若い人はどんどん海外に出て欲しいなって思う人
むかしむかし、ある村に、世界(せかい)という名の長老が住んでいました。世界は若者たちに、「どんどん海の向こうへ行きなさい」と勧めるのでした。
若者たちは最初、不思議がりました。
「なぜ村を離れなければならないのですか?」
世界は穏やかな笑みを浮かべて答えました。
「若いうちにこそ、様々な国を見て、様々な人に会って、様々な考えに触れるべきなのじゃ」
ある若者は世界の言葉に従い、海の向こうに渡りました。
そこで見た景色、
出会った人々、
体験した文化、
学んだ知恵。
すべてが新鮮で、時に困難でしたが、その経験が若者を大きく成長させました。
若者が村に戻ったとき、その目は世界を見て輝いていました。
「行ってよかった。自分の世界が広がりました」
その姿を見た村の若者たちも、次々と海の向こうに旅立つようになりました。
後に世界はこう語りました。
「若い時に見る世界は、その後の人生を豊かにする。だからこそ若い人には、どんどん海外に出て、自分の目で世界を見てほしいのじゃ」
そして「若き日の旅は、一生の宝」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年2月26日21時13分に書く無名人インタビュー1016回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは リアル孟母ベティ さんです!
年齢:40代前半
性別:女性
職業:一人親方で合同会社
現在:なんか人に頼ろうとか、やってもらおうとか、やってもらわなきゃ自分では調べる気もないとか、そういうのがほとんどなくて。
qbc:
今、何をしている人でしょうか?
リアル孟母ベティ:
2種類ありまして。
完全にオンラインで、建築系のコンピュータグラフィックスの制作会社を14年経営しています。もう一つは、去年から教育関係の情報発信と英検の教材開発をやっています。
qbc:
社長さんってことですか?
リアル孟母ベティ:
はい、社長です。日本に法人を持っています。
qbc:
そしたら、今どちらに住まれてる方なんですか?
リアル孟母ベティ:
オランダのユトレヒトというところです。
qbc:
会社はいつからなんです?
リアル孟母ベティ:
会社を作ったのは、2019年かな。令和が始まる直前だったので、6年前ですかね。それまでは個人事業主でやってました。
qbc:
それはその建築の?やってることは同じで個人事業主さん?
リアル孟母ベティ:
そうですね。
qbc:
オランダはいつごろからなんですか?
リアル孟母ベティ:
2023年の夏に来ました。で、2009年5月から2020年の12月末までは香港在住でした。
qbc:
今生きてる気分というか、どんな気持ちで日々を過ごされてます?
リアル孟母ベティ:
えーっと、自分のやりたいことを仕事上展開できるので、自分が1人親方なので、新しいことを始めるのにね、駄目だとか言う人もいないし楽しいなと思ってます。
qbc:
その楽しさって過去にもあった楽しさなんですかね?初めて手に入れた楽しさかどうかみたいな質問なんですけど。
リアル孟母ベティ:
似た経験は過去にもありました。人生で一番嫌いな言葉が、前例という言葉なので(笑)
qbc:
はいはい(笑)
リアル孟母ベティ:
立命館アジア太平洋大学というところの1期生なんですね、私。別府にある大学なんですけど。そこはもう、みんなで新しい大学を作るっていう感じでみんなが協力してたので、もう前例も何もない世界だったので、そのときもすごく楽しかったですよ。
qbc:
あ、なるほど。その建築の方のお仕事ってどんな感じのことなんですかね?
リアル孟母ベティ:
建築事務所さんからご依頼をいただいて、図面の情報を3Dにする、3次元化するんですけど。建築関係でない人にわかりやすく説明させていただくと、例えばマンションを売り出すときに、画像はイメージですみたいなのが掲載されると思うんですけど、ああいうのをいろんな会社にお願いして作ってもらい、私がプロダクションコントロールをしているんですね。オフショア制作といいます(海外の安くて有能な方たちで制作して日本のクライアントに納品)
qbc:
ちなみにそのお仕事始められたきっかけというか、元々建築関係の方なんですか?
リアル孟母ベティ:
はい。元々建築関係の学科で学んで、京都の建築事務所にバイトで勤めていて。その後、インテリアデザイナーの日本人の夫と結婚するために香港に行って。
それで、当時は日本と香港のそのCGの活用具合が全くギャップがあったんですね。
qbc:
はいはい。
リアル孟母ベティ:
というのは、2010年くらいの時は、東京はどうか知りませんけど、当時京都の建築事務所だと、1枚20万円ぐらい出して、1ヶ月に1回依頼するかどうかの頻度で。例えば社運をかけたようなプロジェクトにしかCGは依頼しないみたいな状況だったんですけど。
香港行くともっと費用が安くて、1週間ぐらいで出来上がって、あらゆるプロジェクトにCGを活用しますみたいな時代だったので、それで自分で始めました。
qbc:
当時おいくつだったんですか?
リアル孟母ベティ:
29歳ですね。
qbc:
なるほど。それで、今回その教育の事業も始められるということなんですけども、なんで始めることになったのか、どういうことをするのか教えてもらえますか?
