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面白かったなあって思ってお別れできる自信を持っている人

むかしむかし、ある村に「楽し」という名の老人が住んでいました。楽しは誰と話をしても、相手を笑顔にして別れることができる不思議な力を持っていました。
ある日、村に旅の商人がやってきました。商人は商売がうまくいかず、とても落ち込んでいました。楽しは商人と話をし、「失敗は次への種」と言って、自分の失敗談を面白おかしく語り始めました。商人は大笑いし、元気を取り戻して旅立っていきました。
また、村の子どもたちは楽しの家に集まるのが大好きでした。楽しは子どもたちと遊び、昔話を聞かせ、どんな些細なことでも一緒に喜び合いました。子どもたちは「また明日!」と笑顔で手を振って帰っていきました。
ある時、村人が楽しに尋ねました。
「どうして楽しさんは、誰とでも楽しく別れることができるのですか?」
楽しは優しく微笑んで答えました。
「私は、人との出会いは宝物だと思っています。だから、その時間を大切にして、お互いが良い思い出を持って別れられるように心がけているのです」
その言葉は村中に広まり、人々は出会いと別れを大切にするようになりました。そして「楽しと別れた者は、また会いたくなる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。

と思う2025年09月22日07時55分に書く無名人インタビュー1172回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】


今回ご参加いただいたのは 車いすおばあちゃん さんです!

年齢:60代後半
性別:女性
職業:年金生活者



現在:超幸せですよ。自分の好きなことが好きなように、自分のためだけに時間もお金も使えるっていうところが一番ですね。

qbc:
今、何をしている方でしょうか?

車いすおばあちゃん:
今は、何もしてない人です(笑)。年金生活なんで。特に仕事もしてないですし。ただ、SNS発信っていうんじゃないんですけど、ブログ書いたりとか。あと Facebook に投稿するのが好きで、そういう文章を書いたり。あと、stand.fm で毎日好き勝手しゃべってます。はい、そんな感じです。

qbc:
どんな内容を投稿されてるんですか?

車いすおばあちゃん:
私、2、3年前までは体調が悪くて、あんまり動けなかったんですよ。で、体調がだいぶ回復してきたときに、こういう SNS を知って、いろいろ始めたんですけど。今年の5月8日から6月22日まで、ストックホルムに一人で行って、向こうで生活してきたんです。

qbc:
どのくらいの期間ですか?

車いすおばあちゃん:
1か月半くらいですね。

qbc:
はい、はい。

車いすおばあちゃん:
電動車いす使ってるんですよ。だから動くのも大変なんですけど、一人で1か月半、向こうで生活してきて。で、なんでそんなことしたかっていうと、クラウドファンディングで皆さんから支援いただいたんで。その様子を毎日発信して、報告してました。
で、帰ってきてからは、それをまとめたいなって思ってるんですけど。自分としては「そんなにすごいことした」って意識はなくて。でも、みんなから「すごいすごい」って言われるんですよ。「なんでそんなに?」って思って。
ライティングサロンとかで話したときも「それはすごいことだよ」って言われて。私自身はあんまりよく分からないんですけどね。だから、なんでみんながそう思うのかとか、私の体験からどんなことを知りたい、聞きたいって思ってるのか、まだ分からなくて。とりあえず「こんなことあったよ、こんなこともあったよ」っていうのを発信してるところです。

qbc:
投稿の調子はどうですか?

車いすおばあちゃん:
投稿は好きなんですよ。だから見てもらおうが見てもらえまいが、毎日勝手にやってます(笑)。でも「バズる」とか「フォロワーが一気に増える」とか、そういうのは全然なくて。けど、長く読んでくださる方は何人かいてくださるかな、っていう感じです。

qbc:
自分として、その手応え感っていうのはいかがですか? 書いてる感じでも、話してる感じでも。手応えとしてはどうでしょう?

車いすおばあちゃん:
手応えは……時々コメントをいただいたり、そこから繋がってリアルでお会いしたり。そういうことが少しあるので、楽しいです。繋がりが増えてきて。

qbc:
えー、ちなみに今年齢をお伺いしても大丈夫ですか?

車いすおばあちゃん:
68歳です。来月で69歳になります。

qbc:
あ、おめでとうございます。

車いすおばあちゃん:
ありがとうございます。

qbc:
車いすはいつからですか?

車いすおばあちゃん:
8歳の時からです。生後10か月でポリオっていう感染症にかかってしまって、その後遺症で8歳の時から車いすに乗っています。
私が8歳の頃は、障害のある子どもたちが入る病院と学校が一緒になったところに入っていて。小学校2年生の時、そこで歩く訓練をみんな一生懸命やるんですよ。アパラートっていう大きな装具をつけて。でも私、それが格好悪いし、「そんなのつけて歩いたところで全然楽しくないし、意味ないじゃん」って思ったんです。
それで先生に直談判のお手紙を書いて、「私は歩けなくてもいいので、車いすで自由に動き回りたいです」って伝えました。そこからずっと車いすです。

qbc:
今はどちらにいらっしゃるんですか?

車いすおばあちゃん:
どちらというのは……?

qbc:
あ、今住んでる場所です。

車いすおばあちゃん:
あ、神奈川県です。

qbc:
生活はどんな感じですか? 誰かにサポートを受けながら?

