パートナーを見つけて一緒に住みたい人
むかしむかし、ある村に、希望(のぞみ)という名の若者が住んでいました。希望は心優しく、誰とでも仲良くできる性格でしたが、いつも少し寂しそうでした。
ある日、希望は村はずれの神社で願いを込めて祈りました。
「誰かと心を分かち合い、共に暮らせる人と出会えますように」
すると突然、目の前に不思議な老人が現れました。
「若者よ、その願いを叶えるには三つの宝物を見つけなければならない」
「三つの宝物とは何でしょうか?」と希望が尋ねると、
「思いやりの涙、分かち合いの笑顔、そして信頼の握手じゃ」
希望は村中を歩き回り、困っている人々を助けました。泣いている子どもを慰め、独り暮らしのお年寄りと食事を分け合い、商人との約束を守り通しました。
そうして過ごすうち、希望は気づきました。大切なのは誰かと出会うことではなく、自分の心を開いて相手を思いやることだと。
その時、以前から親しかった村娘の優しさ(やさしさ)が、新しい光を放って見えました。二人は自然と心を通わせ、共に暮らすようになりました。
後に老人は再び現れ、こう告げました。
「思いやりは涙となって人の心を癒し、分かち合いは笑顔を生み、信頼は固い絆を結ぶ。この三つの宝物は、すでにお前の中にあったのじゃ」
それからというもの、村人たちは「心開く者に、幸せは寄り添う」という言葉を伝えるようになったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年09月10日10時31分に書く無名人インタビュー1164回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは 勝水@産業カウンセラー さんです!
年齢:50代前半
性別:シス男性のゲイ
職業:産業カウンセラー・社会福祉士・理学療法士
現在:同じように悩んでいらっしゃる方同士で集まる、いろいろ共有し合うっていうことをしたら、もっと生きやすくなるんじゃないのかな、もっと生活しやすくなるんじゃないのかなっていう思いがあって、自分自身でやってみようと思って始めたのがきっかけですね。
qbc:
今何をしている人でしょうか?
勝水@産業カウンセラー:
はい、カウンセラーをしています。
qbc:
その他にされていることっていうのは。
勝水@産業カウンセラー:
そうですね。これは仕事というよりも半分ボランティア活動なんですけれども、心に不調を抱えるゲイ・バイセクシャル男性の方のためのオンラインミーティングを、当事者会とか自助会とかっていうのを企画してたりだとか、もう一つは、心の不調を抱える人の身近にいらっしゃる方の家族会とか交流会とかそういうのもやってます。あと副業でSEOライターとかもやってますっていう感じですね。今ははい。
qbc:
ご趣味はなんでしょう。
勝水@産業カウンセラー:
趣味はですね。今は映画鑑賞が多いですね。映画をよく見ますね。
qbc:
映画とその他に何か。
勝水@産業カウンセラー:
今すごく僕の住んでるところがすごく田舎なんですよ。なので、畑仕事とか。本当に普通に自然の中を散歩したりとかも好きですし……どうだろう。ワンデイドライブに行ったりとか。そういう感じですかね。
qbc:
その他の生活時間として、ご飯を食べたり移動したり、入浴食事以外の時間の使い方とかありますか?
勝水@産業カウンセラー:
その以外の時間ですか?ええとそうですね…例えば、仕事に関係しちゃうかもしれないんですけど、結構情報収集するのが好きで。自分の仕事に関係した情報収集したりとか、あとなんだろうなぁ……それこそポッドキャスト録音したりとかnoteも書いてますし。それは仕事というよりも半分趣味ですね。
アウトプットすることが結構好きなのでそんな感じです。
qbc:
現時点では生活の中心地点、人生って言ってもいいですけど、中心ってどこにありますか。
勝水@産業カウンセラー:
仕事だと。今住んでるところに転居をしてきたのが1月なんですよね。今年の1月で。もともと違うところに住んでて、今、地元に戻ってきたんですよ。
で、その仕事に関連して地元でやりたいことが結構あったりとかして、そういうのを実現するために行政とやり取りしたりだとか。あと、協力していただける企業さんとか個人事業主さんとやり取りしたりだとか。そういうところも生活の中心だったりとかしますね。もちろんカウンセリングの仕事をしているので、そのウエイトも結構大きいかなとは思いますね。
qbc:
その地元でやりたい事っていうのはどういうことなんですかね。
勝水@産業カウンセラー:
はい。まず真っ先に一番やりたいなと思ったのは、今オンラインでその当事者会とか家族会とかっていうのをやってるんですけども、それをこの地元で、要は対面…実際に会場でその人たちが集まってって。特に今僕がやろうとしているのは、精神障害を抱えながら働いている人たちを集めて、当事者会・自助グループっていうのを開催しようとしているんです。
で、まぁ、今、だいぶ話が進んで、10月とか11月ぐらいにはやれそうなところまで話が進んでいるので、そういう準備に追われてるところですかね。
qbc:
今のこういう主な気分ってどんな感じですかね?
勝水@産業カウンセラー:
気分ですか。
qbc:
感情というか。どんな感情が多いですか?
勝水@産業カウンセラー:
僕、もともと双極症っていう精神疾患を持ってるんです。よく昔は躁鬱病とか双極性障害っていう病名で知られてると思うんですけど、気分のその上がり下がりがあったりするんですよね。
で、その振れ幅が広くって、テンション高いとテンション高いし、テンション低いと低いしみたいな。そういうのがあるんですけど、比較的、今、僕、安定している時期なんですよ。
なので、ある程度ドキドキしたりとか、ワクワクしたりとかっていうのもある反面、何か新しいことをやったりとか、新しい人と関係性を築くときはやっぱり不安だったりだとか、ネガティブ思考になったりだとかっていうのが合って、あっち行ったりこっち行ったりしてる感じです。
qbc:
1型、2型どちらの診断なんですか?
