど、本当に何も考えず、無で、ひたすら打ってる感じなんで。気づいたら蕎麦が出来上がってるみたいな。おかしな話ですけど。

尾崎:打った蕎麦をお客様に食べてもらっている時は、どういう気持ちですか?

SWAN:蕎麦を出すときに、これは僕なりの美学っていうとちょっとかっこつけてますけど、僕なりの考え方としてあるのが、自分の作った料理がこの人の最後の晩餐というか、人生最後の食事になっても後悔しないような料理をちゃんと提供したいと思ってて。

だから「美味しい」って言われると、昨日もちょうど仕事中に言われて、本当に嬉しかったんですけど。やっぱ感謝の言葉をもらえると、この仕事しててよかったなって思えるんですよね。

尾崎:最後の晩餐。

SWAN:人生で、本当に1回だけそういう経験があって。店の中で亡くなった方がいて。自分の料理を食べてもらって、元々心臓病を患ってた方なんですけど。食事中に急にその発作が起きて、亡くなられたんですね。夫婦で来られてたんですけど。「うちの旦那はこのお店が本当に好きだったんで、ここで亡くなられたことはうちの旦那にとって幸せだったと思います」って最後にその奥さんに声かけられて。それを言われて本当にもう、涙が出るくらい嬉しかったですね。そう思ってもらえてよかったなって。そういう料理人になれて良かったなって、本当に思いました。

尾崎:蕎麦以外で、SWANさんの中を占めているものって、他に何がありますか?

SWAN:ブログかなって思います。文章を書くことが自分を表してるっていうか、言葉が人を作るって僕思ってて。その人が普段使ってる言葉とかが、その人の人格を築き上げてると思うので。僕、ブログ自体は料理よりも歴が長くて、多分もう小1か小2くらいからずっとやってるんすけど。

いろいろサイトは転々としながら、毎日思ったことを何かしら書き残すようにはしてて。だから、自分が何に対して嬉しいと思うのかとか、何を悲しんでるのかとか、これからどうしていきたいとかを、ちゃんと毎日考えるようにしてて。何かを失敗したのであれば、その失敗を繰り返さないためにどうしたらいいんだろうとか。

逆に嬉しいことがあったら、これが続いていくにはどうしたらいいだろうとか。ちゃんと今日あったことを振り返って、これから先にどう繋げられるかとかを見つけるために、ブログをやってて。あと、ここ最近何年かは、極力ブログには愚痴っぽいことを書くよりも、極力楽しかったことが嬉しかったことみたいにいい情報だけを残そうとは思ってて。

尾崎:うんうん。

SWAN:嫌なことを書き残しても、そんな出来事はあんまり思い返しても、いい気分にはならないので。僕なりの哲学なんすけど、「カルペディエム」とか「メメントモリ」っていう言葉が好きで。「今日死んでも後悔のないように生きよう」みたいな、そういう考え方が好きで。

だから今日あった嬉しかったこととか幸せだったことを極力書き残して、俺は今日もいい人生を生きたいなって、そう思いながら寝たいので。それを毎日思えるためにも、僕にはプログが必要だし、ブログが俺の人生のほとんどを占めてるなと思います。

尾崎:なるほど。ブログの他に、占めているものはありますか?

SWAN:やっぱり家族ですかね。嫁と子供がいるんですけど。さっきの話にちょっと繋がるんですけど、幸せって何だろうと思ったときに、やっぱり愛かなって思うんですよ。なんかダサいこと言いますけど。愛したり愛されたりしてるときに、やっぱり本当の幸せってこれなんだろうなと思うので。妻と息子がいることが、俺の人生にとっての本当の幸せなんだろうなと思うし。この2人のために、俺は生きていきたいなというか、生きていこうって思えるんですよ。だから家族が一番って感じですね。

尾崎:ご家族とか身近な方から、SWANさんの性格ってどんなふうに言われます?

