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出逢いは愛である。人

むかしむかし、ある村に、愛遇(あいぐう)という不思議な若者が住んでいました。愛遇は、どんな出会いにも、深い愛を見出す力を持っていました。
朝市で出会う商人との一瞬の会話にも、
道端で出会う旅人との短い語らいにも、
木陰で出会う子どもたちの笑顔にも、
夕暮れに出会う老人の静かな佇まいにも。
愛遇は、そのすべての出会いに心を込めて向き合いました。
ある日、村人が愛遇に尋ねました。
「なぜそんなにも、一つ一つの出会いを大切にするのですか?」
愛遇は優しく微笑んで答えました。
「出逢いは愛なのです。たとえそれが一瞬の出逢いでも、そこには確かな愛が宿っています」
村人たちは最初、その言葉の意味が分かりませんでした。
しかし、愛遇との出会いを重ねるうちに、少しずつ理解し始めました。
出逢いとは、単なる偶然ではなく、
心と心が触れ合う瞬間であり、
命と命が響き合う奇跡であり、
その一瞬一瞬に、愛が存在することを。
後に愛遇は、こう語りました。
「人との出逢いは、すべて愛の形なのです。それは時に穏やかで、時に激しく、時に切なく、時に優しい。でも、どの出逢いにも、必ず愛が宿っているのです」
そして「出逢いの一瞬に、永遠の愛あり」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年12月12日16時2分に書く無名人インタビュー970回目のまえがきでした!!!!!

【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは アイ さんです!

年齢:50代後半
性別:女❣️中身男っぽいところもあり。
職業:絵本読みニスト


現在:違和感を感じつつも、自分が、もうこれや!って思い切ったから

qbc:
今何をしている人でしょうか?

アイ:
夢を持ちながら…仕事は絵本の読み聞かせとコンビニでバイトしてます、今現在。
家族はいるんですけど、別居中の夫が東京にいまして。あと子どもも3人。あと旦那の両親も東京にいます。私は関西に1人でいます。

qbc:
別居中っていうのは、離婚前提の?

アイ:
そうですね。私の中では離婚しかありえないんですけど、向こうがどう思ってるかどうかはちょっと置いといて。今は婚姻費の調停をやって終結して、もう決まってる。決まったお金をもう貰ってるんですけど。

qbc:
いわゆる婚費?

アイ:
はい、そうです。

qbc:
なるほど。じゃあ元々、東京に住まれてたってことですか?

アイ:
そうです。関西出身なんですけど、旦那が東京の人で、30年間東京に住んでたんですよ。

qbc:
はいはい。

アイ:
東京で家族を作ったんですよ。旦那が東京の人やから。で、東京で30年いたんやけど、去年の3月に別居して、同じ東京だけど違う区に1人で住んで。1年間1人でやってみたけど、結局先立つものがなくなってどうしようもなくなって、実家の両親まだ元気なんで、実家があるところに戻ってきたんですよ。今年の4月に。

qbc:
はいはいはい。なるほど。離婚しようと思って一人暮らしをして、今年の4月にご実家に戻られた。

アイ:
ちょっと意味合いが違いますけどね。離婚しようと思って別居したわけじゃなくて。いきなり離婚を考えて別居したわけじゃないんですよ。そこは大事なとこなんですよ。

qbc:
何で?

アイ:
夫からの言葉の暴力、DVがあった、長年。
あと結婚と同時に旦那の両親と一緒に住んでいて。で、別居に至った引き金となったのは、旦那の両親の介護申請。地域包括支援センター行って介護申請の手はずを整えるとか、何ていうのかな、申請書類とかを揃えてあげようと思って動いたことが、全て裏目に出て。余計なことすんなって言われて、価値観の違いで。旦那と旦那の両親、その3人が3人ともいらんことするなっていうふうに言ったから、もうそこで一緒に住んでられへんわってなって、1人暮らしを決意したんですね。
だから、その時点でさぁもう離婚しようと思って家を出たわけじゃないんで、そこは全然違います。

qbc:
何のために一人暮らしをしたんですか?

アイ:
自分を全否定されたんで、自分を自分で守るために。自分の価値観を根底から否定されたので、自分を大切にするために別居したんです。

qbc:
ありがとうございます。夢っていうのはどんな夢なんですか?

アイ:
絵本の読み聞かせで多くの人々に心が豊かになってもらいたいっていうことがあって。30分ぐらいの絵本の読み聞かせをして、一緒にその空間を共有できる場を作って、それで起業したいと思ってるんですね。

qbc:
いつ頃から?

アイ:
いつ頃から!?具体的にはまだ…。起業はしたいと思っていて、今イベントは2、3ヶ所でやってはいるんですけど。まだボランティアでお金をもらってない形で。

qbc:
夢を持ち始めたのはいつからですか?

アイ:
別居してからですね。

qbc:
っていうと何年前?