勝水@産業カウンセラー:
あ、僕は2型です。うつがメインですね。
qbc:
通院されているということですかね。
勝水@産業カウンセラー:
もちろん、はい、今もずっと通院してます。はい。
qbc:
いつ頃からなんですか?
勝水@産業カウンセラー:
えーっと。これは多分あるあるなんですけど、最初は30代の初めに抑うつが強くなっちゃって仕事に行けなくなっちゃったんですよね。で、それが31、2の頃だったかな?で、診断名はうつ病だったんですけれども、そこから一進一退で、あんまり変化がなくて。お仕事も休んだり行けたり、休んだり行けたりとかっていうのをしながら過ごしてたんですが、ある時いろいろ事情があって通院する病院を変えなきゃいけなくなっちゃって。で、主治医も変わった時にお薬を見直しましょうかっていう話になって。で、新しい抗うつ薬を服薬したら、いわゆる躁転っていうやつを経験して。一時的に躁になっちゃったんですよね。で、それで双極症でしょうっていう診断になって治療を始めたのが40代初めの頃ですね。なので双極症としては10年弱です。
qbc:
その前に戻るんですけど、当事者会をやろうとしたっていうきっかけは何だったんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
ああー。それはですね、僕HIVの感染症も持っているんですけれども、それの陽性告知を受けたのが27歳の時だったんですね。で、そこで通院し始めた病院に、当時は臨床心理士さんっていう心理職のプロの方がいらっしゃって、その方に僕はカウンセリングをずっとお願いしてたんですけど、その方がですね、ゲイ向けかつHIV陽性者向けの当事者会をやられたんですよ。
で、そこに僕も当事者として参加するようになって。なんかこう、例えば医療従事者とかそういう心理職とかっていう方に支えられる支えられ方と、当事者同士で支え合う支え合い方って、やっぱりこう質的に違うなってすごく実感をしたんですよね。その時に、自分自身がその精神疾患を持って結構いろいろ悩み始めたときに、やっぱり精神疾患でも同じように悩んでいらっしゃる方同士で集まる、いろいろ共有し合うっていうことをしたら、もっと生きやすくなるんじゃないのかな、もっと生活しやすくなるんじゃないのかなっていう思いがあって、自分自身でやってみようと思って始めたのがきっかけですね。
qbc:
何年ぐらい前から?
勝水@産業カウンセラー:
オンラインでやってるのは僕が開業してからなので、2023年の9月…10月からですね。
qbc:
学校を卒業してから、働き出して、HIVの陽性がわかって、そのあたりどういう流れだったんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
理学療法士という仕事をしていたんですけれども、理学療法士になるための学校を出て、働き始めて。HIVの陽性告知を受けたのが27歳でしょ。だから6年くらい働いてたんですけども、20代当時は長い間一人の人とずっとお付き合いをしてたんですが、いろいろあって別れて。その時荒れてたんですよ。僕。結構荒れてて。で、いろんな人とセックスをするという時期があったんですよね。当時はまだマッチングアプリとかがまだない時代で、ネットの掲示板みたいなものを通じて、いろんな方と知り合って。で、一晩を共にするっていう生活をしてた時期があったんですね。
一応知識としてはあったんですよ。気をつけなきゃって。HIV・エイズ。で、そのためには、コンドームをしなきゃいけないとか。性感染症として気をつけなきゃいけないっていう知識はありつつも、なんとなく、なんというのかな……どっかで「まぁ、いいや」みたいな、まあ「どうなってもいいや」みたいな、そういう感覚があったところはあるんですよね。
qbc:
はい。はい。
勝水@産業カウンセラー:
いろんな人と関係を持つ中で、ある時、大きく体調を崩した時があったんです。これは僕がHIVに関するお話するときに、どこでも必ずお伝えするんですけど、じゃあその人からHIVをもらってしまったのかどうかってことは分かりません。分からないんです。それはもう絶対、分からないので断言はしませんが、ある日、ある方とセックスをして、その時もコンドームしないセックスをしてしまった後にかなり体調を崩して、高熱出しちゃって。で、3日ぐらいだったかな。仕事休んで。でも僕もともと扁桃腺が腫れる人なんですよね。喉が腫れちゃう人で、喉が腫れるとすごく熱が出ちゃうんですよ。また、それかなと思って。自分の職場の耳鼻咽喉科の先生に診てもらったら、確かに腫れてるねっていう話だったので、多分それでしょうみたいな感じで過ごしてたんです。それで一回高熱が収まったんです。けど1ヶ月ぐらい微熱がずっと続くっていう時期があったんですね。これはおかしいなぁと思って。体もやっぱりしんどいですし、微熱がずっと続くのって。で、HIVエイズの事を詳しく知ってらっしゃる方だったら大体、分かると思うんですけども、感染したと思われる時期から3ヶ月ぐらい待たないと検査をしても、正確な結果が出ないんですよ。なので、その体調崩したなあって思った時期から、とりあえず、もう3ヶ月待って保健所の無料匿名の検査を受けて。で、そこで、陽性告知を受けたっていう流れですね。
qbc:
すいません。HIVポジティブだと身体的にはどういう状況になってるんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
僕が経験したのは、高熱が出て微熱が続いたっていうのが、3ヶ月ぐらい続いてたんですけど、その間っていうのは、例えばひどい下痢を起こすとか、食べても痩せていくとか。あとは…そうだな…すごく寝汗をかいてました。夜寝てて、もう汗かいて汗かいて。とっても気持ち悪くて何回も目が覚めるとか。そういう生活でしたね。仕事も、理学療法士って仕事なので、比較的、体も使う仕事だったんですよね。なので、家に帰ってくるともうグッタリみたいな。そういう日々の繰り返しでしたね。見た目には特に、変わったところは…痩せたぐらいかなと思います。はい。
qbc:
なるほど。すぐに発症するわけではないんですね。
勝水@産業カウンセラー:
HIVとエイズの違いっていうのをご存知でない方もいらっしゃると思いますけれども。
qbc:
すみません、はい。
勝水@産業カウンセラー:
いいえ。いいえ。HIVっていうのはウイルスの名前なんですよね。で、エイズっていうのは症候群の名前で、HIVに感染して体の免疫力が低下して、健康な人だったらかかることのない感染症とか、ウイルスとかカビとかっていうものに体が冒されて、その症状が出てることでエイズっていう呼び方になるんですよね。それで、エイズっていう発症になるためには、HIVに感染してから少なくとも5年とか6年経たないとエイズ発症しないって言われてるんですよ。なので、僕の場合はエイズ発症ではなくって、要は単に、HIVが体の中に入ったっていう状況っていう感じですかね。
qbc:
で、そのHIVがエイズに移行しないように何か処置をしている状態ですか?