SWAN:昔からよく言われるのは、クールだねとか。最近、なんだろうな。家族から言われるのは、自分勝手とか自己中心的とか、わがままとか言われるんすけど。嫁も、俺のことを冷たい人だって言ったことありますね。読者の人には、ロックな生き方をしてるって1回言われたことあります。この間、職場の先輩は、社交的だとか言ってくれたんすけど。でも自分では人見知りだと思ってるので、自分が思ってることと人が思ってることのギャップがあるなって、その瞬間は思いました。

尾崎:蕎麦を作るSWANさんと、性格がクールとか言われるSWANさんって、何か違うなって思ったんですけど、なぜ冷たいと言われるんですかね?

SWAN:なんで冷たいって言われちゃうんでしょうね。多分ですけど、俺は他の人よりも、まずは自分とか家族のことを優先したいって考えてるからなんだろうなと思います。そういう意味では、僕は他の人に対しては、冷たい言動をとることがあるかなと。それかなとは思います。

尾崎:他の人っていうのは、あんまり縁がない人だったり?

SWAN:縁がない人とか。職場の人よりは、仕事よりは家族を優先したいとか思うので。

尾崎:なるほど。SWANさんの、最近一番楽しかったことって何ですか?

SWAN:最近楽しかったことはずっと、息子と遊んでるときが一番楽しいんですけど。あーとかうーとか言うと、息子も真似して言ってくれるんで。それが面白くて、さっきも朝もやってたんですけど。そうやって息子と遊んでる瞬間、今日もちょうど朝思ったんですけど、俺には子供がいるんだなって。ふとしたときに思うんですよ。子供ができたことがものすごく嬉しくて、これ以上ない幸せだなって思うんですけど。

本当は、自分の過去を振り返ってみても、結婚して子供ができるような人生を歩んでこなかったんですよね。昔から、俺一生結婚もできずに死ぬんだろうなって、学生時代は正直思ってたんで。自分は理想を現実にしたんだなって、息子を見るたびに思うんですよ。だから、息子を見てると嬉しいなって思うし、幸せだなって感じられます。

尾崎:ちなみに、息子さんは今おいくつなんですか?

SWAN:えっとね、0歳5ヶ月になりました。

尾崎:またちょっと別の質問なんですけれども。ご自身を、動物に例えたら何になると思います?

SWAN:動物か、考えたことなかったな。猫かな。猫飼ったことないんでわかんないんすけど。僕、自己認識としては、自由気ままに生きてると思うんですよ、さっきの話じゃないけど。他人よりは自分を優先してるみたいな生き方をしてきたとかあるので、他の人からも、自分勝手とかよく言われるんですけど。そういうところが猫っぽいかなって、今自分で勝手に思ったんですけど。

尾崎:自分勝手って言われることに対しては、ご自身でどう捉えてらっしゃるんですか?

SWAN:小学生のときから、ずっと自分勝手だって言われてきたんですけど。そんときは反省しなきゃいけない点なのかなとか、ちょっと思ってたんですけれど。今になると、別にこの生き方でいいじゃんって、正直思うこともあるんですよ。周りを見てても、他の目を気にしながら自分のしたいこともできてない人とかを、今までの人生でよく見てきたので。生きたいように生きられてない人を見てると、そういう生き方よりは自分みたいな、俺みたいな自分のやりたいことをまずは優先して、他の人の目よりも自分でやりたいことを優先しようって考えられる方が、楽しい人生を生きられると俺は思うんですよ。

過去:その瞬間だけは、周りがキラキラして見えたっていうか。この人と結婚するためにもっと変わらなくちゃって、自分の中で決心がついたんですよね。

尾崎:子供のときは、どんな子でしたか?

SWAN:子供のときは、小学校の低学年くらいまではまだ明るい子だったと思うんですよ。自分の中では。劇みたいなことをやるときでも、俺が絶対主役をやってたし、みんなからも、俺が主役になるべきだってみんな言ってくれるくらい。場の中心にいたのかなって自分で思うんですけど。

小学校高学年に当たったくらいから、人が変わったっていうか暗くなって。無口になったんですよね。人見知りもそのくらいから出るようになって。家族ともあんま喋らなくなって行って、口数が減っていったようには思います。

尾崎:何がきっかけで無口になったんですか?