アイ:
去年。

qbc:
どれぐらいですか?何月ぐらいとか。

アイ:
去年のね、秋ぐらいかな。9月10月11月あたりかな。そのとき保育園で保育補助の仕事をしてたんですけど。あと子ども3人いるんですね、私、東京にね。家族と一緒に29年おって、次違う区で1人で暮らしたんですけど。別居してから自分の時間ができて、子どもが大好きなので、保育補助の仕事をして多くの子どもと接してるうちに。
私結構、過去につらい経験があるんですね、いろいろ。自殺未遂とかやってて3、4回。それでも自分で思いとどまって、未遂で終わってるんですけど。で、一人暮らしして自分と対話をするようになって、自分を見つめるというか。そしたら、私が生かされてる使命っていうのを感じることができて。昔、子ども向けの習い事教室の先生やってたんで、教えるっていうスキルがあるので。

あと絵本の読み聞かせは、子ども3人いたところの小学校で昔図書ボランティアをやっていてそこで読み聞かせにハマって。葛飾区の読み聞かせの初級講座・中級講座というのを受けてそういうサークルにも入ってたので。
絵本を通して、それで還元するというか、例えば心がちょっと病みかけなお子さんとか、大人もそうなんですけど、そういう方々の心に寄り添うとか癒しとか、そういうことができればいいなと思って。それが私の使命やなっていうのを感じたんですよ。それが去年です。去年の10月か11月ぐらい。

qbc:
自殺未遂っていつ頃、なんで?

アイ:
鬱だったから。ちょっと結婚生活が、おかしい感じがする結婚生活だったんですね。関西出身の私、で、旦那は東京出身なんですけど、出会いが海外旅行のツアーで出会ったんですよ。エジプト・ギリシャ・トルコ・ロンドン、4カ国10日間の旅。で、同じツアーのメンバーやってそこで意気投合して、それで仲良くなったんですけど。帰ってきたらもう名古屋空港でバイバイで、そこから1年半ぐらい遠距離恋愛して。
一流企業だったんですね、旦那が。東京にしかない、関西にはない企業だったんですよ。世界的に有名な企業で。その企業の人と関西におっては知り合えへんかったわけですよ。それでもう絶対この人と結婚するみたいなふうに思って、はっきり婚約してないねんけど東京に行って。東京においでとか言われて、じゃあ行くわって東京行って。近くで住んでみたら、なんかちょっと違和感をね、感じつつも、私にはもうここしかないって、もうこの人絶対結婚するんやって自分で決めて、土下座しちゃったんですね。私の悪いところを直しますんでって。

qbc:
何歳ぐらいのことですか?

アイ:
28かな。
で、土下座しちゃって、そしたら旦那がわかりましたと。僕は結婚と同時に二世帯住宅を建てようと思います、僕の両親と一緒に住んでくれますか?って。で、もちろんです!とか言って。で、二世帯住宅建てたんだけど、二世帯住宅とは名ばかりで、玄関1個でお風呂1個なんですよ。
玄関は1階にあってお風呂は2階にあって、毎日じじばばが1階の部屋からね、2階のお風呂に上がって入りに来るわけですよね。だから二世帯なんて名ばかりなわけ。玄関開けたら誰が入ってくるか、いらっしゃいもただいまも全部聞こえるし。
そんな中で、どんどん自分の価値観っていうのがなくなって、最初に土下座から入ってるから、その旦那の価値観に全部合わせていってて。

qbc:
ちょっとすいません、なんで土下座したんでしたっけ?

アイ:
いや、だから、もう私はあの、関西での仕事も辞めて東京に行って、私にはこの人しかおらへん、私は東京でやっていくんやって決めたから。

qbc:
その人である理由って何だったんですか?そのときに。

アイ:
大企業やったから。

qbc:
単純に相手の会社で選んだってことですか?

アイ:
それだけじゃないよ、もちろん。でもその当時の27、28ぐらいの女子で彼氏おれへんかって、たまたま行った海外旅行で知り合った人が大企業の人で、親とかも大企業なんやったら頑張れみたいな。容姿もまあまあ良かったしノリも合ったから、違和感を感じつつも、もう私は郷を捨ててきたみたいに思ってたから。
で、両親も一体どないなってるんやって、結婚の話はまだなんかってすごい言ってくるから。もう私は、帰る場所はないわ、もうここにしがみつくしかないわって思ったんですよ。

qbc:
じゃあ今振り返るとそんなに?浅はかだったって感じなんですかね?調べきってない感じ?調べるっておかしいですけど。

アイ:
いや、あのね~何かなぁ。浅はかって言ったらちょっと言葉は悪いと思うけど、まぁ見る目がなかったよね。違和感を感じつつも、自分が、もうこれや!って思い切ったから。思い込みが強いから、思い込んだんですよ。思い込み人生(笑)しくじり人生じゃなくて思い込み人生。そんで、何とかやっていくしかない、ここにしがみつくしかない、旦那しか本当に知ってる人いなかったんですよ。友達も親戚も、誰もおらへん中でもうやっていくしかないわって。根性ですよ。

それで、結婚と同時に立派な家を建てたんですね。結婚式自体は私の好きなようにさしてくれて、教会であげたり、あとレストランで披露宴したりとか。
それは良かったんですけど、籍入れてくれへんかって。なんで?って言ったら、うちの嫁としてふさわしいかどうか見るって言われて。みたいな感じで、別に大した立派な家とかでない、ただの庶民やねんけど。
で、その1年後に入籍したんですけど、入籍したのは子ども1人目を身ごもったからなんですよ。で、ポンポンポンと、3人子どもおるんですけど。今3人とも20代です。