リアル孟母ベティ:
そうですね。なんで始めるっていうのの直接なきっかけが、その香港で2人の娘を10年以上育てて、沖縄に2年半連れて行って、教育のためにオランダに引っ越してきたんですけど。その中で、LINEのオープンチャットってあるじゃないですか。あれで、長女の今後の進路について、今子どもの学校のカリキュラムはこういうのなんだけど例えば今からこういう用意しておいた方がいいとかありますか?みたいな、そういう情報収集をしたくて入ったんですけど。そしたら私の質問に答えられる人はいなくて。
で、逆にそこで聞かれている質問はほとんど自分が答えてあげられるようなことがそのときたまたま多かったので、これはひょっとして自分の情報を発信した方がいいんじゃないかって思ったんですね。それが1歩目ですね。
NOTEはこちら リアル孟母ベティ@教育移住者が教える日本でできるおうちオンデマンド教育【語学&お金&仕事】
qbc:
ちなみにどういう質問されてたんですかね?
リアル孟母ベティ:
はい。IBカリキュラムってご存知ですか?
qbc:
IBカリキュラムは知らないですね。
リアル孟母ベティ:
えーっと、何て言われてんだっけ日本で…。国際バカロレアって呼ばれてると思うんですけど。
それは世界的な高卒の統一規格のカリキュラムの一種みたいな感じなんですけど。それが高校の2年と3年に当たるときの2年間すんごい勉強をするんですね。その成績の総合点数を出して、それを大学に点数で入学を申請するみたいな感じのシステムなんですけど。
その高2高3で何の科目を取るかとかもありますし、それに向かって中3高1とかで今から何をやっとけばいいのかとか。ちょうど11月末に長女の学校でそういうのの説明会があったので、今からやれることをやろうと思って、先輩方の意見も参考にしたいと思ってコミュニティに入ったんですけど。どうなんでしょうね、たまたま入ったところが、もっとお子さんがちっちゃい方が多かったのかわかりませんけど、あんまり答えられる人がいなかったんですね。
だけれど、結構これから小学校の年齢の子どもを連れて海外に英語のために移住するんですけどみたいな人のしている質問とかは、全てに答えたわけじゃないんですけど、それはわかるよ私みたいな質問が多かったんですよ。
qbc:
はいはい。
リアル孟母ベティ:
元々、説明しますと、CGのプロダクションコントロールというのは、朝と夕方だけ忙しいんですね。で、昼は全くほとんど空くんです。なので香港にいたときも、パラレルキャリア的に、自分の昼の時間を別の会社に所属してお手伝いとかさしてもらっていたんですね。
その中で結構教育について考える機会がありまして。スタートアップとかピッチとかの人を、例えば海外の、何でしょうか…バルセロナスマートシティEXPOっていうんですけど、そういうところで発表できるように連れて行ったりとか、AI時代を生きる子どもたちのためのワークショップを香港でやったりとか。
あとは、京都のある良妻賢母教育の学校さんが、短大を潰して英語のプリスクールを作られてて、その会社のボスが心理学博士号持ちの人だったんで、外部教育プログラムアドバイザーとそのアシスタントみたいな感じでお話に伺ったこともあるんですね。
だけれども、なんか香港にいてる私達が見てる国際化した子どもみたいなゴールと、日本の方が考えているゴールが全然違うし、ごめんだけど、日本の人のゴールちょっとそれ昭和のゴールですよねみたいなのがすごいありまして。
結構そこから教育について考える機会が自分の中で増えまして。というのは詳しく説明させてもらってもいいですか?
qbc:
あ、はい、全然してください。
リアル孟母ベティ:
ありがとうございます。今、女子短大があんまり人気無いので、そこの学校さんはもう短大は潰して、その建物とかリソースを、卒業生がめっちゃ反対したらしいんですけど、もう抜本的に改革しないとこの学校グループは未来がないみたいなふうに経営層の人が頑張って大改革をされたんですね。それは素晴らしいと思うんです。で、プリスクールって言って英語で勉強できる幼稚園みたいなのを作られたんですよ。それも時代に合ってると思うんですよ。
なんですけれども、目指してる英語のゴールっていうのが、アメリカ人とかイギリス人と発音よく流暢に喋れるみたいなゴールで。長くイギリスにいらっしゃった日本人の校長先生もそこに据えて、校長先生ともお話したんですけど、「この子たちの発音すごくいいでしょう?もうCatとかDogとかもうネイティブみたいでしょ?」とか言うんですけど。そんなことより、私はもう「そのときに何かコメントありますか?」って聞かれて、「インド人と怒鳴り合える子どもを作ってください」って言ったんですけど、全然通じてなくて(笑)
(「インド人と怒鳴りあえる子どもを育てたい」)
今ってネイティブと喋る機会というより、海外に出たらノンネイティブと英語でやり取りする機会の方が多いですし。入る会社にもよるんでしょうけど、全英語使用者の80%はノンネイティブというデータもあります。
そんな、発音がいいとかどうでもいいみたいな。それよりもっとメンタルがタフな、ガッツのある子どもを作らないと、やばくない?と。昭和のゴールを今目指してるのちょっと変だよねみたいな。
もっといろんな人に揉まれてもすぐへこんだりしないような子どもを作らなきゃいけないだろうってすごいそのとき思ったんですよね。
そういうのが長年熟成されて、去年から教育関係の発信を始めたというのもありまして。
qbc:
最初のLINEのオープンチャットはどれぐらい前だったんですか?
