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【無名人014】就活中のライター兼吸血鬼小説家兼ナレーター

今回ご参加いただいたのは虹倉きりさんです!
note twitter

▷巻頭言

今回はもともと「NOTEを楽しむ会」というLINEのオープンチャットでお知りあいになっていた虹倉きりさんです。比較的知っているというか、オンラインで喋ったことのある人にあらためてインタビュー、という意味では初めてのパターンだったかも。以前、リアル友達と話すというのはやりましたが。
てかまあ、オンラインで知り合った人を知っているというかは、個人の線引き違いそうですかね。
あ、最初に宣伝しておきます。虹倉さんは「あなたのnote、読ませてください」という、note記事を読んでくれる企画をやっているので、ご興味がある方はぜひ↓の記事をお読みください。応募方法も書かれています。

てかまあ、突然ですが私の父は東北の人で、虹倉さんも東北の人なので、時々出る虹倉さんのイントネーションに郷愁をさそわれました。子供の頃は、毎年お盆とお正月に秋田に帰省していたもので。とはいえ、まあ、県は違うので訛り方は違うのかもしれませんが。
人間の記憶とはそういうものなのだよ。


1、日テレアナウンサー・ターボ藤井

qbc:こんばんはqbcです。よろしくお願いします。

虹倉:お願いします。

qbc:初めましてではないんですよね。

虹倉:Zoomのお茶会で1回だけお会いしています。

qbc:えっと。どんなインタビューにしますか?

虹倉:アナウンスを身につけるきっかけから、社会人になってから会社を辞めるまで。あと、ナレーションのお仕事をするようになったって話。小説も書いてるんですけど、小説をがっつり書くようになったきっかけとかも入れてもらえれば。

qbc:了解です!
で、気になってたのですが、どっちが先だったんですかね? 小説とアナウンスって。

虹倉:小説は元々好きで書いてたんですけど、プロットを作って本格的に書くところまでは至っていないので、どちらが先と言うと、アナウンスが先です。

qbc:なるほど。

虹倉:アナウンスは、きっかけが中3の時。がっつり学び始めたのが高校の頃です。
noteに確か書いて出したと思うんですけども、たまたま見てたズムサタ、ズームインサタデーに、日本テレビの藤井貴彦さんというアナウンサーが出ていらっしゃいまして、その人がニュースを読まれていたんですけれども、よく分かんないけどかっこいいな、この人みたいになりたいなって、思ったんですよね。他にもやりたいことっていっぱいあったんですけど、パソコンの仕事をやってみたいとか、漫画家さんになりたいとか、多感な時期だったので。

qbc:藤井さんと出会った瞬間、他のなりたいものと同じぐらいの強度だったのですか、アナウンサーになりたいという気持ちは。

虹倉:別物でしたね。
漫画家とかは、まだ夢のまた夢みたいに思っていて。中学校の頃は美術部だったんですけど、絵の才能が全くなくて、文化祭の展示物とかで自分が描いた絵が展示されるんですけど、後から幼稚園児が描いた絵みたいって言われたと聞かされて、すごいショックを受けて、そこから絵を描くのは楽しめなくなっちゃって。

qbc:うんうん。

虹倉:自分の中学の学校生活を振り返ると、楽しくなかったなって。いじめられてたんですよ。陰口言われて。
陰口言ってくる人たちって結局私が何をしても陰口を言ってくるんですよ。それで今の状況から脱したいっていう気持ちがすごい強くあって、その時に見たズムサタがきっかけで、これだったら私にもできるんじゃないかな、と漠然と思いまして。
それがアナウンサーになるって思った一番最初のきっかけでした。

qbc:あ、藤井さんって、私が高校生の頃とかに新入社員だったんだね。

虹倉:藤井さんが入社された頃に、私生まれてるんです。

qbc:はー、なるほど。藤井さん、久しぶりに見たらすごいしっかりした大人になられて。

虹倉:今でも変わらないですね。ちょっと老けましたけど。

qbc:そうね。若々しい感じ。

虹倉:コロナの関係で、藤井さん今すごくとりあげられてるんですよ。
私その10年前から、藤井さんに同じような事ってわけではないんですけども、勇気をもらったんですよ。希望みたいのをもらって。そこから憧れて。