で、先に旦那がね、鬱になったんですよ。長男が3歳のときに。仕事で、あの人は理系で文系が弱くて、ドイツに3週間出張行って帰ってきたら、もう会社に行かれへんってなって、鬱だったんですね。で、1ヶ月休んで、その間に私はもう彼の面倒というか、心療内科、その当時は今ほど心療内科がメジャーじゃないからめっちゃ調べて、一緒についてって。で、お薬の管理とかして、上司に掛け合って部署変えてくれとお願いして、部署変わって1ヶ月後復帰したんですね。
で、何とか復帰して。でもその後また再発して。今も実は向こう、旦那は鬱で心療内科通ってるんですね。そうこうしてるうちに今度私が鬱になったのが、一番下の長女が1歳未満か…。

qbc:
ご自身は何歳?

アイ:
私は…36で産んでるから、37。37ときに鬱になって。
私元々完璧主義なんですね。A型の家庭で育って、嫁として妻として母として、全部やりたい完璧にやりたいっていうのがあって、それでプチンってなんかもう糸切れたというか、そういう感じで朝やっぱ起きられなくなって。
一番上の子が小学校1年生だったんですね。もちろん心療内科とか行って、最初はお薬出されて、もう本当にひたすら寝てるだけで安静みたいなだったんですけどね。大好きな子どもの、一番上の子どもの、初めての小学校の運動会に母親が出ることができなくて、もう泣きながらベッドでおって。

っていう頃から、いろいろ薬飲んだけどなかなか良くならなくて。そのうち、もうなんか子ども3人おるけど、私はいなくなった方がみんなの為やわとか思って。家が3階建てで、3階の部分に螺旋階段がついてて、4階部分が屋上なんですね。屋上にも物干し台があって、そこから事故と見せかけようとか思って、そういう知恵だけは働いて。洗濯カゴにちょっとだけ洗濯物入れて、屋上から洗濯物を取り込みました、でも螺旋階段でけつまずいてそっから落ちましたっていうふうに、この事故を装おうと思って1回目は屋上から飛び降りようとするんだけど、結局躊躇して。で、飛び降りれなかったのが、1回目。

qbc:
それは怪我はしなかったんですか?

アイ:
怪我しなかったんです。結局、なんか行こう行こうと思いつつ、体が前に進まなくて。たまたま近所の長男の友達の家も3階建てで、その辺3階建てが多いんですね。その3階建ての3階部分にその子どもの友達の部屋があって、その部屋から子どもの友達が覗いてるのが見えて、目が合ったように思えて。その子にそんな友達のお母さんが屋上から飛び降りてる様子を見せたらあかんわって思って、自分で自分にストップかけてやめたんですよ。1回目は。

qbc:
これは誰かに相談したんですか?自殺未遂をしたっていうふうに。

アイ:
うーん、多分、後から言ってると思いますよ。実はそういうことやっちゃってん、ってことを。でも自分の力で止めたから、1回目はね。

qbc:
相談は誰にもしなかったんですか?

アイ:
どうだったかな~…なんかあんまり当時のことを、病んでたから覚えてないんですよ、1回目のそれは。

qbc:
はい。それで、次は?

アイ:
次が、2回目が、1回目から2回目がどれぐらい時間が経ってるかちょっと覚えてないんですけど。2回目はリストカットで、2階のキッチンのところで、包丁で手首切ってて。なかなか、まぁ、ためらい傷なんです。グサッとはいけへんくて、うっすら血が出てきて。で、血が出てきたのを見ながら実家に電話して、実家の親に、私今こんなことしちゃったって言ったら、何やってんの!ってなって。実家の親が、義理の両親のところに電話かけてきて、今アイが大変なことなってるから行ったってくれ!って言って、じいじが上に上がってきて、何やってんねや!って言って、救急車で運ばれてっていうのが2回目。

qbc:
それは何歳ぐらいなんですか?

アイ:
うーん、40手前ぐらいかな。

qbc:
はい。

アイ:
3回目がもうちょっとあとで、どれぐらいかな。あんときは次男が5年生か4年生ぐらいかな。3回目はオーバードーズで。旦那が海外の睡眠薬をネットで買ってたんですよ。それが電子レンジに置いてあって。なんかどぎつい色した、カプセルか錠剤か覚えてないんですけど、いつもそれが目に見えるとこにあって。それで、ものすごい生きてんのがしんどくて、それを半分ぐらいがーって飲んだんですよ。そしたらぶぁーっと吐き出して、なんか頭おかしくなって。ゲーゲーゲーゲー吐いてて、それを次男と長女が学校から帰ってきて、お母さん!ってなって、背中さすってくれて水持ってきてくれて、ゲーゲーゲーゲー吐いたんですね。それが3回目。
長女はそのときまだ低学年、2年生っていうぐらいかな。いまだに長女は、そんときの私のゲーゲーって吐く声、吐く音って出るじゃないですか、その声がもう、なんか聞こえるのが怖くて。もうそれ以来、人が吐いてる声とかを聞くのがトラウマになっちゃってて。っていうことがあって、それが3回目で。