SWAN:いじめられたからかなと思います。それぐらいから、ちょっと内向的な、暗い性格に変わっていったのかなって今振り返ると思います。

尾崎:その後も、無口なSWANさんが続くんですか?

SWAN:それからもう、ずっとですね。蕎麦に出会ったのが15、6歳くらいなんすけど、それからもしばらくは、ずっと。師匠にもそういうことを言われたんで、「お前は人と喋らなさすぎる」みたいなこと言われてきたんで。多分ずっとそういう性格が、続いていったのかなと思います。

尾崎:今も無口な感じなんでしょうか?

SWAN:いや、今は。さっきもちょっと話してたんすよ、職場の先輩と。ちょうど、新人のバイトの子の話をしてたときで、「君の方からもっと場を明るくしてくれたらいいのに」って言われたんで、俺ちょっと人見知りなんで自分から話しかけるの苦手なんですよねってその先輩に話したら、「君は絶対人見知りじゃないでしょ」って、「そんなふうに見えないけど」って言われたんで。俺はもう人見知りじゃないないのかなって、ちょっとそのとき思ったんですよね。

尾崎:徐々に、明るい本来の性格に戻ってきたっていう感じですか?

SWAN:明るい性格に戻ったきっかけは、今でも覚えてて。今働いてる和食屋さんの1個前の会社で、今の嫁になる人と出会ったんですけど。嫁に初めて会ったときに、俺はこの人と結婚したいと思ったんですけど、そのときに、自分の中でこう、何かが変わったのがわかったんですよね。

尾崎:へえー。

SWAN:今まではいろんなものが暗く見えてたというか、あんまり人の顔も見れないような生き方をしてきたんですけど。その瞬間だけは、周りがキラキラして見えたっていうか。この人と結婚するためにもっとこう、変わらなくちゃって、自分の中で決心がついたんですよね。だから、その瞬間から明るくなったのを自分でも覚えてます。嫁と出会って俺は人生が変わったんだなって、当時のブログにも書いてたの覚えてるんですけど。

尾崎:一目見たときから、そう感じたってことですよね。

SWAN:一目惚れして、これは絶対この人と結婚したいと思って。そのときは人見知りだったんで、彼女ができたことない、手も繋ぐたことのないような男だったんすけど。でも絶対この人と結婚したいと思って、恋愛の仕方とかをね、ちょっと必死に調べて。付け焼刃の知識で頑張って、なんやかんやあって結婚できた感じなんすけど。

尾崎:お嫁さんの一番好きなところってなんですか?

SWAN:えっと。改めて聞かれるとよくわかんないし、実はよく喧嘩もするんですけど。毎日喧嘩しながらも一緒にいられる関係なのがいいなと思いますし、自然体でいられるっていうか。職場では明るいとか、今でこそ言われるようになったけど、正直自分でも無理してるなっていうのは分かるんですよね。まだちょっと頑張って明るく振舞ってるっていうか。陽キャになりきろうとしてる自分がいるのは、自覚してて。

ちょうど何日か前にお客さんにも言われたんすけど、接客してるときに、「君、手震えてるよ」って言われたことがあって。やっぱ俺、人と喋るのは未だにちょっと緊張してる部分があるのかなってちょっと思うんすけど。

お店とか行ったり、初対面の人とかと喋ることがあると、やっぱ未だにいっぱい汗かいてしまって。自分でも後になって、家帰ってからやっぱり人と喋るのは未だに緊張するなとか、やっぱこういうとこ治ってないなと思うんですけど。
嫁と一緒にいるときだけは、自分らしくいられるというか。嫁といる時だけが、本当の自分でいられる感じがするんですよね。

嫁は、自分のこの俺の過去とかも全部知った上で、「今まで散々苦しんできた分、幸せになりな」って言ってくれたことがあって。正直自分、人の幸せを優先して生きられる、その生き方がかっこいいなと思ったっていうか。俺はそんなこと思ったことがなかったので。俺はちょっと自己中心的なとこがあるので、人の幸せのことを考えていられる人って、本当にいるんだなと思って。憧れというか尊敬みたいなもんを、嫁に対して持ってて。上手には言えないんですけど、嫁がいるときしか自分は幸せを感じられないなって思います。

尾崎:お嫁さんとSWANさんの間に愛があるから、自分らしくいられるってことですか?