車いすおばあちゃん:
特別支援学校を卒業したあとは車の免許を取って、就職して。それから結婚して、娘を2人育てました。もう2人とも自立して家を出ているので、今は自分の持ち家で主人と二人、のんきな年金生活をしています。

qbc:
ああ、なるほど。
今の状況を、普通の会社員の人に「大学はいつまでですか?」って聞くみたいな感じで伺うと……お子さんが自立して家を出られたのって何歳くらいの時だったんですか?

車いすおばあちゃん:
ああ、えーと、長女は高校卒業してからルームシェアしたり、海外研修に行ったり、留学したりで、ほとんど家にいたことはなかったですね。今は結婚して出ていきました。
次女はけっこう2、3年前までは家にいました。でも、私たち夫婦だけで過ごす時間も長くなってきて、3年くらい前かな?「もう自立する」って言って、一人暮らしを始めました。

qbc:
今のお二人での生活っていうのは、ご夫婦で一緒に暮らすようになってから3年ぐらいなんですね?

車いすおばあちゃん:
そうですね。この暮らしはそうですね、はい。

qbc:
そのほかにされていることって何かありますか? SNS投稿以外に。

車いすおばあちゃん:
そうですね。旅行に行ったりとか、SNS投稿したりとか。そんなことですね。それくらいで、別に何もしてないです。仕事もしてないし。

qbc:
はい、はい。

車いすおばあちゃん:
もう家族の世話もしなくてよくなったし、主人も定年退職して家にいるんで。自分で何でもできちゃうから、私も何もしてないですね。好き勝手やってます、自分の。

qbc:
他に趣味とかあります?

車いすおばあちゃん:
ああ、出かけるのが好きなんで、今ハマってるのはクルーズに行きたいっていうことで。いろいろクルーズの計画を立てたり、どうやったら年金生活でも行けるかとか(笑)。そういうのを一生懸命研究してます。

qbc:
いいですね。今の生活のなかで、どんな気持ちでいることが多いですか?

車いすおばあちゃん:
あ、超幸せですよ。

qbc:
今、一番幸せなのは?

車いすおばあちゃん:
自分の好きなことを、好きなように。時間もお金も自分のためだけに使えるっていうところが一番幸せですね。

qbc:
一番好きなことはなんですか?

車いすおばあちゃん:
ブログ書いたりも好きだし、人と話すのも好きです。でも一人旅が好きなんで、結構出かけたりしますね。ただ、暑くて出られないんですよ。車いすで外に出るのって、本当に暑くて。

qbc:
ああ、アスファルトに近いから?

車いすおばあちゃん:
そうですね。それもあるし、日傘も風があるとさせないし。気候的にね。だから早く涼しくならないかなって。涼しくなってからの計画はいっぱい立ててるんですけど。

qbc:
最近楽しかったことって何ですか?

車いすおばあちゃん:
最近は……スウェーデンに行ってたこと。あれは最高に楽しかったですね。

qbc:
はいはい。

車いすおばあちゃん:
夢のような1か月半でした。

qbc:
行ったきっかけは何だったんですか?

車いすおばあちゃん:
きっかけはですね、それこそずっと具合が悪くて。ベッドで寝たきりみたいな感じで、8キロくらい痩せちゃった時があったんですけど。その時にオーディブルを聞いてたんです。本を持ってページをめくるのも大変だったので、ベッドに横になったまま聞けるオーディブルを娘に教えてもらって。
それで、ある方の本を読んでたんですけど、その方がすごく好きで。で、その方が新しい本を出すクラウドファンディングをされていて。そのリターンの中に「自分のやりたいことをみんなで実現させましょう」っていうコミュニティ参加券があったんです。

qbc:
はい。はい。

車いすおばあちゃん:
私、クラウドファンディングとか全然知らなかったし、SNSも全然知らなかったんですよ。でもちょっとやってみたら、そのコミュニティの中で「一回 Zoom でお話ししましょう」っていう機会があって。そこで「みんな自分のやりたいこと、何の制約もなくできるとしたら何をやりたいですか?」っていう話になったんです。
そこで私は「海外で暮らしたい」ってちょろっと言ったんですね。そうしたら、その場に集まっていた方たちがみんなで応援してくださって。「いいじゃない、できるじゃない」って。
私が「えー、でももう年だし、お金もないし」って言ったら、「じゃあクラファン立ち上げればいいじゃない」って。私としては「クラファンなんてすごい人がやることで、無名の私がやったって集まらないんじゃないですか?」って思ってたんです。でも「大丈夫、大丈夫」ってみんなが言ってくれて。
「まあいいや、面白そうだからやってみよう」ってやったら……クラファンが成功しちゃって。それで行くことになった、という流れです。

qbc:
そのお話は、いつ頃のことだったんですか?

車いすおばあちゃん:
去年の9月。今ぐらいの時期ですね。

qbc:
1年前ぐらい。

車いすおばあちゃん:
そう、そうなんです。

qbc:
そこからクラファンの準備を開始して……という流れですか?

車いすおばあちゃん:
そうですね。準備は年末に急にバタバタっと。「じゃあもう1月スタートにしよう」って自分で決めて。年末にページを作ってもらったりして。そういうのも全部、コミュニティの人たちが助けてくださって。作ってくれたり、教えてくれたりして。で、1月11日に公開スタートしました。

qbc:
ちなみに、そもそも海外に行きたいと思ったきっかけは何だったんですか?