qbc:
うん。

アイ:
4回目は、死のうとまでは思わへんかったけど、怪我しようと思って、家の中の階段をわざと3階から2階に、ちょっとカーブしてるんですけど、そこをわざとゴロゴロゴロゴロと転げ落ちて。で、怪我して入院したいと思ったんですよ。どこも打ってないのに痛い痛い!とか言って打ったふりして、わざと。そのときは旦那は、PTAか子ども会か何かの手伝いで、外に出とった休みの日で、土日かどっかで。で、子ども達3人はまだ寝とったんやけど、それをちゃんと見越した上で、今や!と思って、階段を転げ落ちて。痛くないのに痛い痛い痛いってっ言って、そんで子どもたちが集まってきて、階段から滑り落ちた!とか言って、そんときは一番上の子は…。

qbc:
ご自身は何歳ですか?

アイ:
私は、40か41か42か…結構長かったんでね、鬱も躁鬱も。

qbc:
じゃあ、オーバードーズのときも、40前後とかですね?

アイ:
そうですそうです。

qbc:
じゃあ40前後が結構多かったんですね。

アイ:
そうそうそう。

qbc:
ちょっと今、現在のパートなんで、今のことも知っておきたいんですけど。今現在は日々どんな気持ちで生活されてるんですか?

アイ:
えっとですね、やっぱりPTSDがあるんですよ、旦那のDVに対する。

qbc:
どんなDV?

アイ:
心的ストレスですね。理論がすごい人やから、言葉も理詰めでくるんですね。で、こんなの常識だろうが!とか言って。何でもかんでも私が悪いっていうふうになってて。価値観も全部向こうに合わせてたから。なんかいろんな様々なことをがあるんですけど、だから旦那とちょっとLINEでやり取りをしただけでも、もうなんかもうすごい体調悪くなるし。
で、この前、婚費の調停が終結はしたんですけど、終結のときって…、あ、オンライン調停したんですね、こっちは相手先の住んでる場所に申し立てをするから、向こうは東京に住んでるから、家庭裁判所は霞が関なんですね。でもこっちは行かれへんから、こっちは関西の
弁護士事務所のところに私が出向いて、オンラインで繋がって調停員さんと喋ってて。でも終結のときっていうのは、裁判官の先生が出てきて、これでいいですね、みたいなのをやるんですね。旦那は家庭裁判所に来てて、で、弁護士つけてなくて。旦那の姿映ってへんねんけど、声はするんですよ。
そこで、もう最後の読み合わせのときに、旦那が手数料出したくないって言い出して、それを声がね、普通に聞こえて。もうその声聞こえるだけでなんかもう、ゾワゾワゾワってきて、もう聞きたくないと、耳ずっと押さえてて。過呼吸になりそうなるし、旦那とやり取りしたり、旦那といろんなことがあると。
だから闇はまだまだあって、でも相当私は自分で克服できたと思ってて。その旦那のDV、向こうも加害者っていうのは認めて、私は被害者っていうので。青山にね、そういうグループワークするところがあるんですよ。私は被害者の会、向こうは加害者の会で。

qbc:
ちょっと今どんな気持ちかっていうのを聞きたいんですけど。どんな気持ちで日々過ごされていますか?

アイ:
夢に向かって、毎日一生懸命生きてます。

qbc:
何か楽しいとか苦しいとか、喜怒哀楽で言うと?

アイ:
そうですね…楽しい、嬉しいが7割ぐらい占めてて。あとの3割ぐらいが、時々過去のことに引っ張られる自分がいるから、そこで過去に引っ張らないように一生懸命自分で自分を整えてる感じ。

qbc:
どんなときに過去に引っ張られるんですか?

アイ:
やっぱりその調停において、長男がお父さんの味方になっちゃってて。なんか長男からずっと悲しい言葉のLINEが来たりとか。だから旦那はお金出したくないから、子どもに私を嫌いにさせようとしてるのが魂胆がみえみえで、そういうこととかを感じたりとか。
あと、やっぱり私自身がやっぱり傷を負ってるっていうのはあるから。見えない傷なんで、普通にね、外傷じゃないから。外傷やったらかさぶたできたとかいうのがわかるけど、心の傷って、かさぶたができてるはずやけど、でも駄目なんですよね。だから、なんか同じように心の傷を持った人のこと感じるんですよ、この人なんかあるなっていうの。

qbc:
お子さんたちは何ておっしゃってるんですか?

アイ:
えっとね、子どもによって違いますね。男の子、男の子、女の子なんですね。
真ん中の子が一番理解あるかな。その真ん中の子に、私はこんなことがあってんで、あんたらがちっちゃい時こうやってんでって言ったら、そうかそうかって、ふんふんって聞くけど。
一番下の子に言ったり、あと上の子にも言ったことあるけど。そしたら「出た、お母さんの被害者意識」みたいな感じで。ほら、またやんみたいな感じで。なんか、なかなかまだね、20代ぐらいの歳の子には私の気持ちは…。そんな立場に立ってないから、結婚もまだやし、上の子は働いてますけど、真ん中は大学生やし。だからその立場にならないと、この気持ちわからへんねんなっていうのもわかったし。

qbc:
お子さんたちはなんて言ってるかっていうと、被害者意識があるよねっていうふうに言ってたっていうこと?