ターボさん、私は藤井さんのことを「ターボさん」と呼んでいるんですけど、ズムサタで知ったのでね、ターボさんみたいになりたい、ターボさんみたいになりたいと思って、その思いだけで高校3年間、頑張ってて。

虹倉さんがなぜ藤井さんを「ターボさん」と呼ぶかは、この記事に書いてあります!

qbc:すごい。そのパワーはすごいと思います。

2、放送部が強いってどういうことですか?

qbc:あ、高校選び自体は、放送部があるかどうかで選んだんですか?

虹倉:高校を選ぶ基準が、まず実家から通えること、放送部があることでしたね。それで選んだのがその高校だったんですが、放送部が強いということは知りませんでしたね。

qbc:放送部が強いというのは、具体的には何が強いということになるんですか?

虹倉:放送大会っていうのがあるんですよ。NHK高校放送コンテストと全国高校総合文化祭の放送部門が、全国大会です。その中に、アナウンス部門、朗読部門、番組制作部門、研究部門があります。番組制作は、テレビとラジオの2つあります。
私は、最初朗読からスタートして、1年生の秋から3年生まではアナウンスで行きました。番組制作とかはやったことないんです。実は。放送部って言いながらも。

qbc:おおー、ありがとうございます。全然知らなかった。

虹倉:面白いんですけどね放送部。大会への一般入場とかないし、新聞とかに載せてもらっても、ちっちゃい記事で。
強い高校とかは校内放送をやってるんですが、当時私の高校では校内放送がなくて。でも今はあるんですよ。今の子たちの方が羨ましいなって思います。

qbc:ちなみに、アナウンスとか朗読って、具体的な評価基準って何なのでしょうか?

虹倉:朗読の場合、例えば一つの物語の一部分を選んで、2分以内に読まなきゃいけないんですけれども、この2分の時間枠の中で、基本技術を見ながら、どういう技術を使ってどこを強く表現していくのか、ということを評価します。
でも、解釈って人それぞれじゃないですか。正解がなくて、難しいですね。

qbc:けっこう要求レベル高いんですね。

虹倉:朗読って、作者がこういう文章を書きました、という作品を読むじゃないですか。
で、読み手はこれってこういうイメージなのかな、とイメージしながら読む。

だから、書き手と読み手のイメージ、解釈がズレる場合もあります。
qbcさんの作品を読ませていただいた時に、「こういう解釈もあるんだな」という発見ってありませんでしたか?

実は虹倉さんに、qbcが書いた小説を読んでもらっています。ありがとうございました!

qbc:ありませんでしたか? どころじゃなくて、発見しかなかったですよ。声に出すとこうなるんだな、て。

虹倉:そういうギャップというのかな、それが朗読していて楽しかったところでした。
大会だと、みんな一位をとりたいわけで、技術を争うウェイトが多く占めているので、それはまた別物という感じにもなりますが。

qbc:朗読はそういうところで、アナウンスはどういう評価基準になるんですか?

虹倉:アナウンスは、その日に起こったことを相手に伝えることが大前提になるので、正確に読まなきゃいけないんです。
高校の放送大会のアナウンスって、自分で取材して原稿を作るんですよ。

qbc:え?