勝水@産業カウンセラー:
あ、そうですね。抗HIV薬というお薬を一日一回服薬することで、そのHIVっていうウイルスが体の中で増殖するのを抑えるためのお薬を毎日飲んでます。
qbc:
ああ、なるほど。じゃあそれを約20年ぐらい続けられてる?
勝水@産業カウンセラー:
25年になりますね。もうすぐ。
qbc:
それってなんていうか……えっとなんていうんですかね。体調に変化とかっていうのは。
勝水@産業カウンセラー:
副作用的なことですか?お薬の。
qbc:
いや。なんていうか…ごめんなさい、そのHIVのことを、あんまり知らないっていう、それだけなんですよ。エイズっていう病名だけ知っているんですけど、何も起きてないんだみたいな感じがあって。
勝水@産業カウンセラー:
体調の変化とかですかね?
qbc:
薬さえ飲んでいれば抑えられるんだっていうのが初めての知識で。はい。
勝水@産業カウンセラー:
僕が薬を飲み始めた20年前と今では社会情勢が変わってきてて。だんだん難しい話なのであれなんですけど。
体の中でHIVが増えてくると免疫細胞がだんだん少なくなってくるんですよね。それを定期的に血液検査しながら測るんですけれども、免疫の細胞がある一定ラインを下回ってきたら、お薬飲み始めましょうっていう基準値みたいなのがあるんですよ。
qbc:
はい、はい。
勝水@産業カウンセラー:
で、昔と今ではその基準値が全然違って。昔、僕らが薬を飲み始めた頃は、それが200っていう値だったんですね。最近は500っていう値なので、体の状態としては、昔の方がより悪い状態になってからお薬を飲み始めるっていう状況だったんですよ。
なので、僕がHIVの告知を受けてからお薬を飲み始めるまで約3年間、期間が空いてるんですが、その間に僕、初めてインフルエンザにも2回ぐらいなりました。生まれて初めて。
qbc:
あー、なるほど。
勝水@産業カウンセラー:
今までかかったことなかったんですけど。それこそ食べ物で当たる、いわゆる下痢する嘔吐するっていうことを経験したりとかってこともありました。ただ、今の制度で行くと、より良い状態でお薬を飲み始めるので、あまりそういう体調が悪くなってからお薬を飲み始めるわけではないですから、そういうことを経験している人が少ないかもしれないですね。
qbc:
ありがとうございます。心理職、心理カウンセラーという現職になったきっかけは何だったんですかね。
勝水@産業カウンセラー:
ああ、えーと、一番大きいのは先ほどお伝えしたそのHIV陽性告知を受けてから通い始めた病院で心理カウンセリングを受け始めたっていうのが、やっぱり一つ大きなきっかけではあったんですね。で、いわゆる心理職の資格を取るのってすごくハードルが高くって。昔は臨床心理士っていう資格がメインであって、今は公認心理師っていう資格がメインなんですけど、どちらも4年生の大学を卒業して、基本的には心理系の大学院に入って修士課程を取ってから資格を取るための試験が得られるっていう。めっちゃハードルが高いんですよ、今。
qbc:
実務経験もついてませんでしたっけ。
勝水@産業カウンセラー:
ルートがいくつかあるんですよね。その資格を取るための。公認心理師は資格の制度ができ始めた頃は、いわゆるその実務経験が何年間あれば、受験資格ありますよっていうルートもあったんですが、もう3年ぐらい前にもうそれはなくなっちゃったんで、2年かな。
(訂正:心理系の大学を卒業し、厚生労働大臣または文部科学大臣によって指定された特定の施設で2年以上、経験を積むことでも受験資格が得られます)
qbc:
今もう基本教育の時間が、単位が取れてないとダメなんですね。
勝水@産業カウンセラー:
大学院に必ず進学しないとダメっていう状況で。で、ま、僕実はその心理職もやりたいと思いつつも、一方で、その理学療法の分野での研究もしたいと思ってて、そっちの大学院には行ってたんですよ。
qbc:
はい、はいはい。
勝水@産業カウンセラー:
で、理学療法の大学院を卒業してから、また心理系の大学院行くって、きついなと思って躊躇してたんですよね。資格を取ることに。そうしながらも、僕自身が双極症っていう心の不調を抱えるようになって。かつ、その心の不調を抱えながら、働くっていうことの大変さが、結構、身に染みるようになってきたりだとか。それに意外にね、医療関係というか医療機関って、どっちかっていうと従業員に対して何っていうのかな、「自分の健康は自分で守りなさい」的なスタンスのところが結構多いんですよ。
qbc:
へー、はいはい。
勝水@産業カウンセラー:
だから、例えば僕がメンタルで休職したりとかするじゃないですか。そうすると、あんまりフォローを受けられなかったんですよね。職場から。で、そういう現実を目の当たりにした時に、ああ、世の中って結構冷たいなあって思って。そう思った時に、やっぱり自分自身も心の不調で悩んでいるし、そういう人たちに何かできることないかなって、もう一回、心理職としての仕事を探し始めた時に、産業カウンセラーっていう資格を見つけて。産業カウンセラーであれば、その産業カウンセラーの資格を取得するための講座を取って、で試験に合格すれば資格として与えられるっていう形だったので、仕事しながらでも、「あ、これだったら資格取れるなあ」と思って、前職の病院に在職中に講座を受講しながら資格を取ったっていう経緯があります。
qbc:
その産業カウンセラーとしてのお仕事というのは、今のその開業される前からされていたんですか?