車いすおばあちゃん:
いやあ……旅行が好きっていうのもあるんですけど、娘たち2人とも海外留学したり、海外で仕事したりしてたんですね。その話を聞いてて「面白そうだな」って思ってたのもあるし。
それから、車いすの友達というか、私の上司だった人が定年退職した後に3か月ぐらいカナダで生活していらしたっていう話も聞いて。「いいなぁ」って思ったんです。でも私はお金もないし、無理だなぁと思って諦めてた。
でもね、「何の制約もなくやりたいことは何ですか?」って聞かれたから、そこでちょろっと言ってみたんです。そうしたら動き出したっていう。口に出したら現実になった、ってやつですね。

qbc:
割とそういうことが多い方ですか?(笑)

車いすおばあちゃん:
そういうことっていうのは、どういうことですか?

qbc:
夢みたいな話というか。

車いすおばあちゃん:
そうですね、結構ありますね。だって私、車いすで本当に首から下、手も不自由なんですけど。それでも「車の免許取りたい」って言って免許を取ったり、「仕事したい」って言ったら就職できたり。「結婚したい」って言ったら結婚できたり。
あと……例えば子ども。欲しいとは思ってたんですけど、なかなかできなくて。不妊治療とかいろいろやって、一度は諦めたんです。でも、よくある話なんですけど、諦めたら授かって。子育てもしてしまったというか。
それから、お金があってもなくても年中あちこち旅行に行ったり。仕事を辞めたときには、退職金を全部はたいて母と娘を連れてハワイへ行って遊んできたり。そういうことをやっちゃうんです。だから意外と私の人生、そういうことがいっぱいあります。

qbc:
そうですよね。なんていうか……初めてじゃない感というか。話を伺っていて、そういうことが。

車いすおばあちゃん:
ああ、そうですね。振り返ると同じようなことがいっぱい。ただ、今回のは大きかったですけどね。クラファンっていう、自分の力だけじゃ動かせないものが集まってきたっていうのが。それはびっくりしました。初めての経験でした。

qbc:
クラファン、ゴールする前ってどんな気持ちで臨んでたんですか?

車いすおばあちゃん:
いや、もう最初は「1万円でも集まればいいや」みたいな感じだったんです。でも、もうミラクルが毎日起こってる感じで。
最初のころはあんまり力も入れてなかったし、リターンもそんなに考えてなかったんですけど、「ダメよ、そんなことじゃ」って。「こうやってやりなさい」って言ってリターンを提供してくださる人がどんどん出てきて。途中でリターンを増やしていったり、その方たちにつながっている人が支援してくださったり。
「ライブ配信もしなきゃダメよ」って言われて、次から次へとライブ配信に呼んでいただいたり。stand.fm もそれで始めた感じですね。「stand.fm で毎日言った方がいいですよ」って言われて、やってみて。
もう毎日毎日、目が覚めるたびに「一体何が起きてるんだろう」っていう感じでしたね。

qbc:
何か月くらいだったんですか?

車いすおばあちゃん:
1月から始めて、3月の10何日まで。2か月くらいかな?

qbc:
はい、はい。

車いすおばあちゃん:
はい、やってましたね。

qbc:
金額を聞いても大丈夫ですか?

車いすおばあちゃん:
最初は50万円の目標だったんですけど、結局78万円ちょっと。80万円近く集まりました。

qbc:
ああ。

車いすおばあちゃん:
セカンドゴールとか、最後のネクストゴールっていうのもやりました。

qbc:
実際にストックホルムでの生活はいかがでしたか?

車いすおばあちゃん:
いやあ、夢のようでしたね。
でも本当に、私英語もしゃべれないし、すごい方向音痴だし。それで電動車いすで立ったりも全然できない。だから「どうなるんだろう」って思ってたんですけど。
向こうに知り合いもいなかったんです。入国審査のときに「何しに来たんですか?」って聞かれて、「観光です」って答えたら、「一人で来たんですか?」って。「はい、一人です」って。「受け入れ団体は?」って聞かれて、「ありません」って。「仕事とかイベントですか?」って言われたんで、「いえ違います、単なる観光です」って言ったら、すごく不審がられて。
「じゃあホテルはどこですか?」って聞かれて、「ホテルです」って。「じゃあ予約確認書を見せてください」って言われたんですけど、もう頭が真っ白になっちゃって。スマホをいじっても確認書が見つけられなくて。
「お金はあるんですか?」って聞かれたから、「現金は持ってきてないんですけど、カードはあります。銀行にはお金はあります。クラファンやったんで」って言ったら、もう向こうの入国審査の人も呆れちゃって。「分かった、分かった。いいから通りなさい」って通してくださったんです。

qbc:
それは英語でコミュニケーションを?

車いすおばあちゃん:
一応。向こうは英語しかしゃべらないんで。でも「Do you have money?」とか、それくらいなら分かるので。それでなんとなくやりとりしてました。

qbc:
実際、その滞在のプランっていうのはどういうふうに立てたんですか?

車いすおばあちゃん:
いや、ノープランで(笑)。ホテルだけは予約しました。行って使えなかったら困るので、一生懸命調べてホテルを決めて。ベッドの高さを教えてもらったり、トイレの高さや広さも全部確認して。ホテルだけは決めてました。
ストックホルムまでは直行便で14時間。大変だから、とてもじゃないけどエコノミーで座ってられないと思って、クラファンでいただいたお金でビジネスクラスを取りました。
向こうでの動きは、1週間後くらいに娘2人が合流して、北欧の国をフィンランドとかノルウェーとかいろいろ回ろうっていうプランだけはあったんですけど、それ以外はノープランで行きました(笑)。

qbc:
そのヨーロッパ、北欧をぐるっと回る以外に、ストックホルムでの生活っていうのはどんなことをしてたんですか?