SWAN:そうなんです。嫁に初めて愛を教わったっていうか。自分は人から愛されてこなかったと思ってるので。嫁が、初めて俺のことを愛してくれたっていうか。俺も一目見たときから、この人と結婚したいって、なんで思ったのかわかんないけど。本当に、初めて会った瞬間に思ったんで。自分の中でも、上手に言語化はできてないんですけど。出会った瞬間にこの人と一緒になるべきだっていう、運命の人だとか思ったのを今でも覚えてるんですけど。嫁のおかげで幸せを感じられてます。

尾崎:出会った最初に結婚したいと思ったことを、お嫁さんにお伝えしてるんですか?

SWAN:それは何回も言ってます。ずっと言ってましたね。

尾崎:どんな反応がありましたか?

SWAN:「絶対嘘だ」って言ってました。笑いながらね。

尾崎:今までの人生を振り返って、波があったと思うんですけど、お嫁さんと出会ってからは、上がってるって感じですよね?

SWAN:基本上がってることが多かったんですけど。1回だけ、落ち込んだときはあって。前の会社が倒産してるんですけど、給料未払いのまま倒産して。ちょうどそのときに嫁が妊娠してて、会社が借りてくれてるアパートにいたので、住所不定無職になっちゃって。嫁も子供もいるのにみたいな。

尾崎:はい。

SWAN:それで、ちょっと重たい話になるんだけど、そんときに、堕ろしたんですねその子は。その費用とか、もろもろで借金30万くらいになって、住所不定無職で借金30万みたいな状態になっちゃって。そのときは人生のどん底だったし、さすがに嫁との関係も悪かったですね。

こんな状況になりたくてなったわけじゃなくて、コロナ禍で倒産したので、仕方ないことではあるんですけど。誰かが悪いっていうことでもなかったんだけども、あのときは本当に人生のどん底だったし、嫁と出会ってから唯一の不幸な出来事だったなとは思います。

尾崎:答えなくても大丈夫なんですけど、お腹にいた子を堕ろされた理由は何だったんですかね?

SWAN:単純にお金がなくて、養っていける余裕がなかったのもあるんですけど。お互いに両親がいないのもあって、助けてもらえる人が周りにいなかったというか。知人友人にも頼ることができない状況ではあったので。お金の面かな。その理由で、堕ろすことを選びましたね。

尾崎:なるほど。またちょっと別の質問になるんですけど。「今日死んでも、後悔のないような生き方がしたい」と最初に感じたのは、いつ頃だったんですか?

SWAN:小学校の高学年か、中1くらいだったと思うんですけど。いじめられてて、もう生きるのが嫌になったときがあって。不登校でひきこもってた時期があって。そのときはずっとネットで自殺の方法とか調べてたんですけど。首吊りはちょっと怖いしなとか、練炭も怖いしなとか思って。リストカットなら簡単かなと思って、カミソリを手首に押し当てた瞬間があったんですよ。

尾崎:うんうん。

SWAN:手首を流れる血を見ながらふと、自分は今こうして、死にたいと思うほど苦しんでるのに、多分いじめた奴らは笑顔で生きてるんだろうなとか思って。彼氏彼女作って楽しく暮らしてるんだろうなと思うと、悔しかったというか、こんな世の中おかしくないかって、そのとき思ったのを今でも覚えてて。俺はこのまま人生を終えていいのだろうかって思って。俺は絶対幸せになるために生きなきゃと思って。もう俺は1回ここで死んだものだと思って。その瞬間に俺はもう、自分勝手に自己中心的に生きようって思ったんですね。