虹倉:テレビ番組のニュースだと、記者がいます、記者が取材した原稿をアナウンサーが読みます、という体制ですよね。
放送部って、アナウンサーだけじゃなくて、記者の役割もカメラマンの役割も、部員がやるんですよ。編集も。

qbc:まじか。放送企画から放送内容自体も作るんですね。すごいじゃないですか。すごいすごい。
職業に直結するようなスキルなんですね、アナウンスって。
自分の目でものを見てインタビューとかして、テキストに起こしてさらにそれを表現すると。すごいね、そういう構成までするんですね。

虹倉:特殊な高校だったので、ネタ探しにすごい時間かかったりして、大変でしたよ。

3、高校時代の放送部の恩師K子先生

虹倉:高校に入って、放送部に入部して、K子先生という方にアナウンスを教わったんですけども。

K子先生の思い出をつづった虹倉さんのnote。
いつもよりもユーモア抑え目の、郷愁あふれる内容でインターネットにお届けされています。

qbc:その放送部のK子先生の話ですが、私はnoteですでに読んでおります。虹倉さんはこういうち情感のある文章も書けるんだなって覚えています。

虹倉:部活は、そこまでがっつりというわけではなく、大学のサークルみたいな雰囲気で、和気あいあいとやっていました。

qbc:そういった雰囲気の中で、K子先生に手ほどきを受けていたんですね。

虹倉:そうですね、アナウンスの師匠です。高校2年の時までなんですけどね。
思い出はいろいろあるんですけど、練習は実は私めちゃめちゃ嫌だったんですよ。特に早口言葉とか発声練習とかやらされてめっっっちゃめちゃ嫌だったんですよ。やりたくないって。

で、それまで先生って頭ごなしに怒るイメージがあったんですけど、K子先生は違うんですね。
「こういう基本の練習があって、絶対毎日練習してれば何か気づきがあるはずだから、練習は絶対あなたを裏切らない」って言ってましたね。

qbc:おお。ありがたや。

虹倉:本当に個人的なことですけど、部活の時間になると、放送の大会がない時期とかは、K子先生が作ってくれたクッキーとかパンとか食べながら、放送室でお茶会するんですよ。ほんとうは室内飲食禁止なんですけど。

qbc:放送部は女の子ばっかりなの?

虹倉:女の子ばっかりでした。友達ばっかりだったし、本当に内輪のお茶会なんで、色んな話をしました。学校生活のこととか、テストのこととか。色んな話しして盛り上がって。
K子先生、パンとかドライフルーツとかお菓子とか作って。

qbc:虹倉さんは、人から影響を受けやすいのかな。

虹倉:私がかっこいいなと思った人は、すごく影響を受けやすいかもしれない。
K子先生も、ターボさんもそうだし。

恋愛の話で言うと、唐沢寿明さんと山口智子さんの関係性とか良いなって思うし。
自分のことを大事にするのはもちろんですけど、他人の事をちゃんと尊重するって、すごくいいなと思って。
中学の頃とか、もうすごい陰口とか言われるばっかりの生活だったんですよ。それが根っこにあるから、地元にまともな友達が一人もいなくて。高校を期に青森に来てからが転機だったのかな。高校の時にね、だから私、青森市が第二の故郷だと思ってるんですよ。骨を埋めたいなと思ってて。

qbc:地元から市内は距離があるんですか?

虹倉:車で1時間とか。雪が多いので大変ですけどね。夏はいいんですけど、ちょっと大変ですね。

4、某キー局アナウンサー

虹倉:県内の大学で、社会学を勉強しました。

qbc:どんな大学生活だったんですか?

虹倉:一般的な大学生活を送ってました。仲の良い子と英語の授業が終わった後に、自分の部屋でゲームとかして。ご飯食べに行ったりとか。バイトしたりとか。
大学の時に、今付き合ってる彼氏と出会ったんですけど、彼氏と過ごしたりとかしていましたね。

qbc:えっ! めちゃくちゃ普通に幸せな生活じゃないですか。
アナウンス的には、どんなことがあったんですか?