車いすおばあちゃん:
観光っていうよりも、「暮らすように」過ごしたかったんです。
クラファンを通じて「ストックホルムに知り合いがいるから、何かあった時のために紹介しますね」って言ってくださった方がいて、その方と繋がったり。調べていたら YouTube をやっている方がいて、その人とお友達になったり。そういう方たちと時々会って、あちこち連れていっていただいたりもしました。
でも基本は、一人で。朝起きて「今日はどうしようかな?」って思って出かける、そんな感じでした。

qbc:
一番印象に残ったことは?

車いすおばあちゃん:
やっぱり北欧の人たちの優しさというか、居心地のよさですね。
街は古いから建物も古いし、道も石畳で急坂や段差だらけ。セブンイレブンに行こうとしたら半地下にあったりして、バリアフリーは日本の都会のほうが進んでるくらいなんです。
でも、人が自然に助けてくれる。毎日毎日それを感じて、とにかく居心地がよかったです。

qbc:
どんなふうに優しいんでしょうか?

車いすおばあちゃん:
日本だとね、車いすで街に出ていると「大丈夫かな」って思って遠巻きに見てる人は多いんです。でも「声をかけて断られたらどうしよう」とか、「手を出していいのかどうか」って迷ってしまうから、結局声をかけにくい雰囲気があるんですよ。
でも向こうの人たちは違う。私が「ちょっと手伝ってください」って “Do you help me?” って言うと、もうサッと「オッケー」って言って手伝ってくれる。いつでも声をかけやすい雰囲気があるんです。
例えば電車に乗るときに隙間があって危ないなっていうときも、一緒に乗る人たちがスーッと行っちゃうんじゃなくて、まず私が乗るのを見守ってくれる。で、「助けて」って言えばオッケーって言って手伝ってくれるし、言わなければそのままそばで見ていてくれる。
困ってる人がいたら「助けてって言われたら助けるのが当然」という文化。もしそこで何か事故があっても、それを責める人はいない。そんな雰囲気なんです。
それがどこに行っても、いつでも身にしみて。「ああ、ここなら心配なく一人で出歩けるな」って思えましたね。

qbc:
それは和子さん、日本の他の地域とか、他の国々と比べてもっていう感じなんですかね?

車いすおばあちゃん:
他の国々にはあまり行ったことがないんですけれど、日本の中ではやっぱり……日本の人も親切なんですよ。ただ、ちょっと戸惑うというか。「すいません、いいですか?」って声をかけると、「えっ、えっ、私ですか?」みたいな。そういう感じ、分かりますかね?

qbc:
想像はつきますね。

車いすおばあちゃん:
そう、そういう感じなんですよね。「すいません、いいですか?」って言うと「ああ、いいですよ」ってなるんですけど、「どうすればいいですか?」みたいな感じで。声をかけて助けてもらうと、なんだか申し訳ないなって思うんです。

qbc:
ああ――。

車いすおばあちゃん:
でも向こうは、その“申し訳なさ”がないんですよ。「当然だから」。当然だから「オッケー!」って手を出してくれて、乗れたら「はい、じゃあね」ってサッと行っちゃう。そんな感じなんです。
日本でも声をかければもちろん助けてくれるんですけど、若い人は特に「関わりたくないオーラ」みたいなのがあるんですよね。イヤホンつけてたりして、見て見ぬふりみたいな。だから、それでも私は構わず声をかけちゃうんですけど。そういう雰囲気があると、声をかけられない人が世の中にはきっとたくさんいるんだろうなと思います。

qbc:
ありがとうございます。性格は、人からなんて言われますか?

車いすおばあちゃん:
「明るいね」「自由だね」ってよく言われます。

qbc:
自分ではどんな性格だと思いますか?

車いすおばあちゃん:
あー、もう……。昨日、数秘の人と話してたんですけど、「好奇心にあふれてて、身軽で自由」って言われました。

qbc:
3とかでしたっけ? そうすると。

車いすおばあちゃん:
私はね、5です。あ、昨日は5の話をしたんだけど、もとは9。あれ? 数秘ご存知なんですか?

qbc:
数秘、分かりますよ。

車いすおばあちゃん:
ああ、そうなんですね。私9なんです。もともとの本質は。

qbc:
9は誕生数が9ってことですか? はい、はいはい。

車いすおばあちゃん:
そうです。だから「みんなで楽しくするのが好き」っていうところがあって。楽しいことがあったらみんなに分け与えたい、みたいな。

qbc:
はい、はいはいはい。

車いすおばあちゃん:
はい、そういう感じです。

qbc:
なるほどね。

車いすおばあちゃん:
そうですね。「みんなで楽しくなりましょう」みたいな感じですね。

qbc:
9と言われれば、9な感じはします。

車いすおばあちゃん:
そうです(笑)。でもね、5と3が2つずつあるんですよ。

qbc:
はい、はいはい。

車いすおばあちゃん:
で、多分今は5がすごく出てる。

qbc:
実現数ってことですか? 今。

車いすおばあちゃん:
何数?

qbc:
あ、実現数。人生の晩年に出る数字なんですけど。

車いすおばあちゃん:
ああ、それは3です。

qbc:
それは3なんだ。

車いすおばあちゃん:
そう、だから「今ぴったり3だね」って。楽しんでるから。

qbc:
あー、なるほどね。

車いすおばあちゃん:
はい。今楽しんでるので。


過去:もう最高の子育てをしていただいたと思ってますね。今の私を形作ってるのは両親の育て方だと思うんですけれども。私のやりたいことは全肯定して、もう全部オッケーオッケーしてくれたし、応援もすごくしてくれたし。もう最高の子育てをしてもらったと思ってます。

qbc:
過去について聞いていくんですけれども、子どもの頃はどんなお子さんでした?