アイ:
3人中2人はね。「あ、また被害者、悲劇のヒロイン」みたいな感じで、3人中2人は言ってる感じ。真ん中の子は、なんか大変やったねってことは言ってくれてるけど。
なので、その子その子の生き方とか考え方によって、だいぶ受け取る印象が違うみたいで。

qbc:
なるほどね。そしたら、周りの人からは性格なんて言われます?

アイ:
今の周りの人?

qbc:
今でも過去でもいいんですけど、人からなんて言われることが多いですか?

アイ:
明るい。すごい明るい。明るいですよ、私。明るいし積極的やし、人が好きなんですよ、なんだかんだ言っても。人との出逢いを大事にしてるし、それをすごい感じるし。
すごい感受性が強い、豊かやねって言われます。
人生を楽しんでるよね、生き生きしてるってよく言われます。特に一人暮らししてからは、もうなんかもう人生楽しくてしょうがないっていうのが漏れてるって。もうオーラ出てるって言われます。生き生きしてるって。

qbc:
うんうん。なんか自分ではどんな性格だと思います?

アイ:
すごい社交的で、人と関わるのが大好きで、喋んの好きで。人間が好きやし、言葉が好き。でも、好きだからこそその言葉によって傷つけられることも多くて、感じやすい、かな。

qbc:
身近な人、家族、パートナー、親友とかそういう人たちから言われる性格の一面とかあります?距離の近い人ですね。

アイ:
うーん、同じようなことですけどね。明るいし、別にとか今言ったことと同じようなことを言われますけど。
ただ、あなたのその明るさの裏には、そういうことがあるからそんだけ明るいんだねってことを言う人もいます。ただ単に何も考えてない明るさじゃなくて、そんだけ明るいのには、それだけ苦しい思いをした過去があったんだねっていう事を言ってくれる人もいます。その通りだと思うから。

qbc:
なんか好きな食べ物って何ですか?

アイ:
あ、伊予柑!あとエビ!エビが一番好き!エビと伊予柑とマンゴーとホワイトチョコレートとプリンと、かな。

qbc:
ありがとうございます。

過去:そう、だから私はずっとお母さんに認められたくて、愛を求めてたんやなって

qbc:
子どもの頃はどんなお子さんでした?

アイ:
四つ下に弟がいて、うちの母は看護師なんですね。で、私が2年生ぐらいから看護師としてバリバリ仕事をしだしたので、鍵っ子だったんです。3年生までは学童行ってて、その後は鍵っ子で鍵持ってて。家のことをすごい手伝いしてたんですね。弟は保育園行ってたから、
母が保育園連れてってそのまま病院に勤めに行って。
家族4人はすごい仲良くて、しょっちゅう家族でどっか行ったりとか、トランプしたりとかやってたんですけど。私はすごいしっかりしていて、お姉ちゃんとして、すごいしっかり家のこともしたし。
それで親戚とかからも、本当に頑張り屋さんやねって言われてた子でしたね、私は。習い事も頑張ってたし。

qbc:
好きな遊びって何だったか覚えてらっしゃいます?

アイ:
好きな遊びね~、自転車で走り回ったりもしたし、モモレンジャーの役やってました。ゴレンジャーのモモレンジャー。男の子と一緒に遊んでた時。私、女の子の遊びはあんまり好きじゃなくて、お人形遊びとか全然好きじゃなくて。カエル取りに行ったりとか。でもレンゲ摘みはしましたけど。しょっちゅう公園に遊びに行ってましたね。
で、近所の子とも仲良くて、近所の友達を家に呼んで、私が絵本読んであげたりとかもしてて。すごい遊びはいろんな遊びしました。雨降ったら、誰んちのガレージで傘持ち寄って基地作ろうとか言って、そこでトランプしたりとか。

qbc:
小学校はどんな感じ?

アイ:
小学校はね、真面目でしたね。4年5年6年とコーラス部で、部長をやってて。ラジオにも出たことあって。すごい真面目でした、小学校のときは。

qbc:
中学校は?

アイ:
中学校はバトミントン部におって。バドミントンの、今でも交流のある大勢の友達と巡り合って。そうやね、バトミントンに燃えてたかな、中学3年間は。

qbc:
高校は?

アイ:
高校は、1年の途中までバドミントン部にいたんですけど、そのうちバイトが楽しくなって必ずバイト行ってて。バイト先で好きな子を見つけて、取らぬ狸の皮算用をしては、次給料入ったらこれ買おうあれ買おうって考えてましたね。

qbc:
バイトは何してたんですか?

アイ:
バイトはね、喫茶店。接客が多いです。一番最初は中華料理やけど、その後喫茶店が多かったかな。「いらっしゃいませ」がすごい好きなんですよ。

qbc:
ご両親からどのように育てられたかとかっていうと?