勝水@産業カウンセラー:
いえ、資格を取得したと同時に、前職の病院を辞めて、理学療法士として勤めていた病院を辞めて、半年間の準備期間を経て、すぐ開業しました。
qbc:
個人事業主での開業ですね。
勝水@産業カウンセラー:
個人事業主です。
qbc:
そこは結構割と、踏切りが……
勝水@産業カウンセラー:
いろいろ言われました(笑)無謀だとか、ようやるねって言われましたけど。
qbc:
カウンセラー就職もありましたよね。
勝水@産業カウンセラー:
それがですね、比較的ないんですよ、産業カウンセラーとしては。
qbc:
あ、そうなんですか。
勝水@産業カウンセラー:
ただ、業務委託っていう形での働き方が結構あって。実際どういうのかっていうと……最近流行りのEAPサービスってご存知ですか?
qbc:
EAT…
勝水@産業カウンセラー:
EAPですね。
qbc:
あ、すいません。知らないですね。
勝水@産業カウンセラー:
えーとね、何の略かは忘れちゃったんですけど、EAPサービスって言って、要は企業がその従業員の福利厚生として、いろんなサービスを提供するんですけれども、それを外部委託しますっていうサービスがあるんですね。その中に産業保健分野があるんですよ。いわゆる産業医とか産業保健師とか、産業カウンセラーっていうものを業務委託として受けますっていう企業が最近増えてきていて。
qbc:
はい、はい。
勝水@産業カウンセラー:
そのまあ、いわゆる登録産業カウンセラーっていう形でね。こう、僕が登録することによって、その委託を受けている親会社が、この会社からこういう従業員さんからの相談を受けてます、カウンセリングお願いできますか?みたいな形で依頼が来て、一件いくらで請け負うという委託ですね。そういうのは比較的多いですね。
qbc:
そうですね。踏み切った理由っていうのは何かあったんですかね?
その独立を決意された理由っていうのは。
勝水@産業カウンセラー:
一つは僕、多分……組織で働けへん人だなって思ってたんすよ。もう。
qbc:
当時何歳の頃なんですか?
勝水@産業カウンセラー:
48です。
qbc:
48。なるほど。
勝水@産業カウンセラー:
で、辞める前、理学療法士として働いてて。理学療法士という仕事も好きだったんですけれど……なんていうのかなあ。いろんな人が関わるんですよ、結局。
qbc:
病院内の理学療法士ですよね。
勝水@産業カウンセラー:
そうです。病院内の理学療法士。
qbc:
リハビリとかを主にするんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
一人の患者さんに対して、理学療法士とか作業療法士とか、言語聴覚士ももちろんいます。
で、看護師さんだったり、医師だったり。あとソーシャルワーカーだったり。で、下手をすると患者様のご家族さんだったり、あと介護保険のケアマネージャーさんだったり。
もっと言うと、前受けていた介護保険サービスの関係者だったりとか、もうそういういろんな人と関わっていく中で、もともと僕メンタルそういうのを抱えてるから、なおさらこう、しんどいというか、いろんな人の思いを背負っちゃうんですよね。多分、一人で。
qbc:
はい。はい。
勝水@産業カウンセラー:
で、もっとみんなにうまく……なんていうのかな?助けを求めたりだとか、自分のテリトリーじゃないところまで手を伸ばさなきゃいいんだけの話なんですけども、それをどうしてもしてしまう人間だったので、多くの人が関わりすぎる仕事はもう嫌だっていうのがあって。だったらもう個人事業主だろうっていう感じで。もうその前の病院を退職した時から、個人事業主でやろうと思ってました。
qbc:
とはいえ全くゼロから始めるにあたって、その前なんていうんですかね、基盤みたいな、というか、こうすればいいんだみたいなイメージっておありだったんですか?どうやってお客さんを集めてとか。
勝水@産業カウンセラー:
ああ、一応その僕、パソコンとかネットの知識はそこそこあって、例えば今公開してる自分のサイトとかも自分で全部構築しましたし。例えば予約のシステムだったりだとか、そういうのも全部自分でお金かけずにやれるっていうのも知ってたので、そういうベースはある分かってたっていうのが一つと。
qbc:
はい。はい。
勝水@産業カウンセラー:
集客に関してはもうSNSだなっていうのが一番に頭にあって。あと、自分が始めるときにセクシャリティのこととかHIVのこととか精神障害のことも、全部開示した上で仕事を始めようと思っていたので、そういう関係で、例えばリーフレットを、例えばHIV陽性者支援団体の方々の団体に送るとかね。あと、セクシャルマイノリティの支援団体に送ってアナウンスするとかね。ま、そういう告知の仕方はできるなーっていうのはあったので。もちろんわかんなかったですよ。未知数でした。開業する前は本当にただの一般人だったので。ただの理学療法士だったので、でもまぁやってみんとわからんなと思ってやり始めました。
qbc:
ちなみに、開業してから、そのお仕事も含めて、思い描いたことが叶ってる度合いや満足度はどれぐらいなんでしょう。
勝水@産業カウンセラー:
満足度ですか?満足度は60点ぐらいですね。
qbc:
60点。はい。何が足りない感じなんですか?