リアル孟母ベティ:
それは去年の11月末に入りました。
qbc:
それが蓄積された結果、情報発信と。
リアル孟母ベティ:
そうですね。
qbc:
具体的にどういう形での?
リアル孟母ベティ:
はい。noteで記事発信をしていて。今年の4月から7月にかけて、共同開催者と一緒に連続教育オンライン無料セミナーを全14回ぐらいでやろうと思いまして、現在準備中です。
こちら→「君が志望校を決める前に、お金と仕事の話をしよう。教育乱世を幸せに生き抜く親子セミナー」無料連続オンラインセミナー

セミナーは各子育てや教育メディアだけではなく、ビジネス系メディアでも告知を紹介いただき、現在お申込みの反響をいただいております。
日本経済新聞
東洋経済新報
財経新聞
毎日新聞
朝日新聞
https://www.asahi.com/and/pressrelease/425449959/
プレジデント
qbc:
なるほど。その他、教育情報の発信については何かありますかね?
リアル孟母ベティ:
はい。英検の教材を作っていまして。
去年の秋に、沖縄にいたときの長女の同級生から英語を勉強したい、英検取りたいって言われて、私と長女次女お手伝いしているんですけれども。使っている教材を見て、こういう勉強の仕方してたら本当の意味で英語を喋れるようにならないよなと思いまして。それに、長女とその友だちは同い年なわけです。なのに香港式英語教育を受けた長女がベラベラに英語しゃべれて、元同級生に英語を教えているという構図になってる。香港式の英語教育てやっぱ良かったんだなとあらためて認識しまして、香港式の英語の覚え方を使った日本向けの英語の教材を出そうと思って。現在それを作っております。
『タイパ重視!英検絶対合格!英検ディクテーション』(各級)


qbc:
ありがとうございます。なんか全体的に改めて見て、今、その建築の方と英語の方っていうのはやってる心持ちみたいなやっぱり全然違うもんなんですかね?
リアル孟母ベティ:
心持ちですね…どっちもやってて楽しいんですけど、もう建築の方は長いので、省力化が行き届きすぎてまして。自分の中では、これから発展させたいのは教育の方っていう感じですね。
qbc:
ありがとうございます。じゃあちょっと話の方向性がずれて。ご趣味はなんですかね?
リアル孟母ベティ:
趣味ですか。日本史です。
qbc:
日本史?どの辺というか、どのあたり?
リアル孟母ベティ:
主に中世、平安後期ぐらいです。
qbc:
どういったところに興味をお持ちなんですかね?
リアル孟母ベティ:
それはちょっと避けさせていただきます。
qbc:
わかりました。その後何かあります?
リアル孟母ベティ:
日本にいたときは大型バイクに乗っていました。
qbc:
大型バイクってどれぐらいの?
リアル孟母ベティ:
一番大きいときは1300CCとか。
qbc:
なるほど。性格は人からなんて言われますか?
リアル孟母ベティ:
性格?単純、じゃないですかね。
qbc:
単純って言われる?
リアル孟母ベティ:
はい。
qbc:
どの辺が単純と言われるか、分かります?
リアル孟母ベティ:
なんかすごい情に薄いので、多分。なので、「私はこう思ってたのに!」みたいなのって自分にないんですね、人間関係で。そういう感じだからじゃないでしょうか。シンプル、単純?
qbc:
ふうん。そしたら、ご自身では自分の性格のことなんて思います?
リアル孟母ベティ:
未来志向だと思います…。これ、性格の分類ですかね?
qbc:
シンプルな場合、感情的なものが少ないと、未来志向がイコール性格に近いのかなと思ってて。ちょっと今、即断では何とも言えないんですけれども。
リアル孟母ベティ:
はい。
qbc:
じゃあ距離の近い人、パートナー家族親友とか距離の近い人から言われる性格の一面ってあります?
リアル孟母ベティ:
素直とか、男らしいとか言われますかね。
qbc:
その場合の男らしさって、何を指して男らしいなんですか?
リアル孟母ベティ:
なんか人に頼ろうとか、やってもらおうとか、やってもらわなきゃ自分では調べる気もないとか、そういうのがほとんどなくて。そのせいじゃないですかねぇ。バイク乗って地図読んで1人で日本中どこでも行くし、海外でも。誰かに「連れて行って」みたいなことは思ったこともない(笑)
qbc:
なるほどね。なんかさっぱりしている性格、ねとねとしている性格っていうのだと、どっちですか?
リアル孟母ベティ:
さっぱりしてるんじゃないですかねぇ。
qbc:
なんか好きな食べ物とかは何ですか?
リアル孟母ベティ:
好きな食べ物…何でも美味しくいただけますが、居酒屋が大好きです、日本の。
qbc:
なるほど。自分を家電に例えたら何ですか?
リアル孟母ベティ:
電化製品ですか?
qbc:
そうです。冷蔵庫とか家で使う。
リアル孟母ベティ:
ちょっと質問が荒唐無稽すぎてわかりません。
qbc:
自分を家電に例えると、難しい?
リアル孟母ベティ:
考えたこともありませんでした。
qbc:
じゃあ自分を動物に例えると?