車いすおばあちゃん:
私、本当によく覚えてないんですけど……いろんなことを、とっとことっとこ忘れちゃう人なんで(笑)。でも「明るい子だね」ってよく言われてましたね。嫌なことは多分やらなかった気がします。
中学のときかな。卒業の時に支援学校の校長先生が、みんなに色紙に一言書いてくださったんですけど、私の色紙には「忍耐」って書いてあって(笑)。ああ、私は忍耐が足りないんだなって。だから何も我慢せず、わがままにやりたいことをやってた子だったんじゃないかなと思います。

qbc:
好きな遊びって何でした?

車いすおばあちゃん:
遊び? 何して遊んでたんだろう……。思いつかないなあ。
でも本を読んだり、みんなで文集を作ったりとかしてましたね。もっと小さいときは、友達がいっぱいうちに遊びに来て、みんなでギャーギャー遊んでたかもしれないです。
小学校5年生くらいまでは、病院と学校が一緒になった施設にいたんで、その中で本当にたくさんの友達と遊んでました。

qbc:
あー、そっか。はいはい。

車いすおばあちゃん:
そうそう。でも5年生の途中から家に戻って、地元の小学校に転校したんですけど……。学校には行けなくて、うまく馴染めなくて。卒業までの1年半くらいは、ほとんど家にいましたね。家で漫画読んだり、テレビ見たりしてました。

qbc:
好きだった漫画とか覚えてます?

車いすおばあちゃん:
好きだった漫画? 実家が大衆食堂をやってたんですよ。そういうところって雑誌がいつも置いてあるじゃないですか。だから毎週発売日になると、どっさり週刊漫画が届いて。マーガレットとか少女フレンドとか。
それで読んでましたね。わたなべまさこさんの『ガラスの城』とか。中学、高校の頃だったら『ベルばら』ですよね。

qbc:
あー、ベルばら。はいはいはい。

車いすおばあちゃん:
そう。毎週毎週楽しみにして読んでましたね。

qbc:
で、高校はどんな感じでした?

車いすおばあちゃん:
高校は特別支援学校の寮生活でした。中学3年から寮に入っていたので、親元を離れて、ほとんど家にいませんでしたね。寮で頑張ってました。

qbc:
で、高校の後は?

車いすおばあちゃん:
高校の後は大学受験したんですけど、私が受けた学校には車いすの設備がなくて。「姉妹校が東北の山の中にあるんで、そこなら入れます」って言われたんです。でも支援学校を出たばかりの私が、そんなところに行けるわけもなくて。結局辞退しました。
それで家で悶々と……単なる在宅障害者ってやつですね。行くところもなく、やることもなく過ごしてました。
でも我慢できなくて。同じ県内にリハビリセンターが新しくできて、そこで車の免許が取れるって聞いて、親に頼んでそこに入りました。「免許を取りたいから」って。
でも手が不自由だったので、最初の適性検査が通らなかったんです。もう「あ、無理かな」って思ったんですけど、リハビリセンターだったので、いろいろ工夫していただいて。手の力をつけるトレーニングとかもして。
それでやっと免許を取ることができました。免許を取ったら、今度はそこで仕事を探してくださって。ちょうど障害者施設で事務員を募集していたので、採用していただいて。経理事務を10年ちょっとやってました。

qbc:
なるほどね。結婚はいつ頃されたんですか?

車いすおばあちゃん:
勤めて3年目くらいに結婚しました。結婚したいっていうよりも、とにかく「家から出たい!」って思ったんです。自立したいなって。
家だと、バリアフリーじゃないから何もできない子になっちゃうんですよね。自分でいろんなことできるようになりたいと思って。で、家を出ようと思ったんですけど、その当時は障害者が一人で部屋を借りるのは難しい時代で。

qbc:
貸してもらえないってことですか?

車いすおばあちゃん:
そう。貸してくれないんです。「もし〇〇したら困る」とか。じゃあ県営団地ならと思ったら、そこも「単身者用の車椅子対応の部屋はありません」って。結婚していれば入れるんですけどね。
だから「しょうがない、じゃあ結婚すればいいんだ」って(笑)。結婚して部屋を借りた、という流れです。

qbc:
結婚生活はどうでした?