勝水@産業カウンセラー:
まずは、もうちょっとクライアントさんを集めたい。純粋に。もう少し色んな方と関わりたいってことが一つと、当事者会自体がね、まだ対面での当事者会自体がまだ始まっていないので、そこはやっぱりちゃんとスタートさせたいっていうことと、オンラインでやってる当事者会に関しても、2年弱やってきてますけれども、もう少し認知されたいなあっていう部分もありますし、本業の方に関してはそうですね。
副業に関しても今ライターやってますけど、ライターも結構僕やりたくてやり始めたところもあって。なんですけど、もうちょっと発信力のあるというか、いろんな媒体にアプローチしていきたいなっていうところもありますし、そんな感じで60点ですね。
qbc:
ライター活動というのはSNSの方も含めてということなんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
いや、いわゆるネットニュースとかコラムとかそういう関係ですね。
qbc:
いわゆるテーマとかっていうのは。
勝水@産業カウンセラー:
今やってるのは福祉関係のテーマで書いてます。
qbc:
精神的にはいかがですか?独立されてから、組織から離れたっていう意味では。
勝水@産業カウンセラー:
それがですね、とても安定しているんですよ。
のびのびとやらせてもらってます。本当に。だからその、結構いろんなタイプの方いらっしゃると思うんです。なんていうのかな…個人事業主だから収入が安定しないとか、自由にできる分、リスクもあるよねっていうところでストレスを感じてらっしゃる方もきっといらっしゃるでしょうし。でも僕の場合は、逆にお金儲けは、もちろんお金はあるに越したことはないですけれど、別にたくさんはいらないと思ってるので、自分がやりたいと思ったことをやりたいと思った時にやれる、誰に忖度しなくてもいい、そういうのがとってもメンタルヘルス上いいなあと思ってやってます。
qbc:
何歳くらい若返ったと思います?
勝水@産業カウンセラー:
若返った?
qbc:
若返った感じしませんか?
勝水@産業カウンセラー:
若返った感じします。しますします。
qbc:
何歳ぐらい若返ったっていうふうに見積もります?
勝水@産業カウンセラー:
多分ねえ。30代ぐらいに戻った感じです。感覚的には。
qbc:
じゃあ10何年?
勝水@産業カウンセラー:
僕、今50歳です。だから20年弱。
qbc:
20年弱…(笑)
勝水@産業カウンセラー:
ちょっと言い過ぎか。言い過ぎですね(笑)
qbc:
いやでもね、私も独立してから、満員電車に乗らなくなったことによって寿命は伸びたと思ってますね。
勝水@産業カウンセラー:
なるほどね。
qbc:
それは働く場所の距離もありますけど。
勝水@産業カウンセラー:
そうですよね。
qbc:
組織で働いてたのね。全然違いますね。
勝水@産業カウンセラー:
開放感、半端ないですよね。そうするとね。
qbc:
時間の自由さですね。
勝水@産業カウンセラー:
あ、そうそうそうそう。ほんとそう思います。
qbc:
性格は人からなんて言われる事が多いですかね?
勝水@産業カウンセラー:
えー、人からですか。月並みですけど。あ、違うな。多分、両極なんですよ。僕。
直接耳に入ってくるのは、優しいねとか、人当たりいいですねとか。多分、そういうのは耳に入ってくるんですけど、耳に入ってない部分で言われてるだろうなと思うのは、きついねとか、はっきり物事言うよねみたいな。そういうところ言われてると思います。
qbc:
ご自身では、自分はどういう性格だと思います?
勝水@産業カウンセラー:
端的に言えば裏表がないと思います。基本腹にためないので、ストレートに言ってしまう。良くも悪くも言ってしまうので。
qbc:
距離の近い人から言われる性格の一部ってありますか?例えば家族、パートナー、親友とか距離の近い人から言われる性格について教えてください。
勝水@産業カウンセラー:
距離の近い人から言われる性格……か。
qbc:
その人達からしか言われない性格ですかね。これもあればで。
勝水@産業カウンセラー:
あ、えーと、この間言われたのは「あんた見切り発進だよね」って言われました。性格なのかな?
qbc:
今ですか?その昔言われてたとかじゃなくて、最近。
勝水@産業カウンセラー:
つい3、4ヶ月ぐらい前ですね。
qbc:
あー なるほど。長い付き合いの方にですか。
勝水@産業カウンセラー:
姉です。姉。
qbc:
じゃあ性格ですね、それはね。
勝水@産業カウンセラー:
多分そうだと思います。
qbc:
好きな食べ物はなんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
えーっと、いっぱいあります。基本、僕、スイーツが好きなので。甘いもの全般ですね。料理で言えば中華ですね。麺類が好きだからラーメンとか。
qbc:
スイーツは何がいいですか?
勝水@産業カウンセラー:
僕ね、生クリーム系がすっごく好きなんです。なんですが、最近、実家に越してきてから和スイーツもいいなって思うようになり、あんこ系も好きです。
qbc:
ラーメンは何がお好みですか?
勝水@産業カウンセラー:
これね、年取ったなぁと思うんですけど、昔はね、迷わず豚骨って言ってたんですよ。最近は塩です。
過去:やっぱりHIVに感染した時かな?陽性告知を受けて。27歳だと思います。そういう病気にならなければ出会わなかった人に出会うようになったっていうこともそうですし。世の中にはいっぱい偏見とか差別とかあるんだなあっていうのを身をもって体験するようになったのもありますし。
qbc:
過去について聞いていきたいんですけれども。子供の頃はどんなお子さんでした?
勝水@産業カウンセラー:
はい、いわゆるいい子でしたね。これは僕の人生テーマでもあるんですけど、都合のいい子、大人にとって都合のいい子でした。
qbc:
ご自身でそれを自覚していたということはありますか? 今振り返って言われていますか、どっちですかね。当時から気づいていました?