リアル孟母ベティ:
ネコ科だと思います。
qbc:
なるほど。それじゃ、家電じゃなくて家にあるもの、部屋にあるものに例えると?例えばソファーとかベッドとかクッションとかありますよね、テーブルも。その中に家電が入ってもいいんですけど、そこで言うと何でしょう?
リアル孟母ベティ:
ごめんなさい。なんかそういう無機物に例えることの発想がよくわからなくて。
qbc:
うんうん。難しそうですかね。
リアル孟母ベティ:
はい。思い浮かびません。
qbc:
わかりました。
過去:すごく心地よかったですね。何をやろうが、自分たちの後に道ができるみたいな。
qbc:
じゃあ過去について聞いていきたいんですけども。子どものころはどんなお子さんでしたかね?
リアル孟母ベティ:
あー、今で言うADHDの子で。ずーっと成績表には落ち着きがないと書かれていて。で、なんかちょっと多分頭が良かったんだと思うんですけど、なんかお前が答えると授業が進まないとか言って、小学校では発言禁止にされてたんですね、授業中。
qbc:
はい。
リアル孟母ベティ:
それで、知ってる漢字でも上の学年のだったら書くなとか、日本の昔の教育では言われたんですけど。そうやって押さえつけられるのとか大嫌いで。
中学は、生意気な生徒っていうことで男性教師に目をつけられて2年間いびり抜かれたんですね。例えばちいさな校則違反を他の子がやってて私もやってて私だけぐちぐちいびられるみたいな。
ユニクロとかがそんなになかった頃なんで、例えば無地なものを探すのが難しかった時代なんですよ。絶対ラインとかワンポイントがどこかに入ってるみたいな、でも靴下のワンポイントとかセーターに入ってるワンポイントとかが大きさも厳しく決まってた時代です。で、ちょっとそこから皆さんしょうがなく外れたりもするんですけど、もう製品が売ってないから。そういうのを自分だけ呼び出されるみたいな。
でも、はっきり言って自分の若い時間も有限ですので、こんな非生産的なことに時間を費やしてて、私の人生がもったいないと思いまして。で、もう馬鹿馬鹿しくて高校行くの嫌になって。で、高専っていうところに行ったんです。
qbc:
中学校で嫌になったんですね?
リアル孟母ベティ:
はい。制服のことでガタガタやるような非生産的な行動が嫌になりました。
qbc:
うんうん。なるほど。なんかもっとちっちゃい頃、幼稚園とかぐらいの小さい頃の遊びってどんな遊びしてました?
リアル孟母ベティ:
そうですね。当時から建築に興味がありましたので、ダンボールをいっぱい手に入れて、組み合わせてちっちゃい家とかいっぱい作りまくってました。猫の家とかも。お絵描きも平面図を描きまくって。
qbc:
じゃあ建築自体には普通に興味がおありだった?
リアル孟母ベティ:
はい、ありましたね。
qbc:
なるほど。その頃の性格って覚えてます?ちっちゃい頃の性格。
リアル孟母ベティ:
大人から見て、シャキシャキ何でも答えて、なんか大人みたいな口を利く子だって言われてましたね。
qbc:
なるほど。ご両親からどのように育てられたかみたいな、どういうふうに思われたかみたいのって。
リアル孟母ベティ:
本来であれば別に大した家ではないんですが、跡継ぎの立ち位置に生まれたんですけど。男が欲しかったのかな、多分。そのせいもあって別に女らしくしろって言われた記憶はありません。
qbc:
うんうん。
リアル孟母ベティ:
あと、父方祖父が戦前…戦中かな?その頃から海外駐在員だったんで、その影響もあり父からは英語だけはやれって言われてましたね。
qbc:
なるほど。なんか教育方針というか、こういうふうに育てられたみたいのありますかね?
リアル孟母ベティ:
父方は自由にって感じだったんですけど。まぁ父は。
母は、学校の成績が良ければ医者か弁護士にみたいな人だったので、だいぶ戦いました。
qbc:
親と?
リアル孟母ベティ:
はい。そうですね。
qbc:
なるほど。どんな戦いだったんですか?
リアル孟母ベティ:
私は、医療の仕事について助けたいとか、法律の仕事について助けたいとか、そういうパッションを持ってないですし、建築に興味があるから建築の方向に行きますって言ってるんですけど。
まぁ母親としては、せっかく頭がいいのに、なんでもっと高収入の仕事に就かないのかぐらいしかわかってないか、わかりたくないのかわかりませんけど。結論として、母は弁護士の夫か、医者の夫かを捕まえてきて、自分と敷地内同居をしてくれるでしょみたいなプランに則ってその職業を勧めていたわけなので。そんななんかあなたの人生のパーツみたいに言われましてもっていう。
あとは自分の感覚で、そのとき職業について考えたら、職業って世の中に三つのタイプしかないんじゃないかと思っているんですね。マイナスをゼロにする仕事、つまり弁護士さんとかお医者さんとか。困ってる人を助けること。または0を0のまま維持する仕事、例えば役人関係とか、インフラ関係とか。で、0を1にする仕事、例えばそのデザイナーとか、そういう仕事ですね。設計とか。
でも自分はどう考えても、そのマイナスの世界と0-0の世界には…もうお話してお分かりかと思うんですけど、もう自分の意見っていうのが結構あるので、ねぇ、前例に従って頭を動かさないで前例だけ踏襲しなさいって言われるのがものすごく苦痛なので。これはもうその世界には私は入ってはいけないなみたいなふうに思いまして。
qbc:
その前例踏襲絶対拒否の考え方って、受け入れられたのっていつ頃ですかね?自分が感覚的に受け入れられたなぁって思ったとき。
リアル孟母ベティ:
大学に入ったときですね。
qbc:
そう。ちょっと時間順で進みたいんですけど、高校時代はどんな感じだったんですか?