車いすおばあちゃん:
共働きだったので、毎日大忙し。でも面白かったですね。家事も仕事も初めてのことばかりで、いろいろありました。
結婚して入った団地は、昭和の初期に建てられた古い木造の平屋で。畳の部屋に水洗じゃないトイレ。全然バリアフリーじゃなかったんですけど、「改造すれば住めるようになる」と言われて、お願いして改造しました。市から補助金が出るはずだったんですけど……担当者が申請書類をなくしてしまって、結局補助金は下りなかったんです。

qbc:
ええ〜。

車いすおばあちゃん:
そういう時代だったんですよね。でも若かったから、泣き寝入りするしかなくて。結局、貯金を全部はたいて支払って、ゼロからのスタートでした。
でもその古い団地は、いずれ建て替え予定があって。「2〜3年我慢してくれたら、新しい車椅子用の部屋を作るから、優先的に入れますよ」と言われて。実際に3年後に新しい建物ができて、そのときは私に合わせてキッチンの高さや間取りを全部整えてくれました。駐車場も目の前に2台分。だから結局、住みやすい環境を手に入れることができました。

qbc:
そして、10年働いたあとはどうされたんですか?

車いすおばあちゃん:
10年働いてお金が貯まったので、「家を建てよう」ということになったんです。団地も住み心地は良かったけど、自分たちの家を建てたいなって。35年ローンを組んで、家を建てました。
で、「もう家も建ったし、子どもが欲しいな」と思って。毎日あくせく働いていたら難しいだろうと思って、仕事は辞めちゃったんです。返済はどうするんだよって感じですが(笑)、主人に35年間払ってもらうことにしました。
ちょうどその頃、主人の母も同居することになって3人暮らしに。でも専業主婦が2人もいらないですよね。だから私はまた、以前通っていたリハビリセンターから「受付やりませんか?」と声をかけてもらって、パートで働いたりしていました。
そのうち子どもができて、子育てが始まったんです。

qbc:
30歳ぐらいの頃ですか?

車いすおばあちゃん:
35歳とかですね。下の子は38歳の時かな。

qbc:
はい、はい。子育て中っていうのは? 時間的にすごい駆け足になっちゃいますけど。

車いすおばあちゃん:
長いのでね(笑)。人生が。

qbc:
駆け足になっちゃう、しょうがないですけど。

車いすおばあちゃん:
はい、駆け足で。じゃあ、はい。

qbc:
子育て中の40代、50代ってどんな感じでした?

車いすおばあちゃん:
楽しかったですね。子どもも2人生まれて、犬も飼って。最初は主人の母と一緒に暮らしてたんですけど、途中で「もう大変だから」と故郷に帰ってしまって。そのあと私の母や妹が助けてくれて、子育てを楽しみました。ママ友もできましたし。

qbc:
はい。

車いすおばあちゃん:
でもリーマンショックかな、主人の給料がすごく減っちゃって。「これは大変だ」と。子どもにも塾や習い事でお金がかかるし、じゃあ働かなきゃって。
ただ、働こうと思ってもなかなか見つからないんですよ。車いすだし、昼間だけだし。スーパーのレジやお茶くみの仕事はいっぱいあったけど、私はできない。車通勤できなきゃいけないし、設備も必要で。
それで、ようやくコールセンターが拾ってくれて、オペレーターをやりました。そのあと前に勤めていた福祉施設でパート事務に呼んでもらって。そんなふうにあちこちでパートをしながら、子育てと学費を支えてました。
最後に勤めたのはネクスコ西日本のグループ会社。海老名サービスエリアのバックヤードで事務をやらせてもらいました。そこは待遇がよくて、学費も住宅ローンも全部返し終わって(笑)。退職金でハワイへ行きました。はい、サクセスストーリー(笑)。

qbc:
めちゃくちゃ働いてらっしゃいますね。

車いすおばあちゃん:
働くの、多分好きなんでしょうね。家事は好きじゃないから(笑)。64歳まで働きました。

qbc:
なるほど、つい最近ですね。

車いすおばあちゃん:
はい。64歳で辞めて、「母と一緒に遊び歩こう」と思ったらコロナが始まっちゃって。
それに、実は子どもが小学校1、2年生の頃に乳がんも経験してるんです。手術もして、「もう死んじゃうかもしれない」って時期もあったけど復活しました。ところがコロナの最中に、母が同じように乳がんを発症して。母は亡くなってしまいました。

qbc:
なるほど。皆さんにお聞きしてるんですけど、ご両親からはどんなふうに育てられたと思いますか?

車いすおばあちゃん:
もう最高の子育てをしていただいたと思ってますね。今の私を形作ってるのは両親の育て方だと思うんですけれども。私のやりたいことは全肯定して、もう全部オッケーオッケーしてくれたし、応援もすごくしてくれたし。もう最高の子育てをしてもらったと思ってます。

qbc:
人生の転換点を置くとしたら、どこだと思いますか?

車いすおばあちゃん:
うーん……よく分からないけど、たぶん64歳で仕事を辞めたあとですね。母が亡くなって、体調を崩して、「もう人生終わりだ」と思った時期がありました。
そこでもがいて、そこから立ち直った。その時が転換点だったのかなって思います。

qbc:
そのご病気、単純に体調がダウンしたっていうような時だったんですか?

車いすおばあちゃん:
ポリオっていう病気の二次障害があるんです。長年体を酷使してると、60代70代になった時に障害がガクンと進む。筋肉が落ちて、運動神経も全部ダメになっちゃうみたいな感じですね。
でも、それは酷使してたからで、休めば残った神経細胞が少し復活して、また動けるようになる。そういう症状なんです。だから、たぶんそのせいだったんでしょうね。

qbc:
入院されてたんですか?