だからこそ俺は、今日死んでもいいように生きなきゃって、人の目なんか気にしてても仕方ないから、自分の人生を生きなきゃって思ったんですよ。そのとき。だからその瞬間に、自分の考え方が、変わったなと思います。

尾崎:敢えて聞くんですけど、いじめにあったことって、辛いことじゃないですか。

SWAN:はい。

尾崎:今のSWANさんから見て、その過去って、どう捉えてるんでしょうか?

SWAN:学生時代の当時は確かにつらかったんですけど。でもその経験の、いいことも悪いことも含めて過去が今を作ってるから。あの経験がなければよかったねとか思っちゃうと、多分今の自分もなかったと思うんですよね。そういう考え方に至ることもできなかったと思うし、愛こそが幸せだよなって思えるような人生にはたどり着けなかったと思えるんですよね。苦しい経験を経たからこそ、今の自分があると思ってるので。

いじめてきた子に確認したわけじゃないすけど、多分いじめの理由も、僕がちょっと変なとこがあるっていうか、他の人とちょっと違うところがあるから、変人だからいじめられてたんだろうなと思うんですけど。でもそういう自分が、学生時代は確かに嫌だったけど、他の人と違うことは誇らしいことなんじゃないかなって。大人になってからは思えるようになりました。

尾崎:誇らしいと思えるのはなぜですか?

SWAN:他の人、いわゆる普通の人みたいな、周りの意見に合わせながら生きてるよりは、自分の意見を持って自分の意思に従って行動してる自分の方が、生き方としてかっこいいって自分では思えるようにしてる。自分の人生の主役は自分であるべきなんで。人の意見に合わせながら生きてる人たちって、他人の人生に脇役として出演してるみたいになるじゃないすか。

なので、自分はちゃんと自分の考えに従って、自分に恥じない生き方ができてるので。むしろ、誇らしいことだと、他の人と違うことは誇らしいことだと思うし。変人であるのも個性なんだと、思えるんですよね。金太郎飴みたいに、どこ切ってもみんな一緒みたいな、そういう社会人であるよりは。自分みたいな、多少は場の空気を乱すような発言をする人でも、自分の人生に妥協しない生き方をしてる方が、かっこいいと思えるから。大人になってからは、他の人たちと違う自分が誇らしいと思えるようになりました。

未来:子供がやりたいって言ってることを否定する親にはなりたくなくて。可能性を潰す親にはなりたくないので。

尾崎:5年後10年後、あるいは死ぬまでを想像して、未来についてどういったイメージをお持ちですか?

SWAN:5年後だと、息子が5歳。正直あんまり未来のことは考えずに生きてきたんすけど。でも、息子にも自分の考えを引き継ぎたい、って言うほど大したもんじゃないんすけど。あんまり周りの意見に流されるなよ、みたいな。そういう言葉を教えていきたいですね。5歳だから、幼稚園児ぐらいか。大体そのくらいだと、習い事させたいとか、極力自分の興味を持ってることは、ためらわずにやらせていきたいなと思ってるんですよ。

尾崎:はい。

SWAN:そう聞かれると、自分は何も先のこと考えずに生きてきたんだなって今改めて思ったんすけど、何も言葉が出てこないんで。死ぬまでっていうところだけはすぐ言えるんすけど、これは今日死んでもいいように生きたいからって。ずっとそれは毎日思ってるから、そういうのはすぐ出るんすけど。

いざこうやって、5年後10年後とか言われると、そういう長期的なスパンで物事を考えてきたことが今までなかったので。未来について。嫁とかはしっかり考えてるけど、俺は、なんだろうな。何も出てこない。

でもあの、ちょっと未来のことでちょっと思ってるのは。息子には絶対、ブログじゃなくてもいいけど、日記は絶対書かせたいなと思って。ちゃんと自分の言葉を、毎日とまでは言わずともできるだけ毎日、自分の言葉を残すようにはしろよっていうのは、絶対教えていきたいなと思ってて。