リアル孟母ベティ:
高校は高専だったので寮に入りまして。高専って、法律上はもう大学扱いなんですね。
qbc:
1年生からそうなんですか?
リアル孟母ベティ:
はい。1年生からそうです。ですので年齢が同じでも高専生は高校野球に出たりはできないんです。そして、先生は教師ではないんですね。先生は大学と一緒で研究者。
なので教えることに情熱とか感じてないんで、皆さん。教授職を維持するために義務として教えてますっていう(笑)ので、高専では大学受験は前提とされてないですし、大学なので洋服はお好きにどうぞ、鼻に釘ピアスしようが髪の毛緑にしようがお好きにどうぞっていう。勉強だけやってねっていう。学校はそんなこと管理しないのでみたいな。
で、バイトもできるしバイクとかの免許も取れるし。そういった感じで、そこでは伸び伸びと過ごせたと思います。
qbc:
なるほどね。そして大学はどういう基準で選ばれたんですかね?
リアル孟母ベティ:
えっとですね、高専を3年間で満了すると高卒同等となりまして、大学受験資格になるんですね。それをもって大学受験をしましたので、5年は高専は修了してないです。
qbc:
いけるんですね?知らなかったです。なるほど。
リアル孟母ベティ:
はい。
qbc:
で、大学自体はどういうふうに選ばれたんですかね?
リアル孟母ベティ:
そのとき本当に全く新しい面白い大学ができるという広告を見まして。縁もゆかりもない別府という大分県にある大学で。何だろう、細かい情報も開学してないのでなかったんですけど、これは絶対面白いなと思いまして。
そもそも、そのーこれ言っていいのかわかんないんですけど、国立高専に入るときに、情報詐欺みたいなことをされて入ってしまったんです。
qbc:
はいはい。
リアル孟母ベティ:
説明会では、建築の勉強もできますって言われてたんですね。私は建築が勉強したかったんですよ。それで入りました。なので工務店の跡取り息子とかもいっぱい入ってました。
なんですけど、入学後のオリエンテーションで、その学生と後ろに保護者を並べた環境で、「建築を勉強できると言いましたが、あれは禁止していないという意味です」って言われたんです。で、「建築と共通するその構造力学とかは勉強できますが、建築部分の勉強については当方は建設学科ですので、建築は自分でやってください」って言われたんですね。
建設っていうのは人の住まないものなんです。ダムとか橋とか道路とか。建築物は人が使うものですね。全然違うんですけど、でも工務店の息子とかもいっぱい来てるし、親たちももうそれを言われた瞬間にどよどよどよってなったんですよ。
qbc:
うんうん。
リアル孟母ベティ:
で、国立の学校のくせに、そんな今なら新聞沙汰になるような募集の仕方をしてて。ちょっとそのときは…後から知ったのは、高専の暗黒期。その学生がどんどん減ってるみたいな時代だったって聞いたんですけど、そんなやり方していいわけないですよね。
それだったら私、建築が学べる工業高校に行ったと思います。それをちゃんとフェアに受験前に言ってくれてたら。なので、3年で辞めてやるというプランは入学当初からありました。
qbc:
なるほど。ありがとうございます。
時間的にこれから駆け足になりそうなんですけども、大学生活自体はどんな感じでしたかね?
リアル孟母ベティ:
そうですね。すごく自由だったと思いますし。
当時3つの50って言って、その大学が外国から来ている学生の数と日本人の割合を50:50にするっていうのが一つ目の50で。その留学生の国籍の数も50以上にするっていうのがあって。三つ目は、外国人籍教授、その先生の方も50%は外国人にしますっていう大学だったんですね。今はなんかそれが80カ国からとかに増えてるみたいですけど。
何だろう、この前例なんてどうでもいいぜっていう人間があれだけ集まったことって多分
無いんじゃないかと思う、日本でも。そう思うんですけど。すごく心地よかったですね。何をやろうが、自分たちの後に道ができるみたいな。
qbc:
具体的にどんな感じなんですかね?自分たちの後に道ができるというのは。
リアル孟母ベティ:
そうですね。例えばどんなイベントをこの学校でやっていくかとか。サークルとかも全部無いわけですから、もう自分たちで好きなものを作ってですね。そんな感じですね。
qbc:
うんうん。なるほど。大学卒業後はどんな?
リアル孟母ベティ:
はい。実父の介護もありまして、実家の京都に戻りました。で、そこから通勤してました。
qbc:
お仕事はどういうふうなお仕事?
リアル孟母ベティ:
そのときは広告代理店関係でした。
qbc:
なぜ広告代理店?