勝水@産業カウンセラー:
振り返ってですね。当時はそんなこと思ってなかったと思います。
qbc:
なんでいい子になってたのかって分かります?
勝水@産業カウンセラー:
それもね、先ほど言ったように人生テーマでもあるんですけれど、心理職になってね、色々と人生の振り返りをするんですが、その中で気づきがあったのは、やはりね、セクシャリティが原因としてあったなと思うんですよね。というのも、思春期になった頃に、自分が異性と結婚できないとか、子供を授かれないとか、両親に孫の顔を見せられないとかっていう心理が働いたときに、じゃあどういう形で親に親孝行しなきゃいけないんだろう?みたいな考えに至ったんですよ。そうすると、例えば勉強頑張ろうとか親の言うこと聞こうとか、反抗するのはやめようとか、そういう思考に変わっていって、「大人が求める子ども像」をずっと僕は演じてたと思います。
qbc:
自分のその性的傾向に気づいたのっていうのは、何歳だったんですか。
勝水@産業カウンセラー:
なんとなくっていうのは、やっぱり12歳とか13歳、中学校1年生ぐらいですかね。はっきり分かったのはやっぱり高校入ってからですね。15、16かな。
qbc:
幼稚園とかそれぐらいの時に好きだった遊びって何でした?
勝水@産業カウンセラー:
幼稚園の時に好きだった遊び……僕、あれが好きだったんですよ。戦隊もの――あ違う、ロボットもののアニメが好きだったんですね。そのいわゆる超合金的なおもちゃがあったので、幼稚園の頃は結構それで一人遊びしてましたね。どっちかっていうと。
qbc:
外で遊ぶより中で遊ぶ方が好きだった?
勝水@産業カウンセラー:
実家がいわゆる限界集落なので、自分の行動範囲の中に同じ幼稚園に通っていた友達が一人もいなかったんですよ。だから必然的に一人遊びが多かったし、逆に一緒に遊ぶってなったら姉になっちゃうので、いわゆる女の子っぽいというか、おままごとに付き合ったりとかね、そういうこともしてましたね。
qbc:
小学校では、どんな子どもだったんですかね。
勝水@産業カウンセラー:
小学校に入った時には、どちらかというと活発に外に出る子でしたね。特にそうですね……自宅の近くに仲のいい友人がいたので、学校が終わって帰ってきてから、その友人と野山を駆けずり回る田舎の子どもでした。
qbc:
中学校はどんな感じでしたか。
勝水@産業カウンセラー:
中学校はですね、逆にそのいろんな小学校区から集まって中学校になるじゃないですか。いろんなタイプの子が集まってきて、どっちかっていうと、インドア派の子が友人では多くって。例えば休みの日に集まって麻雀やったりとか。
qbc:
中学生で?
勝水@産業カウンセラー:
中学生で。あとトランプゲームがすごく流行って。
qbc:
ふーん。
勝水@産業カウンセラー:
トランプはもう本当は持ち込んじゃいかんのんだけど、学校の休み時間とかにやってたりとか。あと僕、部活で吹奏楽をやっていたので、音楽とかですかね。
qbc:
何の楽器をやってたんですか?
勝水@産業カウンセラー:
トランペットです。
qbc:
高校は?
勝水@産業カウンセラー:
高校も吹奏楽でした。
qbc:
高校生活自体はどんな感じだったんでしょうか。
勝水@産業カウンセラー:
高校生活はねえ……甘酸っぱかったっすね。
qbc:
なるほど。どういう内容で甘酸っぱかったんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
それこそ先ほどお伝えしたように、やっぱ、性的に目覚めがある時期でしたから。
同じクラスの男子を好きになるっていう。ありがちなパターンなんですけどね。
qbc:
はい。はい。
勝水@産業カウンセラー:
そういう思い出を中心に回ってたような気がするなぁ。高校生は。
qbc:
それはその好きな人と付き合えたんですか。
勝水@産業カウンセラー:
まさかまさか!そんなのありえないですよ。彼は高2の時に同じクラスになって、高2、高3と同じクラスだったんですけど、付き合ってた彼女がいらっしゃったのでね。
qbc:
いや、でもこれずっと片思いだったわけじゃないですか。それを甘酸っぱいって。その、それはいい思い出なんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
やっぱり一緒に過ごす時間もあったわけなんですよ。例えば、その人と一緒に文化祭の役員をやったりだとか。
qbc:
はいはいはい。
勝水@産業カウンセラー:
あとクラスの役員を一緒にやったりだとか。そういう思い出もあったりとか。別にこう、なんていうのかな…一緒に過ごした楽しい時間っていうのもやっぱりあるんですよね。でも、一方で恋愛としては成就しなかったから甘酸っぱいかな。
qbc:
え、告白は?
勝水@産業カウンセラー:
しませんでした。できませんでしたね。やっぱり。
qbc:
あ、そう。ある意味同性だから一緒に過ごす時間は多いわけですよね。
勝水@産業カウンセラー:
そうそうそうそう。しかも考えてみてくださいよ。もう今から30年、40年前ですよ?!
qbc:
いや、その甘酸っぱいっていう言い方はすごいポジティブな表現だったので。
勝水@産業カウンセラー:
そうですか。
qbc:
あ、でも勝水さんのパーソナリティだと思うから。なるほどなと思って。
勝水@産業カウンセラー:
だから……今、思えばですけどね。はい、ごめんなさい。
qbc:
高校卒業後は、理学療法士の学校に?
勝水@産業カウンセラー:
名古屋に出て一人暮らしをし始めました。
qbc:
理学療法士さんをお仕事として選ばれた理由っていうのは。
勝水@産業カウンセラー:
僕、子供時代から体調を崩しやすくって。先ほど言ったその喉が腫れやすいっていう話をしましたけども、病院にかかることがすごく多かったんですよね。
それで、僕、病院が好きだったんですよ。変な子供でしょ。
qbc:
病院が好き?