尾崎:うんうん。

SWAN:自分は何に対して嫌だと思って、何を嬉しいと思ってるのかとか。極力、その日思ったことをできるだけ言語化して、自分が将来何になりたいのかとか、そのためには自分はどうするべきなのかとか、そういうことをちゃんと言葉にして書き残さないと、そういうのってちゃんと考えられないと僕は思ってるので。そういう点を教えさせて。
大体、小学校入り始めたくらいからやらせたいなとはぼんやりと思ってるんですけど。

さっきの話じゃないけど、嫁と出会った頃はちゃんと先のことまで考えて、結婚に至るまでどうやったらいいんだろうとかを一生懸命考えていたときはあって、それが目標ではあったんすけど。
いざ、もう結婚して子供できてしまってからは、本当にその先のことを何も考えてなくて。だからさっきも、何にも言葉が出なかったんだなと思うんですけど。死ぬまでにやりたいことリストとか、書いた覚えはあるんですけど。

尾崎:なるほど。

SWAN:あ、思い出した。これは嫁にも言ってこなかったことなんですけど。俺は店長になりたくて。大体、平社員を3年くらい経験して、現場の仕事を一通り覚えたら、順調にいけば店長になれるんですけど、よほど変な失敗しなければ。なんで、とりあえず店長になりたくて。あと、店長どまりも嫌で。

俺の中では店長は通過点で、本社勤務になりたいんすよね。本社で、商品開発とかがしたくて。どんなそばを売るのかとかを考えたくて、変わりそばとか、一品料理とか、そういうのを考える仕事に就きたくて。そこを目標に、今は仕事してるんですけど。

尾崎:へえー、なるほど。

SWAN:それぐらいかな、未来のことって。もっと子供の未来とか考えてあげなきゃ駄目なんですけど。今はこう、親があんまり子供に、お前はこうなるべきだとかあんまり押し付けるのもよくないなという話は、嫁とも何回かしてるんですけど。俺自身も正直、親からそういうことを言われてきた人生で、お互いにそういうこと言われてきてたんだけど。それがあんまりいい気分はしなかったので、親の操り人形みたいな生き方をさせたくないので。

今は子どもが5ヶ月なので、言葉はしゃべらないんですけど。もう少し、あと1年か2年で、自分の言葉を喋れるようになりだしたら、お前は将来何になりたいんだとか、色々聞いて、いろんな体験をさせて、いろんな選択肢があるんだよっていうことを、ちゃんと子供に教えて。無限の可能性があるんだから、いろんなものになれるんだよとか、夢は色々持てるんだよっていうのを、教えた上で、息子に決めさせたくて。将来のことをですね。俺は、親はそれを支える側であるべきだと思ってて。

尾崎:うんうん。

SWAN:正直、今の会社は、20代の平均よりは、まあまあお金くれる会社なんで。自分もいろいろ仕事頑張って、いい給料もらえるようになったんで、多分息子が大きくなったときにはもっとお金あると思うんで。金銭的な援助とかは、息子にしてあげられると思うから。多分、俺の将来は、息子が決めるんだなって思いますね。

尾崎:なるほど。

SWAN:息子がダンサーになりたいんだっつったら、ダンスの勉強ができる教室とか、教材とかもいっぱい買ってあげたいし。ラッパーになりたいっつったら、ラップを教えたいし。
なんでもいいんですけど、総理大臣になりたいって言ったら、総理大臣になれるようにいっぱい勉強もさせたいし、そういう道に進ませたいし。

子供の先のことを、親があれこれ決めるのもよくないなと。俺は、後輩とか見てても思うんすよ。こないだ後輩の大学生の子が、「本当は東京に行きたいんだよね」って言ってて。行けばいいじゃんって言ったら、「いや親が駄目だって言ったから、もう行かないことにした」って言ってて。それ聞いた瞬間に、俺はこういう親にはなりたくないなと思って。俺だったら、絶対東京行きたいって言われたら絶対行かせるし。そのためなら、まあ家賃を出すかってのはわかんないすけど、出す金はあっても、自分でバイトで稼ぐこともまた経験の一つだなと思うんです。