アイ:
あのねそれがね、ちょっと変わってて、うちは。父親からたくさんの愛情をもらったんですよ。父親は、よその子どももかわいがるぐらい、子どもが大好きで。子どもと同じ目線に立って一緒に遊んでくれるんです、体を使って。
でも母親は、はっきり言って、今ようやくわかった、ちょっと前にようやくわかったんですけど、母は子どもがあまり好きじゃなかったんですよ。だから子どもができたときに、父親に、旦那さんにね、「私は子どもが好きじゃない、どうやって愛したらいいかわからへん」って相談してたんですって。

qbc:
うん。

アイ:
じゃあ父は、わかったと。僕は子ども好きやし、僕が子どもと遊ぶから、お母さんはできることをしてって言って。お母さんは料理とか家のことするのが好きで。あと料理もそうだし、縫い物とか編み物とかすごいするのが好きやったから、食べ物を作って出す、お菓子も作って出す、いろいろ物を作って与える、それで愛情表現してたんですね。

私は、ちょっと前にそれこそカウンセリングを受けて、自分の中にインナーチャイルドがあるってことがわかって。4年生ぐらいのときの私は、一番母親に認めて認めてもらいたかったんですよ。めっちゃね、家のことをお手伝いしててね、認めて欲しかった。でも母は、人を褒めることが、当たり前やんっていう感じで、そんなんお姉ちゃんやったらやって当たり前やんていう感じで、褒められた記憶がほとんどないんですよ。
だから、いまだに母親との関係がすごく悪くて。そう、だから私はずっとお母さんに認められたくて、愛を求めてたんやなっていうのをもうつくづく感じてて。そんな感じです。

qbc:
生まれ育ったところの風景ってどんな感じですか?

アイ:
田んぼですね。田んぼがいっぱいあって、家はポツンポツンで。それでしょっちゅうあぜ道とかびゃーって行ったりで。田舎ではないけど、ちょっと車で走るとスーパーとかがあって、家族で週1回とか買い出し行って。都会ではないけど、田舎でもないかな。

qbc:
うん。

アイ:
それに親戚づきあいもすごいあったから、両方の親戚の家にしょっちゅう遊びに行ってて。すごい楽しい思い出がいっぱいあります。いとこも多かったし。

qbc:
高校の後は、どういう進路進学になってくるんですか?

アイ:
あのね、4歳からずっとやってる習い事があったんですけど。でも、私は英語が好きで旅行とか好きやったから、観光学科の短大を目指して英語の塾とか行ってたんですね。
そのつもりで勉強もしてたんですけど、高3の秋に、たまたま高校の先生と、その私の習い事について話してて。なんでそれ生かした大学行かへんの?ってなって。私、そういう大学に行ったらその習い事嫌いになってしまうと思ってて。それを言ったら、いや、それは違うやろうってなって。それで、急に進路変更をしてその習い事の専門学校に行ってるんですよ。

qbc:
うん。

アイ:
それで2年間、その習い事の専門学校行って。その後子ども向けの習い事教室で7年勤めて。それで東京行ってからは、それとは関わりのない医療事務とかの仕事に就きました。

qbc:
東京行った理由は?

アイ:
いや、だから旦那が東京の人やから。

qbc:
あぁ、そうか。なるほど。じゃあ結婚する前まではその習い事教室の先生?

アイ:
そうです。

qbc:
で、ちょっとさっき途中で止めちゃってすいません。それで40代、家の階段から転げ落ちた辺りはどんな感じの?

アイ:
どんな感じの生活?

qbc:
うん、何があったのか。

アイ:
その時は、しばらく専業主婦してたんですけど。一番下の子、娘が年中さん。私36で産んでるから、年中だと5歳だから41か。41からパートを始めたんですね。

qbc:
階段で転げる辺りですか?

アイ:
えっとね、階段転げ落ちはね~、その後かな。
そのパートに出始めて、ちょっと家と違う世界があることで、自分の居場所みたいのができて。そんで、いろんなスタッフと関わってすごい楽しくてよかったんだけど…あ~、そうそうそうそう、そうやわ。
あのね、一番下の子が年長のもう幼稚園卒園するっていうときに、ママ達の忘年会に出たときに、旦那からすごい激しい言葉を言われて、それで私が忘年会の席でみんなの前で泣き出して。それで、これはおかしいってなって。その頃からどんどん、なんかもう心がおかしくなってきていて。
そのDVに気づいたのはね、その後なんですね。一番上の子が6年生のときかな、6年生のときにDVに気づいたんですね。そのDVに気づいたきっかけが、お好み焼きなんですよ。私がお好み焼きを作るのに、そのとき私Yahoo!ブログとかやってて、ブログの友達とかがお好み焼きに納豆を入れると美味しいよって言ったんですよ。私がネタの全体に納豆混ぜ込んじゃって焼いたんですよ。そしたらそれがまずいと言って旦那が。やっぱお母さんは舌がオンチだなとか舌がバカだなとか何か言われて、それでブチギレて、ゴールデンウィークやってんけど、家出したんですよ。家出して、たまたまそのとき東京に親戚住んでて、そこの家にお世話になって。昼間に東京都の電話相談に電話して、これこれこうやって言ったら、あなたそれDVですよって言われて。いや、パンチとか蹴られたりとかないんですよって言ったら、いや、じゅうぶん言葉のDVですよと言われて、はっ!てなって。
それで区のDV相談行って、半年ぐらい話聞いてもらって。それでDV相談の相手の相談員の人から、旦那さんに言ってみたらどうですかって言われて。えぇ~って言ってたけど、言ってみたら旦那が認めて。それで向こうは加害者のグループワーク、私は被害者のグループワークに行ったんですね。それが一番上の子が6年生のときなんですよ。

qbc:
ご自身は何歳?