勝水@産業カウンセラー:
病院好きだったんですよ。なんでかっていうとみんな優しいから。みんな優しくしてくれたし。で、僕の内科の主治医もね、すごくいい先生で。そういう意味で病院が好きで、医療従事者になりたいなと思ってたんですよね。
最初パッと思い浮かんだのはやっぱり看護師さんかなと思ったんですが、僕の母の兄の嫁さんが看護師だったんですよ。
qbc:
はい、はい。
勝水@産業カウンセラー:
で、その人にまず相談したんです。そしたら「やめとけ。あれは男のする仕事じゃねえ」って話になって。一番身近に相談できる人にそういうふうに言われちゃったんで、そっかぁ…と思って。で、悩んでた時にたまたま母がね、そのいわゆるその就職雑誌みたいな……違う、進学雑誌の中に理学療法っていうものを見つけてきて、「今こういうのあるらしいよ」みたいな話になって。どう?みたいな感じで母が提案してくれて。で、当時、僕も理学療法士っていう仕事自体がまだマイナーな時代だったので、これは面白そうだなと。人と違うことやれるなっていう、そういうところもくすぐられて、目指すことにしました。はい。
qbc:
実際に理学療法士さんのお仕事って…いかがだったんですかね?組織的なっていうのは先ほど……お仕事自体はいかがでしたか?
勝水@産業カウンセラー:
そうですね。これは仕事を積み重ねていく中で気づいてたことなんですけど、例えば、単純に治療するとか、何かを改善させるっていうお仕事ではなくって、結局その最終目標はその人の人生に関わる仕事だなってずっと思ってやってました。例えば、簡単に言えば、歩けない人が理学療法をすることによって歩けるようになるっていうことは、やっぱりその人のその後の人生を変えることじゃないですか?ある意味。そういう風に思うようにだんだんなってきて、やりがいというか、その仕事の重みというか、そういうものをすごく感じながらやるようになりましたね。
qbc:
何年ぐらいで、そういう境地に立てたのですか?
勝水@産業カウンセラー:
僕、最初に就職したのが整形外科のクリニックで4年間働いてたんですね。で、その時はやはり整形外科のクリニックなので、そんなに重症な方はいらっしゃらなかったんです。その次に就職したところが、とある地方の公立病院だったんですよ。そこで、すごく重症な方の理学療法をするようになったりだとか、それこそお家で介護が必要になってしまうぐらいの状態の方のリハビリを担当するようになったりだとか。そういうところでどんどんそういう風になってきたので。だから、仕事し始めて5年、6年とかそれぐらいですかね。
qbc:
ご両親からは、どのように育てられたと思ってらっしゃいますか?
勝水@産業カウンセラー:
えーと、放任主義だと思ってました。両親は。あんまりその僕のやりたいこととかやろうとしていることに対して、反対をしたり、すごく干渉してきたりっていうことをしない両親でしたね。
qbc:
これまでの人生を振り返っていただいて、自分の人生の転換点があるとしたら、どこにあると思いますか?
勝水@産業カウンセラー:
いっぱいありすぎて一つに決めなきゃいけないとなると……やっぱりHIVに感染した時かな?陽性告知を受けた時。だから27歳。27歳だと思います。
qbc:
どういう転換点になりますか?何が変わった?
勝水@産業カウンセラー:
なんていうのかな。やっぱり、そういう病気にならなければ出会わなかった人に、出会うようになったっていうこともそうですし。あと、例えば、世の中にはいっぱい偏見とか差別とかあるんだなぁっていうのを身をもって体験するようになったのもありますし。それを振り返った時に、やっぱり自分自身も偏見差別とか持ってたなっていうのに気付かされた時期でもありますし。
qbc:
どんな人と出会ったんですか?
勝水@産業カウンセラー:
えーっと、医療従事者だけじゃなくって、例えばそのHIVとかエイズに関わる研究をされている方々。あと、そのHIVに感染している人たちを支援してくださる方々だったりとか。もちろん、同じ病気を抱えている仲間だったりとか。そういうのってやっぱりね、当事者にならないと出会わない人ですもんね。
qbc:
どんな偏見に出会ったんですか?
勝水@産業カウンセラー:
えー、あからさまだったのは、今はないですけど、昔はその歯の治療ですね。歯の治療でもHIV、エイズですっていうと受診拒否に平気であう時代だったんですよ。
qbc:
あー、そっか……出さなきゃいけないのか。それだったんですか?提示しなきゃいけないと。
勝水@産業カウンセラー:
そうなんですよね。当時、「言わなくてもいいよ」とは言われてました、主治医には。ちゃんとコントロールできてれば言わなくてもいいって言われてましたし、あえて言う必要もないっていう話もあったんです。でも、これは僕の性分なんですけど、何かあった時に嫌だなと思うので、隠してることがね。だから言うんですよね。
ある日、看板にね、「HIV感染症、肝炎にかかっている方でも受診できます」みたいなことを大々的に掲げている歯科があって。そこに行ったんですよ。予約して。そしたら最終枠の何時に来てくださいみたいなだったりだとか。「なんで最終枠じゃないとダメなんだろう」みたいなところもあったり。あと、実際に診察室に入ってみたら、診察台とかにライトがあるじゃないですか、ああいうのをラップで全部ラッピングされてたりだとか。
あー、そう……あーそう……とか思って僕はびっくりしました。今じゃ考えられないですけどね。そんなことしなくったって別に感染させるものでもないですし。
「これは医療従事者による偏見だよな」って思ったり。
qbc:
そういったことも含めて、その当時27歳当時ってどんな気持ちだったんですかね?