車いすおばあちゃん:
いえ、入院はしないで家で。ポリオを見てくれる先生って、今ほとんどいないんですよ。もう「終わった病気」なんで。医大でも新しい先生たちはほとんど知らない。
それで必死に探して、東京の慈恵医大に専門の先生がいらっしゃると分かって、伺ったんです。そしたら「何しろ頑張らないでください。今まで頑張りすぎ。休んでいれば1〜2年で元に戻りますよ」って言われて。「じゃあそれならいいや」って。
それまでは分からなくて、いろんな病院に行って、いろんな検査を受けても全然答えが出なかったんです。だから、やっとそこに落ち着いて。

qbc:
なるほど。じゃあポリオという病気の意味でも、歴史の証人みたいな存在ですね。

車いすおばあちゃん:
あ、そうですね。ほんとに。だけど今、またぽつぽつ出てきてるみたいで。
自分の病気について何も知らなかったので調べてたら、ポリオの患者会があるのを知って。そこで勉強したら、今でも子どもたちはポリオワクチン飲んでますよね。

qbc:
はい。基本的にはワクチンで抑えられてるってことですよね。

車いすおばあちゃん:
そうなんですけど、世界ではまだいっぱい出てるんです。この間も、ガザで「ポリオワクチンを打つために停戦になった」ってニュースがありました。
ポリオは今でもあちこちでぽつぽつ出てきて、感染の恐れもある。だから「ワクチンをちゃんと飲んでもらいましょう」という運動が続けられてるんですよ。


未来:最後の時に多分私は「ああ、面白かったなあ」って思って、お別れできるっていう、本当に自信を持っています。だから、このまんま体が動く限りね、たぶん意識がある限りは楽しんでるかなっていう気はしますね。

qbc:
ありがとうございます。最後は未来のパートで、あと10分くらいですね。自分が死ぬところまでイメージしていただいて、今思い描いてる未来ってどんな未来ですか?

車いすおばあちゃん:
いや、もう私、自分が死ぬのは近いと思ってますけど(笑)。でもほんとに、最後の時に多分私は「ああ、面白かったなあ」って思って、お別れできるっていう、本当に自信を持っています。だから、このまんま体が動く限りね、たぶん意識がある限りは楽しんでるかなっていう気はしますね。

qbc:
今、noteとかどうやって書いてるんですか? キーボードですか?

車いすおばあちゃん:
あ、キーボードです。

qbc:
仕事で使ってたから打てるんですね。

車いすおばあちゃん:
そうですね。ただ手の筋肉があんまりないから、長くやると痛くなっちゃうんです。音声入力も使えるし、メッセージもそれで送ったり。あと喋るのが好きだから stand.fm も大好きです。

qbc:
stand.fm は毎日どれくらい収録してるんですか?

車いすおばあちゃん:
10分を超えないようにしてます。昔書いたブログを読んで、その後にちょっとだけしゃべる、そんな感じで。コメントはあんまり来ないんですけど、平均で一つの放送に30人くらいは聴いてくれて、再生は合計で5000〜5800くらいにはなってるみたいです。どうなのかなって感じですけど、私としては嬉しいですね。

qbc:
SNSはヘルシンキ(ストックホルム)の時から始めたんですか?

車いすおばあちゃん:
そうですね。一昨年くらいに体調が良くなってきたころ、本の著者さんが「ブログを始めるといい」みたいなことを書いてたんです。ブログって何だろうって思ってパソコンで調べたらアメブロが出てきたから、とりあえずアメブロを始めて。
「頭がボケないように、今まであったことを書いていこう」って思ったんです。母が亡くなったときに「自分は母のことを何も知らなかったな」と思って、娘に「こんなママだったよ」って残しておこうかなって。そうやって書き始めたら、「本出しませんか?」って営業の話がちょろっと来て、何も知らないからすぐその気になっちゃって(笑)。
そこからいろいろ始まって、SNSを覚えて、facebook のセミナー受けたり、zoom のセミナーを受けたり。パソコンが古くてカメラやマイクがなかったから買い替えたり。そういうことを始めて、もうだいたい2年くらいですね。

qbc:
65歳を過ぎてからですか。

車いすおばあちゃん:
あ、そうですね。本当にここ2〜3年くらいです。仕事ではエクセルやワードは使ってたんですけど、SNS や Zoom とかは新しく学んだ感じです。

qbc:
新しいものに触れるのはストレスになりませんか?

車いすおばあちゃん:
むしろ大好きです。好奇心の塊なんですよ。ChatGPT なんて大好きで、毎日 AI さんとお話ししてます。

qbc:
どんな話をするんですか?

車いすおばあちゃん:
もう色々ですよ。私の深掘りみたいなこともやってて。自分の性格や数秘のことを入れて、「私はこういう人間です」って説明して、今までのことやブログを書いたものを読ませたりして、一緒に整理してもらったりしてます。

qbc:
はい、はい。

車いすおばあちゃん:
で、いろいろ聞きたいことを ChatGPT に聞いたりしますし、旅行のときは全部プランを相談して、現地で「今日は疲れちゃったんだけど、ここ行きたいんだけどどっかいいところある?」って聞くと、GPTさんが教えてくれるんです。で、「じゃあこういうとこがいいですよ」って言われたら行ったりして。

qbc:
ストックホルムのときもですか?