虹倉:大学3年生の時に、地元企業のCMナレーションの仕事をしたことがあります。
大学の事務の人にツテがあって、制作会社に行って録音しました。
あと、大学の研究室の主催でフォーラムがあって、大学2年の時から卒業まで司会をやっていました。

qbc:おお。じゃあ、実務としてやってくことに抵抗とかはなかったんですね。

虹倉:そうですね。
あと、大学時代に某キー局に勤めていた元アナウンサーの方とお話できる機会が何度かありまして、それが印象に残っていますね。

その方は、最初アナウンサー志望じゃなくて、別の職業を志望されていて、直接外資系のある会社に直接連絡されたそうなんですね。その会社は、求人募集をしてなかったそうなのですが。
そうしたら、その会社の方が真摯に対応してくれて、今募集自体をしていないので採用はできないが、あなたの行動力は素晴らしいから、それだけは大事にしなさいよと言われたそうなんですね。
その後、縁があってテレビ局に入社したそうなんですが、その外資系の会社の人に言われたことが根っこにあると、今でも頭にこびりついてるっておっしゃられていたんですね。
それがすごく思い出深くて。

卒業の時にも話す機会があって、覚えてらっしゃいますか? と声を掛けたら覚えていてくれて。「進路どうなったの? 」と聞かれて、マスコミ系は全部ダメでしたって答えて。でも諦めたわけじゃないから、個人活動として取材活動は続けていけたらと思っていますとお話したんですね。そうしたら、「やりたいという気持ちは大事なので、大切に持って頑張ってね」というお言葉をいただきました。

qbc:なるほどねえ。やっぱり人に絡んだエピソードが多いですかねえ。

虹倉:卒論とか勉強の部分でお世話になった先生もいるんですよ。
地元の新聞社で記者をされていた方なんですが、その先生に1年生の時に、アナウンサーのことについて相談したところ、どんなアナウンサーになりたいんだと聞かれて、私は原稿読めるだけでいいんですけどって答えたら、「自分で取材してそれを喋るキャスター的なアナウンサー」になりたいのか、「ただ原稿を読む声優的な感じのアナウンサー」になりたいのか、そこがまず定まってないと難しいんじゃないかって言われたんです。
それで2年と卒論の時にその先生のゼミに入りました。メディアの授業もその先生がやっていましたね。授業受ける前から放送オタクだったんですよ。いろんな放送局を調べてたら、どっぷりハマってしまって。民放の歴史とか、系列関係とか、すごい面白いなって思っちゃって。

5、そろそろ小説のお話

qbc:文章自体を書き始めたのはいつからだったんですか?
学校で書く文章以外の、自分のためというか、日記も含めてでいいんですけれども。

虹倉:小学校3年生ぐらいの時に、ポエムみたいのを書いて、歌詞みたいのですね、それを母に見せたら「自分の娘がこういう表現を使うとか思わなかった」って衝撃を受けたみたいです。
後日そのポエムを見た叔父が、これは才能があるって言ってたみたいなんですが、自分としては、なんでこういうことになってるんだろうと思って、恥ずかしいという気持ちが強かったです。なので、もう見せないと思ってました。

qbc:その頃の読書は?

虹倉:え、ちゃおとか(笑)

qbc:それは漫画でしょ(笑)漫画でも別にいいんだけど、小説は?

虹倉:ダレン・シャンとか好きでした。学級文庫で、なぜか怪談の本がすごいあって。都市伝説とか、怖い話もよく読んでいました。あとハリー・ポッターとか、ライトノベルとか、ガンダムの小説版とか。そういうのを読んでいました。

qbc:本格的に小説を書き始めたのはいつ頃なんですか?

虹倉:23歳の頃ですね。
就職したんですが、上司との折り合いが悪くて。
教えてもらいに行くじゃないですか、そしたらキレられまして。1時間とか2時間とか怒られて。パワハラされたんです私。まさか私がパワハラされると思わなくて。

最初は人間関係、うまくいっていたんですが、半年ぐらい経ってから人格が180度変わってしまって、自分が良くないと思うところを書けとか、これはちょっとやばいと思って、休みが来るたびに、それが頭にこびりついちゃって、何をしようにも楽しめなかったんですよ。