リアル孟母ベティ:
大学院に行こうと思ってたんですけど、その実家の方の状況が悪くなってしまって。これはちょっと難しいなという感じで。働きながら何とかしようかなという感じで。
qbc:
それで、なぜ広告代理店なのかっていうのは?
リアル孟母ベティ:
その選ぶ中で一番興味があったからですね。
qbc:
どんなところに興味があったんですかね?
リアル孟母ベティ:
広告ってやっぱり、先ほどの3分類で言うと、プラス1の世界ですから。自分の発想とかアイディアを出すことが許される世界だからでしょうかね。
qbc:
代理店のあとはどんな流れで?
リアル孟母ベティ:
そこから、通信制の美大に入りました。
qbc:
美大に入ったんですか?
リアル孟母ベティ:
はい。京都造形大っていうとこなんですけど。
リアル孟母ベティ:
通信が、今もあるのかな?あったので。そこで建築の勉強をして、頑張って卒業できたら建築士の受験資格とかももらえるので。
で、ちょっと父親が夜中とかも起きて暴れたり、痴ほうでしたので。もうフルタイムの勤務が難しくなってしまいまして。週3か4で、高時給のコールセンターの仕事を得てですね、派遣で。それで、通信制の大学生と、介護と。3種類やってました。
qbc:
それが何歳ぐらいの頃?
リアル孟母ベティ:
22から、24か25ですかね。
qbc:
で、その後どういう時代に?
リアル孟母ベティ:
その後建築事務所でバイトして。
qbc:
大学卒業してってことですかね?
リアル孟母ベティ:
あ、結局その通信は卒業できませんでした。
qbc:
はいはいはい。じゃあ建築の勉強だけしてるっていう感じで。
リアル孟母ベティ:
そうですね。それで、その後JR西日本で新駅とかを作る仕事のアシスタント職があって。
qbc:
それは設計のところでってこと?
リアル孟母ベティ:
交渉の部分の。
qbc:
交渉?
リアル孟母ベティ:
はい。新駅、駅って100%鉄道会社のものって思っちゃうんですけど、実は違うんです。広場のこの部分までは市のものとか、決まってるっていうか、それを決める交渉ですね。
qbc:
なるほど。そこに入ったあとは、次の仕事は何になるんですかね?
リアル孟母ベティ:
そこで美大関係の縁で、香港で働いてた日本人の夫と会って。結婚することになったので、そこで香港に引っ越しました。
qbc:
なるほど。で、CGのお仕事と出会い、そこで香港で出産ですよね?
リアル孟母ベティ:
そうですね、はい。
qbc:
出産されて、それで働いてもいらっしゃったんですかね?
リアル孟母ベティ:
はい、子どもが1歳のときから。
qbc:
個人事業主になったのは、出産される前?
リアル孟母ベティ:
出産後1年で個人事業主を始めました。
qbc:
へえ。なんかそのお仕事を始める理由がないっていうか。言い方変ですけど、始めなくてもよかったわけじゃないですか。
リアル孟母ベティ:
いえいえ。相手の年収がそんなに高くないっていうのと、香港の生活費が高いっていうので。
qbc:
なるほど、仕事はしないといけなかったと。
リアル孟母ベティ:
したかったと。
qbc:
で、CGの仕事と香港での仕事も一緒に並行していったと。
リアル孟母ベティ:
はい。
qbc:
それが30代って感じですかね?
リアル孟母ベティ:
そうですね。30代ほとんどそんな感じですね。
qbc:
なんかどんな時代っていうふうに言えます?自分の中で。
リアル孟母ベティ:
すごい状況に恵まれた時代だと思いました。香港って、フィリピン人とかインドネシア人のヘルパーさんを住み込みで雇うんですね。で、家事と育児は全部やってもらったんです。自営業の創業期は忙しくて働きまくりましたが、自分は昭和のお父さんみたいに、「風呂メシ寝る」と。そして子どもをかまいたいときだけかまう(笑)あとはハイって、(ヘルパーに)渡す。
qbc:
そっか。はいはいはい。
リアル孟母ベティ:
なので、それがないと自分はそこまで働けなかったと思いますし、多分それがなかったら今の自分もなかったと思います。
qbc:
膨大な時間ですよね。子育てって。
リアル孟母ベティ:
はい。
qbc:
で、ちなみになぜ今オランダにいらっしゃるんですかね?