勝水@産業カウンセラー:
僕、もともとそうなんですけど、負けず嫌いなんですよ。どっちかっていうと。なのでHIV陽性者への偏見差別、ドンと来い。ドンと来いなんだけど、どういうふうにかっていうと、お前らぶっ潰すぜ?みたいなそういうスタンス。言い方悪いですけど、なんていうのかな、論破するみたいな。そういうスタンスだったので攻撃性が強く出てたと思います。すごく。
未来:生涯現役でいたいなと。今やってる仕事を本当にできなくなるまでずっとやっていきたいなって思ってますね。叶うのであれば、パートナーを見つけて一緒に住みたいなというのもあります。
qbc:
ありがとうございます。未来について聞いていきたいと思うんですけど、5年、10年、この先最後、自分が死ぬというところまでイメージしていただいて、どんな未来を今思い描いていらっしゃいますでしょうか?
勝水@産業カウンセラー:
そうですね。まずは生涯現役でいたいなと。今やってる仕事を本当にできなくなるまでずっとやっていきたいなって思ってますね。あと叶うのであれば、パートナーを見つけて一緒に住みたいなというのもあります。
まーそうですね。死ぬ時、死ぬ時はわかりません。こればっかりはもう、何とも言えないので。家で孤独死するかもしれないし、病院で死んでるのかもしれないし、はたまた施設に入ってるかもしれないし。それは別にこういうしたいという希望というのは特にないです。どんな未来でも別にそういうものかっていう感じがしています。
qbc:
もしもの未来の質問というのをしているんですけど、独立してなかったらどういう人生になっていったと思いますかね?
勝水@産業カウンセラー:
重たい話になりますけど、いいですか?多分、僕、今、この世にいなかったと思います。きっと。
qbc:
そのタイミングで追い詰められたんですか?
勝水@産業カウンセラー:
だいぶ追い詰められてましたね。前職を辞めた時、実は休職の延長で辞めたんですよ。
qbc:
あ、はいはい。
勝水@産業カウンセラー:
メンタルダウン。その退職する1年ぐらい前、職場がすごく混乱していて、その混乱に僕も巻き込まれちゃったんですけど、何回も休職と復職を繰り返していく中で、自分で人生を終わらせることを何度か考えてました。本当に。
qbc:
多分そのカウンセリングとか、そういう助けを求める場所ってよくご存知のお仕事をされていたと思いますけれども、そういったところに行こうみたいな……っていう方向に行かなかったんですかね。
勝水@産業カウンセラー:
仕事をしてる間はもちろん精神科にも通ってたし、カウンセリングも受けてたんです。ただ、結局ですね、いくらカウンセリングを受けたとしても、行動するのは自分じゃないですか?最終的には。
例えば職場に対する自分の考え方だったりだとか、職場内での僕に対する扱いだったりだとかっていうものに対して、もう限界だなと思ったっていうのがありました。
でも、逆に辞めてから、いろんな支援に僕は繋がりました。
qbc:
辞めてから。
勝水@産業カウンセラー:
それはハローワークの方が中心になっていただいて、こういうところあるよ、こういう制度あるよって、いろいろ尽くしてくださって。そういう支援があって、まぁ開業までこぎつけられたっていうのももちろんありますので。そんな感じです。
qbc:
勝水さんは人生の中で一番楽しいこと、好きなこと、一番気持ちいいことは何ですか。
勝水@産業カウンセラー:
今現在?
qbc:
今現在でいいです、はい。
勝水@産業カウンセラー:
今現在でいいですか?
多分カウンセリングをしていて、クライアントさんと話をしている時ですね。
qbc:
話をしているとき、どのタイミングとかってあります?ピークっていうのかな?
勝水@産業カウンセラー:
ピークですか?
qbc:
初めましての瞬間がいいとか、その……
勝水@産業カウンセラー:
あー、なるほど。なるほど。
qbc:
例えば、その最後終わった後に「ありがとうございます」って言われるとか、どのタイミングが。していいかなと。
勝水@産業カウンセラー:
僕はお一人の方に50分かけて1回やるんですけども、その中では何とも言えないです。っていうのも、やっぱいろんなパターンがあるので。むしろ一人の方と関わっていく中で、ある瞬間、「あれ?この人、最初に来られた時とこんなに変わったよな!」って気づく瞬間があるんですよ。僕の中にも。それって実はクライアントさんご自身にもあって、気づかれる瞬間があるんですよね。それが結構リンクするんですよ。そのタイミングが、すごくあぁ!って思います。
qbc:
名前つけてたりします。そのタイミング、その瞬間のことを。
勝水@産業カウンセラー:
名前ですか?(笑)そういう、えー、考えたことないな。なんだろう……えー、月並みな言い方しかできません。僕、多分。
qbc:
思いついた言葉あります?
勝水@産業カウンセラー:
えー……シンクロする。
qbc:
ああ、はいはい
勝水@産業カウンセラー:
単純にシンクロする。そんな感じです。
qbc:
それってカウンセリング以外に、シンクロを経験したことありますか?
勝水@産業カウンセラー:
例えばですね…パートナーがいて、そのパートナーとどこかへ出かけて、同じ風景を見たときに、こう……「この感じってすごくこういう感じがするよね?」みたいな。同じ感想を持ったり、何か同じ思いを抱いてたりっていうことが分かった時。共鳴するというか、そういう感じに少し似てるのかなって今思いました。
qbc:
ありがとうございます。では、最後の質問がですね。最後に残したいことを、遺言でも読者向け、見ている人向けのメッセージでも、仕事的な話でも構いませんが、何かありましたらお伺いできればと思います。
勝水@産業カウンセラー:
そうですね。皆さんは一人じゃないですっていうことと、誰かがきっと助けてくれますっていうことをお伝えしたいです。
あとがき
人生は戦いだ!
【インタビュー・あとがき:qbc】
【編集:夕星】
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