その他、会社にはこういう人もいたりだとか。

qbc:そういうのが続くと離脱できなくてうつになるんですよね。

虹倉:で、ある時にTwitterで小説の書き方みたいな、肉づけの方法みたいなツイートが流れてきて、それを読んだのがまず理由のひとつ。
あと、土曜ワイド劇場の予告編をまとめた動画を見て、「吸血鬼ドラキュラ神戸は現る」という、吸血鬼役に岡田真澄さんが出ていたドラマがあって、こういう小説を書きたいなと思ったのが、今の連載小説につながるんですよ。
プロットを作って書き始めたのはそれが最初ですね。
最初は、パワハラのストレス解消の一環で書き始めました。

(結局その後、虹倉さんはその会社を退職されたそうです。)

6、虹倉さんは熱い人です

qbc:一通りお伺いしていて、人からの良い影響をたくさん受けられているのかな、と思いました。

虹倉:人から影響を受けるというか、反面教師にせざるを得ない人たちが一杯いましたね。陰口を言ってきた人だったり、パワハラしてくる人だったり、そんな人たちに囲まれている時に、でもこれで苦しんでますとか、助けてとか、言語化できない人がいると思うんですよ。その人たちの手助けって言うか、その人たちの心をどうにか動かせたらいいよなーっ、て思ってて。ずっと。
自分も苦しんだ時期があったから、同じような状態の人を助けてあげたいなと。傷つける側の人にも一言申したいし、っていうのがやっぱり一番大きいんだと思います。
だからラジオもやるし、小説も書くし。

qbc:言いたいことがあるんですよね。

虹倉:だからnote読書感想文というマガジンを作って、これはどうなんだろう、私はこう思うというのも書いてるんですよね。

そのnote読書感想文マガジンはこちらです。

qbc:なるほどね。最近は、気持ちは安定していますか?

虹倉:気持ちは安定してますけど、転職に失敗しているので、毎月決めなきゃなっていう焦りはありますね。
地元は(リモートワークが)すごく進んでないんですよ。リモートワークの求人を探していますけど、東京の方が全然多いですね。

qbc:すごく気になっていたことがあって、テキストを書くことと、テキストを声に出して読むことって、近いものなのでしょうか?

虹倉:私は近いと思います。

qbc:なるほど。小説家かライターか、どちらを目指したいかで言うと?

虹倉:両刀使いになりたいですね。ライターとか小説家っていうよりかは、「物書き」っていうのがしっくり来るかなと。

qbc:東北って言うと、太宰治とか寺山修司を思い浮かべますよね。
文学って、直接声を上げられない人が、何らかの方法で声を上げる方法だと考えているので、虹倉さんは適切な方向に行ってるのだと思っています。

でも、その中で、自己表現を押し殺す部分のあるアナウンスをしているのはすごいなと思っています。

虹倉:アナウンスはどちらかと言うと、感情は要らないんですよ。
だけど小説は、書き手が文章の中に色々な感情を入れる読み物なので、面白いなって思います。
書き手が爆発させたものを、読み手が読むことによって、読み手にはまた違う感情が生まれていく。
書き手、読み手それぞれで解釈が別れて、それぞれの意見で議論できるのが良いですね。

▷後記

じ、つ、は、虹倉さんのインタビューは最長で、予定の60分より20分くらいオーバーしてしまったんですよね。最後の表現についてののところで話が伸びてしまいまして。
虹倉さんは、物書き、アナウンス、朗読、と表現の幅が広く、その違いがどう内部で切り分けられているのか(あるいはどう切り分けきれないのか)についてちょっと質問していました。
虹倉さん自身は、一つ一つの案件に真摯に向き合って良かった悪かったを自分の中で消化していっているので、量をこなすうちに質ができていくのだろうなと思います。
偉そうなこと言うなqbcおい!
今回は、まだ20代の人間が、それまでの苦しかったり悲しかったりしたこと、その記憶が伸ばしてくる手を振り払い、転職活動やら何やらの現実と切り結んでいく。そういう物語に振れた気がしました。周囲からに負けじと自分の声をあげていくんだと。

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