アイ:
上の子が6年生の時やから、私は42か。42ですね。そうそうそう…
どこまで話しましたっけ?(笑)

qbc:
で、旦那さんの方も、ケアグループみたいなとこに入ったということでしたよね?

アイ:
そうそう。で、通ってる間は良かったんですよ。優等生だったの。なんか自分の考え方の癖がわかったみたいな感じでメモとか書いて。良かったけど、結局それって相当高い金額を払って行ってるから。行政がやってるやつじゃなく民間のやつはすごい高くて。それで、必ず卒業するのがあるんで。卒業になるから、ずっと通い続けるわけにいかないから、通わなくなったら元の木阿弥でまた同じような感じで、どなるみたいな感じになって。
それでも、私もだいぶ受け流しを覚えたのか、別にストレス発散を覚えたのか、ちょっとそこら辺は私もわかんないんですけど。

qbc:
その後は?

アイ:
その後は、子どもが私立の中高に行ってたんで、次男と長女が。で、お弁当結構大変だったんですよね。私もうつか躁鬱か、ちょっとそのときそのときで、ちょっとなんか覚えてないんですけど、結構落ち込んでるとくときがずっと続いてて。もうパートもいろんなパートをやったんですけど、すごい覚えてるのが、耳鼻科の医療事務をしたんですね。
えっと、何年前かなぁ。6、7年働いたかな。今大学生の次男が中高のときかな。朝、お弁当を二つ作らなあかんかってんけど、もうなんか、朝起きて朝ご飯作って、弁当も全部電子レンジでチンチンチンしたやつを詰め込むだけ詰め込んだら、またお布団に戻ってきて。ごめん、お布団からいってらっしゃいみたいな感じで。ちょっとまた寝て、また自分はパート行って、でもそのパートに行くのがもう嫌で嫌でしょうがなくて。もう、怖い。怖いっていう気持ちがあって。私は何もできへん、他の人はすごい、私は何もできへんっていつも思ってて。もう辞めたくて辞めたくてしょうがなくって。
で、何回も嘘、嘘というか、それこそ旦那に「ごめん休みたくてしょうがないから、でも自分で電話すんの怖いから、お父さん電話して」って言って、会社にいる旦那にね、メールとかして。2回ぐらい、ちょっとうちの妻がちょっと体調悪くて休みますっていう電話をしてもらって。そしたら2回目ぐらいまでは主人もやってくれたんやけど、3回目くらいからえ!また?って。俺もうこの前やったから子どもに頼んでよ!とか言われて。
そういうことがすごい続いてて、もうすごい本当しんどかったんですよ、そんとき。本当に辞めたかった。でも旦那は、パートに出てる私からも家に生活費としてお金入れろって言われてて。夫は大企業やけど、相当な金額入れてたんですね、パートに出たお金から。

qbc:
ごめんなさい。時間がすごい、あと10分位になってしまってて。まだ40代前半なので、ガガッとそこから今まで何があったのかっていうのを、パパッと教えてもらってもいいですか?最後未来のことについて聞きたいので。

アイ:
でも今50代だから、次男が中高とかちょっと前やから、もう40代の後半ぐらいの話です。その耳鼻科に勤めてて。そうだから、もうだんだん最近に近づいてて。
で、なんとか自分は、そん時は躁鬱やってんけど、なんとかお薬飲みながら折り合いつける感じで、一生懸命やってきたんですけど。最後の最後で、自分の親じゃないのに、旦那の親に対する思いやりの気持ちを踏みにじられて、余計なお世話やって言われて、それでこんなに価値観違うのはやってられへんわってなって、去年の3月に別居したんですよ。

qbc:
躁鬱っていうのは、双極性障害?

アイ:
そうです。

qbc:
Ⅰ型とⅡ型どっちでした?

アイ:
Ⅰです。

qbc:
はいはい。人生の転換点っていくつ置けます?どこにあったかなとか。

アイ:
転換点ね。転換点はもう、その旦那と出会った海外旅行ですよ。

qbc:
あとは何かあります?

アイ:
出会ったときもそうだし、その土下座したとき。

qbc:
結婚した時ってことですよね。その後ってあります?

アイ:
その後ね~…その後は別居してから。別居してからは、いい流れに乗る転換です。本当にあのとき別居を決めてよかった。

qbc:
ちなみに今の診断名って何ですか?

アイ:
今はお薬飲んでないんです。

qbc:
飲んでない?