そこら辺はまだあれなんすけど、子供がやりたいって言ってることを否定する親にはなりたくなくて。可能性を潰す親にはなりたくないので。具体的なことではないんですけど、抽象的な感じなんだけど、ぼんやりと考えてる将来のビジョンみたいなのは、そんな感じになります。

尾崎:今までのお話を聞いて、SWANさんは、自分が人生の主役であるために、今日死んでもいいように今をすごく大事にして生きてきた方なんだなと思ったんですけど。

SWAN:はい。

尾崎:お子さんが生まれたことで、またそれがちょっと変わってきてるのかなと思って。

SWAN:そうですか。

尾崎:今はあくまでもご自分が主人公で、お子さんがいるって感じなんですか? それとも、お子さんがSWANさんの中の主人公になってる感じですか?

SWAN:ああ。それ最近、ちょっと自分の中でも思うんすけど。昔は、死ぬのが怖くないと思えたんですけど、息子ができてから死ぬのが怖いとか、死にたくないなと思うようになって。これは何でかっていうと多分、俺が死んだら息子の将来はどうなるんだろうとか。

あと、仕事中とかでも正直今まで、疲れすぎたらサボることもあったんすけど。今ここでサボって、欠勤扱いになったら、給料がその分引かれて、息子のための貯金も減ってしまうなとか。何をするにしても、これって息子のためになるのかなとか、いろいろ考えてる自分がいて。

これって、自分が主役というよりは、息子が主役になってるんだなって。今聞かれて思ったんすよ。俺は息子ができてから、主役が息子になってるなとは思います。言われて気づきました。

尾崎:今、すごい鳥肌が立ってるんですよ。すごく立派な考えというか。私も、3歳の娘がいるんですけど、SWANさんと同じように考えてますね。なので、応援したいと言ったら変なんですけど、ありがとうございます。

SWAN:ありがとうございます。

尾崎:もしもの質問っていうのをしておりまして。もし、今日死んでもいいように生きようって思ってなかったら、どんな人生になっていたと思いますか?

SWAN:今日死んでもいいように、って思った瞬間が、自殺してる途中だったんで。そう思わなかったら、多分俺はあのときあのまま死んでたんだろうなって思うんです。いじめを苦にして自殺して、終わりの人生だったと思うんですよ。でもそんな人生、たまにニュースとかでも見ますけど、それ見てると、過去の自分と重なる部分があって。もしそういう子が身近にいたら、そんなとこでまだ死なないよって言いたいんですけどね。俺だって、どうにかして幸せを掴んだし。そこを乗り越えれば、幸せが待ってるのになと思うんですけど。そう思えなかったら多分、本当にあそこで死んでたと思うんです。

尾崎:SWANさんは、つらい経験をされてきたことがあったからこそ、幸せが愛って気づけていると思うのですが、そういう経験がなかったら、どんな人生になってると思います?

SWAN:いじめられずに来てたとしたら。多分それはそれで、楽しい人生だったと思うんですよ。いじめを経験したから自分は内向的になったっていうか暗くなったんだけど、それまでは別に明るかったので。そのままの生活が多分続いてたと思うんで、それはそれで楽しかったと思います。その当時はまだ、自分のことを好きだって言ってくれた女の子もいたし、そのまま生きてても多分、彼女作れて、誰かとは結婚してたのかなと思うんですけど。経験してなくてもそれはそれで、別の幸せな道があったのかなとは思います。

尾崎:なるほど。最後に言い残したことはありますか?

SWAN:言いたいことは言えたし、インタビューをしてもらえたおかげで、気づけなかった自分に気づけたので、この取材をしてくださったことに感謝してます。

尾崎:うふふ。嬉しいです。最後って言っちゃったんですけど、もうひとつ聞いてもいいですか?