リアル孟母ベティ:
2020年の7月に、香港で国家安全法っていうやばい法律が成立しました。それは端的に言うと、香港が中国共産党に乗っ取られたような言論弾圧法なんですけど。
その法律の内容がちょっと我慢できませんで。学校のカリキュラムまでそれで変わって来てしまって。
(「起こったことは政変だった。香港2020」)
香港で私や子どもたちももう永住権もあったんですけど、香港で子どもを今後育ててたり、子どもが大学行ったり就職したりするのはちょっと、もういいですっていう気持ちになって。
当時は、インドネシアのバリのインターナショナルスクールに申し込んで。ウェイティングリストって言って、人気のところは入るのに順番待ちになるんですけど、それが1年半ぐらいかかりますって言われたので、その1年半、日本に日本語留学をさせようと思いました。
qbc:
うん。
リアル孟母ベティ:
それで沖縄は、海外の方とか沖縄ルーツでブラジル系から帰ってくる方とかのために、日本語がわからない児童がいるっていうのを前提にしてて、公立小学校とか中学校の中に日本語教師がいるんですね。で、日本語わからない子はそこでサポートが受けられるシステムがあるんですが、それを知ったので沖縄に連れて行きました。関西の小学校にも打診はしたんですけども、「うちの子は聞くとしゃべるは出来ますが、日本語の読み書きはできません」って言ったら、2校の先生が絶句するんですね。で、「入られることはもちろんいいですけど、なんのサポートもできませんよ」みたいな回答だった。けれども沖縄の小学校だけは読み書きできませんって伝えても、言葉に詰まることなく、「じゃあ一緒にここで勉強しましょうね~」って言ってくださって。ああ、連れて行くならここだ!と。あと、娘たちが英語ができることで変にからかわれたりとかあったら可哀想と思ったんですけど、沖縄って基地がある関係で英語が身近で、英語ができるイコールただかっこいい、みたいに扱ってもらえる雰囲気があるのも、沖縄在住の友人を通して知ってはいたので。
qbc:
なるほど。
リアル孟母ベティ:
はい。そこで、子どもの読み書きの成長を見ながら、進路どうするかなと観察してたんですけど、やっぱり公立の中学校から高校受験をするにはちょっと厳しいなという、気の毒だなっていう感じがありまして。英語で聞いてもらえれば解ける問題が日本語だと解けない、ということが多いですから、本人も悔しいでしょうし。
で、その中でオランダに公立のインターナショナルスクールがあって、オランダは日本人には個人事業主ビザって言ってすごく有利なビザを家族ごと出してくれるっていうのを知りまして。インドネシアに行くのをやめて、オランダに来たっていう感じです。
qbc:
なるほどね。オランダいかがですか?
リアル孟母ベティ:
香港ほど好きになれないんですが、まぁこれはこれでいいかなと。
qbc:
何か言葉にできます?なんか居心地の微妙な違いみたいなの。
リアル孟母ベティ:
言葉は英語でほとんど通じるんですけど、なんか文化が単調で自然も単調なんですね。文化が単調というのは、香港は西洋的なエリアがあったり中華的なエリアがあったり、重層的なんですけど、そういうのはないですし。
あと自然が単調というのは、人工の土地に人工的に木を植えて、まっすぐな川があるっていう感じなので。運河ですね。山とかもないですし。なんか自然の美しさとか、山登り行こうとか、そういうのもないですし。まぁ、だだっ広いので。プレーンですね、どこまでいっても。
qbc:
ありがとうございます。駆け足で振り返っていただいたんですけども、何か自分自身の人生の転換点っていうのは?どこにいくつでもいいんですけども、どこにあると思いますか?
リアル孟母ベティ:
やっぱり自分で自営業を始めたことだと思いました。
qbc:
あぁ、そこ?どんなお気持ちで起業されて、なんでそれが大きい転換点と言えるんですか?
リアル孟母ベティ:
今から振り返れば、自分はその会社員より自営業に向いている性格だったんだなというのも思いますし。全く自分が自営業になるとか想定してなかったんですけど、やっぱり自分がオンラインで収入があるっていう事が、今まで自分を沖縄にも引っ越させてくれたし、オランダにも引っ越させてくれたし、すごく自分の人生を変えたなって思います。
qbc:
なるほどね。それはなんでそういうことができたんですか?自営業していたから、何々があってってことだと思うんですけど、その何々って何ですかね?
リアル孟母ベティ:
自分が社長っていうか、1人しかいないですけど。ですから何を業務としてやろうが、どこに引っ越そうが自由ですよね。
qbc:
はいはい。ありがとうございます。
未来:ABCDEとかを知ってて選ぶ一つの答えと、AとBしか見たことない中からどっちかを選びましたみたいなのって、同じものを選んでても何か意味が違うんじゃないかと思っていて。
qbc:
未来について聞いていきますね。5年10年、20年30年、とりあえず最後自分が死んでしまうというところまで見据えた上で、その未来はどういうふうにイメージされてますかね?
リアル孟母ベティ:
そうですね。子どもの状況が可能であれば、私は単身でキルギスに行きたいなと思っております。
qbc:
キルギス?なぜ?
リアル孟母ベティ:
キシャに興味があるんですね。
qbc:
キシャ?
リアル孟母ベティ:
馬の上から弓を打つ方の騎射です。
qbc:
あ、初めてその使い方を知りました。なるほど。
リアル孟母ベティ:
元々中学のときから馬が好きで、実家も競馬場が近いんですけど。
高専のときに、元々学生時代に馬術競技をやってらした先生にたまたま出会いまして。お話を聞いて、自分も高専1年の夏休みに北海道の牧場に働きに行ったりしてたんですけど、馬っていうのは一番性別や年齢の影響を受けないんだって言われて。馬術競技というのは。
qbc:
乗る人がっていう意味ですか?
リアル孟母ベティ:
そのパフォーマンスにおいて、若い人でも歳をいった人でもその影響が少ないと。歳の影響が少ないし、その男女の筋力の差とかもほとんど影響しないと。って言われて、そしたら私それは人生の後半にやろうかなと。
qbc:
それは仕事としてやるイメージで?どういうイメージなんですか?