アイ:
去年の10月に辞めました。

qbc:
辞めたというのは、病院行くのを辞めたということですか?

アイ:
そうそう。病院行かなくてもいいっていう診断になって。別居して旦那と離れたから。

qbc:
あ~、はいはい。

アイ:
だから旦那が原因なんですよ。旦那と一緒におったから、しんどかった。

qbc:
はい。

未来:やっぱり3人子どもを産んで子育てしてる50代の自分と、20代の自分とは、全然絵本に関わる姿勢が違うんですよ

qbc:
未来について、5年10年30年間、最後自分が死ぬっていうところまでイメージして、どんな未来をイメージしてます?

アイ:
まず5年後には、私がやりたいこと、夢が叶っていて、私と同じようなことを志している人を多く作って、あちこちに絵本のそういうイベントをする、そういう場所とか空間を設けて。で、大勢の人が幸せになっていく、そういうのが5年後です。
で、私は各地を飛び回って、あちこちで絵本読んでいろんなこと交流して、私と出会って何か気づいてくれる人が多くなればいいな、私のいろんな経験が誰かのヒントになればいいなと思っていて。つらかったら逃げていいんだよ、っていうことを言ってあげたいんですよ、本当に。
だから、死ぬ間際は「生きててよかった!みんなありがとう!」って感謝を言って死ぬ。もうそれだけ。

qbc:
あと何かあります?未来で。

アイ:
うーんと、それ以外…未来とかじゃなくて今現在からずっと思ってるのは、子どもは全世界の宝物なんですよ。もう子どもは何も悪くないの。子どもって、なんか親から虐待とかされると自分が何か悪いことしたからこんなことされてるんやっていうふうに思っちゃうんですよね、子どもっていうのは。そうじゃない、子どもは全然何も悪くないねん。
だから、子どもをもう世界中でみんなで、地域の力も入れていいし、みんなで守ってあげたいっていうのが本当にあるんですよ。だから、子どもがこんな大人になりたい、こんなことしたい、あんなことしたいっていうたくさん夢が描けるような世の中にしたいんですよ。それがすごいあります。

qbc:
なるほど。もしもの未来の質問っていうのをしていて、もしも、さっき転換点と言われていた結婚、今のパートナーの方と結婚しなかったらどんな人生になってたと思います?

アイ:
あぁ、えっとね、海外旅行には行ってたんだろうけど、帰ってきてその人とはもう遠距離はせずに、関西で良い伴侶と巡り合って、別の子どもと出会って、ニコニコ笑って過ごしてると思います。

qbc:
その、今現在の夢って、絵本の読み聞かせじゃないですか。その夢っていうのは持ってると思います?そのルートでも。

アイ:
あぁ、持ってると思います。

qbc:
なんでですか?

アイ:
まず、子ども向けの習い事教室の仕事はやめてないと思うからです。私、東京に行ったことによって習い事教室の先生やめてるから、行ってなかったらずーっと教えてると思うんですよ。

qbc:
はい。

アイ:
で、絵本も、私自身が叔母に絵本を読み聞かせされて育ってるから、どこかしらで絶対本に繋がってるんですよ。なので、そこはぶれないと思います。まずそれはどんな人生でも、私の生かされてる使命として天から降りてきてる言葉だと思うから。

qbc:
勝手な解釈をすると、そうするとなんか一人暮らし始めたっていうのは、結婚前に戻った感じってことですか?
なんか子供向けの習い事の先生だった時期があって、その1年前にその夢がそういうふうになったというとおっしゃったじゃないすか。だから、一人暮らしを始めたことによって、結婚前の感情というか、感覚が戻ってきたのかなみたいに思ったんですけど。

アイ:
あぁ~…うーん、結構前の感覚とは違いますね。
私自身の結婚前の感覚は、そのときはその習い事教室の先生で生徒さんいっぱいいましたけど、その頃の感覚とは違っていて。やっぱり3人子どもを産んで子育てしてる50代の自分と、20代の自分とは、全然絵本に関わる姿勢が違うんですよ。それは全然一緒じゃありません。
しかも実家におった20代は、実家で先生してたから、一人暮らししてるわけじゃないからね。もう全然違いますよ。ただの娘としておったから。

qbc:
じゃあ子育ての経験を踏まえてっていうところなんですかね、その夢に関しては。

アイ:
そうですね。いろんなことあったから。子ども3人おったら。

qbc:
ありがとうございます。ちょっと時間の関係ですごい駆け足になってしまった部分もたくさんあるんですけども。最後の質問が、最後に言い残したことはっていうので、遺言でもいいですし、読者向けメッセージでもインタビューを終えての独り言でもいいんですけど。最後に言い残したことがあればお伺いしております。

アイ:
はい!じゃあ、私が大事にしている言葉があります。
『出逢いは愛である。』
出会った人とのご縁は大切にしましょうっていう言葉が、すごいいろんな人に届いてほしいです。

qbc:
以上で、大丈夫ですか?

アイ:
そうですね。全て、これでいいのだって感じ!

qbc:
はい、ありがとうございます。

あとがき

人生は戦いだ!

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:mii】

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