SWAN:はい、大丈夫ですよ。

尾崎:今日死んでもいいように生きてない人に、何か言いたいことってあります?

SWAN:別に、俺みたいな生き方してない人が間違ってるとか、そういうことは別に思ってないし。各々が幸せだったら、それで別にいいじゃんっていうのは、いつも思ってて。その人にはその人の幸せがあると思うし。お金いっぱい稼ぐのが幸せな人もいれば、いろんな服を着るのが幸せな人もいるし。俺みたいに子供といることが幸せなんだと思う人もいるし、いろんな幸せがあると思うんですけど。

尾崎:うんうん。

SWAN:人の幸せに、口出すのはやめた方がいいと思うんですよ。口出すっていうのは、いちゃもんつけるみたいな。ニュースとかのコメント欄でもたまに見たりしますけど、自分には関係のない事柄にまで文句言ったり、誹謗中傷したりみたいな。そういう言葉の使い方は、やめた方がいいと思います。そういうのやってる人は幸せじゃないんだろうなと思うんすけど、それをやってるからこそ、もっと幸せじゃなくなっていくと思うんですよ。

最初の方にもちょっと出たんすけど、言葉がその人の人生を作ると俺は思ってるので。罵詈雑言みたいな汚い言葉を使ってたら、多分もっと人生が悪い方向に行くと思うし。俺は幸せって言葉に重点を置いて人生を生きてきたから、実際に幸せになれたんだし。

負の感情の対義語で、正の感情みたいな言葉がありますけど。それに関係するような、そういうポジティブな言葉を使いながら生きることで、人生がより良い方向に進んでいくと、俺は思ってるんですね。だから、人の幸せとかが気になって、妬み嫉みみたいな感情を持っちゃって、嫌な言葉を投げかけたくなる人は、まず一旦その言葉を飲み込んで、自分にとっての幸せを見つけた方がいいんじゃないって言いたいですね。

あとがき

「考えること」が好きなんです。例えば、子どもを妊娠していたときは「いかに楽をして子育てをするか」を考えていました。赤ちゃんのお世話で手を抜きたいわけではなく、子どもの成長を機嫌よく見守りたいからこそ、何をしないで子育てをするか、子どもから目を離す作業(ミルクを作る時など)でいかに負担をかけないかという意味で「楽をする」ということです。

今回SWAN SONGさんのインタビューを通して、私も新しい気づきがありました。私の場合、物事を具体的に考えすぎていたので、今まで見逃していたことです。

私が「考える」習慣がついた大きな理由。それは「幸せになるため」だったんですね。

「いかに楽をして子育てをするか」を考えた結果、心に余裕ができて、楽しく育児ができています。義母から「上手に子育てしてるね」と言っていただいたこともあります。育児について誰かに相談することはあまりないのですが、娘が3歳になった今も幸せです。

もしかすると娘がこれから大きくなるにつれ、複雑な問題にぶつかってしまうのかもしれません。娘にサポートを求められたときにすぐ対応できるよう、どういう問題が起こり得るのか、親として何をすることが最適なのか情報収集しておきたいと思います。そして、娘の幸せについて考え続ける。何か問題にぶつかったときは私の考えた最適解を押しつけるのではなく、あくまで娘のペースで考えられる環境を提供してあげたいと思いました。

例えば、アドバイスを求められたら、選択肢の提示とそれぞれのメリット・デメリット、私の意見を伝える。そして、娘の考えを聞きたいです。考えを聞いたうえで、全力で応援してあげたいと思います。でも、「ママに話したくない」って言われたらどうしよう……。そのときはグッと堪えるしかないですね。トホホ。

読者の皆さん、ここまで読んでくださりありがとうございます!
SWAN SONGさん、ご参加ありがとうございました!

またお会いしましょうね。

【インタビュー・あとがき:尾崎ゆき】

【編集:なずなはな】

#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #いじめ #自殺 #蕎麦

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