リアル孟母ベティ:
いえ、趣味です趣味です。でももしキルギスに行ってみて本当に大好きになったらそこで例えばガイド業をやるとかしてもいいなとか思ってます。
qbc:
馬は乗られてたんですか?
リアル孟母ベティ:
多少乗れますが、もう今は、最近は乗ってません。
qbc:
うんうん。もしもの未来の質問っていうのをしていまして。今、建築、教育、でもう1本柱作るとしたら、何かあります?時間とか余裕とかがもう、夢の魔法みたいにできるんですよ。そういう時間があったら何しますかね?もう一本。
リアル孟母ベティ:
自分が資金とか時間が無限にあるとしたらですか?
qbc:
そうそうそう。
リアル孟母ベティ:
給付奨学金を作りたいかなと思いました。
qbc:
結構強いですね。じゃあ教育については。
リアル孟母ベティ:
そうかもしれません。
qbc:
どういう理由で?
リアル孟母ベティ:
子どもがこの先幸せに生きていけるような武器をいっぱい渡してあげられるようにですかね。
qbc:
子どもって何歳までにします?
リアル孟母ベティ:
小中学生だと思います。
qbc:
それ以上だと?その前がいい?
リアル孟母ベティ:
その前がいいと思います。
qbc:
その理由っていうのはどうなんでしょう?
リアル孟母ベティ:
日本って結構ファイナンシャルプランナーさんとかが、子どもが小さいときはお金貯めときましょう、大学受験と大学資金にお金かけましょうみたいな感じのことを言うんですけど。
でも学校と塾しか往復してない子が選ぶ、例えばABCDEとかを知ってて選ぶ一つの答えと、AとBしか見たことない中からどっちかを選びましたみたいなのって、同じものを選んでても何か意味が違うんじゃないかと思っていて。子どもの世界をもっと小学校ぐらいで親が広げてあげるのがいいんじゃないかっていうような勘がありまして。そういう意味でやってます。
qbc:
どの国でやりたいですか?
リアル孟母ベティ:
日本でやりたいです。
qbc:
ふぅん。じゃあ、どの国の教育が良かったですか?今まで、知ってる範囲で。
リアル孟母ベティ:
100%満足していることはないですが、香港の教育は良いと思いました。
qbc:
どのあたりが?当時の香港ですよね?
リアル孟母ベティ:
はい。その国籍がいろんな子がいる学校に行ってたのもあるんですけど、香港人って、日本人が子どもにお箸の教育をするみたいな感覚で、子どもに外国語教育をするんですけど、それがすごくいいと思いました。できるまでやりましょうみたいな。そういう観点で外国語教育をする国際感覚が良いと思っています。
お箸が難しいならやめてずっと一生スプーン使ったらいいわよっていう親はいないと思うんですけど、親がもうそういうノリで教えたら子どもは身に付けるんだなっていうのがよくわかりました。
qbc:
なるほどね。教育の中で一番重要視するべきだと思うのは?すいません、狭い言い方ですけど、科目で言うと?
リアル孟母ベティ:
科目じゃなくてもいいですか?
qbc:
はい、いいですよ。
リアル孟母ベティ:
子どもの内発的動機だと思います。
qbc:
なるほどね。そのこころは?
リアル孟母ベティ:
でもその内発的動機を見つけるために親がいろんなことをサポートしてあげないといけないなと思っています。
qbc:
うんうん。どうやってその内発的動機を育てるというか発見するかっていうのは、メソッド的なものっていうのはおありなんですか?
リアル孟母ベティ:
これでメソッドと言えるのかどうかわかりませんが、いろんな国を見せて、他のいろんな国のサマースクールとかも入れたり。大人がいろんないる場所にパーティーとかも連れて行ったりですね、してたんですけど、やっぱりいろんなものを見せて。
あと自分で小さなことは決定させる、っていうのを繰り返してるとなんか大きな決定ができるようになるっていうのを聞いたんですね。なので洋服を選んであげたりしたこともないですし。その小さな決定をどんどん子どもにさしてあげたら、自分の将来についても割と2人とももう決めてまして。他人からは早いねって言われるんですけど、まぁそれで良かったかなと。
qbc:
ありがとうございます。インタビュー最後の質問がですね、最後に言い残したことは?っていうので。遺言でもいいですし、読者向けメッセージでもいいし、インタビュー終わって独り言みたいなのでもいいですけど、最後に言い残したことがあればお伺いしております。
リアル孟母ベティ:
今、海外在住日本人のアンケートを集めた本の出版準備もしてまして(下記『常識崩壊 海外在住のリアル 留学、ワーホリ、駐在、現地就職&起業 在外日本人143人の声!』、すいません、言い忘れてましたね。でもその中で、頂いた143名ぐらいの方の回答のうち、95%の人が海外に出てよかったってみんな言ってるんですね。自分の人生が、日本ではありえなかった展開をしたって、多くの方がおっしゃっていました。なので、本当に自分でチャンスを見つけて、日本の方は若い人はどんどん海外に出て欲しいなって思いました。
qbc:
ありがとうございました。

あとがき
ひきもきならない!
【インタビュー・編集・あとがき:qbc】
【編集:mii】

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