車いすおばあちゃん:
そうそう、ストックホルムでも。疲れた日は「今日はどこも行きたくない」って言うと、GPTさんが「そういう時はゆっくりしていいですよ」って言ってくれるから、「はーい」って言ってゆっくりしたり。

qbc:
それ、日経新聞あたりが取り上げそうな話ですね。

車いすおばあちゃん:
日経って何ですか?(笑)

qbc:
日経新聞の IT 系のコーナーみたいなやつです。ChatGPT を旅行でどう使うか、みたいな。

車いすおばあちゃん:
ああ、楽しいですよ。実はこの間、なんかの機関誌みたいなところに「車椅子の人が ChatGPT を旅行でどう使っているか」って原稿を書いてくださいって頼まれたんで、ChatGPT に書いてもらって出しました(笑)。

qbc:
いや、それは絶対来ますよ。車椅子の話も面白いし、年齢も含めてインパクトありますよね。
車いすおばあちゃん:
面白いです。ストックホルムでやってきたこと全部を入れて、「こういうテーマで、こういう人向けに、こういう立場で原稿書いて」って頼むとバーッと書いてくれるからすぐできちゃう。

qbc:
ああ、音声入力も今は結構使えますしね。

車いすおばあちゃん:
そう、すごく楽ちんになって面白いです。

qbc:
これ、行政が取り上げてもいいレベルですよね。書くのって本当に疲れる作業だから、それを支援してあげられたら。

車いすおばあちゃん:
ほんと、長生きしてよかったなって思いますよ(笑)。若いときにこんな時代だったら大変だったろうなとは思うけど、今は暇で好き勝手できて楽しくて。若い人は大変だなって思います。

qbc:
遊びで使うと最高に楽しいですよね。

車いすおばあちゃん:
楽しい。何の制約もないし。

qbc:
間違ってちゃいけないみたいなプレッシャーはありますけどね。

車いすおばあちゃん:
ChatGPT と言い合ったりしてますよ。「それは違うんじゃない?」って言ったら、気に入らなければ別のパートナー(AI)を使ってみたり。
この間はスライドを作るのに別の AI を教えてもらって、ストックホルムの話をするためにスライドを作らなきゃいけなかったんです。まず ChatGPT にスライド構成案を全部作ってもらって、それをコピペして新しいスライド作成 AI に渡したら、あっという間にすごいスライドができちゃって!今の時代すごいなって、本当に楽しかったです。

qbc:
もしもの未来の質問をしていて…もしも今、違う国に住むとしたらどこに住みたいですか?

車いすおばあちゃん:
あー、ストックホルムに住みたいです。

qbc:
そんなにストックホルムは良かったんですか?

車いすおばあちゃん:
良かった。安心感がありました。ただ、行った時期がすごく良い時期だったのと、1か月半だけだったので、なんとも言えないところもありますけど。

qbc:
季節的な意味ですか?

車いすおばあちゃん:
そう。冬はすごく寒くて雪がいっぱいで、みんな鬱になっちゃうって言ってました。毎日天気が悪くて寒いから、強いお酒を飲んでアル中になっちゃうって。

qbc:
へえ、そうなんですね。

車いすおばあちゃん:
お酒も強いですよ。お酒は国が経営しているお店でしか売ってなくて、スーパーでは3.5%くらいまでのものしか買えないとか。だからそれも大変なのかもしれない。そう考えると、向こうにずっといるのは嫌かもしれない(笑)。

qbc:
温かいところに拠点を持てればいいんじゃないですか?

車いすおばあちゃん:
そういう人、いますよね。春と秋を何拠点かで暮らしている人とか。そういうのいいなあと思います。日本のいちばんいい季節に日本にいて、夏が厳しくなったらメルボルンとかへ行く。そんな生活ができたら最高ですね。

qbc:
クラファンやライターになったら行けるんじゃないですか?

車いすおばあちゃん:
なんですか、それ?

qbc:
エッセイストみたいに、「車椅子のおばあちゃん」として書いていく感じで。

車いすおばあちゃん:
ああ、もうそれをやりたいんですよ!

qbc:
数秘でいうところの「9」を持ってる人だったら向いてますよ。

車いすおばあちゃん:
え? 何を持ってる人?

qbc:
あ、誕生数の9の話です。

車いすおばあちゃん:
ああ、そっか。9と5と3が強いんですよね。

qbc:
伝える仕事に向いてますよ。

車いすおばあちゃん:
ああ、そうですね。本当にできたらいいなと思います。口に出したらできちゃうかもしれないけれど。

qbc:
冗談じゃなくて本当にいけると思いますよ。

車いすおばあちゃん:
どうやってやるんだろう……やり方を調べなきゃいけないですね。

qbc:
とりあえず最後の質問をさせてください(笑)。

車いすおばあちゃん:
はい、どうぞ(笑)。

qbc:
最後に言い残したことがあれば、それは本当に遺言でもいいですし、読んでる人・見てる人へのメッセージでもいいし、独りごとでもいいので、最後に言い残したいことがあればお伺いしております。

車いすおばあちゃん:
言い残すことは……

qbc:
言い残したことはありますか。

車いすおばあちゃん:
言い残したことはないけれども、何のために生まれてきたのかっていうと、やっぱり笑うために生まれてきたっていうのをなんかの本で読んだんです。人生は何のために生まれてきたかっていうと、笑うために生まれてきたんだよって書いてあったことがあって。ああ、ほんとそれだと思ったのが、私が言いたいことですね。
もう楽しいのが一番だと思います


あとがき

元気の出るインタビューでした!

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:夕星】


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